シュタインと三体の"救い主"との戦いは苛烈さを極めていた。
"救い主”たちは三方向から一斉に飛びかかる。
息の合った動き。誰が指示したわけでもなく、まるで一つの生物のように連携。
それをシュタインは冷静に分析を進めながら、足を踏み込む。
(左の個体は跳躍、右の個体は牽制、中央の個体が決定打を狙う──ならば……)
脳内で完璧に軌道計算を終える。
その答えを導き出した瞬間、筋肉が弾けた。
中央の個体が拳を振り抜いた瞬間、シュタインはわずかに右足を軸に回転。
掠める拳の圧力を利用しつつ、カウンター気味に左肘を突き出した。
バギィッ!!!
肘が的確に顎を打ち抜く。衝撃で首が仰け反り、中央の個体が一瞬硬直した。
しかし、それで終わりではない。
(この一撃で止めるつもりはない)
シュタインの動きはすでに次へと移っていた。
右の個体が低く滑り込むように接近。狙いは足元──関節を破壊し、機動力を奪う算段だろう。
それを見越してシュタインは跳躍。
強靭な脚力で真上に跳び、迫る攻撃を回避する。
そのまま、重力を味方につけて拳を振り下ろす。
ドゴォォォンッ!!
地面に激突する直前、右の個体の頭部を拳で打ち砕いた。
床が陥没し、コンクリートの破片が飛び散る。
しかし、再生能力を持つ敵に一撃で止めを刺すことはできない。
だが、これは織り込み済みだった。
(問題は……再生の速度と限界値だ)
ここまでの戦闘で、彼らの回復力には一定の法則があるとシュタインは踏んでいた。
傷を負うたびに回復はするが、その速度は一定ではない。
特に、ダメージが短時間で蓄積されるほど、回復の“間”が長くなっている。
(再生能力の消費エネルギーが一定以上に達すれば、どこかで限界が来る)
(つまり──回復が追いつかないほどの火力攻撃を加えればいい)
「隊長殿が待っているのでね。さっさと終わらせる」
背後の気配──左の個体が跳躍し、シュタインの頭を狙って蹴りを放つ。
だが、彼はそれすらも計算していた。
寸前で上体を傾け、蹴りをかわす。
同時に、左手を閃かせる。
ガシッ!!
空中にいる“救い主”の足首を掴む。
そこから一気に振り回し──
中央の個体へと叩きつける。
再生する間もなく、再び大ダメージを強要する形になった。
その瞬間、シュタインは確信する。
「やはりな……」
敵の回復速度が、わずかに鈍っていた。
(このペースを維持すれば、やがて再生が追いつかなくなる)
ならば、やることは一つ。
限界を迎えるまで、理論上最適解の攻撃を加え続けるのみ。
バキッ!! バキィッ!! ドゴォッ!!
拳が、蹴りが、衝撃が、次々と炸裂する。
殴る、砕く、叩きつける。
シュタインの攻撃はもはや“戦闘”ではなかった。
まるで計算された物理演算のように、機械的かつ効率的に敵を破壊していく。
しかし、ついに”救い主”たちが距離を取る。
ただの回復のためではない。
(……策か?)
シュタインの脳内で警戒信号が灯る。
敵が安易に引くはずがない。
次の瞬間、三方向から同時に”救い主”が襲いかかった。
先ほどと同じく見事な連携。
だが、今までと決定的に違う点があった。
「……速い」
異常な速度。
今までの動きとは比べものにならない、まるで神速のような突進だった。
回避の計算を行うが、すべての選択肢が間に合わないと弾き出される。
(避けられない──ならば、
シュタインの剛腕が隆起する。
しかし、それだけでは足りない。
これまで以上に筋繊維を膨張させ、まるで鋼の盾のように硬化させた。
迫る拳と蹴り。
その直前、シュタインは両腕を左右に広げる。
ガギィィィンッ!!!
片腕ずつで左右の”救い主”の攻撃を受け止めた。
衝撃が筋肉を通じて全身に響くが、彼は一歩も引かない。
そして、次の瞬間──
「貰った」
正面の”救い主”の顎に、強烈な膝蹴りを叩き込んだ。
顎が跳ね上がり、“救い主”の体が浮かび上がる。
そのまま、左右の”救い主”の身体を両腕で掴み、強引に中央へと引き寄せる。
落ちていく”救い主”を、左右から挟み込むように叩きつけ──
「これが最適解だ」
ドガァァァァンッ!!!
三体まとめて、床へと叩きつけた。
その衝撃は、ただの床への衝突にとどまらず。
コンクリートが砕け、鉄骨が折れ、無数の瓦礫が弾け飛ぶ。
そして──
ミシミシ……バギャァァァンッ!!!
床が一気に崩落した。
三体の”救い主”を巻き込みながら、シュタイン自身も、さらに下層へと落下していく。
舞い散る粉塵、響き渡る崩壊音。
暗闇の向こうへと、彼らは沈んでいった。
※
「上は随分騒がしいな」
「私のプレゼントが喜んでもらえてそうで何よりだ」
そう話し出す目の前の”神父”は、もはや”人”の形を保った怪物だった。
黒き肉体から滲む圧倒的な威圧感。
微細な動きひとつで、周囲の空気が揺らぐ。
隊長は目を細め、レイピアを構えながら冷静に分析を始める。
一方で“神父”は微笑んでいる。
しかし、先ほどまでの余裕とは違う、獲物を見定める捕食者の目をしながら、ゆっくりと歩み寄る。
「どうした、立ち尽くしている場合ではないだろう?」
その瞬間、黒き怪物の姿がかき消えた。
いや、見失ったわけではない。
本能的に”来る”と分かった。
(右──違う、上かッ!)
頭上から降り注ぐ影。
巨大な拳が、殴るというよりも”叩き潰す”ために振り下ろされる。
隊長は咄嗟に前方へ飛び退る。
ドガァァァンッ!!
拳が床を直撃し、一瞬で崩壊する。
まるで巨大な杭を叩き込んだかのように、コンクリートが粉砕され、瓦礫が四方に飛び散る。
衝撃で空気が爆ぜ、ヘルメットにヒビが入る。
粉砕された床から立ち上る粉塵の中、隊長は即座に動いた。
全身のバネを活かし、瓦礫を踏み台にして跳躍。
レイピアを横に振ると同時に、もう片方の手で壁を蹴り、瞬時に加速する。
「────ッ!」
電光石火の連撃。
剣閃が軌跡を描きながら、怪物の肉体へと襲い掛かる。
だが──
ガキィインッ!
「……!」
黒き怪物は、一歩も動かず、拳のみで全ての突きを弾いた。
しかも、それは防御ではない。
まるで”攻撃を叩き潰す”かのように、殺意のこもったカウンターの軌道を持っていた。
(……チッ! まともにやり合えば、武器のほうが折られる!)
隊長は即座に戦術を変更する。
敵の力を正面から受けるのではなく、翻弄する形へ。
天井の鉄骨を蹴り、柱を駆け、壁を踏み、あらゆる足場を利用して立体的に動き続ける。
視線を切らさず、一瞬の隙を狙い続ける。
相手の圧倒的なパワーをまともに受けるわけにはいかない。
翻弄し、削り、急所へと繋げる。それが最善の戦術だった。
「素晴らしいな」
怪物の声が響くと同時に、その身体が消えた。
「だが、人間には限界がある」
背後から冷たい声が囁かれる。
刹那、強烈な衝撃が襲った。
ドガァッ!!
後頭部を殴られ、視界がぶれる。ヘルメットは完全に砕け散り、隊長の長髪が顕になる。
脳が揺さぶられ、意識が飛びかける。
「油断…したなぁ………」
それでも隊長の動きは止まらない。
身体が本能的にカウンターを仕掛ける。
頭部を殴られた瞬間、反射的に腕を返し、レイピアを突き出す。全身のバネを活かした渾身の一撃。
「なんと………」
刃が怪物の肩を抉り貫通した。
そのまま隊長は受け身を取れずに床に激突するが、確かな手応えを感じていた。
隊長は床に叩きつけられた衝撃で、口の中に広がる血の味を感じながらも、すぐに体勢を立て直した。
一方、目の前の怪物はゆっくりと立ち上がる。
「なんと……見事な反応速度だ」
「先程は人間には限界がある…などと言ってすまなかった」
「君はまだまだ上がれるのだね」
怪物は、先ほど貫かれた肩に手を添えながら、興味深そうに言った。
しかし、その手を離した瞬間、そこにはもはや傷など存在しなかった。
(やはり……)
未完成だった“救い主”にも備わっていた再生能力。
完全体の存在であるこの怪物に、それが欠けているわけがない。
そう理解しながらも、理解したくない現実に隊長の顔が僅かに歪む。
(認めたくはないが)
(普通にやったら勝てん相手だ)
「素晴らしい表情だな」
怪物は愉悦に満ちた目で、隊長の顔を眺める。
だが、その言葉を聞きながらも、隊長は別のことに意識を向けていた。
(……何だ?)
足元が僅かに震える。
小さな揺れが、次第に大きくなっていく。
床に散らばる瓦礫が微かに跳ね、頭上から粉塵が舞い落ちる。
やがて──
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
凄まじい轟音とともに、天井が崩壊した。
「な──ッ!?」
隊長が咄嗟に跳び退ると、大量の瓦礫が頭上から降り注ぐ。それは、ただの崩落ではなく、明確な意思を持った一撃だった。
「なんとなんと……天井が崩れるとはな」
怪物は、瓦礫の雨をものともせずに拳を振り上げる。
迫り来る巨大なコンクリート片を一撃で粉砕し、飛び散る破片すらも弾き飛ばした。
しかし──
「天井の崩落だけなら、そうなるだろうな」
ズドンッ!!!!
瓦礫の頂点に、一人の男が立っていた。
筋骨隆々の肉体に両腕を露出させた特殊戦闘スーツケース
眼鏡越しの鋭い眼光。
シュタインが天井を突き破って現れたのだ。
「シュタイン」
ため息を吐きながらも、シュタインの肩を強く叩く隊長。その顔には笑みが零れていた。
「隊長殿、少々遅れました。そしてここからは
「勝率は?」
「あの未知なるデータの塊……凡その計算になりますが、38.8%と言ったところでしょう」
「ですが」
「我々のコンビネーションと筋肉が組み合わされば、100.0%……とでも言っておきましょうか」
「…ふふ、そうだな。いい加減、アイツのムカつく面を見続けるのがしんどくなってきた所だ」
隊長はレイピアを。シュタインは拳を強く握り締める。その二人の姿を怪物は変わらない笑顔で微笑む。
「来なさい。君たちの可能性をもっと見せてくれ」
「上等」
「