ソシャゲ世界って結局中堅勢力が一番良い空気吸ってる 作:しゅないだー
「レイくん本当なっさけな〜い、歳下の女の子におつかいのやり直し手伝ってもらうのってどんな気持ち〜?」
棒付きキャンデーを咥えながらくすくすと笑うクソガキもとい同行者を無視しつつ、先程飛ぶように帰ってきた道をとぼとぼと戻っていた。事務所のある都市中心部から離れれば離れるほど、人通りは無くなり建物も荒れ果てていく。
プレイアブルにはそういった名前のキャラはいなかったので、悲しい事に
隣を歩いているのが三女、
淡い桃色の髪、オーバーサイズのパーカーにショートパンツから真っ直ぐ伸びる脚が眩しい。顔立ちこそ整っているが、いつも悪戯っぽくにやにやと笑っているせいで歳よりも少し幼く見える。
『カス』『バカピンク』『伊勢屋の恥晒し』『男だったら3回くらい殺してる』などクロスタファンからは熱い声援を送られているトラブルメーカー。
それでも伊勢屋の中だったらまだ常識がある方で、18歳と年齢が近い事もあって砕けて話ができる。というより実際接してから分かったけど上の2人がネジ外れ過ぎなんだよ。
「なあ春陽、頼むから百花さんに『レイを現場じゃなくて事務に戻してやってよ〜』って言ってくれよ。このままだとそのうち俺絶対どっかで名誉の戦死を遂げるから」
「え〜やだ〜、あたしの仕事が増えるじゃん……あ、死んでも増えるのか」
清々しくなるくらい自分の事しか考えていない、こういう若者が増えると日本は駄目になっていくんだ。
そう腹を立てたものの、まあどの道日本はもう駄目であった事に気付く。
もうすぐあの日から4年が経つのに、建ち並ぶビル群は建て直されるどころか倒壊寸前。僅かに残っている人間は助け合うどころか、虎視眈々とお互いの隙を窺い合っている。
「ちょっと、無視しないでよ。さっきの話ね、土下座するならお姉ちゃんに言ってあげてもいいよ」
土下座と口添えに関係があるのだろうか。俺の土下座に何か金銭的価値でも発生する余地があるのかと真剣に考えていると、春陽はにんまりと口角を上げた。
「あたし、人がなりふり構わず必死になってる所見るの好きなんだよね」
「カスが……」
いくらビジュアルが良くても人間ここまで腐ったらおしまいである。
だがここまで腐った人間にさえ頼らなければならないのが今の俺だった。
「どうか……どうかお願いします……」
膝をつき、頭を垂れる。砂利が刺さって痛いが、こういうのはもう勢いである。もしも両親が生きていたら息子のあまりの不甲斐なさに涙を流しただろう。
「ねえ、あの雲プリンみたいな形してない?」
「お前さあ、せめて見ろよ。人が地面に頭擦り付けてんだぞ……」
一世一代の土下座を全く気にも止めず、平気な顔で歩き続ける春陽の後を慌てて追い掛けた。
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都市の外れにある廃工場、そこが最初に指定されていた取引現場だった。
まあ怪しさむんむんである事に間違いないが、弱小勢力が都市の一等地に住める訳もない。
脛に傷持ってたり、縄張り争いに負けた奴らはケモノの襲撃に怯えながらこういう所で細々暮らしていくしかない。
「それにしても普通居座れるもんかねえ、曲がりなりにも代金踏み倒しといて」
「普通の人なんかもういる訳ないじゃん。ちゃんと発信機付けてて良かったね」
もしもの時の為にうちでは預かった荷物、今回はスーツケースだが発信機を付けるようにしている。金目の物であれば置き引き、ひったくり、強盗とどういう形で奪われてもおかしくないし。物だけじゃなく人の護送任務の時とかね、めちゃくちゃ役立つんですよ。
まさかお届け先に居直り強盗みたいな事されるとは思わなかったけど。
陽の光もろくに差し込まない工場内部にずかずかと足を踏み入れていく。さっき一人で来た時はそりゃおっかなびっくりだが、今回は性根こそ腐っているが実力は折り紙付きの助っ人がいる訳だから。
目的の人……というか物は工場の中心部であっさりと見つかった。錆びて朽ち始めた何かの機械の陰に身を潜めて様子を窺う。
なんともまあ、俺に銃を向けてくれやがった男がスーツケースを開いたまま気持ち良さそうに巻いたジョイントに火をつけていた。バッキバキに血走った目に垂れた涎、R15とはいえソシャゲ世界でマジのキメ方をしないでほしいものだ。
常にセルラン上位にいながらも「全国のお母さんが選ぶ子供にやらせたくないソシャゲランキング」でブッチ切りで1位を取り続けた治安の悪さは伊達ではない。
それにしても、スーツケースの中身はやっぱりお薬だったらしい。それも危ないやつ。
こんな世の中でよくそんな事やってる余裕あるよなあ、と思いつつも、こんな世の中だからこそなのかもしれない。俺は3食ご飯にありつけるなら何でもいいけど。
気安く俺の肩に手を置きながら、春陽がきひひと意地の悪そうな笑い声を上げた。
「あーあ、商品に手つけてる。もう返品不可だね、それじゃ行ってらっしゃーい」
「え?」
春陽の一言と共にぐらり、と視界が揺らいだ。
車酔いにも似た一瞬の目眩の後、遠くにいた筈のキマったおじさんが何故か俺のすぐ目の前ではあはあ喘いでいるものだから、そりゃ狼狽もする。
咄嗟に振り返ると、ずっと離れた所で薬が入っているスーツケースを持って春陽が笑いながらひらひらと手を振っていた。
まるで
「あ、へへ、あ……あれ、ない、な、お前さっきの、俺の、俺のクスリ、返せ、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す!」
「待って、お金払って! お金払ってくれたら帰れるんです俺も! 買い物したらお金払うって世間の常識だと思うんです!」
「うるせえ死ね!」
恍惚とした表情を浮かべていた男は、焦点の合わない瞳をゆっくりと俺に向け震え始めた。おぼつかない手が尻ポケットに刺さった拳銃へ伸びるのを見て、やっと身体が動く。
「いや、あの、その、春陽お前やりやがったな!? やべえやべえやべえ、
咄嗟に後ろに飛び退りながら懐から取り出したナイフを握り締め、相手に向ける────のではなく迷わず自分の手首を切る。
地面にぼたぼたと滴り落ちた血が俺の言葉に呼応して膨れ上がり、黒い大型犬の様相を取った。猟犬は獰猛な唸り声を上げながら、男の喉笛へ飛びかかる。
異能『
自身の血液や部位などを代償に、自傷行為で発動する召喚型異能力。
犬、烏、蛸、鼠、蔦などイメージした動植物を生成でき、その性能やサイズは捧げた代償に依存する。
こう言うと使い勝手良いし拡張性も高そう、と思われるかもしれないが。
「きゃんっ」
振り下ろされた拳に、猟犬が情けない声を上げた。
「リスカまでしてそこそこ痛い思いしてるのにラリったおじさんに力負けするワンちゃんって、どう考えても大ハズレだよね〜」
遠くから春陽が茶々を入れてくるが、もう仰る通りなので何も言えない。
この異能を手に入れてからずっと思ってるんだけど、本当に出力不足が過ぎる。それはそれとしてキレそう。
あっさりと振り払われた猟犬だが、その際に男が拳銃を取り落としたのを見てすかさず距離を詰める。
この世界において最も求められる資質とは、体力でも強い異能でもなく。
見ず知らずのおっさんの顔面に一切の躊躇無く右ストレートを叩き込める肝っ玉、である。
走り込んだ勢いのまま、しっかりと体重を乗せた拳を男の顔面にねじ込む。鼻が潰れる生々しい感触を感じながら、そのまま殴り抜いた。
床に鈍い音を立てながらしたたかに頭を打ち付け、ぴくぴくと痙攣している男を見下ろしながら高らかに両手を突き上げる。
どんな異能を持っていたか知らないが、使わせなければ無いに等しい。
「はあ、はあ……勝った……!」
「やればできるじゃ〜ん」
腐っても男の子、若干不意打ちめいてはいたが勝ちは勝ち。後はスーツケースを回収して帰るだけ、といった所だった。
「……いや、その前にあるだけで良いから代金払ってもらうか」
伸びている男のポケットを漁って財布を探す。ある事にはあったが悲しいくらいにスカスカであった。やっぱおクスリなんかやるもんじゃないね、そう思いながら男のポケットに財布を戻した瞬間に手首を掴まれた。
咄嗟に振り払うも、いつの間にか意識を取り戻していた男はこちらに銃口を向け、狙いを定めている。
────相手を無力化したら、殺しなさい。無力化できなかったらまあ……殺すしかないわね。
毎日百花さんに組手という名のサンドバッグにされていた時、口を酸っぱくして言われていた言葉が脳裏に蘇った。何を頭のおかしい事を言っているんだこの女は、と思っていたが真理ではある。
この都市において抗争とは、どちらかが死ぬかもう再起不能になるまで基本ずっと続く訳で。銃まで持ち出してきた相手に俺が甘過ぎると言われたら何も否定できない、それはそれとしてまだ死にたくもない。
咄嗟に腕で頭を庇い、半身の姿勢に。貫通力の低い拳銃であれば、これで少しでも致命傷を避ける可能性が高まる。乾いた銃声が廃工場に響く。コンマ数秒後に襲ってくる痛みに備え、目を固く閉じた─────あれ?
ゆっくりと目を開いた瞬間、まるで俺と男の間に割り込むように突如現れた春陽の姿があった。
俺に突き刺さる筈だった弾丸は、じゃあどこへ?
「よいしょっと」
目で追う事すら覚束ない速度の手刀が、急に現れた少女に動揺を隠せない男の指を銃のグリップごと叩き折る。そのまま突き出された靭やかな脚が、男の股間を前蹴りで粉砕した。
「っ、あ、ぎ──!」
ぐちゃりと何かが潰れるような音と共に地面で泡を吹く男を見て、思わず俺まで「うぐぅ」と声が出てしまった。凡そ人間の所業ではない。
しかし、そんな事より。
「レイくんざっこ〜、こんなおじさんにやられそうになるなんて恥ずかしくな──」
「春陽お前、怪我は!? 銃で撃たれたんじゃ、ちょっと見せろ!」
まるで俺を庇うかのように割り込んできた彼女の肩を掴む。顔に傷は……ない、底意地の悪そうな顔はしているが元からだ。腹部にも銃弾が当たった形跡はない。
「ちょちょちょ、えっち! 怪我なんかしてないって、"銃弾"と"あたし"の位置を交換しただけだから」
「な、なんだよ……」
その言葉にほっと胸を撫で下ろす。そういえばこいつはそういう能力だった。
異能『
伊勢屋春陽の持つ、視認した対象Aと対象Bの2つの位置を入れ替える異能力。
ゲーム中ではエネミーに
もちろん制限もある。対象2つを視界に収める必要がある事と、脳に多大な負担がかかる事。使用できる範囲は限られているし、連続使用するとダメージが入る。
だがそれを加味しても、発射された弾丸すら視認できる春陽の驚異的な動体視力と相まって戦闘において凶悪な性能を誇っている。
特に乱戦でこの能力はその真価を発揮し、有利なマッチアップを組んだり飛び道具を誤射させたり、支援としても妨害としても対多人数戦で彼女の右に出る者はいない。
「ふ〜ん、それにしてもちゃんと心配してくれるんだ?」
「してねえよ、たまには痛い目見ればいいのに。それより血が止まらないんだけど、これ労災下りると思う?」
「男のメンヘラって需要ないのに悲惨〜」
憎まれ口に「うるせえよ」と返しながら、未だ血がどくどくと流れ続ける手首を圧迫して止血する。リスカの処置ももう手慣れたものである。
「唾付けとけば治るよ、ぺっぺっ」
「汚え、お前それ人前で絶対やるなよ」
「レイくん以外にする訳ないじゃん」
男としては死んだかもしれないが、まあ命があるだけマシと思ってもらうしかない。白目を剥いたまま身動ぎもしない男に合掌しつつ、開きっぱなしになっていたスーツケースを閉じた。やっぱ中身はだいぶ目減りしている、どうすんだこれ。
百花さんの失望した表情がありありと目に浮かぶが、やれる事はやったし。いや本当に、マジで。
まあ闇市にでも流して少しでもペイするでしょ、きっと。
スーツケースを転がしながら廃工場から出た先には、夕陽が真っ赤に燃えていた。夜まで掛からなかっただけ御の字だろう。行きとはまた違ったのんびりとした足取りで歩いていると、少し掠れた電子音が響き始めた。
「……あたしこのチャイム嫌いだなあ。寂しくなるから」
崩壊前の世界の夕方にも流れていたお馴染みのチャイムは、いつ聞いてもやるせなくなる。異能省があの頃を思い出せるように、とわざわざ毎日かけているらしいが余計なお世話だ。
確かドヴォルザークの『家路』とかいう曲だっけ。
この世界において、本当の意味で家に帰る事ができる人間なんてもういないだろうに。
「そういえばレイくんがうちに来てからもうすぐ3年だっけ? って事は……あの日から、そろそろ4年経つんだね。いつまで続くのかな、この暮らし」
「長いんだか短いんだか分かんないな、まあ当分こんな感じのままだろ」
「本当だったらあたしも、今をときめく女子高生だったのにな〜」
高校の制服着てみたかったな、と呟いて少し前を歩く春陽の後ろ姿を見ながら少しだけ気の毒に思った。
まあ、俺は概ね今の生活には満足している。それこそ本当に命があるだけマシってもんだし。
そんな俺が一つだけ危惧している事。
ソシャゲとしてのクロノスタシスの舞台は、隕石衝突から4年後の世界。
この暮らしには慣れてきたものの、そろそろなのかもしれないと思うとどうにも胸が騒ぐ。
──"主人公"が来るのではないか、と。