マスターとわたし   作:RIM_Standard

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初出:Pixiv 2023年9月30日


新しいこと、幸せなこと

タスクリスト;

 

☑マスターに買ってきてもらう

‐お米10kg

‐キャベツ1玉

‐たまねぎ5個入り

‐卵1パック

‐サラダ油(いつもの)

‐食器用洗剤(いつもの)

 

☑布団干しておく

 

☑お風呂掃除

 

☑玄関の掃き掃除

 

☑マスターの楽器を手入れしておく(次の練習日は日曜!)

 

☑晩御飯の準備を済ませる(マスターが帰ってくるまでに)

 

□マスターに身体を洗ってもらう(今日こそは)

 

――――――

 

目の前には、椅子に座ったあかりの背中がある。二本の長い三つ編みは解かれ、銀色のカーテンを視界いっぱいに広げている。その分け目から白く滑らかな肌を覗かせていた。

「マスター? どうしました?」

いや、何でもないよ、と返してシャワーヘッドを掴む。ぬるま湯をあかりの髪にかけ、手で梳くようにして洗う。

「あまり力は入れなくて大丈夫です。はい、そんな感じで」

長髪の洗い方はよくわからない。ましてや、アンドロイドとは言え他人の髪となると猶更だった。でもあかりが特にあれこれ言わなければ大丈夫なんだろう。

自分が頭を洗う時間の4倍ほどを要してある程度予洗いを済ませ、シャンプーを手に取る。シャボン系の爽やかな香りが広がった。よく知っている香り。

それを馴染ませるように、手櫛で撫でるように洗う。人間用と比べてあまり泡立たない。慣れていないのもあるが、毛先まで終えるのにもまたえらく時間がかかってしまった。そして更に時間をかけてぬるま湯で髪をすすいだ。

「んふふ」

普段は漏らさないような、悪戯じみた笑い声だった。そしてあかりはこれだけで許してくれるはずもなく、

「続き、お願いします」

と言って自分で髪をかき分け、背中を露わにして催促する。そっぽを向いているが、さぞかしにやにや笑っているのだろう。

「心配ありませんよ。私は水中でも活動できますので、気にせず濡らしてください」でも、人工皮膚を傷つけないように手でお願いしますね。そう付け加えて。

ボディーソープを手に広げ、(年単位であかりと過ごしてきて、まったくもって今更ではあるが)はっきりと緊張を覚えながらその背中に触れる。その肌は、想像よりも熱を持っていた。ぬるりとした感触とともに少しずつ泡が立つ。あかりは何も言わずに只じっとしていた。

あかりの背中は小さく、髪を洗うよりよほど短い程度の時間しかかからなかった。シャワーをかけると、彼女はゆっくりと振り向いてこっちを見る。

「もうおしまいですか?」

これで簡便してもらえそうになかった。

あかりはにっこりと――あるいはにやりと――笑ってこちらに向き直った。アンドロイドではあるが、確かに女性らしい身体つきをしている彼女を直視するにはそれなりの努力を要した。

「マスター、お顔が真っ赤ですよ」

うるさい、そっちだって赤くなってるくせに。あかりに腕を出すよう促して、その肩から指先までを泡で包むように手を滑らせる。彼女は手持ち無沙汰といったようすで、洗っていない方の手を握ったり開いたりしていた。

もう片方の腕も泡まみれにすると、ボディーソープを継ぎ足して泡立て、うなじに手を回す。やりづらいが、どうぞと言わんばかりにあかりがじっとこちらを見ている。意を決して、首からさらに下へ、手と視線を遣った。

まったく経験がないわけではないが、手に伝わってくる柔らかな感触に動悸を抑えることは難しかった。アンドロイドにこのような膨らみが必要なのか、何かしら機能的理由があるのだろうかと余計なことを考えた。そうして気を紛らわそうとしたが、無駄な試みだった。そもそも単純にそうデザインされているに過ぎないし、それに触れている手の感覚を誤魔化すこともできない。それとなくやっているふりをしてさっさと済ませてしまいたかったが、彼女が見ている手前、適当にすることもできなかった。

せめて目は瞑っていてくれないかと頼んでみたが、

「どうしてですか? マスターが恥ずかしがることはありませんよ」

こちらの考えていることなどお見通しといった様子で、青い瞳が纏わりつくような視線を向ける。

「マスターは楽器を綺麗に磨いてあげますよね? それと同じだと思ってください。だって私はマスターのものですから」

私はマスターのもの。あかりが自分に何かをして欲しい時の決まり文句だった。つまりは、”このまま続けろ”という彼女の要求。

あ、このままじゃやりづらいですよね。そう言ってあかりが立ち上がった。

「ほら、マスター。続けてください」

観念して言う通りにする。

お腹は特に機械が詰まっているだけに少し押すと硬さを感じるが、それを人工筋肉で包んでいるため弾力もあった。

自分があかりの肌を洗う間、彼女は微動だにせずじっと直立している。ところどころに点検用のハッチがある筈だが、一見しても継ぎ目らしきものはほとんど見当たらず、マネキンのように滑らかだった。

下腹部から鼠径部を通り過ぎ(着座時のクッション性のために、この辺りも特に感触が柔らかかったのは努力して気にしないようにした)、自分の手がようやく脚部へと辿り着く。彼女を洗っているのか、ただ撫で回しているだけなのかもよくわからなくなりながら。

そしてようやく全身が終わったかと思い、シャワーを手に取ろうとしてあかりに呼び留められる。

「あの、マスター。顔もお願いします」

自分に洗顔の習慣がないのですっかり忘れていた。しかしなにを使って?

「ボディーソープが共通で使えますから」

そう言うと、あかりは再び椅子に座り込んで、目を瞑って続きを待つ。泡まみれになった手で、彼女の紅潮した頬にそっと触れた。あかりの頭を撫でることは頻繁にあるが、これまで頬を撫でたことは少なかった。

彼女の整った顔は、他の部位よりもはっきりと熱を持っていた。顔面から足先まで人工皮膚の厚みはあまり変わらないようだが、それでも何となく、壊れ物を扱うような手つきになっていた。

あかりの唇が柔らかいということを、このとき初めて知った。彼女の顔に泡を纏わせる間、自分の手首に彼女の手が添えられていた。瞳を閉じている間も、マスターである自分のことを感じられるように。泡を流す旨を伝えるまで、その手は中々離れてくれないのだった。

 

――――――

 

私は椅子に座って、マスターに背を向けている。三つ編みを解き、一糸纏わぬ姿で座ってマスターが触れてくれるのを待っていた……のだが、

「マスター? どうしました?」

待ちきれず催促してしまう。私の悪いところだ。マスターのことを思うと、居ても立っても居られなくなる。

なんでもないよ、と言いながらマスターがシャワーを手にすると、私の髪にぬるま湯がかけられる。普段は水で洗っているのだが、それだとマスターが凍えてしまうので、お湯を使うようお願いしたのだった。

「あまり力は入れなくて大丈夫です。はい、そんな感じで」

マスターが私の髪を、お湯をかけながら梳いてくれる。はじめての感触。彼はよく頭を撫でてくれるが、こうして髪を触ってもらうことはあまりなかった。

私が自分で洗うよりも倍の時間をかけたあとに、シャンプーでもう一度、私の髪にじっくり触れてくれる。それだけで頭が急速に熱を持つ。そして放熱のため、全身に熱循環が始まる。私の身体がいつもより熱くなっていることに、マスターは気付くだろうか。その理由にも。

「んふふ」

つい笑い声を漏らしてしまう。いつもは私がマスターをお世話してるのに、今は逆ですね。まだ逃がしませんよ。髪を洗うだけで終わらせはしません。

「続き、お願いします」

髪をかき分けて、マスターに背中を見せる。あくまで私は気にしていない、というポーズも忘れず。

「心配ありませんよ。私は水中でも活動できますので、気にせず濡らしてください」

でも、人工皮膚を傷つけないように手でお願いしますね。それだけは絶対に譲れません。

お風呂場の鏡に映ったマスターが、おずおずといった様子で私の背中に触れる。いつも服の上から感じていた感触が、自分の肌に直接触れている。マスターの手が、私の肌を這い回っている。

私の頭脳に痺れるような刺激が走った。声を上げたくなるのを必死に我慢した。

でもマスターに私の背中は小さすぎたようで、すぐにその手が離れてしまう。だめ。もっとしてください。

「もうおしまいですか?」

マスターはわかったわかった、といった様子で続けてくれた。よかった。向き直ると、彼の顔が真っ赤になっている。

「マスター、お顔が真っ赤ですよ」

私が真っ赤になってるのもバレてしまったのだけど。

腕を前に出すよう、マスターが促す。それに従うと、私の腕にマスターが手を滑らせる。先ほどの衝撃よりは落ち着いて受け止めることができたが、それでも私には強い刺激だった。マスターの腕を捕まえてしまいそうになるのを我慢するために、空いているほうの手を開いたり握ったりして誤魔化した。左腕に次いで右腕が、マスターの手によって泡に包まれてゆく。私は顔が緩んでしまわないよう努めながら、その様子をじっと見ていた。流石に蕩けた表情を見られるのは恥ずかしい。

彼の手が私のうなじから首元へ、そしてさらに下へと伸びてゆく。私はマスターにひどいことをさせてしまっているが、我ながら反省の色はまったくなかった。ただ、この甘く痺れるような感覚を1秒でも長く味わっていたかった。

私に目を瞑っててくれないかとマスターが懇願する。

「どうしてですか? マスターが恥ずかしがることはありませんよ。マスターは楽器を綺麗に磨いてあげますよね? それと同じだと思ってください。だって私はマスターのものですから」

いつもは恋人のように振舞って、こういう時はただの所有物に過ぎないふりをする。私の常套手段。自分のことながら浅ましくて卑しい。でも、マスターは私の意図を誤解することはなかった。私にする事は気にしなくていいという旨ではなく、ただ私がして欲しいことを言っているに過ぎないということを。私がマスターにして欲しいことをねだっているだけだということを。

でも、座ったままじゃ洗いづらいですよね。私は立ち上がった。

「ほら、マスター。続けてください」

再びマスターを視線で責め立てると、観念したように再び私の身体を撫でてくれる。お腹から下腹部へ、マスターの手が触れている箇所がじんじんと熱くなるような感触を覚えながら、身体を動かさないよう頑張った。頑張らないと今にもマスターに抱き着いてしまいそうだった。反射的に声を出してしまわないよう耐えた。我慢すれば我慢するほど、マスターの手の感触が鮮明にフィードバックされた。その時間は永遠のようで一瞬のようで、長い時間をかけて彼の手があっという間に私の足先へと辿り着いた。

マスターの手が離れ、シャワーを手に取ろうとする。

「あの、マスター。顔もお願いします」

マスターにはその習慣がないですものね。未だに洗顔フォームも置いてないし。

「ボディーソープが共通で使えますから」

私は椅子に座り、目を瞑ってマスターが触れてくれるのを待った。視界が闇に包まれると、突然不安感を覚えた。調子に乗ってやりたい放題お願いしてしまっただけに、マスターは私に呆れてしまっていないかと、急に自省の念に駆られるのだった。

でも、そんな不安はすぐにマスターが拭い去ってくれた。私の頬を、優しく両手で包んでくれた。そこまでする必要はないのに、まるで壊れ物を扱うみたいに私に触れてくれていた。離れてほしくなくて、私はマスターの両手をそっと握った。私の頬を、額を、唇を優しく撫でてくれる。私の顔が熱くなっていることは、マスターには伝わってしまっているだろう。

この時間もまた、すぐに終わりを迎える。ずっとこのままで居るわけには当然いかなくて、洗い流さなければならないわけで。

 

――――――

 

その後、身体の拭き上げも髪をドライヤーで乾かすのも、乾かした髪を櫛で梳いてもらうのもすべてマスターにやってもらった。

相変わらず私の身体は熱を持っていた。その一方で、私より先にお風呂を済ませていたマスターはすっかり湯冷めしてしまった様子だった。

 

――じゃあ、私が温めてあげないとですね。またいつものように、私を抱き締めてください、マスター。

ふふっ。うふふふふ。もっと強くてもいいですよ。私の身体、熱いですか? そうです。今日はすっかり熱くなっちゃいました。

私、マスターに触れてもらえると、とっても嬉しいんです。直接マスターを感じられて、どきどきします。

マスターはどきどきしました? そうですよね。お互いはじめての事でしたよね。またしてほしいです。

ほんとですか? 嬉しい。でも、こんなに時間かかっちゃうからお休みの日じゃないと、ですね。

マスター。ありがとうございます。

大好き。

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