ザキラの襲撃から三日が経った。
あれから特に事件というほどの出来事は起こらず、宇宙船は安全に航行を続けている。
バリアは50%まで回復。レールキャノンへのエネルギー充填も十分だ。非常時に対しての備えも、ある程度整っていると言えた。
ダルヤはブリッジの椅子でバトルナイザーを見詰めていた。三つの液晶のうち二つに怪獣の姿が映っている。一番上がアリゲラ。二番目が……名前を呼ぶのも憚られる、藍鼠色の怪獣だ。
(……)
ダルヤが物思いに耽っていると、ブリッジにミクリアが入ってきた。
「あ、ダルヤ。何してたの?」
「ああ……」
ダルヤはバトルナイザーをホルスターに収め、席を立った。
「アリゲラの傷を確かめてたんだ」
「どう? 前の戦いではけっこうなダメージだったようだけど」
「まだ万全じゃないが、出撃自体はいけるな。できればもう少し、平和な時間が続いてくれると助かるんだが」
「それはほんとに同意見ね」と相槌を打ち、ミクリアは言葉を続けた。
「一緒に食堂に来てくれる? ディオーネが呼んできてほしいって言うものだから」
「ディオーネが?」
ダルヤは内心首を傾げた。
リリアは姉妹のまとめ役で、ミクリアは性格的におしゃべりが好きだ。フィオネは怪獣のことに興味があるようで、よく質問をしてくる。今のところ、この三人とは良好な関係が築けていると感じる。
その一方、ディオーネからは距離を開けられているような気がしていた。あちらから日常会話を持ちかけられることはなく、会話することがあっても態度に棘があった。部外者ということで嫌われているのではないかと思っていたわけだが、そんな彼女にわざわざ呼び出されるというのは意図が読めなかった。
ミクリアに連れられて食堂に入ると、姉妹たちが揃っていた。
ダルヤの姿を認めたディオーネは席を立ち、つかつかと歩み寄ってくる。そして胸の下に腕を組んだまま、リリアのほうを振り返った。
「リリアお姉様。わたくし、名案を思いつきましたわ」
「名案?」
「ええ。わたくしたちはこうして故郷から離れ、こそこそと逃げ続けておりますけれど……よくよく考えてみれば、そんな必要は全くありませんでしたわ。こうして、彼と出会うことができたのですから」
ディオーネは得意げな顔でダルヤを見上げる。
「ダルヤ。あなたにお願いがありますわ。わたくしどもと一緒に惑星タンザナに戻り、怪獣の力で内乱を収めてはくださいませんか?」
なるほど、とダルヤは得心した。彼を見上げるディオーネの目はいつものように妖艶な光が宿っているものの、表情を見ると何かを隠しているような気はしない。何かを裏で企んでいるとかそういうわけではなく、本心からこう言っているのだろう。
挑発的でアダルティな雰囲気とは裏腹に、感情表現が素直という年相応な面も見せるディオーネ。そのギャップによってダルヤは長らく彼女のことを掴みどころがない人物だと思っていた。しかしようやく、その本質が見えてきたような気がする。
「もちろん、報酬はたっぷりお渡ししますわ。リリアお姉様のネックレスがお気に召さなくても、国に帰れば財宝はたくさんありますもの。内乱が収まれば、お好きなものをお渡しできますわ」
「ディオーネ、それは――」
リリアが口を挟もうとしたので、ダルヤは目配せしてそれを制した。そうして、ディオーネの目を見詰めてきっぱりと言った。
「悪いが、それはできない」
「……なっ、何故ですの?」
「あんたらの星からすると、オレは部外者だ。その星の住民同士の争いに、部外者が介入することはできない」
ディオーネは納得できない様子で、ダルヤに食ってかかった。
「でもっ、わたくしたちは仲間ではありませんの?! それなら部外者ではありませんわ。仲間の頼みでも、聞いてくださらないのですか?」
「オレもみんなのことは仲間だと思ってる。でも、その頼みは飲めない」
「……っ」
なおもディオーネは食い下がろうとしたが、リリアは宥める口調でそれを制した。
「ディオーネ。あなたの気持ちは十分に伝わるけれど……諦めましょう?」
「でも、お姉様! あの怪獣の力があれば、お母様たちを助けられますわ! この狭い船での生活も終わって、また王宮での暮らしも戻ってくるのに――」
「ディオーネ」リリアが一転して固い声を出した。その変化を感じ取ってか、ディオーネは口を閉ざす。
「もしダルヤが王国の内乱に関与することになれば……彼の力が敵に回る可能性だって生まれるのよ」
「……」
「彼の立場なら、報酬が良いほうにつくことができる。そうでなくても、彼自身の判断でどの陣営につくかを決めることもできる。……彼の言うとおり、よその星の方を介入させるのはリスクが大きいわ」
ディオーネはうつむき、何も言葉を返さなかった。
「それに……もし内乱に参加させるなら、彼に人殺しをさせることにもなるのよ。ディオーネはそれでいいの?」
「……」
ディオーネは口を閉ざした。部屋が静まり返る。ミクリアは心配そうにリリアに視線を送るが、姉はうつむくディオーネをじっと見詰めている。フィオネもまたおろおろと視線を彷徨わせていた。
しばらくして、「わかりましたわ」と意気消沈した声がぽつりと部屋に落ちた。
「リリアお姉様が仰るのであれば、間違いはないと思いますわ」
喉に小骨が引っ掛かるような言い方だった。ディオーネはそれだけ言うと、皆に背を向けて食堂を出ていった。その様子は、無理をして平静を装っているように見えた。
ダルヤはふうと軽く息を吐いて、空いている席に腰を落ち着けた。
「ディオーネは、純粋なんだな」
「まあ」とフィオネが声を出す。「そう見えますの?」
「ああ。第一印象は、何というか……みんなの中でも一番大人っぽいように見えた」
正しくは「色気があるように見えた」のだが、流石にそんな言い方はできない。ダルヤはそこを濁し、言葉を続けた。
「でも、そうじゃないみたいだ。まだまだ中身は子供っぽくて、純粋だ。船が襲われれば慌てるし、怪獣に勝ったときは素直に喜ぶ。調子に乗って得意気になったりもする。そういう純粋さがあるからこそ、オレに力を貸してほしいと頼んだんだろう。そこにまつわるリスクにまでは考えが及ばなかったんだろうな」
フィオネは「よく見てますわね」と苦笑いを浮かべた。
「ちなみにダルヤは、ディオーネのことをどう思っておりますの?」
「それはもちろん、大切な仲間と思ってるよ」
フィオネは「ふふ」と笑みをこぼした。
「感謝いたしますわ。手がかかる子ですけれど……わたくしにとっても、可愛い妹ですから」
「これまでオレに当たりが強かったのも、単に嫉妬だったのかもしれないな」
「嫉妬……ですか?」
「ああ。オレには姉がいたんだが、オレが同年代の友達を作って遊ぶようになると、『なんでお姉ちゃんに構ってくれないの』なんて拗ねだしてな。それと似たような感じかもしれない」
「愉快なお姉様ね」とミクリアは身を乗り出しながら笑った。
姉のことについてもっと訊きたい様子だったが、それは叶わなかった。突如、部屋に警報が鳴りだしたからだ。
『巨大生物を捕捉。船に接近中です』
コンピューターの合成音声が危機を知らせる。ダルヤら四人は顔を見合わせ、食堂を後にした。
ブリッジに着くと、ミクリアが操縦席に座る。レーダーには船の後方3㎞に巨大生物の影が映っていた。ミクリアは船外カメラを後方に向け、その様子を壁のモニターに出した。
「こいつは……」
それは昆虫の姿をした怪獣だった。触角、大顎、そして三つの青い複眼を持つ頭部。ほっそりとした体からは鎌状の前足が伸びている。背中は白い体毛に覆われ、細長い一対の翅が大きく広げられていた。
そして、何といってもその大きさだった。直径50mの宇宙船と比べても二倍以上ある巨体。細身とはいえ、広げられた翅も相まって受ける威圧感は相当なものだ。虫という見た目もあり、ブリッジには小さく呻き声があがっていた。
眉をひそめながら、フィオネが訊ねる。
「ダルヤ。あの怪獣は何か分かります?」
「ダイオリウスだな。厄介なやつが来たもんだ……」
| 宇宙大昆虫 ダイオリウス | |
|---|---|
| 体長:115メートル | 体重:65,000トン |
「ピャアアアアミャウミャウミャウ……」
「光や電磁波を敏感に察知して、生物なら何でも見つけ次第食っちまう凶悪な怪獣だ。さっさと追っ払っちまわねえと――」
そう言い、バトルナイザーに手をかけたときだった。
ダイオリウスの鎌が青白くスパークした。瞬間、それぞれの鎌から光のカッターが飛んだ。怪獣と船の間の距離をあっという間に突っ切り、バリアには阻まれたものの、その衝撃で船体を大きく揺らした。
「ぐっ……!?」
「バ……バリア残量、20%! 次受けたら無防備になるわ!」
ダルヤは改めてバトルナイザーを引き抜き、掲げあげた。
「いけ! アリゲラ!」
≪バトルナイザー モンスロード!≫
| 宇宙有翼怪獣 アリゲラ | |
|---|---|
| 体長:55メートル | 体重:11,000トン |
「キュァアアッ!!」
船外で実体化したアリゲラは、鋭利な両翼を広げてダイオリウスに突進した。ダイオリウスは光のカッターを放ち、迎え撃つ。これを避けると背後の宇宙船が危ないため、アリゲラはパルス孔からの光弾で相殺した。
「キュァアッ!!」
吹き荒れる衝撃波の中を駆け抜ける。その翼がダイオリウスの体に至ろうとした、そのときだった。
ダイオリウスの鳴き声がこだまする。その後ろ足は尻尾のように長く、その先には蜂の針のような爪が伸びていた。無重力空間の中、ダイオリウスは素早く体勢を変える。まるでスウェーするように体を後ろへ倒すことで、長い後ろ足を繰り出す。その爪がアリゲラの腹部に突き刺さった。
「キュァアアアッ!?」
アリゲラは腹部にも甲殻が纏われている。だが、ダイオリウスの爪はそれすら貫くほど鋭利だった。
ダイオリウスが追撃をかける。爪を通じてアリゲラの体内に強烈な電流を流した。アリゲラは悲鳴をあげ、何とか脱出しようとパルス孔から光弾を放つ。
「ピャアアアアミャウミャウミャウ……」
ダイオリウスが怯み、後ろ足を引き抜いた。電流からも解放されるが、アリゲラに息をつく間は与えられない。ダイオリウスがすぐさま鎌を振り下ろし、アリゲラの体を跳ね飛ばしたのだ。
「キュァア……」
「アリゲラ……!」
アリゲラが力なく落下していく様はブリッジのモニターに映っていた。そして、彼に興味をなくしたダイオリウスが宇宙船に向かって直進を始めたところも。
程なくしてブリッジに衝撃が走る。天井のほうから激しいスパークの音が響いてきた。
「何が起きているんですの……?!」
「バリアの残量が減ってるわ! 18%、17、15……!」
ダルヤは唇を噛む。ダイオリウスが宇宙船に乗り上げようとしているのだろう。船体を覆うバリアに遮られているはずなのだが、それでもお構いなしのようだ。
再び船が揺れる。すると、ミクリアが「えっ!?」と驚愕の声をあげた。
「ミクリア、どうしたの?!」
「バリアの一点が突破されたわ! 船後方の貨物用ハッチが破損!」
「ハ、ハッチが破損したということは、空気が外に漏れてしまうということではありませんの?!」
「どうにかできる?」
「一番近い非常用シャッターを閉じてみる! これで漏出は止められるはず……!」
船の破損はミクリアたちに任せることにし、ダルヤはバトルナイザーでアリゲラに思念を送った。
『アリゲラ、戻ってこい!』
「キュァアア……ッ!!」
この思念は単に応援しているだけではない。バトルナイザーにはレイオニクスの闘志を怪獣の力に変換する機能があるのだ。それにより、アリゲラの体に力が漲る。ジェット器官から蒼白いエネルギーを放出し、猛スピードで船まで戻ってくる。
「ピャアアアミャウミャウミャウ……」
それを察知したダイオリウスが船から離れ、アリゲラに対峙する。
両者を比較すると、大人と子供のような体格差だ。それでもアリゲラは果敢にも飛び込んでいく。ダイオリウスは光のカッターで牽制しつつ、その翅を高速で羽ばたかせて飛行を開始した。
「キュァアッ!!」
「ピャアアアミャウミャウミャウ……」
その大きな体を活かしたダイオリウスの飛行速度は優れていた。それでも、平生の状態であればアリゲラの足元にも及ばなかっただろう。しかし今のアリゲラはザキラ戦のダメージが残っており、さらには先ほど腹を刺された傷もある。とても最高速を出せる状態ではなく、追走劇はダイオリウスのほうが先行していた。
「キュアアッ!!」
ダイオリウスを追いながらパルス孔からの光弾を連射するが、軽やかに避けられてしまう。ならばとアリゲラは立ち止まり、尻尾を向けて追尾弾を放った。そして自分は相手の先回りをするようなルートを取り、ダイオリウスを挟み撃ちにする。
「ピャァアアアミャウミャウミャウ……」
するとダイオリウスはその場で反転し、迫りくる追尾弾を迎え撃ったのだ。まるでサッカーボールを蹴り飛ばすかのように長い後ろ足を振り抜く。その先端の爪がエネルギー光球を切り裂き、真空内で炸裂させた。
背を向けるダイオリウスに向かってアリゲラが突撃する。だがダイオリウスは振り向くと、その大顎でアリゲラの翼に噛みついた。最高速を出せないアリゲラの勢いは完全に受け止められる。さらには顎から電流を流され、アリゲラは悲鳴をあげながら悶え苦しんだ。
「くっ……」
バトルナイザーを介してアリゲラがダメージを受けていることを知り、ダルヤは歯噛みする。できるならば船外にテレポートし、近くから正確な指示を送ってサポートしたい。だが、こんな状況でも外に出ることができない理由が彼にはあった。
「ふう……何とか空気の漏出は止められたわ」
「よ……よかったですわ……」
フィオネが息をつく。しかし、ダルヤは表情を険しくして言った。
「ミクリア。船内にスキャンをかけてくれ」
「スキャン? どうして?」
「もしかしたら、奴が卵を産みつけているかもしれない」
「ひっ――」とフィオネが悲鳴をあげた。
「ダイオリウスの幼虫は産卵後すぐに孵化する。産みつけられたのだとしたら、もう幼虫になって船内をうろついてるかもしれない。早いところ駆除しないと」
「わ……分かったわ!」
ミクリアが機器を操作すると、壁のモニターに船内の見取り図が表示された。
十秒ほどして「スキャン完了」の文字が出る。そして――
「こ……これが?!」
「やっぱり、産卵してやがったか……」
何かしらの影が映っていた。それは倉庫などがある船の後方から移動しており、クルーの個室が集まっている居住区画に侵入している。
不幸中の幸いなのは、その影がひとつだけだったことだ。バリアの突破に手間取り、すぐアリゲラに追い払われたこともあって、一個しか卵を産みつける時間がなかったようだ。
「待って! 居住区ということは――」
リリアが珍しく取り乱したように声を荒らげた。
切迫感に満ちたその響きに、他三人もハッとする。
「ディオーネが……!」
ディオーネは食堂でのことがあってから、自室に閉じこもっていた。
電気もつけないまま、ベッドに寝転がっている。
(……)
警報が鳴ったのは当然聞こえていた。船が何者かに襲われているということも分かっていた。だが、今ブリッジに行って皆と顔を合わせるのは気が進まなかった。それは何かしら複雑なしがらみがあったからではなく、ダルヤが指摘したように、単なる子供っぽい意地でしかなかった。
(……どうせ、あの男が何とかするでしょうし)
(わたくしなんて、別にいなくても……)
ごろりと寝返りを打つ。そして、ダルヤの顔を思い浮かべる。
(……何なんですの、あの男。わたくしの能力も通じませんし)
(お姉様たちも、みんなあの男のことばっかり……)
そう考えていたときだった。
突然、部屋内に大きな物音が響いたのだ。ディオーネはびくりと身を震わせて上体を起こし、音がしたドアのほうを振り返る。
――ドン! ドン! と何かがぶつかっている音だ。まるで拳でドアを叩いているかのような……。
「だ、誰ですの?」
そう声をかけるが、返事はない。それどころか、ぶつかる音がより大きくなる。音のスピードも上がり、より荒々しい勢いで何かが叩きつけられていることが分かる。その異様さに、ディオーネは全身が悪寒に包まれるのを感じた。
音が大きくなるにつれ、ドアにも変化が現れる。ドアの一部が部屋側に凹み始めたのだ。
何者かがドアを破ろうとしている。そして、中に侵入しようとしている。何故? その答えは想像を働かせても上手く像を結ばず、ディオーネはただただ茫漠とした不安を膨れさせた。
「ピャウゥゥウウウ!!!」
「きゃああああーーーーっ!?」
そして遂に、ドアが破られる。開いた穴から飛び出してきたのは、70㎝ほどの白い毛むくじゃらの生き物だった。ディオーネは知らないことだったが、これがダイオリウスの幼虫なのだった。
幼虫はもぞもぞと蠢き、床を這い進む。ディオーネは涙を滲ませながら、ただ恐怖を叫ぶことしかできない。恰好の獲物とでも言うかのように、幼虫は体毛を揺らめかせながら彼女へにじり寄る――
――しかし、そのときだった。またしても大きな物音が響いたのだ。しかも、今度はドアの全体が吹っ飛ばされ、反対側の壁に勢いよく衝突した。
船内のドアは前後に開くものではなく、すべて左右にスライドして開閉する自動式だ。それなのにドアそのものが吹っ飛ぶなど、並の力では不可能だ。ディオーネは唖然として部屋の入口に目を向ける。そこには、大柄の男が逆光になって立っていた。
「――離れろっ!!」
間一髪で駆け付けたダルヤは、床の幼虫に飛びつく。手で掴んで動きを止めると、幼虫は「ピャウゥゥウ!!」と叫び声をあげて体に電流を流した。
「ぐああぁあ……っ!!」
「ダルヤ!」
「こ、ん……のぉっ!!」
幼虫を渾身の力で壁に叩きつける。白い毛むくじゃらは動きを止め、ずるずると床まで滑り落ちていった。
「はあ、はあ、はあ……」
「ダルヤ、大丈夫ですの?!」
床に片膝をつくダルヤにディオーネは駆け寄る。ダルヤは脂汗を浮かべながら、彼女に向けて笑んでみせた。
「悪いな。護衛なのにそばについてやれなくて」
「な、何をかっこつけていますの?! それより体は大丈夫ですの?!」
「ああ。とりあえず――」
ダルヤは壁際で蠢く幼虫に目を向けて言った。
「オレはこいつをどうにかする。ディオーネは早くブリッジのみんなのもとに」
「で、でも……」
「大丈夫だ。オレを信じてくれ」
「……」
彼の眼差しに、ディオーネは息を呑んだ。そして素直にうなずくと、「ご武運を」と言って部屋を出ていった。
「よーし。あとはお前だ!」
ダルヤは幼虫をむんずと掴み上げると、テレポートして船外に出た。
「キュァア……ッ!!」
「ピャアアアミャウミャウミャウ……」
アリゲラはダイオリウスに翻弄されたままだった。その巨体に傷を入れることも叶わないまま、逆に自分は電流や打撃、光のカッターのダメージで傷だらけになっている。
そこへ、ダルヤがテレポートしてくる。ダイオリウスから離れた位置で、その手に掴んだ幼虫を見せびらかすようにぶんぶんと振り回し、無造作に投げ飛ばした。
「ピャアアァアアアア!!!」
子供に危害を加えられたダイオリウスが激昂する。ダルヤに向かって一直線に飛ぶ。だが彼はその場にとどまったまま、バトルナイザーを掲げてアリゲラに檄を飛ばした。
『アリゲラ、力を振り絞れ! スピードはお前の十八番だ。こんなやつに負けんじゃねえ!』
「――キュァアアアッ!!!」
アリゲラが高く声を響かせる。そのジェット器官に蒼白いエネルギーが漲る。余力すべてを使い切る勢いで、後方に衝撃波を飛ばす。その赤い体躯が一筋の流星と化した。
背後からダイオリウスの巨体を追い越す。すれ違いざまに翼を繰り出す。その一瞬の交錯で、ダイオリウスの翅が付け根から弾け飛んだ。
「ピャァアアミャウミャウミャウ……」
バランスを崩して傾くダイオリウス。対してアリゲラは猛スピードでターンし、今度は真正面から飛び込んでもう一枚の翅を叩き切った。
「キュァアアッ!!」
ふらふらと降下するダイオリウスにアリゲラは尻尾を向ける。その先端にエネルギー光球を形成し、尻尾で虚空を薙ぐと共に発射した。
それは的確にダイオリウスの体を捉える。その悲鳴が閃光と爆風の中に掻き消える。ダイオリウスの体は、頭から足先まで木っ端微塵に爆散した。
『よくやった、アリゲラ。ゆっくり休め』
「キュアアッ」
アリゲラの姿が金色の光となって収縮し、バトルナイザーの中に吸い込まれていった。
一息ついたダルヤはテレポートで船内に戻り、皆の歓迎を受けるのだった。
★
その晩、ダルヤの部屋――
(さすがに疲れたな……)
ダイオリウスの幼虫から受けたダメージもある。今日はしっかり体を休めよう……そう思っていたところ。
部屋のドアが開く音がした(ダルヤは部屋のロックをしていなかった)。電気をつけないまま、何者かがベッドのほうまで歩いてくる。ダルヤは訝しげに上体を起こし、「誰だ?」と訊いた。
「わたくしですわ」
「……ディオーネ?」
「ええ」
足音も聞こえないほど静かに歩いてきたディオーネは、とても滑らかな仕草でベッドに腰掛けてきた。
「どうしたんだ、こんな夜更けに――」
ダルヤがそう口を開いた瞬間だった。
ディオーネが顔をすっと近づけてきたのだ。明かりがないから感覚でしかないが、もうあと3cmほどの距離だった。
そこで彼女は「はあ……」と息を吐いた。悩ましい声が幽かに響く。この距離だから避けようがなく、ダルヤは彼女の吐息に包まれる。その息を吸い込んでしまう。
すると――
「……っ? なんだ、体が……」
体から力が抜けていったのだ。
甘い痺れが全身に滞留し、温水プールに浸かったような心地よさに包まれる。再びベッドに倒れ、柔らかいマットレスに背中を沈めた。
「ふふ……流石のあなたも直接なら効きますか」
「……?」
「ご存知ありません? カイルライト王家の者はみな特異体質なのですわ。わたくしが生まれながらに持っていた能力は『魅了』。異性を虜にして、意のままに従えることができますの」
ディオーネは、ダルヤの逞しい胸板に指を滑らせる。
「普通なら、相対しただけで心を掌握できるのですが……貴方は異星人だからか、はたまた怪獣使いだからか、全然効果がありませんでしたわね。でも、直接吐息を吸わせれば流石に骨抜きですわ」
暗闇の中、しゅるりしゅるりと衣擦れの音が立つ。
ダルヤの骨太かつ筋肉質な肉体とは正反対の――どこまでも沈み込むような柔らかさが、密着してくる。
「……昔から、この特異体質のせいで夜のお相手には困りませんでしたわ。お城を訪れた著名人、他国の王子……近衛兵の中にも関係を結んだ方がちらほらおりました。色々なことが胸の中に渦を巻いてこんがらがったとき……そうして男性を褥にお誘いし、気を紛らわしておりました」
ディオーネはダルヤの胸に手を当て、ぴったりと頬をつけた。彼の体温を感じ、力強い拍動を聞きながら、「でも――」と言葉を継ぐ。
「今夜のこれは……気を紛らわすためではありませんわ。助けてくださったあなたに報いるための……わたくしの気持ち。
ご安心くださいまし。別に、朝言ったようにあなたを故郷に連れ帰って戦わせるようなことはいたしませんわ。わたくしはただ――」
彼女はそこで言葉を切った。部屋に沈黙が下りる。互いの微かな息遣いだけが聞こえ、暗闇の中で混ざり合って溶けていく。
ディオーネは上体を起こした。そうして、ダルヤの腰の上にお尻を乗せる。彼女の広い骨盤にたっぷりとついた肉が、ダルヤの上で平べったく形を変える。
彼女はそんな体勢で……気恥ずかしそうに、細々と言葉を紡いだ。
「お姉様たちのように……あなたと親しくなりたいだけですわ……」
そのときだった。仰向けになっていたダルヤの体が突然起き上がったのだ。「きゃあっ!?」とディオーネの悲鳴が短く部屋に響く。ダルヤは彼女の体を抱きしめ、ベッドに押し倒した。
「ダ、ダルヤ……? 魅了は効いておりませんの?」
「体が火照ってるから完全に効いてないってわけじゃないみたいだが……。でも、動けないってほどでもないし、意識もはっきりしてるな。きっとレイブラッドの因子のせいで耐性があるんだろう」
そして彼は、改めて「ディオーネ」と呼んだ。
「だから……今からすることは、その特異体質に誘導されたからじゃない。オレが、ディオーネを抱きたいからするんだ」
「……」
ディオーネは呆気にとられた顔でダルヤを見上げていたが……やがて、「はい」と穏やかな声を返した。
その口がそっと塞がれる。二人は抱き合い、互いの距離をなくす。
程なくして部屋の中では、ベッドの軋む音が鳴り始めた――
★
翌朝の食堂。リリアとミクリアが朝食の準備を始めていたところに、フィオネが入ってきた。髪型はいつも通りのツインテールにまとめており、ネグリジェからドレスに着替えている。全身からしゃっきりとした王族の雰囲気を醸していた。
そんなフィオネは、食堂を見渡して「あれ?」と声をあげる。
「ディオーネはいませんの? 起こしに行ったら部屋にはいなかったのですけれど」
「そうなの? お手洗いじゃないかしら」
ミクリアがそう返事したところで、食堂の自動ドアが開いた。
そこには、ダルヤとディオーネが並んで立っていた。
「おはよう、みんな」
「おはようございます。ディオーネ、さっき部屋にいなかったけれど、どこにいたの? ダルヤのことを起こしに行っていたのかしら」
すると、ディオーネは急に「えっ、ええっ!?」と声を裏返した。何も変なことを訊いたわけではないのに、目を泳がせる。顔を真っ赤にして、挙動不審気味に「あ、え、ええ、そ、そうですわね……」などと慌てた様子である。
「は、はい。
「オレが朝に弱いからってな。助かったよ」
「ひゃ、ひゃいっ! こ、こちらこそ……♡」
昨日までとは全く違う二人の様子に、三人の姉は顔を見合わせ、首を傾げるのだった。
≪登場怪獣≫
■宇宙大昆虫 ダイオリウス
体長:115メートル
体重:65,000トン
『ウルトラマンダイナ』第41話「ぼくたちの地球が見たい」に登場。
白い体毛を持つ昆虫型の宇宙怪獣。
気性が荒く、強い繁殖本能を持つ。餌が豊富かつ閉所で逃げ場のない宇宙船はかっこうの繁殖場であり、電磁波を感知してはしばしば襲撃している。
武器は鎌状の前足から放つカッター光線と、接触した相手に流す高圧電流。
≪用語≫
■カイルライト王家の特異体質
カイルライト王国の王族は皆、生まれながらに特異体質を有している。
現在、判明しているのは以下の通り。
ミクリア:文書に対する卓越した記憶力・理解力
フィオネ:国で一番と謳われる美貌
ディオーネ:異性を虜にするフェロモン
なお、ディオーネの『魅了』はあくまで彼女のフェロモンが持続している間だけ作用するものであり、一度作用すれば永続的に心身を掌握できるというわけではない。時間経過や、彼女との物理的な距離が開くなどすれば、効力は消滅する。
また、レイオニクス相手にはフェロモン自体の効力が弱まってしまう模様。