霊墓アルビオン、地下迷宮のファースト・ステージ。採掘都市マギスフェアの眼前。
第四層に、僕たちは辿り着いていた。
立香が先行してマギスフェアへと向かい、暫くの時間が経過した。立香が戻ってくるまで、僕は待機。
広陵地帯を見渡して、分かったが。
この迷宮の入り口、第四層の広陵地帯は、これまで見て来たアルビオンの異界にも、引けを取らないヘンテコな世界であった。
ここでは、奇怪な形の岩石がおびただしく重なっているのである。球体。あるいは、三角錐。 あるいは……星型八面体。
………あれってもしかして、星晶石じゃね?
まるで、灰色の星晶石のように見える。
明らかに僕よりも大きい、巨大な灰色のトゲトゲ。あれは2mくらいはあるだろう。球体から星晶石じみた奇形の岩石まで。様々な図形が重なり合っている。
まるで、芸術家というよりは、巨人の子供が、奔放な心の赴くままに捏ね上げた、粘土のようであった。奇跡なバランスによって、その奇怪な石塔は、建てられていた。
いや、常識的に考えればこの塔の岩石、幾つかの部分は、崩れていないとおかしいような積み重なり方をしている。しかし、この石で積み上げられた塔は、未だに崩壊する様子を見せない。
何だこれは。見てるだけで、こっちの平衡感覚がイカれてしまいそうになる。そんな岩石の塔の岩と岩の間には、ヒト一人分が入れるほどの、ちょうどいい隙間があった。
僕はこの隙間に、小一時間ほど、お世話になっていた。シュルレアリスムの絵画の中に、迷い込んでしまったような変な感じはするが、案外居心地は良い。灰色の広陵、そこで吹く乾いた風を凌げる場所。この階層で最も快適な場所であるに違いない。
それに、僕がここから外に出てしまうのは、良くない。僕の顔面は、魔術師にとって凶器。そんな壊滅的な視覚兵器が、地下迷宮の入り口で、突っ立ってるワケにはいかない。
視界に一度でも入れようものなら、魔術師たちは、暫くは魔術が使えなくなる。僕がもし、あそこで突っ立ってたら、探索者達の脳がぶっ壊され、迷宮に入る前に魔術が使えなくなってしまうだろう。迷宮探索者たちへの完全な営業妨害である。見ず知らずの他者の迷惑になるのは………やめようね!
そんなワケで。
僕はこうやって、目立たない場所に隠れているのだ。誰の目も届かない場所に、目立たないように隠れる。出来るだけ、人に迷惑が掛からないようにする。
そうやって、冷たい石の中で座り込んでいたらふと、かつての自分、自身が巨竜であったあの時間を思い返してしまう。冷たさも温かさも何も感じない、あの地の最果てに、ただ在るだけのあの日々を。
冷たい石から、手を離し、空へと掲げる。
自身の腕が、視界に入る。
白くて、滑らかで。細くて。
まるで、白魚のような腕であった。
ヒトの腕であった。
しかし、僕の本当の腕は、こんなモノでは無かった。
白い肌の腕を、幻視する。
それは、腕では無かった。
どんな鉱物よりも、遥かに硬い鱗で覆われた前足。全てを貫き、裂く鉤爪。
誰かを抱くための腕ではなく、何かを滅ぼすための機構。それは兵器の部品じみていた。
何がヒトの腕だろうか。笑わせる。
本来の僕に、そんなモノは付いていない。
今掲げている僕の腕は、ただの欺瞞の産物だ。
ただ、躯体をヒト型へと変えても、魔術礼装で認識を阻害させたとしても。
幾ら欺瞞を重ねたとしても、僕は、人間ではない。人恋しくなって、人間社会へと紛れ込もうとする異物であり、怪物である。あくまで人間たちの立場に立って考えると、害獣のようなものなのだ。
怪物には、怪物が居るべき場所があり、人間には、人間が生きるべき社会がある。ならば、怪物は、人間の生きるべき社会に居るべきではない。怪物は排斥されるべき存在だ。
しかし、道理を捻じ曲げながら僕は此処まで歩いて来た。僕は、人間社会に来るべきではなかったのかもしれない。
しかし。
あの坑道で一人で佇むのは、耐えられなかった。あそこで、星の終わりまで待ち続けて。
人の心を忘れ、心だったものが、いつか人間性の残滓になってしまうのは、耐えられなかった。
僕は此処まで来るべきではなかったのかもしれない。けれど、来てしまったのだ。ならせめて、僕が出来る範囲でこの社会に馴染むよう、努力をする。秩序を乱さないように、序列を乱さないように。郷に入れば、郷に従うのだ。彼らに、迷惑を掛けたくない。それは、かつて人間であった竜として、僕はそう思うのだ。
あぁ、でも。
人間社会はもうすぐそこだ。
そう思うと、心が躍る。
なんせ人々の営み、街を見るなんて100年ぶりだ。此処から僕は、多くの人と会うのだろう。
それが、僕は楽しみでしょうがない。
初めて会えたヒト、立香の出会いは、良いものであった。人と会い、人と語らい、人と笑う。足並みを揃えて、協力し合う。縄張りで居座ってるだけでは感じることのない感動を、彼女との冒険で、僕は味わうことが出来た。此処までの数日間の旅路を、思い返すと、楽しくてしょうがない。きっと、これからも、楽しいことがいっぱいあるのだろう。
興奮で、体に熱を帯びる。
それに対し、温まった僕の背中へと、岩石の冷たさがひんやりと伝導する。
その冷たさは、きっと人間社会の輪に入ることの後ろめたさだ。
興奮と自戒。
二つの念が、僕の躯体の中で渦巻いていた。
いわゆるそれは、希望と不安と呼ばれるものに、近いかもしれない。新しい生活に寄せる、想い。新しい場所へと移る際に、付き物の情動。人間たちが、当たり前のように持っているモノだ。怪物だの何だの、大層なコトを言って来た僕だったが、実際のところ、僕と人間の精神は、あまり変わらないのかもしれない。
でも、それは、僕の人間性が残滓ではなく、ちゃんと実在している、という証明の証のようで、悪い気がしない。
「───本当に、悪い気はしないな」
「ほぅ、ランスロット。何が悪い気はしないの?」
────うわぁ!?
そうやって、改めて頭上を見上げると、そこには橙色の髪、琥珀のような黄色の瞳の少女。
藤丸立香がちょこんと立っていた。
「こほん。な、なんでもないよ。ただの独り言さ」
「えぇ〜、気になる言い回しだなぁ……でも、その前に、だね。ランスロット、お待たせ。時間は掛かったけど、例のブツは用意できたよ。……ほら」
そう言って彼女は、一つのイヤリングを掲げた。美しい細工が施された、金のイヤリングだ。
「ありがとう。これが……認識阻害の礼装」
「そう。イヤリング型の限定礼装。ねぇ、早速付けてみてよ」
彼女に促されて、イヤリングを耳に装着する。
「……どうかな?」
「おぉ!ばっちり似合ってるよ。やっぱり私の目に狂いはなかったね〜」
ふんす、と言わんばかりの表情で、太鼓判を押してくれた立香。
似合っている、か。
そうか、そうか。
「ははっ、いいね。嬉しいよ。女の子に褒められて悪い気はしないからね」
「でしょう?ふふん。
私をもっと崇め奉ってくれてもいいんだよ?」
「ははーっ」
大袈裟に、仰ぐポーズをとる。
立香の背後に、光輪が見えてきた。
おぉ……なんて神々しいんだ。
まさに救世主。
立香大明神を前に、僕は傅き、仰ぐことしかできない。
「ほっほっほ。宜しい。宜しい。
では、こちらの方も渡しておきましょう!」
サンタクロースめいた上機嫌な笑みを浮かべ、彼女は袋を一つ僕に渡して来た。
「こっちが衣服。シューズもソックスもあるから。服を着たらこっちの方も履いてね」
「おお……ありがとう、立香大明神」
ありがとう、立香大明神。
フォーエバー、立香大明神。
「ふふっどういたしまして!
ん……立香大明神?………?
……まぁ、いいでしょう。
この布で足を洗った後、着替えたら塔の外に出て来てね。それまで待ってるよ」
そう言って、彼女は石の隙間を去っていった。
僕は渡された服から、衣服を取り出し、そして身に付けていく。靴下を履き、靴を履く。
所要時間はニ分ほど。そうして、石の隙間をよじ登り、外へと飛び出した。
「お待たせ、立香」
「うん、うん。じゃあ出発しますか」
僕たち二人で四本の足の歩みが、進み始める。
障害物、怪物が居ない中、前へ前へと進み続ける。
そうして、僕たちは辿り着いた。
アルビオンの橋頭堡。
人類の生活圏。
発掘作業の拠点。
商業と学術の都市。
採掘都市マギスフェアへと辿り着いたのである。