父の肩に変な痕があるのに気付いて、これは何だと訊いたことがあった。
父は「転んでぶつけた」って言っていた。自分はそのとき、子供ながらにその場面を想像して実に痛そうだな、と思っていた。
あれは下手な誤魔化しだったな、と今にして思う。口下手な父らしい。
でも、真面目な父が火遊びをするようなタイプにはどうしても思えなかった。
あの歯形は誰が付けたのかは今でもわからないが、わからないほうがいいんだろう。
そう納得することにしている。
初出:Pixiv 2023年11月21日
ふたりへ
日ごろの感謝を込めて、この手紙を送ります。
僕のお父さんへ。
ほんとうに物知りで、僕が疑問に思ったことには、全部答えてくれるお父さんを、尊敬しています。
家では無口で、気難し屋みたいだったけど、いつも僕のことを気にかけてくれていましたね。
僕がいたずらした時は静かに怒って、とても怖かったのを覚えてます。
でも思い返せば、お父さんが怒ったのは、僕が本当に危ないことをした時だけでした。
それぐらい、僕のことをいつも心配していたんだと、最近になってようやくわかりました。
仕事で帰りが遅くなることもたびたびあったのに、それでも僕の話に付き合ってくれて、一緒にお風呂に入ってくれたりもして。
色んなところに連れていってくれて、色んなものを見せてくれました。
こうして僕を、行きたい大学にも行かせてくれて、本当にありがとうございます。
僕のお母さんへ。
いつも優しくて、僕が泣きながら帰った時はなぐさめてくれて。
朝も昼も夜も、おいしいご飯を作ってくれて、ありがとうございます。
僕はいつもお母さんに甘えてばかりでした。
どんな話でもにこにこして聴いてくれる、お母さんの笑顔が、いつも僕に元気をくれました。
お父さんにも、お母さんにも、たくさん心配をかけてしまいました。
お母さんのことを馬鹿にされて、喧嘩をしょっちゅうやって、いくつも傷をつくって帰ったこともありました。
中学生になったころは、本当の両親じゃないからって、二人にひどい言葉を言って、家を飛び出したこともありました。
これまで本当に心配ばかりかけて、ごめんなさい。
でも、大人になって、初めてわかりました。
家を出て一人暮らしをするようになって、わかるようになりました。
新しい家に慣れなくて泣いてばかりだった時は、お母さんが一緒に横になって寝てくれました。
僕に色んなお話をしてくれて、話を聴いてくれて、お父さんは僕に初めて真剣に向き合ってくれた大人でした。
血がつながってなくても、二人が僕の親でいてくれようとしたんだということを、ようやく理解しました。
僕が機械系の学部を選んだのは、お母さんにいつまでも元気でいてほしい、と思ったのがきっかけです。
毎日、難しいことの連続です。最近はゼミに入って、新しいことをいっぱい学んでいます。
ゼミの教授は、ロボット工学の分野でもかなり凄い人です。何回もメディアに取材されているので、今度その時の記事を送ります。
月並みですが、僕も毎日頑張っています。いつか必ず、ヒューマノイドエンジニアになります。
お母さんのようなヒューマノイドのために働きますので、これからも応援、よろしくお願いします。
お父さん、お母さん
ふたりは、僕の本物の両親です。
二十歳まで、僕のことを育ててくれてありがとうございました。
いつか僕が親孝行するまで、ふたりともお元気でいてください。
2061年1月8日 ふたりの息子より