ソシャゲ世界って結局中堅勢力が一番良い空気吸ってる 作:しゅないだー
「後戸。氷川を"処分"したそうだが」
異能省のとある研究施設で、男はそう声を掛けた。
後戸と呼ばれた男は縒れた白衣に身を包み、目の下には深い隈が彫られたように染まっている。しかしその瞳には少年のような無邪気さが宿っていた。
対して声を掛けた男は、190cm近い大柄な身体を仕立ての良いスーツが包んでいる。その身なりと立ち居振る舞いから男がかなりの地位にいる事は想像に難くない。
「ああ、まあね。サンプルは取ってあるし。でもその言い方は良くないよ、まだ使える所もあるんだから」
限りある資源は有効にね、と嘯きながら後戸は「話があるなら歩きながらでいい?」と再び歩き出す。
「氷川も馬鹿な事を。奴は確かに甘かったが、俺は……まあいい」
「でも本望でしょ、彼女も大事な
アリスという名前を耳にした瞬間、男は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「話は聞いた。しかしベースは氷川なんだろう?そこまで異能が遺伝子元と乖離する事があるのか」
異能省の中でも男は対外的な役割、有り体に言えば戦闘要員だった。基本的に異能省は上意下達で成り立っており、横の繋がりはあれどお互いの仕事に干渉しない。
その在り方は蟻や蜂のような社会性昆虫にも似ている。
「実際そうなったんだから認めざるを得ないよね。まあ同じ人間ですら異能が変化する、出力が上がる事例は確認されてるから。稀ではあるけどね」
「……广か。忌々しい」
都市発足当初から今まで、数多の身内を葬ってきた怪物。水生会と合わせて、奴らがいなければこの都市はもう少しマシな形になっていた筈だと男は考えていた。
「そうそう、彼みたいに死の危機に瀕するとか。異能を齎すウイルスと僕達は共生関係な訳だから。せっかく適合した人間に死なれちゃ困るし、より状況に適した力や出力を上げる事だってある。まあかなり負荷はかかるだろうけどね」
寿命とかかなり削れてるんじゃないかなあ、と後戸は興味深そうに呟いた。
「後はそれこそ、強く願う事じゃない?でもこの世界で死にかけながら何か願ったとして、大体の場合もう手遅れだからさ」
だからこそ、手負いの敵を逃がす事の恐ろしさを男は身に沁みて知っている。
「なあ、まだ"
男にそれを止める権限はない。だが異能省発足の頃から共に肩を並べて歩いてきた戦友が、自分の意志で上に牙を剥き、そして処断された。
それを受けて、ふと思った。今の自分達が目指している先には、正解などないのではないかと。
「うん。不要だからオミットしてたんだけど、情動を持たせて色々試してみようと思ってね。やっぱり優しく育てて思いやりや献身ってのを得るようにすればアリスみたいに他者をサポートする異能になるのかな?逆に苦痛を与えてみれば、それから逃れる為に防御を重視した異能になるのかも。いや、苦痛を齎す何かを排除する為に寧ろ攻撃的な物になるかもしれないね」
それはもはや相手に聞かせるため、と言うよりは口に出す事で自身の考えを整理しているようにも見受けられた。
「お前達の話はよく分からん。俺はただ秩序を守るだけだ」
諦めたように男はそう呟く。
「
その言葉には一切露悪的な感情が含まれていなかった。あるのはただ、純然たる好奇心。
「……俺は最近、自分達のしている事が正しいのか分からなくなってきた。完璧とは言わないが、今の都市は少なくとも……悪くはない筈だ」
暴力沙汰は日常茶飯事、一つ皮を剥いでみればどの勢力も何を隠し持っているか分からない。だが、隕石衝突後のあの地獄の一年を思えばここには経済があり、仮初めとはいえ平和があり、紛れもなく人の営みがある。
それが吹けば飛ぶような、藁の家だったとしても。
衝突前の世界、なんて物はとっくの昔に最早辿り着けない理想郷だという事を理解している。だからこそ、自分達が貪欲に力を追い求め続ける事がいずれ、今のこの藁の家すら吹き飛ばしてしまうのではないかと。
男はそう憂いていた。
「"力"だけが秩序だよ。水生会も自警団も裏で何やってるか分かんないでしょ?現に僕らだって、ほら」
こんこん、と後戸は手近にあった培養槽を叩いてみせる。その中を漂っている"何か"は、アリスに酷似していた。
「一度走り出しちゃったんなら、隣に誰もいなくなるまで走り続けなきゃ。でないと
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目が覚めた。
窓の外はまだ暗く、夜明けには程遠い。
「……起きるか」
だいぶ傷が癒えてきたとはいえ、流石に百花さんもこんな怪我人に仕事を振る程の鬼畜ではない。かと言ってやる事なんて寝るくらいしかない訳で。
日中にアホみたいに寝ていれば、こうやって日も昇らない内に目が覚めるのは自明の理だった。多分年寄りもこんな感じなんだろうな。
誰もいないダイニングで、電気も付けないまま沸かした茶を啜る。身体の芯に温かな灯が点るようで思わずほっと息を吐く。ますますジジ臭くなっていく気がするが、仕方ない。
何をするでもなく、そのままぼんやりと座って目を瞑る。もう眠れそうにもないけど、他にやる事もない。
2階からゆっくりと扉が開く音が聞こえた。続いて階段を降りる小さな足音に目を開く。パジャマ姿のアリスがそこにいた。
「おはよう、今日は春陽と一緒なんだっけ」
「うん。でもはるひちゃん、まだ寝てる」
「あいつ本当に用事なかったら全然起きないんだよな」
俺の部屋を明け渡すとはいえ、まだアリスは子供だ。とりあえず三姉妹が持ち回りで一緒に寝ているらしい、まあ少しずつそうやって馴染んでいくのも悪くないだろう。
上手くいけば俺がこき使われる事も少しは減るだろうし。児童労働法なんてものはこの都市には存在しない、がはは!
……まあ、そんな事も言ってられない。俺はもっと強くならなきゃ。
アリスはあの三人にもちゃんと懐いている。
けれど、決して「おねえちゃん」とは呼ばない。きっとあの子にとっての姉は、代えられるものじゃないんだろう。
朝食を作るにはまだ早い。かと言ってもう一度寝ようにも、俺もアリスも目が冴えてしまっている。
ふと思い付いた。
「暇なら付き合ってくれよ、まだ一人で出歩いたら文句言われそうだからさ」
夜明け前とはいえ、少し往来に出れば人で活気付いている。
けれどアリスを気にする人間は誰もいなかった。本当に異能省はアリスの捜索を一切打ち切ったのだと改めて実感する。
まあそもそも都市では日々大小様々なトラブルが目白押しで、数日前の事なんて誰も覚えていない。皆今日を生きるので精一杯だ。
道端に構えている露店を覗き、大振りの林檎を一つ買う。瑞々しく艶々と照りのあるそれは、俺の小遣いだと月に一つ買えるかどうか。たまの贅沢ってやつだ。
「高えんだよな、林檎も……」
プラントで生産される合成食料とはまた違う天然物の果物は貴重な嗜好品だ。殆どの人間は都市に住んでいるが、中にはケモノなどのリスクを抱えてまで都市の外で自給自足の生活をしているコミュニティもある。
そういった所との交易で、こういう品も都市に入ってくる訳だ。
都市じゃなくてそういう所に身を寄せるのもありかと最初は考えたんだけど、どこもかしこも思想が強いんだよな。というかほぼ宗教みたいなもんだし、多分俺には馴染めない。
そのままのんびりと歩き続け、元は公園だった高台へと足を運ぶ。人も少なく、都市が一望できるお気に入りのスポットだ。
古びたベンチに腰掛けて一息つく。特に喋る事もなく俺は林檎にナイフを入れ、アリスは隣で足をぷらぷらと揺らしていた。
「アリスはここにいて、いいの?」
ぽつりと、彼女が口を開いた。すぐに「なんで?」と問う前にアリスの方に顔を向ける。どう表現すればいいのか分からないのか、苦しそうな顔をしながらもアリスが自分の言葉で言えるまでただ待つ。
「アリスがいたから、おにいちゃんはけがしたよね。アリスがいたから、あの人たちは死んじゃったんだよね。アリスがいなかったら、生まれてこなかったらそんな事なかったんでしょ?」
たどたどしくはあるものの、こっちに来てからアリスはよく喋るようになった。人と接するのが刺激になるのか、語彙も増えている。百花さんの話だと、絵本から始めて簡単な小説の類すら探り探り読んでいるらしい。
あまりにも急速なその成長と学習能力は、やっぱり
「これからも、アリスがいたらみんな酷いことになっちゃうのかもって。いやだよ、そんなの。それならアリスはいない方がいいもん」
ただ、それで自分がいなかった方が良かったのではないかと思い至るようになってしまうのは。なんだか知恵の実みたいだよな、と思った。
生まれてこなかった方が良かった人間なんて存在しない、と言うだけなら簡単な綺麗事だ。実際そういう奴もいる訳だし、悩みながら口を開く。
「このナイフは人を殺す事もできるし、こうやって林檎を剥く事もできる。俺達も、多分同じような物なんだよ」
ナイフをペン回しの要領でくるくると回しながら、掌の上で滑らせる。
「どう
誰かを傷付けなくちゃ生きていけない。人は皆、己の内に獣を飼っている。ケモノはそんな俺達の本当の姿を映しているのかもしれない。
「俺の手だって、もう取り返しが付かないほど汚れてる。だからまあ……羨ましかったのかな」
「アリスはおにいちゃんの手、かっこいいと思うけど」
「そりゃどうも」
よく分かっていなさそうな顔で、アリスが自分の手を見つめている。柔らかくて、白く、小さい。
傷だらけで、握ったナイフでタコができた俺の手とは大違いだ。その綺麗な手が、この先も汚れる事がないようにと祈る。
「今から言う事は、百花さん達には内緒な。俺とアリスだけの秘密、約束だ」
「やくそく?」
指切りげんまん、と言いながらうっかり左小指を出しそうになる。
「実を言うとさ。本当に俺は生きてていいのか、なんて思う時もたまにあるんだよ。偉そうな事を言ってるくせに、俺だって生きる為に誰かを殺してる」
誰かから奪う奴は、誰かから奪われてもおかしくない。いっその事、お前らは所詮モブなんだ、ゲームのキャラでしかないんだと狂ってしまえたらどれだけ楽だろうか。
けれど俺は自分が選んでしまったこれまでを捨てられるほど、弱くもなれなかったから。
「それでも俺は死ぬのが怖いから。ずっと自分が生きてても良い理由を探してる」
死ぬのは怖い。どうやって死んだかなんて覚えていないけど、死ぬ事が酷く寒い事だけは覚えている。
でも、ただ生きるだけなら別に
それに心は何度だって死ぬ。仕方ない、と何かを諦めて見捨てる度に俺の心は緩やかに死んでいく。もう死ぬのはまっぴらごめんだ。
「ハロー、アリス。ようこそ、このクソッタレな都市へ」
朝日が昇る。少しずつ明るく色付いていく都市は人の悪意も祈りも飲み込んで、ただそこにあった。
「辛い事や目を逸らしたくなるような事も沢山あるけど、でも悪い事ばかりじゃないから」
それはたまの贅沢の林檎だったり。少し早起きして見る日の出だったり。俺の作った飯を美味いと言ってくれる大事な人達だったり。
そんなささやかな積み重ねがもう少しだけ、と俺を前に進ませてくれる。
「美味い物食って、遊んで、働いて。ほら、口開けな」
皮を剥いた林檎を切り分けると、アリスの口に差し入れる。
「おいしい!これなにこれなに!?」
林檎ね、と答えながら一欠片を自分の口に放り込む。
「アリスが生まれてこなかったら、この美味しい物にも出会えなかったってワケ」
なるほど、と神妙に頷く彼女が面白くてつい吹き出す。
「まあ寝る前に今日は悪くない1日だったって言ってくれるなら、俺のやった事は無駄じゃなかったって思えるから」
少なくとも、拭えない血で汚れ切った俺なんかの小指一本分くらいは賭ける価値があったと。
「だから、俺が生きてても良いって思える理由になってくれよ。それがきっと、アリスがここにいても良い理由になるよ」
「……うん!」
生きなきゃいけない理由もないけど、生きてちゃいけない理由もないから。とりあえず"今日"を生きてみようぜ、と。
だってこの世界は、まだまだ俺達の知らない物で溢れているから。それに"はじめまして"を言うために、今日をただ生きてみる。人生って案外そんなもん。
という訳で
ちょっと書き溜めしたりするんで更新少し止まります、簡単なあとがきは活動報告にて〜