境界の竜、その仔   作:楼ノ卦

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03.水鏡

 

 

 

 

デスクライミング開始から、ある程度の時間が経過した。

 

 

 

何時間……いや、何日経ったのだろうか。

脳の演算機能を随分と制限しているため、例の人外式時間測定はしていない。

なので、正確な時間は全くわかってない。

 

 

 

ただ、果てしない時間を過ごしている感覚がする。だって、同じような身体操作を無心に、延々と続けているのだ。

 

 

 

延々と続く作業に、ちょっと嫌気が差してきたところである。

 

 

 

多分、僕の登攀時間は、24時間を超えているだろう。下手したら、数日間はノンストップでずっと登り続けてる。

 

 

 

 

実際は、そうじゃないとは分かってるが、不思議なことに、あの坑道に居座っていた時間よりも、今こうやって岩壁を登っている時間の方が長く感じてしまうのだ。

 

 

 

今のこの時間が、長く感じてしまうのは、このヒト型の躯体によるものだろうか。

 

 

 

やっぱ不便な肉体である方が、生の実感というものを良く感じているらしい。

 

 

 

あと、この躯体で稼働している際は、運動し続けていた、というのもある。能動的な身体操作は、消えかけていた情熱を引き出してくれたのかもしれない。

坑道に居た時は、ただそこに座していただけだったから、能動性は全く発揮されなかったのだろう。

 

 

 

やっぱ、動物は動いてなんぼである。

 

 

少しずつ、少しずつ、自分の目標に近づいているという実在感。

 

 

 

ここから落下したら、これまで積み重ねてきた努力が水の泡になる、という緊張感。

 

 

 

これいつまで続くの?という厭世感。

 

 

 

そうだ。

これこそが、生の実感というものだ。

どうやら、100年の時を経て、僕は漸く噛み締めることが出来た。

 

 

 

素直に、嬉しい。

坑道から飛び出して来たのは、正解だった、と心から言える。

 

 

 

 

そんなこんなで、登り続けていたところ、岩壁に少し変化が見られるようになって来た。

 

 

 

ここまで、指に掛けられるような突起物すらも無かった絶壁に、凹凸が出来始めたのだ。

 

 

 

手を預ける場所が皆無の登攀は、僕をかなり困らせた。なんせ、ここまでの岩壁は、指を引っ掛ける余地もないような、類を見ない質感の岩であったのだ。登攀道具も装備も何も持たない人間では、絶対に登る事が許されない特殊な岩壁である。

 

 

 

指を掛ける場所が無い。ならば、指を掛ける場所を強引に作り出せばいい。

そうして、僕は、指を壁に突き刺して登るという乱暴極まりない登り方で、デスクライミングをこなして来たのだ。

 

 

 

それにしても。

ここに来て、地質が変化して来ているな。

べき、べき、と岩に五つの穴を開けながら登攀を続ける。

……おお、指をブッ刺すのが楽だ。

けど、空けた穴の間が崩れてしまう。

 

 

 

どうやら、岩壁の硬度が低くなっているようだ。

 

 

 

しかも、変化はそれだけでは無かった。

 

 

 

 

岩壁に穴が空いている様子が、ちょこちょこ見られるようになったのである。

 

一番手近な距離の穴まで、壁を移動してみる。

 

おぉ。

 

 

僕が今指を突き刺して生まれる五つの小さな穴とは異なり、しっかりとした大きさの穴だ。

直径4mぐらいの結構な大穴である。

まるで洞窟の入り口のような出立だ。

 

穴に手を掛け、横穴の入り口によじ登る。

よい、しょ、と。穴に入る事に成功した。

この横穴は、どうやらその出で立ち通り、奥まで道が続いているようだ。

 

 

おそらく、誰の手も入っていない前人未到の洞窟だ。前人未到の洞窟か。そのワードを反芻してると、ちょっとワクワクしてきてしまう。 

 

僕の居た星の坑道も、前人未到の秘境には違いないのだが。でも、今対面している洞窟の方が、僕の常識の範囲内で理解できる「秘境」って感じがして、こっちの方が興味が湧いてしまう。坑道の方は、人類が来るべき場所ではない感じがして、純粋に感動できない。

どちらかと言うと、抱くのは畏怖とかそういう感情だろう。

 

そして、星の坑道は僕にとっての職場みたいなものだ。100年経てば、その新鮮さは薄れるというもの。職場に百年間縛り付けられて、その環境に感動し続けられるやつが居るものか。

 

 

 

坑道の話は兎も角。

この洞窟の先が、僕は気になって仕方がなかった。冒険心が、カッカカッカと騒いでくる。

 

 

 

この先には、どんな風景が待っているのだろう。

そんな風に気掛かりになってしまえば、登攀の手も、きっと緩んでしまうに違いない。

このまま踵を返して、緩んだ手足でデスクライミングを敢行するのは、ちょっと危険だ。

 

 

 

よし。

 

 

 

そこで、今までの登攀の休憩がてら、ちょっと奥の様子を見に行ってみることにした。

 

 

 

 

 

 

 

洞窟の道のりは、少し長めであったものの、一本道であり、迷子になる事は無かった。

土地勘の無い僕にとってこれは幸いである。

 

 

 

 

この洞窟の外見は、地上世界で言う所の、鍾乳洞に近いのだろうか。

洞窟内の天井や壁・床に滲出する地下水らしき液体が、地面に落ちる音が木霊している。

 

 

 

 

さらに、そこから進むと、その洞窟の奥地らしき場所に着いた。その洞窟の道のりの先には、大きな空間が広がっていた。

 

 

 

その大きな空間は、水場であった。

そしてその場所には、まるで清浄な海の浅瀬を思わせる、紅色の珊瑚たちが、まるで花のように、水辺に咲き誇っている。

 

 

 

天井には、淡く輝いている翡翠色の鉱石が蟠っていた。光る鉱石は、光源として、珊瑚と水面を照らす。なんと、美しい光景だろうか。

 

 

 

その翠と紅の色彩が織り成す幻想的な光景は、地上の何処に行っても見られまい。

 

 

 

地下深くの洞窟の果てに、海とは。

こりゃあ、なんともすごい。

しかし、一つ疑問点がある。

珊瑚が生息しているからには、ここは海なのだろう。だが、こんな所に海水が湧き出ることなんてあり得るのだろうか。

 

 

 

世界で最も深い海溝であるマリアナ海溝の最深部は、水面下約10,000m、つまり10kmくらいだって聞いたことがある。

 

 

 

また、霊墓アルビオン、只今浮上中の「虚無の穴」の入り口は、地下20km程度とされている。

 

 

 

僕は、「虚無の穴」の入り口まで辿り着けてない。まだ、入り口目掛けて登っている最中だ。つまり、今居るこの場所は、世界一深い海よりも深い場所にあることになる。

 

 

 

なら、ここに敷き詰められた液体は、本当に海水なのだろうか。

 

 

 

おそるおそる、水辺に足を入れる。

 

 

 

 

「ひゃ」

 

 

 

 

冷たい。水温は、気持ちいいくらいにひんやりする程度であった。粘性も特にない。

さらさらとした、澄んだ水である。

水自体は、透き通るように美しい。

 

 

 

水辺には、海水特有の磯っぽい匂いはしない。

ということは、海ではないのだろうか。

 

 

 

水を手で掬い出し、ちょっと舐めても、塩辛さはなし。

 

 

 

ということは、海ではなさそうだ。

となると、あの珊瑚に見えるあの紅色の集積体、僕は珊瑚と呼称してしまったが、その実、珊瑚ではない、別の生物なのかもしれない。

 

 

 

そう考えると、この水辺は海と呼称すべきではないのかも。

 

 

地下の泉、ということにしておこう。

 

 

 

そんな地下の泉。美しい場所なのだが、一つだけ、気になることがある。

 

 

 

 

珊瑚が収束してる泉の奥。百メートルほどの奥くらいであろうか。その果てに、巨大な貝殻が、ポツンと一つだけ聳え立っているのだ。

 

 

 

な、なんだアレ。

 

 

 

高さ、横幅共に十数mくらいだろうか。

一軒屋ほどは優にあるであろうデカさだ。

 

 

 

 

ただ、貝殻というからには、他にも貝らしきモノがあってもいいと思うのだが、左右の視界には、他の貝らしきものはない。

 

 

 

自分が通って来た道を除けば、この空間は、ほぼ密室だ。そもそも、通って来た洞窟の幅は、あの貝より小さい。

そして、貝は歩行による移動がほぼ不可能だ。よって、外部から移動できない以上、貝がこの場所から離れることなく、生息していたということが察せられる。

しかし、それなら痕跡が、他にも残っているべきだ。

 

 

 

貝殻は貝の残骸である事実から考えると、貝が全滅したとしても、他にも同程度のサイズの貝が居てもいいはず。

 

 

 

 

じゃあ、あのクソデカ貝殻は、なんなんだろう。……僕が、勝手に貝殻に似てるだけで貝殻と呼称しているが、あれ、本当は貝殻ではないのかもしれない。さっきの珊瑚みたいに。

 

 

 

 

貝殻らしき物体には、紅い珊瑚が付着しており、まるで家の壁に塗られた、真っ赤なペンキみたいだった。

 

 

 

美しい風景の一部はあるのだが、それ自体を注視していると、真っ赤なペンキのお家にしか見えない。なんだかちょっと間抜けだ。

 

 

 

そんな景色に、妙に親近感が湧いてしまい、貝殻を、もっと近くで見たくなった。

 

 

 

 

 

泉の中に歩みを進めていく。

その瞬間。

 

 

 

 

 

貝殻が、跳躍する。

 

 

 

 

 

 

「はぁ?!」

 

 

 

 

 

飛び出し先は、僕の前方。

つまりは、こちらだ。

 

 

 

 

貝殻が、僕に急接近する。

凄まじい跳躍力。そして移動速度。

僕は咄嗟に反応──────することができた。

 

 

 

 

 

「うぉ……っ」

 

 

 

 

 

衝突方向の左真横に、飛び込む。

浅瀬の水辺に、水飛沫が舞う。

 

 

 

 

なんとか、貝殻の衝突を回避出来た。

 

 

 

 

何が起きた?

状況を把握するため、顔を振り返る。

振り返った先には。

 

 

 

 

 

キチキチ、と口を蠢かせる音がする。

 

 

 

 

巨大な前腕。

前腕を含めた、五対の足。

二本の触角に、全身に纏った甲殻。

そして、先程まで前方にあった貝殻らしきものを背中に背負っている。

 

 

 

 

ヤドカリだ。

巨大なヤドカリが、洞窟への入り口の前に、聳え立っていた。

 

 

 

 

見覚えがある。

見覚えがあるとも。

あれは、FGOに出てくる敵性生物の一体、水辺のクエストによく出てくるヤドカリそのものであった。

 

 

 

 

……にしてもアレ、デカ過ぎないか?

ゲーム画面的には、大きく見積もっても3mくらいの大きさだった筈だが。

あの個体は、貝殻含めれば、高さ20m以上の巨体を有していた。

 

 

 

あの巨体が、洞窟の入り口を塞いでいる以上、戻ることは出来ない。退路は断たれている。

 

 

 

あのヤドカリは、そこから動く素振りを見せない。縄張りに侵入した小さな生物を、ただ殺すことしか考えていない様子。

 

 

 

 

……どうしよう。

 

 

 

 

ヤドカリがこのまま、全く動かないなら、適当な壁をバリボリ素手で掘り出してしまえばよい。

 

適当な壁から、あの洞窟に繋がる新たな洞窟を掘り出してしまえば、無理矢理退避することが出来るだろう。なんせ、ここの岩壁は、下層よりも柔らかい。掘削自体は楽だ。

 

 

 

だが、それをみすみす、あのヤドカリが見逃すだろうか。見逃す筈がない。

掘ってる最中、襲いかかってくる筈だ。

 

 

 

であれば、逆に壁を掘るフリをして、誘き寄せてみてはどうか。

 

 

 

先刻前の突撃の速度。

幸いそれは、回避した際に知ることができた。

あれが全速力であるなら、ヤドカリ単体の敏捷性は、僕より下だ。

僕の方が速い。

 

 

 

 

では、こうしよう。

ヤドカリが、僕の穴掘りを妨害するために、接近してきたとしよう。そして距離が十分に近づけば、僕がヤドカリ以上の速度で、ヤドカリを避け、遠回りの軌道で洞窟へ駆け抜ける。

そうすれば、そのままヤドカリを振り切って、入り口までたどり着くことが出来る。

 

 

 

要は、自分が囮役になった上で、単純なスピードで追いかけっこに勝てばいいのだ。

……自分のフィジカルに全て依存した、作戦とも言えないレベルの方策であるが、これぐらいしか、方法はないだろう。

それに、今の僕のフィジカルは特級だ。

自分の武器を活かす他はないだろう。

 

 

 

 

そうやって、僕が思索する中。

 

 

 

ヤドカリの口がキチキチと、蠢く。

まるで、息を吸うように、何かを圧し、収束し、収束し、収束し。

溜まりに溜まりきった上で────噴射した。

 

 

 

 

 

噴射してきたのは、液体。

超高圧による、液体の噴射。

 

 

 

「水流の当たった部分を吹き飛ばす」ことによって、物体を切断する凶器。

 

 

 

 

それは、人間社会にて、ウォーターカッターと呼ばれる、液体による刃であった。

 

 

 

液体によって構成された刃が、ヤドカリの眼下の岩を切り裂きながら、そのまま矛先を、僕の方へと向けようとする。

 

 

 

 

ウォーターカッターだと…!

 

 

 

液体の刃が、僕に向けられる。

まずい。飛び道具は想定してなかった。

そんな生態機能ヤドカリにあんのか?

くそ、得体の知れないヤドカリだ。

 

 

 

幾ら身体強度を高く設定したこの躯体であっても、当たってしまえば、真っ二つになってしまうかもしれない。

 

 

 

ウォーターカッターが、まるで腕を振る様な機敏さで、こちらまで伸びてくる。

 

 

 

この場所で、この躯体が破壊されたとしたら、これまでのデスクライミングで稼いできた浮上距離記録は、白紙と化す。

 

 

 

また、一から全てをやり直さなければならない。

 

 

 

 

そんなの、御免である。

 

 

 

 

 

 

────方策を変える。

まどろっこしいのは無しの、真っ向勝負だ。

 

 

 

 

 

水に浸かった足を振り上げ、泉の底を蹴る。

その瞬間、足元の水が弾け飛ぶ。

 

 

 

水の刃は、空を切る。

 

 

 

しかし、ヤドカリは諦めない。

今度は、ウォーターカッターを、新しく、横へと振り抜き、その軌跡を以て侵入者を両断しようと試みる。

 

 

 

 

そうして、僕は、また、泉の底を蹴る。

結果はまた同じ。足元の水が弾け飛ぶ。

 

 

 

泉の底を蹴る。

足元の水が弾け飛ぶ。

 

 

 

 

そして、もう一回。

 

 

 

泉の底を蹴る。

足元の水が弾け飛ぶ。

 

 

 

 

たん、た、たん、のリズムによる純粋な前進。

 

 

 

 

クラウチングを切ってから、たった三歩。

されど、三歩だ。

 

 

十分すぎる。

 

 

 

 

その三歩だけで、僕はヤドカリの前方3mまで迫り来ていた。

 

 

 

 

 

一歩間、十数mを超す、人智を超えた歩法。

人の常識から外れた無茶苦茶な脚力によって、それを成す。

 

 

 

 

十数mの巨体を持つ上に、百メートルを優に跳躍し、鉱物さえも余裕で両断する水の刃を吐く。

 

 

 

 

 

このヤドカリは、地上世界の常識では測れない、恐るべき化け物であった。

 

 

 

 

 

しかし、そのヤドカリと対峙するヒト型もまた、人間の常識で測れぬ人外であったのだ。

 

 

 

 

神速とも称すべき速度で、距離を詰めるヒト型。それに慄いたのだろう。その水の刃を、一気にそれ目掛け振り抜く。

 

 

 

ヤドカリは、侵入者が、ただの貧弱な生き物ではないことを悟った。元より容赦は無かったが、ヤドカリ自身も腹を括ったか。

ヤドカリは、そのヒト型へ水の刃を当てる事に、全力で、全身全霊で専心する。

 

 

 

 

が、またしても水の刃は虚空を切る。

 

 

 

水の刃の軌道に接触する前、僕は、身を屈め。

水辺から脱する。

そして、陸地へと、全身を以て、倒れ込む。

 

 

 

単純な走力を推力とした滑走、つまりはスライディングだ。

 

 

 

スライディングの動作で、陸地を滑り込む僕の身体と、ウォーターカッターの軌跡が、交差する。

 

 

 

 

そして、僕の身体は、ヤドカリの真下へとそのまま滑り込む。

 

 

 

 

左手で地面を叩く。

「叩く」という動作によって生まれた反作用が、僕の身体を倒れ込んだ状態から、立ち上がらせる。

 

 

 

 

立ち上がった状態から、左足を地面に突き刺す。スライディングによる等速直線運動じみた滑走を、左足という名の楔で静止させる。

 

 

 

右足を引く。

 

 

 

全身を捻る。

 

 

 

 

そして、残った右手。

 

 

 

 

その掌を、ヤドカリの土手っ腹目掛けて、打ち込んだ。

 

 

 

 

 

ヤドカリに、衝撃が走る。

 

 

 

 

衝撃が、ヤドカリの体内を疾走する。

ただ、それだけでは、その衝撃は収まらない。

 

 

 

 

アッパー目掛けた掌底打ち。

その威力は、ヤドカリの巨体を、まるでロケットのように打ち上げる。

 

 

 

そうしてヤドカリは、そのまま上方へと吹っ飛んでいき、緑色に発光する鉱石の天井に突き刺さったのであった。

 

 

 

 

 

カチ上げられたヤドカリは、そのまま沈黙。

屋敷のような大きさを誇ったヤドカリは、2mにも満たないヒト型の前に、敗北したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

………勝利した、らしい。

よかった。この登攀をもう一度やり直す、というのは流石に、やりたくない。

 

 

 

勝利は、勝利。生還できたことを喜ぶべきだ。

しかし………。

 

 

 

僕の(じん)生初めての戦闘の相手が、地球侵略を企む宇宙人でも、宇宙怪獣でもなく。星の脅威でも、人類の脅威でもなく。

夏イベ水着美少女キャラの強化素材を落としそうな、巨大ヤドカリだったとは。

 

 

 

うーん…うーん?

別に相手がどうのこうのを気にすべきことではないとは思う。しかし、なんかちょっと納得したくないという気持ちがあるぞ。

 

 

 

 

少し心をモヤつかせながらも、ふと目線を泉の水面に移す。水面には、天井に刺さった巨大ヤドカリが映っていた。

 

 

 

それがちょっと面白かったので、自分も顔を出してみる。面白いオブジェと一緒に自撮りを撮るぐらいのノリで、水面へと、僕は僕自身の像を浮かべた。

 

 

 

 

僕の全貌が、水面に映る。

 

 

 

 

 

そういえば、僕は躯体の身体スペックだけを意識し過ぎるあまり、容姿のことについては、あまり関心を持っていなかった。

 

 

 

ヒト型に、デスクライミングを敢行出来る力さえあればいいや、と半ば投げやりな姿勢で、躯体の作成を行ったのだ。

 

 

 

それは、強大な竜としての視座ゆえだったのかもしれない。山みたいなデカいドラゴンにとって、人間なんて、豆粒のようなサイズだ。

人間とは、「四本足で、目と耳と鼻と口と髪の毛が生えてるツルツルした猿」、みたいな見識で生きていてもおかしくはない。

 

 

 

 

躯体の容姿に関しては、白い長い髪を生やしていたぐらいは知っているが、それ以外は覚えていない。

 

 

 

 

しかし、その杜撰な自意識も、自身の操作するフレームを、ヒト型に変えたことによって変化した。人並みの関心が生まれてきたのである。

 

 

 

そんなこんなで、自分の容姿について今まで顧みなかった反動が、水面に映る像というモノの前で、爆発したのであった。

 

 

 

 

僕は、どういうカタチをしていたのか。

気になってしょうがない。

 

 

 

 

水面に反射した、自分の姿が目に入ってくる。

 

 

 

 

 

「───わ」

 

 

 

 

驚きは、突然だった。衝撃と言ってもいい。

だが、驚いた僕を許して欲しい。

 

 

 

僕の躯体は、人間の美醜なんて考えず、適当に作ったものである。

 

 

 

この躯体は、発売直後のゲームのキャラクリエイトで、「能力パラメーター振りは真剣に考えても、容姿設定はどうでもいいので、早く遊ばせて欲しい」というプレイヤーが突貫で作ったキャラみたいなものだ。

 

 

 

あと、粘土細工を考えて欲しい。人間の美醜に囚われない超存在に、「なんかテキトーに人形を捏ねろ」と命令しても、人間たちにとって美しい姿は作らなさそうでしょ?

 

 

 

それと同じです。

 

 

 

そりゃあ、どんなによくても、不細工な造形をしているんだろうなーって薄ら思うでしょう?

 

 

 

正直、「自身の不細工さが顕になるなー、コレ」って思いながら、水面に顔を出したのだ。

 

 

 

「手足ついてて、顔くっついてれば、それでいいんじゃないの?」

 

 

 

 

 

そう考えて作った僕の躯体は、何故だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

非常に、美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

……なんで?

 

 

 

 

 

水面を注視する。

 

 

 

 

 

蒼く星を思わせる瞳、長い睫毛、すらっと伸びた鼻筋、凛々しさを帯びた輪郭に、愛らしさを帯びた頬。

 

 

 

そして、白い絹糸のように滑らかな、長い髪。

 

 

 

 

すらりとした手足。

それは、機能美じみた有用性を残し、且つ均整が極端に整った容貌。まるで、黄金比を想起させる肉体であった。

 

 

 

 

男性的に美しいのか、女性的な美しさを持っているのか。

 

 

 

そのどちらか判断しかねる、中性的な美しさを、その躯体は維持していた。

 

 

 

 

 

ヒト型の物体が辿り着ける、美しさの「極致」。

 

 

 

 

まるで、ソレに指を掛けているのではないかと錯覚してしまう。

 

 

 

 

 

にしても、なんで?

この躯体は、どうしてこんな風に仕上がってしまったんだろう。

 

 

 

 

 

疑念と困惑が自身に積み重なっていく。

 

 

 

 

美しさへの関心は止まらない。

なぜなら、「美」とは、人間社会における、原初の神秘の一つであるからだ。

人間であることに拘る僕もまた、「美」という事象に囚われつつある。

 

 

 

 

 

しかし、躯体の美しさの前に、まず、気づくべき点があった。

 

 

 

 

 

 

 

「………あっ」

 

 

 

躯体の肉体美を、ありありと顕にしている僕。

 

 

そうだ。

 

 

 

 

僕は、全裸であった。

 

 

 

 

 

股間も丸出しの露出狂であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

人間社会において、局部丸出しで道を練り歩く人物は、お縄に掛けられる。

それは、美しさによって、免れるようなモノでは無い。

 

 

 

美しいからセーフ。

それだけでは済まされない世界(地獄)こそが、我々が生きる汎人類史なのだ。

 

 

 

 

 

人間の生活圏に入る際に考慮すべきなのは、自身の顔面ではなく、衣服の心配であった。

 

 

 

 

 

しかし。

 

 

 

 

 

「衣服ってどうやって用意すればいいんだろう……?」

 

 

 

 

 

人間の生きる生活圏に入るまでに、衣服を用意しなければならない。しかし、生活圏の外に、服屋など無い。

 

 

 

 

地下ダンジョンに、ユニク■はない。

 

 

 

 

そもそも、僕は、服代を払う金銭も持ち合わせていないのであった。

 

 

 

 

 

 

 




→滑走だ
 投擲だ
 牽引だ

実は、どんな行動を取っても、ヤドカリ君は敗北します。哀れヤドカリ君。



※ちなみに、ヤドカリ君はノックアウトされただけで、死んでません。
突き刺さったままのヤドカリ君は可哀想だったので、後で抜いてあげました
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