ウルトラギャラクシー 四人の姫と怪獣使い   作:幽明卿

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7話 VS 時間怪獣

 

 

 燦々と照りつける日差しの下、ホースから放水された水が宙に弧を描いていた。

 ホースを持つフィオネの視線の先には、赤い甲殻を纏った巨体がある。地面にうつ伏せになったアリゲラだ。水は彼の首に当たり、表面を濡らして地面にこぼれる。フィオネが「気持ちいいかしら?」と訊くと、アリゲラは柔らかい声を出して答えた。

 

「ふふ、良かったですわ。……でも、このホースでは隅々まで水を浴びさせるのは無理ですわね」

 

 今日は訓練が休みの日だ。姉妹たちは外にテーブルと椅子を出し、外の空気を吸いながらティータイムとしゃれこんでいた。そのついでに、水道を外まで繋いでアリゲラの水浴びもすることになったのだ。発案は、現に実行しているフィオネである。

 

 楽しそうにアリゲラと接している彼女を、姉妹たちはテーブルから眺めていた。

「すごいわね、フィオネ。怖くないのかしら」とミクリアが感心した口調で言う。

 

「ダルヤ様の怪獣だから安心といっても、あんなに近くで……」

「そういえば、ダルヤと出会った日も、あの子だけアリゲラに怖気づかずに目を輝かせていたわ。怪獣が好きだなんて話は聞いたことがなかったけれど……」

 

 リリアがそう呟くと、ディオーネも頷いて同調した。しかし、バゾブやマリキュラの時には彼女の知識が披露されており、姉妹たちより詳しいのは確かだ。その後の様子を見ると、何故かそれを隠したがっているようだが……。

 

 ダルヤはフィオネの隣に歩み寄り、質問した。

 

「そういえば、みんなの故郷には怪獣はいたのか?」

「いるとも言えるし、いないとも言える……といった具合でしたわ。かつて出現したとする文献は残っておりますし、それが空想上の存在ではなく実在したという証拠もありました。それに、宇宙から怪獣が飛来したという事件もあったようですわ」

 

「ただ――」と彼女は言葉を継いだ。

 

「わたくしがこの目で見たのは、ゲランダとアリゲラが初めてですわ。タンザナにおける怪獣は、『いずれ現れ、生活を脅かすかもしれないもの』という不確定な脅威という扱いでしたの」

「なるほど。それで勉強してたんだな、フィオネは」

「そっ――」

 

 ダルヤが何の気なしに言うと、フィオネは急に声を裏返した。

 が、すぐさま落ち着いて続ける。

 

「そう、ですわね。別に、熱心にしていたというわけではありませんけれど。

 それより、ダルヤも姉さんたちとお茶はいかがです? マカロンもありますわよ」

 

「せっかくだしいただくか」と、ダルヤがテーブルのほうへ踵を返す。フィオネはアリゲラのほうに振り返ってから、安堵したように息をついた。

 

(……?)

 

 彼女が、ふと違和感を覚えたのはそのときだった。

 耳の奥に何らかの音が響いたのだ。滝の音のような、篠突く雨のような……いや、これは――

 

(海鳴りの、音――……)

 

 そう思い至った瞬間、フィオネは周囲の景色が一変していることに気がついた。

 赤茶けた大地が消え、目の前のアリゲラもいなくなっていた。手の中にあったホースもいつの間にか消えている。

 日差しは弱まり、頭上に広がるのは茜色の空だった。時間帯も変わっている。

 

 フィオネは周囲を見回す。背後にいたはずのダルヤや姉妹たちもいなくなっている。

 そして彼女は気付く。背後に聳え立つ煉瓦造りの古い五階建て。さらには、目の前に広がる長い並木道とその向こうに見える仰々しい門。これらは、フィオネが高校生時代に通っていた学校の景色だった。

 

「どういうことですの……?」

 

 

   ★

 

 

「フィオネ、どこに行きましたの?!」

「フィオネ! フィオネー!」

 

 一方、ダルヤたちのほうでは、皆が周辺を駆け回ってフィオネの行方を捜していた。

 彼女は少し目を離した隙に消えていた。前触れもなく、煙のように消えていたのだ。どこかへ行った形跡もない。彼女がいた場所にはホースが落ちて水を垂れ流していた。

 

「どう思います? ダルヤ」

「ああ……」

 

 リリアに訊かれ、ダルヤはホースを拾い上げる。

 

「ここにホースが落ちてるのは、消える寸前までフィオネがここにいたことを意味しているように思える。そもそも、歩いてどこかに行ったんだったらアリゲラが把握してるはずだ。こんなにすぐ近くにいたんだから」

「同感です。ですが、そうなるとフィオネは神隠しに遭ったように消えてしまったことになります」

「……」

 

 ダルヤは口を噤んで、瞼を下ろした。

 思考を無にし、感覚を研ぎ澄ます。レイオニクスとして常人より優れている五感は、耳の奥に微かな音を捉えた。

 

「海鳴りのような音が聞こえる」

「え……?」

「そんな怪獣の話を聞いたことがある。時空間を自由に行き来でき、出現に伴って海鳴りの音を鳴らす怪獣のことを。奴は人間を別の時間に飛ばし、その星の時間の流れを歪めることで文明を滅ぼすらしい」

「その怪獣がフィオネを連れ去ったということですか?」

「おそらく。――オレは奴を追跡する。みんなは隠れ家で待機していてくれ」

 

 リリアが神妙な顔で頷くのを見て、ダルヤはアリゲラに声をかけた。

 

「アリゲラ。お前はここに残って異変に備えてくれ。何か起きたらみんなを守れ」

 

 アリゲラが鳴き声を出して応える。

 ダルヤは頷くと、時空間の歪みと思しき場所に手を翳す。すると、耳の奥に海鳴りの音が響き――

 

「……ここは……」

 

 次の瞬間には、彼もまた夕暮れの学校に佇んでいた。

 

 

   ★

 

 

 フィオネは学校の玄関から建物に入っていた。

 王族の人間も在学する格調高いお嬢様校である。外見の古めかしさから想像される通り、屋内も年季が入っている。よく言えば伝統的だが、在校生徒からは文句を言われることも多かった。

 

 臙脂色のカーペット材が敷き詰められた廊下をフィオネは歩く。連なる窓から零れ落ちる甘い茜色は、胸に郷愁を思い起こさせる。在校当時は古臭いと感じていた学び舎も、大人になった今では懐かしい思い出だ。

 

(あの頃は制服を着て……ここを歩いて)

(娼婦の娘などと陰口を叩かれることもありましたけれど……)

(仲良くしてくださる方もいらっしゃいましたわ)

 

 中世時代の建築様式があしらわれた手すりを撫で、階段を上がる。

 校内に人の気配はなかった。市井の学校であれば放課後にも生徒が山ほど残っているのだろうが、この学校は違った。貴族の娘ばかりが通っているので、放課後になるとすぐ家から車の迎えが来るのだ。日の傾き具合からして、今は午後五時から六時の間だろう。そのくらいになると校内からはひとけが消え、寂として静まり返るのが常だった。

 

(……)

 

 フィオネは王族の人間だ。ならば、真っ先に迎えが来て王宮に戻ることになるだろう。なのに、何故そのような放課後の校内事情を知っているのか。

 人に聞いたからではない。彼女は経験していたのだ。閑散とした校舎に身を置くことを。

 

 カーペットに足音を吸い込まれながら、二階の廊下を歩く。

 右手側に並んでいる教室を覗いていると、少し違和感を覚えた。ここは一年生の教室なのだが、フィオネが一年生だった当時とは様子が異なっているように見えた。階段へ踵を返し、今度は三階へ上がる。二年生の教室を覗くと、記憶と合致するように感じた。どうやら、ここは彼女が十七歳のときの世界らしい。

 

 教室に入ろうとしたところで、突然、背後から声が聞こえてきた。女子生徒たちの話し声だ。上階から下りてきたのだろう。フィオネは咄嗟に別教室のドアを開け、中に入った。ドアに嵌め込まれている窓の下にしゃがみ込み、見つからないように身を隠す。

 

「ねえ、フィオネ。なに借りたの?」

「ふふ。とっておきですわ。最近、ハマっているんですの」

「ええ~? 気になる~!」

 

 声は三人分。フィオネはその声と台詞に聞き覚えがあった。

 女子生徒たちが隣の教室に入ると、彼女は廊下に出てこっそり室内を覗き込んだ。

 

「ソピィは何を借りましたの?」

「あたしはウェルテ・パルプライトの『テルの若き恋と苦悩』の三巻。二巻がすごく続きが気になる感じで終わったから楽しみだわ」

「ソピィはパルプライトばっかよね~」

「そういうアレティアは古典ミステリばかりじゃない。最近の作品も読んであげなさいよ」

「簡単に言わないでよ〜。ミステリは時代によって流行り廃りがあって、最近のムーブメントは私の趣味じゃないの。私はやっぱり古式ゆかしい物理トリックにワクワクするのよ」

 

 窓際の席に集まっていた三人――それは、紺のセーラー服に身を包んだフィオネと、その級友二人だった。

 十七歳のフィオネは友人たちのやり取りを微笑ましげに眺めている。机の上にある本は図書室で借りてきたものだろう。当時のフィオネは本好きで、その繋がりで仲良くなったのがこのソピィとアレティアだった。そして、こうして借りてきた本を紹介しあって内容を語り合うのが、彼女たちの放課後の楽しみになっていた。

 

(……)

 

 教室を覗き込むフィオネは眉を曇らせていた。

 この会話は、聞き覚えがある――という程度ではなかった。むしろ、何度も何度も思い返したことで記憶に定着されてしまった会話だった。そのため、この後どんなことになるか今の彼女には分かっている。

 

 この後フィオネは、ソピィに促されて――

 

「で、フィオネはなに借りたの? とっておきって?」

 

 そうして無邪気に、マイブームの本を友人に見せたのだ。

 

「わたくしはこれ。『外星人の証言――遥かなる宇宙怪獣の記録』ですわ!」

 

 満面の笑みで表紙を見せたフィオネとは対照的に、友人二人は「怪獣?」と声を合わせて目を丸くした。

 

「ええ。宇宙怪獣の図鑑ですわ。タンザナを訪れた異星人の方々から仕入れた情報をまとめたんですって。この手の本は他にもありますけれど、どれもすごく興味深い内容でしたわ。それでわたくし、ハマってしまいまして」

 

「例えば……」と、フィオネは机の中から別の本を取り出し、あるページを二人に見せた。

 

「『ゲルワーム』。普段は20㎝足らずの芋虫ですが、噛んだ相手のDNAをコピーし、その相手そっくりの姿に擬態してしまうという習性があるんですの。

 他には……これ。『バキューモン』。宇宙空間に存在する、生命を持ったブラックホールとでも言うべき怪獣ですわ。相当な科学力を持つ異星人の方々でも、未だに全貌は解明できていないとのことで……宇宙にはこんなにすごい生き物がたくさんいると考えると、わたくし胸が高鳴ってしまって。それで、すっかり虜になってしまいましたの」

 

「へえ」とソピィは感心したように言った。「フィオネってこういうのに興味あるんだ。意外ね」

 

「そうですの?」

「うん。これまで紹介してくれたのは純文学が多かったもん。でも、色んな分野を貪欲に吸収できるのはいいことよね。私は恋愛小説以外だと途中で飽きちゃうから」

 

 フィオネとソピィが話している間、アレティアは何かを考え込んでいた。ソピィがそれに気付き、彼女に訊ねる。

 

「アレティア? どうかした?」

「うん……」

 

 アレティアは顔を上げ、眼鏡の奥からフィオネを見据えた。

 

「フィオネが怪獣にハマってるってこと、お姉様やお母様たちはご存じなの?」

 

 フィオネは不思議そうに首を横に振った。アレティアは神妙な顔をして、

 

「じゃあ、その趣味は秘密にしておいたほうがいいかも」

「それはどうして……?」

「タンザナにおける怪獣は存在自体が曖昧ではあるけど、人々に被害をもたらす危険な存在って共通認識ではあるよね。テレビでもたまに『怪獣が復活したらどう対処するか』って特番が組まれたりしてるし。

 それでね、フィオネが怪獣を『興味深いもの』として楽しんでるって知られると、まずいことになるんじゃないかな。ほら、貴方は王族だから」

 

 黙って聞いていたソピィも「確かにそうかも……」と同調した。

 

「少なくとも、娯楽としてではなく学術的に興味があるって言ったほうがいいよね。それなら不謹慎にはならないし」

「あっ、でもフィオネの趣味を否定したいわけじゃ全然ないよ! 私のミステリ趣味だって、見ようによっては殺人事件を娯楽に変えちゃってるわけだから。

 でも、怪獣はミステリと比べると娯楽として普及してるジャンルじゃないし、リスクはあると思う。私たちの間で語り合うなら、全然構わないんだけど」

 

 その様子を覗いていた現在のフィオネは、そっと窓から視線を切った。

 すると、彼女は飛び上がりそうなほど驚いた。同じ廊下の少し先に、女子校にはそぐわない大柄の男が立っていたからだ。

 

「ダルヤ――……」

 

 

 

 ダルヤとフィオネは教室の前を離れ、校舎の棟同士を繋ぐ渡り廊下を進んだ。

 校内の間取りを分かっているフィオネが先に立ち、ダルヤがその後ろに続いていた。相変わらず辺りは静まり返っていた。渡り廊下の窓からは、四角く切り取られた斜陽が延々と床に連なっている。

 

「ご覧になりましたの?」

「……ああ」

「一部始終?」

「……」

 

 気まずそうに、ダルヤは「覗くつもりはなかったんだが」と言った。

 

「集中してるフィオネに話しかけるのも躊躇われてな」

「お恥ずかしいところをお見せしましたわ」

「そんなことはないと思うが」

 

 フィオネは足を止め、窓に寄った。ダルヤが視線の先を追うと、中庭を挟んで別の棟が見えた。だが、彼女の目が同じものを見ているかどうかは判断しづらかった。

 

「訊いてもいいか?」

「ええ」

「フィオネが怪獣に詳しいことを今まで隠してたのは、さっき友達に言われたことを気にしてか?」

 

 彼女はダルヤのほうを振り向いて、「詳しいなんて言えるほどではありませんわ」と苦笑した。

 だが、時には宇宙の放浪者であるダルヤ以上の知識を持っている。ダルヤはあくまで遭遇したり伝え聞いたりした怪獣だけを知っているが、フィオネは逆だ。その目で見たことはないものの、本で読むことで専門的な知識を広く収集することができたのだろう。

 

「でも、そうですわね……。幾分か知識があるのは、この趣味のおかげですわ。そしてそれを隠していた理由も、お察しの通りです」

 

 友人たちに言われたこと。

 王族が怪獣を娯楽として楽しんでいるのは不謹慎である――という指摘。

 

 フィオネは再度、窓に顔を向けて、独り言をつぶやくように言った。

 

「彼女たちの言うことはごもっともでしたわ。わたくしは怪獣たちに夢を見ていましたから」

「夢?」

「ええ。この窮屈な日常を打ち破ってくれるという……そんな夢でしたわ」

「……」

 

 フィオネはこっそりと目を細める。

 細まった真紅の瞳が、陰に澱む。

 

「わたくしとディオーネが、リリア姉さんたちとは腹違いの姉妹ということは、もうご存じかと思います。

 わたくしたちは、その立場と特異体質ゆえ、王妃様から冷遇されておりました。こうして放課後、学校に残っていたのも……王妃様が迎えの車を遅らせていたからですわ。まあ、これはちょっとした嫌がらせのようなものですし、友人たちと語り合う時間ができてむしろ良かったのですけれど……」

 

 彼女はそこで言葉を切った。

 口に出すのも憚られるような「嫌がらせ」も受けたのだろうと、ダルヤは想像する。革命軍のジェドが言っていたように、王宮は池の底の泥のように混沌としていた。陰謀、策略、猜疑、欺瞞、欲望、羨望、そして嫉妬……。それらの要素が複雑に絡み合い、煮詰まった悪意として具現化する。往々にしてそういうものだ。

 

 フィオネが怪獣に夢を見たのも、ディオーネが男を漁っていたのも、そういった泥の中で生きていくための術だったのだろう。

 

「怪獣の本を読んでいると、わたくしは別世界を旅しているような気持ちになれましたわ。彼らが持つ奇抜な姿と生態は、決してわたくしの想像からは生まれ得ないものでした。それに想いを馳せていると、現実のことを忘れられたのです。ですが――。

 同時に、わたくし自身思うのです。怪獣は人々を脅かす存在。わたくしが感心していた宇宙怪獣も、これまでたくさんの人の命を奪ってきたでしょう。それを無邪気に楽しんでいていいものなのか。アレティアから言われたことを、何度も自問自答しましたわ。

 わたくしは巨大な力と破壊に憧れている、酷い人間なのではないかと。何もかも……大切な姉妹や友人たちでさえ、本当は消えてしまえばいいと思っているのではないかと……」

 

 いつの間にか、茜色の光は色を失くしていた。

 渡り廊下は闇に染んでいる。中庭に立つ外灯が遠慮がちに明かりを投げかけ、ダルヤとフィオネの顔を仄白く照らしていた。

 

 二人の間に横たわる静寂に、微かな足音が跡を残した。

 ダルヤはフィオネのもとに歩み寄り、言った。

 

「優しいんだな。フィオネは」

 

 彼女はゆっくりとダルヤの顔を振り仰いだ。

 薄明かりの淡い色調の只中で、彼女の真紅色の瞳だけが鮮やかだった。

 

「その悩みに、オレが答えを出すことはできない。オレとフィオネは生まれも育ちも違うからだ。お前の人生を生きていないオレが代わりに答えを出しても、それは薄っぺらい言葉にしかならない。……だけど。

 それでも、お前たちと一緒に過ごしてきた仲間として言えることがある。そんなふうに他者のことを思いやれるフィオネは優しい。そして、確かなこととして――」

 

 ダルヤはバトルナイザーを取り出し、フィオネの前でそれを握りしめた。

 

「オレは、お前の知識に助けられた。だから、自信を持っていい。お前が積み上げてきたものは、今、お前の大切な人たちを守ってるんだ」

「…………」

 

 二人の視線が交錯する。真紅色の表面にてらりとした潤いが帯び、宝石のように輝いた。

 フィオネは一度その目に蓋をして……それから、いつも通りの調子で言った。

 

「――ありがとう。ダルヤ」

 

 

 

 二人は校舎を出、並木道に戻った。

 

「さて。早いとこ、この場所を脱出しないとな。この現象の原因は――」

「クロノーム……ですか?」

 

 彼女の言葉を聞いて、ダルヤはにやりと笑った。

 

「さすがだな、知ってたか」

「もちろん、遭遇したのは初めてですが。――恐らくクロノームは、わたくしのそばにいたアリゲラを警戒したのでしょう。まずわたくしをこの世界に迷い込ませ、それから一人ずつ始末するつもりだったのだと思いますわ」

 

 まるで、その答え合わせをするかのように――

 突如、前方の夜闇に光の輪が立ち昇った。その内側に50mほどの巨大生物が現れる。鮮やかな水色のボディを持つ怪獣、クロノームだ。

 

時間怪獣 クロノーム
体長:50メートル 体重:45,000トン 

 

 全体的にウミウシのようなフォルムをしており、ボディに入る黄色の斑模様もそれらしい。

 しかし、首の両脇からはある種の貝のような棘が三本ずつ伸びており、その付け根にはぽっかりと穴が開いている。

 頭部には二本の触角があり、それがうねうねと蠢いていた。

 

「ヒャルルルルルル……!」

 

「クロノーム……!」

 

 驚くフィオネの横で、ダルヤはバトルナイザーを握りしめた。

 アリゲラは有事に備えて元の世界に残している。そのため、今扱える怪獣はスペースビ―ストであるリザリアスだけだ。

 

「フィオネ。……今からリザリアスを出す」

「リザリアスを?」

「ああ。だから――」

 

 フィオネの顔を見詰めて、彼は言った。

 

「――そばにいてくれ」

 

 てっきり「下がってろ」と言われるかと思っていたフィオネは、虚を突かれる思いだった。だが、すぐに頷き、彼の左手を握った。

 ダルヤは「ありがとう」と感謝し――その右手でバトルナイザーを掲げた。

 

「いけッ! ――リザリアス!!

 

≪バトルナイザー モンスロード!≫

 

「ギャォォォオン!!」

 

レプタイルタイプビースト リザリアス  
体長:51メートル  体重:36,000トン  

 

 静寂に満ちた夜の学校に地響きが鳴り渡る。

 地上に降り立ったリザリアスは、その双眸を烈しく輝かせ、眼前の敵を見据える。

 

「グォオ――!!」

 

 その攻撃本能がレイオニクスであるダルヤに伝染する。彼の奥底からも闘争心が泡のように湧く。「殺せ」「壊せ」「喰らえ」――まるで誘惑するように、彼の心を支配しようとする。

 

 ダルヤはフィオネの手を握った。彼の手はすでにじっとりと汗ばんでいるが、彼女は抵抗なく握り返してくれる。その手の細さ、柔らかさ、温かさが、ダルヤの心に広がっていく。

 

(オレは……守りたい)

(フィオネを……みんなを……!)

 

 バトルナイザーを掲げ、彼は叫ぶ。

 

「リザリアス! いけっ!!」

 

 彼の声に応え、リザリアスが駆け出す。

 それをクロノームが迎え撃つ。顔の両脇にある管のような器官から、一本ずつ赤いビームを放つ。それらは空中でぶつかり、巨大なエネルギー弾に様変わりした。

 だが、リザリアスは地面を蹴っていた。飛び上がり、華麗な前方宙返りを魅せる。光弾を躱すのと同時に長い尻尾を繰り出し、クロノームに叩きつけた。

 

「グォォォゴロロロロ……」

「グゴォオオ!!」

 

 呻くクロノームに向かってリザリアスが威勢よく吠える。頭部を殴打し、さらに体を回転させて再び尻尾をぶつける。横面にそれを受けたクロノームは、腹足を蠢かせながら後退する。

 

「ギャオオォォォオオン!!」

 

 リザリアスがそれを追う。うねうねと蠢く触角を掴み、左右に振り回す。クロノームはかえってそれに抵抗せず、力の向きに従うようにして立ち位置を変える。

 すると二体が相対する体勢になる。クロノームはすかさず管器官からビームを放つ。リザリアスの表皮に爆発が起き、触角が解放された。

 

「ビギィイイイ……!」

 

 今度はリザリアスがぎこちなく後退する。

 それと対峙するクロノームは、棘の付け根の穴から左右一本ずつ触手を伸ばした。

 

「ヒャルルルッグッグッグルルゥッ」

 

 もぞもぞと腹足が蠢き、地面を這い進む。リザリアスを攻撃範囲内に捉えると、クロノームの触手が振るわれた。

 触手は太く、重々しい風切り音が響く。命中した場所から、リザリアスの体に電流が走る。

 

「ビャァァアア……!」

「ゴォォォグッグルルルゥ」

 

 クロノームの不気味な声からは感情が読めない。とはいえ、一転して攻勢になっているのは見て分かるとおりだ。

 振るわれた触手をリザリアスは腕でガードする。だが、打撃に加えて電流の衝撃が強烈だった。リザリアスは反撃に転じることができず、打ちのめされるままになる。

 

 後退して距離を取ろうとしても、その分クロノームが近づいてくる。熱戦を吐こうとして正面を向いた顔は、触手で張られる。

 致命的な一撃を叩き込まれているわけではないものの、じわじわと体力が削られていく。それでもなおリザリアスは攻撃意思を眼に漲らせるが、触手殴打の雨からは逃れられない。

 

「――リザリアス!」

 

 と、そこへダルヤの声が響いた。

 

「地面に向かって熱線を撃て!」

 

「ビャギャァオオン!!」

 

 体を丸め、殴打の衝撃を耐え抜く体勢にする。そうするとこちらから相手に手は出せなくなるが――ダルヤの指示通り、敵ではなく地面に向かって熱線を放つ。

 その状態でリザリアスは軽くジャンプした。すると、地面に吐きかけられる熱線の反動が彼の巨体を上空へと押し上げた。

 

 触手の攻撃範囲から逃れることに成功する。リザリアスは熱線の放射をやめると、上空からクロノームにボディプレスを浴びせた。

 

「グォォォゴロロロロ……」

「ギャオオォォォッ!!」

 

 クロノームの体に腹ばいの体勢で乗りかかったリザリアスは、相手の首根っこに噛みついた。クロノームの悲鳴が響き、その首がのけぞる。触角をぐねぐねと回しながら、体を激しく動かし、リザリアスを振り落とそうとする。

 

 だが、深く食い込んだ牙はそう簡単には離れなかった。食い破られた体表からクロノームの体液がどろどろとあふれだす。

 

「ヒャルルルォォ、ギッギィィイ」

 

 すると、クロノームは体表の穴から白煙を噴き出した。その途端に、リザリアスの体が地面に落下する。今まで乗っていたクロノームが消えたのだ。白煙が晴れても、その姿はどこにもなかった。

 

「消えましたわ……?!」

 

「グォォオオ、グゴォオオ……!」

 

 歯の間から唸り声を漏らしながら、リザリアスは周囲を見回す。

 そのときだった。彼の背中に衝撃が走ったのだ。いつの間にか、クロノームが背後に出現して触手を叩きつけていた。

 

「ヒャルルルッグッグッグルルゥッ」

「ビャギャァォオオン!!」

 

 リザリアスが背後を振り向くと、クロノームの姿はすでに消えていた。すると、再び背中に触手が叩きつけられる。また振り返ってみても、そこに敵怪獣の姿はない。

 クロノームは時空を移動できる怪獣だ。その特性を瞬間移動の要領で活用し、神出鬼没の攻撃を繰り出しているのだ。

 

「チッ……あの能力、厄介だな」

 

 舌打ちするダルヤの横で、フィオネは何かに気付いた様子を見せた。

 

「ダルヤ。貴方はどうやってこの世界に来ましたの?」

「? 奴が作り出した時空の歪みを感じ取ったんだ。ちょうど海鳴りのような音を聴いて――」

 

 そこで、ダルヤもハッとなった。

 

「そうか。それを聴けば……」

「ええ。わたくしには細かい探知はできませんけれど、怪獣使いである貴方にならできますわ!」

 

 ダルヤは頷き、目を閉じて神経を研ぎ澄ます。

「ざざぁ……」という海鳴りの音。微かに聞こえるそれを捉え、どこから発されているのかを探る。音は徐々に大きくなっていく。クロノームが時空の歪みからこの世界に出てこようとしているのだ。

 

「――そこだ!」

 

 リザリアスが体の向きを変える。ダルヤたちがいる方向だった。

 夜闇に金色のリングが出現し、その中からクロノームが現れる。二人を背後から襲おうというつもりだったのだろう。だが、出現と同時にリザリアスが熱線を放つ。クロノームの不気味な悲鳴が星空に響き渡る。

 

「決めろ! リザリアス!」

 

「ビャギャァアアアアオオン!!!」

 

 熱線がより強く、より太く発射される。クロノームの軟体から絶えず爆発が起き、火花が飛び散る。

 熱線は体表を焼き、肉を抉る。体内の組織をズタズタに破壊する。限界を超えて空気を入れた風船のようにクロノームのシルエットが膨張し――大気を震わせる爆音と共に、その体が爆ぜ飛んだ。

 

「やりましたわ……!」

 

 ダルヤはバトルナイザーにリザリアスを戻す。

 それに伴うように、周囲の風景がぼやけた。夜の学校は消え、代わりに昼間の世界に戻る。惑星ヘイスティの赤茶けた大地と、皆が待つ隠れ家だった。

 

 

   ★

 

 

 その夜、リビングのソファをベッド代わりにしているダルヤは、廊下のほうから足音がするのに気付いた。体を起こしてそちらを見やると、ランタンの柔らかい光と一緒にフィオネが姿を見せた。

 寝る前だが銀糸の髪はツインテールに結われている。身に纏っているのは薄ピンク色のネグリジェだ。黒と白を基調としたドレス姿と比べると、あちらはゴシック、こちらはロリータといった風情がある。いずれにしろ、人形のように整った美を持つ彼女は難なく着こなしており、可憐な少女性を存分に際立たせていた。

 

「おやすみでしたか?」

「いや。どうした?」

「少しお話ししてもよろしいですか?」

 

 ダルヤは掛け布団を脇に寄せ、彼女が座れるスペースを作った。

 フィオネは滑らかな所作でソファに腰を下ろすと……首をこてんと傾けて、ダルヤの肩に乗せた。

 

「フィオネ?」

「……リザリアスの制御は可能になったのでしょうか」

 

 ムードにそぐわない言葉が出てきて不思議に思ったが、ダルヤは答えた。

 

「たぶんな。フィオネがついててくれたおかげだ」

「微力ながら、お力添えできて良かったですわ」

「ああ……」

「……クロノームは元々この星に住んでいたのでしょうか。それとも、今日たまたま惑星外からわたくしたちのところへやってきたのでしょうか」

「今のところは、どうとも……だな」

 

 それは判断が難しいところだった。

 カイルライト王国の調査隊によれば、この惑星に怪獣はいないはずだった。しかし湖にはマリキュラが生息しており、今日はクロノームが現れた。マリキュラは宇宙線の影響で藻が突然変異したという可能性がある。クロノームは時空を移動する怪獣なので、前触れなく現れても不思議ではない。とはいえ、こうも立て続けに怪獣が出現すると、この星は何かおかしいという気になってくる。恐らく、ダルヤとフィオネ以外の三人も同じように思っているだろう。

 

「警戒はしといたほうがいいだろうな」

「ええ……」

 

 フィオネの声はとろんとして甘かった。まるで、眠りに落ちる直前のようだ。実際に眠たいのかもしれないし、ただリラックスしているだけかもしれない。

 ダルヤが「不安か?」と訊ねると、彼女は意外にも首を横に振った。

 

「いえ。……貴方がいてくださいますから」

「善処するよ。護衛として」

「ええ……」

 

 それからフィオネは口を閉ざし、リビングは静寂に満たされた。彼女の静かな息遣いが、そばにいるダルヤの耳にだけ届く。そのリズムは少しだけ乱れているように感じられた。

 ダルヤは彼女の肩をそっと抱き寄せた。びくっとその体が反応し――彼の手の中で、強張りを徐々にほどいていった。

 

「ダルヤ……」

 

 その声の甘さは変わらなかったが、どことなく震えているようにも聞こえた。

 フィオネが体を伸ばす。ダルヤの耳元に唇を近づける。

 涼しい息を吹きかけながら、彼の鼓膜を直接揺らす。

 

「今夜……そばにいてくださいませんか」

 

 フィオネの顔はランプの灯りの中で赤く火照っていた。

 自分から切り出すのには勇気が必要だっただろう。ディオーネと違って夜の誘いは慣れていないか、もしくは初めてだと思われる。うぶさゆえの純真さと、そこに込められた熱情。彼女の瞳の潤いは、胸に秘めた誠心を、目の前の男に投げかけていた。

 

 形のいい彼女の唇に、ダルヤは口づけを落とした。

 熱を帯びた瞳が閉じられると、透き通った雫がフィオネの仄赤い頬を伝った。

 

「いこうか」

「……はい」

 

 過去世界でしたように、二人は手を繋いで廊下を歩いていく。フィオネの部屋のドアを開け、その奥に消えていく。廊下は再び夜の静寂に満たされた。

 

 その部屋でどんな言葉が交わされ、どんな声があがり、どんな音が響いたかは――二人だけが知っている。

 

 


 

≪登場怪獣≫

 

■時間怪獣 クロノーム

体長:50メートル

体重:45,000トン

 

『ウルトラマンメビウス』第23話「時の海鳴り」に登場。

 

ウミウシのような姿をした怪獣。

時空間を移動できる能力を持っており、知的生命体を過去の世界に連れていくといった行為でその星の時間を乱れさせ、文明を滅ぼしてしまう。

武器は頭部の管のような器官から放つ赤い光線と、それを交差させて形成するエネルギー弾。

体内から伸長させる触手は電流を帯びており、それを叩きつける攻撃も威力十分。

さらに、時空間を移動する能力を活用すれば、神出鬼没の攻撃を繰り出すことが可能。

 


 

≪用語≫

 

■惑星タンザナの怪獣事情

姉妹たちの故郷、惑星タンザナにおける怪獣は、現在は存在が確認されていないものの、「過去には確かに存在しており、再度出現してもおかしくはない」という扱いをされている。

宇宙怪獣の飛来も現実的な脅威としてあったようで、政府は異星人から情報を収集したり、戦闘円盤を購入したりしていた。

少々異なるが、我々の世界における津波のようなものであり、そういったものを娯楽として楽しんでいたフィオネは、自分自身に疑念を抱き、その趣味を隠すようになっていた。

 

 

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