年月が積み重なる。
しかし、何も変わらない。
時間が流れる。
目の前の光景は変わらぬままだ。
眼前の坑道は、不気味なほど何も変わらない。
僕が生まれてから、どれくらいの月日が経ったのだろうか─────という、人外不老者特有のテンプレ自己語りは残念ながら、僕には許されていないらしい。ひどい。ちょっと憧れてたのに。
なぜなら、僕は、生まれてからの時間を識っているからだ。
僕が竜としてこの世に生を受けてから、太陰暦換算で101年と169日と4時間52分と28.5269655秒が経った。
………このおびただしいコンマ以下の小数を見れば分かると思うが、別に人力で経過時間を数えているわけではない。
百年以上の年月の中、秒数をカウントをし続けられる気狂いは人間じゃありません。
僕はそもそも人間じゃないが。
この妙にハッキリと出されたこの数値。
これは、自身が生まれた時間に楔を入れ、今という地点までの堆積物、時間連続体を、僕の脳みそで演算した結果だ。
今の僕の脳みそ、どうやらとんでもないスペックを持っているらしい。
この肉体は、冠位竜の因子を雛形にし、星自らが生み出した、至高の神秘だ。
竜というのは、最強の幻想生物である。
竜の頂点、その神域に在る竜たちの中には、堰界竜、災害竜、太祖竜など、神々の神話の中で、その神話の主神に拮抗し、勝利しうる程の力を持つ個体も存在する。
存在規模が極まった竜というのは、神々にも比するのだ。神そのものと呼んでもよいモノもあるだろう。おそらくこの肉体も、最強と謳われる彼らに引けをとらない程の存在強度を誇っている。竜の頂点の一角、冠位の竜の後継機である僕の躯体は、「神」に並ぶのではないだろうか。
「神」に並ぶ肉体、そしてその脳機能。
それならば、この演算能力の高さにも説明がつくだろう。
かつて、一人の魔術師が言っていた。
「神とは、未だ人類が拮抗せざるレベルの知性である」と。
神というのは、人智を超えた演算能力を持つ。
その演算能力は、在るアトラスの錬金術師一族が追い求めた、「世界の滅びから救う方法」となり得る代物だ。
計算に特化したトンデモ集団・アトラス院ですら、血眼で追い求める演算機が、神なのだ。
僕自身には、十全に扱えてる自信は全く無いが、おそらく今の僕は、この神とタメを張れるほどの演算能力がある。
もしかしたら、今の僕は世界で一番頭のいい天才かもしれない。たとえ、IQ200の大天才であっても、今の僕には、息を吹き掛ければ吹き飛ぶ、タンポポの綿毛に違いない。
……そもそも、今の僕の息吹を受けて、立っていられる生命体の方が少ないとは思うが。
兎にも角にも、今僕の頭脳は、世界最強のつよつよドラゴン・ブレインに違いはないのである。
微細ながらも、思索を巡らせる。
首を傾け、元の位置に戻す。
尻尾を、なんとなく動かす。
そして、息を吸い、そして吐く。
この脳みそのスペックが如何に特級品であるかはわかる。だが、スペックが凄まじいのは、何も頭脳だけではない。
ただ単純な生理的動作を行っているだけで、この肉体が、如何に人間離れした代物であるかが、僕に伝わってくる。
「僕が竜としてこの世に生を受けてから、太陰暦換算で101年と169日と4時間52分と28.5269655秒が経った」と前述した通り。
僕はそんな超抜の存在となって百年が経過した。
21世紀の人類の限界寿命。
人類の叡智、「人間百年」を遂に、超えてしまったのである。
百年前、僕はドラゴンと化したこと、そして未来永劫に果たさなくてはならない責務に、ひどく恐怖を抱いていた。
なんせ、自己認識は人間なのだ。なのに、いきなりこんな地下深くで、現実か幻かも分からない坑道で、天文学的な時間を過ごすなんて、誰が耐えられるものか。
人間は、数十億年の時間に耐えられるはずがない!
自身の責務、宿命に対し、深い憤りを感じてきたことも、僕は忘れてはいない。
しかし、百年が経過した今。
僕は、人間の最高域から飛び出してしまった。
百年という、十全に生きた一人の人生に相当する時間を、ただ坑道に留まり続けた。
生まれ、親の愛を受け育ち、学舎で友人と語らい、恋人と愛し合い、伴侶を見つけ、子を産み育て、そして子の子が生まれ、彼らに囲まれて、死ぬ。
その人生の旅路に相当する時間だった。
人間が、父母から生まれ、墓石に入るまでの、濃密な時間。それが、百年だ。その時間を僕は、役割に殉じ続けた。
その長さは、刑罰じみていると言っても過言ではない。
現代社会において、確か、非道を働いた者は、法の下によって罰せられていた。そこでなのだが。
その罰とは具体的にはどんなものがあるだろう?
世界で最も重い罰、それは死だ。
生命活動の停止。お前という個体の存在を、永遠に抹消するという宣告。
世界というものが、個人の主観に基づいて観測されるものだとすれば、死亡する当人にとって、死刑とは、「世界を滅ぼす」ことに他ならない。自分の見る、世界そのものの消滅。
生の悦びなんて許されない、絶望の具現。
死とは、人に与えられた至上の悦びを、根刮ぎ奪い取るこの世で最も恐ろしい残酷行為なのである。
では、ここで問題。
では、死刑の次に世界で最も重い罰は何だろう。
それは、懲役だ。
つまり、「時間」を用いた刑罰だ。
ここまで言えば分かるだろう。
長い「時間」を掛けた、社会からの隔離。
それ自体が、人間社会が与える事が出来る、最高級の苦痛なのだ。
先ほど述べた世界で最も残酷な行為である罪、殺人を犯した人間は、大体10年〜15年の懲役を受ける事になる。
もちろん、これは単なる罰ではなく、犯人の社会復帰などの複合的な要因を含めての年月である。
人に与えられた至上の悦びを、根刮ぎ奪い取るこの世で最も恐ろしい残酷行為を行った者への社会の返答。
それこそが、10年〜15年という時間なのだ。
ちなみに、現在の僕はその期間の6〜10倍の年月を過ごしたことになる。
最も重い罪への、応報の10倍の期間だ。
それだけの時間を、僕はこの坑道で過ごしてきた。
課せられた責務という意味では、門番も刑務作業も変わらないだろう。
僕はこの坑道で、ある意味、人に対して実行可能な最大値の刑罰を受けていると言ってもいいだろう。
まともな人間ならば、耐えられるものではあるまい。受刑者が、凡夫であるならば、尚更だ。
個人の人生を放り投げさせた上で、受けさせる最高級の苦痛。
実際にこの時間を「刑罰」として受けた僕は、この絶望的な時間を、果たして、どのような感情を以って受け止めたのだろうか?
僕は─────
特に、何も感じなかった。
そう、何も感じなかったのだ。
かつて僕は、時間が経過することを恐怖した。
莫大な時間を生きねばならないことに対し、絶望の念を抱きながら、責務へと向かい合った。
しかし、百年が経った今。
人生一個分の重み。されど、天体にとっては一瞬の出来事。
僕にとって、この百年は一瞬の出来事だった。
百年経った実感を経て、訝しんでいた事実は、確信に変わった。
「────いけるわ、コレ」
これなら普通に、数億年を耐えられる。
耐えられる。
耐えられる。
耐えられる!
僕は、確実に、星の臨終まで、「門番」を果たせるだけの健全な精神状態で、在り続ける事が可能だ。
よかった。僕はこの、長い長い旅路に耐え得るだけの精神を持っていた。
僕が抱いていた絶望、怒りというものは、見当違いであったようだ。
なんだ、ただの取り越し苦労だったか。
だが、取り越し苦労に越したことはない。
まだ、時間は莫大に残されているのだ。
僕は、健やかに、時が経つのを待ち続けてればいい。
待っていればいいのだ。
待っていればいい。
待っていれば─────
しかし、僕がこの時に感じたのは、見当違いの怒りと絶望だったことを知った安堵でも、役割がスムーズに果たせることへの歓喜でも、なんでもなかった。
それは、純然たる恐怖であった。
凡夫であるはずならば、耐えられないはずの百年。凡夫であるはずの自分が、それを余裕で飛び越えてしまえたコトに対する恐怖。
そもそも、僕の自己認識は「人間」なのだ。
21世紀の、「人間」なのだ。
しかし、「人間」は、百年の刑期に、耐えられるような設計はされてない。
百年の刑期を経て、ヘラヘラ笑えるような精神性を、「人間」はしていない。
なら、僕は本当に「人間」なのだろうか?
僕の今世がドラゴンなのは、認めたくないが認めよう。それは事実であり、いい加減その事実にも実感が付いてきた所だ。
しかし、その実感と同時に、僕の「人間」であったという感覚は徐々に喪失していく。
いや、本当に喪失しているのだろうか。
本当に僕はそもそも、「人間」であったのだろうか。当たり前だったはずの自己認識。
その確証すらも、今では心許ない。
「あぁ───あぁ───あ─」
僕の中から、僕の精神そのものであったはずの人間性。前世から引き継がれた、宝物。
人生の大切な記憶。情熱。
家族の記憶。友と過ごした日常。青春の一項。
そんなものが、べきべきと剥がされる錯覚が、僕の腑へと広がっていく。
まずい、まずい。
どんな英雄にも、傷つけられない程の強靭な顔の鱗が引き攣る。
眼前の、何も変わるコトの無い、青白く光る坑道の光景に、味わったことのない危機感を覚える。
竜としての人生を象徴する眼前の光景は、今の僕にとっては、不快だった。
何も変わらぬ目の前の世界。
崩壊しかける精神。
溢れてしまったかもしれない人間性に、恐怖し、震える僕の姿は、まるでコップから溢れていく、または溢し切ってしまったジュースを見てパニックになる幼児のようだった。
なんて、浅ましい無様な姿だろう。
しかし、溢してしまったコップには、どうすればいいのか。
なに、簡単なことだ。
コップの中のジュースを、新しく足せばいいのだ。
つまり、人間性を継ぎ足して、回復させればいい。
人間性とは、人間としての精神性。
そして精神とは、人生経験で積み上げた情熱そのものでもある。
健全な人生経験は、人との関わりの中で築かれていくものだ。
つまり、人間性を回復させるには、人と関わるしかない。
故に僕は、決めた。
人と交わるために。
人間の世界へ赴くことにしたのだ。
べき、べき、と岩壁に爪指を突き刺し、出来た穴に足の指を引っ掛け、壁を登り続ける。
徐々に上方へ進んでいく。殺風景ながらも、少しずつ、見える景色が変わっていく。
その歩みはなんとも小気味良い。
その豪快な動作を行う四肢に、白い大河を想起させるような美しい鱗はない。その全身は白肌色で、立派な翼も、尻尾、角もない。
ただ、目に付くものがあるとすれば、その腰まで及ぶような長い髪だろうか。その髪は、絹を思わせる白色であった。
人間の世界に赴くことを決めてから、少しばかりの時間が経った。敢えて、正確な時間は出さない。だってそれは、人間の領分を超えた知性だ。そういうのは、今回はなしだ。
人間世界に行こう、と決めてからの行動は、早かった。しかし、この坑道の果てから、人間の世界に行くためには、幾つかの課題があった。
僕はその課題を一つずつ吟味し、こなしていった。
まず一つ目。
この僕の竜の軀体である。こんな格好で、世界の外に出てみたとしよう。
こんな山みたいなバチクソにデカい怪獣がいきなり出現してきたら、世界は大パニックだ。怪獣に害意は無いにしても、それは徒に世界に混乱を撒くことになる。その混乱では、不幸な人も大勢生まれるだろう。それは許されることではないし、僕もそんなこと望まない。
それに、怪獣相手じゃ、人間にマトモなコミュニケーションも取れないだろうし。よって、僕は新しくヒト型の躯体を作ってみた。いわゆる、端末というやつだ。FGOのApoコラボで、ジーク君がやっていたことを、マネさせてもらった。これなら、ヒトとして活動していくには、不足は生まれないはずだ。
二つ目。
門番としての仕事である。
僕に課せられたこの仕事、実は、惑星を守るための、非常に重要な任務なのである。
星の魂を護るということは、この星を護るということ。もし、この責務を放り出してしまえば、本来なら排除されるはずのインベーダーが、星の坑道に侵入することを許してしまう。
それは、地球の魂を掌握されることを意味する。そしてその結果、星の運行は乱れる。
控えめに言って世界の滅びだ。
サボタージュによる世界滅亡?
そんなこと許される筈がないだろ!
……というワケで、僕がこの場から離れるのはナシです。僕は僕の、責務自体を投げ出すつもりもない。
………役割を果たすのを放棄した種族が、頭の中でチラつく。多分僕がこの仕事投げたら、取り返しのつかんことになる。
勝手な私情を、世界の瀬戸際の鉄火場に持ち込むわけにはいくまい。
ということで、端末に、自身の魂、精神を乗り換えるという方策はやめる。
坑道からのリモート操作方式でいくことに決めた。
自身の脳みその演算リソースを制限し、その脳みその一部分を、端末の頭脳体として運用する。端末が過ごした情報は、本体に安全情報フィルターを掛けた上で、フィードバックをさせ、人間性を取り戻す。
用いる躯体が霊基というのも相まって、本体と躯体の関係性は、サーヴァントと英霊のセットに少しだけ似てるかも。
三つ目。
人間世界への行き方だ。
僕が居座ってるこの坑道、ここは地上から遥か離れた、地下奥深くなのだ。
故に、人間社会に赴くということは、この地下深くからの脱出が、前提になる。
星の触覚、かの姫君みたいに、星の内海と星の表層までスッ…と瞬間移動出来れば良かったのだが。
生憎僕は、王族でもなんでもないただの番犬。
そんな特権なんか無いので、外に行くなら、自分の足で行くしかない。
地上に行く道は、この坑道を上がっていけばいい。この坑道を上がっていくと、「虚無の穴」と呼ばれる巨大穴洞がある。そこから這い上がっていけば、例の地下ダンジョン、「霊墓アルビオン」の中層域に辿り着く。あとは、迷宮の浅層を攻略すれば、もうそこは人類の生活圏だ。
しかし、このプラン、一つ問題がある。
それは「虚無の穴」の底、地下数百km地点から、岩壁にはり付きながらのデスクライミングを敢行しなくてはならないことだ。
数百kmの崖登りだ。
流石に常軌を逸してる。
世界最高峰の標高を誇るエベレストの標高が8848m、つまりは8、9kmであることを鑑みれば、そのイカれ具合が分かるだろう。
当然だが、現行人類が、この穴を乗り越えることは不可能だ。そもそも、型月人類の「霊墓アルビオン」限界到達点が、地下80kmなのである。生前の英霊が跋扈した時代の魔術師、そして現代まで積み重ねた歴史とか諸々を含めて、全力で取り組んだ末の、80km。時計塔千年を超える歴史の成果である。
その果てのまた果てから、地上へと浮上するのだ。生半可な躯体では、浮上するのは不可能だ。
………本来なら、端末の躯体の能力は、一般人レベルまでデチューンする予定であった。
人間と交わるなら、人間と同じ能力、見識を持つことが望ましいし。
しかし、この現実を鑑みると、その理想は無理だろう。しょうがない。
端末には、この数百kmの絶壁を登頂し得るだけの性能を付与することにした。
………結果的に物凄いフィジカルのバケモンが誕生してしまったような気がするぞ。
とまぁ、こんな感じ。
このような経緯もあり、今の僕はヒト型の躯体を駆り、デスクライミングを敢行しています。
道具も、服も靴もない、裸一貫での崖登り。
信じられるのは、自身の肉体だけ。
登頂出来る性能は付与したが、ここから地面に叩きつけられたら、躯体は多分塵も残すまい。
そして、落下したら、これまで登ってきた距離はパァだ。
この登山に何時間…何日かけてると思ってんだオラァ!!正確な時間はわかんないけど!!
…………失敗して最初からとか流石に考えたくもないなぁ。