境界の竜、その仔   作:楼ノ卦

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13. 発掘都市-2

 

 

 

 

そんな具合で、談笑しながら、マギスフェアを練り歩いていると。

 

 

 

「ランスロット。そろそろ着くよ。ほら、あそこの角を曲がったところ」

 

「なるほどね。了解、立香」

 

 

 

そうやって、角を曲がったその先には、一つの大きめな家であろう建造物が存在していた。

これが、立香の家か。確かに、霊墓アルビオンの建物には、未だ慣れていない。けれど、これは家というより、ハイブ・バビリオンで見た、研究館に似ているような……?

 

 

立香は、先陣を切って玄関にノックした後、魔法鍵を取り出し、扉の鍵穴へと刺し、鍵を開けた。そうして、ドアを開こうとした瞬間。

 

 

ドアの取手を握る前に、ドア自体が、勢いよく開いた。

 

 

 

「──────────リツカっ!!!」

 

 

そう叫んで飛び出して来たのは、一人の老人であった。

 

 

背は低くなく、身体付きは、しっかりとしていて、健康的な男だ。しかし、その顔は逼迫したモノであった。まるで、大切な孫娘が、雪山で遭難し、行方不明になった報告を受けた、家族想いの祖父のような表情をしていた。

 

 

 

おそらく、彼こそが、立香の言う「お爺ちゃん」なのだろう。

 

 

 

「リツカ、おまえ……おまえのチームの衆が、オマエが行方不明者になったって、半日前に伝えられて……!」

 

「あぁー。そうだね。あの時、チームの皆と逸れちゃったんだけど。でも、なんとか。ここまで戻って来れたよ」

 

「……あぁ、くそ。心配かけさせやがって。

だが、生きててよかった。本当によかった」

 

「心配掛けてごめんね、お爺ちゃん」

 

「あぁ、全くだよ。心配させやがって。

あぁ。……よく、五体満足で帰って来た」

 

 

彼は、立香の掌を、両手で強く、強く握っていた。まるで、生存していた孫娘の無事を、世界へと証明するように。

 

 

 

 

「しかしなンだが、どうしてここまで帰ってこれたんだ?チームとあの裂け目(ポータル)で飛ばされた後に、地下上層近くへと繋がった裂け目(ポータル)にでも飛ばされたのか?でも、そうだったら、今日まで時間掛かってねぇよな?」

 

「あぁ、それはね。彼のお陰なの」

 

「………彼?」

 

 

 

こつん、こつんと足畳の上に、歩みを刻み。

そして、お爺さんと対面する。 

 

「はじめまして、藤丸さんのお祖父様。僕は、ランスロットと申します。藤丸さんとは、偶然迷宮の中で巡り会い、協力して、ここまで参りました」

 

「───あぁ、儂はディジェルという。ディジェル・サーベラス。……偶然にも、逸れた人間が、もう一人居た、ということか。なるほど」

 

 

 

 

ディジェル・サーベラス?

知らない名前だ。

原作には居ない人物か。

 

 

 

「んー、ちょっとそれは違うんだけどね。長くなりそうだから、家の中で話すよ」

 

 

 

立香が、家の玄関へと、一歩進んだ。

 

 

 

「ランスロット。オマエさんも、家に入りなさい。孫娘の面倒を見てくれた分の、恩返しをしなきゃならん」

 

「ありがとうございます。…では、失礼します」

 

 

藤丸立香とお爺さんの家へと、足を踏み入れたのであった。

 

 

 

 

 

私たちは、藤丸立香の家に至った。

そうして、居間らしき場所のソファーへと座り、立香が、お爺さんに事情を全て、話した。

 

 

 

 

 

「──────なんともまぁ、トンチキな話があったモンだな」

 

 

 

 

ケルピーの縄張りへの転移。

逃走劇と、僕との出会い。

僕という存在の説明。

僕と立香の迷宮進行。

そして、僕へ客室を貸し与えるということ。

 

 

 

その全てを聞いた、ディジェルさんは、眉間を押さえて、天を仰いでいた。

 

 

霊墓アルビオンという何でもありな都市の住民である彼であるが、何でもありな破茶滅茶な話を聞き続け、理解するのは、かなり梃子摺っているようだ。

 

 

「だがまぁ、相わかった。儂も、ランスロットに客室を貸すのは賛成だ。ほれ。これが、客室の鍵だ。これを持っていなさい。」

 

「ありがとうございます、ディジェルさん」

 

「いいって事よ。あと、リツカ。オマエさん、戻ってきたチームに、己が帰還したこと、報告したのか?」

 

「あ」

 

「今すぐに、2階の礼装で連絡しなさい。急げよ。もう行方不明(ロスト)の探索者の一人として、掲示板に張り出されてたからな」

 

「はいーーー!」

 

 

 

 

ドタバタと、凄い勢いで、立香は2階へと駆け上がっていった。

 

 

リビングには、ディジェルさんと、僕の二人だけが取り残されてしまった。

初対面の人だ。まだ、距離感が残されたまま、二人にさせられるなんて。ちょっと気まずいな。

 

 

 

「リツカは行ったな」

 

「行っちゃいましたね」

 

「なら、オマエさんと二人きりだ。

これなら、積もる話も出来る、ってもんさ」

 

「積もる話、ですか」

 

「応とも。積もる話さ。ほら。これから儂とオマエさんは、同じ家で飯を食う同居人だろ?

これかれは、否が応でも顔を合わせるンだ。

なら、まずは話でもしねぇと人間関係ってモノは始まらないだろ?」

 

 

老人は、そう言って肩をすくめた。

彼の言葉には、長い人生を送り、その人生相応に深まった貫禄、経験が彫り込まれていた。

彼の言ってることは正しい。

 

 

 

 

多分、僕の稼働年月の方が、彼の年齢より上だ。けれど、僕の言葉には、彼のような深みは無い。彼自身が、濃密な時間の中、しっかりと生きていたのとは違って、僕の人生の大半は、ボーっと、虚空を眺めていただけだから。

 

 

 

 

 

彼は、濃密な時間を、真剣に生きて来たのだ。

百年に満たない旅路であったかもしれないが、その旅路には、沢山の悦び、嘆き、怒り、哀しみがあったのだろう。

 

 

 

その人生で醸し出された貫禄に、僕は尊敬の念を抱いてしまう。

 

 

 

大学出てからニート生活二年目の者が、バリバリに働いている同い歳の知人に対する目線って、こういうものなのだろうか。……それとは違うか。まぁ、それは兎も角。

人間の時間というものは、尊いものなのだろう。

 

 

 

 

 

「だが、語らいをする前に、一つやらなきゃいけないことがあったな。儂はまず、オマエさんに、礼をしなければならなかった。

─────ありがとうな、ランスロット。

オマエさんがいなきゃ、リツカは此処に帰って来れなかった」

 

 

祖父からの、孫娘の恩人への礼の言葉。それは、僕にとっては重いものだ。だって、助けられたのは、こちらの方もだ。されど、その感謝を、そのまま受け取ることこそが、彼への誠実さに、繋がる。そんな気がした。

 

でも、彼女は、幾度となく僕に助けられたと言うのです。ですから、きっと、僕たちはお互いを助け合って来たと思うのです。

 

 

 

「どういたしまして、ですね。ありがとうございます。………立香さんは、僕に助けられたと言いましたが、実際のところ、立香さんに助けられていたのは、僕なんです。彼女に礼を言われたことはありましたが、本当は、僕の方が、彼女に礼を言いたかったぐらいで」

 

 

 

そうだ。

 

 

 

「彼女には、幾度となく助けられましたから。

立香さんが、居なければ、僕はどうなっていたか………ですから僕は、僕を助けてくれた立香さんを形作ってくれた、出会いや、環境に感謝しています。その立香さんを"育ててくれた"ような人に対しても、同様です。

さらに、貴方は、客室に僕が滞在することを快諾してくれました。ディジェルさん。本当に、ありがとうございます」

 

 

そう言って僕は、頭を下げた。

 

 

「……リツカが世話になったから、感謝を伝えたら、まさか、逆に感謝されっちまうとはな。

アイツがオマエさんの役に立ってくれたなら、幸いだ。儂は正直、アイツに迷宮に入って欲しくはなかったんだがな。……だが、アイツが探索者をやるようになって、その仕事で助けた相手が、親の儂に感謝を伝えてくるとは。……あいつは、そんなに成長していたのか」

 

 

近くでずっと支えていたモノを、一旦遠くから見てみたら、見間違えるほど、姿が異なって見えた、みたいな。心底、安心しているような。

こういうのを、感慨深い表情というのだろうか。

 

ディジェルさんは、しみじみと、満足そうに、彼女が上っていった階段を、見つめていた。

 

 

 

「──そうですね。立香さんは、立派な方でした。たとえそれが、共にしていたのは、数日間の冒険だけだとしても。立香さんは、信頼に足る人なんだって、僕は思います。でも……そうですね。僕は、立派な立香さんしか知りません。ですから、立派になる前の、小さな立香さんのことは知らないのです。そこで、なのですが。……ディジェルさん」

 

「子供の頃のリツカの話を知りたい、だろ?」

 

「えぇ、そうです」

 

「ふっ。まぁそうだろうな。いいぞ。丁度本人も居ないンだ。赤裸々に語っちまっても構わないかもな」

 

「えっ、いいんですか?!」

 

え……?赤裸々に?!

彼女の幼少のエピソードを、語ってくださるのですか?

 

「オマエさん、すげぇ食い付くのな」

 

「う……ごめんなさい。はしたなかったですね」

 

 

 

恥ずかしい。

きも過ぎたか。

 

 

 

「まァ、野郎はそんぐらい元気があった方が景気がいいからな。元気があんのは、むしろ佳いことよ」

 

「……そう言ってくださるとありがたいです」

 

「応よ。じゃあ、どこから話そうか」

 

「そうですね。僕、一つ気になっていることがあるのです。実は─────」

 

「ほうほう。なる程。それはな─────」

 

 

 

 

蜂の巣、研究棟じみたお家の中で、お爺さんと一緒に話をする。彼の語りに、耳を傾ける。

ソファに座って、目線を合わせ、同じ位相でコミュニケーションをとる。

 

 

取るに足らないような、話だ。

別に、この話を欠いたとしても、生存に支障は無い。そんな話をしなくとも、僕たちは生きていける。

 

 

けれど。

話を聞いて、話をするのは、楽しい。その楽しい、という情動こそが、大切なのだ。この余分こそが、きっと人間には必要なのだと思う。

 

生存には不必要な、趣味というべきもの。それこそが、人間の生命における、歓びであり、娯楽だ。

 

 

己の人生を彩る娯楽。

 

 

 

どこかの黄金の王様は、これを「愉悦」と呼ぶのだろうか。なるほど。これは、中々どうして悪くない。 

 

 

 

共通の知人を話題にした、取るに足らない雑談。

 

 

しかし、それは。

僕にとって、かけがえのない、輝かしい星のような一時であった。

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