マスターとわたし   作:RIM_Standard

9 / 12
初出:Pixiv 2023年11月12日


貴方の所為ですよ?

「マスター。いいですか」

寝る前のひと時。今日も私はマスターにお願いをする。

きのう確認した時点ではかなり薄くなっていた。そろそろもう一度、痕をつける頃合いだ。

私の声を聴いて、マスターの表情が一瞬強張った――それでも決して嫌だとは言ってくれない――ようだったが、すぐににっこりと笑って、いいよと言ってくれた。

彼はシャツを脱ぐと、おいで、と両手を広げて私を迎えてくれる。私は座ったままのマスターに、跨るようにして抱き着いた。

そして露わになった上半身を、私の両腕でしっかりと拘束する。身動ぎなどでマスターに余計な怪我をさせてしまわないために。

もっともこれは、今からマスターを傷つけるためでもあるのだが。

応えるかのように彼の両手が私の背中に回されると、人工頭脳が一層熱くなるのを感じた。

マスターが私を受け入れてくれている。そう確信できた。

彼の肌に歯を立てる。

徐々に咬合力を強める。

マスターが呻き声を上げる。

私の背中に爪を立てて、痛みに必死に耐えて。

この苦しみを、私が、マスターに与えているのだ。

私の腕の中で痛みに耐えるマスターが、たまらなく愛おしかった。

マスター、私を感じていますか。私はここにいます。貴方から決して離れません。

だから、マスターも。私から離れたら嫌ですよ?

味覚センサーが新たな反応を示した。

この行為を何度も重ねるうちに覚えた、彼の味。

口を離す。くっきりと浮かんだ歯形の上で、私の洗浄液と、マスターの血液がマーブル模様を描いていた。

 

――――――

 

私の行動が、マスターに負担をかけてしまったのは明らかだ。彼を精神的にも肉体的にも傷つけてしまった。こんなことは、これっきりにしなくてはならない。

だからこの提案をマスターから聴いたときは、いくら何でも受け入れるわけにはいかないと思った。そう思ったのに。

それは私にとって過ぎた言葉だった。抗えなかった。

私の痕を、マスターに刻み込む許可を得られる。今の私にとってはこれ以上ない誘惑だった。

先程まであった罪悪感が、マスターへのアイに塗り潰されてゆく。

気付けば二つ返事でこの提案を了承していた。

それと同時に、この行為を続けることのリスクも考えた。顎関節の動作にエラーログを残し続けるようでは、何かの拍子で外部に察知されてしまう。

もし私が継続してマスターを傷つけていることが発覚すれば、私たちのリコール問題に発展しかねない。マスターの傍にいられなくなる。

そうならないようにしなければ。

まず、骨を噛まないように。極端に硬いものは異物として認識されやすい。

肉を噛むぐらいなら大丈夫だが、噛み切ってしまわないよう調節する必要がある。

確実に傷をつけられる程度に留めないといけない。前回は衝動的に行ってしまったが、慣れるまでは少しずつ強めて様子を見よう。

その分、マスターが苦しむ時間が長くなってしまうが。

 

「貴方のは、いつも綺麗な色ですね」

マスターがぜえぜえと肩で息をしている。私のものである証を、また新たに刻まれて。

このまま何時間でも抱き合っていたかったが、マスターの手当てをしなくてはならない。シャワーで傷を洗ったのち、大きな絆創膏をべたりと貼り付ける。

「痛かったですか?」

我ながら狂った質問をマスターに投げかける。彼はそりゃあね、と乾いた笑いを浮かべていた。

「次は何日で治るか、楽しみですね」

傷が癒えたら、また新たな傷を私がつける。気が済むまでやってくれ、ただし指は仕事に支障が出るからそれ以外で、というマスターとの約束だった。

マスターと私は既に、この不毛なサイクルを何度も続けている。

傷をつける部位に特段の指定はなかったが、私は肩がお気に入りだった。マスターと抱き合いながらできるから。

ずっと同じ場所にしているので、そろそろ痕になるだろうか。そうしたらこれは、私がつけた”しるし”として残るものになる。

また綺麗に消えるようなら――この行為をもうしばらく続けていられる。

ほんとうに楽しみです。マスター。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。