イカロス・シンドローム かくして少女は翼を捨てました 作:虚憂
「ん、先生?」
「ええ、最近よく噂を耳にするものですから」
デートの途中で話題になったのは、何かと噂を聞く先生という人物。
先生は知らないんだけど。
私が知ってるシャーレの人って言うと、お兄さんくらいだし。
……お兄さんってシャーレの先生だったりする?
私の中のイメージがすっごい死にかけてたお間抜けさんだからか、噂で聞く先生とあんまり繋がらないんだよねぇ。
「よく知らないかなぁ、というか私はその人に会ったことないし」
「……そうですか」
「まぁ
「……条約、ですか」
「それそれ」
長年争ってきたトリニティとゲヘナ、その2校の間に結ばれる『私達、お互いもう憎んでませんよ』宣言。
反対してて過激な人とかもいる訳だから、まぁ大変だよねー。
「相変わらず、ユウキはエデン条約には反対なのですね」
「ん、まあねー」
私としては今更何をってのと、まあそれぞれの代表者達は頑張ってるんじゃないかって二心があるからね。
「虚しいだけでしょ、あんな上っ面だけのお約束」
「それでも、それを成すということに意味があるとヒナは考えています」
「や、その気持ちを否定する気はないんだけどさ」
実際、頭空っぽなゲヘナのトップなんかは大して気にしてもないだろうしやることは変わらないでしょ。
「トリニティと……」
「
「……」
鋭いなぁほんと。
……今の私の関係者で、セナだけが私の出身と、どう言う環境に住んでいたのかを知っているからね。
「……どうして嫌い、とかはないけどさ。憎まなきゃいけなかったし、嫌いじゃないとやってられなかった」
「それだけかな」
「そうですか」
ま、セナはトリニティに詳しくない筈だから、そういう場所があるらしい、って程度だろうけどね!
くだらないとは思ってても、自分からどうにかしようとまでは思わない。
「あ、でもセナとかフウカちゃんとかの個人単位なら好きかも。喋ってて楽しいし」
「……」
「ふふ、それくらいには、セナのカウンセリングも上手く行ってるってことだよ」
「私の専門は外科です。心の問題は専門外です」
「はいはーい」
慣れない治療を、あんな熱心にやってた癖によく言うねぇ。
ま、もうそろそろ目的地だしわざわざ言うつもりもない。
「見えてきた、あそこが今回のデートスポットだよ」
セナを連れてやって来たのは、本校舎から比較的近い位置にあるお花畑。
近場で気分転換するなら、ここほど良い場所もないでしょう。
「……こんな場所があったんですね」
「あ、やっぱりそう思う? 私も最初は目を疑ったよねぇ。こんな近場でって」
ここ、ちょっと高くて秘境っぽさがあるからなのか、ゲヘナ生どころか人が全くいないんだよね。
美食の気配も温泉の気配もしない、平和だね。
「ここならセナもゆっくり休めるんじゃない?」
「……そうですね」
何かあったらすぐ戻れるし、その割にすっごい静かで。
「にひ、良い場所でしょここ。ゲヘナに来た時は大体来るお気に入りなんだー」
「ええ。鳥や風の音が心地いいですね」
絵を描くときにも、ぼーっとしたいときにも。
……ここなら叶うんだ、何もしなくていい
「あなたのお友達に、見せてあげたかったですか?」
「……さっすがセナ、私のことよく知ってる」
「あなたがゲヘナに来たその時からの付き合いですからね」
ここでの"友達"ってのはアッちゃんのこと。
……どこにいるのかな。
「ですが……」
「おろ、どうかした?」
「……」
何か言いたげなセナ。
んー……セナの顔から言いたいことを言語化するのは無理そうかな、私には。
「いえ、うまく言語化できないので、結構です」
「そっかー。じゃ、ゆっくりしてこー」
今は、このゆるっとした時間が大切だ。
「対象は、今ゲヘナにいるとのことだ」
「……ゲヘナ? またなんでそんな場所に」
黒いマスクの少女が、訝しげに問うている。
「古い記録に、ゲヘナで発見された重傷人との記載があった。その時だろうな」
「ッ……そう。で、どうするのリーダー」
「……予定通り、狙うのはあいつが自室に戻った後だ。……それで良いな、姫」
『……』
その言葉に、手話という形で答えるのは、ガスマスクで顔全体を隠した少女。
『うん』
「え、えへへ……ようやく、ユウキさんとまた一緒に暮らせるんですね」
「ちょっとヒヨリ、それは……」
「……マダムはあいつの拘束を望んでいる。以前の様に暮らすことは難しいだろう」
「そう、ですか……辛いですね」
『……』
手話の少女から、表情を読み取ることはできない。
けれどどこかを見据えていた。
(ユウちゃん)
(もうすく、迎えに行くから……ね?)
ついに、見つかってしまった