ここだけ茶番劇の時に 作:トリわか
・原作の『元婚約者の悔やむこと』を読むとアドリアーナは糸目ちゃんの可能性高そうなんですが、この話では別人ということにしてください。
・綺麗なクロードだと原作の流れじゃ茶番劇が起きないということで、この話だと茶番劇画策側はいっそう悪行に走り、クロードは原作より酷い目に遭ってます。
私の初恋は気付いた時には終わっていた。
その相手である姉はウィリアルド殿下の婚約者で、彼を心から愛していて、ウィルと一緒にいる時の姉さんはあまりにも幸せそうだった。
だから諦めることができた。そしてずっと二人には笑顔で過ごしてほしいと願うようになった。二人の幸福な生涯を守ろうと心に誓った。
*
二人は優秀だし、人望だってある。だが国を担う立場にしてはウィリアルドは理想主義者だったし、姉さんは優しすぎる人だった。
国は綺麗事だけじゃ回らない。それでも二人が目指すであろう未来を叶えてあげたかった。ならば自分が影ながら彼らを支えられる立場につくしかあるまい。
そう思い、政治の勉強に励んでいた私はある時から王妃様の計らいで、王宮の政務室を見学させていただけるようになった。ここで大いに学び、どうか将来ウィリアルドを支えてあげてほしいと。
神聖な政務の場に私のような幼い子供が紛れ込むのは迷惑であっただろうに。快く受け入れてくれた政務官の方々にはたいへん可愛がっていただいた。
時に議題について意見を求められたり、思いついた政策を提案することもあった。私ごときの浅知恵はもちろん権謀術数の世界に浸ってきた彼らには一切通用しなかったが、それでも身をもって『政治』というものを学ぶことができた。
『引退してゆっくり休みたいので、その為にも貴方には早く一人前になっていただきたいですねえ』と言いながら鍛えてくれた彼らは、皆この国を愛する者達ばかりだった。利を得るため、というのも少なからずあるだろうが、それでも国を良くしようと日々努めている。
そんな彼らが、領民を金を搾り取るための道具として見ていない義父のせいで、貴族の意義を見失いかけていた私を救ってくれた。
最初はウィリアルドと姉さんのためだったけれど、いつしか彼らの期待に応える為にも、立派な政務官になることを目指していた。
*
「アドリアーナ、すみません。あまりにも貴方に配慮のない頼みであることはわかっていますが……」
「いいえ、いいえ、クロード様、謝らないでくださいませ。私としても現状は見過ごせませんもの」
入学してきた星の乙女は元が平民だとしても非常識すぎる態度に、学園の生徒達に遠巻きにされていた。だが陛下から直々に世話を任されている私達は、星の乙女を邪険にできない。
それを良いことにあの女は私達に纏わり付く。特にウィリアルドの付きまとわれようはあまりにも酷かった。
見かねた私はアドリアーナに相談した上で、可能な限り星の乙女を引き受けることにしたのだ。私とて、あのような品の無い女の相手をしたくはない。
でも姉さんが不安そうにしているから、明らかに悲しんでいるから。そして私はウィリアルドの側近だから、彼を身を挺してでも守らねばならない。
アドリアーナは姉さんを慕っていることもあり、私の婚約者に相応しくない選択を受け入れてくれた。こんな理解のある婚約者を持てた私は本当に幸せ者だと思う。
相談と共にアドリアーナにはできる限り姉さんと共に行動してもらえるようお願いしてある。姉さんにはこれからは安心して、ウィリアルドと過ごして良いと伝えるつもりだ。
これでひとまずは平和になるはず……だった。
ウィリアルドから引き離すべく私の方から星の乙女へ付きまとうようにしたが、話の途中であろうとあの女は無理矢理中断してどことなく消えるのだ。
そうして誰がいようと、どこだろうと、おかまいなしに気付けばウィリアルドに侍っている。そのため、姉さんは一向に彼と距離を置かざるをえない状況が続く。
どうやらあの女は姉さんを敵視しているようで、姉さんもそれに気付いているのだろう。あの女を姉さんは恐れているようだった。もしかしたら、あの女にウィリアルドを奪われるかもと思っているのかもしれない。
何せ建国の際の逸話もあり国民感情を考えると、星の乙女の王妃はウケが良いだろうから。
だとしても大丈夫だよ、姉さん。完璧な淑女である貴方以上に王妃に相応しい人なんていない。それにウィリアルドはあの女になびいたりしないよ。むしろ愛する婚約者との時間を取れなくて、ずっと苛立ってるぐらいだから。
あの女が起こしてきた問題行動の数々は全て纏めてある。さすがにこれだけあれば、私達の手に余るとわかっていただけるだろう。
義父は信頼できない。だから王妃様に提出して、大変申し訳ないがもう一度マルガレーテ様の元へ戻していただこう。
前回は私だけで解決しようとしたせいで失敗してしまった。だから今度は信頼できる方の手を借りることにした。手紙で送った陳情を王妃様は受け取ってくださった。だから次こそ日常が戻ってくると思っていた。
それなのに徐々に何かが狂っていった。
しばらく星の乙女が姿を現さない時間ができて安心したのも束の間。
あの女から常に甘ったるい香りが漂うようになり、それを境に皆の星の乙女への態度が軟化していく。そのうち過激な信者すらも現れる始末。
過去の星の乙女の歴史を調べると魅了的な力を持っている可能性も考えられ、急いで王妃様に報告した。それからステファンから提案され、彼と共に星の乙女の隔離も要請する。それがせめて不可能なら姉さんと星の乙女に護衛を寄越してほしいとも。
だが状況は悪くなる一方だ。あんなに嫌がっていたウィルですら愛称を許した時は目を疑った。何が起こってるのか理解できない。まるで自分だけ別の世界に取り残されたようだった。
いつの間にか星の乙女を城へ戻す話はなかったことにされ、あの女は学園で好き勝手ふるまい続ける。おそらく他の訴えもことごとく握り潰されていることだろう。
それと同時に姉さんがあの女を虐げているなんて噂が立つようになった。逆ならばともかく、心優しい姉さんがそのような真似をするはずがないだろう!
幸いアドリアーナはあの女に取り込まれておらず、可能な限り姉さんと共に過ごし、彼女の潔白を訴えた。
だがそうこうしているうちにアドリアーナにも悪い噂が出回り始めた。取り巻きの彼女が星の乙女を虐めている、と。
アドリアーナは気にしていなかったが、姉さんの方が耐えきれなかった。大切な友達を巻き込みたくないと姉さんの方がアドリアーナを避けて。
自分の無力さが憎い。でも嘆いている暇はなかった。星の乙女は狡猾だ、複数人を使って巧妙に冤罪を作り上げており、学園中の生徒が心酔しているあの女の主張を覆すのは難しい。
だけど姉さんの無罪ならば証明できるかもしれない。あの女の目をかいくぐり、地道な調査の甲斐を続けた結果、私は望んでいた証拠を得ることができた。
「姉さん!やりました、やっと姉さんの無実を証明できる証拠が手に入ったんです!」
「え……?」
星の乙女が階段から落ちた件で、姉さんは屋敷で謹慎処分を受けていた。
目撃者は揃って姉さんが落としたところを見たなんて言っていたが、きっと優しい姉さんのことだから落ちそうになったあの女へ手を差し伸べようとしたんだろう。そう考えて検証した結果、この件についても望んでいた答えが見付けられた。
近く夜会を控えている。だから、そこで陛下に直訴しますと伝えたところ、姉さんはぽろぽろと泣き出してしまった。
「ごめん、ごめんね、クロード」
「な、なにがですか?」
「だってクロード、すごく無理してくれたんでしょう」
そういえば朝、鏡で見た時の私は疲労からひどい顔をしていたな。せめてクマぐらいは隠すべきだったのかもしれない。
「姉さんだって、私の父を助けようと無茶したじゃないですか」
「う、そうだけど……でも、私はクロード達が信じてくれるだけで、それで、もう」
「私が好きでやったことです、大切な家族の為に……何があろうとも絶対に助けますから」
約束した、必ず叶えなければならない約束をした、だけど私はその約束を果たせなかった
*
『姉さん、"コバヤシ"ってなんですか?』
『えっ?!』
『さっきお昼寝した時、姉さん、寝言で"コバヤシクロード"って言っていたので……』
ああ、これは夢だ。幼い私と姉さんが会話する光景を眺めながら私は自覚する。
私の質問に姉さんはちょっと戸惑ってから、きゅっと私の手を握った。あの時は心臓が異様に早かったなということを、過去の自分の赤い頬で思い出す。
『異界の言葉で大切な家族に使ってもらう、えーっと称号みたいなもの、かな』
『……大切な家族』
『あのクロード、実はこの言語ね、ちょっと危ないかもしれないから、できたら秘密にしておいてくれないかな?』
『秘密ですか?』
『うん、私達二人の秘密ね』
危ない言語ということはもしかしたら、禁術に使われている言葉なのかもしれない。
だとしても、私には胸を満たしてくれる宝物でしかなかった。姉と同じくらい、大切な。
――でも今の私には、ふさわしくない、私は、値しなかった
*
「アド、リ、アー……ナ……ね、え……さん……」
物置の床に転がされた体は指先ひとつ動かない。かろうじてこぼれた声は喉が震えひどく掠れていた。
どのくらいこうしていたのかわからない。だが換気用の窓から今が夜であることは察することができた。これでは確実に夜会は始まってしまっている。
動け、動け、早く! どんなに自分を叱咤しても体の感覚が戻ってこない。
夜会当日、最後の最後で私はしくじった。昼間に義父から呼び出された私は夜会で起こるおぞましい計画について聞かされた。
しかもそれに協力しなければ除籍されると。だとしても私は了承できるはずがなかった。
その茶番劇は王家からの要請と聞いて、頭がおかしくなりそうだった。だが混乱している暇はない。
姉さんの無実の証拠を持っている、それを証明すると言ってもこの男が聞き入れないことはわかっていた。
王家に良いように丸め込まれたのだろう。だから理論的に説明した。『王家に恩が売れるはずがない』『むしろ将来的に完全に王家にイニシアチブを奪われることになる』と。
義父は政界のドンを気取っているわりにそこまで有能ではなく、自分の損を許せない人間だから、きっと聞き入れると思ったのだ。
だが政界の重鎮達に目を掛けられる私を義父は妬んでいた。だから私がここで出すべき反応は了承、そして会場で裏切る。そうすれば緊急事態に対応する能力のない義父を出し抜けた。
でも私は見誤い「若造が知ったような口を利くんじゃない、生意気な!」と激高した義父に何かの薬剤を顔に吹きかけられ、意識を失った。
「だ、れか……ねえ、さ、ん……た、す……けて……」
そういえば即効性の痺れ薬の中には用途を間違えると精神異常をきたすものがあったな。
どんどん思考がにぶっていくのがわかる。直に私の精神は蝕まれて、消え失せるのだろう。
今日の夜会で姉さんの味方は誰もいない。アドリアーナは家で私の迎えを待っていて、私はここで朽ちていく。姉さんの身にこれから何が起こるのかわかってるのに、私は何もできない。
こんな年齢で婚約が無効なるだなんて、アドリアーナを酷い状況に追いやってしまった。難しいのはわかってる。どうか私のような敗北者でなく、君を守り愛してくれる強い男と結ばれますように。
私は無力だ。間違ってばかりだ。絶対に失敗するわけにいかなかったのに。ごめん、ごめんなさい。
「ねえ、さん、を、たす、けて」
*
「……クロード」
馬車の中でわたくしの前に腰掛ける彼の名前を呼ぶ。だけども彼は虚ろな目をしたまま、ぴくりとも動かない。触れた温度がなければ、精巧な人形として通せてしまいそうだ。
追放されるにあたって、わたくしはロイヤリティと引き換えに、裁量権及び僅かながらの手切れ金を要求し、一緒にクロードの身柄を引き取った。
クロードもまたわたくしと同じく抵抗したことで除籍されていた。貴族として生きていた彼が平民として投げ出されては無事ではすまない。最後までエミのレミリアの味方であり続けた彼を見捨てるわけにはいかない。
ただ、あれだけエミを助けようと意気込んでいた彼が会場に来なかったこと、そしてクロードの身柄を求めた際の公爵の発言からして悪い予感はしていたけれど……。
頬に触れる。そこから魔力を通して、彼の顔に残っていた成分を読み取り分析する。そしてこの症状からして。
「あなたの全ても取り返すわ、だって貴方は」
ここまで進行してしまったら助からない。普通の術士の回復魔法であれば。わたくしの桁外れの魔力があれば問題ない。
頬に触れたまま回復魔法で、クロードを蝕む薬を取り除き、彼の精神を修復していく。少しずつ目に光が宿り始める。きっとその光はすぐに涙で満たされてしまうのだろう。
それからごめんなさいって謝るのでしょうね。だからわたくしは抱きしめるわ、エミならそうするもの。だって、貴方は"コバヤシエミ"と、
「――わたくしの大切な弟だもの」