ソシャゲ世界って結局中堅勢力が一番良い空気吸ってる 作:しゅないだー
活動報告にちょっと今作の方針について多少書いたんで良ければ目を通してみてください〜
「
「……うす、お褒めに預かり光栄っす」
伊勢屋邸に隣接している道場で床にひっくり返っている礼を見下ろしながら、百花は息一つ切らさぬままに服の埃を払った。
「でも一様に言えるのは、皆使役する物に頼り切りで基礎がなっていない。特に貴方は素で異能がお粗末だから」
「やめてくださいよ、俺の可愛いワンちゃん達をお粗末って言うの!」
呻きながら身体を起こすと、礼は隣で同じようにひっくり返っていた猟犬をわしゃわしゃ撫でる。
「だから本体を鍛えておく。貴方が他の異能力者に差を付けられるとしたらそれくらいしかないわ」
それを聞いてげんなりした顔で「百花さんから一本取れる訳ないでしょ」と礼は口を尖らせた。
「……俺、多分自分が痛い思いしたくないからこういう異能になったんですよ!?知らないですけど」
なら何故自傷行為がコストとなっているのか、と百花が尋ねると「それこそ本当に知りませんよ、勘弁してくださいよ、これマジでどうにかならないんすか」と縋り付いてくるのを引き剥がす。
情けなさそうに鼻を鳴らしている猟犬を見ながら、何となく気になっていた事を彼女は礼に問うてみた。
「そう言えば貴方の可愛いワンちゃんって、吠えるわよね。それ、機能として必要なの?」
礼本人が「余計な物を絞った方がまだ強く呼べるんですよ。だからこいつにも飯食ったり何か飲んだりする機能は付けないですし、どうせ10分そこらしかいられないですからね」といつか話していた記憶が彼女にはあった。既存の動物に沿っているとはいえ、特段戦闘に必要なさそうにも思える。
「え、その方が可愛いじゃないですか」
わん、と黒い猟犬が同意するように声を上げた。何とも言えない眼差しを向ける百花に、彼はけらけら笑いながら手を振ってみせる。
「冗談です、なんか癖付いちゃってるんですよね。ここ来る前は野生動物なんかも結構脅威だったんで、威嚇として吠えさせたり。熊避けにもなったし、今だってチンピラ相手を萎縮させるには十分ですよ」
そりゃ百花さん達にはこんな犬怖くも何ともないでしょうけど、礼は肩をすくめてみせる。
「まあ、それに。隣に立ってわんわん言ってくれるだけで、結構勇気出るもんですよ。一人じゃないってのは」
そうしみじみと呟く礼を見て、どこか納得したように「そうね」と百花は珍しく口元を緩ませた。悪くない異能だわ、と。
「あ、もう一つ理由を思い付きました」
「……そう」
また馬鹿な事を言うんでしょう、と興味なさげに百花は相槌を打った。
「俺がもう声すら出せなくて助けも呼べないような状況になってたら代わりにこいつがわんわん鳴いてくれますから、覚えといて下さいね」
「……そうならないように、鍛えているのだけれど」
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昔しごかれてた時に百花さんは俺の異能、悪くないって褒めてくれたっけな。自分じゃそう思った事殆どないけど、何か救われたような気がした事を覚えている。
まあ、今は感傷に浸っている場合じゃない。
似た系統の能力。当然相手の詳細は分からないけど、他のタイプの異能よりはまだ予測が立てやすい。
《指輪をケモノに変えていた》という事象だけ見れば、俺と同じ
仮に無機物ならその辺の石ころ拾ってケモノに変えられる事になるので、こちらとしては打つ手無し。ゲームオーバーだ。だからその線は捨てて、装備品の仮定で行く。
「にしたって妬けるね……」
思わずそう呟く。
あの指輪にどれ程の価値があるのか分からない。けど俺と違って《自傷行為》のようなトリガーも必要無さそうだ。めちゃくちゃ当たりじゃねえか、出力も高そうだし。まず平時なら勝てない相手に違いない、けれど。
「……
ナイフでいつもより深く切った手首から滴る血が、黒い大型犬を象る。アリスのバフを受けたそれはいつものサイズよりも数段大きい。その様相は犬というより、もはや狼に近かった。
2匹生み出したそれを1匹は前衛に回し、もう1匹はアリスの警護に回す。
「俺がどうなってもこいつから離れない事。いい?」
「……うん」
よろしくな、と猟犬とアリスの頭をぽんぽん撫でて後方に下がらせる。
「あら、お揃いですね」
「やっぱ便利だよなあ、召喚系統って」
シチュエーションとしては全然良くないけれど。
逆に考えれば、都市の状況を知ってる目の前の相手が"総取り"に来たって事は本当に異能省は手を引いてるって考えても良さそうだ。そこだけは悪くない、後はこのイベントボスを倒すか逃げるか、とにかく何とかすればいいって事だし。
いや、倒す一択だろうけども。
そして相手は自身の異能にどうやら自信がおありのようだ。
そりゃそうだろう、ゲーム内でも今でも召喚系統自体は攻めて良し、守って良しの強能力。どっかの誰かさんみたいな重いコストにアリスがいなきゃ笑っちゃうくらいの低出力でもなけりゃ、手放しで喜ぶに決まってる。
だからこそ、俺は自分の異能にめちゃくちゃ肩を落としたし。
だからこそ、俺は自分の異能にそれなりに向き合ってきた。
逃げるのではなく、前に進む。避けては通れないイベントってのはどこの世界にも付いて回るもんだ。
両獣は睨み合ったまま、円を描くように間合いを測っている。猟犬の持続時間の事を考えれば、さっさと仕掛けるべきだろう。
「行ってこい」
「殺していいですよ」
その二言を皮切りに、ほぼ同時に飛び出した。
ケモノの牙を避け、猟犬が爪をその横っ面に突き立てる。激しく上下を入れ替えながら牙をお互いの喉元に突き立てんとする2匹の
それとなく相手の方に視線を向ける。女──因幡とか言ったっけ、そいつの隣には2人の男が佇んでいる。しかし言葉を発するでもなく、ただ立っているだけ。その姿からは生気のような物は感じ取れず、人形のような印象を思わせた。とりあえず参加する様子はなさそうだ。
そして肝心の因幡自体は特に動きを見せるでもなく、微笑を湛えたまま2匹の戦闘を眺めている。ケモノの追加投入も無し、と。
完全にまずはお互い様子見、と言った所か。
そんなぬるいやり方で、お茶濁す訳ねえだろ。
ナイフを右手で軽く握り直すと、一呼吸。そのまま僅かに姿勢を落とし、一気に飛び出す。
「……な」
面食らった表情を見せる因幡へ、心中でざまあみろと吐き捨てた。
俺の猟犬を組み倒していたケモノの頭部を、すれ違いざまに蹴り飛ばす。
「ギッ」
金属音のような叫び声を上げ、ケモノが身をよろめかせる。その隙に猟犬は上を取ると、前脚でケモノの顎を開かせそのまま引き裂いた。
召喚系統の異能力者は、近接戦闘に弱い。
そういう舐めがあるからこそ、因幡は俺も同じタイプの能力だと理解した瞬間に召喚した獣同士をぶつけ、リソースを削り切った所を叩くプランを選んだと判断した。特に俺は左腕が墓地のケモノの咬み傷で満足に動かせない。
実際異能だけで戦るなら、それは悪くない選択だ。
けれど。
自分の異能がそんなに当てにならない事くらい理解しているし、今まで生き延びてきた上でそれに頼り切ってきた訳じゃない。
相手がセオリー通りに対応してくるなら、こっちはそれをひっくり返す。
ケモノが上げる断末魔に一瞬気を取られたのか、相手の視線がそちらに動くのを見てそのまま走り込み、肉薄する。
反応が遅れた相手の首筋を狙ってナイフを突き出した。
が、庇うように上げた腕に防がれる。かなり深く肉を切り裂きはしたものの、致命傷ではない。
返しの一撃をねじ込もうとした、その時。
「っ、盾!」
その言葉で隣に立っていた男が、割り込むように身体を滑り込ませた。ただ、文字通り盾になるだけでこちらに攻撃する素振りを見せない。
なら。
軽いフェイントを入れながら、男の喉元にナイフを深々と突き刺す。全く避けようともしていないのが気になったが、ナイフを引き抜き地面に蹴り飛ばした。
これで一人
そいつの異能が何か分からない以上、一旦距離を取る。自爆でもされたら困るし。
「……驚きました、動けるんですね。殺すのも躊躇するタイプかと思っていました」
こちとら親だって自分の手で殺してる。
血がぽたぽたと滴り落ち続ける腕を苦悶の表情で押さえながら、こちらに向ける因幡の眼差しは先程までと違って侮りの欠片も見えなかった。
「大方メタ知識と異能の性能でゴリ押して来たんだろうけどな、こっちだって条件は同じなんだよ」
猟犬はまだ戦える、相手のケモノのレベルが先程くらいなら俺と2vs1で有利を取れる。持続時間にも余裕はある、男二人は不気味だったが一人はもう始末した。この分ならもう一人も大した事はないだろう。
いける。
そう思った時だった。
因幡はしゃがみ込むと、事切れた遺体に手を添えて一言呟いた。
「──
力なく開かれていた拳が握られる。まるで宙に吊られた操り人形のような歪な動きで、
二足歩行に血に染まったような紅の表皮、笑っているように裂けた口はピエロを思わせる。明らかに指輪を変えたケモノより格上だ。
「……おいおいおい」
どうやら見誤ったらしい。こいつが変えるのは装備品じゃない。もっと違う……別の何か。判断するには時間が足りない。
「烏丸君はクロスタ、好きでしたか?」
「あ?」
唐突に投げられた問いに、思考が一瞬止まる。質問の意図が分からない。が、時間が稼げるならそれに越した事はない。返事の代わりにぶっきらぼうに頷く。
それを見ると因幡は何故か嬉しそうに顔を綻ばせた。
「私もです、本当に大好きだったんです!だからあの隕石の日に記憶が蘇って嬉しかった。そして残念でした、私はそんなに強くなかったので」
「よく言うよ、そんな当たりの異能で」
そうでもないですよ、と笑う彼女はどうやら本心からそう言っているようだった。
「それでも、せっかくだから見た事のない物を見てみたい。聞いた事のない物を聞いてみたい。この世界を余す事なく味わいたい!」
そう言いながら顔を輝かせる様は無邪気さすら感じさせた。正確な年齢は分からないが同年代、案外歳下くらいかもしれない。
「せっかく二度目の人生なんです。何をしたって咎められる事がないのなら、好きに生きたいと思う事は間違いですか?私はもう死ぬのなんてまっぴらごめんです」
理屈が分からなくもないのが嫌だった。既存の法律も、倫理観も、隕石衝突後から全く意味を成さないものになったのは事実で。
「いいや、好きに生きろよ。ただこっちだって好きにさせてもらう、そういう話だろ?」
「ええ、そういう話です」
それでも俺は、俺が思う
「でも、強くなければ無理ですよね。善く生きる事も、人の道を外れる事も。
どれだけ綺麗事を吐こうとも、それだけは確かにこの世界で真実だった。
「奪われたくなければ、奪うしかない。これから先、『Hello,Alice!』みたいなイベントや本編のイベントが始まったとして。私はまだ足りない。もっと強くなりたい。じゃないと先に進めない」
だからアリスちゃんが欲しいんです、そう因幡は締め括った。
「君もこんな所でゲームオーバーなんて勿体無いと思いませんか?行く宛がないなら水生会にだって口利きしてあげますから、矛を収めて頂けませんか。別に君を殺したい訳ではないので」
経験済みとはいえ、人を殺すというのは当たり前のようにしんどい。ナイフを握っている手が震えているのを押さえ込むように、大きく息を吸った。
「やだね。根本的にズレてんだよ、俺がなんでアリスを助けようとしてるか分かんないだろ」
分かりませんね、と言いながら因幡は溜息を吐く。
そのまま彼女は隣に立っているもう一人の男に触れた。男も全く抵抗する様子はなく、虚ろな表情を浮かべたままだ。さっき、同じように触れられた男がケモノにされたっていうのに。まるで人形のように、身動ぎもせず。
程なくして同じように男の身体が歪に変化し、赤いケモノとなる。ただ纏う雰囲気は死体から変化した物よりも鋭い。
そういえば確かこんな感じの異能持ちが水生会の金庫番にいた筈だ、プレイアブルではなかったけど。
異能『
金銭なり何なりの対価を貸し与え、それを返済できなかった者を傀儡にする。それで支配下に置かれた人間は、確か別の人間に譲渡もできた。
ゲーム内じゃ人傀儡はザコ敵にもなってたっけ。
多分、先の二人はその人傀儡。それを因幡はケモノに変えている。
となると恐らく相手の異能は、ざっくり言えば『自身の所有物をケモノに変える』能力ってところか。
順当に行けばその価値によってケモノの性能が変わる、なら死体を変えた物より生きている人間を変えた方が高性能なのは自明だろう。
水生会に属しているのも、己の異能を最大限に活かす合理的な立ち回りか。目の前の相手も、自分なりに異能に向き合ってきたらしい。
「1匹は制圧に使って、もう1匹は帰りの道中の警護に使う予定だったんですが。計算が狂いました」
「じゃあもっと狂わせてやるよ」
隣に並ぶ猟犬が威嚇するように喉を震わせている。今ので確信したが、因幡自体は全く戦闘に参加する事はない。恐らく
それは今までを全て自身の異能だけで乗り切ってきた事の裏返しでもあるが。こちらもそれならそれで、数の有利で攻めるだけだ。
「
手首に刻まれている傷を、もう一度ナイフで開く。痛みに顔を顰めながらも、溢れ出した血液からサイズこそアリスのバフを受けた物に劣るものの、5匹の猟犬が生み出され相手に向かっていく。
それを見てゆっくりと道化は構えた。
持続時間は10秒、ただこいつら自体はデコイ。本命は俺、そしてアリスの猟犬。道化の動きを止めている隙に今度こそ因幡にとどめを刺す。
そう走り出した瞬間。
「…………ッ!?」
身体が宙を舞っていた。地面へ強かに身体を打ち付けながら、数回転してやっと止まる。
何が起こったか全く理解できないまま、肺を打ったのか呼吸すらままならない。涙が滲む視界に映ったのは
生きた方を用いた道化は動いてすらおらず、因幡の周りを固めていた。
「出だしを、潰され、た?」
「2度も同じ失敗はしません、警戒すべきは犬より君でした」
端から猟犬を無視して俺一本に狙いを絞る、だとしても強過ぎるだろ。ずるいぞ、畜生。
まだ笑っている膝を拳で殴り付ける。やばい、立てない。アリスの猟犬すら始末すると、道化がゆっくりと近付いてくる。
振り翳した前脚が俺へ叩き降ろされようとした時。
「とめて!」
アリスに付き従っていた猟犬がその言葉に呼応するように、道化に向かって飛び出した。背中に飛びつきざまに爪や牙を突き立てるが、一瞬で引き剥がされて踏み潰される。
そのまま再び道化は俺に狙いを定めて、前脚を振り被る。
「ちょ、駄目だ離れろ!」
俺を庇うようにアリスが覆い被さっていた。
だがアリスにその爪が突き刺さる瞬間、道化の動きが止まる。何故か分からないが、とりあえず助かった。
「もう、やめてよ。おにいちゃんにひどい事しないで。いう事きくから……」
因幡の方を見ながら、震えながらアリスが嗚咽交じりに懇願する。
なんでこんな子供が、こんな台詞吐かなきゃいけないんだ。
「ここで殺すと、連れ帰るのも大変ですね」
徹頭徹尾、自分の事しか考えていないその言葉に怒りが湧いてくる。
「大体さあ、おかしいんだよ。こんなまだ、何も知らない女の子1人に寄ってたかって追っかけ回して。どいつもこいつも自分の都合ばっかり」
本心だった。異能省の連中もそう。水生会の連中もそう。百花さんだってそう。分かってんだよ、俺がめちゃくちゃ甘ったれてる事くらい。
でもこんな女の子が追い回されて、悲惨な結末を迎えて、それでも俺は助かったから良し!なんて言えるくらい染まれない。
「最後の忠告です。もう何もしなければ、命だけは助かります」
死にたいのなら止めませんが、と言う相手に「本当かよ」と返す。
「死んでもいい、なんて口が裂けても言えないよ。そりゃ死にたくないもん、俺」
それを聞いて、少し安心したように因幡は息を吐いた。
「けど死んだように諦めて生きるくらいなら。死ぬ一歩手前くらいまで何だってやってやるよ、俺は……!」
何も怖がる事じゃない。
ただ、選択するだけ。
アリスの顔に、そっと触れた。
使い物にならない左手を地面に広げ、ナイフで小指を斬り落とす。
「っ、ぐ……!」
弾みで転がったそれが、血溜まりの中で光沢を放っていた。いいさ、それくらいくれてやる。
「──
錆びた鏡面のように広がっていた赤黒い血溜まりから、それは顔を覗かせた。蒼く爛々と燃える瞳は、誰もが内に潜めている獣性を示しているようだった。多分、それは俺にだってある。
その獣が俺の左小指を一口で飲み込むと、大量の血液が肉体を形作り始める。その様子はどこか穴の中から這い出すようにも似ていた。
名前ってのは非常に重要だ。それがそいつの役割を定義してくれる。
いつかどっかで見た、神話の狼。名前負けすんなよ、と檄を飛ばすように息も絶え絶えになりながら呟く。
「喰い殺せ、
俺の殺意に呼応するように、獣は深く息を吸う。
アリスに耳を閉じるようジェスチャーで促し、自分も何とか耳を塞ぐ。
それは音というより、衝撃だった。
煌々と照らしている満月まで届くんじゃないかと思うほどの、咆哮。
天を割るようなそれは恐らく都市全域にまで聞こえていただろう。
諸に食らったのか、足元をふらつかせている因幡に聞こえるように叫ぶ。
「人生で20回しか使えない内の1回だ、しっかり味わっていけよ。これはゲームじゃなくて殺し合いだ……!」
もう取り返しの付かない左小指を代償に、狼をベースとした異形の獣。その瞳には蒼い炎が燃え、相手の
持続時間は絞りに絞って3分、それでもまだ足りないリソースは。
俺の全身にくまなく刻まれた傷から流れ続ける血液を、
因幡を庇うように立ち塞がる2匹の道化を一瞥すると、
「……止めなさい!」
「全部、壊せ」
命令はシンプル。
2匹がかりで挑んでくる相手を、
爪の一薙ぎは道化の硬い表皮を豆腐か何かのように裂き、前脚の一撃は子供をあしらうようで。
煙のように数秒毎に身体の一部を失いながらも俺から吸い上げた血でそれを維持し、口に咥えた死体の道化を玩具のように引き裂いた。
残った道化の方が性能としては高い筈だが、この獣の前では些細な差だったのだろう。
一瞬の隙を突いて、
暴虐の獣。
アリスのバフに、文字通り出血大サービスの代償をくれてやったとはいえ初めて自分の異能がその真価を発揮していた。
「なんで、どうしてそこまで……!」
理解できないと言わんばかりに首を振る因幡だけをただ見据え、指差す。
あと一歩。
あと一歩。
押し留めようとする道化を意に介さず、前脚を大きく上げる。
「潰、せ……………………畜生……!」
それが因幡に振り下ろされる寸前。
恐らく
アドレナリンが切れてきたのか、身体を猛烈な痛みが襲う。無情にも決着が付いた事を示すかのようだった。
「……認識を改めます。君への無礼な言動をお詫びしましょう」
もう顔を起こす事すらままならない俺の側に、因幡は座り込んだ。
「私には、君がそこまでする理由が理解できません。生き延びたいのであればアリスに関わらなければ良かった。力が欲しいのであればさっさと死体にして『工房』に持ち込むべきだった」
悲しい事に、このイカれた世界ではイカれた奴の方が強い。倫理観なんか単なる枷で、俺はその枷を外せなかった。
「分かんないだろうけど教えてやるよ。寝付きがさ、悪くなるんだよ」
息をするのも辛い中で、そう言って笑ってやった。
「君はここで生きていくには、少し優し過ぎるんでしょう。私にはそうはなれない」
そうなるには、私は奪い過ぎました。
そう目を伏せる相手の姿が初めて人間に見えた。
「ですが費やした犠牲と覚悟には敬意を払います。良いゲーム……いいえ、殺し合いでした」
立ち上がると、ふらつきながらも因幡はアリスの方へ歩いていく。それに追従するように、死に体のケモノが身体を起こした。
「待てよ、なら、殺してけよ」
納得行かない、舐めやがって。まだ時間が足りてない。
「君の異能の
徹頭徹尾、合理性の塊。もう俺には抵抗の力が残されていないのをちゃんと理解している。
「それに私は別に君を殺したい訳ではありません。アリスが手に入ればそれで良い。どの道、その傷では長く保ちませんし。本当に残念です」
それに関しては因幡の言う通りだった。このままいけば翌朝には死んでいる。その後はケモノの餌にでもなるだろう。
「本当、情けねえよ」
でも。
「全部自分一人で何とかしようとして、墓地のケモノだって彩葉さんがいなきゃ死んでたのに」
「彩葉……?」
俺が呼んだ名前に違和感を覚えたのか、因幡が足を止める。
「でも、俺の勝ちだ。お前は俺一人を片付けるのに時間を掛け過ぎた」
何かが駆けるような、土を踏み砕く音が聞こえる。一際大きく響いた破裂音は、きっと彼女が跳んだ音だ。
「俺が
「一体、何を」
都市全体を揺らす程の、天を裂く咆哮。
あれだけ大音量で吠えていれば、聞こえているとは思っていた。
最後の最後になってまで縋る事しかできない自分の情けなさと、なんで来てくれるんだよという申し訳無さと、少なくとも相手の思い通りにはならない安心感で涙が滲む。
轟音と共に着地した何かが、道化と呼ばれたケモノを吹き飛ばした。
「よく、分かりましたね、ここ」
見慣れたパンツスーツ。亜麻色の髪を揺らしながら、ずれた眼鏡を直す仕草がたった数日なのにどうにも懐かしかった。
「散歩していたら、貴方の可愛いワンちゃんがわんわん鳴いていたから。帰りが遅いし様子を見に来ただけ」
「百花さん……」
にしたって早過ぎる、お陰で助かったけど。そこまで考えて、彩葉さんの言葉が脳裏に浮かんだ。
"百花ちゃんなんてきっとすぐ飛んでくるから"。
帰った彩葉さんが
「状況は?」
「あー……まあ、生きてます」
「……そう」
血を流し過ぎたからだろう、冷え切った身体は寝返り一つ打つのも億劫で。霞む視界では百花さんがどんな表情をしているのかもはっきり読み取れなかった。
異能『
本人曰く「シンプルな肉体強化」との事だが、強度や運動能力だけでなく反射神経や第六感すらも人どころか既存の生物を圧倒的に凌駕する。
一般的に言えば、肉体強化の異能はハズレ枠とされている。多少フィジカルが強くなろうともケモノの前では無意味に等しく、搦手のような拡張性もない。
しかし伊勢屋百花のそれはあまりにも突出した出力、個の暴力であり。彼女自身が持つ天性の格闘センスと技術がそれを最早兵器と呼んでも差し支えないレベルに押し上げている。
仮に1vs1、向かい合った状態で戦闘を始めさせれば。
都市で彼女に勝てる人間は、まずいないと言われている。
「私の──」
何かを言いかけて、百花さんは口を噤んだ。代わりに拳を握り、ゆっくりと因幡の方へ歩き出す。
「
咆哮と共に飛び掛かってきたそれを、百花さんは避けようとする素振りも無く。
ただ一息で目の前の相手に向けて殴り飛ばした。人の体躯を優に超えるケモノがまるで紙細工か何かのように、進路にいた唖然とした表情の因幡を巻き込んで宙を舞う。
「私の従業員を損壊した賠償は、どういう形でお支払い頂こうかしら?」
ケモノを壁として間に挟みながらも、それごと吹き飛ばされるとは想定していなかったのか、身体を起こしたその表情には動揺と苦痛による焦りが滲んでいた。
「っ、ぐ、伊勢屋百花……!」
衝突の際に折れたのかあらぬ方向へ曲がっている相手の右腕を見て、百花さんはつまらなさそうにそれを指差す。
「こうしましょう、
いや単なる従業員の為なんかに、異能省への根回しを終えた後で急いで共同墓地付近をうろうろ探していたような人間いる訳ないっすよ