デュエル・マスターズ Aoharu Revolution 作:カレーパンパフェ
夢の中でもカレーパンは美味い
「‥‥‥意外と、マナーを心得ているのだね」
「初対面なのに失礼じゃね?」
夜間、トリニティ総合学園のテラスにて。満天の星空を見渡すことのできる贅沢な場所に、ナイフとフォーク、お皿が立てる小気味いい音がこだまする。普段からは考えられないような落ち着いた雰囲気で食器を動かすのは、シャーレの先生こと切札勝太。今もまたケーキを切り分け、黙々と口に運んでいる。生クリームがたっぷりのショートケーキだが、甘さは控えめでしつこくない。普段からカレーパンばかり食べている勝太にとっては少々物足りない気がしないでもないが、美味しいのは間違いなかった。
一方テーブルの対岸のお茶菓子は全くと言っていいほど減っていない。座っているのは百合園セイア、トリニティ生徒会長の一人にしてフィリウス分派の代表であった。
「いや、すまない。噂に聞く君は‥‥‥少々破天荒なものだったからね」
「別にそれは否定しねぇよ。身内にお坊ちゃんがいてな。そこに遊びに行くときとかに叩き込まれた」
セイアは「ふむ」とだけ呟いて納得の意を示す。
義兄のことを思い出す勝太。あのような豪邸を訪れるときはいちいち萎縮していたものだ。おかげで社会人としての最低限のマナーと、お茶会に関する日常生活じゃ使わないようなマナーを身につけられたのは幸いだが。
「そのお義兄さんとも、近いうちに再会できるだろうね」
「ん? ルシファーの奴も来てるのか。まあでこちゃんが来てる以上、あいつが来てても不思議じゃねぇけど」
「そのお義兄さんと一緒に、君は迫りくる災厄に立ち向かうわけだが――――――」
なんだかシリアスな話が始まりそうだったので、勝太は待ったをかけた。そしてふところのポケットからカレーパンを取り出した。表情には出さなかったものの、内心驚くセイアであった。一体あのカレーパンはどこから出てきたのだろうか。
「口直しにいいか?」
「‥‥‥‥‥‥お好きにどうぞ」
普通の人間はカレーパンで口直しなどしない。しかしシャーレの先生が重度のカレーパン中毒であるという情報も仕入れていたセイアは、かなり困惑しつつも勝太の申し入れを了承した。ここにナギサがいたら卒倒していたろうなと思いつつ。
「んで? 災厄だって?」
「ああ。それを語るには、まずエデン条約について話さなければならない」
「あー、トリニティとゲヘナが仲良しこよしするやつだろ?」
エデン条約。大雑把に語るのであれば勝太の言った通り、ゲヘナ学園とトリニティ総合学園で仲良くしよう、という条約である。厳密にいえば両学校から人員を派遣して機構を作り、両学園間の争いを調停する、というのが主な内容にあたる。連邦生徒会長の失踪によって破談になりかけていたところを、トリニティ生徒会長の一人である桐藤ナギサと、ゲヘナ風紀委員長の空崎ヒナが成立までこぎつけた。
連邦生徒会がらみの事案ということで、そういう情勢には疎い勝太の耳にもさすがに入っていたのである。
「エデン‥‥‥つまり楽園だ。楽園に入ったものは楽園から出てくることはない。そこがその人物にとって理想の場所だからだ。一方、楽園から外に出た人間は、楽園に満足していないということ。つまりその場所は真の楽園ではない」
「んーと‥‥‥つまり何が言いてぇんだ?」
「楽園に到達した人物を、外側の人間が観測することはできないというパラドックスだ。楽園が本当に存在するのか、私たちは知る由もないのさ」
「いやだから何が言いてぇんだよ」
「‥‥‥‥‥‥エデン条約が本当に成立する価値のある者なのか、私たちにはわからないというわけさ」
「そりゃまだ条約締結してねぇんだから価値なんてわかんねぇだろ」
「いやそういう話ではなくて」
セイアの小難しい言い回しが理解できず、矢継ぎ早にツッコミを入れる勝太。一方セイアの方も限界までかみ砕いて説明しているつもりなのだが、相手には伝わらずにもどかしく思っていた。脳内を模索して、かみ砕くどころかミキサーでドロドロになるまで言葉をかき混ぜ、やっとこれなら伝わるだろうという言葉をひねり出した。
「条約ができたからといって、ゲヘナとトリニティの溝が簡単に埋まるわけがないだろう?」
「ああ、そういうことか。最初からそう言ってくりゃいいのに」
悪意のない言葉がしかしセイアに突き刺さる。友人からもたびたび指摘されるが、この言い回しの迂遠さは癖みたいなものでどうにも直らないし、直さなくても伝わる場面の方が多いので直す気がなかった。しかしシャーレの先生には全然伝わらなかったので、やはり問題があるのだろうかとセイアはちょっとだけショックを受けた。
「まあそれこそ締結してみないとわかんねぇだろ。仲良くできるかもしれねぇし、できないかもしれねぇ。俺としては、友達になれるんなら全力で応援するし、ケンカしたら悪い方に謝らせるだけだ」
「‥‥‥‥‥‥甘いね」
甘いといっても、心地よい甘さではあるが。とセイアは失礼のないように付け加える。またしても意味が分からなかった勝太はケーキのことかと解釈した。セイアは皿に一切手を付けていないのに‥‥‥と不思議に思っている。
「全員がそのように考えられれば、ある程度平和に済むのだろうが‥‥‥無論そういうわけにはいかない。疑念や悪意がうずまき、自分の描いた未来を手に入れんと画策する。始まるのは陰謀に満ちた静かで、しかし性質の悪い闘争だ。そしてその果てに、災厄が訪れる。先生、君のような人間はきっとこの先で待ち受けている展開を嫌うことだろう。それでも、どうか最後まで見届けてほしい」
セイアの雰囲気が明確に変わる。さすがに真面目に聞かないとまずいと思い、勝太は急いでカレーパンを口に押し込んだ。多少頬がふくらんでおりふざけているように見えるが、その目は真剣だ。それを確認すると、セイアは言葉を続ける。
「この物語が、どのような結末をたどるのかを」
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けたたましく、スマートフォンのアラームが鳴り響く。
「うーん‥‥‥むにゃむにゃ‥‥‥」
寝ぼけまなこを擦りながら、勝太は起き上がりカレーパンカバーのスマホを手に取りアラームを止める。時刻は早朝。場所はトリニティ近郊の宿泊施設の一角。慣れない枕と毛布だったので寝心地はそんなによくなかったが、激務の疲れを癒すくらいはなんてことない。見るからに高級そうな素材のベッドだったからだ。
これが経費で落ちるなんて、自分はいいご身分だなと考えながら、ベッドをボスボスと叩く勝太。なんとなしに窓辺により、思いっきりカーテンを開ける。
トリニティ総合学園。勝太が、補習授業の教鞭をとるために長期滞在することになる学園が、眼下に広がっている。
「‥‥‥あの夢、偶然じゃねぇよな」
セイア、という意味深なことばかり呟いていた生徒との会話。勝太の意識は、先日トリニティを訪れた際に行われた、二つの会談へと回帰していく――――――。