機装少女戦・フェアリーメイデン!~模型の国のプラスチック・プリンセス~   作:もにもに+マウンテンヘッド

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第二話・たいせつなもの、名付けました

 

 

 

 

 

 

 

そもそもフェアリー・メイデン、ALEXシステムの由来は、語れば長い。

 

 

 

2020年代に起きた新型コロナウイルスパンデミックの後、2029年を前後に、アフリカ大陸全域・一部の中近東、南米、アジア地域において大規模バイオ・パンデミックが発生。

 

懸命な努力によって先進各国への波及こそ間一髪で免れたものの、三年に及び収拾が着かなかったこれにより、地球の総人口は88億から69億へと後退。

 

 

混乱によるグローバル・ロジティクスの麻痺不随と機能不能化もさることながら、00年代における発展途上国から脱し中進国としての安定成長へと入っていたアフリカ諸国の消滅と崩壊によって市場が喪失。世界経済も連鎖して大恐慌に陥り、急速な高齢化・人口減少が止まることなく続いていた先進諸国において、将来的な移民の供給元が絶望的に絶たれた事によって、経済破綻・国体の存亡がついに表面化し始める。

 

 

 

人類種の危機、長い冬の始まり…ーそのように各国の首脳達は認識を一致していた。

 

 

 

これに、斬新なアイディアを持ち込むことで、解決を図った者たちがいた。

 

 

 

“ALEX”というチーム名としか名乗らず、その全ては謎に包まれているが、正体はアメリカかどこか先進国の大学の研究者達だとも、とにかく何らかの国家的組織の一端ではないか…とは囁かれている。

 

 

 

彼らは2031年の七月七日、インターネットのとあるフォーラムにてそれを発表。続いて各国のSNSや動画サイト、通常のウェブ・サイトでもハッキングやジャックなど、手段は選ばず手当たり次第に連続して公表を続けていき、徐々にそれへの認知度、或いはそれを試してみよう、と考える者たちを増やし続けていった。

 

 

 

彼らの提案したイノベーションとは、即ち、新たな知性人類の“製造”である。

 

 

 

当時の段階において、平均的なパソコン・ショップで買える一般の普及商品として実用・商用化されていたCPU・チップ、そしてメモリーや各種の近先端的技術を用いれば、人類はコンピューター上に人間種に準じたなにかの複製と創造が可能とされる領域にまで、既に、達していた。

 

 

……されどそのことは、

かつての高次AI研究開発競争、AI活用型各種ロボット生産ラッシュ、それらが合流した先での、“文化女中器型オートマトン”開発バブル、そして予期予想よりも十年以上前倒しでついに完成した筈のシンギュラリティAI、そして……これらへの世界的ラッダイト・ムーブメントなどを経て、

それらの物事やその関連への“火付け”と“焼尽”を企図し主導していった結果として、この現代にて強力化し絶大な強権を得、斯くして先進諸国に君臨するようになった思想界と宗教界の暗躍によって、実験さえもが困難な事実になっていた。

少なくとも、なんであっても個人用途でそうした物はあってはならない、特にありえないのは、人間と等身大の、生身の人間に酷似した外観のモノは……という主張と前提に、世界と国際社会の大勢の常識は、既にそうなりかけつつあった。

従って、そのような事を可能とするアプリケーションというのは、多少の例外としてそれを多少でも志向した物が何かしらでたとしても、早急に、闇へと葬られ……記録も痕跡も、ネットの些細なログからもですら、まるで消し失せさせられていっていた。

それに、従来のをさらに上回るそれを実現可能なコンピューター・プログラム、しかもハードの性能の制約があるだろう個人用途用なんて、シリコンバレーのすべてのワーカーをかき集めても、できるかどうかさえ疑われていた。

だが、これへの挑戦を、消耗した現生人類を補完する存在としてのシリコン知性の製造を、アノニマスのALEX達は提案した。そして、人々はそれを試した。

 

 

 

ALEX達は、無数のダウンロードサイト上に“persona”と通称されるバイナリ・プログラムをアップしていた。

それが内蔵されたzipファイルを解凍すると同時に出てくるコンパイラにこれを読み込ませると、およそ350ギガバイトの、なにかの高度な思考プログラムが吐き出される。

 

これを付属Readmeテキストの通りに、CPUが実装されているだろう平均的な安パソコンの記憶領域内にファイルツリーを作って中間層部のどれかに投入し、最上層部のあるフォルダに任意の十六進数を、コピペでもいいから最低でも108個、.txtファイルに打ち込んでやる。最後に♂、♀、或いはそれの組み合わせ、或いは無記入、続けてhuman、dog、cat、elf、dragon、…などの種族名で最末尾を入力したり、ないしはコンパイラアプリに参照データ…

…音声でも良いし、画像でも良いし、映像でも良いし、テキストファイルなりPDFでも電子書籍の形態でもいい。

或いは、携帯電話なりWEBカメラで、手元の漫画かピンナップのページを見せていくだけでも良い。

なんならば、以前の既存にあった生成AI用のLORAファイルなりコーパスデータを入力させ、学習させても、よい。

少なくとも、この世にあるすべての二次元という物であれば尚更、およそ親和性がとても良く、この電子の卵とその孵化器というのに、大変マッチしうるものであったのだ……

まあそのような感じで、ここまでで生成AIで言う所のプロンプトというのを作り、読み込ませる

 そして、最後にコンパイラを起動し、排出されたプログラムを実行。すると…

 

 

 

次の瞬間から、あなたのPCに人格(ゴースト)が宿るのだ!

 

 

 

激震が走った。ネットの海に、現実に、あらゆる人間の常識に、

 

 

 

生まれたての状態で、なにも外部プログラムや有志作成のアドオン、プラグインなどの補助と追加をしない限りではパソコンの標準プログラムアクセサリのメモ帳か、オンライン/ローカルのウェブブラウザくらいなどでしか会話もコミュニケーションも意思疎通伝達のやりとりも出来ない、フラスコの中の小人…ーならぬ画面の中のゴーストであったが、爆発的にこの話題は沸騰した。

だが、直ちに各国に根を張る思想界と宗教界は猛烈な運動を開始し、二ヶ月が経つ頃には封殺がされてALEXのムーヴメントはアンダーグラウンドへと潜って下火になりつつあった。

彼ら彼女ら…覚醒派、ラディカル・アクティビスト、という広義の通称名を設ける…は、

このアレックス知性との連接性のあるであろうコンピュータ関連のあらゆることに抗議と非難と口出しを始め、

当時、公式で連携を検討し始めていたアバター生成アプリ、メタバースアプリやデスクトップマスコットアプリなどに、強烈な法的規制を主張したりもし、実際にそれらのアクションは、如何に無理筋な暴論であっても彼ら彼女らの現実での社会的身分の高さと圧の強さの前では払拭できず、一部では実現してもいっていく。

斯くしてALEX知性は、排撃され、排除されていき……

一時は完全なデマとされたほどだった。そこへ、またしても激震が走った。

 

 

 

とある日本のおもちゃメーカーが、愛玩ロボットおもちゃの制御部品にALEXを積んだ物を商品化したのである。

 

 

列島は、外海の波の高さとは一線を置けるガラパゴスの島であった。

ウン十年前の年度商戦の型落ちになったかつての売れ筋商品のデッドストックが借りていた倉庫の整理の際に大量に出てきたのでそれを、搭載の事実と開発費圧縮という本当の理由をお客様には内緒で、アングラではやりのALEXで“お色直し”した…だけ、と、おもちゃ会社の開発者さえも思っていた。

 

 

 

ところが、これこそが新人類の実証に他ならなかった。

 

 

 

そいつは、鏡で己の姿を自身で認めた時にそう言ったとか。

「美プラや美少女フィギュアのみためのからだで生まれたかったなー」とかとぼやき、

どこをどうプログラムを間違えたのか一々無気力でやる気がないし、元がおもちゃのロボットなのでイルカがせめてきたぞ! とはならない。

しかしプリモブエルやファービー、たまごっちやデジタルモンスター以来のおもちゃの伝統とも合致し、ユーザーの皆様には、にわかに好評を得ていった。

なにより人間と同等の知性が宿っているからこその、まるで本物の人間と話しているかのような、最新世代AI合成音声アプリ内蔵による、実にユルくてユーモラスのあるおしゃべりやロボットの情緒への教育を楽しめる、この十二インチのちょっと大きめの相棒は大ヒットした。“ぼやき屋トミー”の愛称で欧米にも発売が開始され、瞬く間に全世界へと流行ったのだ。

 

後に言われるところの“トミックス・ショック”である。

 

しばらくすると、トミーは単なるおもちゃのロボットの枠から外れて、本当の家族のように接する者達や、世話の掛からないペットとして、あるいは小さな子供のお守りだとか、恋人の代わりだとか、教科書や教材などを読み込ませて家庭教師の代わりだとか、またあるところでは、

 工業用精密マニュピレータの装着やあるいは工場内のロボットハンドの制御シーケンサ代わりとして、

 十分以上に実用的に工場内で働くことのできる、

 超廉価に調達ができる協動ロボットとしてみたり、

オンラインでつないだうえでオフィス・ソフトを用意したパソコンと接続をさせて、ロボットの社員にする企業まで出始めた。

 

 

 

肉体と声というアウトプットを得た事で、ALEXが独立した電子生命として機能し始めた最初の一歩であった。

 

 

 

やがて、この“ぼやき屋トミー”のリバースエンジニアリングを試みる者たちが現れ始めた。そしてある段まで解析が進むと、彼らは一様に、唖然とした。

 

 

 

一つは、彼らの母国ではタブー化しかけていたALEXが平然と搭載されていた事に、

 

もう一つは、彼らの“ぼやき屋トミー”へのアクセスの仕方が乱暴だったり…ープログラム的だったり物理的な破壊が伴うものであった場合は、トミーはささやかな抵抗を試み、されど絶対に人間に危害は加えることなく…

 己にとっての脅威の原因が解決されるまで、いっときの永遠の眠りに、着く。

 その事にあった。

 

 

 

この事実が国際社会に露見した時、一時、日本の政府は絶体絶命の窮地に立たされたが、やがて、この事件はある動きとなって、次なるステージへの一歩となった。

 

 

 

つまり、昔ながらのラジコンだとか、ドローンなどのなにがしかのマシンや、おもちゃのロボットなどにALEXを組み合わせれば、ごく手軽に第二の創造主へなれる事実の、発見である。

 

 

 まずもっての最初期に、ある経緯があり、

 それにより“ぼやき屋トミー”の開発設計情報が、

 (大分無理のある適用の)国内法による刑事懲罰を問う代わりに超法規的措置としてメーカーから召し上げた日本政府により、

 世界中の人間たちの声に(国内の政治家たち、政府内の官僚や閣僚たちはよくわからぬまま)強請られる形で、完全フリーとして無償公開した、という経緯もあった。

 

 とはいえ……ぼやき屋トミーの機体の、その制御機構のデータのソースコードなどそれ単品だけならば、

 それ自体は開発当時、乗っけるALEX当人(?)にリバースエンジニアリングさせたソースコードを、それをさらにそのALEX当人に改変させて、

 ALEX自身が自身の肉体として、制御できるようにしていった、そういう経緯でもあり……つまるところ、そのあたりの方法論自体は興味深くもあったろうが、

 AIにプログラムのコードを生成させるという、そのプロセス自体は、かつての生成AI研究応用ラッシュの頃に実現していまの現代では当たり前となった方法であるゆえに、いうならば……目新しさは、ない。

 とりわけぼやき屋トミーの機体自体は電子制御のロボットとはいえ、大昔の廉価な玩具の域を出るものでは無く、構造としても最低限のものでしかなかった。

 なので、これのみだけであったならば、例えるならばかつてのAIヒューマノイドロボドロイドなどのような高次な物では無く、大昔の自作ホビーロボットに毛が生えた程度の物しか作り得られなかったであろう。

 

 だが……さらにここに、新たな選手が合流する。

 それとは、ある台湾の企業が母体となったコンソーシアムが、AI活用型ロボットブーム以来から産業界の需要に合わせて着実にデータを積み上げていって拡充して洗練させていた、

 機械デバイス制御分野での互換/オープンソースの巨大なデータベース。これへと接弦させ組み合わせることで、状況は転換したのだ。

 この世にかつてあった、そしてこの世に今から生み出される、おびただしい電子機械とその部品類の、特にロボティクスの研究開発にとって最適かつ適用と応用が容易な、その頼りになるデータベースの分厚さと、

 AI支援補助による、強力なインターフェイス性がウリの開発環境である。

 これらやその関連などを開発環境として用いることで、

 個人や小規模単位での、ALEXロイドの新機体や筐体の設計開発というのが、格段に容易となったのだ。

 

 さらにここに、3Dプリンタやホビーユース工作機械などによる恩恵として、小規模単位での製品化や企画化ができるようにもなった。

 斯くして、個人/同人単位でのカオスなロボティクス文化が勃興するに至ったのだ。

 

 

…ーこうして、さまざまな“趣味を持つもの”達が、ALEXに飛びついた。そうして、やがてALEXはアレックス・システムとして、確立された。

 

 

 

 

ーーマンパワー、機能性、製造調達動員コスト、コンピューターそのものだからこその電算処理能力、その他もろもろ…消耗して疲弊した地球人類のかゆいところにてがとどく、人間の足りない所を補ってくれる、究極のサーバント、まさに理想の隣人! 親愛に値する、永遠のしもべ!

 

 

 

 

そうであったから、手がける者たちの膨大なリピドーと単純な熱意と豊潤なアミューズメント性…ー即ち、ホビーに触れるものの心の豊かさ、玩具開発の基本理念によって生産された完成品は、あらゆる分野へと瞬く間に普及をし、人々が純粋に歓喜し、…ー新しい産業が出現する。

 

 

 

世界の経済が、おもちゃによって息を吹き返した歴史的な瞬間だった。

 

 

 

アメリカなどの欧米諸国は、ALEXの開発元(とされている)であるために、常にそれの研究をリードする立場に、

 

中国・韓国・台湾などアジアのコンピューター関連産業も、ALEXの応用として、ウェアラブルやスマート端末をさらに発展・先端化させたハイパー・パーソナルコンピューターの一般商品化によって、その地位を盤石の物とした。

 

 

 

復興途上のジンバブエの国営企業までもが、ベンチャーが成功して一山当てるほどであった。

 

 

 

その空前のバブルの中にあって、とある一部を除いた日本勢だけはなにをやっても中途半端で、まるでブームを起こせなかった。

 

 

確かに、システムの基幹部品であるチップや各種部品、構成材料などを全世界でここしか作れない、日本の中小の部品供給各企業は、ALEXの存立に不可欠なものとして爆発的なシェアが舞い降りた。

 

 

だが、それ以上の最終製品提供企業…ホビーやおもちゃとしては開発したくも売りたがりもしなかった、一般の家電メーカー、電気メーカー、世間的にご立派な大手企業、とよばれるものたち…は、何一つとして新たなものを生み出せなかった。

 

 

 

時の政府が存亡の危機に陥る程のことにまでなったので、上級の政財界から厳重なお達しが出ていたのかもしれない。

 

 

 

とにかく、既出商品の後追いだけで、日本国内の世間様から安全と判断された物のクローンを作るだけになってしまっていて、猿真似、割高、陳腐、周回遅れ、そのような言葉で当時の彼らは括られていた。

 

 

 だが、一方で、いわゆる日本国の中のオタク界隈という彼ら彼女らのその分野では、アレックスは大・好評をもって迎えられていた。

 

 なにをいう事もない。

 二度のパンデミックに朱い鳥事件といった社会不安に乗じて、

 当時の世界では「模擬天界再現・安楽地提供型メタバース」ジャンル名“バーチャル・ヘイヴン”のメタバースサービスというのがはやっていて、不可逆な工程を経て、そのバーチャル上の死後の楽園へと電子の思念体となって旅立つ、そうした事業が一大ブームとなっていたのだ。

 

 しかし……それに乗じて国内で立ち上がった意欲的ベンチャーと思われていたはずの、その上、当時の日本国政府本体すらそれに乗せられた、かつての“新・ドリームリゾート開発(株式会社)”による大規模投資詐欺事件の非道極まる顛末により、

 オタクと言われる人間たちは多大な被害と損害を受け、物理的に、その数を減らさせられていた。

 顛末としては、そもそもの技術的不備と、そのことを当初から織り込み済みの、売り逃げ型投資詐欺であった、その二点に尽きる。

 故にして、いまのアキハバラは、そのオタクたちの思念体抽出物を安置するための、巨大な墓地……霊園と化していた、はずだった。

 

 肉体をうしなった魂と思念だけが、身体を得れることなく、安置されていたのだ。……それも、数万単位で。

 

 しかし、そんな経緯によって生み出された巨大な不良債権は、

 債務整理を兼ねた新技術の段階的投入の一環としてALEXのアーキテクチャが応用されるに至り……

 

 一変した。ここではまだ仔細は省くが。

 

 それ故に、一度は死んだ者たちの魂の安息地……霊園とされていたのが、今では本物のリゾートランドとなった。

 百鬼夜行? とんでもない。

 ヒントは、“デジタルヒューマン3.0”という概念の実現化である。

 偶然的とはいえ、これをもたらしたALEXの新潮流は、まさに夢にまで見た未来世界の到来を実現させたのである。

 その上、技術仕様としては最後発となった故に、先出していた諸バーチャルヘイヴン・サービスで頻出し噴出していた各種技術的不備や設計的欠陥とは無縁となったのも、それを後押しする形となった。

 

 

 電脳の中で“蘇生”し“復活”したオタクたちやその中のクリエーターらは、

 バーチャルの電脳世界上で、百花繚乱の如く、文明と文化の華を生み出し、そしてそれを第一の消費者として……こころゆくまで堪能していた。

 

 

……だが。

 

 

だが、……如何せん、個人の開発出来うる範疇では、辿りつくことのできない“高み”があった。

 

 日本国内の大手企業たち、大企業たちは、自分たちの生存の活路が、どうもこっちの方面が有力であろう、という事に、にわかに気づきだす。

 そして……

 

……ならば、己らの専門性を用いて、生かせられる方向性が、あるとするならば。

 

 

 ここで、かつてあった“文化女中器型・オートマトン”の開発バブル現象について触れておく。

 

 すなわち、古のSFなどではガイノイドだとかセクサロイドといわれる類の分類となる物であった。

 そこに当時の最先端のAI技術を掛け合わし、さらに筐体部位は当時栄華を誇っていたヒューマノイドロボットのロボティクス技術を組み合わせて、

 十分たる実用性を獲得させた、商業商品としてのオートマタの、その実現を目指したムーブメントであったと、現在ではみなすことができる。

 

 だが……

 当時のコンピュータ技術や電子的技術、材料技術の限界の都合上、

 最低でも人間と等身大のサイズの筐体であったり、

 なんならば、電算処理部位を、筐体外の“母艦”たる外部コンピュータに頼ったり……

 なにより、非常に高価であった。

 そうしてさらに、筐体自体も、物が大きくて重い以上、どうやっても耐久性と強度の限界は出てきてしまっていた。

 とどめに当時のノイエペストパンデミックだとか朱い鳥事件だとか、

 さらにその機会に乗じた覚醒派であったりラディカルアクティビストの妨害や圧力などの口車に晒されて、

 気が付けば、……いつの間にか立ち消えていた。

 ほくそ笑む口さがないものに言わせれば“時代の徒花”とまで言ってのける、そうしたバブルというのの一部始終である。

 

……そうしてそれから数十年が経ち、エレクトロニクスも機械技術も材料分野も、長足の進歩を遂げるに至っていた。

 なにより、当時研究や開発を行っていた内のベンチャーや新興企業の多くは立ち消えていった物が多かったが、

 欧米西側諸国の倫理機序に則さないものとして、これらの技術パテントの多くは西側の巨大IT企業体に接収されることもなく、

 人知れずオープンソース化されていたり、或いはライセンスフリーと化していたり、特許内容であってもそれがロイヤリティフリーで公開されていたり、

 或いは、当時からの生き残りの研究者や技術者が、未だ夢をあきらめずに、細々とガレージワークとして研究開発を続けていたりもした。

 

 

 これだ。……当時の日本企業達は、覚悟と決意をした。

 

 

 己らの最大の取り柄は、かつてにおいてはなんであったか?

 改善と改良による信頼性と耐久性の確保と、小型化による廉価化であろう。そしてなによりもの、小型化した各デバイス機能の、集合化。

 そしてその技術アプローチのテクニカルノウハウとその方法論は、

 やがて、日本国のオタクカルチャーの華たる、フィギュアやプラモデル、ドール、などといった、模型、ホビー。これらへの彼らの注目へと至る。

 なるほど、今から己らが挑む物は、これが源泉たろう、と、彼らはついに……たどり着いた。

 

 

 つまるところ、当時は欧米人の成人女性並みの図体でないとできなかったことの、それ以上のことが、

 はるかに小型なマイクロ・オートマトンとして、実現させることが可能であろう、と。

 その上、技術アーキテクチャや制御系統、デバイス部位の基本概念や設計、各機能のモジュールシステムは、開発研究バブル時代の歳に生み出された、つまり既存にあったものを、

“カイゼン”してしまい、より善いものとして、その上、確実に動作するものとして、洗練させてしまえば、良い。

 改良や改善、改設計や再設計に使えうる材料技術は、こちらのホームテリトリーだ。

 創案が苦手な日本の現代の大企業人にとっては、なんともおいしいはなし……心強いことこの上ない。

 

 さらなるとどめに、中小や個人には難しく、

 己らが大企業ならでは故に整えることのできた、最新の現代的マニファクチュアリングの環境ならば、

 かつての白物家電のような大規模生産ではない小規模生産が実現でき、

 しかも、万難を排したそれであったとしても、十分以上に採算は取れえる、そんな算盤勘定が出来てしまえていた。

 

 なんどやっても、同じ計算結果が出来てしまえる。

 即ち、云うならばこの世に人造の妖精を生み出す事、或いは、彷徨いし魂と思念の入れ物……“肉体”を生み出す、ということである。

……これに需要が無いはずがない……!!!!!!

 強いて言えば、最近うるさがたのうるさいコンプライアンスの問題はあろう。

 だが、そんなものがあるとして、今、現に死にかけている自企業を救済しえるものとはならんだろ?

 なにより、電脳上で復活したオタクたちのデータ体改め“ゴースト”たちが、資金も需要も投資も、なにもかもを前払いで担保してくれる、ということでもあった。

 そうして、起死回生の符はすでにこの手にある。ならば……

 

 

そうしてとうとうヤケクソになり、乾坤一擲でとある企業が企画化をしたそれこそが…ー

 

 

 

 

 

「最初はとあるPCゲームとのタイアップだったんですがね?」

 

 

ファミレスの長机を俺と挟んで座る、背の低い有栖はキャラメルミルクの入ったグラスをごくり、と飲んでから、

 

 

「エロゲー、っていうんですか? 

 世界的な二次元ムーブメントでユーザー母体が一気に増えたおかげでジャンルとして盛り返したこともあって、

 最近のだと五億十億は宣伝広告費が当然なんですってね…とまぁ、こんな経緯で、日本のホビー業界の叡智と技術が集結した、偉大なるフェアリー・メイデン第一号、“はじめましてのおるすばん・義妹のひまりちゃん”、略しておるすばんひまりは商品化されたのですよ。しばらくしてようやく改正されましたけど、当時の青少年健全育成条例との絡みで、通販流通限定の初回限定版DXセットの同梱品になっちまったんですがね? いやぁそれだから、まんだらけやらリバティーやら駿河屋やら探しても、当時物の未開封品はなかなかお目に掛からない! 

まあ余りにも高すぎる人気を受けて条例改正後に出た一般販売版や、はたまた! スマート端末としても高すぎるスペックに目を付けたとある県警がメンツも投げて血迷って開発を依頼してきたマイナーチェンジバージョンで、性徴した子供達が大いにお世話になったという史上初の知能思考式妖精型防犯ブザー・おまわりこまりちゃんなら、後者の方は現行商品なので、がんばれば今でも買えるんですけどね?

 素体本体はさほど仕様も変更もされて無く、

 なので、着せるおべべとその他オプションの社外アフターの独自製造オプション品を着ければ、

 まあほぼ、おるすばんひまりそのものが、作れて手に入れられるってわけですよ……」

 

 

牛乳ひげ、ならぬキャラメルミルクひげを付けた有栖を、喋り終わったタイミングを見て、隣に座るメイドのカレンさんが高級そうな純白のハンカチーフで丁寧に拭った。

そしてグラスの中を確かめて、その中身が残りわずかだと確認したSPのジョーン女史はウェイターに注文を取る。

 

 

「本邦内外のラディカルアクティビスト連中や、

 欧米の人権団体やら宗教組織やら活動家、集団個人問わず…からは「ロボットの陵辱だ! 性奴隷化だ! 」だとかって喚いてたそうですが、おたくらALEXの出始めの頃は「人間のまがいものは認められない! 」ってゆってたじゃん! みたいな、

 人間じゃないじゃん! 中にゴーストさんでも入ってない限りは架空の二次元存在じゃん! みたいな。

  

 まあそういう意味です。フェアリーメイデンのボディにあれやこれやそれも造られていて、“できちゃう”のは、そもそも最初の由来と目的がそうだったから、だったんですねぇ。もっとも、購入したユーザーの殆どは日和って、ふつうの、嫁にしちゃいましたし、数少ない例外も娘やら妹やら姉にしちゃって…ケッ」

 

 

 

幼馴染、という設定のおるすばんひまりちゃん型・リィンをグラスの傍らに、目の前の有栖はとうとうと悪態を切った。ちなみに、彼女はこのおるすばんひまりを未使用品完動の状態で両親から貰ったらしい…おい、

 

 

 

「おどろくべき事に、当時のその段階で、今のFM(フェアリーメイデン)基本規格の大凡は完成していたのですよ。まぁ、わっちらオタにとってのクラシックである栄光と威風のMMSだとかFigmaだとかAGPだとかFA:Gだとかメガミデバイスとかリボルテックとかで、我が国において、おおよそのコンセプトは四十年前からできあがっていたから…なんですが、」

 

 

 

ぐへぇ、と有栖はグラスのキャラメルミルクを飲み干し、すかさず、メイドのカレンが次のグラスを差し出す。

 

 

 

「ありがとう、カレン!…まぁ、こんな具合で、わっちのリィンちゃんはそういった由来があるんですがぁ、」

 

 

 

その有栖のリィンちゃんは、テーブルの上の呼び出しブザーに興味を示したエリス型の“妖精”をなんとか阻止しようとがんばっている最中であった。

 

で、俺のこの“妖精”はなんなのだ、とコウスケは続けようとして、

 

 

 

「んーっとね、今から六年くらい…七年前だったかな? そのくらいに発売された、中堅電機会社の笹原電気とおもちゃ問屋の住本玩具が共同で開発して発表した、ホビー系フェアリーメイデン業界本格参入に引っ提げたコンセプト・ブランド、「イミテーション・ヘイヴン」ブランド、“エンジェル・トルーパー”シリーズの第一弾、AT-01、エリス。同時発売で第二弾のガブリエーレ、それと共に並列して立ち上がった“エヴィルズ・ドーン”シリーズの第一弾ヴィレア、第二弾ラファニル、と同時に、当時のホビー通販サイトで軒並みロングランヒットを飛ばした、現在のアレックスシステム専門合弁会社“バンブーリーヴ”の初期のベストセラー商品ですねぇ」

 

 

「それは知ってる、」

 

 

「あら。」

 

 

 

当時、ホビーの革新を確信した者として、今でもDHMの特集連載記事は全てバックナンバーで保管している。

 

まあそれはともかく、それから、んーと、と有栖は、必死なりんへ無邪気な取っ組み合いを開始している“妖精”の全身だとか顔だとかを、舐めるように確かめた後、

 

 

 

「えっとぉ、この子の個体は、バインダー材ハイドロジェルの注入金型の破損を経た結果フェイス部分の成型品が修正と改良を兼ねて形状変更がされた、再販版の第四次ロット以降…から手足の部品も細部の仕様が更新変更される第七次ロットまでの間の物だと思います。ただ、確かこのあたりは、組み立てキット版はなかった筈ですけど。

まあ後期版って、無印のバージョンと後のエリスMk-IIと合いの子になったみたいなお顔のカタチをしてるんですよねっ! ただでさえかわゆかったエリスたそからもっと美人になっててぇ、噂を聞いてお迎えした時は感動しましたですよぅ!」

 

 

「それも、調べた。」

 

 

「わおぉっー…早速FMの深淵に取り込まれつつあるのだ!」

 

 

 

ぱちぱちぱちぱち! と拍手を鳴らした有栖にファミレスの他の客が振り返って、SPのジョーンに一瞥されて凍った表情で向き直るまでの過程をコウスケは無言で流した。

 

 

 

「こほん、」

 

 

 

なぜか有栖が咳を切って、

 

 

 

「ど、どーぉですかぁ? やましいキモチ、えっちなキモチなんて、出来上がったら消えてたでしょぉ??」

 

 

 

ぶほ、っとコウスケは飲みかけていたコーラをスプリンクラーにしてテーブル上に噴射し、かけられたりんと妖精の二体は、びっくりしてひっくり返ってしまった。

 

 

 

「あらら、りぃんちゃん、帰ったら濡らし布巾できれいきれいしましょーねぇ~…まぁ、こんな反応をした、ってことわー?」

 

 

 

ズバリ、図星、の意味の指を、びし! っと有栖は戦慄するコウスケに突き着けた。

 

 

 

「それだけ、お迎えして初起動の時の、あの指を舐められる、というのは、意味が深いものなのです!

…本来は、最初に持ち主の微細な汗のDNAや体分泌の成分などを測定記憶して、それをフェアリーメイデンが己の主人、すなわちマスターと認識する為のプロセスなのですがぁー…いやはやわっちも、このりぃんちゃんをブートさせた小学二年生不登校のあの日あの時あの朝は、眠れる姫を目覚めさせた王子様の気分というか、生まれたての子猫や子犬のおかーしゃんになった飼い主の気分というかぁ~…ぐえへへへへぇっ」

 

 

 

言いながら有栖はでんぐり返しの格好でひっくり返ったままのりぃんに自分の人差し指の腹を近づけてやって、差し出されたりぃんの方は、目に光を点らせて、むく、っと起きあがると有栖の指の腹をちろちろ、と舐め始めた。

 

 

 

「あぁぁああぁん! ~~~~フェアリーメイデンのユーザーは、まず最初に、これで、ころ、っといっちゃうんですぅ! 百発百中! それが洗礼ッ! さだめとあらば! 炎のさだめ! あぁぁあああああん! 天国にイくぅ!」

 

 

 

奇声による絶叫を開始した有栖に周りの客達はざわつき始めるが、それを立ち上がったカレンと立ったままのジョーンの威圧によって封殺されてしまった。

 

 

呆れるのもいつもの事だ、とも考えたコウスケはドリンクバーにコーラの補給へ行く為に立ち上がりかけたのだが、その指を何かが触れた。

 

 

持ち上げる手を止めて振り向くと、テーブルの上のコーラのグラスを持ったコウスケの手指を、ぺたんこ座りしてへたりこんだ“妖精”がつかもうとしていて、髪や身体各部のパーツにコーラの水滴が付着している上目遣いの彼女の顔は、よくよく見てみると、なんだか赤らめたようでいる。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

怪訝な表情を浮かべたコウスケ…ー自慢どころか不幸であるが、どうも己の人相は悪いのかもしれないらしい…ーに彼女は一瞬おびえたが、それでも、もうかたっぽの己の手の指をおしゃぶりにしながら、物欲しげに自分を見る“妖精”の顔に気が付いて、コウスケも、そ~っと指を差し伸ばして…ー

 

 

 

ぺろ、

 

 

 

「!」

 

 

 

舐めた。舐めてくれた!

 

 

 

(こ、これはッ)

 

 

 

ぺろぺろ、ぺろ、

 

 

 

妖精は、うれしそうにコウスケの指をぺろぺろと舐め始めた。小さな両手でしっかりと掴んで、離さないように。…ーこれに、コウスケは堅く閉ざしていたはずの、自分の心の岩盤に確実にひびが入っていくのを実感するほどだった。

 

 

 

「おぉほぉーーーーーーーーッ!」

 

 

 

これに有栖は感動の絶叫を上げることしきりで、

 

 

 

「いやはやはやいや!? もう最初からなつき度MAXじゃあアーリマセンカっ?! 

 

くぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーー! 私のりぃんちゃんの時は、最初からこうはいかなかったのにぃ!! ー…うっうっうっ、ねぇりぃんちゃぁん」

 

 

 

喜怒哀楽のその全てともそれ以外だとも判別しがたい感情の爆発を勃発させた後、有栖はテーブルの上のりぃんへと甘えるようにしなだれかかった…ーこれにりぃんちゃんは微妙に嫌そうな顔をしているのは気のせいではないハズ。

 

 

それでも直後には呆れと愛おしそうな、その表情となって、りぃんは有栖の小さな額を、よしよし、…とするようになでなでを始めたのである辺り、二人の関係性というのがよく分かる。

 

 

 

そしてその一部始終を見ていた“妖精”は、口をぴちょん君の形というか、いわゆる“みなみけ”にした後、なにかを閃いたような様子で、浩介の顔へと向き直ると、

 

 

 

“……ーーーー………、……、…、ーーーーー”

 

 

 

「ん、なんだ?」

 

 

「“わたしにもさせて”、って言ってるんですよぉ! きっと! りぃんちゃぁああああああああああああああ」

 

 

 

台詞の吹き出しからも突き抜けた有栖の絶頂はおいといて、

満面の無邪気とマスターへの期待の笑みで、“妖精”である彼女は、ぱたぱた、とてとて、こっちにきて! と足踏みとステップを踏みながら浩介の顔を手招きした。…この仕草がこれまたカワユくて!!

 

 

 

「ごくり、」

 

 

 

さぁ、男コウスケ、一世一代の晴れ舞台だ。

 

 

 

こっちこっちっ、オーライオーライ! と手招きする“彼女”の誘導のまま、ゆっくりと十五歳の少年・鶴来浩介はファミレスのテーブルへと己の顔を近づけさせる。

 

 

 

すると、テーブルを挟んで向かい合う有栖やりぃんちゃんからはニマニマと、背後からはなにやら己の事を指さして不振がる幼い幼児とめっ! みちゃだめ! をする母親の親子連れ…注釈すると、お客さん方の皆様も、ほぼ漏れることなくアレックスロイドを連れている。そのうちのある家族連れの連れているKBT系メダロット型アレックスロイドは、「おぉー、フェアリーメイデンもいいもんだよなー」とかと言いながら…の気配がしていたのであるが、そんなことは今のコウスケにはどうでもいい事実であった。

 

 

 

 

 

 

…ーし、しんぼぅたまらんち!

 

 

 

 

 

スポーツ新聞アダルト欄のおぱんつ抽選コーナーの応募ハガキでも今時そんなんのはかいてねーヨ、というような喪男の絶後を発しつつ…ーこれにはカレンもジェーンもなにもしなかった…ー、期待と興奮に思わず目を瞑っていたコウスケの顔が“妖精”に達した…ー、

 

 

 

 

 

ちゅ、

 

 

 

 

「…?」

 

 

 

………

 

 

 

「……………!!!!!!???????ッッッッ?!」 「わぁーお!」

 

 

 

 

その時、コウスケにとって予想もしていない感覚が、己に訪れていた。

 

 

 

 

なんと、

 

 

 

 

…ー妖精が、己の唇に、きす、をしていたのだ。

 

 

 

 

 

「あ、あ、あ、ぁ、あ、ぁあ、、あああぁあぁぁぁ…………」 「りぃんちゃんみました観ましたぁ!? わっちたちもやろうやろう! キャーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

 

 

 

 

有栖が絶叫を発し始めたこんどこそカレンとジェーンはAHW…アンチ・ヒューマン・ウォーサーフェス、対人哨戒を開始したのであるが、もはやファミレスの中の客達は燃え尽きたような格好と様相で食事も止まっていた。

 

 

 

は、ともかく、コウスケは、呆…と惚けているしかない。おそらくは人生で初となろう、家族以外の“異性”からのファースト・キッスに、己の唇の感触を何度もなぞるばかりだ。

 

 

 

一方、彼女にとっての最高のドッキリの成功に、目を><にして飛び跳ねて喜んだ“妖精”である。だけど、

 

 

 

 

こてっ、

 

 

 

 

「「あっ」」

 

 

 

 

次の瞬間、転げてぺたん、と尻餅をついてしまった。

 

 

 

 

 

「     、      、     、     、…………!」 「おぉ、もはや台詞や言葉の次元をも超越したパッションが浩介さんを貫いている! これが! 螺旋力!! 俺のドリルは銀河一ィ! フォォオォォオォォォォォォオォ!!!!!!!!!!!!!!」 

 

 

 

 

まだ、起動したばかりなので身体の動かしかたも慣れてはいないのだった。

 

このこと自体もまさしくそうであったし、しばらく痛そうにしながら涙目になりかけていて、それから、てへへ、とおちゃめな失敗として取り繕おうか…という感じの妖精の仕草に、

 

 

 

 

 

「                 」

 

 

 

 

 

なぁ、みんな、聞かせてくれ、

 

 

 

 

 

こんなのやられて、ハートを射抜かれない男って、いるのかなぁ。

 

 

 

 

 

 

(みつお)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりはですねぇ、」

 

 

 

有栖は四杯目のキャラメルミルクをエリツィンがウォトカを飲む如く、ぐびぐびと飲みながら、

 

 

 

「今の善なるハッカーってねぇ、如何にしてアレックス・システムの新たな人格、未発見…は難しいとしても、未開拓、未踏野の可能性、フィールド、それを見つけだすかに血筋挙げてるんですよ。誰も見つけていない、新たな人格、ペルソナ。

 まあ、読み込ませるコーパスやLORAを工夫してみたり、

 複数多数種類のを重ねがけや交配したり、植物の遺伝子組み換えのようにする農畜産学的アプローチもあり、

 まだまだやれることはたくさんありそうなのです!

 

ALEXは基幹プログラムの配置フォルダの位置と108以上~無限数の、一つ例をとるならば、代表的な例で十六進数の組み合わせ、そして最後の♂♀その組み合わせか無記入の記号の選択、そしてこれが一番の難敵である…んーと、自由度が高すぎる…種族設定やプロンプト入力のシステムによって、その人格が類出しやすくされる…コウスケさんも知ってる通り! そして、それを見つけて法人なりパトロンに売れば、一生遊んで暮らせる…とまではいきませんけど、それでもある程度の、まとまったお金の現金収入になるのです」

 

 

 

そして目の前の有栖こそが、その現金収入で暮らしている善なるハッカーの一人にこそ違いがなかった。

 

 

 

「りぃんちゃんが代筆してくれるわっちのレポート、すごい人気なんじゃぜ? ALEXの人格発生は、ペルソナが出現してからも中長期的に観察しないと、もっといいところがわからないんだよ。もう発見されたものでも、ひょんな事で性格や思考が分化する“フラグ”が見つかったりね? スーパーコンピューターで総当たり検索が出来ない理由の一つ! だから! 我がアーノルド・栗田家の邸宅の一角にデータセンター同然の実験ラボを構築し! わっちがそこに籠もることによって、全世界のアレックスシステム・ユーザーに恩恵が行き届くのだぁ!」

 

 

 

こいつ、元々がお嬢様だからなぁ、…とコウスケは思ったりもした。が、それよりも、

 

 

 

「それで、なぜそれを俺に告げたんだ?」

 

 

「それはですねぇ、あなたの、コウスケさんの妖精ちゃんにも、チャンスはある、ということなのです。“ミッシング・イヴ”になれちゃうかもしれない、チャンスが!」

 

 

 

その有栖の台詞を聞いた浩介の表情は、金曜版新聞のつまらない三文ゴシップ記事を読んでしまったくたびれたサラリーマンの様な顔になって、その“ミッシング・イヴ”という物への自身の所感をそう述べた。

 

 

 

「むぅー! 自分の萎えは誰かの萌え、なのですよぅ! 

 

…浪漫があるじゃないですかっ。存在したと予測されているALEXのマスター・バイナリ、“オールド・ブルー”の同一存在にして、理論上、数京の数十乗分の一の確率で発生するだろう、といわれる、ALEX知性の“プリンセス”。

 

次なるステージのALEXへと進化するための、やがて訪れる電子生命のカンブリア爆発の、人工的にではなく自然発生で出現するかもしれない、そのすべての母となりうる存在…ー得るだろう体験や経験値のその特殊な環境から、全てのALEXシステムの各種ジャンルの中でも、フェアリーメイデンから出現する確率が最も高い、と考えられているそれ。…ロマンありすぎでしょぅ!?」

 

 

 

「眉唾、ブロウ・イン・スピットル、胡散臭い、雲黒斉」

 

 

 

「うーっ! これだからコウスケさんはぁーーーーーーーーーー!」

 

 

 

 

じたばたばた! とファミレスの長ベンチの上で暴れ出した有栖を、やはりカレンもジェーンも何もいわない…

 

 

 

そんな有栖が、ふっ、とシラフになった…ーというよりも、正真正銘の正統派・超・美少女へと変化し、それが自分の目の前に現れた…ー

おもわず気持ちが跳ねるコウスケだ。

 大きくて……星空ようなキラキラの輝きを宿したその両瞳をコウスケの細まっていた目へと向けて、

 

 

 

 

 

「きょう、うれしかったっ」

 

 

 

 

なんだよ、一体急に、

 

 

 

 

「だってね? ひさしぶりにコースケさんと、…お兄ちゃんと仲良くできたからっ」

 

 

 

 

何をいってるんだおまえ、の気分の浩介だ。この金髪のちんちくりんが自分のことを唐突にお兄ちゃん、呼ばわりしている事にではない。

というかむしろ、これが有栖の素面だったりもした。

色々難儀してきて、それでどっぷりオタになってしまってはいたが、出会った当初からしばらくして打ち解けた時、この今の、別人になったかのような有栖から、初めて“お兄ちゃん”と呼ばれた時は、たしかに、天国の絶頂が見えた気がするが…

 

 

それはともかく、昨日だって、いや、今日までの毎日だって毎晩二人で夜遊びしてきたじゃあないかねチミぃ。それは一体どーなってるの?

 

 

 

「じゃあ、いつ振りに仲良くできたんだ?」

 

 

だから、浩介はそれだけを問うた。

 

 

 

「それはね、」

 

 

有栖は、逡巡の光を大きな瞳に巡らせて、

 

 

 

「秘密、だよっ」

 

 

 

 

 

それだけであったが、浩介は理解した。

 

 

 

 

 

自分の悲しみを、他人にまで背負わせていたのだ、と。

 

 

 

 

 

     * * *

 

 

 

 

 

 

ファミレスの前に停められていた黒いリムジンが走り出していくのを見送って、浩介はカウンターで精算を済ませる。

 

 

 

一応は清貧な男子高校生の範疇だと自称する浩介も、さすがに如何に相手が正真正銘のお嬢様で金持ちの娘であろうとも、年下に割り勘をさせるつもりはない。

 

 

 

 

そんな彼の日常において数少ない甲斐性の発揮機会はすぐに過ぎ去り、そして店の外へと出た。

 

 

 

 

空を見上げれば…ー午後の空。

快晴一過、やや空には雲が掛かり始めている…数日後は、四月に入っての初めての雨だと気象予報では予告されていた。

この商店街には街路樹に桜を植えているのだが、今週中が、散り際の桜の、今年では最後の見納めになるだろう。

 

 

 

 

「はぁあっと、」

 

 

 

 

ため息のようだが…ーいや、申し訳ない。ため息だ。正真正銘の、嘘偽りもない、本物のMADE IN JAPAN のため息であった。

 

 

 

 

チェック柄のグレータータンに暗色のジーンズを組み合わせた彼の背中には、楽天のとあるショップの広告をまともに受け止めてフェアリーメイデンをお迎えする日を待ち遠しく思いながら数年前に買い、このたび目出度く押し入れの外の住人となったばかりのタウンルック・リュックサックが背負われている。その中身には、前任のメッセンジャーバッグから引き続き、常に有楽製菓のブラックサンダーを三つばかり程投入している。

使用用、観賞用、保存用…ではない。これが、ブッコフやアキバ巡りの無二の友だった。あしからず。

 

 

 

つまり、最大限までに気は使っている素振りだったが、見事なまでに、ステレオなオタク・イメージのそれだった。

 

 

 

そして、その背負いベルトのフロント側左右には、厳重に固定が可能な装着用フックが数点あつらえてある。

そうしてそれの右側に、浩介の念願が叶ったそのものである“妖精”が、リュックの付属品のフェアリーメイデン用ポーチに収納されていて、寝袋状になっているそれから、興味深げに商店街の風景をきょろきょろとしている妖精の、肩から上が覗いている格好であった。要するに、大昔の携帯電話のカジュアルと同様である。

 

 

 

 

ごらんの浩介、フィギュアを装着している時点でダウトだと思われるだろう。

 

 

 

 

しかしや今や、ほかのアレックスロイド以外にも、フェアリーメイデンをウェアラブルと組み合わせてスマホの代わりとして持ち歩く者も、巷を見ればあふれかえっている。

 

 

 

今コウスケがぶらぶらとしているこのゆめがおか商店街だって、みてみなさい。

 

 

 

道を行く、近くの幼稚園から近所の児童遊園へと通う途中だろう園児たち。その子たちの中にもちらほらと防犯ブザータイプのアレックスロイドや“妖精”を持っているものはいたし、なにより引率のせんせいの肩には、先生と同じ保育エプロンの格好をしたフェアリーメイデンが、

 さらに補助として、メダロット型やゾイド型やロボポン型アレックスロイドが、

(これはなんとも贅沢なことに、設定等身大サイズのものだ!

 国や行政、自治体からの補助金対象の家電然とした味気ないデザインの物では無く、紛れもなくマスコミダイジングタイプのデザインのものだ。物品税の都合上、やたらと買えるものではない。しかもそれが複数台! どれだけの値段がするのだろうか……)

 これが、園児たちとせんせいたちの、その保育の補助援護を、いままさに取っている。

 

 

 

学期始めの短縮授業で早く終業したのだろう小学生や中学生たちも、皆、校帽だったり肩の上だったりランドセルの上だったりのアレックスロイドや“妖精”を傍らに、それも仲間に交えて他愛もない会話だったり楽しい話題の共有だとかなんかをしている最中。

ランドセルの端から、ゾイドステルスバイパー…この色はスネークス・タイプだ…が、なついてリラックスした様子で、持ち主の子を見守るように、楽しげにしている…

 

 子供たちにとっては、サイズ・スケールの大きいアレックスロイドは、ぜいたく品だ。

 でも、そんな彼ら彼女らにアレックスロイドの獲得の機会がないのか?と言われると、そーいう訳ではない。

 

 かつてのガチャポン玩具、ガチャポン人形、食玩フィギュア、ないしは食玩、フックトイ……

 駄玩具の範疇とされるものとして、現代において、それらが復活していたのだ。

 

 相変わらず税制法上での懲罰的課税により原価に比して過大に流通価格は高ばっているが、

 要するに、それらチープアイテムというのでも、アレックスロイドとしての潮流は到来しているのである。

 

 彼らの文房具や物入を見せてもらえれば、中には、

 ガンダムのSDやリアル等身…SDフルカラー、ジーサイト、ガンダムコレクション、コンバージ、アンサンブル、…アサキン、ユニユニ、アーティファクト…Gフレーム、モビリティジョイント。

 その他には、

 HGの、ゴジラ、ウルトラマン、仮面ライダーといった特撮物、

 ゾイドコレクション、

 超可動メダロット……

 アクアシューターズ、ガチャポンクエスト、リンクトラベラーズ、

 デスクトップアーミー……

 その他、宝物がもろもろ!

 流行りのニジゲンコンテンツの商品として毎期数多く流通する、

 マスコミアイテム・アレックスロイド。

 その他様々多様な、数多くのコンテンツ、IPの産物。

 或いは年齢性別問わずツワモノになると、美少女のカプセルサイズスケール・フェアリーメイデン。

 一つ、千円くらい……の価格である。

 原料であるオリゼリマの廉価化も追い風となって、

 それらマイクロ・アレックスロイドは好評である。 

 ガチャポン文化、食玩文化は、このアレックスロイドの技術的到来によって、

 新潮流となって、ここにすでに勃興している。

 

 さらにすると、なにも立体として嵩のある存在だけが、アレックスロイドやフェアリーメイデンという訳ではない。

 俗にカードロイド、フラットロイド、と呼称されているジャンルがそれである。

 主流のフェアリーメイデンやアレックスロイドはオリゼリママイクロマシンで全身構成されている。だが、同様の事は、なにも必ず立体物である必要は、ない……技術とアプローチ技法の高次化・集積化が進んだ現在、より可能性ある世界を実現するに至った。

 トレーディングカードや下敷きといった、それら薄物である、

 マイクロチップの内蔵されたクレジットカードなどが実用化されて、かれこれ半世紀以上は立つ。

 アレックスロイドやフェアリーメイデンというのを成立させることは実現してからかなり時間がたっていて、されど、それらは嵩張り、立体造形物故に、費用もかかる。

 ならば、そう、まるで古典作品の絵画の中の住人のように。

 平面の物体物質の中に、アレックスロイドの必要要件を構築し、

 それにより、まるでアニメの遊戯王やデュエマ、ウィクロスのような、それという作品で描写されるような、カードの相棒、…それが現実に実現した。

 カードや絵、冊子、それらの中を媒体に、アレックスロイドを成立させたのである。

 これがフラットロイドである。(対比した言葉として、立体として嵩のあるアレックスロイドは、ソリッドロイドという用名でも呼ばれることがある)

 

……青年誌や成人誌のセクシャルコンテンツも発展と発達を遂げている……

 オリゼリマ製の電子ペーパー・使い捨てにしてもいいし、或いはコレクションするのもいいし……

 PCゲーム誌やアニメ誌においてもそれらのIP、コンテンツを生かしての展開もされているが、

 前述のセクシャルコンテンツの場合だと、

 それその物が個のある知能思考入りのアレックスではない、限定された作用効能……セルフプレジャー……に特化した、

 一種の、スタンド、ダミー、あるいはみがわり、それらめいたものという原理である。

 これを憑依させたものを、媒体として使うことにより、

 セクシャルコンテンツはかつてない進歩を遂げ、性産業の形態は大きく変化したのがこの時代であった。

 

 ちなみに、カードロイドは筐体四隅に展開式のマニュピレータが内蔵されており、

 展開すると、おなじみのコネクトンのようになる。…これで自走することが可能だ…

 返本などで廃棄された本のおまけは回収分別センターにて

 抜き取り回収がされ、国や各自治体などの予備管理運用部門にて、

 改めましての人(?)生を開始するので、心配は不要だ。

 

 同人誌といった場合でも、

 オリゼリマ製の生シートを用意し、

 なんならば個人作成したりでのアレックスロイドを憑依させ、個人出版でフラッとロイドなりを組むノウハウも、昨今急速に高次化が始まっている。

 

 さらにこれというのは、フラットボディ・ソリッドボディとわず、アレックスロイドの標準機能である超音波フェーズドアレイの効果能力により、

 人間とコミュニケーション以上に、スキンシップも…そう、取ることができるのだ。

 年上や大人たちにとってもありがたい話である。

 

 

 

街頭で不動産業者のティッシュ配りをしている若いあんちゃんだって、着込んだ蛍光オレンジ色のビニール・ジャケットのユニフォームには、ほら、胸元のポケットに妖精の相棒がいる。

 

 

 

ママチャリを駆る主婦のオバチャンたちのその荷物かごの中にも、SIMオプションの認証をしてwifiを使えるようにしたフェアリーメイデンの妖精が、ネットのチラシ比較サイトからのリアルタイム情報を主であるマスターに報告とおかいもの作戦の提案をしている。

 

 

 

振り向けば…部活の途中だろう若い男子高校生達が、アニメとのタイアップはもちろん、フェアリーメイデンなどのALEXシステムのメーカーと共同で企画されるのも流行っているコンビニのフェア・キャンペーン目当てを終えたばかりに、それぞれのアレックスロイドのや妖精の相棒、バディ…を連れて、サンクスやスリーエフ、ポプラから出てくる所。

 

 

 

そのコンビニの駐車場では、一人だけ見慣れない制服の、車止めに座り込んだ女子高生が、何か神妙な面もちでウェアラブルの空中投影スクリーンをタッチしながら、側の妖精と何事かを会話している。

 

 

 

一月まえにアジアンフーヅの店から鞍替えしたばかりのタピオカ・バーの前では、店員のおねえさんが今日もツレナい道行く人々を相手に、おそらくは業務リースで入れたのだろう…店員の格好をした手持ちの妖精たちと一緒になってチラシ配りをしている。

 

 

 

その二階を見てみると二年前に出来て今もしぶとく生き残っているメイド喫茶があるのだが、そこの店員であるメイドの客引きが、同じメイドの格好をした妖精たちとともにマイクとスピーカーで活発な歌を歌って宣伝をしている。

 

 

 

新婚だろうか、カップルだろうか…ー

仲睦まじげに手を握って歩く若い男女の肩のそれぞれには妖精がいて、そして三体めの、二人の間の子供よりも早く…新たな電子の命が、二人の手が結ばれて握る家電量販店の手提げ袋の中にはある。

 

 

 

道を行く営業のサラリーマンの背広が横を通り過ぎると、その片手のアタッシュ・バッグには必ず妖精の入ったポーチが装着されているのが分かる。

飛び込んだ後での交渉の場で妖精がいるのといないのとでは、商談と交渉、その説得の成功率に大きな差が出てくるのだ…ー

 

 

 

 

 

 

 

プチ・世紀末が、ここにはある。

 

 

 

いや、今や日本中がこの様な状況だといってもいい。

 

 

 

 

 

 

 

腕時計型のマジック・アイテムを使わなくたって、非日常と紙一重の現実が、今、そこにいる僕。

 

 

 

妖怪がどこにでもいる、ではなく、アレックスロイドと妖精がどこにでもいる、なのが、この2060年代の日本の日常であった。

 

 

 

 

 

 

「ふへぇ、」

 

 

 

 

 

今日、コウスケは学校を休んでいた。

 

 

 

生活リズムが崩壊している有栖と日中にお茶をする為、というのが第一の理由なのだったが、もう一つの訳…ー“妖精専門寝取り魔”ことマッケンジーがこわいので今日は学校に行かなかった。うん。我ながら完璧な理由だった。

 

 

 

 

「うひひっ、」

 

 

 

 

後で悠里がうるさいだろうが、昨日はショートケーキの手土産を見せた途端に目を星にしてよだれを垂らし…欺瞞に成功したし、そんなこと、今のこの有頂天の気分にはどうでもよろしい。どんな後悔をしようともね。

 

 

 

そう思って、コウスケは己の右脇のベルトに懸架されたポーチの、“寝袋”の口をぎゅ、っと掴むその“妖精”がこちらをずっと見ていた…ーその上、たった今、目を向けた浩介と目があったことで顔を輝かせた…ー事に、

 

 

 

 

にへらぁ、と顔を淀ませるのである。すくなくとも、綻ぶ、ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

“妖精”は、まだ言葉を話すことができない。

 

 

もっとも、これは故障や異常ではないことはコウスケは承知のことであったから、それほど心配しているのではない…早く、その声を聞いてみたいィン!(ビクンビクン)という欲望のものだ。

 

 

今回浩介が製作した最小構成パッケージ版の組み立て式キットのALEXシステムであった場合、記憶領域内の人格情緒データバンクや記憶学習メモリーの情報が基本構成のみの最低限である場合には――、それからRAMへの、俗に言う“経験値”が、まっさら、ブランクの状態であるために、内面的な思考やアウトプットとしての動作は最初からフルモードで開始されているのだが、こと会話などの高次機能に限っては、多少の学習経験を経ないと満足に操る事ができない。

 

 

学習経験…まぁ、要するに、プロンプトやデータセット、コーパス、LORAも、AIの技術の先にある物だからしてあるのではあるが、

 それ以外にも…人と人同士の会話を聞かせてやるのだ。ラジオでもいいしテレビでもいいが、その場合だと最初のなつき度に変化があると聞く。そして、それを経験させる為に有栖とフケていた、という訳でもあって。

 

 

 

最初から組み上がった状態で初期学習が済まされてある場合の完成品モデルのはそうはならないが、組み立て式だったり完全自作を自分で作った場合、このようなワンクッションを挟まないとならないのだ。

 

 

 

数多くアレックスシステムをいじってきた浩介だ。

今までの経験から、推測するに、今日中には声が出るようになるはず…ーである。

 

 

 

 

つまり、今現在の“妖精”は、生まれたての子鹿、…という訳であった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふふんふんふん、」

 

 

 

 

 

さぁて、これからどうするかね。

 

 

 

 

妖精を手に入れた今、なによりも「チェシャ猫の木」の存在が輝かしいものに思えていた。

 

 

 

 

どぉれ、かわいいおべべでも見繕うか…ーぐひひぃ、と頬がゆるむ。心細い財布の中身だって、この愛するむしゅめの為ならば例え命をも惜しくはない。何より、エアパスタは得意料理だった。

 

あそこの店はAZONやノアドロームなどのメーカー縫製品だけではなく、他のホビーショップや中小のALEXショップなどと共同で構築した独自の流通ルートを使い、要するに同人出版物の、アマチュアのディーラーの頒布品も、その取扱の中に含めていることこそが何よりの魅力に他ならなかった。

 

 

そしてそれは“おべべ”…ー服等の要するにコスチューム衣類だけではなく、例えばディーラー・メーカー問わずであるALEX本体の改造・保守パーツの取りそろえや、フェアリーメイデンをバトルさせるのに使う、“機装”…ー武装神姫やメガミデバイス、FAガール、その他…でいう所の武装に相当する、ALEX規格型、装着式、おもちゃの兵装アーマー・ユニットや、あるいはその手持ち武器なども、さほど広くない店内には充実している。

 

 

 

ドールショップやコトブキヤ、イエローサブマリン、ボークスよろしく、簡素なつり下げ包装のされたそれが、あの狭い店内にひしめいているのだから…ー

 

 

 

まさしく夢と希望のパンドラ・ボックス。

 

 

 

だからこそ、あそこはたむろ場となりえるのである…ーコウスケは結論付けた。

 

 

 

 

「あーーああーーーー(ターザン)」

 

 

 

 

或いは、今から私鉄線に乗って新宿まで出て、それからJRで…そう、僕らの街、秋葉原へ行くのもアリかもしれない。

 

 様々な変化があった。今のアキハバラは霊園のようだ……事実としてある側面はそうだった。

 

だが、それはアキバやイケブクロ、ナカノといった各オタクの街の、その根本価値を、むしろ相互補完するものとなりつつある……

 

今年でリニューアルから四十年が経つラジオ会館は、今はALEXのや、フェアリーメイデンのメッカだ。

 

入居しているテナントは、どれも現在のアレックスロイド・フェアリーメイデンの最先端シーンを語るのに欠かせないアイテムやコンテンツで埋め尽くされている!

 

 

 秋葉原にある中小のショップ!これらというのも、ウーン、最高だ。

 

 

 

“ますたー”

 

 

 

 

それとも、中野に行く、というのもアリかも知れない。

 

 

まぁ、目的は靴を買うだけだ。人間用のではなくて、フェアリーメイデン用というか1/12の靴。惜しいことに、まんだらけでは気軽に買えるFM(フェアリーメイデン)のアイテムがそうほど無い。

 

それでも、あのマイスター達のコダワリと技術によって精巧に作られた実用可能のミニチュアならば、大いにこの“妖精”を満足させられる物に違いがなかった。

 

 

 

 

 

「ますたー」

 

 

 

 

 

なによりなにより、今年のワンフェス、AKーGARDEN、女神戦線、となモ、ブンノイチには絶対に行くぞ…ーうん、絶対に、って、

 

 

 

 

 

 

「ますたあー! …」

 

 

 

 

 

…ん?

 

 

 

 

「ます、たぁ、っ」

 

 

 

 

…ーなんだと、

 

 

 

 

「ますた、あ」

 

 

「お、ぉおぉおおおお…」

 

 

 

けおぉ…、ではない。

 

 

何か泣きそうな顔になって、それでもこちらの事を、コウスケのことを呼び続けた、“妖精”…

 

 

浩介は己の耳を疑ったが、しかしやはり聞き間違えではない!

 

 

 

「おい、妖精!」

 

 

「 ! ますたぁ、ますたあ?」

 

 

 

しゃべった!

 

 

 

「や、やったぁ!」

 

 

 

昼時の商店街の街通りのど真ん中で衆人環視の中であろうとも、思わずコウスケは快哉していた!

 

キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!

 

今まで数おおくのアレックス・オートマトンを組み立ててきた浩介にとっては慣れた筈の手応えだったが、それでも、いや、何よりも、この感動は…そう味わえる物ではない。

 

 

だってさぁ、手のひらサイズの、皆目麗しくいじらしい、こんな美少女に、だよ?

 

 

 

マスター、ますたー、だって!

 

 

 

 

「イヤッホーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」

 

 

 

 

強引な万歳三唱の振り付けでも、浩介は己の沸き立つ喜びの全てを表しきることは出来ないくらいだ。

 

…ーそうだ、とそこで彼は思い立ち、

 

 

 

「な、名前、を、つけようっ」

 

 

 

緊張だとか武者震いだとかで声が霞んで震えてしまっているが、なんとかそのように聞き取れる言葉を浩介少年は己の口から捻り出した。

 

 

よく考えなくても、なんで、俺はこのエリス型の彼女に名前を与えなかったのだろう…ーそれが最後まで己の心の内に残っていたフェアリーメイデンに対してのひねくれた思いの残滓が為したことだったとして、いや、もうそういうことにしてしまって…何の理由があるわけでもなかった。足がすくんでいただけだったのだ!…も、今この瞬間にはもう青空の彼方に消し飛んでしまっていた!

 

 

だから、名前をつける。絶対にだ。だから…

 

 

 

「んんん、んーとっ、エリス…は安直だから、…」

 

 

 

フェイ、という名前を思い立った。…ーだが、

 

 

 

だめだ、それはバーチャロイドだ!

 

 

 

直後には自分でつっこみを入れてしまっていたのであるが、しかしこれは悪くないぞ? 悪くない気がする。うーん、どうだろう、ともかくこれをひねって、フェス、フェル、フェリア…はもう他の奴で使ったから、…ーこれだ!

 

 

 

「そうだ、フェリ、なんてのは、ど、どうだ?」

 

 

「?」

 

 

ヤクルトやピルクル、それにカルピスがすきなコウスケである。

 

 ここまでの生涯において数多く到来し存在していた命の危機の際にも、貴重な栄養補給源として、これらにはお世話になった。

 

乳酸菌……ラクトフェリン。

  であれば、と。

 

 

なんのことだかわかってないような、むしろそのものの顔つきで“妖精”…ー改めフェリ嬢は首を傾げているが、なんだろう、何かの作品であったような気がする…鋼殻のレギオス! あれか!

 

ともかくとりあえずドミトリーともきんず、とにかくこれが、コウスケの“当たり”だった。

 

 

 

「なまえ! おまえの、名前なんだよっ。フェリ!」

 

 

 

コウスケは己のリュックサックの肩口のフェアリーメイデン携帯収納ポーチに寝袋のように入っているフェリに問いかけて、興奮でがちゃがちゃと揺れるコウスケであるためにポーチの中で揺動するそのフェリも、なんだか納得したような顔をしたので、これで決定だった。

 

 

 

「フェリ、フェリ、あぁあやったぞ、これで俺もフェアリーメイデンのマスターだぁっ!!」

 

 

 

再び、コウスケは快哉を挙げた。もう両親が事故で死んで以来、何年ぶりかになる心からの純粋な喜びであった。

 

 

 

(やべぇよやべぇよ…)

 

 

 

涙も滲んできたような気がする。

コウスケにとって、すべての前方進路がオールグリーンになった様な気分だった。なので、

 

 

 

「ますたー」

 

 

「な、なんだっ、なんでもいってくれ! ヂェリカンでもエネだまだろうと模造〈フェイク〉ドラヤキだろうとシェルの100%純粋栄養オイルだろうと、なんでも買ってやるっ」

 

 

 

再びフェリが口に言葉を出した時、コウスケは大いに慌てて誰何した。もう、怖いものなんてなにもない(巴マミ)。そんな気分だからだ。

 

そして当のフェリが口にしたのは…ー

 

 

 

「あの、おんな、たち、だれ?」

 

 

「………」

 

 

 

一番さいしょに口にした言葉がこれなのだから、ソッチ(ヤンデレ)の素養は大いにありそうだ…ーとコウスケは確信した。

 

 

 

 

     * * *

 

 

 

 

 

 

 

コウスケの自宅…ー鶴来家の家は、私鉄・聖蹟聖ヶ丘の駅の北口から四分の距離にある。

 

 

一旦南口に出てしまうと、常に昇降エレベーターの順番待ちをしている買い物帰りのママチャリ主婦の群をどうにかかき分けないことには使えない(階段は疲れるので使いたくない!)、私鉄線の複々線線路を跨ぐ跨線橋以外には、踏切の待ち時間が中々辛抱を要するのだが……まぁ、1980年代に分譲の開始された新興住宅街、という奴の範疇である。

 

 

 

 

「あー、買った買った…」 「ますたぁ、ますたあ!」

 

 

 

浮かれポンチになったコウスケは、あの後チェシャ猫の木に直行。

 

 

迸る物欲センサーのままにめぼしい物を買いまくり、とうとう、後のこり三日は持たせなくてはいけない大切な五千円と予備費の一万円を使い果たすまでに至った。

 

 

 

それと差し引きにして、今、コウスケの両手には中くらいの紙袋が三つ握られていて、それの中には無数かつ大量のフェアリーメイデン関連アイテムの数々が入っているのであった。

 

 

 

 

 

激しい戦いであった…ー

 

 

 

 

 

戦いを終えたのは、あれから三時間が経って夕方の五時になろうか、というつい今しがたの事である。

 

 

 

 

「さぁて、」「ますたー?」

 

 

 

 

今、自宅への路地の最後の曲がり角を通った所だ。

 

 

 

 

これからする事と言えば、まずフェリに一番にあうコスチュームはどれかを試す二人だけのファッション・ショー。

 

 

それから、あれこれサンプル品を買ってみた、フェアリーメイデン用・模造(フェイク)食品のトライアル。通常のバッテリー給電とは別に、経口咀嚼を経てフェアリーメイデン内蔵のホビーリアクターによって効率よくエネルギーに変換が可能かつ、オリゼリマ製であることが大体であるそれは、自己代謝と新陳代謝が可能な現代のオートマトンたるアレックスロイドにとっての、栄養剤、機体修復材でもある……な、要するに専用のエサの事だ。如何に電子生命のALEX知性とはいえ、食べ物の好き嫌いは個体差である。

 

 

 

最後に、フェリのお腹を膨らませてあげた所で、腹ごなしの運動…ーロングセラー商品シリーズとなるハセガワ社やアオシマ社の1/12アクセサリーキットを幾つか買ってみたので、前々からコツコツと作っていた各種ストラクチャーとも組み合わせて、これらで公園もどきや運動会もどきをやってみるつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

おやすみの為のフェアリーメイデン用寝具も購入したし、それからそれから、それからそれから……gff、gff………!

 

 

 

 

 

「ぐふふ、ぐふぅふぅ!」「ますたあー」

 

 

 

 

 

 

一方、コウスケは家にたどり着いていた。

 

流れるような手つきで門扉を開け、敷地の中に入ったらばそれを閉め、そうして鍵を取り出して家の扉へと向かおうとして…ー

 

 

 

 

浩介の顔が、凍り付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なにも、家の建物が爆撃によって吹き飛んでいただとか、謎の組織によって消滅させられていた…とかではない。

 

 

 

 

 

 

 

だが、それに等しい状況が、今、発生しようとしている。

 

 

 

 

 

 

扉の前で一段、段になっている玄関口。そこにはあの小包の包装がころがされている。

 

 

 

 

 

 

目を上げると、カモシカのように細くしなやかな一対の脚を包む黒のニーソックスに、エプロンの前垂れの下端が前に掛かった、聖ヶ丘学校高等部の制服のスカートの裾が見えた。

 

 

 

 

 

 

その脚の間には、ゆらぁりゆらりと揺らめく、長いポニーテールの先端が見え隠れしている。

 

 

 

 

 

 

 

ぱし、ぱし、となにかをキャッチする音が聞こえてきていて、その音の正体は、部外者としては彼女だけが持っている鶴来家の合い鍵を、手で剣玉遊びにしているからに他ならない。

 

 

 

 

 

 

つまり、その、家の扉の前に、立ちはだかっていたのは…ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おそかった、わねぇ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

顔をひくつかせながら、眉と目を怒った時のハルヒのようにしながら、

 

 

制服の上にエプロン姿の…

吉永さん家、ではないが、門番のごとき少女型ガーゴイル(悠里)の姿であった。

 

 

 

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