ソシャゲ世界って結局中堅勢力が一番良い空気吸ってる 作:しゅないだー
民間軍事会社"伊勢屋"の朝は早い。
太陽も昇り切らない内に、物置部屋を改造したせっまい自室で目を覚ます。まあ住み込みの平社員なんてこんなもんよ。
起き抜けに事務所の掃除、三姉妹の朝食の準備、空いた時間で花瓶に花でも活けて生活に彩りを演出。俺だけやってる事が家政夫なんだよな。
クソ役立たずの俺がどうにかこうにかここで飼って頂いているのは、
家事に一段落を付け、自分の為にコーヒーを淹れた後で郵便受けの中を探る。ほとんど無用の長物となってはいるが、まだ辛うじて使う機会はあった。
「さてさて、今日は……」
しかも別に誰も頼んでいないのに、一人の頭おかしい人間によって取材、執筆、印刷、配達まで全て賄われているという。マジでどうやってんだ。
記事の内容自体は『都市』で起こった様々な事件について取り扱っている。まあ大体はあいつとそいつで小競り合いだの、あいつがそいつを殺しただの、物騒な事しか書いてない。
そんな物でも崩壊後の世界では貴重な娯楽なので、毎日毎日噛み締めて読んでるけど。
「……おはよう」
「おはざす」
顔を上げると、少し不機嫌そうな表情で百花さんが立っていた。朝が弱いんだよな、この人。
大黒柱たるご長女様にもブラックのコーヒーを淹れながら一面に目を通す。寝ぼけ眼のまま彼女はカップに「あちち……」と口を付けると、新聞を広げていた俺に欠伸混じりで問う。
「眠いわね……何か変わった事はあった?」
「特には。強いて言うなら水生会の4次団体だか5次団体だかが異能省の研究施設にカチコミかけたらしいですよ、なんか欲しい物でもあったんですかね」
「単に喧嘩を売りたかっただけでしょう。まあ、いつも通りって事ね」
改めて酷い会話だと思うが、事実だから何も言えない。
今日も『都市』はいつも通り治安が悪い事を確認して、朝食の仕上げに取り掛かる。ホットドッグにするためのウインナーをフライパンで炒め始めると、キッチンに芳ばしい香りが漂う。料理をするようになったのは隕石衝突後からだけど、この時間が割と好きだった。
殺しただの殺されただの、物騒なニュースに慣れ切ってしまっても人間である限り腹は減るし、飯は食う。
どうせ食べるなら、美味しい物が良い。そう思える内は、まだ真っ当な人間でいられる気がするから。
でも食事って実際本当に大切で、崩壊後の日本で『都市』に人が集まった理由にも関係している。
それは”プラント"と呼ばれる食糧供給設備がここだけ奇跡的に生きていたから、というのが最大の理由だった。日本各地にいくつか点在していたプラントは尽く隕石の直撃を受け、跡形もなく消し飛んだり到底使用が不可能になったり。
唯一ここの設備が生き残ったはいいものの、いつ止まるとも分からないそれを守る為に電力を復旧させ、人々は周りに街を作った。噂を聞き付けた生存者達が集まって、街はいつしか都市になった。
まあお察しの通り、プラントを巡ってのいざこざは案の定起きている。
初期の方に異能省と水生会がそれぞれプラントを独占しようとして双方えげつない被害を出し合った『ご飯戦争』の結果、不可侵条約が結ばれたのは語り草。それ以降はどの勢力にとってもプラントはタブーに、本当に人間は愚かである。
ってな訳で仮にこの『都市』を終わらせようと思ったら、プラントを破壊するのが手っ取り早い。まあそんな事すれば自分達も遅かれ早かれ飢えて死ぬし、そんな奴いないだろうけど。
それに余程の事がない限り、都市全体を巻き込むようないざこざを起こす奴は早々いない。いるとしたらそいつは相当のバカに違いない。
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最低限の食料はプラントで供給されるものの、煙草だとか酒だとかそういう嗜好品はどうしても数が限られている。その他にも銃、弾薬、崩壊前の娯楽など人間の欲望ってのは尽きる事がない。
そんな欲張りな人間達の為に"闇市"はある。闇市なんて名前こそしているが、そもそも世界の治安が終わっているので闇に潜むどころか都市の一等地に堂々と構えてるけど。
今回のお目当てはコーヒーの補充、あとは何か面白い物でもあれば適当に。
"伊勢屋"としての仕事にも闇市は密接に関わっていて、たとえば仕入れとか。地方から年代物の酒や煙草などの娯楽を回収して生計を立てている奴らに、護衛として雇われる事はよくある。
「オオサカで仕入れてきたタコ焼き器! 本場の味がお家で楽しめるぞ!」
どう見ても家庭用、恐らくその辺のショッピングモールで拾ってきたであろうそれを本場と言い張るおじさんの胆力に感心しつつ、店を冷やかして歩く。しょうもない物も沢山売ってるけど暇潰しには事欠かない。
そんな余所見をしながら歩いていたから罰が当たったのか、腰の辺りにどすっと何かがぶつかる感触に慌てて目を向ける。
不安げな表情を浮かべた、少女だった。
淡い金髪に、薄汚れてこそいるが白いワンピース。外国の血が混じってるのか知らないが日本人離れしたその顔立ちは幼くこそあれど、可憐と言って差し支えない。
まあ都市の掃き溜め、闇市ではあまりお目にかかる事がないタイプの人間だ。その割にはなんかどっかで見た事あるような気もするけど、思い出せないし多分気のせい。
余所見しててごめんな、と声を掛けて歩き出そうとした途端に服を引っ張られる。
なんだなんだと思わず視線を向ければ、俺の服の裾を握りながらこちらを見つめる少女の目が「助けて」と訴えていた。
「え〜……?」
遠くの方から3,4人くらいだろうか。
通行人を押し退け、肩をぶつけ、こちらへ走り寄ってくる男達の姿を見つけた。表情やその振る舞いからはもう明らかに剣呑な雰囲気が隠し切れていない。
うわ、絶対あれじゃん、もう。
無視して去るべきか、やれる事はやってみるべきか。ぐるぐると頭の中でどうするべきかどうするべきかと、べきべきうるせえ。ぐちゃぐちゃ悩むの根本的に向いてないんだよ、俺。
溜息を吐きながら、少女を後ろに隠した。
そりゃ無視してさっさと走り去るのが一番利口なんだろうけど、仮にそうしたら今夜ベッドの中で「あの子はどうなっちゃったんだろうな……」とか嫌でも考えてしまって眠れなくなる訳で。
痛い思いや面倒事は避けたいけれど、寝付きが悪くなりそうな後味の悪い事はもっと御免被る。なんたって人生の3分の1は睡眠なんだぞ。
「何やったの、食い逃げ? 万引き?」
「……」
少女は押し黙ったまま、固く俺の服の裾を握り続けている。
皺になるからやめて欲しいとも言えないし。大体子供苦手なんだよな、何考えてるか分かんないし。
まあこの歳頃の子ができる事なんか高が知れている、多分そのどちらかだろう。
なら有り金全部出して土下座して、憂さ晴らしに多少俺がボコられれば多分許して……もらえる。
その後はもう知らん、異能省にでも預ければ当座の所は大丈夫か。家族とはぐれたんなら探してもらえるだろうし、本人の資質次第で大人になりゃ職員になれるかもしれないし。まあそこまで考えてやる義理もないか。
財布にいくら入れてたっけな、と遠い目をしながらも走り込んでくる男達を制止するように両手を突き出す。
「いやいやちょっとお兄さん方、いくら何でも真っ昼間からそんな血走った目で女の子追い掛け回してたら異能省にチクられますよ、変態性欲者かよって……へへ……いえ……何でも……」
お兄さん方の着ている物が異能省の制服だという事に気付いてから、声のトーンが尻すぼみに下がる。今全力で謝ったら許してもらえないかな、なんてちらりと目線を向ければ青筋が立っている。終わった。
それにしてもこの女の子、やっぱどっかで見た事ある気がするが思い出せない……いや、そんな事より何をやらかせば異能省に数人がかりでこんなガキンチョが追っかけられるんだ。
格好付けずにやっぱ無視して立ち去ってた方が良かったかもしれない、とかなり後悔しながら相手の出方をそっと窺う。
「
リーダー格であろう男が威圧的にそう吐き捨てる。これだから異能省の連中は偉そうで嫌いなんだよな。
「そうなの?」と後ろに隠れた少女に尋ねると、ふるふると首を横に振った。
「うーん……それ、それかあ……」
揉め事を起こしたい訳ではないが、まだ俺の腰くらいしかない女の子を『それ』呼ばわりする連中に差し出すのはちょっとこう……良識が咎める。
でも喧嘩しようにも多勢に無勢、こんな往来で時間掛けてたらお仲間がわらわら集まってくるのも目に見えている。仕方ない。
後ずさるふりをして、内ポケットから常に持ち歩いている小袋を滑り落とす。中に入っているのは、散髪した時に取っておいた髪の毛。
「なんだ……糸、いや、髪?」
「ボク、髪の毛フェチでいつも持ち歩いてないと落ち着かないんですぅ」
まるで化け物でも見るかのような眼差しに内心傷付きながらも、地面に落ちた小袋を指差す。
「拾っていいすか?」
「気持ち悪い奴だな、駄目だ。怪しい動きをするな」
「そんな〜」
ド素人め、もうこの時点で仕込みは終わっている。現場慣れしてる奴ならこの時点で怪しんで強硬手段に出られてる、
お手上げとでも言わんばかりに、ゆっくりと両手を顔の横に上げた。前方に立つ異能省の職員達に聞こえないように、小声で少女に話しかける。
「そろそろ逃げるから、準備しときなね」
「なにするの?」
「……うーん、びっくり動物ショー?」
その言葉を聞いて少女が「ワンちゃんが見たいな」と呟く。申し訳ないけどワンちゃんではない。
俺の異能のトリガーは、"血液などの部位"と"自傷行為"。
リスカは血液と自傷行為を一度に用意できるから多用してるけど、厳密に言えば両者は結び付いてなくてもいい。だからやろうと思えばこんな芸当だってできちゃう、やりたくはないけど。
深呼吸すると、自分の耳から下がっているイヤリングの一つを引き千切った。
「っ、いってえ!……けど
俺の言葉に呼応して小袋の中に収められていた髪の毛が不気味に蠢いた後、弾け飛ぶ。宙に舞ったそれらは、鼠の様相を取って目の前の男達に降り掛かった。面食らった彼らが奇声を上げながら顔を庇うのを見て少女を小脇に抱え、男達の隣をすり抜けるように走り出す。
生み出せる生物の性能は代償の量だけでなく、鮮度やらの質にもよって変わってくるからこれはあくまで単なる一発芸。
でもこの量なら3分は持続、数十匹は固い。目くらましには十分だ。
十分だったのだが。
「え、ちょっと出過ぎ出過ぎ!!」
異変を感じて振り向けば、
自分の異能がどのくらいの性能か、なんて事は嫌になるくらい分かっている。今の"群鼠"は俺だけの力じゃない、言うなればバフあってこそ。
そして勘違いであってほしいが、俺は恐らくこの少女の事を知っている。
異能『
触れた相手の異能のポテンシャルを最大限に引き出すそれは、ゲーム中では編成したメンバーの異能を強化するバフとして表現されていた。
ただ使い手が幼い少女であり本体性能が残念、更に入手難度の高さなど諸々が合わさってキャラとしての評価は低い。
俺の記憶が正しければ、彼女はクロスタ最初のイベント限定キャラ。
要するに、プレイアブルの一人だ。
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やっとの思いで事務所に辿り着いたのは昼を回ってからの事だった。
裂けた耳たぶをちくちくと縫いながら、少しくたびれたソファに腰掛けた少女へココアと簡単な菓子を出す。子供ってのは甘い物でも出しておけばとりあえず喜ぶだろ、という浅い考えであった。
向かい側に腰を下ろして、一縷の望みを託しながら尋ねてみる。
「お父さんお母さんはどこにいるかな?」
「おとうさんおかあさん、ってなに?」
ああ、もう駄目だ。恐らく抱え込んでしまったであろう厄介事を思い、心の中でしくしく涙が止まらん。
「……君、自分の名前って分かる?」
「なまえ……アリス」
見た目は小学生低学年くらいか。病院着にも似た飾り気のない白い洋服は、ここまで苦労してきたのか土埃などで汚れている。
『A-1-ICE』というネームプレートが胸元に縫い付けられているのを確認して、溜息を吐いた。
「こんにちは、アリスってか」
そう呟いた後、思わず頭を抱えた。
『
クロスタ最初の期間限定イベントにして、このゲームがどういう物かを世間に知らしめた屈指の鬱イベント。
ある日プレイヤーはひょんな事から異能省の研究施設から逃げ出した少女"A-1-ICE"もといアリスと出会う。そして追手から何とか身をかわしながら、一緒に都市を逃げ回るのだ。
その先々で様々な施設を巡り人と出会う事から、世界観説明も兼ねたクロスタというゲーム自体の"チュートリアル"イベントとしても知られている。
が、しかしながら。
数多に分岐するルートの殆どはバッドエンド、つまりアリスの死に繋がっている。いや、死ねるだけマシって末路も盛り沢山。
可愛らしい女の子だからって容赦しねえかんな、という開発陣の宣戦布告でもある。
無事生還させられれば報酬としてアリスがプレイアブルとして使えるようになるが、たちが悪いのはここからである。
大半のバッドエンド時に手に入る素材"アリスの亡骸"を、『工房』……まあそういうNPCに渡す事で手に入る装備がTier1なんですよ。具体的には装備者の異能のポテンシャルを最大限に引き出す、つまりバッファーであるアリスの能力を貴重なキャラ編成枠を消費せずに使えてしまう。アタッカーに付けても良し、サポーターに付けても良し。
そんな壊れ装備なもんだから初イベントの癖にずっと一線級、特にクロスタはその性質上イベントの復刻をしない訳で。
プレイアブルとしてのアリスの性能がぱっとしない分『苦労して生存ルート入ったけど殺しとけば良かったな……』『今から殺したら装備に変わらんか?』などとクロスタのファン層が窺い知れる意見も山ほどあり。
俺はまあ、素で生かしてあげられなかったけど。
異能省からは何とか逃げ切ったものの、その力を欲しがった水生会の追手によってあと一歩の所で殺された。守れなかった、と言った方が正しいかもしれない。
ゲームの中とはいえ、幼気な女の子が無惨な死に方をするのはあまり気分が良くなかったのを覚えている。まあでも実際あったらそんなもんだよな、装備は強いしこれで良かったんだ、と自分を慰めたのも。
んな前世の事なんかどうだっていい、今だよ今。本当にどうすりゃいいんだこれ。
「おっ、レイくん女の子のお持ち帰りとはやるね〜。浮気?」
「今頃起きてきたのかよ」
もこもこのパジャマに身を包んだカスもとい春陽が階段から降りてきた。こいつはまだいい、面白ければ大体の事は気にしない享楽主義者だから。
「冗談は置いといて、どうしたのこの子。金髪ふわふわで可愛い〜」
「色々あったんだよ……これもしもの話なんだけど、少しの間うちに置いとくってのはやっぱ無理かな」
うりうりとアリスのほっぺをつついていた春陽はぱちくりと目を瞬かせた後、珍しく焦燥の表情を浮かべた。
「無理無理無理、お姉ちゃん絶対『拾ってきた場所に返してきなさい』って言うに決まってるじゃん」
「お前、曲がりなりにも人間の女の子をそんな犬猫みたいに……言うか……百花さんなら……」
厳格、冷徹。
マイペースな次女とお調子者の三女を束ねてきた手腕は伊達ではない。
利益になるどころか明らかに揉め事の火種にしかならなさそうなアリスの滞在を、許してくれるはずがない。
「それで、今二人はどこに?」
「お姉ちゃんは『少し仕事で用事がある』って、どうせまた一人でケーキでも食べに行ってるんだよ。彩葉は多分ケモノ狩りじゃない? 仕事でもないのによくやるよね」
少なくとも百花さんが帰ってくるまでに急いで何らかの言い訳を考えないと、このままでは夜の都市に女の子を一人放り出さなくてはいけなくなる。
「ただいま」
終わった───。
「珍しい事もあるものね、異能省が懸賞金を掛けて人探しって。年齢は8歳、淡い金髪の女の子って日本人じゃないのかしら?」
どうやらこの短時間で、異能省の連中はそこまで手を回したらしい。いよいよそのまま外に放り出せば一瞬で捕まる事間違い無し。
アウターをハンガーに掛けながら少し機嫌の良さそうな声色で話す彼女は、いつもより口数が多い。多分春陽の言う通り一人で甘い物でも食べてきたんだろう。
「まあ都市なら目立つしすぐ見つかる……でしょう……ね……」
両手でカップを支えながらココアを飲んでいるアリスの姿に、滅多に表情を崩さない百花さんが二度見した。目線が合ったのか、アリスはぺこりと頭を下げて挨拶する。
「こんにちは」
眼鏡を外して、こめかみに手を当てた後かけ直して三度見。
「……礼。説明をしてくれる?」
「あの〜、あれです、こいつはその……隠し子です、俺の」
言ったあとで「生き別れた妹」とかもっとマシな嘘を吐けと自分を殴りたくなる。ついでに隣で笑いを噛み殺し切れていない春陽も。
当の百花さんは目線だけで「それで?」と尋ねてくる、うーん打つ手なし!
状況を理解できていないアリスだけが、恐らく初めて飲んだであろうココアの甘さに顔を綻ばせていた。
ハロー、アリス! ようこそ、このクソッタレな都市へ。
俺にとってのクロノスタシス本編は、およそ考え得る限り最悪の形で始まった。