がやがや、と人が集まり、彼らは、テーブルとチェアに腰掛けている。
私語によって包まれた空間。
その空間には、二種類の人々が居た。
卓を誰かと囲い、食事をする者。
ただ一人、席に座り、黙々と栄養を補給する者。
今は、午前と午後の狭間。
その授業の合間に存在する時間。
そう、昼食の時間だ。
ここは、魔術学校キルバイア。
そのカフェテリアである。
僕もまた、そこで食事を摂っていた。
もぐもぐと、よく噛んで、飲み込む。
右手に持っているのは、サンドイッチだ。
鼻腔には、嗅いだことの無いハーブの匂い。
舌には、味わったことのないソース。
具材の肉は、噛んでみたものの、どんな種類の動物の肉なのか、正直分からない。なんだこれ。
だが、まぁ…いけなくはない。
「ベースは、イギリスの食文化なのだろうけど、要素が違いすぎて最早別物だねコレ……」
パンを具材で挟めば、それはサンドイッチなのだが、あまりにも味わったことのない珍味に、思わず脳がバグりそうだ。
「アルビオンには牛と豚は居ないからね。食事体系が、かなり変わるというのは、無理はないでしょう……まぁ、野生の鶏はいるらしいのだけど」
「豚牛はいないのに、野生の鶏はいるんだ……」
野生……野生か。
逆に、養殖はないのか。なんで?
そう思案する僕の目の前には、1人の女性が座っていた。僕は、相席の2人用の席に座っていたのである。
目の前の方は、僕の同期だ。
淡い金髪に、薄青い藍玉の瞳。
背丈は高くはないものの、その佇まいは少女のものではなく、ちゃんとした女性。
つまり、美人のお姉さんである。
丸い眼鏡を掛けていた彼女は、僕へと薄く微笑んでいた。
マリア・ヘリオドール。
地上の魔術学府、時計塔。
その植物科に在籍していたものの、お家騒動の果てに、近日、地下ダンジョンアルビオンへと飛ばされてしまった、悲しき過去を持つお姉さんだ。
ヘリオドール家は、植物を用いる魔術や、黒魔術を得意とする、植物科の魔術師一家であった。結構な名門でもあるらしく、植物科以外の、他学科にもコネがあり、親交がある家だという。
しかし、その親交の多さ故に、最近はあるいざこざが起こったのだとか。
その落とし所として、家の次女、つまり次期当主のスペアであった彼女が、煌びやかな貴族社会とは真逆の位相に位置する、地下ダンジョンへと島流しにあったらしい。
この裁量が行われたのは、別に彼女が下手を打ったから、というわけではない。彼女に非はなかったし、彼女自身は、何もしていないという。
実際、家に起きたトラブルの詳細と自身の処遇を聞かされたのは、同時だったのだったとか。
曰く、「知らぬ間に、なんか全部決まってた……」らしい。
何も知らされてないマリア・ヘリオドールさん(?歳)。
このように、水曜どうでしょうの大■洋みたいな、本当にそんな感じだったらしい。
シンプルにひどい話だ。
何も非がないのに、ダンジョン流しとは。
令嬢と追放と大泉■の合わせ技。
その当事者を見たのは、人生で初めてである。
散々な境遇であったが、その代わり、私物や私財は、地下に持ち込むことは許されたようだ。そのお陰で、命懸けの発掘作業に従事しなくても生活は出来る、とのこと。
僕と同じように、霊墓アルビオンに来たのは最近らしい。
そして、この地で生きる上で必要になる、この地の常識を学ぶために、このキルバイアの門戸を叩いたのだという。
薄幸美人という言葉を擬人化したみたいな、女性である、マリア・ヘリオドール。彼女は、最近まで地上で生活していたため、地上の魔術社会の情報には詳しい。
殆ど地上へと出入りが制限され、情報が断たれている採掘都市マギスフェアにおいて、彼女は、最も地上の魔術事情に通じている人物であるのだ。
彼女と出会ったことは、僕にとって幸運だったかもしれない。なんせ、地上のことで一つ、聞きたいことがあったのだ。
「ねぇ、マリーさん」
「あら?何かしら?」
「マリーさんは、"カルデア"って知ってる?」
カルデア。
人理継続保障機関カルデア。
Fate/Grand Orderにて藤丸立香らが所属する、魔術組織。国連承認機関であり、人類の未来を語る天文台。
僕が知りたいこと、というのは。
それは、ここがFGO世界であるのか、ということだ。
なんせ、FGO主人公、ただの一般人であるはずの藤丸立香が迷宮の中で、冒険を繰り広げているのだ。そして、アルビオンの社会は、地上と断絶している。つまり、此処ではカルデアにスカウトされる土壌が存在していないのだ。
そんな中、人理焼却事件だの、人理漂白だの、作中における人類史の大事件が起きてしまえば、どんなことが起きるのか。
想像は容易い。
そう。カルデアの人々は、
………ヤバくないか?コレ。
立香の家のカレンダーを確認したところ、現在は西暦2013年。原作にて、魔神王による陰謀、そして
もし、それが真実なら。
これからの僕の人生の指針は、大きく変わる。
下手したら、「境界を越える」超抜能力を用いて、冠位時間神殿や人理保障天体へ、僕の本体でカチこむことも、想定しなくてはならない。
それ故に、この世界にカルデアがあるのか、ないのか。型月世界においてFate世界群と独立したFGO世界なのか、ただのFate世界なのか。
それら二つの世界を分かつ、カルデアの有無は、重要な情報だ。
この問いは、下手をしたら、世界の命運を賭けるような、壮大な戦いへとも、繋がっている。
カルデアという組織は、存在しているのか。
存在していないのか。
どっちなんだ。
「んー?カルデア?それ、何処で聞いたのかしら?」
「今日、魔術学校への登校の最中ですね。路上でちらっと聞いたんです。カルデア……というと、メソポタミアにあるとある地域、そしてそこに住んでいた人々を思い浮かべたのですが。魔術世界だと、『カルデア』という言葉に、他の意味があったりするのかなーって思って」
さぁ、どうだ。
「そうね。私が知ってる限りだと、心当たりが一つだけあるわ。カルデアっていうのはね。
時計塔天文科の宗家、アニムスフィアが所有する、天文台のことよ」
「───────」
─────カルデアは、存在していたのか。
顔が固まる。
そんな様子を見てちょっとおかしかったのか、彼女は少し笑う。
「ふふっ。天体科の君主が所有してる天文台、と聞くと、ちょっとおっかなそうに思えるわよね。確かに、普通ならあのハワイの大型観測施設、みたいなのを想定するわ。でも、実体は、山奥にあるほんの細やかな観測所よ。私、行ったことがあるから分かるの」
「……山自体が、すごい厄ネタだったりとかは?」
「ナイナイ、と言いたいところだけど。そうは言い切ることができないのが、君主の怖い所ね。でも、私が見る限り、至って普通の山だったわ」
普通の山。
しかし、普通の山か。
人理継続保障機関フィニス・カルデア。
そこは、地球上の最南端、西経0度にある南極大陸に建てられた地球最大にして唯一の人理観測所。
南極大陸、その雪山の地下に作られた地下工房だったはずだ。南極大陸の雪山を、普通の山と呼称するなんて、あり得るのだろうか?
彼女が嘘を吐いているのか、はたまた、この世界のカルデアは、人理保障天球など無い、ささやかな唯の天体観測所なのか。
それは、わからない。
だが、カルデアは国連の機関だ。国際連盟、つまり、一般に公開されている公的機関の筋から、調べていくのはどうだろうか。
実は、このマギスフェアには、一部の場所でwifiや、ネット設備を運用することが許されている。管理区画の施設の中に、市民ならPCを時間制で貸し出す場所があった。
国連直属の機関であるならば、カルデアの名前が、何処かしらインターネット上に載っていたりするのではないだろうか。
もし、何処にもカルデアの名前がなければ、カルデアは国連機関ではなく、アニムスフィアの所有する、細やかな観測所、ということになるだろう。
よし。次にやることは、決まった。
「なるほど。ありがとうございます、マリーさん。……そういえば、そろそろ時間でしょうか。授業開始まであと5分です。教室に戻りましょう」
「そうね。教官にどやされたくないもの。戻りましょう、ランスロット君」
時計塔の講師たちとは、やっぱ全然違うタイプの教員よね、と彼女が苦笑する。
トレイを片付け、カフェテリアを後にする。
そうして授業を受け、今日の課程を終えた後。
管理区画にて、インターネットを用いてカルデアを調べたが、国連のどのサイトにも、「特務機関カルデア」の文字は、見当たらなかった。
どうやら此処は、FGO世界ではないらしい。
【tips】
『魔術師一族 ヘリオドール家』
時計塔の植物科に所属しており、派閥は貴族主義。つまりユリフィス、エルメロイ、アニムスフィアとは同一派閥となっている。他の学科にも顔が効いており、広いコネクションを持つ。
とある「戦い」の前哨、時計塔内の策謀合戦の煽りを受け、この世界ではちょっと弱体化。
FGO世界にて、本来存在しない植物科の魔術師「芥ヒナコ」をでっち上げ、カルデアへの移籍を助けたのは、植物科でありながら天体科とも深い親交があったヘリオドール家の助力があったから………なのかもしれない。
ちなみに、「マリア・ヘリオドール」は時計塔のいざこざから逃れるため、現在地上のとある場所にて匿われている。霊墓アルビオンなぞの僻地に、「マリア・ヘリオドール」は存在しない。