境界の竜、その仔   作:楼ノ卦

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09展望

僕たちが、休憩地点として選んだ場所は、草木の生えた洞窟の広間であった。立香は自身が背負っていたバッグを外し、それを開ける。そのバッグからは、明らかにバッグに収まらないような簡易キャンプ器具がスルスルと取り出された。

 

 

 

先程の休憩の際に、この動作は一度見せてもらった。しかし、この様への初見のびっくりの残響は二度目でも響いていたようだ。心が小さく弾んでしまう。一度だけ見ただけでは、驚愕の念は、完全に消え失せることは無かったようだ。

 

 

 

その様は、まるでポケットから秘密の道具を取り出すたぬき型ロボットのよう。

ただ、万能な例の夢のポケットよりは、幾分かは現実的な光景であった。

 

 

 

 

彼女の取り出した道具の一つ一つは、バッグの容量を考えれば、ギリギリ入るかもしれない。

実際、取り出された道具は、地上で見られるアウトドア製品よりも、一回り小さい。

しかし、はっ、と気付くといつのまにかそれらの道具は通常の道具のサイズに戻っている。

 

 

 

 

 

それでも、小さな袋から大きな道具が次から次から出てくる、というのは心が躍る。それは不思議で、まるでマジックのようで。そして、「彼のポケット」をTVで日本で見て育った子供にとって、それはまさに、浪漫の塊であった。

 

 

 

 

 

僕は、この魔法の袋から目を離せなかった。

いっぱいに詰まった宝箱を、熱っぽく、愚かしくも、純粋に見入ってしまう。そんな幼い子供みたいな様を見て、立香はちょっと笑ってた。

 

 

 

 

「ふふっ、さっき一回見たのに。まだ目キラキラしてるじゃん」

 

「そりゃあ、そうだよ。キャンプ道具一式を、こんな小さな袋に一つ全部収めるなんて。見てるだけで、ワクワクするよ。世間では、こういうのを、魔法の袋って呼ぶんだよ?」

 

「魔法の袋なんて大げさだよ、ランスロット。このカバンは、空間拡張の魔術が掛けられてるだけ。地下探索ではよく使われる大量生産品の一つだよ?」

 

「それでもさ。魔術の使い手の前で、『魔法』なんて気軽に言うべきではない、ってコトは分かるけど。でも、これはすごい。浪漫だよ。まるで猫型ロボットのポケットみたいだ」

 

「……猫型ロボットのポケット?」

 

 

 

 

"猫型ロボットのポケット"というワードを耳にした時、立香は首を傾けた。

 

 

 

 

 

「あれ?立香。知らないの、猫型ロボット?」

 

「知らないよ、猫型ロボット。もしかして、映画の話?」

 

 

 

 

『猫型ロボット』、『ポケット』というワードに全然ピンと来ていない様子。

 

 

 

 

彼女は、本当に心当たりがないらしい。

あの猫型ロボットを知らないとは。

 

 

 

「えっと、立香。これは、正直なんかわかんないけど。なぜか、知識として知ってたものなんだど……」

 

 

 

 

小賢しい前置きを置きながら、例のアニメ、もしくは漫画の概要について説明する。

 

 

 

 

「───ニホンのアニメーション、か』

 

 

 

少し、感慨深そうな表情を見せる立香。

 

 

 

 

「……そう言えば、立香。君の名前から勝手に君のことを日本人だと思ってたんだけど。

君って何処出身なんだい?」

 

 

 

 

ドラちゃんに馴染みが無いとは。藤丸立香は、日本人である筈だ。ということは、日本に住んでた時期が、殆どなかったのだろうか。

 

 

 

 

いや、そもそも彼女が"藤丸立香"の同一人物だとは限らないのではないか?現に、彼女は原作では影も形もないような異能を保持している。

 

 

 

 

その上で、現代に遺る世界最大の地下迷宮、その探索者をしているのだ。「ごく普通の人間」、では済まされない。そもそも君は、何者なんだ?

 

 

 

 

 

「私?私はね、此処だよ」

 

 

 

 

 

此処……?

 

 

 

 

 

 

「霊墓アルビオン。そして、その迷宮における、人類の生存領域。私達が今向かってる場所、採掘都市マギスフェア。そこが、私の生まれた、故郷なの」

 

「───」

 

「確かに、ランスロットが言ったように、私の名前はニホン人のモノだよ。私、ハーフなの。お母さんは、地上の湖水地方出身。お父さんはニホン出身なんだ。お母さんは落ちぶれた英国魔術一家の末裔で。お父さんは新世代の魔術師でね。二人は探索者としてこの迷宮に潜り、マギスフェアで出会って、私が生まれたってワケ。………って、わけ知り顔で説明したんだけど。実は、私は両親の顔を覚えてないんだけどね」

 

 

 

「えっ」

 

 

 

 

「そうなんだよねー。私の両親は、アルビオンの発掘者だったんだけど。私が物心付く前に、迷宮で行方不明……というか、まぁ、多分死んじゃったんだろうね。その後、私は二人の知り合いだった、とあるお爺ちゃんが、私を引き取ってくれて。この年になるまで育ててもらったんだ。そうして私は今、お爺ちゃんと一緒に生活してるのです」

 

 

 

 

あっけらかんと彼女は喋った。

怒涛の情報量が押し寄せてくる。

それらを、一つ一つ、頑張って咀嚼する。

 

 

 

 

藤丸立香。眼前の彼女は、落ちぶれた英国魔術師、そして新世代の日本人魔術師の混血児であった。

 

 

 

 

「正直、お父さんとお母さんって言われても、あまりピンと来てないんだよね。私を育ててくれたのは、お爺ちゃんだから。私にとっての家族と言われて想像するのは、お爺ちゃんなんだよね」

  

 

 

 

そう言って彼女は微笑んだ。

 

 

 

話の中、立香は彼女のお爺さんに対して、一回も貶すようなことを言わなかった。彼女は、思春期に直撃する年頃の筈だ。親に言いたい事の一つや二つはあるだろう。なのに、家族に自虐混じりの話を一つもしないなんて。

 

 

それは、お爺さんとの関係性の賜物か、彼女の人柄の良さ故だろうか。

 

 

……もしくは、会って一、二日の人に対して家族の自虐をすべきでは無いだろうという礼節を持ち合わせているだけかもしれない。

 

 

 

 

「そうか……立香は、お爺さんに育てられてきたんだね」

 

 

 

 

「そうそう。二人でマギスフェアの一画の家に、住んでてね。まぁ、私が迷宮に潜るって言い出した時には、言い争いになっちゃったんだけど。長い時間の話し合いを経て、今は何とか理解を示してくれたんだ」

 

 

 

 

まぁ、気持ちは分かる。

霊墓アルビオンは、死と隣り合わせの危険地帯。そんな場所に、我が子のように育てた女の子をむざむざ行かせるなんて、僕だって反対するだろう。実際、僕が居なかったら、彼女は命を落としていたかもしれない。

良かった。愛されてるんだな、彼女。

 

 

 

 

 

「そういうワケで、今の私は霊墓アルビオンで探索者をやってるのです。そして、これからもこの仕事を続けていくつもり。そのためにも、私はマギスフェアに生きて帰んなきゃいけない」

 

「……そっか。それじゃ、生きて帰ってお爺さんにちゃんと顔を出さなきゃね」

 

「そうだね。あんなに渋ってた迷宮潜りを許してくれたんだから。せめて家にちゃんと帰らなきゃ、世話ないよね」

 

 

お爺ちゃんの顔を、心に思い浮かべているのだろうか。両目を瞑りながら、祈るように、彼女はそう言った。

 

そこから瞑った目を開いて、僕の目を見つめてくる。

 

 

 

「そういえば、ランスロット。君は、マギスフェアに戻ったら、どうするの?」

 

「どうするの、っていうのは」

 

「これからの生活の展望だよ」

 

 

 

 

ぐ、来たか。これからの話。

 

 

 

「うっ……そうだね。そもそも、僕の人生に、知人は居ないし。最悪なことに、無一文だ。文字通りの、裸一貫。マギスフェアで生きるためのツテなんてものは無いんだよね……」

 

 

 

どうしたものか。

 

 

 

「そうだよね。ふふっ。今君が身に付けてるのも、私の外套一つだけだもんねー」

 

「うぅ……」

 

 

 

身に付けてるものすら、借り物なのだ。

これを返却してしまえば、僕には本当に何もなくなってしまうんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこでなんだけど、さ。

もしよければ、どう?ランスロット。私の家に来ない?」

 

「─────いいのかい?」

 

「もちろん。私の家の客室、ちょうど空いててね。誰も使ってないんだ。もし、その場所でよければ、是非そこに居座って欲しいな」

 

「まじか………でも、本当にいいのかい?お爺さんも居るのだろう?いきなり押しかけて来て、迷惑ではないだろうか」

 

 

 

お爺さんの都合だってあるだろう。

 

 

 

「いいの、いいの。お爺ちゃんも、喜ぶくらいだと思うよ。ねぇ、ランスロット。

君は自覚あるかな。君って実は、私の命の恩人なんだよ?君があの場所に居なきゃ、私を助けてくれなきゃ、今の私は此処に居なかったんだよ?」

 

「あ───」

 

「それだけじゃない。地下60層から、ここまで復帰できたのは、幻想種への対処を単身でやってきた君のお陰なんだよ。チームから完全に逸れた探索者にあるのは、死のみ。その定めを覆してくれたのは君なんだ」

 

 

 

しかし、それだけではないだろう。

確かに、僕の腕力はこの迷宮攻略では役に立ったろうが、戦闘以外の仕事を殆どこなしていたのは彼女だ。

 

 

索敵、警戒、ナビゲート、攻略プランの目処。

それらは、全て、迷宮への深い造詣のある彼女にしか出来ないコトであった。故に、それらは、全て彼女に頼り切りになってしまった。

僕が居なければ、彼女は此処に居なかった?

 

 

否。

彼女が居なければ、僕は此処に居なかったのだ。

 

 

 

「それを言えば、君だって───」

 

 

と言おうとした瞬間に、彼女に主張を遮られる。

 

 

 

「と、に、か、く、ね?私が生きてるのは、君のおかげなんだから。それに見合ったお返しくらいはしなきゃでしょう?空き部屋を貸すなんて、安いモノだよ。…………もし、それが嫌だったら、ある程度の貯蓄が出来た後に独立して、集合住宅(フラット)に住むのが良いと思う。うん、当面は私の家の部屋を貸すよ」

 

 

 

 

嫌だなんてそんな。

そんなことがあるもんか。

 

 

 

「……うん。そうだ。まずすべきなのは、感謝だ。本当にありがとう、立香。キミからはずっと貰ってばっかだ。」

 

 

 

ここまで良くしてくれると言うのだ。

「だって」「でも」と、梯子を外すような曖昧な言葉を使い続けるのは、彼女に失礼だ。

彼女の好意へ最初に示すのは、困惑ではなく、感謝の念であるべきであった。

 

 

 

 

「ふふっ、どういたしまして。でも、ランスロット。君に渡すものはこれだけじゃないよ?勿論、マギスフェアに到着したら、そこで衣服も君に渡すよ。その外套は、あくまで迷宮まで。都市に着いたら、ちゃんと服は着ましょう。外套一丁で、身体の大体は隠れてても君は素足なんだから」

 

 

 

衣服までも用意してくれるという。

あぁ。今までの懸念事項が、全て彼女の手によって、ばっさばっさと解決していく。

ここまで世話を焼いてくれるなんて。

一生、彼女には足を向けて寝ることは出来ない。

 

 

 

「でも……そうだね。これは、最初に言うべきことだったかもしれない。ねぇ、ランスロット。君がマギスフェアの住人として一般的な格好をして、どれだけ馴染もうと努めても、多分君の周りは、大騒ぎになると思う」

 

 

 

なんだって?

 

 

 

「それは─────なんで?」

 

「君の容貌だよ。つまり、顔」

 

 

 

僕の顔面……?

 

 

 

 

「うん。ねぇ、君は顔がいい……のは自覚ある?」

 

「まぁ、うん。一応はね」

 

 

自分で自分の顔面の美しさを肯定するのは、少し気恥ずかしかった。

 

 

 

「君は、顔がいい。けどね、コレは顔がいいというレベルじゃなくてね。………そういえば、ランスロットは死徒って知ってる?」

 

 

 

あぁ、知ってるとも。それは、真祖、又は死徒そのものによって血を吸われた人間が、変貌して生まれる吸血鬼だ。肉体以上の根源的な部分、魂という存在そのものを汚染された末に生まれる怪物。

 

それは、人類史の否定者。

人理が健在の世界では力を持てず、逆に人理の鼓動が弱い世界では、世界に跳梁する存在。

彼らは、ヒトでありながら、「人類の脅威」としてカウントされるのだという。

 

 

 

「その死徒がどうかしたの?」

 

 

 

「それなんだけどね。死徒っていうのは、人間から高次の生命へと不可逆に変化させる、命のバージョンアップ。彼らは、存在そのものを高次のものにすることによって、美貌を手に入れるらしいの。これは、死徒だけに言えることじゃない。……私が言いたいのは、生命としての階梯を登ると、ヒトはより美しくなる、ということなの。君は、妖精域から帰還して、人間離れした超人的な身体能力を手に入れた。でも、君の変化はただの身体能力の強化なんてレベルの話じゃない。君の拳は、幻想種の生得領域、異能を真っ向からねじ伏せるまでの神秘を帯びているんだ。ヒトの肉体では、到達出来ない領域まで君の肉体は変貌してる」

 

 

 

「つまり……僕は、高次の生命体として変貌していて。それ故に、高次生命体相応の、美貌を手に入れた、ということ?」

 

 

 

「そういうこと。そしてランスロット。君の顔面は、美貌と称すことが出来る次元を超えている。君の肉体は、神秘の塊そのもの。特に君の顔面。君の顔は何もせずとも、世界最高の『美』として成立する。これは、ただの美しさじゃない。異能と呼んでも遜色のない埒外の、暴力的な『美』なの」

 

 

 

「……暴力的な、美?ちょっと待って。美しさという概念は、個人の所感で成されるものだろ?美しさ自体にそんな人に食って掛かるような自発的な暴力性は無いでしょ」

 

 

「それがね、あるの。何事にも行き過ぎた概念って言うのはね───」

 

 

自身が吐いた欺瞞とは裏腹に、僕は彼女の言っていた危惧が良く分かってしまった。

『美』が、神秘的に突き詰めれば、どんなことになるのかと言うことを。

メソポタミアの美の女神、そして黄金姫と白銀姫。原作でそれを知っている分、僕は突き詰めた『美』の恐ろしさを識っている。

 

 

魔術という神秘は、自身が世界を変えられるという確信に基づいて行われる。

なら、その確信を根底から覆すような光景を、直視してしまえばどうなる?

答えは、簡単。魔術が使い物にならなくなってしまうのである。立香は、僕の顔面がその類の危険物であるということを言っているのだ。

 

 

マギスフェアとは、地下世界の魔術師たちが、魔術によって作り上げた魔術の街だ。

そんな魔術によって成り立つ都市に、その魔術というインフラを機能不全にする危険物を持ち込めば、都市は崩壊する。

 

 

そういうことを、彼女は言いたいのだ。

 

 

 

「なぁ、立香。キミの言いたいことは、よく分かった。でもキミが僕が近くに居て、どうして問題なく魔術を行使出来てるんだい?」

 

 

「それは、妖精眼のお陰だね。本来、霊的視力がすごく高い妖精眼でそのままランスロットを直視すると、君の顔面に文字通り脳が焼かれるんだけど。君の顔面を見る前に、私は、妖精眼のパラメータを弄っててね。魔術的な、神秘の位相からは、君を絶対に観測しないように視界をズラしているの。だから、君の顔面は私にはあまり効いてないんだ」

 

 

 

「そうだったんだ……」

 

 

便利なんだな、妖精眼。

でもここまで霊的視力が高いと、アレだ。

もし僕を妖精眼で直視したら、躯体に不可視の経路で繋がっている僕の本体まで観測してしまったのではないだろうか。

立香が視線をずっとズラしていて、助かった。僕の吐いた言葉の殆どが欺瞞であることに、気付かれていたかもしれない。

 

 

坑道で座している怪物の姿を見られなかった事に、僕は陰ながら安堵した。

 

 

 

 

 




「そういえば、ランスロットって、自分が何歳かってわかる?」

「ん……っとねぇ。正直、わかんないや。僕が目を覚ました日を誕生日とするなら、多分生後数日ぐらいになるけど……」

「ふふっ。赤ちゃんじゃん、ランスロット。確かに、君の顔はこの世とは思えないくらいスベスベだからね。頬っぺたは、まじで赤ちゃんだ。ランスロットは赤ちゃんだねぇ。おーよちよち」

「僕の尊厳は何処行った?!年齢が分かんないとはいえ、流石に赤ちゃん扱いは気が引けるな……そういえば、立香。君は何歳なの?」

「15歳。ティーンちょうど半分だね」

「────まじか。献血行けないじゃん」

「む。確かに、地上じゃ、献血は17歳からかもしれないけど、地下では何歳でもできるんだからね?0歳児だって出来ちゃうんだから!」

「それはそれで問題じゃないいか?!」


「それは……そう!
……魔術師の倫理観はやっぱ、"一般"のものと異なってるんだよね……マギスフェアが生きる事で手いっぱいな人達が多いから、手段を選んでられないっていうのもあるかも」

「あぁ……なるほど。そういうことか。そういう問題って根深いよね。解決までに多くの時間が必要なのに、時間がいくら経っても解決しないんだから。……… ん?時間?………ちなみに来なったんだけど。今っていつなんだい?具体的には西暦何年?」

「2013年だね」

「─────じゃあ、立香が献血出来る2015年まであと二年か」

「むー。今でも出来ますぅー!」
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