ここだけ茶番劇の時に 作:トリわか
・本編(web版)の3~4の時系列
・書籍版・コミカライズ版からの引用があります。
・エミリアがデイビッドに淡い恋心を抱く場面があります。
ピナが使い始めた「アイテム」の効果にウィリアルドを含め学園の過半数が餌食となっていた。逃れたのは奇行をくり返すピナを初めから警戒していた一部の生徒で。その者達は明らかに異様な光景へ不穏を感じ取り、巻き込まれぬよう過ごすだけで、エミの味方になったりはしない。
ピナが友達と呼ぶ「取り巻き」を作り、エミがやってもいない様々ないじめを捏造する。それにエミはあの女と関わらないことが潔白の証明になると思っていたが、あの女にはそれでは足りなかった。
積極的にあの女が広げる噂を打ち消すよう公に否定することも、ピナの捏造に反論できる証拠を用意することも、自分とピナに王家の影を付けるよう申し出ることも、人を貶める行いなど考えたこともない心優しいエミには思いつかなかった。自分が一切やってもいない事で悪人に仕立て上げられるなんて思っていなかったのだろう。
わたくしもエミの中からどうにか助けられないか、色々手を尽くした。体の主導権をわたくしに移せないか、伝達魔法を響かせられないか、精神世界である夢で干渉できないか。喉が枯れようとも声を張り上げ叫び、隔てる壁を血が出てもなお爪で削り続けた。
でも、ダメだった。わたくしにはなにもできなかった。おぞましい悪意によってエミが傷つけられ、偽りの罪によって友人や信頼していた人達を失う彼女を見ていることしかできなかった。
ピナに纏わり付かれていた者ほど早く深く取り込まれた、エミと親しかった者は軒並みピナの悪意を信じた――たった一人を除いて。
あの日、エミはウィリアルドに「レミリアはこんな事するなんて思いたく無かったのに」などと、嘘偽りでしかない罪について責め立てられていた。
否定しても一切信じてくれない愛する婚約者に涙しながら、誰にも見つからないよう人気の無い外廊下をエミは辿って。
その途中で話し声が聞こえたのだが、エミが気付かれないよう覗き見た先にはデイビッドと取り巻きを連れたあの女がいた。
そしてあの女は「デイビッドは私の幼馴染みなのに!今まで一緒に過ごしてきたの、ポッと出のあなたが奪わないでよ!」とエミに頬を打たれたなどと嘯き、わざとらしく赤らんだ片頬をデイビッドに見せつける。
あの女の捏造現場に遭遇するのは初めてだった、それにエミは否定しなければと思いながらも動けずにいた。これまでずっと信じてもらえなかったエミの心はもうボロボロで、恐怖に足が竦んでしまっていたのだ。
最悪だ。これがまだ有象無象の一人ならばマシだっただろうに。よりにもよって目撃することになったのが、デイビッドだなんて。親友からの裏切りに、わたくしはまたエミの心が深く傷つけられるのだと。
「本物の淑女であるレミリアはそんな事しない。それに……彼女が心から愛しているのはウィリアルドだけだ」
……そう思っていたのに。
一切の迷いない瞳でデイビッドが発したのは、その場にいた誰もが予想だにしていなかった『エミのレミリア』を思う言葉だった。
呆気にとられるあの女達に「話はそれだけか?俺もう行くから……あと、そういうの冗談でもやめろよ。聞いてて気分悪い」と吐き捨てたデイビッドが、こちらに来るのに気付いたエミは慌てて来た道へと駆け出す。
走りながらエミは泣いていた。でもそれはウィリアルドによって植え付けられた悲しみではなく、デイビッドが与えた希望によるものだった。
*
「ウィリアルドなら絶対大丈夫だ!きっと俺には思いつかないような、アイツらなりに何か考えがあるんだ」
「一人になる時間を作るな。できる限り教師といるようにしろ。ほら教師なら『授業でわからないところがある』って聞きにいけば逃げられずに済むだろ?……レミリアの性格ならいけるだろ、それで」
「レミリア達に王宮からの護衛を付けるよう頼んだんだが、ウィリアルドに断られた……悪い、力になれなくて」
あの日からデイビッドはスフィアやエミの友達を同席させてエミと話す時間を頻繁に設けるようになった。
あの日の出来事でエミを取り巻く悪意に気付いたのだろう。だからエミを励ます為であり、アリバイを作る為にできることから始めたのだ。
ずっと冷え切っていたこの空間に温かなものが流れてくるようになった、その光景をわたくしは眺めながら思う。
馬鹿な男。エミに救われた時から、ずっとエミを愛してるくせに。苦しくてたまらないくせに、エミのウィリアルドへの愛を肯定し続けるのもそう。今すぐにその涙を拭って、抱きしめて、攫ってやりたいと思ってるくせに、指一本触れようとしない。あの頃からエミの幸福を願うあまり……エミが貴方に惹かれ始めている事にも気付かない。
まあエミも気付いていないのだけれど。お互い婚約者を持つ身だもの、エミが悩んでしまいそうだから気付かない方がいいわね。
それにしたってこの男、どこまでニブいのかしらなんて呆れながらも、わたくしは知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。
だけども、その平穏が保たれたのは一瞬だった。
急接近したエミとデイビッドを快く思わなかったウィリアルドが、元はと言えば自分がエミを邪険に扱ったのが原因だと言うのに、自分の行いは棚に上げて、王太子命令でデイビッドをあの女とエミから遠ざけたのだ。
これによりデイビッドはエミの無実の証明も、あの女の捏造を示す品も用意できなくなってしまった。そして。
*
「わかった、剣を渡してくれ」
物語の通り、星の乙女の殺害未遂を理由に断罪劇は起こってしまった。
ただ物語とは大きな齟齬が二つ発生している。一つ目はデイビッドがレミリアの無実を訴えたこと、二つ目は婚約破棄の理由にデイビッドとの不貞疑惑が付け加えられこと。
デイビッドは必ずエミと話す時は他の女性を同席させていた。だがスフィアが近衛兵となり、学園を抜けた後に頼っていたエミの友人に裏切られ「デイビッドとレミリアはよく二人きりで過ごしていた」と証言されてしまったのだ。
陥れられた事に驚きながらもデイビッドは諦めなかった。なお反論する彼に苛立ったウィリアルドは「そんなに潔白を訴えるならせめて命を賭けてみよ!」と命じた。
きっとそうすれば罪を認めると思っていたのだろう。まさか一つ返事で頷くなど、誰も考えていなかった。
それでも口だけだろうとまだ侮っていたウィリアルドは近くにいた兵士の剣をデイビッドの足下に投げ捨てる。拾い上げ、鞘から抜いた剣をデイビッドは迷わず首へと宛がった。
「証明する。我が命をもって――」
やめなさい、デイビッド!アレなんかの信頼の為に貴方が命を賭ける必要なんてないわ!
エミもやめてと叫んでる。でもデイビッドはウィリアルド達をまっすぐ見つめ続けて。
「レミリア・ローゼ・グラウプナーの潔白を!」
口上を終えると同時に刃を首へと押し当てた。
*
「デイビッド、デイビッド、お願い……しっかりして!」
倒れ込んだデイビッドにエミが駆け寄る。そして汚れることも厭わず、彼の傷口を手で覆いながら回復魔法を唱えた。
だが回復魔法というものは強靱な精神を必要とする。不幸なことに焦燥したエミではいつもの効力を出せず、傷は塞がることなく、その間もデイビッドの体は冷えていく。
(ごめんなさいごめんなさい私のせいでデイビッドが私が生まれてなんてこなければ)
止まらない血、刻々と近づく愛する者の死。エミが深い絶望へと落ちた瞬間、わたくしの意識は覚醒した。
意識が明瞭になり、久しぶりに体に重みを感じる。……これが、エミの知識の中にあった重力というものなのでしょう。
11年ぶりね、こうして自分の思い通りに体が動くのは。戸惑っていないと言えば嘘になる、でも無様な姿を晒したりしない。エミの潔白の為に命を賭けてくれる騎士が信じた、淑女と名高き「公爵令嬢レミリア・ローゼ・グラウプナー」はそんな失態は犯さない。
(安心なさい、エミ。貴方を唯一信じてくれた彼を決して死なせはしないわ)
エミ、デイビッド──わたくしはわたくしの名において、あなた達の全てを取り戻すわ。