サーヴァントは、夢を見ない。
彼らが寝ている間に何かを見るとしたら、それは、マスターの過去の記憶だけである。霊基の身体には睡眠は必要無い。それは現在、霊基躯体で稼働している自分も、同じことだ。
ベッドに横になりながら、瞳を開ける。現在、ロンドンの現在時刻AM3:00。窓の外を覗いても、外は暗い。太陽の存在しないマギスフェアでは、天井の光量を操作することで、昼夜の概念を地下に持ち込むことを成功していた。
太陽の威光は、恵みは地上には届かない。この地にあるのは、発掘都市の労働者を、効率的に支配し、働かせるための機構だけだ。この地の光は、人々を照らす活力ではなく、人々から搾取するためだけのモノだ。
真の意味の光なき地下世界。
されど、誰もが必死で生き抜く街。
神秘の徒、魔術師達が住まう都市。
地上世界とは異なった人間社会。
マギスフェアに到着して、四週間が経過した。
3時間ほど、書物を自室で読み耽った後、洗面所で顔を洗い、居間へと移動する。居間には立香の祖父、ディジェルさんが、寝巻きではなく、既にちゃんとした服を着て、ソファに座っていた。
「おはよう、ランスロット」
「おはようございます、ディジェルさん。
やはり、ディジェルさんはお早いですね」
「応とも。爺いといえば、早く寝て、無駄に早く起きるってのが相場よ。夜更かしをしがちな若者とは、真反対だな」
「そうですか?でも、ディジェルさんはまだお若く見えますよ」
「世辞はよせやい」
「ははっ。確かに、半分は冗談ですが、もう半分は本気ですよ。ディジェルさんは、お爺さんかもしれませんが、お爺さんはお爺さんでも、元気なお爺さんです。ほら、肌も綺麗ですし。まだ、張りが残ってます。体型もしっかりとしていますし。実際、かなり健康的なのでは?」
「若造りは、魔術師の本領だろうよ。老年魔術師を見てみな。若く見えるヤツは山ほど居るぞ」
工場長とか、赤ザコさんとか、シュポンハイム修道院次期院長さんとか、コルネリウスとか。
まぁ、色々な魔術的な細工を施して、若い身体を維持する魔術師は、多く居る。
けれど、ディジェルさんからは、その手の術式の気配も、魔力を感じないんだよな。
────そもそも、彼は魔術回路を駆動しているのだろうか?
たまにほんのりと、魔力を感じることもあるが、彼からは、魔力を殆ど感じない。
その理由は知らないが、彼の現実的な範囲での活力は、僕が見る限り、純天然モノであるように見える。
「……うーん、明らかに、天然モノだと思うんだけどなぁ」
「まぁ、実際天然モノなんだけどな」
「やっぱそうじゃないですか!」
ニヒヒ、と笑うディジェルさん。
そうやって、朝から居間から彼と談笑していたところ、橙色の髪の少女が、やって来た。寝起きの、まだ眠気が残って来たまま、降りて来たようだ。まだ付けてるナイトキャップが、なんともいじらしい。
「ふぁ〜。……おはよ、お爺ちゃん、ランスロット」
「おはようさん」
「おはよう、立香」
地下迷宮・霊墓アルビオンからの帰還。
人間社会に至った僕が得た日常。その日常の一欠片が、この3人で過ごす朝であった。
靴紐をしっかりと結び、襷掛けのバッグを肩へと掛け、忘れ物はないか、確認する。認識阻害の礼装は、勿論身につけてるとも。
よし。
「じゃあ、ディジェルさん、立香。
行って来ます」
「
「いってらっしゃーい」
腕を振って、彼らの見送りに応える。そうして、この愛しき家から、僕は出発したのである。
……ちなみに、
……治安終わってないか?この街。
……ま、まぁ、ここは魔術師たちの街。時計塔の地下である。まぁ、そういうこともあるだろう。
それに、案ずることは無い。僕に敵う魔術師は、このマギスフェアに存在しない。現代魔術師である限り、色位や典位だろうと、真っ向から捩じ伏せてやる。魔術師の頂点、冠位の魔術師だってそうだ。
ただ、冠位相手だと、遭遇戦なら兎も角、一年間ばっちり準備なんてして来たら、敗北する可能性はある。勝負は、相手が、どんなインチキをして来たかで決まる。
現代において、冠位魔術師はただ一人。あの人が金狼を連れて来た上で、例の魔物を持ち込んで来たら、おそらく僕は普通に死ねる。
………エルダーは無理です。論外です。あいつらは、魔術王ソロモンの直弟子ですから。
あまりにも、自身の戦闘力は脅威的だが、上には上が存在する。圧倒的な力にかまけて、粋がるなんてことはすべきではない。
そんなことしてたら、いつ「───しかし、そこには例外が存在する」展開をされるか、たまったもんじゃない。
読者としては、そういう激アツ展開は大好物なのだが。自身がやられるとなれば、話は別だ。
型月、fateの世界に怪物として生きてる以上、驕らないことが重要なのだ。どんなに強くても、いつ、
……ただ、悪党の野蛮人たちに、一方的にボコボコにされる事態のような、馬鹿みたいな展開は無いと信じたい。
これでも僕は、竜の端末なのだ。
木端の魔術使いたちに、負けるわけにはいかないだろう。
このように、僕の肉体的な強さは、超一級品の規格外だ。単純な身体能力で、僕を上回るようなヤツはそうそう居ない。
……ただ、それは単純な肉体的な強さだけの話だ。僕は、それ以外の戦闘手段を知らない。
生態機能によるゴリ押ししか、能がないのだ。
そんなゴリラ野郎が、現在住んでいる場所こそが、魔術師の都市マギスフェアだ。
ここは、魔術師の街だ。この街に住んでいる者全員全てが、神秘に携わる者たちなのだ。
もしかしたら、このマギスフェアで僕は唯一の、魔術師ではない住人なのかもしれない。
作品の部分的な知識こそはあるものの、僕は、魔術師が常識としているような魔術知識については、門外漢もいいところだ。僕は、この街の常識も、迷宮と魔術についての知識も、何も知らない。
ここは、魔術師の社会だ。
なら、その魔術社会に住まうならば。その社会に属する者として、相応の知識と振る舞い、能力を持たなければいけない。
そこで、なのだが。
人間社会において、相応の知識と振る舞い、能力。それらを十分に持たぬ若者達が、それらを得るために赴く場所があるのは、知っているだろうか?
僕の覚えが正しければ、そのような場所を、人々は、「学校」と呼んでいた。人々に教育を施し、社会で生きていく術を教える場所である。
現代社会において、必須とされる教育機関。
それは、地下深くに存在する発掘都市マギスフェアにも存在していた。
それは、魔術学校キルバイア。
アルビオンの住人として、相応の知識、振る舞い、能力を持たぬ僕は、その霊墓の「学校」へと、現在通っていた。魔術学校キルバイアは、"発掘都市マギスフェア"の都市部、発掘区画に位置する学校だ。
マギスフェアの都市部は、四つの区画で構成されている。
1.管理区画パラデニオン
2.資材区画カリディース
3.発掘区画ソホボトム
4.学術区画マギスフェア
という具合だ。
アルビオンには、秘骸解剖局と呼ばれる、アルビオンを管理する組織が存在する。秘骸解剖局は、全体を運営する「管理部門」、発掘・探索のための道具を提供する「資材部門」、発掘者たちが所属する「発掘部門」の三部門で構成される。
そして、その三部門の拠点が、学術区画を除いた、3区画に置かれているのだ。
魔術学校キルバイアは、ややこしいことに、学術区画には存在しない。学術区画は、アルビオン最大の図書館を囲む学術街なのだが、あそこには、アルビオンの公的な学校はない。
アルビオンの公的な学校は、発掘部門に付属している魔術学校キルバイアのみ。そのため、学校へ行くために、学術街からわざわざ離れるという、なんとも不思議な行為を僕は強いられているのである。
しかし、この魔術学校キルバイア。学校、と呼ばれてはいるものの、その実態は、魔術師の学校、なんてアカデミックな代物ではない。正しくは、「魔術使い養成所」と呼ぶべき、粗悪な職業訓練所なのである。
地下の魔術学校があるように、地上にも、魔術の学院が存在する。地上のロンドンにおいて、「時計塔」と呼称される学府のことだ。
そこは、魔術師の卵たちが、根源へと至るため、魔術という学問を学ぶ場である。
時計塔は、魔術師を育成する教室、と言ってもいいだろう。そして、魔術師というのは、基本的に社会のアッパー層であり、一般社会において、名家、資産家と呼ばれる者たちだ。
つまり、時計塔の門戸は、歴史の浅い魔術師たちにも開かれる平等な場所でありながらも、世界においても有数の、格調の高い学舎なのである。
キラキラした雰囲気すら纏う学舎、時計塔。
それに対しキルバイアには、学問を志して来訪する者は一人もいない。魔術学校なぞ表向きの名。この訓練所は、アルビオンの採掘作業のためだけに、最低限の魔術を叩き込むある種の訓練所なのである。
そもそも、この霊墓アルビオンに迷宮入りする者の中には、真っ当な魔術師などいない。アルビオンでの発掘作業は非常に過酷であり、霊墓に降り立った魔術師が迷宮から脱出できるケースは殆どない。「きつい(Kitsui)」「汚い(Kitanai)」「危険(Kiken)」な、現代魔術世界における3K労働なのである。
そして、なんとか任期を遂行した迷宮脱出者は、地上世界にて「生還者」と呼ばれることになる。その呼称は、神秘渦巻く過酷な環境にて生き抜いた、その力の証明であり、大変な栄誉である。
しかし、名家出身の魔術師にとって、そんなものには価値がない。なぜなら、彼らには元来、「家系」という箔が保証されているからだ。彼らには元より栄誉と、十分な資産を持っている。そんな彼らには、迷宮に潜って命を危険に晒す理由が無いのである。そのため、何世代も歴史を重ねてきた普通の魔術師たちは、アルビオンには潜らないのだ。
故に、魔窟への片道切符を買う者は、魔術師となって歴史の浅い新参者・新世代の魔術師となる。彼らには、研究のためのカネが無く、教室や講師へのコネがなく、奨学援助を受けるに値する才能もない。文字通り、何も持っていない。
そんな彼らは、栄誉と一攫千金を目指して、この霊墓アルビオンに潜るのである。……ここまではいいのだが、この新世代、基本的に素養がなく、それどころか、マトモな教育を受けていない、なんてこともザラだ。
そんな者は、発掘作業に来ても、ただの邪魔になるだけである。そこで秘骸解剖局は、彼らを効率的に使い潰すために、最低限の教育「発掘作業のイロハ」を施すことに決めた。
ここでミソなのが、「最低限の教育」である。
金にも貴族にも見放された彼らが、公的な機関から、教育を受けられるのだ。なんてラッキーなことだ!……と思ってはいけない。
これは、地上の時計塔のカリキュラムのように、学問を学ぶためのものでない。
ここの座学では、マナ学を始めとした魔術世界の常識の復習と、この迷宮における情報について叩き込まれる。そして、発掘作業に必要な最低限の魔術が突貫で叩き込まれるのだ。
ここでの教育カリキュラムは、時計塔での教育プログラムと比較にならない程のコストカットが行われている。
その期間も非常に短く、過程は一、二ヶ月ほどで終了する。「アルビオンの魔術使い」としてだけの初歩的な技術と知識の初歩を教えられ、一人前として、放流されるのである。
一人前、とは言うが、一、二ヶ月の訓練程度の恩恵で、へっぽこ魔術師たちが、規格外の化け物が跋扈するこの迷宮で生きていける筈がない。
技術も力もないが、そもそも彼らには、ノウハウと知識がないのだ。それ故、基本的に彼らは先輩発掘者のチームなどに張り付いて、雑用などをこなしながら、アルビオンでの知識を蓄えることになる。ツテの無い生徒には、人数不足に悩むチームへの紹介をしてくれたりする。
勿論、有償でね。
ちなみに、学校の授業料は本人負担である。
払えない場合は……残念ながら、負債となる。
コストも、全て探索者に負担させつつ、新米の彼らがどんなに下澄みの底辺でも一定の力量を持たせ、効率的に使い潰すためのシステム。
それこそが、魔術学校キルバイアの役割なのだ。
発掘部門所属の探索者を、底上げするための公共機関。故に、この学校はあくまで、秘骸解剖局発掘部門の付属施設なのである。
魔道研究に何の役にも立たず、ただの職業訓練のみを行う所・魔術学校キルバイア。学術区画に引き篭もって迷宮に赴かず、ただ研究に明け暮れる研究者たちは、この施設を蛇蝎のように嫌っているとかなんとか。
ただ、これまで散々こき下ろして来たが、僕みたいな、魔術知識を持っていない人や、本当に妖精域に攫われ、記憶を失った人たちに対しては、最低限の常識を伝授してくれる、有り難い場所でもあるのだ。
確かに、そこは、悪質な学舎かもしれない。
けれど、少なくとも、この場所に、僕は大いに助けられているのであった。