電子機器の微かな駆動音と、消毒液の匂いが漂う病室。
カーテン越しに差し込む光が、白いシーツの上にぼんやりと映る。
「……意外ッスね」
ベッドに横たわりながら、スパロウは目の前の人物を見上げた。
シュタインが見舞いに来る——そんなことがあるとは思っていなかった。
シュタインは隊の仲間であり、上官でもある。
だが、彼は基本的に「戦術」と「筋肉」にしか興味がないと思っていた。
まさかこうして病室に……プロテイン片手に足を運ぶとは。
「何が意外なんだ?」
シュタインは腕を組み、いつものように淡々とした口調で尋ねる。
「シュタインさんが、こういう時に来るとは思わなかったッスよ」
スパロウは軽く笑うが、すぐに顔をしかめた。
肋骨にひびが入っているせいで、動くたびに鈍い痛みが走る。
「……その怪我では復帰には時間がかかりそうだな」
「ま、まあ、アタシも結構やられましたからね……」
そう言いながら、スパロウの頭の中には金庫室での戦闘が思い浮かべる。そうしている内に彼女は、痛む身体を少しだけ起こしながら、シュタインに尋ねた。
「……で、事件の後処理って、どんな感じになってるんスか?」
「アタシ、あの後の記憶というか…意識がなくて……気づいたらこのベッドにいたって感じで……」
シュタインは腕を組んだまま、冷静に答える。
「……ああ、君は
「あっ、そうなんスね。あざす」
「軽いな……まあ、いい」
「とりあえず金庫室の状態だが——かなり酷いことになっている」
「やっぱり」
スパロウは苦笑した。あの戦闘を思い返せば、それも当然だった。
「完全に壊れたわけではないが、内部の機構はほぼ損傷している」
「復旧はできるんスか?」
「時間をかければ可能だろうが、すぐには無理だ」
「専門家の話では、修復には相当な期間が必要らしい」
「……デウス中央銀行は、しばらく営業停止ッスね」
「その通りだ」
シュタインは無表情のまま頷いた。
「銀行の管理部門は大騒ぎだ。被害額も莫大で、復旧費用もかかる。正直、政府や企業との調整が必要になるレベルだ」
「まさか……アタシらに少しは弁償しろとか言わないッスよね!?」
「それはない。今回、幼児アンドロイドの口ぶりから推測すると、強盗は機密情報を抜き取られずに大半を始末された」
「銀行側も最悪な事態は回避されたと、その辺は理解している」
「当然、その結果による被害に対する覚悟もな」
「まあ、そりゃそうッスよね…はあ、最近懐が寂しいので助かったッス」
スパロウが安堵したのも束の間、シュタインは少し声を落として続けた。
「……C班の話をする」
スパロウの表情が強張る。
「……やっぱり、全滅……?」
「いや、“完全な全滅”ではない」
「……え?」
スパロウは思わず身を乗り出そうとして、肋骨の痛みに顔をしかめた。
「何人かは奇跡的に生き延びた。だが……」
シュタインは一瞬、言葉を選ぶように間を置いた。
「ほとんどが
「……どの程度?」
「片脚を失った者が二名、片腕が吹き飛ばされた者が一名。顔の左半分が完全に焼けただれ、視力を失った者が一名」
「そんな……」
「助かったとはいえ、彼らはもう以前のように生活はできない」
「希望者には義肢などを装着して、任務に励んでもらうことになるだろう」
「それか事務仕事か………退職するかの三択だ」
「……原因は?」
「生き残った隊員たちの証言を合わせるに、あの黒衣の何かによるものだ」
スパロウはギュッと歯を食いしばる。やはり——。
「あの黒い酸みたいなやつッスか……」
「おそらくな。地下駐車場でC班と交戦し、そこで壊滅させたのだろう」
シュタインは淡々と推測を述べるが、スパロウの胸には嫌な感情が渦巻いていた。
「……黒衣のアレって、やっぱり強盗団の最後の一人って考えていいッスかね?」
「その可能性が高い」
「そして、エリートクラスの可能性が非常に高くなった」
その言葉にスパロウが大きなため息を吐いた。
「ああ、制御室の時に言ってたヤツッスよね?めっちゃ頭が良くて、強いヤツ」
「……まあ、大体合ってる」
「おそらく、証拠隠滅が目的だったのだろう」
「黒衣のアンドロイドは、地下駐車場でC班を壊滅させた後、酸を使って金庫室まで到達し、徹底的に痕跡を消した」
「それって……まさか」
「……ああ」
シュタインは腕を組んだまま、低く続けた。
「強盗団が狙っていた機密情報も、やつらの裏にいるかもしれない存在の足取りも、すべて消された」
シュタインの声には、珍しく苛立ちが滲んでいた。持っていたプロテインの瓶が縦に伸び、その手には無数の血管が浮かび上がっている。そんな彼の姿にスパロウの背筋が冷たくなる。
「つまり……完全に逃げられた、ってことッスか」
「そういうことだ」
「銀行のデータ復旧後に
シュタインは深く息を吐き、目を細めた。
そして、いつも冷静な彼には珍しく、低く、重い声で付け加えた。
「ま、まあ、きっと痕跡は見つかるはずッスよッ!そしたら、黒衣のヤツを捕まえればいいンス」
そんなスパロウの励ましの言葉に、シュタインは少し温かい目を向けた。
「キミの何の根拠もない励ましに感謝する。少し、怖がらせてしまったな」
「めっちゃ怖かったッス。チビりました」
「……………すまない」
二人の間に少しの沈黙が流れた後、病室のドアが静かにノックされ、開かれた。
「おう、元気か?」
入ってきたのは、特戦事務員Code Name〈ラヴェン〉。スパロウとは何度も苦楽を共にした親しい友人で、いつもは明るく、男勝りな正確だが今日は特に、彼女の顔に疲れた表情が浮かんでいた。
「ラヴェン……」
スパロウは痛む身体を無理に起こして、彼女に微笑みかける。
「まあ、元気っちゃ元気だけど、色々と大変だったよ」
ラヴェンはクスッと笑うと、ベッドの横に腰をかけた。
「にしても驚いた。まさか、シュタイン殿がここにいたなんてな。てっきり、部下の見舞いなんてしないでトレーニングに励んでるもんだと思ってたぜ」
「それ、アタシも思ってた」
「私をなんだと思ってるんだ」
シュタインは不服そうな顔を見せると、スパロウにプロテインの瓶を渡す。まさか、見舞いの品だとは思わず変な声を上げながら瓶を恐る恐る受け取る。
「私は他の隊員の見舞いがある。早い退院を願っている」
「はーい、お忙しい中ありがとうッス」
そのまま、二人に手を振りながら無言で病室を出ていくシュタイン。
静かな病室に、久しぶりの友人同士の時間が流れる。
スパロウはベッドに横たわりながら、ラヴェンの方を見て言った。
「あっ、そういえば仕事の方は大丈夫なの?」
「大丈夫なわけねぇだろ……あんな事件あったんだからよ」
「これも休暇じゃなくて、昼休憩ついで。戻れば大量の資料が待ってるんだぜ……」
「……ごめん」
資料の束でも頭に思い浮かべたのかラヴェンは暗い表情を浮かべるが、突然「あっ」と声を出すと、ニヤニヤとした表情でスパロウを見つめ、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「なあ、
「……?な、何その顔……?」
「お姫様抱っこって、どんな感じだった?」
「……………………は?」
スパロウはその言葉を聞いて、瞬時に顔が真っ赤になり、慌てて反応する。
「え、えっ!?なんでそれ、知ってるの!?」
ラヴェンはさらにニヤニヤとした笑みを浮かべながら、肩をすくめた。
「任務達成後にアンタ倒れて、シュタイン殿が"これが最適解だ"って、お姫様抱っこで速攻運んだって特戦内じゃ話題な話だぞ?」
「え、
「ん?そっちってなんだよ…………ふーん」
ラヴェンの目がさらに怪しく細められる。
スパロウはしまった、と口を押さえたが、時すでに遅し。
スパロウは必死に否定しようとするが、どう言い訳しても言葉が裏目に出る。
一方のラヴェンは、まるで獲物を捕らえた猛禽類のようにニヤつきながら畳みかけた。
「午後の業務まで時間はあるしなぁー」
「なあ、聞かせてくれよ。シュタイン殿の姫ポジになった感想をさ」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!」
スパロウは枕を掴んでラヴェンに投げつけるが、ラヴェンは軽々とかわす。
「いやー、これはいいネタが手に入ったわ」
「聞くなァァァ!!! 忘れろォォォ!!! 今すぐ!!!」
「無理~。これは語り継がれるべき事件だからな」
「やめろォォォ!!!」
病室には、しばらくスパロウの悲鳴と、ラヴェンの笑い声が響き渡るのだった。
第1章完
第2章は少し開けて投稿します