少し時間を遡り、2023年7月某日、深夜。
東京湾某所、人気の少ない倉庫フロートに1隻のバスが着船した。
バスからはカタギには見えない男たちが降りて行き、一体いつから廃墟となっているのかわからない古い倉庫の中へ入っていく。
その地下、本来であれば機械室として使われている部屋に続く階段を降りて行くと水密扉の前には小銃を携えた若い女がいた。
男たちの先頭にいるのは長い白髪を頭の後ろで雑にまとめているひげ面の男だった。
「俺だ。あんたらのボスに会わせてくれ」
男は短く言う。
「あなたがそうか」
女は一言で男たちの正体を察した。古い水密扉を開け、奥へと案内する。
機械室には推進用か発電用かの大型エンジンが鎮座していた。そのエンジンの横にある制御室には甲板の寂れた様子とは異なり明かりが灯っていた。
制御室に入ると数人の男女が彼らを待ち構えていた。
「で、俺たちはなにをすればいいんだ?」
椅子に深く腰かける女に問いかける。
女はブルーマーメイドの制服を着ていたが、部隊章も階級章も外され、帽子のブルーマーメイドシンボルも削り取られていた。
「……作戦計画書は読んでいないのか?」
女こと、反ブルーマーメイド組織の1つ、革命海軍元帥蒼垣が質問を返す。
「そうじゃねぇよ。俺たちは
蒼垣は表情を変えずに言う。
「なるほど、噂通り頭がきれるようだ。単刀直入に言えば陽動、撹乱だ」
「陽動……?」
男の手下の1人が怪訝そうに言う。
「そうだ。我々の作戦はまず東京湾内の要衝を確保しなければならない。そのためには大規模な陽動が必要となるのだ。お前たちならその役割を十分に果たせるし、お前たちは復讐を遂げることができる。お互い利益のあるWin-Winな話だと思うが?」
蒼垣は淡々と作戦における役割と利益を説明する。銀髪の男は静かに聞いていたが、手下たちは気が気でないような様子だった。
「俺たちが陽動か」
「使い捨てにするつもりじゃねぇよな?」
手下たちが口々に文句を言い出す。そう捉われても無理はない。熱くなって詰め寄ろうとする手下の1人を銀髪の男は制止する。
「俺たちはあの女に復讐できればそれでいい。だが、俺たちだって使い潰しの兵隊にされちゃ敵わねぇ。なにか俺たちに還元できるものがあんたにあるのか?」
彼らは単なる野望では動かない。金のやり取り、報酬が納得できるものでなければ動かない。傭兵というのは金が第一なのだ。
「金なら前金で払ったはずだ」
蒼垣は当たり前だろうと言う風に告げる。
「そうだな、金はもうもらってる。だがこれからはあんたと長い付き合いになる。なにか俺に称号を与えてくれ。要はあんたに終身雇用を貰いてぇんだ」
なるほど。そういうことか。傭兵にしてはライフスタイルがしっかり考えられている。
「なるほど……。で、あれば作戦終了後に貴官を革命海軍大佐に任じよう」
ここで言う階級には何の実効性もない。それは蒼垣が自身に与えた元帥の階級もそうだ。銀髪の男はふむと少しだけ考える仕草をした後ニヤリと笑って言った。
「……いや、せめて将官……少将以上の階級でなきゃ俺には釣り合わん」
その挑戦的な物言いに蒼垣のそばに控える参謀たちの眉間にシワが寄る。不服そうな顔をする参謀を見て銀髪の男は愉快そうに笑う。
蒼垣はやはり表情を変えない。しかし譲歩しないわけではなかった。
「わかった。現時点を持って貴官を正式に革命海軍大佐に任じ、作戦終了後はその功績を持って少将へ昇進させる。指揮下の部下の階級についても、貴官に一任しよう」
銀髪の男は蒼垣の提案に満足そうに笑った。元はとある国の沿岸警備隊の優秀な士官だったというその男は、今でも海軍士官に返り咲く瞬間を待っていたのかもしれない。
「話が早くて助かるぜ……いや、助かります、元帥閣下」
急に立場を弁えた口調になり、仰々しく敬礼する銀髪の男。それまで文句を言っていた手下たちも彼の敬礼に倣った。
蒼垣が答礼する。
「では、我々はこれで」
美しいまでの基本教練を見せつける銀髪の男たち。元海兵というのは伊達ではないようだ。
部屋を出ようとする銀髪の男に蒼垣は最後の質問をした。
「難しい作戦だ。本当に諸君らに可能か?」
銀髪の男は蒼垣に正対する。そして、自信満々の笑顔でこう答えた。
「
同年9月18日。09:35。ブルーマーメイド横須賀基地。
その日は競闘遊戯会の1日目であり、来航した各海洋学校生徒の歓迎会が行われていた。
4ヶ月前には第2次RATs事件があったこともあり、学生たちの検疫も万全とし、ブルーマーメイド、ホワイトドルフィンの各部隊と教官たちは警備を厳重に固めていた。
警備網は研究本部が開発した無人警備艇艦隊や、海底ソナー、レーダーを駆使した各基地による観測、警備、分散配置された艦隊によって多重に構成されていた。理論上、魚一匹通さないという高い警戒レベルが維持され東京湾の全隊員たちは緊張状態を保っていた。
盛り上りを見せていた競闘遊戯会の裏方、警備艦隊を構成する部隊の1つ、対潜教導団は横須賀に入港していた。
旗艦『さつま』のCICに艦長の宗谷真冬が足早に入室する。
「来たわね」
副長の福内が迎える。彼女含め、幹部クルーはCICのモニターを覗き込んでいた。
「ピースオブケイクが入国したってホントか!?」
興奮気味に言う真冬。ピースオブケイクとは、7年前の要塞事件を引き起こした張本人で、祖国崩壊により職を失った元軍人の海賊だった。要塞事件では真冬が格闘戦の末に制圧し逮捕した因縁の相手でもある。
「……と、思われる男がいたって話。2ヶ月も前の話だし、確定ではないわ」
部下がカメラ映像をモニターに映し出す。そこには髪をまとめていたり、サングラスをかけているなど変装しているものの、彼にしか見えない男がターミナル港に降り立つ瞬間を捉えていた。
「7年前の事件で、日本で実刑判決を受けたけど、南洋同盟条約に従って強制送還され、向こうで服役中のはずだけど……」
モニターに映る男の顔は見覚えがあるものだった。
「ったく、コソコソしやがって、またロクでもねぇこと考えてるに違いない! 国境管理局はなにやってんだ」
「特に怪しい点はないとして素通りさせたらしいわ。彼らの単独犯とは思えない。恐らくは国内に協力者がいる」
福内典子の推察に真冬は苦い顔をする。
「姉ちゃんが言ってたやつかな……どっちにしろ警戒するにこしたことはねぇが……なんで2ヶ月も前の話が急に?」
「国境管理局の友達伝いの情報よ。この映像もなぜか厳重に持ち出しが制限されてたって。けっこう危ない橋を渡って今回見せて貰ったの」
真冬は悔しそうに拳を手のひらに打ち付ける。何事もなく競闘遊戯会が終わることはないと、その場で察してしまったのだ。
「全く! グアムの潜水艦隊といい、ピースオブケイクといい、なんだか今回の競闘遊戯会はキナ臭いぜ……こんな時に限って、母さんも姉ちゃんもいないし……」
ブルーマーメイドとして着任してから、ずっと現場に留まっている真冬は直感的に嫌な予感を感じ取っていた。
それも胸がざわついて落ちかなくなるほどに。
「で、どうするの?」
福内が指示をあおぐ。他のクルーも真冬の方を見つめる。
「ピースオブケイクのことは口外するな。なにかあればアタシが対応する。他のみんなは警戒レベルを上げろ。艦隊は即時出航態勢を常に保て! 悪いが上陸待機はなしだ!」
「ウス!」
『ほだか』のクルーは旧『べんてん』クルーが多く所属している。真冬隊の荒々しい隊風土を受け継いで拡大しているのが今の対潜教導団だ。
「真冬?」
福内が心配そうに真冬に声をかける。
「福内もわかるか? 今回ばかりはとんでもねぇことになりそうだ……」
『ほだか』含めた対潜教導団の各艦が臨戦態勢を整えるのを見つめながら、真冬は言い知れない嫌な予感に戦いていた。
同日13:09。硫黄島要塞。
司令官執務室に1本の報告が入った。
「なに、『はまぎり』が?」
「ハッ! 機関室で異常振動が発生。原因不明で、速力が落ちつつあるとのことです。航行不能になる恐れもあるため、一時帰還の許可を願うと」
オペレーターの報告を聞いた要塞司令官青木はそばに控える副官の神余に確認させる。
「今、『はまぎり』を下げさせれば警備網に少なくとも1時間は穴が空きますが」
手元のタブレットにも、『はまぎり』担当エリアをカバーするために『つむぎり』を向かわせたとしてもその間要塞担当ラインに穴が空いてしまうのだ。
「確かにこれは痛い。けれども艦の異常を放置して大事になればもっと痛い。『はまぎり』の一時帰還を許可する。代わりに近くにいる『つむぎり』と『ひろせ』、それと
青木はすぐに判断し、代わりの艦艇を差し向ける。オペレーターも神余も、すぐにそれぞれ指示を飛ばす。
『はまぎり』艦橋にて。
「機関室の異音、収まりません。推進軸周辺だと思われますが……」
「こりゃエンジン止めないといかんかな」
「今日は波が荒れる予報です。ここで停めるよりは要塞に戻った方が安全ですよ絶対に」
「しかし、なんでまた……旧い艦だからかなぁ」
ホワイトドルフィン艦である『はまぎり』艦橋では、あまり事態を重く捉えていないような士官たちの会話があった。
まさか乗組員に紛れた内通者の破壊工作だとは、誰も夢にも思っていなかった。
『はまぎり』が配置を離れ、帰還する針路を取った後、空白となった警戒網を1隻の潜水艦がすり抜けていった。
その潜水艦はUSホワイトドルフィン海兵総軍所属、第3海兵団強襲原子力潜水艦『チャールストン』だった。
グアム沖での演習から人知れず離脱し、東京湾を目指して進軍していた。
潜水艦とは、誰にも気付かれず、深く、静かに潜航することで、敵に決定的な奇襲打撃を与えることができる兵器であり、それがもし味方を討つことになったとすればその戦術的アドバンテージはさらに大きなものとなる。
正気の沙汰とは思えない行動。しかし、誰も狂ってなどいなかった。
『チャールストン』の乗員に、赤く光る目を持つ乗員は誰1人といなかった。
まさかのピースオブケイク登場。応援上映でも大人気な彼なので今回は存分に活躍させたい。