境界の竜、その仔   作:楼ノ卦

11 / 16
11.展望-3

 

 

 

霊墓アルビオン、地下迷宮のファースト・ステージ。採掘都市マギスフェアの眼前。

第四層に、僕たちは辿り着いていた。

 

 

立香が先行してマギスフェアへと向かい、暫くの時間が経過した。立香が戻ってくるまで、僕は待機。

 

 

 

広陵地帯を見渡して、分かったが。

この迷宮の入り口、第四層の広陵地帯は、これまで見て来たアルビオンの異界にも、引けを取らないヘンテコな世界であった。

ここでは、奇怪な形の岩石がおびただしく重なっているのである。球体。あるいは、三角錐。 あるいは……星型八面体。

 

 

………あれってもしかして、星晶石じゃね?

まるで、灰色の星晶石のように見える。

 

 

明らかに僕よりも大きい、巨大な灰色のトゲトゲ。あれは2mくらいはあるだろう。球体から星晶石じみた奇形の岩石まで。様々な図形が重なり合っている。

 

 

まるで、芸術家というよりは、巨人の子供が、奔放な心の赴くままに捏ね上げた、粘土のようであった。奇跡なバランスによって、その奇怪な石塔は、建てられていた。

 

 

いや、常識的に考えればこの塔の岩石、幾つかの部分は、崩れていないとおかしいような積み重なり方をしている。しかし、この石で積み上げられた塔は、未だに崩壊する様子を見せない。

 

 

何だこれは。見てるだけで、こっちの平衡感覚がイカれてしまいそうになる。そんな岩石の塔の岩と岩の間には、ヒト一人分が入れるほどの、ちょうどいい隙間があった。

 

 

 

僕はこの隙間に、小一時間ほど、お世話になっていた。シュルレアリスムの絵画の中に、迷い込んでしまったような変な感じはするが、案外居心地は良い。灰色の広陵、そこで吹く乾いた風を凌げる場所。この階層で最も快適な場所であるに違いない。

 

 

それに、僕がここから外に出てしまうのは、良くない。僕の顔面は、魔術師にとって凶器。そんな壊滅的な視覚兵器が、地下迷宮の入り口で、突っ立ってるワケにはいかない。

 

 

視界に一度でも入れようものなら、魔術師たちは、暫くは魔術が使えなくなる。僕がもし、あそこで突っ立ってたら、探索者達の脳がぶっ壊され、迷宮に入る前に魔術が使えなくなってしまうだろう。迷宮探索者たちへの完全な営業妨害である。見ず知らずの他者の迷惑になるのは………やめようね!

 

 

 

 

 

そんなワケで。

僕はこうやって、目立たない場所に隠れているのだ。誰の目も届かない場所に、目立たないように隠れる。出来るだけ、人に迷惑が掛からないようにする。

 

 

 

そうやって、冷たい石の中で座り込んでいたらふと、かつての自分、自身が巨竜であったあの時間を思い返してしまう。冷たさも温かさも何も感じない、あの地の最果てに、ただ在るだけのあの日々を。

 

 

 

冷たい石から、手を離し、空へと掲げる。

 

 

自身の腕が、視界に入る。

 

白くて、滑らかで。細くて。

まるで、白魚のような腕であった。

ヒトの腕であった。

 

 

しかし、僕の本当の腕は、こんなモノでは無かった。

 

 

白い肌の腕を、幻視する。

 

 

それは、腕では無かった。

どんな鉱物よりも、遥かに硬い鱗で覆われた前足。全てを貫き、裂く鉤爪。

 

 

 

誰かを抱くための腕ではなく、何かを滅ぼすための機構。それは兵器の部品じみていた。

 

 

 

何がヒトの腕だろうか。笑わせる。

本来の僕に、そんなモノは付いていない。

今掲げている僕の腕は、ただの欺瞞の産物だ。

 

 

 

ただ、躯体をヒト型へと変えても、魔術礼装で認識を阻害させたとしても。

 

 

幾ら欺瞞を重ねたとしても、僕は、人間ではない。人恋しくなって、人間社会へと紛れ込もうとする異物であり、怪物である。あくまで人間たちの立場に立って考えると、害獣のようなものなのだ。

 

 

 

怪物には、怪物が居るべき場所があり、人間には、人間が生きるべき社会がある。ならば、怪物は、人間の生きるべき社会に居るべきではない。怪物は排斥されるべき存在だ。 

 

 

 

しかし、道理を捻じ曲げながら僕は此処まで歩いて来た。僕は、人間社会に来るべきではなかったのかもしれない。

 

 

 

 

しかし。

あの坑道で一人で佇むのは、耐えられなかった。あそこで、星の終わりまで待ち続けて。

人の心を忘れ、心だったものが、いつか人間性の残滓になってしまうのは、耐えられなかった。

 

 

 

僕は此処まで来るべきではなかったのかもしれない。けれど、来てしまったのだ。ならせめて、僕が出来る範囲でこの社会に馴染むよう、努力をする。秩序を乱さないように、序列を乱さないように。郷に入れば、郷に従うのだ。彼らに、迷惑を掛けたくない。それは、かつて人間であった竜として、僕はそう思うのだ。

 

 

 

あぁ、でも。

人間社会はもうすぐそこだ。

そう思うと、心が躍る。

なんせ人々の営み、街を見るなんて100年ぶりだ。此処から僕は、多くの人と会うのだろう。

それが、僕は楽しみでしょうがない。

 

 

 

初めて会えたヒト、立香の出会いは、良いものであった。人と会い、人と語らい、人と笑う。足並みを揃えて、協力し合う。縄張りで居座ってるだけでは感じることのない感動を、彼女との冒険で、僕は味わうことが出来た。此処までの数日間の旅路を、思い返すと、楽しくてしょうがない。きっと、これからも、楽しいことがいっぱいあるのだろう。

 

 

 

 

興奮で、体に熱を帯びる。

 

 

それに対し、温まった僕の背中へと、岩石の冷たさがひんやりと伝導する。

その冷たさは、きっと人間社会の輪に入ることの後ろめたさだ。

 

 

興奮と自戒。

二つの念が、僕の躯体の中で渦巻いていた。

 

 

いわゆるそれは、希望と不安と呼ばれるものに、近いかもしれない。新しい生活に寄せる、想い。新しい場所へと移る際に、付き物の情動。人間たちが、当たり前のように持っているモノだ。怪物だの何だの、大層なコトを言って来た僕だったが、実際のところ、僕と人間の精神は、あまり変わらないのかもしれない。

 

 

 

でも、それは、僕の人間性が残滓ではなく、ちゃんと実在している、という証明の証のようで、悪い気がしない。

 

 

 

 

 

 

 

「───本当に、悪い気はしないな」

 

 

 

 

 

 

 

「ほぅ、ランスロット。何が悪い気はしないの?」

 

 

 

 

────うわぁ!?

 

 

 

そうやって、改めて頭上を見上げると、そこには橙色の髪、琥珀のような黄色の瞳の少女。

藤丸立香がちょこんと立っていた。

 

 

 

「こほん。な、なんでもないよ。ただの独り言さ」

 

 

 

「えぇ〜、気になる言い回しだなぁ……でも、その前に、だね。ランスロット、お待たせ。時間は掛かったけど、例のブツは用意できたよ。……ほら」

 

 

そう言って彼女は、一つのイヤリングを掲げた。美しい細工が施された、金のイヤリングだ。 

 

 

 

「ありがとう。これが……認識阻害の礼装」

 

 

 

「そう。イヤリング型の限定礼装。ねぇ、早速付けてみてよ」

 

 

彼女に促されて、イヤリングを耳に装着する。

 

 

 

「……どうかな?」

 

 

「おぉ!ばっちり似合ってるよ。やっぱり私の目に狂いはなかったね〜」

 

 

ふんす、と言わんばかりの表情で、太鼓判を押してくれた立香。

似合っている、か。 

そうか、そうか。

 

 

「ははっ、いいね。嬉しいよ。女の子に褒められて悪い気はしないからね」

 

「でしょう?ふふん。

私をもっと崇め奉ってくれてもいいんだよ?」

 

 

「ははーっ」

 

 

大袈裟に、仰ぐポーズをとる。

 

 

立香の背後に、光輪が見えてきた。

おぉ……なんて神々しいんだ。

まさに救世主。

立香大明神を前に、僕は傅き、仰ぐことしかできない。

 

 

「ほっほっほ。宜しい。宜しい。

では、こちらの方も渡しておきましょう!」

 

サンタクロースめいた上機嫌な笑みを浮かべ、彼女は袋を一つ僕に渡して来た。

 

 

「こっちが衣服。シューズもソックスもあるから。服を着たらこっちの方も履いてね」

 

 

「おお……ありがとう、立香大明神」

 

 

ありがとう、立香大明神。

フォーエバー、立香大明神。

 

 

 

「ふふっどういたしまして!

ん……立香大明神?………?

……まぁ、いいでしょう。

この布で足を洗った後、着替えたら塔の外に出て来てね。それまで待ってるよ」

 

 

そう言って、彼女は石の隙間を去っていった。

 

 

 

僕は渡された服から、衣服を取り出し、そして身に付けていく。靴下を履き、靴を履く。

所要時間はニ分ほど。そうして、石の隙間をよじ登り、外へと飛び出した。

 

 

「お待たせ、立香」

 

 

 

「うん、うん。じゃあ出発しますか」

 

 

 

僕たち二人で四本の足の歩みが、進み始める。

 

 

 

障害物、怪物が居ない中、前へ前へと進み続ける。

 

 

そうして、僕たちは辿り着いた。

 

 

 

アルビオンの橋頭堡。

人類の生活圏。

発掘作業の拠点。

商業と学術の都市。

 

 

 

採掘都市マギスフェアへと辿り着いたのである。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。