サイレント・ハイスクール・フリート   作:みん提督

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第1話 日常、そして……

RATs事件の終息から4ヶ月後。9月19日、17:22。小笠原諸島南方、42kmの海域。

 

広大な海の上を1隻の潜水艦が航行していた。先の第2次RATs事件において、最大の武勲艦と呼ばれる長浦男子海洋学校所属、潜水直接教育艦『伊126』だ。ようやくに平和な学園生活を取り戻した彼女らは今日も海洋実習に参加していた。

 

そんな『伊126』の艦内、機関室の騒がしい機械音で他の艦内には音が聞こえづらくなっている艦尾資材庫にて、副長の草川ひばりは正座させられていた。俯いて借りてきた猫のように背を丸めて居心地悪そうにする彼女の前には、腕を組んで仁王立ちするのは魚雷員の渚花音。ひばりと渚は幼なじみだ。昔から気の強かった渚は言葉を選ばず、いつも誰にでも食って掛かる性格だった。ひばりは何度も彼女に助けられてきたが、今回ばかりはその性格がひばりに牙を向こうとしていた。

渚はゆっくり話し始める。

「ブルーホエール、"蒼きくじら"。大層なあだ名もらってるよねウチら」

「ま、まぁ、そうですね……」

もはや幼なじみ相手に敬語になるほどの緊張感。

「……ことの始まりは『はるなみ事件』……よりもっと前、『はるなみ』の艦長だった我が『126(イニム)』艦長のお父さんである深海守と、また当時潜水艦艦長だった我らが長浦校校長の本多創哉が、ブルーマーメイド潜水艦保有計画を艦隊司令部に持ち込んだことから始まる。この計画はホワイトドルフィンの人員不足により潜水艦隊の練度が低下していた問題を、ブルーマーメイドに潜水艦運用能力を持たせることで負担を軽くしようと言う思惑があったという」

急に始まる説明にひばりはツッコミたくてもツッコめない。そんな空気ではないからだ。

「ブルーマーメイドは船団護衛を主な任務としていた海援隊が前身となった組織。そして潜水艦とは通商破壊に特化した兵器。なれば海援隊は潜水艦狩り部隊と言っても過言はなく、ブルーマーメイドが発足してからも潜水艦とは天敵であり、装備化するという発想すら当時はなかった」

威圧をかけるように靴音を鳴らす渚。脂汗が止まらないひばり。

「そんな中でホワドルから出た提案。当然、ブルマー上層部は難色を示した。直後の『はるなみ事件』もあり、潜水艦の安全性にも疑念が残ったからだ。計画は実行されることはなく十数年。忘れられていた計画は、第1次RATs事件と要塞事件における東舞校の『伊201』の活躍がきっかけとなり再浮上。本多校長……当時は硫黄島要塞副司令官。の後押しもあって急速に計画が進む。そのままトントン拍子に艦の準備、学校のカリキュラム策定、ブルマーホワドルの意見交換、検証、各校の人員選定や出向、外向、中学から潜水艦実技習得を目的とした"特別クラス"……後の『126(イニム)』クラスの発足。そして、初の海洋実習ですったもんだのゴタゴタがあって今に至る……と」

渚が一体何を言いたいのか、全然わからない。だが、怒っていることだけはわかる。それもかなり、激しく。

「あの、その、一体何の用件で……?」

びくつきながら渚に問う。その一言でとうとう沸点に到達したのか、彼女の顔が真っ赤になるのが見えた。

「そんな『126(イニム)』、こんな『126(イニム)』と言われながらも、私たちをここまで指揮して導いてくれた我らが艦長、深海翼が……もうすぐ誕生日を迎えるってのに、まだ覚悟つかんのかい! ひばり! さっさと告る覚悟決めろ!!」

「なんで告るのは確定なの!?」

真っ赤になる顔面を抑えるひばり。そうか、ようやくに渚の意図を掴んだひばりはしてやられたと小さくなってじたばたするしかなかった。

今から2日後の9月21日は『伊126』艦長、深海翼の誕生日なのだ。

乗員たちは翼を祝うためサプライズ誕生日会を計画していて、そのメインイベントとしてひばりがその想いを翼に打ち明ける告白を行わせようとしていた。

恥ずかしいとかなんだとか理由をつけているひばりを説得させ、その気にさせるのが渚の役割だった。

「こんなに言ってるのに……なんでその気にならないの! 艦長のことすきじゃないの!?」

「大好きです!! 一目見た時から!!」

これまでのらりくらりとゆらゆらしていたひばりが初めて明確に自分の意思を示す。顔は真っ赤だが、目はまっすぐ前を見ていた。

「じゃ、言うしかないでしょ」

「でも……でも、かんちょは……」

もじもじと言葉を濁すひばり。渚は苛立ちながら問う。

「艦長は……なに!」

急かされてようやく、意を決したようにようやく言葉が出てくる。

「かんちょは……かんちょはわかんないけど、たぶん、竹沢艦長のことが好きなんだよ……。だって、あっちは幼なじみで、私は単なる副長……オフでもそんなに一緒にいないし、そもそもかんちょって恋愛未経験っぽいし、私が告った所で微妙な空気になるだけ…………。だったら、いまの艦長と副長の関係を続けた方が…………」

なんとか笑顔を保とうとするも、目からはハイライトが薄く消える。そうだ、きっと翼は幼なじみに夢中で、自分のことは意識していないに違いない。そう、紀伊水道の時も……。

そうして暗くなるひばりの思考。渚は幼なじみとして彼女のクセをよく知っている。明るく振る舞うようで、自分の悩みがあるとすぐ卑屈になってふさぎ込む。面倒くさい性格だと知っている。そのため、治療方法もよくわかっていた。

「はぁ~……。この卑屈者め」

そう言いながらひばりの脳天に威力弱めのゲンコツを入れる。自分の卑屈ワールドにすっかり入っていたひばりはその一撃で意識を急浮上させる。

「痛い! ちょっと、かのん!」

座り込んでいるひばりは必然に渚を見上げる。そこには、さっきまでの怒気はどこへやら、優しい笑顔の彼女がいた。

困惑して目をぱちくりさせていると、渚はふっと笑った。

「確かに、艦長がアンタのことどう思ってるかはわかんない。竹沢艦長のこともそう。だけど、もし幼なじみとくっつくのが必然と思うなら私らはどうなるのさ? 何も一緒にいた時間だけじゃないよ」

かがんでひばりの視線に合わせる。

「ひばりは艦長が好きなんでしょ? だったら気持ちを伝えなきゃ。エスパーなんてないんだから、気持ちは直接伝えなきゃわかんないよ」

渚の笑顔がまぶしい。そういえばこうして僻んでいる時はいつもこうして励ましていたことを思い出した。

ひばりも、ふっと笑みがこぼれる。

「……ありがとう、かのん」

簡潔に、でも精一杯の気持ちを込めたお礼を送る。渚は笑顔で応えてくれた。

「ま、無理にとは言わないよ。皆から急かされて焦る気持ちも、ひばりの気持ちもわかる。だから、焦らなくていいよ」

結局、こういう言葉がこんな時なにより嬉しい。支えてくれる友達がいてくれるのがありがたい。

さっきまでの雰囲気はどこへやら。2人は目をあわせて笑い出す。まぁ、なんとかなるだろう。そういう気持ちを2人で共有した。

 

 

 

そうして笑い合っていた直後、急に艦内放送の電源が入るブツッという音が聞こえた。笑い合っていた2人の女子高生はこの音を聞いた途端、歴戦の潜水艦乗り(サブマリナー)のような緊張感とオーラをまとう。

 

その直後。艦内マイクから翼の声が聞こえ、同時にけたたましい警報が鳴り響く。

 

「全艦、合戦準備! 急速潜航!」

 

午後4時30分の課業終了後でも、艦が動き続ける限り海洋実習は終わらない。

艦長権限によるゲリラ演習が突如始まったのだ。

それぞれ思い思いの余暇を過ごしていた生徒たちは一斉に居室や食堂から飛び出していく。

それぞれが与えられた役割をこなすべく、配置に付く。

艦尾資材庫にいた2人も一目散に狭い艦内を駆け出す。

潜水艦の通路はとにかく狭い。すれ違うのがやっとの通路だがもはや全速力で駆けてもぶつかる者はいない。互いに信頼を置く同じ艦の乗員だからこそのことだ。

発令所に文字通り滑り込んだひばりはすぐに翼の補助に入る。

「メインタンク注水開始!」

水準員の白雪が水準盤を操作する。タンクに水が流れ込む独特な音が聞こえてくる。

「周囲に艦影なし! 海底障害物クリア!」

水測長席に座るのは水測長の不知火。第2次RATs事件では『U-2501』戦で負傷し、離脱していたが、事件終息の1ヶ月後に怪我の治療を終え、『伊126』に戻ってきていた。その目も、耳も、声も、水を得た魚のようにイキイキとしていた。

「了解! 前部ネガティブタンク注水、ベント開け。深度15、潜望鏡深度へ!」

即座に次の行動を指示するひばり。さっきまでの恋に悩む女子高生ではなく、そこには職務に取り組む若き潜水艦乗り(サブマリナー)となっていた。

艦がゆっくりと艦首側に傾き、水上の音が遠くに聞こえ、水中独特の静かな空間へと変わっていく発令所の中央。ストップウォッチを見つめる真剣な翼の横顔をちらりと見てみる。

仕事に集中する彼女の横顔。普通な、見慣れた日常の光景なのになんだか心が踊る。私はつばさのことが好きなのだ。そう実感する。

「ひばりさん、どうしたの? 私の方ばっか見て」

さすがに視線が気になった翼が尋ねる。

「いや、なんでも?」

でもとぼけてみせる。首を傾げて変なの。とこぼす彼女がなにより可愛く見えた。

 

まだ告白の決心はつかない。しかし、決断まではもう秒読み段階だった。

 

 

少し先、果たして自分は泣いているのか、それとも笑っているのか。わからないが、笑っていてほしいと願うばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日同時刻、東京湾内某所。人気の少ない倉庫フロートの水線下。

 

大都市東京には、管理者の死亡や相続権の放棄、度重なる増改築や所有者の交代により権利関係が曖昧となりほぼ放置されている空き家フロートが多数存在していた。

この倉庫フロートもかつては下町工場だったようで、社名が残る当時の看板や作業機械がそのまま埃を被って残されている。

だが、寂れた最上甲板とは異なり、水線下の機械室には複数の人影があった。いずれも若い男女で、整備の行き届いた大小さまざまな火器を入念に手入れしていた。

「……いよいよか」

点検をしている手を止め、1人の男が呟く。

「なんだ、ビビってんのか?」

たばこを吹かしている女が茶化すように言う。

「び、ビビってなんかねぇよ! これは武者震いだ!」

強がる男を見て女はふひひと笑う。

「そう茶化すな。青垣……いや、元帥閣下の作戦通りにやればいいんだ。何も難しいことはねぇ」

薄暗い機械室で不穏な会話は続く。

「……もし失敗すれば私らは懲戒免職か」

「いや、即決軍事法廷で銃殺刑かな」

「なに失敗した時のことばっか考えてんだ。戦の前だってのに縁起の悪い」

「しかし、本当に『チャールストン』は来るのか?」

「合衆国だって一枚岩じゃない。我らと志を等しくする同志がいるのさ」

「まさか、母校を攻撃する日が来るとはなぁ」

「気を落とす必要はないさ。生ぬるい日本人どもに戦争のなんたるかを教えてやるだけさ」

「全ては、偉大な祖国の再興のため」

彼らは何れも海洋学校、あるいは海洋大学戦術課程を卒業したブルーマーメイド、ホワイトドルフィンの若手士官たちだった。

 

 

彼らは、長年の計画を実行に移すべく、準備を行っていたのだ。

 

 

2023年9月19日、18:00。後に、『血の東京湾事件』と呼ばれる同時多発テロ事件は文字通り水面下で誰にも知られず始まった。

 

 

 

 

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