ここだけ茶番劇の時に 作:トリわか
・スレ内に出てきた様々な概念や名前(フローラ・リリィ・○○)を使用させていただきました。
・色々捏造と独自解釈多め
私がその嗜好に目覚めたのは亡くなった祖父の書斎で見付けた一冊の本がきっかけだった。
我が一族において数代ぶりに生まれた待望の女の子。それに加えて末っ子だったことも手伝って、家族は私に甘く、最低限の上級貴族としての教育こそこなせば、比較的好きにさせてくれた。
祖父の書斎を自由に出入りさせてくれたのもその一つであり、これによって私は一つ目の運命の出会いを果たした。
本棚の奥の奥、厳重に隠されていたそれはいわゆる春本と呼ばれるもので。可憐な令嬢に鞭を打たれる屈強な男に、気の強そうな娘が心折られるまで凌辱される様……加虐と被虐が入り交じった過激な性描写に、幼くして私は目覚めてしまった。
ただ幼心にそれはけして、人に理解されぬものであり、誰にも知られてはならないという事も同時に悟って。後にその本が禁書として軒並み焚き上げられ、作者が処刑されていたことを知り、それは間違いではなかったと確信した。
*
「フローラ、この間話していたハンカチなのだけど……」
二度目の運命の出会いは学園に入ってから。
噂については前々より耳にしていた、とても優秀な公爵令嬢。その子に私は一目惚れしてしまった。
同性で、お互い婚約者がいる身で、彼女は婚約者である王太子と仲睦まじい。だから叶う見込みなど最初から存在しない恋だった。それでも私は彼女の傍にいたいと願って。
隠し事は慣れている。だから邪な心は一切悟らせることなく、上級貴族という身分を存分に利用して、私は彼女の親友の座を得た。
レミリアが優しいというのもあるけれど、この通り『レミリアとお揃いのデザインのハンカチが欲しい』なんてわがままを聞き入れてもらえるほどには、彼女との友情を築けている。
「名前から取って私は薔薇の刺繍で……貴女の分はね、百合にしてみたの。貴女に一番似合う花だから!」
レミリアのことは大好き。大好きだからちょっと意地悪したくて。だから貴女が薔薇の刺繍を施したものはグラウプナー家の人間しか使えないのを知ってて、お揃いのデザインのものが欲しいなんてわがままを言ったのに。
優しい貴女を困らせる為の口実だった。それに貴女は気付きもせず、けれど私の願いを叶えてくれるのね。
陽だまりに咲う花のような笑みで、世界にひとつ私だけのものを贈ってくれる貴女。その瞬間に私は何があろうと生涯彼女の味方であり続けると決めた。
世界の全てが貴女の敵になっても、私は傍にいるわ。なんてそんなこと、レミリアに限って起こるはずがないけど。そう、この決意は無駄になるはずだったのよ。杞憂でなければならなかったの。
でもそうはならなかった。あの悪魔よりも醜い女が現れたせいで。
*
「レミリア……大丈夫、大丈夫よ。私だけは何があっても、貴女の味方だから」
私の嗜好を考えれば、レミリアが周囲の誰からも裏切られ孤立していく哀れな姿に興奮するものだと思っていた。だがそんな気には一切なれなかった。
かわいそう、どうして、なんでレミリアがこんな目に遭わなきゃいけないの。
レミリアは優しい。故に人の悪意が理解できない。だから思いつく限り私が出せる対策は口にしておいた。人は真実よりもゴシップを信じるからこそ公の場所で否定して。王家に頼んで監視を申し出て。私のことも疑っていい、誰も信じないで。他にも色々、私が知り得た悪意を。
貴女の傍にいられないのはきっと死ぬよりつらいけど、それでも貴女が傷つくよりもよっぽど苦しくないと思うの。
レミリアは私のアドバイスを元に動いてくれているのに、王家がそれをことごとく潰す。どうして殿下、貴女も私と同じでレミリアを愛してるくせに。
あの子が動いてだめだったなら。そう思ってレミリアの無罪の証拠を集めていれば、あの紛い物の救世主気取りに裏切るよう囁かれた。
考え得る限りの語彙で罵ってやりたかったけれど、まだそんな時期じゃない。一見肯定しているように聞こえるけれど、貴族らしくたっぷりの皮肉をこめて断っておいた。どうせあなた程度のアブラムシより小さなおつむじゃ理解できないでしょうけど。
そう思ってたんだけど私が敵対しているとバレてしまった。悪意には敏感なのかしら? いかにも性悪らしいわね。おかげで私の悪評も立ち始めたけど、ちゃんと反論の証拠は用意してある。
レミリア大丈夫よ、心配しないで。私なら大丈夫だから。優しい貴女にはそう言っても心痛めてしまうのでしょうけど。
どんどんレミリアの冤罪が広まっていく。ああ、もうだめだ。でも、だからこそ、私は。
「レミリア、貴女が地獄に落ちるなんて考えられないけど、それでも貴女が地獄に陥れられたその時は私も着いていくわ。どれほど醜い世界だろうと一緒に美しく咲き誇ってやりましょう」
あの言葉に嘘偽りなんてなかったの。でもだからこそ口に出してはいけなかった。
私、わかってなかったの。レミリアは優しい子だって知ってた。でも、レミリアがそんなにも私を大切に思ってくれてるって、わかってなかったの。
あの誓いの直後。私はレミリアに裏切られ、実家に帰らされてしまった。
当主である父からは「グラウプナー公爵令嬢からのご命令だ」と。そして父は詳細を語ってくれた。
レミリアは私をこれ以上巻き込みたくなかった。だから私が彼女の不興を買った事にして遠ざけてほしいと。これでまた彼女の取り巻く環境は酷くなるだろうに、彼女は自ら悪役になって私を守ったのだ。
両親は私からレミリアに向けられた悪意について詳しく聞いてくれていた。それに親友を助けたいという私の願いに協力してくれていた。愛する私を両親は本当に大切にしてくれている。
だからこそレミリアの「私の親友を守ってほしい」という頼みを断れなくて。
――私が傍にいられない間に、彼女は地獄へと落とされてしまった。
「ふふふ、あははは……」
ありもしない罪を被せられ、あの子は大罪人として辺境へと追放された。
彼女の顛末を、ないことないことだけを織り交ぜて、ただただ愚者達の都合の良いように書き記したゴシップ誌を握り潰す。それを侍女に燃やすよう頼んで。
そして私は荷造りを始める。あの悪魔に籠絡されて婚約を破棄してきた馬鹿から送られてた貴金属も忘れず入れておく。金に加えて、質の良い魔晶石だもの。換金するのもレミリアみたいに鍛錬にだって使える。
今回の件についてはさすがのお父様も渋ったけれど、何が何でも許可をもぎ取った。たぶんお父様的にはそのうち音を上げると思ってるのでしょうけれど。
彼女から貰ったハンカチを手にする。刻まれた百合の刺繍。確かに私にぴったりだわ。あの子は知らないだろうけど、百合って薔薇と違って丈夫な花なのよね。
「私言ったでしょ、貴女が地獄に陥るなら着いていくって」
だから待ってなさいよ、レミリア。これからはずっとずーっと貴女の傍で咲き続けてみせるんだから。