『それは、時計塔に秘された最大の謎。
地上ではあり得ぬ神秘に浸され
許されぬ禁忌に侵された奥津城。
汝、死せる竜の偉大さを知るべし』
べき、べき、と音が鳴る。
一定のリズムで、五つの穴が同時に岩壁へと刻まれていく。
五つの穴は、上へ上へと、どんどん増えていく。
五つの穴の幅は、2cm程でほぼ等間隔。
穴の深さも、2、3cmくらい。
全くの同一のタイミングで、五つの穴は掘られている。間隔の細さから考慮すると、これは一人によって成された小穴であることがわかるだろう。複数人の手によるモノではあるまい。
しかし、どのような器具を用いれば、一気に複数の穴を等間隔に掘れるのだろうか。
2cm程の穴を短い間隔で、岩壁に五つの穴を掘る、なんて掘削器具は聞いたことはない。
そもそも、用途が意味不明すぎる。
五つの穴を掘ることに、何の意味があるというのだろうか。
鉱山での採掘?地形整理のための掘削?
否、どれにも用いられることはないだろう。
岩壁を掘る、という作業にて「五つの穴を一瞬で、等間隔に打ち込む」という掘削は行われない。
では、その堀削には何の意図があるというのか。
分からない。この堀削には、何の意図も見出せない。
おそらく、コレは人間が行う作業ではあるまい。
ということは、この五つの穴を掘った張本人は人間ではないのだろう。
つまりは、自然動物だ。
しかし、動物か。地面に巣穴を掘る、という自然動物は多くいる。
されど、岩に数cmの深さの穴を刻む動物なんてものは聞いたことはない。
一瞬で岩壁に穴を開ける動物なんぞ、この世には存在しない。
岩壁に刻まれた五つの穴は、上方へ新しく掘られていく。どんどん、新しく掘られていく。
岩壁を仰ぎ見ると、それはまるで、獣が雪原を通った後の足跡のように見えるだろう。
岩壁には、足跡が刻み込まれていた。
つまり、穴の主は、岩壁を歩行している。
なんて無茶苦茶な生き物なのだろうか。
おそらく、地面にほぼ垂直な岩壁に指爪を突き立てて岩壁を登っているのだ。その際、五本の指爪が岩壁を砕き、それが穴になっている。
なんという臂力。
一発で岩に穴を空ける臂力、岩壁の掘削に耐える五指の耐久性、そして全身を支える筋力。
ある意味、人智を超えた生物だ。
そんな芸当が出来る生物なんて、どこにもいるまい。少なくとも、人類が観測した生物の中にそんな生物はいない。
では、その正体とは何者か。
それは………
僕です。
そう。何を隠そう。
指を岩の壁に突き立て、ブッ刺しそれをフックにして登り続けるという、ワケのわからないクライミングを行っているのは、この僕なのだ。
僕は、眼前の壁を登り続けている。
しかし、その壁は前方だけではない。
僕の背後の遠くにも、壁がある。
右も左も壁。
岩の壁が、円を描く形で、聳え立っている。
下を見れば、底なしの暗闇。
それは、巨大な円柱形の深い窪みであった。
つまり、ここは穴の中なのだ。
僕は今、円形に空いた穴の壁をひたすら登っている。
何故、僕は底なしの穴に居るのか。
そして、底なしの穴から人間離れした業で浮上しようと試みているのか。
そもそも、この巨大な穴は何なのか。
それを説明するには、時を少々遡らねばならない。
みなさんは、「星の内海に続く坑道」をご存知だろうか?
Fateシリーズには、「星の内海」「世界の裏側」と呼称される、特殊な世界が存在する。
その世界は星の内部にあるとされ、そこでは多くの幻想種と呼ばれる空想動物たちがその空間を闊歩している。
人間世界とは隔絶した世界。
しかし、現実世界において、その場所に繋がる坑道が一つだけ存在する。
それは、イギリスの首都ロンドンの地下だ。
ロンドンには魔術協会の総本山である「時計塔」が存在する。そして、この「時計塔」の地下深くには、超危険地下迷宮「霊墓アルビオン」が存在する。さらにそこから先、この迷宮の最奥には「世界の裏側」にアクセスできる唯一の経路「星の内海に続く坑道」へと繋がっているのだという。
つまり、この「星の内海に続く坑道」に至るためには、そこに繋がる地下迷宮「霊墓アルビオン」を踏破しなくてはならない。
しかし、そもそも「霊墓アルビオン」とはどのような迷宮なのか。
「霊墓アルビオン」は、かつて存在した強力で、巨大な純血竜アルビオンの死体が、地中のうねりによって引き裂かれることによって生まれた地下迷宮だ。骸と化し、その躯はバラバラになったとしても、ソレに秘められた神秘は未だ消えることを知らず。地表から神秘が殆ど駆逐された二十一世紀になっても、その迷宮には、アルビオンの神秘の残骸が数多く遺されているという。
そもそも、「時計塔」がロンドンに建てられたのは、この迷宮の資源を独占するためだ。何千年も経った死骸になっても、神秘世界を左右するという存在感を発揮する強大なる竜。
竜とは強さの象徴だ。そして、その力の象徴たる竜という生き物の頂点と称されるのが、純血竜アルビオンなのだ。
しかし、そこまで強大な竜はどうして死したのか。
それは、「世界の裏側」への避難が、遅れてしまったためだ。
西暦以前、つまりこの地球上に神秘が溢れていた時代たる、神代。
それは、空想的な動物、幻想種たちが空想の産物ではなく、実在するモノであった時代。そして、本物の神様が君臨し、人智を超えた英雄が躍動した、神話の時代。つまるところ、ファンタジーの時代だ。
神と獣により、繁栄を極めていた神魔の時代。
しかし、このファンタジー世界は、ある契機を経ることによって終わりを告げる。
神秘が消えてゆき、神霊たちがその姿を消し、その神代が終わろうとした時。「地表では生きていけない」と悟った幻想動物たちは、「世界の裏側」へ逃れようとする。
地表世界から次々に姿を消していく幻想動物たち。
しかし、そんな中、世界の表側に留まり続けた存在が居た。それが、境界竜アルビオンだ。
アルビオンがこの世界に、なぜ留まり続けたのかは、不明である。
ただ、彼は大空を飛びながら、世界の営みを見守り続けていた。この世界を見るのが、好きだったのか、愛していたのか。それは分からないが、この世界に何かしらの執着を持っていたのは確かだろう。
居るべき世界ではないと悟りながらも、大空を飛翔し続ける竜。
しかし、それも限界に近づいていく。
最早この世界は、神魔のモノではなく、人のモノになりつつあった。
世界の変遷を見続け、自身がここに留まれる限界を知ってしまった彼は、「ここはもう人間の世界なのだ」と、ようやく受け容れる。
そして、世界の裏側への移動を試みるものの、その時点では既に、全てが遅かった。
この世界の神秘は衰退しており、裏側へ移動する術は意味を成さなくなってしまったのである。彼の持つ強力な神秘は全く効果がなく、作用する気配もない。
しかし、彼は諦めなかった。
「神秘による転移ができないのなら、物理的に移動すればよい」
そう考えた彼は、神秘の遺る地底へと無理矢理潜っていく。その結果なんと彼は、星の防御結界と呼ばれる世界の表と裏を仕切る壁を、頭部のみ突き抜けることに成功する。
しかし、志半ば彼はそこで力尽きてしまう。
そうして、竜の亡骸は広大な地下迷宮と化し、世界の裏側まで続く唯一の坑道となったのだ。
しかし、この坑道であるが、一つ問題点があった。
世界の裏側に通じるということは、星の内海に繋がるということ。
星の内海とは、地球という惑星が持つ魂の置き場。
つまり、この坑道は「地球の魂」まで続いているのだ。
地球の一番重要な、核とも言ってもよい重要部位である魂に通じる経路が、地表から通じる場所にある。
星にとってコレは、許されざる問題であった。
なんせ、自身の最もデリケートな部位に繋がる道が、地表から繋がっているのだ。
人間でいうところの心臓が、外部に露出してるようなモノである。丸見えだ。
なんて、危険な状態なのだろう。
故に、星は解決策として、魂まで続くこの坑道に、「門番」を置くことにした。
星の魂が座す空間を守護する、「門番」。
それは、星が星自身を防衛するための本能。
ガイアの抑止力の一つだ。
その「門番」は、いわば星の最終防衛線。
「門番」には、それに相応しいだけの力が必要とされた。星は新しく、「門番」に相応しい力を持った防衛兵器を創り出そうとする。
星というからには、そこから生まれるものは、生命だ。
つまり、星は生命のカタチをした兵器を創ろうと試みたのである。
しかし、設計図はどうしたものか。
星の魂を任せ得るだけの力を持った生命体、そのモデルはどうしようか。
星は思案した。
その末、星は、決断する。
星の防御結界を突き抜けた、強大な純血竜アルビオン。星は、その竜の生命規模に着目した。46億年の生命情報を持った規格外の生き物の力だ。
星は、門番のモデルケースとして、この生き物を選ぶことにした。
神秘の途絶えた世界から、星の防御結界を撃ち抜いた、竜という怪物の頂点。その力の規模は、実証済みである。
世界の裏側まで届いていたその竜の因子を用いて、「門番」を作成することに決定した。
そうして、星の内海にて生み出され、坑道を守護する任を与えられた、新しき竜。
星の守護者。
星が生み出した生体兵器。
もう一匹のガイアの怪物。
蒼き星の双眸を宿した、白竜。
「────────ぁ」
目覚めたら、そんな類の化け物になっていた。
それが僕です。
ええ………。
僕はどうやら、とんでもない異世界転生を果たしてしまったようだ。
なんせ、ふと、目覚めたら、太陽の光も射さない、地球の奥深くで竜として生まれ変わっていたのである。
目覚めた時、僕は困惑の極みに在った。
そりゃそうだ。
こんなシチュエーションに遭遇して、困惑しない方が、常識というモノに失礼というものである。
どうやら、僕の来世は、ドラゴンだったらしい。
……いや、違うのか。
今の肉体はドラゴンなのだから、「今世」と呼称するのが正しいのか。
しかし、正直に言うと、人間として暮らしてた時間を「前世」としてまだ認識したくない。
自認はまだ人間である。
人間なのだが……現に起こっている出来事だ。
とりあえず、目の前の事象を受け止めるしかあるまい。
整理しよう。
僕は、星の魂を座する空間を守護する竜として生まれた。アルビオンの因子を雛型にして、生まれた新たな竜だ。
そして、坑道を守護という責務は、星という惑星が運営され続ける限り、終わらない。
つまるところ、どうやら、今世の仕事の任期は、"地球が臨終するまで"らしい。
まじか。
復唱しよう。
"地球が臨終するまで"らしい。
まじか。
まじかよ……
仕事の任期が長過ぎるだろ……
もしかしたら、超存在的な価値観の持ち主ならば、「なるほど……承った」の二つ返事でこの使命を受け入れられるかもしれない。僕の父とも呼べる竜、冠位竜アルビオンは46億年の生体情報を持つらしいし。
悠久を生きる超存在、それだけのために生み出された生物兵器ならば、星の命令をしっかりと受け入れるかもしれない。
だが生憎、僕の価値観は、前世から据え置きだ。そんな使命に耐えられる自信は、正直に言ったところ、無い。
現に、使命を授けられたばかりであるが、僕の脳みそは、既に使命が終わった時のことを考え始めている。
星が死ぬのって、いつぐらいになるのだろうか。地球が太陽に飲み込まれるのは……確か、75億年後とかだっただろうか。
途方も無い年月だ。
型月人類が地球を食い潰す……みたいな形で御臨終するのであれば、もっと短い期間で終了する可能性もあるかもしれない。
あとは、外的要因で星が滅ぶというケースとかはどうだろう。
クソでかい隕石とか降ってきたり、侵略破壊超文明一派とか、一般通過
あとは、南米に胎動する例の化け物が目覚めたりとか。
うーむ。
どうだろう。
四十六億年の歴史の中で、カチコんできた星の消滅の危機がORTぐらいであることを鑑みると、
霊長の滅びという意味での「世界の滅び」の可能性は、割とあり得るケースはある。それこそ聖杯戦争とか、環境汚染による自滅とか。あとは、かつて襲来したヴェルバーの尖兵とか。
人類にとっての世界を滅ぼすなら、人類を地表の物理法則テクスチャごとひっぺがせばよい。
人類の認識上の世界とは、地球の上に引かれた絨毯のようなもの。星の表層さえ何とかすれば、彼らにとっての世界は滅ぶ。
人類にとっての世界を滅ぼす方法は、無いわけではないのである。
しかし、彼らの世界ではなく、その敷物の下である、この星そのものが死亡するというケースは、非常に稀なのではないか。
星という天体の健在性は、46億年以上の生存という事実が証明している。
星が突発的に終わることは、あり得ないのだ。
真の意味で、「世界」が滅ぶことはあり得ない。
故に、僕の責務は、未来永劫と言っても過言では無い年月を要することを意味する。
「気が遠くなる」といったレベルの話では無い。
人間が想定出来る話の規模を、軽くすっ飛ばしてやがるのである。
………。
「人間五十年」と舞った織田信長が本能寺で死んだのは確か、1582年だったか。
彼の死から4〜500年経った二十一世紀。
その時代で、人類は野生で暮らす頃とは隔絶した、長い寿命を手に入れた。
それは、「人間五十年」と舞った信長の二倍。
人間は、「100歳まで」生きているようになった。「人間百年」時代の到来だ。
そんな21世紀の人類でも、変なことに手を染めず、その上で健やかに生きて、ようやく手に入れることが出来るのが、100年という天寿だ。
「人間百年」。
それは、これまでの人類史を積み重ねて勝ち取った、人間の叡智の結晶だ。
動物としては破格の稼働時間を誇るようになった、人間の誇り。
ただ、それはあくまで、動物の中での話だ。
天体の天寿には、人類のたかが一個体の寿命では、追従することは叶わない。
数十億という年月の中で存り続ける天体に、人間の手は届かない。そもそも、肉体という枷を付けられている人間は、天体と共に生き続けられるように造られていない。
自身の身の丈に合った老化をし、朽ちていくのが人間なのだ。
人間の肉体、そして肉体に芽生えた知性、精神は、天体の活動周期に耐えられない。そんな人間の精神が、ヒトでない器に降り立ったとすれば。たとえば、ドラゴンに降りたとしたら、人間の心は、天体の運営に追従することが可能なのか?
分からない。
それは、そうだ。
生きて精々百年の人間が、想定出来るレベルの話ではない。
人間、その中でも平凡な、平均的な個体。
いわゆる、凡夫であった僕には、この問いに対する答えを出すことができなかった。
これからの未来への展望を夢想するほど、僕が僕として在り続けられるビジョンが全く浮かばない。
僕の精神は、この苦行にいつまで耐えられるのだろうか。僕はいつまで、正常に在り続けられるのか。頭の中には、この先への不安ばかりが込み上げてくる。
しかし、幾ら空想と妄想を織り込んで将来に耽っても、これから負わされるであろう僕の責務は何も変わらない。
否でも応でも、僕は星の門番としての仕事を、果たさなければならない。
僕は鎮座し、坑道の彼方へ視線を移す。
その威容を以て、侵入者の生命機能を捻り潰すために、この軀は生まれてきた。
しかし、僕が睨め付けた先は、いつかは来るかもしれない侵入者ではない。
それは、それはこんな星の下に生まれたことへの宿業、または運命といった、そういうものに対する八つ当たりでもあった。