ソシャゲ世界って結局中堅勢力が一番良い空気吸ってる   作:しゅないだー

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#6 「貴方が思うよりもずっと」

 

 

 

 伊勢屋。

 

『都市』の勢力の中でも単純な武力としてみれば、トップクラス。隕石衝突前から都市近くに存在していた古武術道場、その娘達によって構成されており、異能をベースとしつつ仕込まれていた格闘技術を用いて戦う武闘派。

 現在に至るまで都市の一等地で活動し続けられている事が、その影響力を如実に物語っている。

 

 過去には今よりも治安維持組織としての役割が大きかった異能省に主に雇われ、人身売買を主な取引としていた『涅槃市場』や過激派環境団体『治星塾』を始めとした十数を超える勢力を壊滅させている。

 特に異常成長を遂げたケモノ"巨獣"が複数匹プラント付近まで侵入してきた通称『巨獣侵攻』において、長女"伊勢屋百花"が単身で巨獣2匹を撤退させた事実は各勢力の中で未だに語種である。

 本人達の意向により都市の複雑な政治に関与する事はない。

 しかしその活躍から異能省に特異なコネクション(・・・・・・・・・)がある。

 然るべき報酬を積み、その依頼が彼女達の機嫌を損ねるものでなければ、人間であろうが人外であろうが相手が誰であれ仕事を遂行する。

 

 

 彼女達が報酬も合理も投げ捨てて動く事があるとするならば。

 それは『家族』の為以外に有り得ない。

 

 

 

 

 

 

「今《異能》を論じるにあたって、最も一般的なのは遺伝子論。つまり予めどんな異能に目覚めるかは、簡単に言えば『血』で決まっているという訳だ」

 

 書類の散らばった埃っぽい部屋の中、眼鏡を掛けた男は温めていたカップに紅茶を注ぐと、自室を訪ねてきた相手にそれを勧めた。

 

「だが市井では『異能とは願いである』という意見もある。少しポエミー過ぎるが、言いたい事は分かるよ。要するに異能とは、ウイルスが宿主の欲望を叶える為に表出させた力だという事だね」

 

 紅茶もまた、都市では貴重な嗜好品である。それを惜しむ事もなく相手に振る舞うのは一種の誇示行為でもあった。

 

「僕個人としては両者の折衷、何なら後者の比率の方が大きいと思っている。『血』だけで異能が決まると言うには、あまりにも多種多様過ぎる。君達三姉妹だって、似ても似つかないだろ?異能のポテンシャル自体は『血』に依存し、それがどう開花するかは当人の『願い』によって決まる」

 

 カップに口を付けながら相対する女性は、その話に大して興味もなさそうに足を組み替える。

 

「盲目の人間は全てを見通す千里眼を。忘れる事を恐れた人間は絶対記憶能力を。その理屈で言うと、単純なフィジカルで見ればこの都市で一番強い君は……」

 

 男の粘つくような口調は暗所に潜む両生類を思わせた。

 

「そんなに強くなって何がしたいんだい?」

後戸(うしろど)。私はそんな与太話を聞きに来た訳ではないのだけれど」

 

 痺れを切らしたのか、今まで黙って聞いていた相手が口を開く。

 伊勢屋百花、その人であった。

 

「おっと、ごめんね?せっかく来てくれたものだからさ、少しは興味を惹けるような話でも、と」

 

 後戸と呼ばれた男は悪びれた様子もなく「それでご用件は?」と尋ねる。

 

「"彼女"を売りなさい。貴方の権限なら可能でしょう?」

 

 そう言って百花は街で剥がしてきたのであろう、アリスの張り紙をスーツの内ポケットから取り出した。

 単刀直入。その唐突かつ不躾な要求に対しても彼は顔色一つ変えなかった。

 

「ふーん。それ(アリス)についてどこまで知ってる?」

「何も。首を突っ込めば面倒な事になるのは目に見えているから」

 

 その言葉を疑う様子もなく「賢いね」と後戸は微笑んだ。

 

「変なの、なのに欲しがるんだ?まあいいや、伊勢屋さんには色々と世話になってきたからね。叶えてあげたいのは山々なんだけど……まあタダって訳にはいかないな。高いよ〜この子は、口止め料込みで幾らになるかな」

「別に幾らでも構わないわ」

 

 揺さぶりのつもりで叩いた軽口に、想定していたよりも食い付く百花の様子に後戸は居住まいを正した。

 

「へえ、アリスを持っていった彼の為かい?らしくないね、常に冷静沈着な君が」

「……話を戻す。とりあえずでこれだけ出せるけれど」

 

 そう言って百花が提示した金額は、少なくともこのまま都市が存続するならば一生を暮らすに困らない。それくらいの額だった。

 

「いらないいらない、そんな端金貰ってどうするのさ。そんな事よりもっと良い条件がある」

 

 一般的な感性を持っていれば一も二もなく飛び付くであろうそれを、一切の躊躇無く蹴飛ばす。それは後戸という人間もまた、この都市においてまともではないという事を示していた。

 

「次の『遠征』。伊勢屋にも参加してもらう、今までずっと断られてきたからね」

 

 遠征。その言葉を聞いた瞬間、微かに百花の表情が苦み走った。

 

鉄心(クロガネ)六道越(ジェヴォーダン)必着配達便(トランスポーター)。君達がいれば"海越え"だって夢物語じゃない。嫌なら断ってくれてもいいよ?」

 

 暗にこれを断ればお前の望みは絶対に叶わない、と告げる目の前の男を睨み付ける。数分の逡巡の後、百花は諦めたように口を開いた。

 

「……私と彩葉は出る、春陽は出さない。それなら飲んでもいい」

「良いよ、どの道必着配達便(トランスポーター)はそこまで継戦向きじゃないしね。また詳細は追って連絡するよ」

 

 一気に上機嫌となった相手に「用件は終わったから帰るわ」とだけ告げ、席を立つ。部屋を出ようとした時、ふと思い立って彼女は後戸に尋ねた。

 

「参考までに聞いてみるのだけれど。自傷行為と引き換えに生物を生み出せる能力があるとしたら、貴方のその異能占いだとどういった分析になるのかしら?」

 

 そんな星座や血液型占いみたいにさあ、とぼやいてこそみるものの彼は興味深そうにぶつぶつと呟きながら思考を回す。

 

「生物を生み出す?そうだね……自分ではない何かに任せたい、もしくは誰か、何かに側にいてほしい。形はどうあれ他者への依存だろう」

 

 見ず知らずの少女の為に後先考えず自分達の所を飛び出した、たった一人の従業員の顔を思い浮かべた。

 

「自傷行為がトリガーなのは単にそいつが被虐趣味(マゾヒスト)なんじゃないのか?」

 

 不快感を隠そうともせず目を細める百花を見て、慌てて後戸は取り繕ったように訂正する。

 

「冗談冗談、大体分かるよ。そういう輩はね、自分が傷付いてでも力が欲しい。こんな所かな。だからその2つを踏まえて考察するなら……」

 

 水性ペンを手に取るとホワイトボードに"寂しがり屋"と大きく書いた。

 

「自分が傷付いてでも、誰かに側にいてほしい。他人に求めないのは見上げた心意気だけど、都市でやっていくには少し甘えた根性だね」

「……そう。確かに甘え過ぎね」

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

「じゃ、異能省としては彼女(アリス)に一切関与しない。代わりに百花さんと彩葉さん、お二人には今度の『遠征』に付き合ってもらう。いや、良い買い物ができたよ」

 

 本心からであろうその言葉から、アリスと呼ばれていた少女がどういう扱いを受けていたのか何となく察し、百花はげんなりとした。

 

「でも君達とアリスはそんなに相性良くないと思うな」

「貴方、その異能だけで人を見る癖はやめた方が良いと思うのだけれど」

 

 その忠告に耳を貸す様子もなく、後戸は「もう一つだけ」と百花を引き止める。

 

「こっちもそれなりに無理を通すんだからさ、最後に一つ教えてよ。君達の立場を危うくしてまでアリスに、いや……アリスを庇う彼に拘る理由は?」

 

 出歯亀じみた下卑た笑いを顔に貼り付けながら、後戸はじっと百花を見つめた。

 もしも彼女に動揺が一欠片でも滲み出るようであればそれを舐め取ってやろうと言わんばかりに。

 

「……弟を守る。姉として、それ以上の理由が必要?」

 

 澄んだ瞳で彼女はそう答えると、今度こそ部屋を後にした。

 

 

 

 ─────────────────────────────────

 

 

 

 

 伊勢屋百花は今でも覚えている。

 烏丸礼、と名乗る少年が門戸を叩いてきた時の事を。隕石が落ちてから2回目の冬だった。

 普段鳴らされる事がほとんどないチャイムの音に、寝ぼけ眼を擦りながら開けた先に立っていたのが彼だった。

 

「すみませーん、雇って欲しいんすけど」

 

 まだ顔にあどけなさが残るものの、痩せた頬。首元で後ろに結んだ黒髪に、白雪が落ちて溶けた。

 

「……雇う?」

 

 誰かを殺して欲しい、という訳でもなく。女に飢え切った目付きで金や嗜好品をちらつかせる訳でもなく。

 雇ってくれ、という要求は初めて聞いたものだから頭の中で言葉が結び付かず沈黙してしまう。

 

「ここって伊勢屋……さんですよね?報酬次第で何でもボコっちゃう超強い三姉妹のお家」

 

 超強い三姉妹、なんて言葉があまりにも自分達を買い被っているものだからつい笑ってしまった。

 

 彩葉は男性に対して強い嫌悪を示し、夜な夜な家を抜け出しては服を血に染めて帰ってくる。

 春陽に至っては部屋から出て来ようともせず、最後にした会話すら覚えていない。

 自分自身は、そんな二人を諌める事も救う事もできない。

 強いも何もあるものか、と心の内でそう吐き捨てた。

 

 

 隕石衝突後、暴徒によって嬲り殺された父母の代わりに妹二人を支えながらここまで来た。得た異能が三人とも人よりずっと強力だったのは今考えてみれば幸運だったのか、不運だったのか分からない。

 もっと早くに、三人揃って死んでいれば楽だったのかもしれない。そう思ってしまう程には、この生活に疲れ切っていた。

 

 

 雇われるまま、人だって殺した。そうしなければ自分達が死んでしまうから、仕方なかった。

 害を為す人間しか殺さない、そういった仕事しか受けない。そう言い訳をしても、一向に先行きも見えぬ中で手を汚し続ける事は彼女達の精神を緩やかに蝕んでいた。

 

 仕方なかった。仕方なかったのに。仕方なかったの、本当に?

 

 頭の中で最近ずっとそう自分を苛む声に、苛立つ。

 自分でも気付かぬままに、伊勢屋百花という人間は限界の一歩手前だった。

 

 ばらばらになろうとしている家族を繋ぎ止める、何かが欲しかったのかもしれない。だからつい、その新しい何かを期待して扉を閉める事もなく話を聞いてしまった。

 

「別に家事手伝いでも何でもいいんです。理想を言えば事務員みたいなのが良いな〜って」

 

 なのに目の前でそんな能天気な事を抜かす少年が、普段冷静な彼女を苛立たせた。

 

「……何も知らない癖に」

 

 小声でそう呟いた台詞は、少年の耳には入っていないようだった。

 

「家族は?」

「両親いたけど死にました。それで何とかここ(都市)まで出てきたんです」

「そう。珍しくもないわね」

 

 本当に別に珍しくもない、都市にはそんな人間が山ほどいる。

 

「私達は皆手を汚している。家事手伝い?事務員?そんなもの必要無い、ただ生きたいだけなら異能省にでも行けばどうかしら」

 

 喪った事がない人間に、私達の何も分からない。

 そう呟いて、扉を閉めようとした時。

 

「さっき家族の話をしましたよね。俺が殺したんです」

 

 お袋がケモノになっちゃったんですよ、と少年は困ったように頭を掻いた。

 親父はそれを何とかしようとしたんですけど、食われちゃいました。

 

「お袋、ケモノとして見ればまだ弱い部類だったんで良かったんですけど。これ、俺の異能なんですけど見てもらえます?」

 

 そう言うと、少年は懐からナイフを取り出した。

 そんな物で自分が傷つけられる訳がないと分かっていても、身体が臨戦態勢を取る。だがその切っ先は、百花ではなく少年自身に向けられていた。

 軽く切った手首から滴り落ちた血液が、小さな鼠へと変わって何処へともなく走り去っていく。

 

「自傷する事で血液や髪の毛なんかを生物にする異能なんですけど。これで生み出した猟犬に首筋を噛み切らせました。でも暴れるもんだから、俺がこうやって押さえ付けて。仕方なかったかもしれないです、じゃなきゃ俺が死んでたから。でも」

 

 そう話しながら彼が伸ばした両手の先に、百花は痙攣するケモノを幻視した。

 言葉をぽつりぽつりと紡ぐ度に震える両手が、その話を真実だと物語っていた。

 

「仕方なかった、の一言で済ませてずるずると堕ちたくないんです。異能省に行けば食いっぱぐれないかもしれないけど『これは正義の為』だとか何とか言って、やりたくもない事をやらなきゃいけないと思うし」

 

 その言葉が、百花の頭の中でぐるぐると唸りを上げていた「仕方なかった」という言葉を掻き消した。

 

「誰かを傷付けなきゃいけないとしても、俺はそれを自分の意志で選びたい。だから俺はここ(・・)がいい。この『都市』の中で一番自由なのはここだと思ったから」

 

 その瞳は、本当に自分達(伊勢屋)が一番自由だと信じ切っていて。

 

「こんな世の中じゃないですか。もう奪うのも嫌だし、奪われるのも嫌だし。死んだら地獄行きだとしても今良い空気吸ってたいんですよ、俺」

 

 じゃないと、いつかあの時の感触に押し潰されちゃうから。

 そう両手をじっと見つめた後、少年は「という訳で、何でもやりますからちょっと置いてみてくれません?」と深々頭を下げた。

 

「貴方、何歳?」

「16っす」

「……春陽の1つ上ね」

 

 今にして思えば、軽率だったと思う。

 歳の近い人間と交流する事で春陽が少しでも元の明るさを取り戻せるかもしれない。

 身近に害のない男性がいれば、彩葉の悪癖が少しでも改善されるかもしれない。

 そんな言い訳を並べながらも彼を家の中に招いてしまった。

 

 もし不審な動きをすれば、その時殺せばいいと。

 自分の異能には絶対の自信がある。

 

 今考えてみれば、そんな物は何の理由にもならない。あの時、彼を部屋に招いてしまったのは。

「仕方なかった」をそれで済まそうとしない少年の姿が眩しくて。自分もそうありたいと願ってしまったからかもしれない。

 

「こっちの方ってマジでプラント生きてるんですね……あっ合成卵ある!?ちょっとこれ使っていいすか、俺本当に隕石落ちてからオムライス食べたくて食べたくて」

 

 キッチンに置いてあった配給の合成卵を見ると、少年は歳相応に無邪気な笑顔を見せた。

 自分も妹達も料理なんてしないから好きに使えばいい、と言うと「え〜勿体無え〜」と少年はしかめ面をしながら百花をダイニングに座らせた。

 

「お袋がよく作ってくれてたんですよね。それも忘れたくないし」

 

 手にかけた人間を背負おうとする、あまりにもその在り方は危うかった。

 この都市では"外"のようにケモノを殺すかケモノに殺されるか、そんなシンプルな二択では済まない人の悪意が渦巻いている。

 このままで行けば、遅かれ早かれこの少年は都市の餌食となって死ぬだろう。誰かが強く鍛え上げなければ。

 

「貴方、名前は?」

「礼。烏丸礼です」

 

 彼はそう名乗りながら、出来上がったオムライスを机の上に置いた。

 

「……とりあえず、試用期間といった所ね」

 

 スプーンを一口、口に運ぶ。

 

 その堅焼きのオムライスが、幼い頃に彼女の母が作ってくれたものにもどこか似ていたから。

 伊勢屋百花は、今日まで烏丸礼を雇い続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 






なお原作では伊勢屋家の過去についてそこまで深堀りされていなかったので百花にクリティカルヒットしていた事を礼は知りません。
なんか思ったよりすんなり雇ってもらえてラッキー!って感じ、ここまで想われてるなんて知らないんですよねわはは
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