立香との話し合いは続く。
僕は文明社会にとって、劇薬過ぎる存在であった。正直言って、訪れるべき存在では無いだろう。しかし彼女は、そんな僕に解決案を提示してくれた。
「確かに、マギスフェアに来たら大惨事になる。けど、打つ手が無い訳じゃない。マギスフェアは、地上に比べて腕利きの魔術使いが集まってくる。それは、魔道具……魔術礼装のことにも言えるの」
それは、つまり。
「マギスフェアの市場には高性能な魔術礼装が集まってくる。その中には、装着者の姿を誤認させる認識阻害の礼装だってある。認識阻害の魔術を君に掛けることは出来ない。なんせ、どんな腕の良い魔術師だって、君を直視してしまえば、へにょへにょになっちゃう。でも、礼装の術式を使うのが君自身であれば、ちゃんと認識阻害を掛けられるはず」
………認識阻害の礼装、か。
「でも、そんな高性能な魔道具、手に入れるのは難しくはないの?この手の道具は高いっていうのが相場じゃない?」
「まぁ、そうだよね。うん。正直言うと、すごい高い。気軽に買えるものではないね。でも、ランスロットの存在感を完全に打ち消すには、それなりに高性能なものじゃないと効果にならない。だから────これを元手にして、礼装を購入しようと思う」
立香は、バッグに手を入れる。
そこから、一つの試験管と厳重に保管されたタッパーを取り出した。
「これは水霊の雫で、こっちは水袋。これは、君が倒したケルピーから出たものなんだけどね。この二つって、すごい貴重品なんだ」
二つの戦利品を僕に見せつけ、彼女は続ける。
「霊墓アルビオンの原生生物において、魔術師が対処出来るのは二割程度しかいない、っていうのは言ったよね。ケルピーはその二割から外れた、通常では対処出来ない怪物なの。それ故に、怪物の身体の一部は特級の貴重品として扱われ、通常の発掘物よりも、非常に高値で取引されるの。つまり、この二つを売れば結構なお金になるんだ。これを売却して得たお金で、礼装は買わせてもらおうと思う」
僕が倒した、怪物たちの素材。
なるほど。その手があったか。
「ランスロットは、そのままじゃ都市には入れないから、迷宮の入り口付近で待機。その間に私は素材を質に入れて、礼装を購入して待機場所まで持ってくる。その後、改めて一緒にマギスフェアに行く。どう?これでいいかな?」
「そうだね。……うん、異論はないよ。それで行くのが、僕はベストだと思う。……だけど、まぁ。一つくらいは思う事はある」
「思う事って?」
「やっぱ、キミには助けられてばっかだ、ってことさ」
これまでも。そして、これからもだ。
思わず肩をすくめてしまう。
だって、そうだろう。
ここまでの迷宮攻略の方策は、全て藤丸立香によって提案されたものであり、それに従う形で、僕はそれに付いてきた。それに、彼女は僕に作戦プランを明確に提示した上で、僕に納得出来るかどうかをちゃんと確認し、配慮する姿勢まで見せてくれた。それに、僕は一回も反対しなかった。
実際、それは合理的な指針であった。
僕は、この地下迷宮では毛も生えてないような素人である。故に、迷宮攻略について口を出すのは非効率の極みだ。
そこで、力だけはある僕をある意味武器として運用して。迷宮に精通した彼女自身が、僕という兵器を運用して実際に踏破する。
この探索スタイルは、非常に道理に合っていた。
故に、僕がやったことと言えば、彼女の指示を聞いて、それに従っていただけだ。
この二日間、僕がやったことは、ただそれだけなのである。
この二日間の迷宮踏破はずっと、立香におんぶに抱っこであった。
迷宮攻略は、後少しで終わりだ。
しかし、迷宮を攻略した後の僕の生活の指針についても、彼女に任せっきりになってしまうなんて。
このままだと、僕の道行全てが彼女の世話になってしまうのではないか、なんて錯覚してしまう。
「……んー。助けて貰ったのはこっちだ、って言ったばっかなのに。でも、その顔を見てると、何を言ってもダメそうね」
「頑固なのが、取り柄ですので。でも、そうだね。キミとの迷宮進行は、悪い気がしなかった。この時間は本当に心地が良くて。この調子だと、これからの生活でも、キミにずっと世話を焼かれ続けてしまいそうだ。それも悪くないな、ってちょっと思っただけだよ」
そう言った瞬間、立香がぽかん、とした顔になってしまった。
あれ。何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。
僕がそう思案する間。
彼女は、口元が緩み、片手で笑みを隠し、ニマニマと笑い始めた。
「へぇ………へぇ。ランスロット。もしかして君って、私にずっと一緒にいて欲しいって思ってるってコト?……ふふっ。嬉しいこと言ってくれるね〜」
あ……、迂闊なワード選びだったか。確かに、コレでは遠回りにずっと一緒にいて欲しいって言っているようなものだ。思い返すと、ちょっとキザ過ぎる。これじゃあ愛の告白と捉えられても文句は言えない。
「……そういうことじゃなくて!このままの勢いでいくとそうなっちゃいそう、っていう冗談!あくまで、冗談です!」
「えぇ〜本当で御座るか?」
「本当に冗談です!話半分で聞いて下さい!」
「ふふっ、分かってる。分かってるって」
そうカッカしなさんな、と言わんばかりに、彼女は、手の平を煽ぐ。
う……揶揄える余地を見せてしまった僕が悪いね、コレは。
……今思ったが、彼女。僕を弄るのをちょっと楽しんでるな。藤丸立香はどうやら、からかい上手でしたか。……なるほど。
此処の君は、そういう子なんだね。
……ただ単に、僕が弄りやすい性格してるだけかもしれないけど。
キャンプの篝火は、ゆらゆらと揺れて。
そんなこんなで、時間は過ぎていく。
少しの歓談、栄養補給、仮眠。
それらを経て、休憩は終わり。
大地に足をつき、この地を後にする。僕たちはマギスフェアへの道へと、足を踏み出した。
迷宮を進行する。
洞窟を歩き、大群の甲虫を避け、立香を抱えながら極彩色の河川を飛び越える。
遭遇した中型キメラを殴り飛ばす。
そして、歩みを続ける。
石垣のような坂を登って、一面の青い花畑を通り抜け………た所。花畑を泳ぐ背鰭が、少し遠くから迫ってきた。
すらり、すらり。背鰭が泳いでいる青い花弁は、まるで大海原のよう。
どんどん近づいて来た影に身構える僕たち。
あと、僕たちまで3m。
そんな中、その背鰭の持ち主が花弁を散らせ、飛び出して来た。
飛び出してしてきたのは……なんと。
サメであった。
しかも、ただのサメではない。
ずんぐりむっくりな、二足歩行のサメであった。どうやらヒレで泳ぐのではなく、その足でこちらまで近づいてきたらしい。
なんと珍妙な姿か。しかし、どこか愛らしい体型とは裏腹に、その牙は確実に人を喰い散らかすためだけの殺戮機構であった。怖っ。
サメの犠牲者と言えば、愚かな若き男女の二人組。セオリー通りに死にたまえ、と言わんばかりに、こちらへと食らいついて来た。
しかし、相手が悪かった。彼が相対していたのは、獲物でも、
僕は上空から迫り来るサメに対し、身体を捻り、跳んで、回し蹴りをぶち込む。
「話が違うぞ?!」と言わんばかりに、サメの顔は萎み、そのままサメは、ぴゅー、っと彼方まで飛んでいってしまった。
そうして、近くに背鰭は見当たらなくなった。
「……なんだったんだ?アレ。サメ……?」
「海賊鮫、と呼ばれている原住生物だね。
四肢が短くて、ずんぐりむっくりしてる身体故に、足がすごく遅くて。アルビオンの中では、狩猟がすごく簡単な生き物なんだ。この種なら、私でも倒せるぐらい」
「
「ん……出現する生物が、弱くなってる。どんどん、入り口に近づいてきたね」
深部になるほど、迷宮の神秘は濃くなり、そこに生息する生物も、その環境に伴って、強力な存在として地を跋扈する。
であれば。生き物が弱くなっていけば、そこの神秘は薄くなっていく。つまり、階層を登っている、ということだ。
謎の二手二足のサメに、花畑で襲われるなど、トンチキな目にも遭いはしたが。迷宮への入り口まで、後もう少し、と言うワケだ。
入り口まで、後少し。
止めた足の、歩みを続ける。
あと十層。
剣のような巌をくぐり抜ける。
あと九層。
浮遊する湿林を踏破する。
あと八層。
羊の羽毛のような、草原を歩く。
あと七層。
砂塵舞う、青黒い荒野を駆ける。
あと六層。
蔦が絡み合い、大きな綱のようになった、一本道を通る。
あと五層。
翠色の岩壁に沿って、V字の谷を抜ける。
そして、四層。
幾つもの石柱が乱立し、現代アートじみた、不可思議な石塔が立つ広陵地帯へと辿り着いた。そこは、霊墓アルビオンにおける、迷宮部分への出入り口。僕たちは、迷宮第四層まで、辿り着いた。
ここから先は、人類の領域。
発掘都市マギスフェアまで、目と鼻の先であった。