そんな具合で、談笑しながら、マギスフェアを練り歩いていると。
「ランスロット。そろそろ着くよ。ほら、あそこの角を曲がったところ」
「なるほどね。了解、立香」
そうやって、角を曲がったその先には、一つの大きめな家であろう建造物が存在していた。
これが、立香の家か。確かに、霊墓アルビオンの建物には、未だ慣れていない。けれど、これは家というより、ハイブ・バビリオンで見た、研究館に似ているような……?
立香は、先陣を切って玄関にノックした後、魔法鍵を取り出し、扉の鍵穴へと刺し、鍵を開けた。そうして、ドアを開こうとした瞬間。
ドアの取手を握る前に、ドア自体が、勢いよく開いた。
「──────────リツカっ!!!」
そう叫んで飛び出して来たのは、一人の老人であった。
背は低くなく、身体付きは、しっかりとしていて、健康的な男だ。しかし、その顔は逼迫したモノであった。まるで、大切な孫娘が、雪山で遭難し、行方不明になった報告を受けた、家族想いの祖父のような表情をしていた。
おそらく、彼こそが、立香の言う「お爺ちゃん」なのだろう。
「リツカ、おまえ……おまえのチームの衆が、オマエが行方不明者になったって、半日前に伝えられて……!」
「あぁー。そうだね。あの時、チームの皆と逸れちゃったんだけど。でも、なんとか。ここまで戻って来れたよ」
「……あぁ、くそ。心配かけさせやがって。
だが、生きててよかった。本当によかった」
「心配掛けてごめんね、お爺ちゃん」
「あぁ、全くだよ。心配させやがって。
あぁ。……よく、五体満足で帰って来た」
彼は、立香の掌を、両手で強く、強く握っていた。まるで、生存していた孫娘の無事を、世界へと証明するように。
「しかしなンだが、どうしてここまで帰ってこれたんだ?チームとあの
「あぁ、それはね。彼のお陰なの」
「………彼?」
こつん、こつんと足畳の上に、歩みを刻み。
そして、お爺さんと対面する。
「はじめまして、藤丸さんのお祖父様。僕は、ランスロットと申します。藤丸さんとは、偶然迷宮の中で巡り会い、協力して、ここまで参りました」
「───あぁ、儂はディジェルという。ディジェル・サーベラス。……偶然にも、逸れた人間が、もう一人居た、ということか。なるほど」
ディジェル・サーベラス?
知らない名前だ。
原作には居ない人物か。
「んー、ちょっとそれは違うんだけどね。長くなりそうだから、家の中で話すよ」
立香が、家の玄関へと、一歩進んだ。
「ランスロット。オマエさんも、家に入りなさい。孫娘の面倒を見てくれた分の、恩返しをしなきゃならん」
「ありがとうございます。…では、失礼します」
藤丸立香とお爺さんの家へと、足を踏み入れたのであった。
私たちは、藤丸立香の家に至った。
そうして、居間らしき場所のソファーへと座り、立香が、お爺さんに事情を全て、話した。
「──────なんともまぁ、トンチキな話があったモンだな」
ケルピーの縄張りへの転移。
逃走劇と、僕との出会い。
僕という存在の説明。
僕と立香の迷宮進行。
そして、僕へ客室を貸し与えるということ。
その全てを聞いた、ディジェルさんは、眉間を押さえて、天を仰いでいた。
霊墓アルビオンという何でもありな都市の住民である彼であるが、何でもありな破茶滅茶な話を聞き続け、理解するのは、かなり梃子摺っているようだ。
「だがまぁ、相わかった。儂も、ランスロットに客室を貸すのは賛成だ。ほれ。これが、客室の鍵だ。これを持っていなさい。」
「ありがとうございます、ディジェルさん」
「いいって事よ。あと、リツカ。オマエさん、戻ってきたチームに、己が帰還したこと、報告したのか?」
「あ」
「今すぐに、2階の礼装で連絡しなさい。急げよ。もう
「はいーーー!」
ドタバタと、凄い勢いで、立香は2階へと駆け上がっていった。
リビングには、ディジェルさんと、僕の二人だけが取り残されてしまった。
初対面の人だ。まだ、距離感が残されたまま、二人にさせられるなんて。ちょっと気まずいな。
「リツカは行ったな」
「行っちゃいましたね」
「なら、オマエさんと二人きりだ。
これなら、積もる話も出来る、ってもんさ」
「積もる話、ですか」
「応とも。積もる話さ。ほら。これから儂とオマエさんは、同じ家で飯を食う同居人だろ?
これかれは、否が応でも顔を合わせるンだ。
なら、まずは話でもしねぇと人間関係ってモノは始まらないだろ?」
老人は、そう言って肩をすくめた。
彼の言葉には、長い人生を送り、その人生相応に深まった貫禄、経験が彫り込まれていた。
彼の言ってることは正しい。
多分、僕の稼働年月の方が、彼の年齢より上だ。けれど、僕の言葉には、彼のような深みは無い。彼自身が、濃密な時間の中、しっかりと生きていたのとは違って、僕の人生の大半は、ボーっと、虚空を眺めていただけだから。
彼は、濃密な時間を、真剣に生きて来たのだ。
百年に満たない旅路であったかもしれないが、その旅路には、沢山の悦び、嘆き、怒り、哀しみがあったのだろう。
その人生で醸し出された貫禄に、僕は尊敬の念を抱いてしまう。
大学出てからニート生活二年目の者が、バリバリに働いている同い歳の知人に対する目線って、こういうものなのだろうか。……それとは違うか。まぁ、それは兎も角。
人間の時間というものは、尊いものなのだろう。
「だが、語らいをする前に、一つやらなきゃいけないことがあったな。儂はまず、オマエさんに、礼をしなければならなかった。
─────ありがとうな、ランスロット。
オマエさんがいなきゃ、リツカは此処に帰って来れなかった」
祖父からの、孫娘の恩人への礼の言葉。それは、僕にとっては重いものだ。だって、助けられたのは、こちらの方もだ。されど、その感謝を、そのまま受け取ることこそが、彼への誠実さに、繋がる。そんな気がした。
でも、彼女は、幾度となく僕に助けられたと言うのです。ですから、きっと、僕たちはお互いを助け合って来たと思うのです。
「どういたしまして、ですね。ありがとうございます。………立香さんは、僕に助けられたと言いましたが、実際のところ、立香さんに助けられていたのは、僕なんです。彼女に礼を言われたことはありましたが、本当は、僕の方が、彼女に礼を言いたかったぐらいで」
そうだ。
「彼女には、幾度となく助けられましたから。
立香さんが、居なければ、僕はどうなっていたか………ですから僕は、僕を助けてくれた立香さんを形作ってくれた、出会いや、環境に感謝しています。その立香さんを"育ててくれた"ような人に対しても、同様です。
さらに、貴方は、客室に僕が滞在することを快諾してくれました。ディジェルさん。本当に、ありがとうございます」
そう言って僕は、頭を下げた。
「……リツカが世話になったから、感謝を伝えたら、まさか、逆に感謝されっちまうとはな。
アイツがオマエさんの役に立ってくれたなら、幸いだ。儂は正直、アイツに迷宮に入って欲しくはなかったんだがな。……だが、アイツが探索者をやるようになって、その仕事で助けた相手が、親の儂に感謝を伝えてくるとは。……あいつは、そんなに成長していたのか」
近くでずっと支えていたモノを、一旦遠くから見てみたら、見間違えるほど、姿が異なって見えた、みたいな。心底、安心しているような。
こういうのを、感慨深い表情というのだろうか。
ディジェルさんは、しみじみと、満足そうに、彼女が上っていった階段を、見つめていた。
「──そうですね。立香さんは、立派な方でした。たとえそれが、共にしていたのは、数日間の冒険だけだとしても。立香さんは、信頼に足る人なんだって、僕は思います。でも……そうですね。僕は、立派な立香さんしか知りません。ですから、立派になる前の、小さな立香さんのことは知らないのです。そこで、なのですが。……ディジェルさん」
「子供の頃のリツカの話を知りたい、だろ?」
「えぇ、そうです」
「ふっ。まぁそうだろうな。いいぞ。丁度本人も居ないンだ。赤裸々に語っちまっても構わないかもな」
「えっ、いいんですか?!」
え……?赤裸々に?!
彼女の幼少のエピソードを、語ってくださるのですか?
「オマエさん、すげぇ食い付くのな」
「う……ごめんなさい。はしたなかったですね」
恥ずかしい。
きも過ぎたか。
「まァ、野郎はそんぐらい元気があった方が景気がいいからな。元気があんのは、むしろ佳いことよ」
「……そう言ってくださるとありがたいです」
「応よ。じゃあ、どこから話そうか」
「そうですね。僕、一つ気になっていることがあるのです。実は─────」
「ほうほう。なる程。それはな─────」
蜂の巣、研究棟じみたお家の中で、お爺さんと一緒に話をする。彼の語りに、耳を傾ける。
ソファに座って、目線を合わせ、同じ位相でコミュニケーションをとる。
取るに足らないような、話だ。
別に、この話を欠いたとしても、生存に支障は無い。そんな話をしなくとも、僕たちは生きていける。
けれど。
話を聞いて、話をするのは、楽しい。その楽しい、という情動こそが、大切なのだ。この余分こそが、きっと人間には必要なのだと思う。
生存には不必要な、趣味というべきもの。それこそが、人間の生命における、歓びであり、娯楽だ。
己の人生を彩る娯楽。
どこかの黄金の王様は、これを「愉悦」と呼ぶのだろうか。なるほど。これは、中々どうして悪くない。
共通の知人を話題にした、取るに足らない雑談。
しかし、それは。
僕にとって、かけがえのない、輝かしい星のような一時であった。