ウルトラギャラクシー 四人の姫と怪獣使い   作:幽明卿

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16話 VS 超空間波動怪獣

 

 

 姉妹たちが寝静まり、隠れ家には暗闇と静寂が満ちている。

 ダルヤはひとり、リビングのソファに寝転がりながら、とろとろと微睡んでいた。

 

 チェーン星人デストラとの戦いから四日が経った。あの一戦からギガロガイザは召喚に応じてくれるようになり、話し合いや訓練を行うことができた。

 ナイトファングを圧倒したことからも分かる通り、ギガロガイザの実力は相当なものだった。これを失敗作だのと呼んでいたゾゾギガ星人は要求値が高すぎたと言わざるを得ない。フューネラルにリザリアスが奪われた今、アリゲラの負担を減らすためにも、ギガロガイザにかかる期待は大きかった。

 

 姉妹たちはサタンモアの襲撃からより一層団結が強まったようだ。ミクリアは前向きに解読作業に取り組み、先日新たな発見があったと喜んでいた。フィオネとディオーネは射撃の訓練を精力的におこなっている。リリアも隠れ家の中を歩き回れるくらいには回復し、家の中は活気を取り戻したようだった。

 

(……みんな強くなった)

(ゾルガウスが飛べるようになったら、オレの仕事も……)

 

 そう思いながら、目を閉じたときだった。

 ふっと、気配を感じた。しかも廊下のほうではない。ソファのすぐ近くだ。リリアたちの気配でもない。だが、彼は慌てることなく、ゆっくりと瞼を上げた。首だけ向けると、案の定、実の姉のシルエットが闇の中に浮かんでいた。

 

「こんばんは。ダルヤ」

「ザミン……」

 

 ザミンの声だった。気配は一人だけだ。念のため「アスマは?」と訊いてみると、「あの子はお留守番よ」という言葉が返ってきた。

 

 可能性の話をするのであれば、それが嘘であるとも考えられる。ザミンが気を引いている隙に、アスマがリリアたちを狙って人質にする、というような。

 ただ、ダルヤは実の姉がそこまで悪辣だとは思っていなかった。一応今は敵対関係ではあるが、家族としての情はまだ捨てきれずにいる。だからこそ、ダルヤは彼女たちを討つことを躊躇っているのだ。

 

「何の用だよ」

「……♪」

 

 王女たちを起こさないためか、ザミンはこっそりと笑う。足音を忍ばせてソファに近づき、そのままダルヤの上に乗ってきた。

 大男のダルヤの寝床になれるくらいソファは大きく、しっかりした造りだ。軋みがあがることもなく、暗闇の中で聞こえるのは二人分の呼吸だけだ。

 

 ――その音が止まる。

 ザミンの唇が、弟の口を塞いでいた。音という音がどこかへ吸い込まれてしまったかのような真の静寂が、ひとしきり二人の間を流れる。

 ザミンのキスは、凹凸がぴったり嵌まったような感触だった。ディオーネたちとは違い、同じ星の同族だからこその味だろう。それは懐かしい味だった。故郷を去ってから、こうして姉とキスをしたことはなかった。

 

「ふふ。久しぶりにキスしちゃった」

「……」

「もう五年……六年ぶりかしら? お姉ちゃん、寂しかったのよ?」

 

 ダルヤの広い胸板に、ザミンはうっとりと頬ずりする。彼女の大きな胸の膨らみは、彼の腹に押しつけられ、その上でのっぺりと柔肉を広げていた。

 ダルヤは少し口を噤んでから……ぽつりと呟くように答えた。

 

「さみしかったよ。オレも」

「……そうよね」

 

 衣擦れの音が立つ。

 二人の吐息が荒くなり、混じり合う。

 沈黙を守っていたソファが、悲鳴を出しはじめる。

 

「どうして、こんなことになっちまったんだ」

 

 刺激を享受しながらも、ダルヤは嘆くように言う。

 ザミンは熱心に腰を踊らせつつ「そうね……」と口にした。

 

「運命だったのよ。きっと」

「……」

 

 実際のところ、そう呼ぶしかないのかもしれない。

 姉弟の中にレイブラッドの血が流れていたこと。その戦いの渦に巻き込まれてしまったこと。

 それは、人がひとりふたり抵抗したところでどうにもならない、運命という横暴な力だったのかもしれない。

 

 ダルヤとザミンは熱い吐息を交わしながら、その運命の始まりを思い起こした――

 

 

   ★

 

 

「ただいま〜」

 

 表面の90%が紺碧に覆われる、海洋惑星タビアット。

 ザミンとアスマの双子姉妹、そして二つ年下の弟ダルヤは、狭い大地のとある海沿いの町で、平和な日々を送っていた。

 

「あっ、アスマ! するときは三人一緒って約束だったでしょう?!」

「あ――見つかっちゃった♪」

「ち、違うんだよザミン! これはアスマが強引に――」

「む〜〜、お姉ちゃん怒ったわよ! 今夜は寝かせないから覚悟しなさい!」

 

 タビアット星の文化は近親愛や多重婚について寛容だ。子供の頃に両親を亡くし、力を合わせて生きてきた三人にとっては、そういった関係になるのは自然の流れだった。

 姉弟としても恋人同士としても、三人は仲睦まじかった。ゆくゆくは結婚して姉弟から夫婦になるだろうということも、全員が当然のことと考えていた。

 

 ザミンとアスマが20歳、ダルヤが18歳になる年。姉たちはすでに社会人となっており、ザミンは町の雑貨屋で、アスマは役場の職員として働いていた。

 ダルヤは学生だったが、漁師として海に出ていた。在学中に貯めた金で自分の船を持とうという計画だった。彼は筋がよく、朗らかな性格も相まって先輩漁師たちからも可愛がられていた。独立の計画も応援されており、姉弟には幸せな未来が待っているはずだった。

 

 しかしその未来は、たった半日で崩れ去ることとなった。

 

 ある夏の日だった。隣町の学校から帰ってきたダルヤは、町の門をくぐった途端、嫌な匂いを感じた。

 血の匂いだった。魚を捌くときにも感じる匂いだ。しかしそれよりも生臭く、昏く暴力的な匂いを感じた。町に足を踏み入れるだけで、何者かの悪意が肌に突き刺さるようだった。

 

 真夏の炎天下で鳥肌を立たせながら、ダルヤは歩いた。

 町は静まり返っていた。ところどころ、ドアが壊されている家屋があった。もしかして盗賊がやってきたのだろうか。胸の中で不安が渦を巻き、彼の足を速めさせた。

 

 道端に人の死体が転がっていた。ひとつやふたつではない。血溜まりの中に倒れる死体もあれば、折り重なっている死体もあった。その近くに剣や斧が転がっている場合もあった。胸にそれらが突き刺さっている死体もあった。

 

「なんだよこれ……なんなんだよ」

 

 信じられない現実に、ダルヤの頭はくらくらした。明るく強い陽射しが、まるで現実のものではないようだった。

 ダルヤは駆け出した。「アスマ! ザミン!」最愛の姉の名を叫び、町に響かせた。

 

 しかし、返ってくるのは静寂だけだった。ザミンの雑貨屋は血まみれになっており、アスマが勤めている町役場も惨憺たる有様になっていた。乱闘どころではなく、略奪が行われた痕のようだった。

 

 姉たちの無事を祈りながら海沿いの家まで走った。幸い破壊の手は及んでいなかったが、誰の姿もなかった。家を満たす寒々しい静寂に、ダルヤは心細さを感じた。まるでこの世界にたったひとり取り残されたかのようにさえ思った。

 

 そのとき、玄関のほうから物音がした。ダルヤは弾かれたように振り返り、廊下を急いだ。姉二人の無事な姿を頭に思い描き、希望を膨らませた。

 

 だが、そこに立っていたのはザミンでもアスマでもなかった。

 先輩漁師のペイターだった。歳は50で、ダルヤからすると父親のようにも映る男だった。プロの漁師としての厳しさを持ちつつ、その目の奥には若者に対する優しい眼差しがあった。ダルヤは彼のことを慕っており、他の漁師仲間たちからも頼りにされている存在だった。

 

「親父さん! これは一体……」

 

 姉でなかったことに落胆はしたが、信頼を寄せるペイターの顔を見られて、ダルヤは少し落ち着いた。

 だが、すぐに様子がおかしいことに気付いた。彼の言葉に対し、ペイターは何の反応もしない。その目は虚ろで、目の前のダルヤを知覚できているのかすら怪しかった。

 

「親父さん……?」ダルヤはたじろぐ。ペイターからは何らかの臭気が滲み出ていた。それは、町に帰ってきたときに感じた匂いと同じものだった。

 そして気付く。彼の右手に握られているものに。それは――

 

「ヴォアアアアアア!!!」

「っ!?」

 

 奇声を発し、ペイターが右手を振りかざす。その手に握られているのはマギリだった。マギリとは漁業用包丁のことで、船上でロープや網を切ったりするときに使用する。そのためのものなので、鋭利な切れ味がある。ペイターはその刃をダルヤに振り下ろす。

 

「親父さんっ! どうして、こんな――!」

 

 間一髪で躱したダルヤは、相手の腕を押さえつける。だがペイターの膝蹴りが鳩尾にめり込む。ダルヤのほうが若いとはいえ、ペイターも屈強な海の男だ。痺れるような痛みが走り、ダルヤは思わず胃液を吐き出す。

 

「げほッ、お゛ぇ……っ!」

「ヴォアアアア!!」

 

 自由になった右手でマギリを突き刺そうとしてくるペイター。やむを得ず、ダルヤは拳を腹に叩き込んだ。

 金属音を立てながらマギリが床に落下する。気を失ったペイターを寝かせ、ダルヤは玄関から表に出た。すると――

 

「ヴォエエエアアア……」

「ヴォオオオ……」

 

 家の外には、亡者のように唸る男たちが殺到していた。ダルヤは愕然とする。全員見覚えのある顔だったのだ。これまで彼を指導してくれた漁師仲間の男たち。ダルヤの未来を応援してくれていた優しさなどどこにもなく、生気を失ったような無表情でふらふらと向かってくる。

 

 ダルヤは逃げ惑った。いったい何があってこんな事態になっているのか、何も分からなかった。頭が混乱し、先ほど蹴られた鳩尾の痛みもズキズキとぶり返してきた。

 夢であれば今すぐにでも醒めてほしかった。しかし、町以外は何も変わらず、至って現実だ。海は平然とした顔をしているし、押し寄せてくる波だって何も変わらない。照りつける陽射しも、いつもの昼だ。自然の中で、ダルヤは打ち棄てられたブイのように孤独だった。

 

 海沿いの岩礁に上がり、彼はうずくまった。せめて呼吸を整えようと、濃い磯の香りを肺に吸い込んだ。

 そんなときだった。目の前に人の気配を感じたのだ。ハッとして顔を上げる。そこには、目を疑うような姿をした何者かがいた。

 

「キミでしたか。この星のレイオニクスは……」

 

 2mを超える長身。左半身を青、右半身を黒に染めた独特な風貌。

 人型ではあったが、明らかに人間ではない。顔を構成していると思われるパーツはダルヤたちとは全く異なる形をしている。体表の質感もごつごつとしており、何らかの着ぐるみと言われるほうが納得できる。

 

 だが、ダルヤはそうでないことを確信していた。

 自分でも何故だか分からない。それでも、この男はこういった姿をした人間なのだと理解していた。そして、姿かたちが全く異なる彼にシンパシーを感じていた。信じられないことだが、ペイターや他の漁師仲間たちよりも、この男のほうが『自分と近しい存在』だと思った。

 

「なんだ、お前は……」

「お初にお目にかかります。私はチェーン星のレイオニクス、シニストラ。タビアット星のレイオニクスよ、お命頂戴いたします」

「どういうことなんだ。どうしてオレを。みんながおかしくなったのはお前の仕業か」

 

 シニストラと名乗った男は、「フフ」と含み笑いをして答えた。

 

「その通りですよ。私の相棒、サイコメザードの能力で、この町の人間の精神を操りました。人々を殺し合わせれば、レイオニクスの存在があぶり出せるはず。レイブラッドの血が流れている者には、この能力が効きませんからね」

 

 シニストラの手には青と白のボディを持った直方体のマシンが握られていた。「見なさい」と言う彼の視線を追って、ダルヤは陸地に目を向ける。するとそこには、今まで見えなかった巨大怪獣の姿があった。

 

 全身が白骨のような見た目の怪獣だった。背中には扇状の翼が左右に広げられているが、それも骨組みのようで、肉が伴っていない。

 怪獣は緑色に光る丸い目でダルヤを見下ろしながら、不気味な唸り声をあげた。

 

「ギャシャアアア……!」

 

超空間波動怪獣 サイコメザード  
体長:66メートル  体重:36,000トン  

 

「な……!」

「さあ、出しなさい。キミの怪獣を! レイオニクスバトルの始まりです!」

 

 レイオニクス? レイブラッド? ダルヤにとっては、シニストラの言う何もかもが混乱をもたらすものでしかなかった。

 何のアクションも取らないダルヤに、シニストラは怪訝そうにする。そして、「おやぁ……?」と厭らしい声を出した。

 

「もしかしてキミ、怪獣を持っていないのですか? まだレイオニクスとして目覚めていないと?」

「だから、なんのことだと言ってるんだ!」

「フッフフフ! そうですかそうですか。成程」

 

 シニストラはひとりで納得し、言葉を続ける。

 

「頭の固い兄上でも納得してくれるでしょう。何せ、目覚めてすらいないのですからね。正々堂々のレイオニクスバトルなどできるはずもない。――なら、このまま殺してしまっても構いませんね!」

 

 マシンを掲げるシニストラ。すると、サイコメザードが動き出す。

 その腹部の中央には植物のつぼみのような部位があった。それが放射状に開くと、その奥から紫色の光弾がダルヤ目掛けて放たれた。

 

「ぐああああああっ!!?」

 

 すぐ目の前で巻き起こった爆発にダルヤは吹き飛ばされる。岩礁の上を跳ね、あちこちに体をぶつけながら転がる。そのせいで、止まったときには全身傷だらけになっていた。

 

「ぐっ、う゛……」

「フッフフフ! さあ、トドメです! 今度はちゃんと狙ってくださいねぇ!」

 

 サイコメザードの発射口が再び開かれる。

 狙われるダルヤは、岩礁に伏したままだ。その脳裏には、彼と関わってきた人々の顔が浮かんでは消えていた。まるで、走馬灯のように。

 

(……)

 

 ペイターを始めとする、漁師の仲間たち。

 学校の友達。町に生きる人々。

 そして、彼の二人の姉。ザミンとアスマ。

 

 二人の顔が浮かんだ瞬間、彼の全身は炎のような熱を持った。

 岩の上で拳を握りしめる。獣のような唸り声を歯の間から漏らす。痛みが滞留する体を、無理やり立ち上がらせる。

 

「許さねえ……絶対に、許さねえっ!」

 

 そのとき――彼の胸から金色の光が飛び出してきた。

 無意識にそれを手に取る。光の塊は、シニストラが持っていたものと同じマシンに形を変える。――それがバトルナイザーという怪獣を操る道具であることを、ダルヤは本能的に理解した。

 

 背後の海面から、巨大な影が飛び出してくる。水飛沫が高く舞い上がり、それを吹き飛ばすかのような甲高い嘶きが周囲に響き渡る。

 赤い甲殻を全身に纏った有翼怪獣――アリゲラだった。

 

宇宙有翼怪獣 アリゲラ 
体長:55メートル 体重:11,000トン 

 

「何!? 怪獣だと!?」

「――いけ! アリゲラっ!!」

 

「キュァアアッ!!」

 

 アリゲラは、このタビアット星の海を生息域とする巨大生物だった。その中でもこの個体は、ダルヤの古くからの友人だ。

 その昔、浜に打ち上げられていたアリゲラの幼体をダルヤは発見した。その個体はアリゲラの中でも身体能力が低く、群れから追い出されてしまったのだ。不憫に思ったダルヤは彼に魚を分け与えた。それからというもの、彼はダルヤとその姉に懐くようになった。

 

 厳密に言えば、一度バトルナイザーに捕獲するという手順を踏んでいないため、アリゲラはまだダルヤの所持怪獣になってはいなかった。だが、その付き合いの長さと、ダルヤの類稀なレイオニクスの才能が、アリゲラとのリンクを可能にしていた。

 

 バトルナイザーを通して伝わってくる彼の闘志を身に漲らせ、アリゲラが突撃する。今にも光弾を発射しようとしていたサイコメザードの腹に頭突きをし、突き飛ばす。

 仰向けに転倒した敵に向かって、アリゲラは怒りの籠った声を張り上げた。

 

「キュァアアオオン!! ギィイッ!!」

 

 その様を見て、シニストラは面白くなさそうに舌打ちした。

 

「チッ。ですが、まあいいでしょう。この私がこんなヒヨッコに負けるはずがありませんからねえ! ――行きなさい、サイコメザード!」

 

「ギャアアア!! ギャアアア!!」

 

 サイコメザードが地面を蹴り、空中に浮く。先程の意趣返しのつもりか、勢いをつけた頭突きをアリゲラに見舞う。

 後退したアリゲラがパルス孔から光弾を放つ。サイコメザードも同時に光弾を放ち、両者の体から火花が散る。

 

「キュァアア……」

 

 シニストラの言は決して自惚れではなかった。ダルヤの才能は輝かしいものであったとはいえ、レイオニクスとしての技量はシニストラのほうが上だった。なおかつアリゲラは、元々は身体能力の欠落ゆえに群れから追放された個体だ。二体の怪獣には大きな差が存在している。

 

 現に、共に光弾の直撃を受けた両者だったが、ダメージはアリゲラのほうが大きかった。彼がよろめく隙を突き、サイコメザードが爪で攻撃する。翼の付け根といった、甲殻が手薄になっている部分を的確に狙い、ダメージを与えていく。さらにローキックで体勢を崩させると、飛び膝蹴りを繰り出し、アリゲラを転倒させた。

 

「ギャシャアアア!!」

「キュァア……」

 

「フッフフフ! 息巻いておいて、その程度ですかぁ?」

「くっ……!」

 

 ダルヤがバトルナイザーを掲げ、アリゲラに指示を出す。それを受けたアリゲラは、遮二無二、翼を振るう。刃のような切れ味を持つ剣閃だが、サイコメザードは身軽に動いてそれを躱す。

 

「甘いですよ!」

 

「ギャアアア!!」

 

 腹の発射口が開き、放たれた光弾がアリゲラに命中する。攻撃の手が止まったところをサイコメザードが追撃にかかる。その腕を触手のように伸長させたのだ。アリゲラの翼の付け根をがっしりと掴む。そうして抵抗を封じたうえで、自分の体から電流を流した。身を焼くような痛みがアリゲラを襲い、悲鳴が海岸線に響く。

 

「そらそら! 終わりですかぁ!?」

「アリゲラ……!」

 

 パルス孔からの光弾で何とか反撃させたいが、電流のダメージを受け続けている状態だと、上手く照準を定められないようだ。

 サイコメザードの瞳がぐにゃりと変形し、嘲笑うかのように細められる。その主人も勝利を確信した含み笑いを漏らしていた。

 

 ――だが。ダルヤはまだ諦めていなかった。

 バトルナイザーを掲げ、思念を送る。それを感じたアリゲラの叫びが、強い意志を以て放たれる。

 

「キュァアアッ!!」

 

 アリゲラの背部に備わったジェット器官が唸りをあげる。アリゲラは今、直立した体勢だ。すると当然、そのまま上空へ飛び上がることになる。

 しかも、その急激な上昇にシニストラの反応が遅れた。彼が指示の変更に迷っているうちに、アリゲラはサイコメザードを上空へと連れていく。サイコメザードの手はアリゲラを掴んだまま離さない。主人が下していた指示通り、電流を流したままだ。

 

「そのまま突っ込め!」

 

「キュァァアアオンッ!!」

 

 アリゲラの針路が変わる。身を翻して向かった先は――海だった。

 サイコメザードを連れたまま、海中に飛び込む。流石にここまで来れば危機を感じ、サイコメザードの手が離れるが、手遅れもいいところだった。

 

「キュァアアッ!!」

「ミミミミミュィィィン……!?」

 

 海面へ上がろうとするも、アリゲラに突き落とされる。かと思えば、急に側面から追突される。続けざまにアリゲラの翼が繰り出され、サイコメザードの翼が叩き切られる。

 

「な……何だと!?」

「海はアリゲラのすみかだ。簡単に逃げられると思うな!」

 

「キュァアッ!!」

 

 アリゲラの光弾が敵の翼を破壊していく。反撃を試みるサイコメザードだが、縦横無尽に泳ぎ回るアリゲラの動きを捉えられない。海面へ逃げようとしても、即座に突進が飛んできて海中へ戻される。白骨のようなサイコメザードの体躯は、刃毀れする刃物のように、次第次第に崩壊していく。

 

「これで終わりだ!」

 

 最後の指示が飛ぶ。それに応じたアリゲラが尻尾から追尾弾を放つ。

 それを受けたサイコメザードが海面へと押し込まれる。シニストラは、水飛沫を上げながら飛び出してくる相棒怪獣を目撃する。

 

「ミミミミミュィィィン……!!」

 

 追尾弾が炸裂する。その爆発でサイコメザードがさらに上空へと飛ばされる。

 アリゲラが海中から飛び出してくる。ジェット器官から青白いエネルギーを放出し、真っ直ぐに敵を捉える。

 

 海水に濡れた翼が、陽射しを照り返して眩しく輝く。その光の軌跡が突き進み、サイコメザードの体を真っ二つに切り裂いた。

 

「な……?! うわ、うわあああああ!!」

 

 二分割された怪獣の半身が落下する。シニストラは動転し、冷静に体を動かせない。情けない悲鳴をあげたまま、相棒の体の下敷きになった。

 さらに、怪獣の肉片が爆発する。それに耐えられるわけもなく、怪獣もろともシニストラは葬り去られた。

 

 怪獣の肉片が海岸線に降り注ぐ。その嫌な臭いに包まれながら、ダルヤは力なくへたり込んだ。

 虚脱感が全身を満たす。サイコメザードを倒したことで、ペイターたちは元に戻るだろう。だが、失った命が戻ってくるわけではない。そして、町の様子からすると――姉二人の生存は絶望的だった。

 

「アスマ……ザミン……」

 

 ダルヤは嗚咽する。最愛の姉、そして彼女たちとの幸せな未来は失われてしまった。これから先、どうやって生きていけば――

 

「キュィィイッ!!」

 

 そう、絶望に陥っていたときだった。アリゲラが何かを訴えるように声をあげたのだ。

 ダルヤは気付く。背後に人の気配がある。振り返ってみると、そこには――

 

「……姉貴!?」

 

 そこには、ザミンとアスマが立っていたのだ。無事であったことにまずは安堵し、ダルヤは立ち上がる。

 彼とは反対に、二人の顔は浮かなかった。ダルヤは最初、痛ましい事件が町を襲ったことで気持ちが沈んでいるのだろうと思った。だが、次第に彼の胸に昏い不安が立ち昇ってくる。それは煙のように、心の中に充満する。

 

「アスマ、ザミン……そのかっこうは……?」

 

 二人は見たこともない服装をしていた。銀のビスチェと黒のホットパンツ、そしてロングコート。今までこんなコーディネートをしているところは見たことがなかったし、家にそんな服があった記憶もなかった。

 

 そして服装以上に、感覚が彼に訴えていた。先ほど戦ったチェーン星人シニストラ。彼に感じた親近感のようなもの――それと同じものを、姉二人にも感じたのだ。

 

 弟が気付いたことを察したのだろう。ザミンとアスマは、腰のホルスターからバトルナイザーを引き抜き、ダルヤに見せた。

 ダルヤは目を見開いて驚愕する。そんな彼に言い聞かせるように、二人は真実を述べたのだった。

 

「ダルヤ。……あなたはレイオニクス」

「レイブラッドの血を受け継ぎ、戦う者」

 

 そして――

 

「私たちは、あなたを教育するために生まれた」

「私たちは――」

 

「あなたに、倒されるべき存在――」

 

 

   ★

 

 

「……どうしてなんだ」

 

 その呟きに、ザミンは「またそれ?」と呆れたように言う。

 ダルヤは、即座に「違う」と否定した。

 

「レイオニクスの姉弟として生まれてしまった、それはもういい。変えられない事実なんだから。

 でも、オレが姉貴たちを殺さなきゃいけないってことは変えられるんじゃないのか。どうして姉貴たちは、それを受け入れてくれないんだ」

 

 ザミンはダルヤの胸板に指を滑らせながら、「そう思うわよね」と呟いた。

 

「レイブラッドの後継者なんてどうでもいいんだ。オレはまた、三人で一緒に暮らせれば……」

「実のところ、私も別に、後継者になってほしいわけじゃないの」

 

 彼女の声は水面へ浮上していく(あぶく)のように、暗闇に浮かび、音もなく弾けた。

 訪れた静寂に、ダルヤは息を潜める。もしかすると、彼女が自分の望みを聞き入れてくれるのではないかと思ったからだ。

 

 それでも、次に浮かんだ言葉にはアンニュイな響きは含まれてはいなかった。

 

「アスマも言ってたわよね。『レイオニクスは戦いから逃れられない』って」

「……」

「あなたはこれからも戦い続けることになる。その血がそうさせるのよ。私はあなたに死んでほしくない。最後まで生き残っていてほしいの。だから、私たちは役目を果たさなきゃならないの」

 

「違う」とダルヤは否定する。「三人で力を合わせればいい。そうすれば、どんな敵が現れても戦える。オレたちはずっと一緒にいられる」

 

「ダメよ」とザミンも言下に否定する。「いつでも三人で戦える保障なんてないわ。敵の策略で分断されることだって考えられる。戦力を一人に集中させたほうが合理的よ」

 

「だったら」とダルヤは声を荒らげた。

 

「姉貴がオレを殺せばいい。姉貴が生き残ればいいじゃないか」

「……できないわ」

「オレに強いるくせに、自分はできないって言うのか」

「……」

 

 ザミンは少し沈黙してから、言葉を継いだ。

 

「私とアスマは一卵性双生児でしょう? そのせいで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私たちはさほど優秀なレイオニクスじゃないのよ。だから、生き残らせるならあなたが最適なの」

 

 実際、ダルヤはこれまで姉二人に負けたことはなかった。ダルヤが覚悟を決めていない以上、姉側は本気を出せないという事情はある。それでも、レイオニクスとしてどちらが優秀かというのは、戦っている当人たちが一番よく分かっていることだった。

 

 ただ、所詮はそれも詭弁だった。

 姉の本心は、ダルヤの指摘通りだろう。

 結局のところ、弟のことを愛しているからこそ、彼女たちは自分の命をなげうとうとしているのだ。

 

「ダルヤ」

 

 ザミンは優しく、それでいてほんの少し寂しそうに、弟に説いた。

 

「あなたはこれまで、自分ひとりだけの力で戦い抜いてきたのかしら?」

「……」

「自分ひとりだけの力で、すべての戦いを勝ってきたのかしら?」

 

 ダルヤは沈黙する。その沈黙は、彼女の質問に対する答えも同然だった。

 彼はこれまでひとりで勝ってきたのではなかった。ザキラ戦やマリキュラ戦では、四姉妹のサポートがなければ負けていた。クロノーム戦でリザリアスの制御が可能となったのも、フィオネがいてくれたおかげだ。ゾゾギガ星人との戦いではリリアを奪われたこともあったし、カミソリデマーガには一度敗北寸前まで追い詰められた。――そして。

 

「あのフューネラルというレイオニクスに、あなたは完敗したわよね」

「……」

「フューネラルがもし、もっと凶悪なレイオニクスだったらどうなっていたと思う? あなたは殺され、あなたの大切なお姫様たちも酷い目に遭ってたかもしれないのよ」

「……」

 

 その指摘は正しかった。ダルヤは、何も言い返すことができない。

 彼はあのとき、護衛としての役割を果たせなかった。レイオニクスバトルという自分たちの事情に巻き込み、あまつさえ敗北を喫した。フューネラルがもし、故郷を襲ったチェーン星人シニストラのような残忍な性格なら、四姉妹は今ごろ無事ではいられなかっただろう。

 

 もちろん、だからといってダルヤを恨む彼女たちではない。とはいえ、それで済む問題でも到底ない。

 

「怪獣だってそうよ。あなたはあのとき、リザリアスを切る決断をした。そして奪われた。――あなたは仲間を守れなかったのよ」

「……」

「ねえ、ダルヤ――」

 

 貝のように口を閉ざしてしまった弟に、姉は言い聞かせる。

 

「守るということには、強い力が必要なのよ」

 

 それは、残酷な指摘だった。

 ダルヤは野心を持たないレイオニクスだ。自らに授けられた力は、他者のために使おうとする。

 

 だが、他者のために力を使うということは、より強い力を手に入れなければならない。

 守るという行動は、その意志が評価されるのではないからだ。守りきってこそ、価値が生まれる。

 

 そしてそのためには、実の姉を手にかけなければならないのだ。

 

「それでも、オレは――……」

 

 姉を殺す以外の道を探したい。彼の声音はそう語っていた。

 ザミンはソファを降りた。床に散らばっていた衣服を拾い、暗闇の中でそれを纏う。肌に滲んでいた汗は、とうに乾いていた。

 

「外に出なさい、ダルヤ」

 

 彼女の様子は、普段と同じものに戻っていた。

 

「レイオニクスらしく、戦いで語り合いましょう」

 

 

 

 リビングを後にし、階段を上っていくダルヤとザミン。

 ――暗闇の中、息を潜めながら、それを見詰めている影があった。

 

 影は純白のスカートをひらりと躍らせながら、二人の後を追った。

 

 


 

≪登場怪獣≫

 

■超空間波動怪獣 サイコメザード

体長:66メートル

体重:36,000トン

 

『ウルトラマンガイア』第13話「マリオネットの夜」に登場。

 

「波動生命体 メザード」の一種。

普段はクラゲのような姿で異次元に潜んでおり、こちらの世界で実体化する際にサイコメザードの形をとる。

人間を洗脳する電磁波を放ち、人間同士を争わせるといった行動をとる。

 

本作ではチェーン星人シニストラの所持怪獣として登場。

タビアット星のレイオニクスをあぶり出すため、ダルヤの住む町の人々を殺し合わせた。

この事件はダルヤにとって「レイオニクスの周りでは悲惨なことが起こる」というトラウマになっており、彼が惑星ファイローから去る原因にもなった。

 

なお、本種が持つ「異次元に潜む能力」は、レイオニクスによるコントロールが困難となるため、主人であるシニストラの意向で発揮させられていない。

 

主な武器は、腹部から放つ光弾。

 


 

≪登場人物≫

 

■チェーン星人 シニストラ

チェーン星のレイオニクス。

慇懃無礼な言動をとり、目的のためならどんな犠牲も厭わない、冷酷かつ残忍な性格。

 

15話で登場したデストラの弟。

デストラはレイオニクスバトルを神聖なものと考えており、弟と「レイオニクス最後の二人となって、正々堂々と戦おう」と約束をしていたが、シニストラにとってはどうでもいい口約束でしかなかった。

 

兄とは正反対の性格をしていたが、扱う怪獣はどちらも精神攻撃系の能力を持っており、ある意味、兄弟らしかったとも言える。

 

所持怪獣:サイコメザード

 

 

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