僕には好きな女子がいる。中村さんという、背が高くて大人びた同級生の女の子。
僕と彼女と出会ったのは高校一年生の春。何も運命的な出会いをしたわけじゃない。ただ偶然同じクラスになって、席が隣になっただけの関係。初めての高校生活に期待や緊張など、複雑な感情が混ざり合う状況の中、ふと隣を見るとそこに彼女がいた。
視線が重なり合う中で、最初に話しかけてきたのは、彼女のほうだった。
「ねえねえ隣の席だね。わたし、中村ひよりっていうの。よろしくね」
「ああっ」このときの僕は少し眠気を感じていた。昨夜読み始めた小説のやめどきがわからず、夜更かししていたからだ。その矢先に話しかけられたものだから、肩がビクッと震えてしまう。「僕は田野優樹。よろしく」
思わず声が裏返ってしまった。恥ずかしくて顔が赤面するのがわかる。
「ふふっ」中村さんはくすっと笑った。「田野くん、驚きすぎ」
「ご、ごめん」
「いいけどー」中村さんはそう言って、正面に向き直った。肘を机に付いて、頬杖をしている。その横顔を、僕は横目に捉え続けた。
綺麗な子だと思った。長い髪から覗く目鼻立ちは整っているし、まつげはぴんと張っている。頬は少しピンク色に染まっていて、唇は薄く、薄い色のリップが塗ってある。いわゆるナチュラルメイクというやつだろうか。じっくり見るのも気持ち悪いだろうと思い、僕は早々に目を逸らす。
僕はなんだかどきどきしてしまう。胸が高鳴っていて、顔も少し熱い。まるで一目ぼれでもしたような感情の昂ぶりを感じる。こんな会って間もない子を好きになることなんて、あるか? 僕は高校初日の空気に酔ってしまったのだろうか。こんな状態じゃいけない。
僕は首を振って、正面を見た。熱い頭を冷ましていった。
入学して二週間が経った。こんな僕にもクラスで友達ができ、学校生活にも慣れてきた。校舎は思いのほか大きくて、丘の上にあるせいで通学が少しきつい。でも、毎日がそこそこ楽しい。これも中村さんのおかげだろうか。
僕と中村さんは入学してから毎日話すようになった。隣同士だからというのもそうだけれど、席が一番後ろなこともあって、教師に隠れてひそひそ話をすることも多かった。この空気を独り占めできるのが何よりも嬉しかった。
あれから僕は、中村さんのことが好きだと明確に意識できるようになっていた。あれだけ彼女を綺麗に見えてしまったからには、この恋心を否定できるわけもない。素直に認めるしかなかった。
そして二週間目の今日、家庭科で料理実習をすることになった。どうやら味噌汁と炊いたお米を作るらしい。入学して間もないのにもう料理実習をするのかと思うけれど、この高校は特殊だという。
実習の班分けは、教室の席の並びですることになった。まだ席替えをしていなかったので、僕は中村さんと同じ班で料理をすることになる。他にも男女四人いたが、あまり喋ったことのないメンバーも多い。なので僕は中村さんと話すことが多くなった。
中村さんはピンクのエプロンを付けていて、とても可愛らしい格好だった。
「これ可愛くない?」彼女はエプロンをひらひらさせながら感想を求めてくる。
僕は恥ずかしくて素直に答えられず、頷くことしかできなかった。それを見て中村さんはおかしそうに笑っている。
僕らは隣り合って包丁を扱った。じゃがいもを切ったり、たまねぎを切ったり。料理の基本を学びながら、中村さんと他愛のない雑談をした。
中村さんは高校進学のタイミングで、地方から引っ越してきたらしい。父の転勤が理由とのことで、思春期のこの時期に引っ越すのはきついものがありそうだ。
「同級生の子とは連絡とってるの?」と心配になり聞いてみる。
「うん。週三で電話してる。でも高校生活も慣れてくると、この習慣も徐々に減ってくるんだろうね。さやか──わたしの友達の名前なんだけど──も新しい学校で友達ができるだろうし、私にもできるはずだから、この関係も疎遠になるだろうし。いまはまだ飽きずにビデオ通話とかしてるけど、これもいつまで続くんだろうなぁ」
中村さんはそう言って、遠い目をした。その顔は悲しげで、気の毒だった。
野菜を切るのが終わり、鍋に放り込むと火を付けた。他のメンバーからの提案で、鍋が煮え立つまでの間、先に皿を洗っておこうという話になったので、皿を流しに置いた。そしてスポンジでよく洗った後、布巾で拭こうと思って、僕はポケットを探った。だが何も入っていなかった。
実習の時間、エプロンや布巾などを各自持参して実習に備える必要があった。それなのに僕は布巾を忘れてしまった。そのせいでお皿を拭く必要があっても、手持ち無沙汰になってしまった。
それを見かねた中村さんが、「わたしの布巾使っていいよ」と言ってくれた。しかし彼女はいまも皿を洗っているので、どこにあるのかわからない。
「どこ?」
そう聞くと中村さんは「右ポケットの中」と言った。一見するとエプロンにポケットは付いていない。ということは、スカートのポケットに入っているのだろうか。
「スカートのポケット?」
「そう」
スカートのポケットか……。少し憚られた。僕は男だから、普段女子のスカートに触れることなんてない。だが頼まれてしまった以上、僕がするしかなかった。
なるべく中村さんの肌に触れないよう、ゆっくりポケットに手を入れた。入り口に触れるものがなかったので、奥を探った。すると布巾のタグに触れたので、人差し指と中指で摘まんだ。
すると中村さんは「くすぐったい」とおかしそうに笑った。どうやら僕の手がスカート越しで肌に触れてしまったみたいだ。
僕の気も知らずに笑うなんて。ますます恥ずかしくなり、顔が赤くなった。
中村さんといるといつも顔が赤くなってしまう。これじゃあ意識しているのがあからさまじゃないか。
そうして急いでポケットから布巾を取り出すと、中村さんからは見えないよう顔を少し逸らしながら皿を拭いた。
中村さんはからかうような顔で、僕の様子を窺ってくる。本当にやめてほしかった。