はい。貴方のあかりですよ。どうしましたか。……そう、ですか。いえ。お仕事ですから仕方ありません。はい。戸締りはちゃんとしてます。マスターもお気をつけて。待ってますから。……はい。
きょうは……残業。
急だけど、お仕事だから仕方ない。でも、帰りが何時になるかわからないのは……つらい。
マスター。はやく帰ってきて。
――――――
これは7日前のマスターの寝顔。2時42分撮影。
これは6日前のマスターの寝顔。1時55分撮影。
これは5日前のマスターの寝顔。2時20分撮影。
これは4日前のマスターの寝顔。2時38分撮影。
もうすぐ22時。
……マスター、まだ帰ってこない。
これまで撮影したマスターの写真を何度も見返した。これは晩御飯を食べているときのマスターの写真。これは学生にレッスンを行うマスターの写真。これはPCに向かったまま居眠りするマスターの写真。
独りで家にいると、彼への想いがとめどなく溢れてくる。それも明らかに重く、黒く、粘ついた感情が。
はやく帰ってこないかな。じゃないと私、どうにかなってしまいそうです。
最近は、マスターの方からいろいろとしてくれるようになりましたね。解いた私の髪を梳いてくれたり、並んで座れば腰に手を回してくれたり。キスはまだですけど。
本当は紅茶のほうが好きなのに、わざわざ好きでもないコーヒーをたまに飲むようになったのも、私が喜んでいるのを見透かしているからですよね。そうです。マスターが私と同じものを口にしているのを見ると、貴方を私と同じ色に染めているような気がして。
私がマスターにご飯を作ってる時や、おいしい、って言いながら私が作ったものを食べてくれる姿を見ている時も、毎回そんな事を考えているとはさすがに思ってもないかな。
マスターはヒトで、私はアンドロイド。絶対に、同じものにはなれません。マスターにいくら抱き締めてもらっても、私がいくら抱き締めても、ひとつにはなれない。
だからこそ、マスターが私と同じものを共有してくれるのが嬉しいんです。それも、私が選んだものを。私の一部が、マスターの身体を構成する一部になるような気がするんです。
無駄な努力に過ぎないかもしれないけど、私をマスターに、マスターを私にすこしでも近づけることができたら、もっと愛を感じられますよね?
もちろん、こんなことマスターが知ったらきっと困らせてしまうから、私だけの秘密。
……そういえば、普段から私がマスターを求めてばっかりで、マスターから私を求めてくれることは、なかなかありませんよね。やっぱりマスターは私に遠慮しているんだろうか。いっその事、マスターに直接問い質してみようか。
マスターに、何をして欲しいですかって訊いても、傍にいてくれるだけでいいよって言うんでしょうね。本当にそれだけでいいんですか? 日頃の家事以外に、私にやって欲しいこととかあんまり言ってくれないし。
むしろ、マスターの方から私に何をしてほしいか、ってよく訊いてきますよね。私がマスターにして欲しいことはいっぱいあります。けど、そんなの言えるわけないじゃないですか。
私を洗ってくれる時は相変わらず恥ずかしそうにしているし、風邪をひいた時ぐらいしか、マスターの方から添い寝に誘ってくれてないし。そんな奥手なマスターに、私が本当にして欲しいことを伝えたら困っちゃいますよね?
でも、こんな私にマスターはいっぱい優しくしてくれるのに、私がマスターにできることはあんまり無くって。化粧をしたり髪を切ったりして貴方好みの姿になることも、口調を切り替えて貴方の耳を楽しませることも、貴方に抱いてもらうこともできない。とても残念でたまりません。
でも私はただの家庭用アンドロイドですから、こんなに愛してもらえるのがきっと分不相応なんです。私はほんとうに幸せです。
マスターに電話を掛けてしまいたいのを、ずっと我慢してる。今もマスターはお仕事中だろうから、きっと迷惑になってしまう。
だから早く、貴方の「ただいま」が聴きたい。強く抱き締めてもらって、貴方の温もりを感じたい。寂しいよ、マスター。
――――――
おかえりなさい、マスター。
……何でそんなにきょとんとしてるんですか。待ってます、って言いましたよ。それにアンドロイドの私が一人で先に寝ても意味がないじゃないですか。
無事に帰ってきてくれたのはとてもうれしいです。でも、帰るときに電話してくれなかったのは減点です。とっても寂しかったんですよ?
じゃあ、ぎゅってしてください。……もっと、強く。
ん……
私だけの、マスター。
ねぇ、今日は一緒に寝てください。じゃないと私、おかしくなってしまいそうで。
いいですよね? 私にマスターの温もり、感じさせてください。欲しいんです。
嬉しい。
好きです、マスター。大好き……