6話 VS 吸血生命体
鬱蒼とした森の中――
下生えを掻き分ける音を鳴らしながら、二人の少女が歩いていた。銀髪ツインテールのフィオネ、黒髪ボブカットのディオーネである。二人とも額に汗を流しながら、黙々と歩き続けている。
やがて木立を抜け、開けた場所に出る。
名も知らない緑の草原が押し寄せる中、大きな湖が視界いっぱいに広がっていた。
向こう岸が霞んで見えないほどの途方もない広さである。フィオネが思わず黙り込んで立ち尽くす横で、ディオーネは大きな溜め息を吐いて草の上に腰を下ろした。
「つっかれましたわぁ~……」
「まだ歩きはじめて四十分ほどしか経っていませんわよ。しゃんとなさい」
「フィオネ……でも」
ディオーネはごろんと仰向けになる。視界いっぱいに広がるのは薄青い空。湖もそうだが、その途方のなさは、自分のことをちっぽけな存在に思わせる。これが惑星ヘイスティの大自然なのだろう。
彼女は大きく深呼吸して、澄み切った空気を肺の中に送り込んだ。そして、服の袖をまくって額の汗を手首で拭った。王宮にいたときでは考えられない所作だ。
「だって、周辺の探索なんてダルヤがアリゲラに乗って空から見渡せば一発ではありませんの? わざわざ体力のないわたくしたちが徒歩で行う必要性を感じませんわ。ただでさえ、変な生き物がいそうですのに」
「隠れ家に置いてあった資料は貴方も読んだでしょう? 調査隊が先に来て、この星に動物はまだ生まれていないと判断したと」
「……毒のある植物とか」
「そのために、ミクリアが服を用意してくれたんでしょう?」
二人の服装は宇宙船にいたときとは様変わりしていた。
露出が多いドレスだったのが、長袖と長ズボンに変わっている。ロボフォーとの戦闘があってから一週間でミクリアが仕立てたのだ。元はドレスだったものを改造してできた代物である。
「それに、資料にも書いてありましたでしょう? 周辺の植物に毒は検出されなかったと」
ディオーネは上体を起き上がらせて、憮然とした。
「では、ますます探索の必要などないではありませんか」
「それはそれ。調査のときから環境が変わってないかなど、きちんとわたくしたち自身の目で確かめておく必要がありますわ。というか、貴方も賛成したでしょう。リリア姉さんの案に」
「それは……リリアお姉様の言うことですから、全部正しいでしょう?」
「その考え方も改めないといけませんわね。姉さんも言っていたでしょう。わたくしたちは『自分の頭で考えて行動できるようにならなければ』と」
ディオーネはフィオネからの視線を切るように、顔を前に向けた。
そして回想する。ロボフォーとの戦闘があってからの自分たちのことを。
当日はとりあえず隠れ家で疲れをとることにし――その翌日、姉妹たちは自分たちの置かれている状況を整理した。
宇宙船は外壁と動力部が損壊。修理する部品はなく、その設備もない。よってこのままでは、別の惑星に亡命するという父が遺したプランを実行することができない。宇宙船をアリゲラに運んでもらうというアイデアも、そもそも外壁が壊れているせいで宇宙環境に耐えられないという点で却下だった。
食料は五年分ある。とはいえ、それもいずれは尽きてしまう。幸い惑星の水や草は摂取可能という調査結果が出ていたが、その環境が変わる可能性もある。
また、ジェド小隊は全滅したが、次なる追手が来ることも十二分に考えられる。ヘイスティに留まるとしても、少なくとも拠点は変えなければならない。
そうなると、姉妹たちに残された選択肢はふたつだった。
ひとつは、拠点を移してこの惑星で生きること。文化レベルは大きく落ちることとなるが、生きるためには受け入れなくてはならない。とはいえ、我慢ができるかどうかという以前に、この環境下で姉妹が生き続けられるかどうかには不安が残る。
そしてもうひとつは、ダルヤが単身で別惑星まで行き、救助を呼んでくること。こちらのほうがよっぽど現実的であり、安全な案と言えた。
しかし、問題もある。ダルヤが高度な科学技術を持つ惑星を見つけ出して戻ってくるまで、ヘイスティは完全に無防備となるのだ。
もしその状況で追手が来たり、宇宙怪獣が襲来するなどすれば、姉妹たちは一巻の終わりだ。アリゲラを護衛として置いておくというのも考えられたが、そうすると今度はダルヤの足がなくなってしまう。姉妹たちの安全とダルヤの離脱を両立させられるアイデアは、皆の中からは生まれなかった。
そうなると、妥協案しかない。
つまり、ダルヤが離脱中でも生き抜くことができるよう、姉妹たちが独り立ちをする、ということだ。
もちろん個々が一介の人間である以上、限界はある。レイオニクスであるダルヤのように、巨大な敵と戦うということはできない。
しかし、それでもやりようはある。例えば逃げること。身を潜めること。策を弄すること。そしてそれを遂行するためには、彼女たちの成長が必要不可欠だった。
周囲の探索もその一環だ。現在、彼女たちは「リリア&ミクリア」「フィオネ&ディオーネ」のペアに分かれて周囲を探索・調査する訓練を行っている。
今日はフィオネたちの当番であり、リリアたちは隠れ家でダルヤと待機している。二組同時に行うと、もしどちらともに異常が起きた場合、ダルヤひとりでは対処できなくなるという理由からだった。
ディオーネは静かな湖面を眺めながら、ぼんやりと口を開く。
「わたくしとしては、ダルヤ様と一緒にこの星のアダムとイヴになってもいいのですけれど……」
「なっ――」
ディオーネの呟きを耳にして、フィオネは顔を真っ赤にした。
「あ、もちろん独り占めするつもりはありませんわよ。お姉様たちも一緒に幸せな家庭を築いて、この地上を子供たちの楽園にして――」
……と、ディオーネは妄想の世界に旅立ってしまう。
フィオネはすぐさま体面を繕い直し、「こほん」と咳払いをした。
「何を言っていますの。……それに、ダルヤだっていつまでもわたくしたちと一緒というわけにもいかないでしょう?」
「え……?」
ディオーネがフィオネに顔を向けようとした、そのときだった。
視界の端に、何かが転がった気がした。小さくて丸い、青い物体だ。
地面に視線を向ける。見間違いではなく、青い球体は存在していた。起毛したような表面をしており、一見すると毛玉のようにも見える。もしくはマリモといったところか。
「何ですの、これ……」
ディオーネが球体に手を伸ばす。すると――
突然、その球体が動いたのだ。地震が起きたわけでも風が吹いたわけでもない。動くような要因は何もなかったのに、球体がひとりでに飛び跳ねたのだ。まるで意思を持っているかのように。
「きゃあっ!?」
「ディオーネ?」
ディオーネが悲鳴をあげる。球体は彼女の顔に向かって飛びかかっていた。咄嗟に腕をかざす。顔や首に当たることはなかったが、腕に当たった。――ところが、球体が落ちない。まるでマジックテープで付着したかのように、ディオーネの肌にぴたりとくっついている。そして、その場所に鋭い痛みが走ったのだ。よく見ると、球体は四方向に裂け、手裏剣のような形になっていた。
「いっ、痛……っ!! な、何ですの!?」
「ディオーネ、落ち着いて!」
妹の腕に付着したものを見て、フィオネが腰のホルスターから銃を抜く。宇宙船の倉庫にあったもので、拳銃の形をしている。ディオーネの腕を取って銃口を標的に近づけ、引き金を引いた。
ビームが発射され、球体に命中する。火花が散って姉妹の目を眩ますのと同時に、球体が腕から離れた。付着していた場所には傷が入っており、血が滲み出している。
「ディオーネ、大丈夫?」
「痛いですけど……それより、これは? 植物? それとも動物……?」
「動物はいないって調査結果が出ていたはずだけど……」
そこでフィオネは気付いた。周囲に青い球体がちらほらと見える。雑草の茂みに隠れて、直径10㎝から15㎝ほどの球体がそこかしこに転がっていた。
「ディオーネ、銃を持って。ここから離れますわよ」
「え、ええ――……」
予想もしていなかった事態にディオーネの声が震える。すると、周囲からがさごそという草の音が鳴った。雑草を掻き分けて何かが移動している。――この球体たちが転がっているのだ。
「走って!」
踵を返し、二人は駆け出す。瞬間、草むらの中から球体が飛び出してきた。
「嫌っ!」
動いている相手に当てられるほど銃の腕は高くない。フィオネは拳銃を振り回して球体を打ち返した。
二人は走り続ける。その横手から、そして背後から、彼女たちを追跡する音が聞こえてくる。
フィオネはブレスレット型の通信機を起動し、ダルヤに通信を送った。
「拠点南西の湖で変な球体に襲われておりますわ! 早く来てくださいませ!」
時は少し遡って、姉妹たちの隠れ家。
ダルヤが階段で地下一階のリビングに下りると、ソファで本を読んでいたリリアが顔を上げた。
「アリゲラの様子はいかがでしたか?」
ダルヤは外でアリゲラを出し、その体調を直接目で確かめていた。
ロボフォーとの戦いは無抵抗で嬲られていたのも同然だった。しかもその後、リザリアスからダルヤたちを守るために無茶をしたせいで、バトルナイザー内での回復も思ったように進んでいなかった。
「まだあんまりだな。でも、しばらく戦闘もないだろうから、ゆっくり休めるだろう。ところでミクリアは?」
「ミクリアは書庫です。負担をかけさせてしまっていますが……今はあの子の力が必要です」
隠れ家は地下三階建てで、地下一階は姉妹たちの住まいになっている。地下二階は機関室や書庫、コンピュータールームなど。地下三階は食料が貯蔵されている倉庫となっていた。
書庫には娯楽本のほか、専門書も多く背表紙を並べていた。とても世間知らずのお嬢様たちが好みそうなジャンルではないが、恐らくミクリアの特異体質――文書に対する高い記憶力と理解力に期待して用意されたものだろう。
実際、惑星脱出を目指す今、彼女が様々な知識を吸収することは必須条件になっていると言えた。そこでリリアはミクリアにそう頼み、彼女は書庫に籠もって専門書を読み漁ることになっていた。
「ミクリアは、故郷にいたときには本を読んでなかったのか?」
「彼女の能力に目をつける者はいましたわ。でも、お父様が甘やかしたのです。ミクリアは類稀な才を持つ一方で、それを活かすことには無頓着でした。――要は、勉強嫌いだったのです」
「なるほど」
そこで会話が途切れた。リリアはテーブルに広げた本に目を向けていたが、意識はそこに向いていないようだった。
何か思い詰めていそうだったので、ダルヤは自分のほうから訊くことにした。
「なにか胸につかえてることでもあるのか?」
リリアは彼に顔を向け、「ダルヤは――」と口を開いた。
「――天から賜った才能と、そこに生じる責任について、どうお考えですか?」
「……」
リリアはつまり、こう訊ねたいのだろう。
ミクリアには才能があった。彼女がそれを活かして自身の見識を広げていれば、もしかすると国の崩壊は避けられたかもしれない。父親の散財も、反乱に対する過剰な鎮圧も、止めることができたかもしれない。
つまり、ミクリアが自身の才能に伴う責任を放棄していたからこそ、故郷の惨劇が起きたかもしれない――ということだ。
「ミクリアの話なら、内乱はあいつの責任じゃないだろ。才能が授けられたからと言って、人生がそれに縛られる必要はない。そいつの人生は、そいつ自身のものだ」
ダルヤはしばらく間を置いてから答えた。
しかし、その
ダルヤの中では、すでにその結論は決まっていた。その命題は、宇宙を放浪する中で、彼自身もたびたび考えることだったからだ。
「では、『天から賜った地位と、そこに生じる責任』なら、どうお考えになりますか?」
「……」
ダルヤは口籠った。彼女の言いたいことは、つまり「王家に生まれた者には、政への責任がある」ということだ。
先程ダルヤが返した答えは間違っていないだろう。しかし、それはあくまで一般論だ。リリアたちのような特別な地位にある者の場合は、話が変わってくる。何故なら、彼女たちは生まれながらにして「天から賜った地位」に縛り付けられる人生であることが定められているからだ。
ダルヤは――今度は本当に熟考してから、返答した。
「少なくとも、ミクリアだけの責任じゃない。最も責任を果たしていなかったのは……言いにくいが、あんたたちの父親ということになる」
「そうですね」
リリアは言って、寂し気な微笑を浮かべた。
「私は別に、ミクリアを悪者にしたいわけではないんです。それを言うなら、あの子を説得しなかった私にも責任がありますから。そもそも第一王女は私なんですから、政には私が最も関わらなければならない立場でした」
「リリア」とダルヤは宥めるように言った。
「あんまり思い詰めるなよ。確かに、あのジェドという男には同情できるところもあった。だけど、直接政治に携わっていた者以外に責任をとらせるというのは、民衆の溜飲を下げさせるためという意味合いのほうが強い。合理的じゃないんだ」
「わかっています。……ただ、それでは済まされないこともあります」
リリアは目を伏した。長い睫毛が翳りを落とし、瑠璃色の瞳が暗色に揺蕩った。
「人の命は帰ってきません。そして、悲しみが完全に癒えることもありませんから」
「……」
二人の間に沈黙が下りたときだった。部屋に『ツーッ、ツーッ』という電子音が鳴った。ダルヤは左腕の通信機を起動する。すると――
『拠点南西の湖で変な球体に襲われておりますわ! 早く来てくださいませ!』
フィオネからの通信だった。ダルヤはリリアと顔を見合わせる。リリアはすぐさま立ち上がって「私たちはここで待機します。何かあれば通信を」と冷静な判断を下した。
ダルヤはうなずき、階段を駆け上がって外に出た。
「いけ! アリゲラ!!」
≪バトルナイザー モンスロード!≫
| 宇宙有翼怪獣 アリゲラ | |
|---|---|
| 体長:55メートル | 体重:11,000トン |
「南西の湖だ! 急げ!」
「キュァアッ!!」
ダルヤは高く跳躍してアリゲラの首に跨り、フィオネたちのもとへ急行した。
森の中まで逃げても球体は追ってきていた。辛抱できなくなったディオーネが振り返って光線銃を乱射するが、一向に命中した形跡はない。それどころか、足が止まったところを狙って茂みから球体が飛び出してきた。
「きゃあああっ!?」
「ディオーネ!」
彼女の悲鳴が響いたのと、空からダルヤが下りてきたのが同時だった。飛びかかってきた球体を拳で打ち返す。さらにディオーネから光線銃を借りると、地面を転がる球体に次々と命中させた。
攻撃が難しいと判断したのか、球体たちが後退していく。草を搔き分ける音が遠ざかっていくのを聞いて、三人はほっと息をついた。
「ダルヤ様……助かりましたわ」
「ああ。しかし、さっきのはなんだ?」
「もしかしたら――」
フィオネが記憶を手繰るように言った。
「マリキュラ……かもしれませんわ」
「マリキュラ?」
「ええ。湖に生息する球状の藻が特殊な宇宙線によって突然変異を起こしたことで生まれた怪獣……と、以前文献で見かけましたわ」
「怪獣?」とディオーネが眉をひそめた。「怪獣と言いましたの? あの小ささで?」
「それもあるけれど、真に脅威なのは球体同士が融合したときの巨大な姿で――」
フィオネはそこで口を噤んだ。急に、あたりに何かが鳴り始めたからだ。
それは歌のように聞こえた。まるでオペラ歌手のような、遠くまで通るハイトーンの声だ。
「な、何ですの……?」
「文献にも書かれてありましたわ。マリキュラの母体が小型マリキュラを呼び寄せ、融合する前触れなのだと」
「キュアアッ!」
すると今度は、頭上からアリゲラの声が響いてきた。そして湖のほうへ飛んでいく。どうやら何かに気付いたらしい。ダルヤはその後を追うことにし、その前に姉妹のほうを振り返る。
「フィオネ、ディオーネ。お前たちは隠れ家に」
しかし、フィオネは首を横に振った。
「お供させてくださいませ。何のお役にも立てないのは承知しておりますが……リリア姉さんの言葉を借りれば、『ただ守られるばかりでは生きていけない』ですから。わたくしたちも成長しなければなりませんの」
ダルヤは少し躊躇していたが、彼女の視線に圧されて「わかった」と首肯した。
「ただ、オレが指示したら必ず逃げろ。約束してくれ」
「約束いたします。――ディオーネ、貴方はどうなさいますの?」
突然水を向けられて、ディオーネは不意を突かれたような顔をした。
「無理にとは言いませんわ。危険であることには違いありませんし」
「わ……わたくしも行きますわっ! すればいいのでしょう?! 成長!」
「よし」とダルヤは頷いた。「行くぞ!」
そして森を抜ける。アリゲラはすでに湖のほとりに降り立っていた。
ダルヤたちが話している間にアリゲラが見た光景――
それは、地面を転がる小型マリキュラが、一斉に湖の中に飛び込むところだった。
いつの間にか歌声は止んでいる。その代わりに、大きな水飛沫をあげて水中から何かが飛び上がった。
巨大な球体だ。それは、小型マリキュラと同じ色をしており――そして同様に、十字手裏剣の形に開いた。
内側に隠されていた面はぶよぶよとした質感で、血管のような太い線が十時に引かれ、交差している。
体の中央には人の唇のようなものが存在しており、非常に不気味な外見となっていた。
| 吸血生命体 マリキュラ | |
|---|---|
| 体長:64メートル | 体重:44,000トン |
「フフフヒャフフフフ」
「やはり、マリキュラのようですわ」
「すまねえが、駆除させてもらうぜ。いけ、アリゲラ!」
「キュァアッ!」
アリゲラのパルス孔から光弾が放たれ、マリキュラに命中する。
――しかし、それがダメージになることはなかった。光弾のエネルギーがマリキュラの表面に吸い込まれてしまったのだ。
「ヒャフフフフゥウウン」
勝ち誇ったような声を出すマリキュラである。
片やダルヤは眉間に皺を寄せ――渋々といった様子でバトルナイザーを掲げた。
「戻れ。アリゲラ」
「キュァア……?」
思わずダルヤのほうを振り返るアリゲラだが、光の塊に変わってバトルナイザーに吸い込まれていった。
アリゲラはロボフォー戦の傷が完治していない。さらに、エネルギー弾を主要な攻撃手段とする彼では分が悪い。そういった判断だった。
しかしながら、そうなれば戦える怪獣は残り一体だけである。
ダルヤはバトルナイザーの二番目の画面を見詰める。
「ダルヤ様……?」
「二人とも、下がってろ」
そう言いながら、彼のほうも何歩か前に出る。
リザリアスを出す――そう決めただけで、彼の精神には変化が訪れていた。
心の中がじわじわと何かに侵食されるような気分だ。しかもそれが、奥底に封じ込めていたものと重なり合う。レイオニクスの闘争心と、スペースビ―ストの攻撃本能が――共鳴し、繋がる。
『ギャォォオオオン!』
頭の中に咆哮が響く。ダルヤは顔を上げ、天に向かってバトルナイザーを掲げあげた。
「いけッ! リザリアス!!」
≪バトルナイザー モンスロード!≫
射出された光が怪獣の姿へと変化し、リザリアスが地響きを鳴らしながら着地した。
藍鼠色の巨体を歓喜で打ち震わせ、高らかに叫び声をあげる。
「グォオオオオオオン!!」
| レプタイルタイプビースト リザリアス | |
|---|---|
| 体長:51メートル | 体重:36,000トン |
「フフフヒャフフフフ」
マリキュラが体を丸める。巨大な球体となり、地面を転がりながらリザリアスに突進する。
リザリアスは腕を広げてそれを受け止めようとする。しかしマリキュラは衝突の直前に飛び上がってリザリアスの顔にぶつかり、その反動で跳びのいた。
「グゴォォオ……!」
のけぞったリザリアスだが、すぐさま体勢を戻す。
球状のマリキュラに駆け寄り、思い切り蹴飛ばした。
後方に転がされたマリキュラは体を開いて立ち上がる。その前方には迫りくるリザリアスの姿があった。
マリキュラの唇がすぼむ。まるで唾を吐くように、口内から火炎弾を次々と飛ばした。
「ビギャァアアア……!」
爆発に飲み込まれるリザリアス。しかし――
「――突っ切れ!」
ダルヤから送られてきた思念を糧に、足腰に力を込める。大地を蹴り、土煙を巻き上げながら、リザリアスは爆風から抜け出す。続いて放たれる火炎弾ももろに受けてしまうが、その双眸から闘志が消えることはない。
「ギャオオォオオン!!」
遂に接近したリザリアスはマリキュラの唇に拳を叩き込む。思わず呻き声を漏らすマリキュラに対して爪を振り下ろす。火花が飛び散る中、体を回転させ、尻尾を横手から叩きつける。
「グォオ、グゴォオ、グォオオオオオン!!」
地面に転ばされたマリキュラを踏みつける。球体になる隙も与えず、その体を何度も何度も思い切り踏みつけ、内部の器官にダメージを与えていく。
ばたばたと暴れていたマリキュラが再度唇をすぼめる。今度は口内から白い霧のようなものが噴き出された。リザリアスはそれを浴びると、悲鳴をあげて後退した。
ダルヤが目元を険しくし、リザリアスの体に注目する。
体色が暗いせいで分かりづらいが、よく見るとその皮膚が爛れていた。首から胴体――つまり、白霧が噴きつけられた場所だ。
ダルヤは舌打ちして「毒か」と呟いた。それでも怪獣の身を案じることはなく、バトルナイザーを掲げあげる。
「構うな! 踏み潰せッ!!」
しかしリザリアスが怯んでいる隙にマリキュラは球体になっていた。地面から跳ねて体当たりを繰り出し、攻撃態勢に入ろうとしていたリザリアスを逆に転ばせる。
地面に倒れるリザリアス。一方、空高く跳び上がっていたマリキュラはリザリアスに向けて落下する。4万トンを超える自重に落下の加速を乗せて、リザリアスの体を押し潰した。
「ビギィィイイイ!!」
「チッ――! 横に転がって躱せ!」
マリキュラが再度跳び上がっていた。しかし、二度目の落下攻撃はダルヤの指示通り回避する。起き上がったリザリアスはすかさず尻尾を振り回し、球状のマリキュラを撥ね飛ばした。
マリキュラは地面を跳ね、空中で体を開いて華麗に着地する。そこへリザリアスが猛進していた。
それはダルヤの命令だった。ついさっき火炎弾と毒霧で迎撃されたにもかかわらずだ。彼の心を満たす過剰な闘争本能は細かい作戦を考える余裕をなくしており、怪獣への命令は直線的なものばかりになってしまっていた。
「ヒャフフフフフ、ヒャフフフフフ」
「ピャァアア……!」
案の定、リザリアスはあっさりと捕まってしまう。
マリキュラの左右に広げられている腕のような部分。その先端から細い触手が飛び出し、リザリアスの両腕にそれぞれ巻き付いたのだ。しかもそれだけでなく、マリキュラの体から触手へ電流が流される。
「ビギィィイイイ!!」
悲鳴をあげるリザリアス。そこへ追撃の毒霧が噴きかけられる。電流で体を焼かれ、さらに腐食性の毒で表皮を溶かされる。その凄まじい痛みに、リザリアスは苦しみ悶える。
だが――その双眸は血の色に染まっている。なおも闘争心はやまない。マリキュラに対する敵愾心が膨れ上がる。その感情がレイオニクスの精神に流れ込み、ダルヤもまたろくな指示が出せない。
「リザリアス、引き千切れッ!!」
苛烈な攻撃のさなかにあるリザリアスがそれを実行できるわけもない。闘争心と敵愾心だけが膨らみ続けるが、それを行動に移せる身体状況ではないのだ。
命令を果たせない怪獣を忌々しげに睨みつけるダルヤ。それを後方から見詰めていたフィオネは――一歩前へ踏み出した。
「ダルヤ!」
ダルヤが振り返る。フィオネは言葉を継ごうとして、それを飲み込んだ。
彼が彼でないようだったからだ。その眼はいつもの彼のものではなかった。確かに彼は強面ではあるし、目つきも悪い。それでも、少年のような明るい表情と、姉妹たちを見詰める優しいまなざしがそこにはあった。それなのに、今は何もない。まるで、彼自身が怪獣になってしまったかのようだ。
(……!)
フィオネはダルヤの言葉を思い出す。リザリアスはスペースビ―ストという特殊な怪獣であり、今の彼には制御しきれないのだと。そして、精神にまで影響が及び、気性が荒くなってしまうのだと。
「……ダルヤ様っ!」
そこに飛び込む影があった。
ディオーネだ。横からダルヤに抱きつき、心配そうに彼の顔を見上げる。彼女もまた、フィオネと同じ印象を受けていたのだろう。
「元の、元のダルヤ様に戻ってくださいませ!」
「あァ……ッ?!」
ダルヤは力任せにディオーネを振り払おうとし――その寸前、我に返ったように動きを止めた。
険しかった表情が和らいでいく。――しかし、それと同時に苦悶に歪み、その場に崩れ落ちてしまう。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」
「ダルヤ様?!」
「す……すまねえ。くそっ……」
ダルヤはリザリアスの制御にかなりの力を使っていたのだ。その疲労はスペースビ―ストがもたらす攻撃本能によって一時的に麻痺していた。しかしそれが薄らげば、今まで感じていなかった疲労がどっと押し寄せてくることになる。
ディオーネの呼びかけによって平常心は取り戻せた。しかし今度は、怪獣を使役するためのエネルギーが欠乏するという危機に陥ってしまう。
「ヒャフフフフゥウウン」
「ビギィィイイイ……!!」
今もリザリアスはマリキュラに拘束され、電流と毒で二重に苦しめられている。ダルヤは息を切らしながらそれを見詰め、唇を噛んだ。
「ダルヤ」
フィオネが彼のもとへ駆け寄る。彼女の顔を見たダルヤは、戦闘前の約束を口に出そうとした。「お前たちだけでも逃げろ」――と。
しかしその言葉が出るよりも前に、フィオネは真っ直ぐに彼を見詰めて言った。
「マリキュラが毒を持っているということは、体内にそれを蓄えている臓器があるはずですわ」
「フィオネ……? どうしましたの?」
「そして、毒を口から出すということは……きっと、口がその臓器と繋がっているはずですわ」
ダルヤは彼女を見詰め返した。「そうか」と得心の声を漏らす。
「ええ。つまり口の中を攻撃して毒の輸送管を破壊できれば、逆にマリキュラの体に毒を回すことができるかもしれませんわ」
ダルヤは力強く頷く。両脇をフィオネとディオーネに支えられながら立ち上がり、バトルナイザーを掲げた。
「――リザリアス!」
「グォオッ!!」
彼の声にリザリアスが呼応する。口を開き、その奥から熱線を放った。
至近距離ゆえ、外すことはない。的確にマリキュラのすぼんだ唇に飛び込み、口内で爆発を起こさせた。
「ヒャフフフフゥウウン……!!」
電流も毒も中断され、マリキュラが悶える。その口内からとめどなく毒霧があふれてくる。フィオネの読み通り、毒の輸送管を破壊することに成功したのだ。
「ビャギャァアアアアオオン!!!」
リザリアスが触手を手繰って掴み、思いっきり力を込めて引き千切る。悲鳴をあげて後退するマリキュラにショルダータックルを喰らわせ、後方に突き飛ばした。
「リザリアス! とどめだ!」
「ギャオオォオオン!!」
よろよろと立ち上がろうとするマリキュラ。しかしその体に向け、リザリアスが大口を開けていた。
吐き出される熱線が真っ直ぐに虚空を裂く。マリキュラの体を捉え、ダメージを負ったその体を貫く。
背中から熱線が突き出ると同時に爆音が響き、マリキュラの巨体は端から端まで爆散した。
「やっ……やりましたわ!」
ディオーネが跳び上がって喜ぶ。フィオネは安心したように
ダルヤはリザリアスをバトルナイザーに戻した後、二人の顔を交互に見て笑んだ。
「ありがとう。二人とも」
二人もまた彼に笑みを返し、安堵の気持ちを分かち合った。
★
その夜。隠れ家、地下一階の一角――
浴場である。故郷の城で姉妹たちが入っていたところよりは劣るものの、庶民の家とは比べ物にならないほど広い。姉妹四人が同時に入浴できるよう、シャワーと鏡は四セット用意されている。湯船も広々としており、3m×4mくらいはありそうだった。
そんな豪華な湯船をダルヤはひとりで独占していた。胸まで湯に浸かり、一日の疲れをとっていた。
(……今日はフィオネとディオーネに助けられたな)
何故か怪獣の知識に詳しいフィオネ。そして、闘争本能に侵されていた自分を必死に救い出してくれたディオーネ。
(ミクリアは今日一日で三十冊は頭に入れたと言っていた)
ただし、彼女の能力も万能ではないようで、書物の内容や量によって脳に負担がかかるのだそうだ。そのため夕食の席では「頭が重い~」と具合が悪そうだった。リリアによると、今度から本の消費ペースは考え直すとのことだ。
(リリアは……)
マリキュラ戦の前に交わした問答が気にかかった。リリアは長女だから責任感が強いのだと思っていたが、それは「第一王女」という肩書きにも背負わされていたものらしい。あまり一人で抱え込まないでほしいとダルヤは思う。
(……あの姉妹は)
ジェドが言っていたことが思い出される。
彼女たちは腹違いの姉妹なのだという。リリアとミクリアは王妃から、フィオネとディオーネは側室から生まれた。姉妹にしてはその二組で特徴がくっきり分かれているとはダルヤも思ったことがある。とはいえ、一緒に生活していると姉妹仲の良さは伝わってきた。母親としては思うところがあったようだが、子供たちの間では確執が生まれるようなことはなかったのだろう。
(そして、あの怪獣は……)
カイルライト王国の調査隊による五年前の事前調査では、動物はまだ生まれていないとのことだった。
ただ、マリキュラは宇宙線の影響で変異した藻が元となっているらしい。そういった種がすでに存在していたのなら、マリキュラが発生したことも説明がつく。
そこで湖の調査報告書に目を通してみたのだが、フィオネが言う「球状の藻」という記述は見つからなかった。調査隊が撤退してからダルヤたちが来るまでの間に発生したのだろうか?
(…………)
ダルヤは目を閉じる。湯から染み込む温かさに身を委ねていると――
突然、浴場の扉がガラリと音を立てた。
「ダ……ダルヤ様」
「ディオーネ?」
そこにはディオーネが立っていた。風呂なので当然服は身に纏っておらず、タオルも巻いていない。胸とお尻に豊かな膨らみを持ちながら、反対にウエストはくびれている魅惑的な体だ。肌は透き通るように白く、美しい。唯一の綻びとして、昼間小型マリキュラにつけられた傷が左腕に残っている。
彼女は頬を赤く染め、手で大事なところを隠しながら湯船に歩いてきた。
「どうかしたのか?」
「え、ええ……」
これまで散々ベッドの上で見ているため、ダルヤは至って普通の顔である。
一方、ディオーネは恥ずかしさが抜けていないようだ。これまで大勢の男と関係を持ってきた彼女とは思えない初々しさだが、それだけダルヤに惚れ込んでいるということなのだろう。
ディオーネは桶を取って掛け湯をしてから、その豊満なお尻をダルヤの隣に据えた。
「……本日は、お疲れ様でしたわ」
「ああ。ディオーネとフィオネのおかげで助かった。ありがとう」
「……」
ディオーネは無言のまま、ダルヤの肩に頭を乗せた。
彼の腕を取り、胸に抱く。筋肉質の腕が、シフォンケーキのような柔らかさの中に埋まった。
「どうしたんだ?」
「言わせる気、ですの?」
「それもそうだな」と彼は言い、ディオーネと唇を重ねた。湯の中で彼女を抱き寄せ、互いの素肌をすり合わせる。それに伴って水面がちゃぷちゃぷと波打つ。厚い胸板の上で、Mカップの巨乳が官能的に形を歪める。
彼はディオーネを立たせて壁に手を突かせた。
後ろから抱きつき、素肌を重ね合う。程なくして、浴場には肉がぶつかる音が響き始めた。
(ダルヤ様……)
彼を感じながら、ディオーネは思う。日中、姉に言われたことを。
『それに、ダルヤだっていつまでもわたくしたちと一緒というわけにもいかないでしょう?』
彼は宇宙の放浪者だ。そして、護衛としての仕事はあくまで惑星ヘイスティに到着するまでだった。今も一緒にいてくれるのは彼の厚意にすぎない。本来なら、この星に姉妹を置いて去ってしまっていてもおかしくないのだ。
そこまで薄情でなくても、いつか去ってしまうという懸念は依然としてある。
もし姉妹たちがヘイスティを脱出できたとしても、彼との別れはいずれ訪れるのではないだろうか。
(わたくしたちが一人前になったら……)
彼女たちが独り立ちすれば、彼はむしろ安心して放浪の旅に戻ってしまうのではないだろうか。
成長。そしてそれに伴う変化。ディオーネはそれに対する漠然とした不安を抱き、入浴中の彼のもとを訪れたのだった。
それはちょうど、故郷にいるときに男を求めていたのと同じ動機だった。
(こうして、快楽を求めて紛らわせようとするのは……)
(わたくしが弱い証――ですわね)
ディオーネはそう自嘲する。それでも、この愛欲の衝迫には逆らえない。
彼女は今日も、愛する男との夜に溺れていく。
≪登場怪獣≫
■吸血生命体 マリキュラ
体長:64メートル
体重:44,000トン
『ウルトラマンダイナ』第24話「湖の吸血鬼」に登場。
マリモが宇宙線を浴びて突然変異したことで生まれた怪獣。
小型のマリキュラは生物の血を吸う生態があり、小型同士が集合し融合することで、大型のマリキュラに姿を変える。
ビーム系の攻撃を吸収する皮膚を持ち、そのほか、触手を伸ばして敵を拘束する。
主な攻撃手段は唇から放出する火炎弾と毒霧。