ソシャゲ世界って結局中堅勢力が一番良い空気吸ってる   作:しゅないだー

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#12「イントロは終わり」

 

 

 髪留めの匂いを嗅いだ犬が案内してくれたのは都市の南部、どちらかと言えば治安が悪いエリアだった。まあどこも治安終わってるんだけどさ、特にこの辺は生きるのに精一杯って感じの人が多いから。

 

 一際激しく犬が反応したのは、入り組んだ路地裏にある小ビル。中に灯りが点いてるから、まあ誰かしらはいるだろう。入り口に探知用の犬を座らせて、身バレ対策に持ってきた真っ白な仮面を着ける。

 そのまま獅子の彫り物がされたドアノブに手を掛けた。

 これくらいの仕事なら、"猟犬"だけで済んでくれる事を願う。

 

「こんちわっす」

 

 重苦しい扉は見た目に反してあっさりと軽く開いた。多分建材をケチってるな。

 そのまま入ってみれば昔の任侠映画にでも出てきそうな、こってこてのヤクザ事務所。チンピラほど形から入るんだよな、こういうの。

 

 今の所、中にいるのは3人。この規模感や雰囲気からすると下位団体どころか水生会と繋がりあるかどうかも怪しい。

 一番入り口に近い場所に立っているスキンヘッド、奥のソファに腰掛けている白スーツ、そのすぐ側で飲み物を注いでるサングラス。

 いきなり不審者が入ってきたのに銃を手に取る素振りもない、これはそもそも持ってないな。

 

「なんだおま──」

 

 不用心に近付いてきたスキンヘッドがそんな台詞を吐き切る前に、不意打ちの掌底で相手の顎を打ち抜いた。百花さんに「初撃に効果的」っつって仕込まれたけど、開戦の合図には丁度良い。

 脳が揺れたのか、ふらふらと数歩後ずさったかと思うと派手に昏倒したスキンヘッドを足でどける。

 

「てめえ殺すぞ!」

「どこの差し金だ!」

 

 唾を撒き散らしながらそう凄む2人に対してナイフを抜く。そのまま刃に指を当て、傷を付けた。零れ落ちた数滴の血が、床で渦を巻いて2匹の黒い大型犬へその姿を変える。

 涎を床に垂らしながら低く唸る猟犬を見て男達がたじろいだ。

 こいつらを見てビビるくらいのレベルなら全然問題ない。

 

猟犬達(ハウンズ)、行ってこい」

 

 その言葉と共に猟犬達が男達へ飛びかかる。獣の瞬発力と膂力に抗える人間は早々いない。彼らが動き出す前に容易く抑え付け、顔を庇うように上げた腕へその鋭い牙を突き立てた。

 

「ひっ、あ、嫌だ嫌だ嫌だ……痛え!!」

「やめろ! やめ、やめてください!!」

 

 少し腕の肉でも噛みちぎってやれば、出血と痛みで抵抗する意思は潰える。数秒後に響き渡った絶叫に肩を竦めた。

 

 異能戦において最も労力を要さず勝つ方法は、そもそも相手にそれを使わせない事だ。

 それを叶えるために必要なのは初見殺し、そして相手の初見殺しに対応するためのメタ貼り。

 

 俺の異能の良い所は手札が多い所だけど、大抵の場合は猟犬(ハウンド)で事足りる。

 軽い自傷で生み出せるコストの低さ、大抵の人間を凌駕するスピード、相手を萎縮させる見た目。今も昔も俺のメインウェポン、出力は今の方がずっと優れているけど。

 

 

 机の上に置かれていたガラス製の灰皿を手に取った。煙草を買う金もないのか、汚れ一つない。本当にただのインテリアなんだろう、しかしマジで任侠映画みたいだな。

 猟犬に押し倒されて呻いている2人の頭をそのまま灰皿で殴る。鈍い音と共にちゃんと気を失ったのを確認すると、先程まで騒がしかった事務所はようやく静かになった。

 

 

 入り口に待機させていた探知用の犬を連れてくると、ある部屋の前できゃんきゃんと吠え始める。どうやら間に合った、良かった良かった。

 鍵のかかってる扉を蹴り壊すと、埃臭い部屋の中に縛られた少女が転がっているのが見えた。猿轡の代わりに口に貼られていたテープを剥がすと、少女は深く息を吸い込んだ後に震えた声で助けを求めてくる。

 

「や、いやだ、助けて、言うこと聞きます! なんでもします!」

 

 そりゃ拉致されてるだけでも怖いだろうに、急に仮面付けた怪しい男が入ってきたらマジでビビるよな。

 

「大丈夫大丈夫、君のパパに頼まれてきたんだって。ちょっとロープ切るから大人しく───」

 

 手を縛っているロープにナイフを添えようとした時、少女の瞳が俺の背後を反射して映した。

 

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 

 振り返ると同時に、猟犬達がもがき苦しみながら甲高い悲鳴を上げる姿が目に入った。血液の鉄臭さと何かを焦がしたような香りが辺りに充満する。

 短刀(ドス)を構えた若い男が、部屋の中央に佇んでいた。

 さっき帰ってきたのか、はたまた別室に潜んでいたのか。まあそれはどっちでもいいけど。

 

「ちょっとちょっと、俺の可愛いワンちゃんに何酷い事してくれてんの」

「それはうちの商品だ。置いていけ」

 

 男はそう言いながら少女を指差した。

 短刀に斬られたのであろう猟犬は、床で痙攣したように震えている。毒か何かだろうか。

 

「俺さあ、個人的に女の子を『それ』呼ばわりする奴の言う事あんまり聞きたくないんだよね」

「じゃあ死ねよ」

 

 軽いステップと共に男が距離を詰めてくる。

 そのままの勢いで突き出された短刀をナイフで払おうとし────咄嗟に止めて、寸前で回避した。

 

 その判断は正解だったらしい。刀身は僅かに腹部を掠めた程度だったが、その箇所が焼け焦げたように熱い。

 まともに受けてたらナイフがお釈迦になってたかもしれない。

 というかこれ本当に焼けてるんだけど、めちゃくちゃ痛いし。となると毒じゃない、熱、炎……というよりは少し痺れるような感じもする。

 

 多分こいつがリーダー格だろうな。さっきの三人とは動きがそもそも違う。格闘戦に持ち込まれたら普通に負けそう。

 少し相手の異能について考える時間を捻出するために、とりあえず何か話すしかない。

 

「何、こんな小さな子攫っちゃってさ。遺物にでもするつもりだった?」

 

 

 遺物(アーティファクト)、異能力者の遺体を加工して作る装備品の総称。文字通り"遺す物、遺る物"。

 と言っても誰にでも作れる、持てるという訳ではなく、都市の施設である『工房』に遺体を持ち込んだ上でそれが"彼女"のお眼鏡に適えばの話だ。大抵の人間に彼女は見向きもしないから、共同墓地が必要になる。

 

 ゲーム内では所謂(いわゆる)武器ガチャ、またはボス討伐の報酬として設定されていた。『Hello,Alice!』で手に入るアリス装備もこれに分類される。

 日々色んなルートから『工房』に持ち込まれる遺体で作られた遺物10連ガチャを引いて戦力を強化しよう! 最悪過ぎるな。

 

 遺物の性能は元の異能に左右される。『鳩の言葉が理解できる』異能目当てに攫う事は恐らくない、となると変態の玩具にでもするつもりだろうから恐らく生きてはいると思っていた。

 様子からしてまだ手を出されてる訳でもなさそうだし、ひとまずはセーフ。後はここから連れ出すだけ。

 

 

「そんな可哀想な事できるかよ。可愛がってくれる優しい、優しーいご主人様に売り飛ばすだけに決まってんだろ?」

「"涅槃市場"も潰れてだいぶ経つのに? 人身売買ってまだそんなに儲かるんだ、俺も転職しよっかな」

 

 俺の軽口に目の前の男は嘲笑うように口角を歪めた。

 

「生憎だが、求人は出してないな」

「そりゃ残念すわ」

 

 男が握る短刀はバチバチと音を立てながら、時折白い光を表面に走らせている。電気系統の異能って訳ね、見た目が本当に映えるんだよな。

 ただ直接電撃を放ってこない所を見ると、恐らく自分の武器に纏わせるくらいが限界なんだろう。

 

 もしくはあの短刀自体が遺物で本人の異能はまた別って可能性もあるけど、それは今考えても仕方ない。

 掠るだけでダメージ貰って、まともに受けたら感電(スタン)確定って面倒過ぎるな。となると……使わざるを得ない。とりあえずあの短刀さえ壊せりゃどうにでもなりそうだし。

 

贄の檻(テラリウム)

 

 逆手に握り変えたナイフで自らの手首を裂く。いつもよりも、更に深く。

 

「──(バイト)!」

 

 その言葉と同時に滴り落ちる血が煙のように姿を変え、牙を剥き出しにした猟犬の頭部が中空に出現した。

 照準を合わせるかのように、その双眸は男が握る短刀を捉え続けている。

 

 俺の異能はそのまま使っても出力が低い事はよく理解している。ただ特定の役割に特化させ、尚且つ持続時間も絞ればかなり物になる。

 まあ、というかあの夜(・・・)以来なんか出力自体がそもそも上がってるんだけど。

 半年前に嫌というほど自分の弱さを刻み付けられ、改めて己の異能に向き合った成果なのかもしれない。

 

 猟犬の頭部だけを数秒生成し、噛み付きの一撃に特化させる。そうすれば消費する血液も少量、自傷も大した事がなくたって。

 

「なっ……!?」

 

 相手が警戒するように向けていた短刀を、目にも止まらぬ速度で噛み砕いて消える。一際強く断末魔のように、白い雷が爆ぜた。

 突然現れては消えた正体不明の獣に動揺を隠せない相手の顔面へ、そのまま思いっきり右ストレートをねじ込む。

 拳が肉にめり込む感触にぞわぞわと肌を逆立てさせながら、そのまま地面に殴り倒した。

 

 ぶっ倒れた男の手を確認すると、ちゃんと指は5本付いていた。上手いこと短刀だけ噛み千切ったらしい。

 "噛"は加減が効かないから、あんまり使いたくないんだよな。

 

 改めて男が昏倒しているのを確認して、少女を縛っていたロープを解く。

 

 

 この世界にいて最も求められる資質とは、体力でも強い異能でもなく。

 強くあろうとする意志、だろう。

 

 

 もう二度と誰にも負けたくない。負けた奴は何も選べない。

 そう痛感させられたあの日から、ただがむしゃらに走ってきた。

 

 

 ビルを出た時にはもう日が傾きかけていた。

 予め聞いていた住所まで彼女を送り届ければこの仕事はこれで終わり。

 暗い表情で俺の2,3歩後ろを歩く彼女が口を開く事はなかった。相当怖い思いをしたんだろう。なら俺がべらべら話しかけるのも逆効果だろうし、メンタルケアはご家族に任せましょう。

 

 程なくして少女の自宅近くまで来ると、依頼主の男が心配そうな顔で家の前に立っているのが見えた。さっさと帰って晩飯用意しなきゃいけないのに捕まったらたまったもんじゃない。

 

「じゃ、俺はここで」

 

 少女の腹がくう、と鳴った。でもこの子に夕食をご馳走するのは俺の仕事じゃない。ポケットから薄い財布を取り出すと、それを女の子に預けて欠伸する。

 

「それ返しといてくれる? パパと飯でも食ってきなよ」

 

 そのまま踵を返して事務所に帰ろうとした時、後ろから「あの!」と彼女に呼び止められた。

 

「ありがとう、ございました」

「次は連れてかれないようにね〜」

 

 だってあれだけじゃ酒の一本買うにも足らないんだからさ、そんな物貰っても仕方ないし。

 

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 もうね、正座も慣れ過ぎちゃって足が痺れない座り方をマスターしちゃったんだよな。

 

「ねえねえレイくん、晩ご飯まだ〜?」

「自分で作って勝手に食えよ、どう見ても今俺それどころじゃないでしょうが」

「レイくんが作ってくれなきゃやだ〜」

 

 百花さんの前で正座している俺にパジャマ姿の春陽がダル絡みしてくる。

 案の定と言うべきか、帰ってきた俺を待ち構えていたのは刺すような雰囲気を身に纏った百花さんだった。

 命の危険を感じた俺は即座に土下座へ移れるよう正座の構えを取り、今に至る。

 

「春陽、向こうに行ってなさい。まあとりあえず、無賃労働ご苦労様」

 

 事の顛末を聞いた百花さんは、表情一つ変えることなくそう言った。非常に気まずい、まあ全部俺が悪いんだけど。

 

「ただの腕試しですよ、半年前に比べると見違えたでしょ」

 

 そう力こぶを作りながら(おど)けてみせる。百花さんは何故か黙って、少しだけ不満の色を顔に浮かべた。すぐにそれはいつもの無表情へと変わったけれど。

 

 半年前、アリスを助けたあの日から強くなると決めた。そりゃ痛いのは嫌だし、勿論死にたくないけれど。これから先、何があったとして自分の身くらいは守れるようになってないと百花さん達に迷惑をかける。

 

 この世界で強くなるには一に実戦、二に実戦、三四がなくて五に実戦。

 いや本当に色々あったんですよ、マジで。積極的に仕事は回してもらうようにしてるし、ある物を手に入れる為に彩葉さんに頼み込んでケモノ狩りに連れてってもらったりね。

 

「雑魚を片したくらいで良い気になっていると、その内足元を掬われるわ」

「俺にも相手にも失礼ですよ、それ。俺はいつだって必死で命懸けなんですから」

「どうせまた気絶させてお茶を濁しているんでしょう? 殺せ、といつも言っているのだけれど」

 

 バレている。

 

「まあ、あの……顔も見られないようにしたんで……」

 

 ただ百花さんを怒らせているのはそういう事ではなかったらしい。

 

「今回みたいなケース、珍しくない事は分かっているでしょう。気まぐれで助けて、次が起こって泣き付かれたら?」

「まあまあ、その時はその時でまた考えましょ……いっで!! 血出てる! 絶対血出てる!」

「出てないわ」

 

 額が吹き飛んだんじゃないかと思うほどの衝撃を感じると同時に、後ろへ派手にひっくり返った。

 女の子からのデコピン、と言えば字面は可愛らしいが。

 身体強化系最強とも言える百花さんから賜るそれは、何かしらの兵器並の威力と言っても差し支えない。

 あまりの痛みにのたうち回る俺がようやく落ち着いた頃、百花さんは俺の目をじっと見つめた。

 

「釘を刺していても、もしあの親子が『伊勢屋の人間に助けてもらった』と触れ回ったら私達は安く見積もられる事になる。たとえ、彼らのそれが善意だったとしても」

 

 善意。その言葉に居住まいを正す。

 

「私達は何者にも与しないからこそ、誰に対しても平等でなければならない。そうでなければ綻びから食い物にされるだけ」

 

 都市では少しの隙が致命的なミスに繋がる。

 嫌な話だが、こんな世の中じゃ善意ってのは隙でしかない。お人好し、と侮られる事はうちのように武力で食っている中堅勢力には毒のようにずっと付き纏う。

 前に自警団(ヴィジランテ)广(まだれ)が『伊勢屋』の名を聞いて俺を見逃したように、この名前自体に大きな価値がある。

 

「すみませんでした……」

 

 俺の行動は、下手すりゃそのネームバリューを下げかねない。そう気付いて本当に申し訳なく思った。

 

「……そうね。ただ私も無下に追い返すのはあまり良い気分ではなかったから。でも他人を信用しないで。次はないわ」

 

 なーんか最近の百花さん変なんだよな。前だったら絶対こういう場面でフォロー入れてくる事なかったし。

 まさか俺に気を使って……んな訳ないか、がはは。

 

「貴方がここに来て3年と半年くらいだったかしら。誕生日なんて初めて聞いたけれど」

「ああ、あれ嘘っす。あの方が負い目感じずに済むかなって」

 

 じゃあ本当はいつなの、と聞きながらも彼女は頬杖をついたまま興味なさそうに外を眺めている。

 

「うーん、崩壊前の事ってぼんやりしてるんですよね。思い出したくないのかな、まあそれに今更誕生日祝われて嬉しいって歳でもないんで」

 

 そう呟きながら「逆に百花さん達はいつが誕生日なんですか」と尋ね返す。顎に手を当てて少し考える素振りを見せた後、百花さんはゆっくりと口を開いた。

 

「その質問は、セクシュアルハラスメントに当たると言っておくわ」

「誕生日聞いただけで!? いっつもその数倍のパワハラ受けてんのに!?」

「パワハラではないわ、ただの実行可能な業務命令だもの。差し当たって夕食を早急に用意してくれるかしら」

 

 ちぇっ、と口に出しながら立ち上がってキッチンに向かう。

 隕石群が衝突する少し前に建てられたらしいこの事務所兼自宅にはなんとオープンキッチンが付いていた。俺が来る前の3人には無用の長物だったらしいけど。

 

 そういえば、とシンク越しに百花さんに話しかけた。

 

「そういや百花さん、俺アリスにクッキー焼く約束してるんですけど。デザートに百花さんも食べます?」

「……ふむ。そうね、頂くわ」

 

 少し百花さんの雰囲気が和らいだ気がした。いつも気を張り詰めてるし、その鉄仮面にも似た無表情から誤解されやすいけれど。

 彼女も甘い物が好きな、ただの一人の人間だ。

 

「礼、貴方が努力している事は知っているけれど。私が言いたいのは……そう、単独行動は控えてほしいの」

 

 こちらに顔を向ける事もせず、背中越しにそう百花さんが呟いた。

 

「今回のなんか単独行動のうちに入りませんよ、文字通り朝飯前でしたし。いや、夕飯前か。まあ散歩ですよ、散歩」

「散歩で怪我して帰ってくるようなら、外出禁止にすべきかしら」

 

 俺が(バイト)を発動する為に深く裂いた傷、それを覆う包帯を指差して彼女はそう言った。

 

ここ(都市)では何があるか分からない。もし外れを引いたとして……次は小指で済む保証はないわ」

「俺は寧ろ自分のこと、一人の方が逃げるにも戦うにもやりやすいと思ってるんですけどね」

 

 俺の異能はやり方次第で何でもできる。撹乱、護衛、戦闘、何でもござれ。

 でも守らなきゃいけない対象がいれば、その分敵に対して割けるリソースが減る。逃げ出す時だって自分一人なら正直どうとでもなる。

 

 けど、ひとりぼっちは寂しいから。

 

「分かりました、百花さんに迷惑かけたい訳でもないんで。報連相っすね、報連相」

 

 でもここは実はゲームの世界で、俺にはそれをプレイしてた時の前世の記憶があって、それでどうすべきかちょっと分かるんです。

 なーんて、言える訳がない。病院行けって言われるのがオチ。

 

「そもそも貴方はもっと自分の実力と立場を自覚すべき。上司としてその独断専行を咎めざるを得ない私の───」

 

 うるせー口だな、黙らせてやるか。

 

「じゃ夕飯できたんで3人呼んできますよ。その前にクッキー1枚味見してくれません?」

 

 皿に盛った焼き立てのクッキーの中から1枚取って百花さんの口に突っ込んだ。何故か動揺したように視線が泳いだ後、彼女は溜息混じりに目を伏せた。

 

「少し、甘過ぎるわね」

「えー、マジすか?」

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 そんなよくある大立ち回りを演じた翌日の事。

 何だかんだで疲れが溜まっていたのか、珍しく寝過ごしてしまった。

 やばいやばい、あのカスの遅刻魔の春陽にマウントを取られてしまう。

 急いで身支度を整えリビングへ向かう頃には俺以外の4人はもう起きていたらしく、部屋の中で何やら騒がしく話し込んでいた。

 

「ねえねえ、アリスも見たい!」

 

 真っ先に目に入ったのは、そうぴょんぴょん跳ねるアリスを抱き上げながら彩葉さんが部屋の隅へ連れて行く姿だった。

 

「うひゃあ、これは人間業とは思えないねぇ。アリスちゃんは見ちゃ駄目だよぉ」

「ちょ、ちょっとあたしもパス……あ、レイくんありがと……」

 

 気分の悪そうな顔でよろよろとソファに座る春陽に、コップへ注いだ水を渡す。

 

「おはよう、礼。早速だけどこれ、見てもらえるかしら」

「朝っぱらから何の騒ぎっすか」

 

 百花さんから渡されたのは毎朝律儀にポストに届けられている一通の新聞。黒鷺新聞と銘打たれたそれがどうかしたんだろうか。

 大抵都市のしょうもない小競り合いとか、ケモノ予報だとかそんな記事しか載ってないけど。

 寝ぼけ眼を擦りながら、霞んだ視界で新聞に目を落とす。

 

 昨日見たばかりの小ビル、少女を救い出した事務所が一面に載っていた。カラーの写真には赤色と桃色が鮮烈に色付いている。

 それが()()()()何かだと気付くには、少し時間を要した。

 引き裂かれ、ぶちまけられたであろう内臓。壁の上の方まで飛び散った血液。椅子に張り付いているのは苦悶の表情を滲ませた顔皮。見ているだけで気分が悪くなる。

 

「貴方は昨日、ここに来ている筈よ」

「いや……そうですけど。これ、俺殺ってないですよ。そりゃあいつらクズでしたけど」

 

 でも命までは取らない。百花さんからはこういう時殺せって言われてるけど、それだけは早々譲れない。

 誰も殺さない、なんて綺麗事は到底吐けないけれど。殺さずに片を付けられるなら、俺はそうしたい。

 

「でしょうね。それは分かっているわ、貴方の性格と能力じゃここまで徹底的に人体を破壊するのは難しいでしょうし」

 

 そう言われて、改めて写真を眺める。凄惨な現場の中に、何か手掛かりがあるかもしれない。

 よくよく見てみれば桃色の……何だこれ、肉? 

 哀れな被害者の物とは違う、スライム状の肉のような物が事務所内に散らばっている。

 

 ────『同様の事件は既に何件か発生しており、いずれも『子供』に危害を加えた人物や組織をターゲットにしている事から強い執着が見られる。現場近くでは同一人物と見られる女性の目撃情報があり、異能省治安維持課は捜査を進めている』

 

「貴方、何かこれに繋がるような物を見てない?」

 

 迷わず首を振る。流石にこの現場に居合わせたとして、見過ごすつもりはない。

 

「そう。ただ、問題はこれだけじゃないわ」

 

 そう言われ、更に紙面へ目を通す。

 これ以外にも異能を用いたと思われる不可解な事件が2つもあるらしい。いや、あったと言うべきだろうか。

 パニックを避ける為に異能省が今まで秘匿していたそれらが、もう隠し切れなくなったのだろう。この一件を機に民間の手を借りざるを得ないと彼らが判断する程に、事態は逼迫しているのかもしれない。

 

 

 ────『喰い千切られたような痕のある遺体が複数体発見されたが、近辺でケモノの発生情報は無し。異能省は犯人を人間と仮定して捜査を進めている』

 

 

 ────『"遺物"を所持している人間を標的とした強盗殺人。被害者の死因は焼死、凍死、縊死など異能を用いたと思われる。しかしあまりにも死因が多種多様なため、複数人による犯行ではないかとの見方もある』

 

 

 苛むように頭の芯が痛んだ。思い出せ、と囁くように。

 俺はこの3つの事件を知っている。

 

 

 ────『事態を重く見た異能省は当該事件の犯人をその特徴からそれぞれグール、コレクター、マザーと呼称。生死を問わず、その身柄に多額の褒賞を設定』

 

 その文章を目にした時、背筋がぞわりとした。

 恐らく『本編』はとっくの昔に始まっていた、俺が気付かなかっただけで。

 

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

『なり損ない(グール)の哀歌』

────どっちつかずの半端者。

 

 

遺物狩り(コレクター)

────人が遺せる物なんてあまりにも卑小で、醜く、だからこそ輝いている。

 

 

『誰が為に(マザー)狂う』

────愛していたのに。

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 そんなクエスト名とトレーラーが脳裏を鮮明に過る。

 仮初の平和を脅かす災禍。目的は違えど、彼らは都市に牙を剥く。

 3つのクエスト群から成り立つ、クロノスタシス第一章。

 

 

 

『第一章 都市狂騒曲』

 

 

 

 

 






という訳で1章、スタートです。
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