境界の竜、その仔   作:楼ノ卦

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08呑み込まれそうな、迷宮を切り裂いて-2

 

 

妖精眼。

 

 

 

 

それは、妖精が生まれつき持つ『世界を切り替える』視界。高位の妖精が持つ妖精眼は、あらゆる嘘を見抜き、真実を映す眼と言われている。Fate/Grand Orderにおいては、楽園の妖精、とある妖精王が保持していたモノ。

 

 

 

「妖精眼って、妖精が持つっていう、あの?

でも妖精眼って、妖精特有の異能だろ。人間が持ってるなんてコトあり得るの?」

 

「あり得るんだよね、それが」

 

 

妖精眼と呼ばれるものは、二つある。

汎人類史の妖精が持つ機能としてのモノ。

そして、人間が稀に持つ魔眼としての能力だ。

 

 

魔眼としての妖精眼は、妖精のモノと機能はほぼ同じ。世界の視点をズラすことによって、通常では知覚出来ないモノを知覚する異能。

知覚出来るモノは、魔力の流れ、魔術の気配、妖精、実体化をしていない幻想種、などがある。

 

 

 

「霊的感知能力の高さが売りの魔眼だね。

真の妖精みたいな読心とかは出来ないんだけど。結構便利なんだよ?」

 

「ほうほう」

 

「この眼のお陰で、生まれつき単純な動体視力も良くてね。ゴーストをマニュアル操作で戦闘する際には、よく助かってるんだ」

 

「なるほど、そりゃ凄い。魔眼が神秘以外の面で機能するとは。……でも、デメリットとかってないの?」

 

「あるね」

 

「やっぱあるんだ」

 

「妖精眼を持っているとね、神秘的な事象に巻き込まれやすくなるんだ。この霊墓アルビオンは、多くの幻想種が跋扈する地でもある。そうするとさ、ほら。『神秘的な事象に巻き込まれやすくなる』ってのは、アルビオンだと幻想種に遭遇しやすくなるという意味になるんだ」

 

「あっ……」

 

「アルビオンの幻想種の中で魔術師が対応出来る種は、全体の二割程度でしかないんだ。私たちはアルビオンの探索の際、可能な限り幻想種たちに接敵しないように探索を進める。それが、セオリー」

 

 

 

極限の迷宮探索において、出現する敵と戦うというのは悪手だ。敵の殆どが、討伐不能な凶悪エネミーである上、そもそも体力、そして道具は有限なのである。

 

 

 

「そんな中、『幻想種に遭遇しやすい』体質の人が探索チームに参加してたら、どうなると思う?」

 

 

 

 

全滅である。

 

 

 

「だからね、私はアルビオンに潜る前は、妖精眼の制御に人生を費やしたの。ブレた視界を、そこからブレさせた分を、態と逆の方向にズラして、元の視界に戻す。力技だね。お淑やかじゃないと思うけど、私は妖精眼の特性を妖精眼を使って、普段視界がブレるのを抑制しているの。そのお陰で、いざという時以外は普段の眼って感じで過ごせてるよ」

 

「なるほどね。……ねぇ、妖精眼は神秘的存在に遭遇しやすい特性を持つんだよね」

 

「そうそう、妖精眼の制限を取っ払う時は、実際にその特性が取り戻されるね。でも、コレは遭遇しやすい、なんて表現で済むモノじゃなくて。妖精眼を開いた瞬間、誘蛾灯に飛び込む虫みたいに彼らは飛び込んで来るんだよね」

 

「……ケルピーに襲われてた時、あの湖には死にたてホヤホヤの幻想種の死骸があったよね。あれって、もしかして……」

 

「あぁ、あれは、妖精眼で私が無差別に誘導した幻想種たちだね。ケルピーに対抗できる手段が私に無かったからさ。『もうどうにでもなれーっ』て感じで、ケルピー相手に時間稼ぎ出来そうな怪物達を順次ぶつけていたんだ」

 

 

 

 

まじか。

 

 

 

 

「……なんて、無茶苦茶だ。パワフルというか、なんというか……」

 

 

 

 

無茶苦茶だ。

もし、ケルピーを超える戦闘力を持つ幻想種Aが寄って来てケルピーを打倒したとしよう。

ケルピーとの追いかけっこは終わり。

 

 

 

では、その後はどうなるだろうか?

ケルピーを倒した幻想種Aとの追いかけっこだ。彼女の体質に惹かれ、齧り付かんとする幻想種Aからの逃走。それは、幻想種Aを打倒し得る新たな幻想種Bを求める逃走だ。

 

 

そして、幻想種Bと遭遇し、Aを打倒したとしよう。その後、Bは立香を殺そうと追い掛けるだろう。そうすれは、Bを打倒するCを求める逃走をする。そして、Cを打倒するDを求める逃走。Dを打倒するEを求める逃走。Eを打倒するFを求める逃走。そして………という具合で、逃げ続ける限り、このループはほぼ無限に続くだろう。この逃走は一時だけの、その場凌ぎでしかない。

 

 

生存の事が第一であり、あの場における唯一の延命手段であることはわかる。しかし、なんと力技というか、なんというか…

 

「うっ……返す言葉もございません。私もそう思います。半ばやけくそ気味だったから。人間、追い詰められたら、やっぱ手段選ばないんだってこと、身に染みて体験出来たよ」

 

 

 

あぁ、分かった。ケルピーの居た湖まで、僕が引っ張られるように誘導されていた原因。それは、藤丸立香による無差別誘導だったんだ。

 

 

ケルピーと戦闘した幻想種達は、次々と倒され、結局立香はケルピーに追いつかれてしまう。彼女の自爆じみた策は、失敗したように見えた。

 

 

 

けれど、彼女は僕という怪物を誘導することに成功しなんとか生き残ることが出来たのだ。

なんて運がいいのか。いや、なんて運命力の高さだろうか。

 

 

 

ケルピーの周囲には、あの水怪を打倒しうる怪物は存在しなかった。それ故に、いくら怪物を束ねても水怪を打倒することはできなかった。

 

 

しかし、そこで偶然、虚無の穴をクライミングしている(スーパー)ドラゴン人が、彼女の居た階層を通り過ぎたことによって、彼女は助かったのだ。なんて奇跡だ。ガイアの怪物が、横を偶然通り過ぎるなんぞ、何百年、否、何千年に一回の奇跡だ。万に一つでも無いであろう奇跡を彼女は掴み取ったのだ。笑ってしまうぐらいに出来過ぎている。こんなことが起きてしまうなんて。これでは、運命を信じてしまいそうになる。

 

しかし、都合が良かったのは彼女だけではない。立香との出会いは僕に取っても非常に得難い出来事だった。立香と行動して分かったが、このアルビオンという地下迷宮は想像出来ないほど巨大なのだ。

 

 

本来なら僕は、「虚無の穴」を登り切った後、30層の超広大な地下ダンジョンを単独で踏破しなくてはならなかった。しかも、地図、ナビゲート手段無しでだ。

 

 

 

下手すれば、数ヵ月は迷宮で彷徨い続けるハメになったのではないだろうか。我ながら、自分の見通しの悪さに呆れてしまう。

 

 

 

だが、自分の能天気さを自覚する程、立香の手際の良さを実感する。慚愧の念が増すほど、彼女への信頼が厚くなる。そんな彼女曰く、このペースで行けばあと1日、2日でマギスフィアまで到着することが出来るらしい。

 

 

 

どうやら、僕は彼女と組んだコトで大幅な時間短縮ができたようだ。

 

 

 

 

しかも、外套を貸して貰えたし。

 

 

 

 

懸念の一つであった衣を貸してもらえたことは本当にありがたい。これにはかなり助かった……と、言いたいところであるが。安心してはいけない。立香の言ってたことを思い出そう。彼女は、「マギスフィアまで貸してあげる」と言っていた。

 

 

 

つまり、この外套の返却期限は、マギスフィアに着くまでということだ。ならば、マギスフィアに到着した瞬間、僕はまた全裸に元通りとなってしまうのでは……?

 

 

 

聞きたくても、恐ろしくて聞くタイミングが掴めない。あぁ、手放したくない。一枚ではあるが、文明の衣で一度でも身を包んでしまえば僕も文明の子だ。仮にも文明社会の一員として仲間入りした今、裸に戻ることへの拒否感は、まるで炎のように燃え上がってしまう。

 

 

 

しかし、だが。

ふと自分の思考を客観視する。

 

 

 

手放したくない、か。

なんとも勝手な言い分である。

そもそも、この外套は彼女からの借り物なのだ。彼女の親切心からの情けなのだ。

 

 

 

それなのに。

女の子から借りた衣を、全裸の上に着用しておいて、借り物を返したくないなんて、なんて破廉恥な言い草なのだろうか。自分の内心の自分勝手な思考に、嫌気が差してくる。

恥を知れ、恥を。

 

 

 

全裸は恥ずかしいのに、女の子の親切心に甘え腐るのは恥ずかしくないのか?

湖の騎士(ランスロット)の名前は、ただの飾りか?

 

 

否。そんなわけがない。

「ランスロット」という名前を頂いたのだ。その名前を貰った以上、「彼」と名前をくれた彼女に背を向けるような生き方をしたくない。

 

 

 

……だが、自身にガンを付けても何も始まらない。何も始まらないというのは衣服のことだけではない。採掘都市に着いてからの、僕の今後についても考えた上で、彼女と話し合おうと思う。

 

 

 

思索と並行しながら、迷宮を攻略していく。

 

 

 

今僕たちが目指しているのは、採掘都市マギスフェア……ではあるのだが。それは最終目的地。迷宮探索は、ぶっ続けで行うわけではない。そもそも、手練の探索者がショートカットと高いリスクを犯した強行軍を、半日掛けて行った上での成果が、約20層の移動だ。そこから生存や安牌を取るのであれば、時間はもっと掛かる。

 

 

 

 

例えば、移動してきた疲労を回復し、栄養の補給がてら休むための時間も必要だ。目的地に行くまでの中継地点。高速道路でいう所のサービスエリアである。

 

 

僕たちは、休息地と成り得る安全地帯を幾つか経由しながらこの迷宮を進んでいる。

休む時は休み、進む時は進む。

 

 

 

無理はしないくらいの近道をしながら、安全に着実に進む。それが、僕たちの方針であった。

 

 

 

 

 

魔術師は、魔力による肉体操作によって、水分や空腹感、疲労感、体内時計などをある程度制御出来る。この手の肉体操作は、迷宮において排泄や食事や給水の調整というカタチで利用される。

 

 

 

一人前の魔術師ならば、24時間飲まず食わず排泄無しで普段通りのパフォーマンスを発揮する、といった芸当も可能だろう。

 

 

 

おそらく、探索者の一人でもある立香もそうだ。

 

 

なら、僕はどうなのだろうか?

正直に言おう。

 

 

僕に排泄、食事、睡眠は必要ない。

 

 

なぜなら、僕の今の身体は、サーヴァントに近いからだ。霊基の躯体に魔力さえ補充されていれば、そんな人間らしいことはしなくてもよい。

 

 

しかし、万が一という事もある。

 

 

 

立香だって、魔力操作を行えば、24時間飲まず食わずで行けるだろう。しかし、立香は現在戦闘以外の全ての役職の役割を果たしている。疲労感は、いつもの比ではない筈だ。そして、僕たちは強行軍をするほど何かに追い詰められているワケでもない。しかも、戦闘という点なら、ランスロットという幻想種とシバき合える強者が居るのだから、本来なら突破不能なモンスター相手でも倒せるし、戦闘による疲弊が殆ど無いのだ。

 

 

 

 

故に、僕たちは通常では取れない手段を取りながらも安全にゆっくりと、そして一般発掘チームよりも早いペースで歩みを進めていた。

 

 

 

僕たちは進んでいく。

スムーズに進んでいく。

 

 

そうして、僕たちは。

僕たちの休憩地点と成り得る場所へと辿り着いた。

 

 

 




【tips】
魔術礼装『術霊五指』
ラルア・ディジトス。
一本指につき一体、合計5体の幽霊を封じている籠手型の限定礼装。手の甲には、杖のシンボルが刻印された赤い魔石、五指には魔石の破片が一つずつ嵌め込まれている。赤い意匠を手の甲を右手に携え、霊を召喚する彼女の姿はまるで、かの並行世界のマスターのよう。戦闘の際は、三体の霊を先頭に呼び出し、控えの二体の霊を背後支援させるという立ち回りを求められる。メイン戦力たるランスロットを前衛に入れると、前衛三体、後衛三体の編成。

霊を使役する際は、使役者本人の身動きが制限されるというデメリットも存在する。これは霊を魔石から召喚する際、礼装が術者本人とその空間の土地を楔とし、霊と結び付けるためである。

この魔導具は礼装、土地や召喚者を触媒として、魔石という記録帯から霊を召喚する。この礼装はとある魔術儀式を行うため、そしてある理論を検証するために制作された小型サンプル試作礼装。あくまで、実験のための簡易機材である。

これは、かつて地上世界の時計塔に在籍していた魔術師によって作成された。出来上がったのは数百年も前であり、骨董品と呼んでも過言ではない代物。しかし、レトロで簡素なミニチュアであるのだが性能は良い。作成者は、さぞ名高い魔術師なのだったのだろう。
"約10年"に、時計塔の礼装市場に卸されてから、何の因果か採掘都市へと運び込まれ、現在では藤丸立香が運用している。
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