サイレント・ハイスクール・フリート   作:みん提督

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自分の性癖に正直になりながら書きました。


第3話 横須賀校襲撃

2023年9月19日。19:13。横須賀沖。

 

競闘遊戯会2日目となっていたこの日、横須賀校では来日した海外校の艦長や教官など高級幹部や学生士官らが参加する夜会が開かれていた。

生徒たちは着なれない夜会服を着こなし、海軍士官としてのパーティー作法の訓練も兼ねた夜会として滞りなく式が進められていた。

 

一方、華やかなパーティーの裏では警備艦隊が異常がないかどうか、目を光らせていた。

警備艦隊の主力を担うのはブルーマーメイド第1無人艦隊(制限型自律無人警備システム)。改造されたインディペンデンス改級『おやどり』を旗艦とし、『ひよどり』と呼ばれる小型艦を複数管制する。それぞれがある程度の独立性を持ちつつ、旗艦『おやどり』の指揮によりコントロールされる独立したシステムを搭載している。

人員不足および人員保護のためブルーマーメイドは無人システムの開発を推し進めていた。無人艦隊もその1つである。

そんな無人艦隊旗艦『おやどり』にて、事件は始まった。

「島艦長、休憩上がります」

「ご苦労さん、ゆっくり休んどけ」

改造されて広々としているCIC一体型の艦橋から、士官の1人である小早川が退室した。

彼女は休憩室に向かわず、まっすぐデータサーバー室に向かった。

無人警備システムの中枢であり、『おやどり』の頭脳とも言えるサーバー本体は高度の演算処理をこなし、30隻の『ひよどり』を従える。そのサーバーに彼女は1本のUSBメモリを挿入した。

「……これで無人艦隊は無力化される。あとは作戦通りに……」

小早川は不敵に笑い、独白していた。

するとそこへ同僚の隊員が声をかけてきた。

「ん? なにしてんの?」

サーバー担当ではない小早川がサーバー室にいるのを不審がった同僚はただ気になって声をかけただけだった。

ただ、それだけで彼女の独白など聞こえてはいなかった。

「別に、なにも」

そう言うと小早川はすぐさま腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。

「え」

銃声。同僚の隊員はなにが起こっているのか把握する間もなく射殺された。

艦橋にも銃声が聞こえていた。

「なんだ!?」

「銃声!?」

「島艦長!」

オペレーターの1人が指示を求める。キャップを被り、すぐに島は指揮を執ろうとするが、もはや手遅れだった。

「銃声の原因を調べろ! 全艦に第一種戦闘配置、艦内急速探知!」

オペレーターが島の指示を受けて動こうとした時、システム端末からけたたましい警報が鳴り響く。

「なんだ、どうした!」

「システムダウン、アンコントロール!」

『ひよどり』の操作どころか、『おやどり』の操艦さえ受け付けず、システムはエラーを吐き続けた。

「バックアップが立ち上がらない! システムが書き換わっている!」

「機関停止!」

突如として機能停止に陥った無人艦隊。島はすぐさま対応しようとしたが、それさえも無駄に終わった。

「本土へ緊急通報! システムを停止し、手動操艦に切り替えろ!」

「だめです! どのコマンドも弾かれます! 完全に操作不能です!」

「『ひよどり』各艦も同様です! 全システムダウン!」

島は突然の異常事態に困惑する。

「おかしい。外部からの干渉は受けないはず……まさか、内部の……!」

席を立とうとした瞬間、2発目の銃声が響いた。艦長席に据えられた専用コンソールに被弾し、画面がブラックアウトする。

銃声に驚いたオペレーターたちが振り向くと、そこには拳銃を構えた小早川が立っていた。

「……何のつもりだ……」

島はゆっくりと振り返る。全身から汗が吹き出る感覚がした。小早川は銃を構えたまま、にこりと優しく笑った。

「"革命"ですよ、艦長」

普段の彼女からは想像がつかない邪悪な笑みを浮かべる小早川。島はまた聞いた。

「"革命"……?」

「そうです、"革命"です」

彼女はもう、正気の顔をしていなかった。

『おやどり』の艦橋に3発目の銃声が響いた。

 

 

同日、20:38

無人艦隊が静かに無力化されたとは知らず、横須賀校はパーティーを続けていた。

「夜会服なんて、この先着るのかしら」

パーティーに参加していた『伊吹』艦長はそう愚痴っていた。

「全くナンセンスですよ。礼服1本でいいのに、わざわざこんなの整備して、金の無駄ですよ。これ作る金で制服5着は作れますよ」

服飾含めた補給の専門家、『間宮』艦長が愚痴にのってくる。

「え、5着……? どうしよ、さっき袖口汚しちゃった……」

食い意地をはって両手にいっぱいの料理をもっていた『名取』艦長が言う。さっきまでのウキウキ顔はどこへやら、すっかり青い顔をしていた。

「夜会服は返却してクリーニングしてもらえるから大丈夫だよ……クリーニング代は払わなきゃだけど」

「えぇ!?」

意地悪そうに言う『間宮』艦長に『名取』艦長は弄ばれていた。

そうしてパーティーを楽しんでいると、誰かが3人の間に入ってきて陽気に肩を組始めた。

「Hey! みんな飲んでる?!」

絡んできたのはパールハーバー校の『ヘレナ』艦長だった。

「なによ『ヘレナ』艦長! あんた飲んでるの!?」

驚いて言う『伊吹』艦長に『ヘレナ』艦長が答える。

「まさか! ジュースでどう酔うって言うのよ! あ、そっちの子達も飲んでる?!」

すぐに標的を移しながら彼女は次から次へとうざ絡みをしていた。

「呆れた! パールハーバーはどんな教育してんのよ!」

「なんか顔赤くなってません?」

「本当に飲んでるのかな……」

夜会は本来優雅で気品溢れるものなのに、どこかはしゃいで宴会のようにしている者までいた。艦長たちは振り回されながらも、楽しんで参加していた。

「ちょっと夜風に当たってくるわ」

『伊吹』艦長は夜会会場となっている校舎大舞踏室のテラスに出る。まだ夏の温い風が吹いていたが、艦上とあっては心地良い海風が火照る体に吹き付ける。

「……暑いわ……ったく、夜会ってあんな騒々しいものだったかしら」

一部の参加者のはしゃぎように辟易するが、どこかはしゃいだ気分なのは彼女も同じだった。

航海中にも感じられる海風が好きだった。しばらく夜風に当たっていると、海面に何かが動いているのが見えた。

「……ん?」

夜目を凝らして見てみると、細長い突起物が海面にぽっこり浮かんでいた。深夜にかけて荒れる予報だった海面は少しばかり波が高くなっていたが、それでも波間に見えるそれの違和感は強かった。

「なに……あれ……」

じっと細長い突起を見つめていると、ふいに突起物が動き出した。それには月明かりでキラリと光る"目"のような物が見えた。

「きゃ!?」

思わず悲鳴を上げる。細長い突起物はしばらくこちらを見つめた後、ゆっくりと波間に消えていった。

「…………疲れてるのかしら、私……」

目頭を抑える『伊吹』艦長。今見えた細長い突起物は何だったのかを考えるより、見なかったことにしたかった。

彼女は足早に会場へと戻っていった。

 

 

一方、横須賀校の真横で停船し、海中に潜んでいる影があった。

"潜望鏡"を下ろしたその影こと、オハイオ改級強襲原子力潜水艦『チャールストン』だった。

発令所では赤い腕章をつけた下士官が潜望鏡を覗いていた。

「気付かれたかもしれません」

下士官はしまったという顔で副長に報告した。副長は慌てることなく言う。

「そうかもな。だが、まさか潜水艦がこんな所にいるとは思うまい。ブルーマーメイドは潜水艦オンチだからな」

副長のジョークに発令所の何人かがクスクスと笑い出す。

「計画に変更はない。陸の狼煙を合図に、我々が出る。全員、準備を万全にして待機せよ」

「ハッ!」

『チャールストン』は世界最強とも言われる第3海兵団の母艦である。強襲揚陸戦闘、隠密襲撃に特化した彼らは原隊を捨て、とある共通の意思達成のために横須賀へとひそかに侵入していた。

「しかし、まさか本当にすんなり通れるとは」

「無人艦隊も観測基地も……他の艦隊にも我らの同志がいるそうです」

副長は発令所の中央に仁王立ちして腕を組む。

「全く驚いた。こんな計画をばれずに進めるなど考えられるか? 元帥の手腕は流石だ」

そうしていい気になっている副長に乗員の1人が言う。

「しかし、本当にうまく行くのでしょうか」

副長は余裕そうな表情を崩さない。

「心配することはない。艦長が急死(・・・・・)するという悲劇はあったが、他は全て計画通りだ」

乗員たちの目の色が変わる。

「やるしか、ありませんね」

「その通りだ」

副長は余裕綽々という表情をする。全ては革命海軍元帥蒼垣のシナリオ通りに。これを達成した時、革命的な大帝国の誕生を目の当たりにすることを心から彼は楽しみにしていた。

 

 

そして、惨劇が始まる。

 

 

横須賀校民間港エリア。軍港エリアの反対側にあり、物資の搬入に使用される民間船用の管制室に入港許可を求める通信が入った。

「入港許可申請? この時間の入港はないはずですが……」

管制官は入港リストを確認しながら不思議そうに質問する。

「18時入港予定だったんだが、積込の事故で出航が遅れたんだ。繰り返し言うが、本船は『レディ・レックス号』、学校への消耗品補充のためのチャーター船だ」

管制官が確認したリストにようやく名前を見つける。

「あ、あぁ~、了解しました。確認しました。入港を許可します、3番バースへどうぞ」

旧式の貨物船『レディ・レックス号』はゆっくりとタグボートに曳かれて3番バースにぴったりとつけた。

荷役係の民間職員は顔を見合わせて言う。

「見たか、きれいな着岸だ、腕が良い」

「素早くて正確。民間よりは軍事よりな技術だなこりゃ」

「今時ブルマー上がりホワドル上がりなんてザラだろうし、そんなもんだろ。ほら、荷下ろしいくぞ」

クレーンで下ろされるコンテナが岸壁に降りる。荷役官のブルマー隊員が中身がリストの物と合ってるか確認しようとコンテナを開けた、その時だった。

「あれ、変だな。このコンテナ空っぽじゃん……」

それが彼女の最期の一言だった。短く、乾いた破裂音が聞こえ、彼女の額に風穴が空き血が吹き出す。

荷役係たちはなにが起こったのか一瞬理解できなかった。

「え?」

血が飛び散っても、目の前のそれが現実と捉えられなかった。

コンテナに積み込まれていたのは消耗品ではなく、武装した男たちだった。

目を見開いて倒れる彼女を踏みつけにし、銀髪の痩せ男が言う。

「言っただろう? 簡単なことだ(ピースオブケイク)

ようやく襲撃だと察知した荷役係たちだが、遅すぎた。銀髪の男こと、ピースオブケイクは部下に命じた。

「撃て!」

岸壁で乾いた破裂音が断続して響く。数秒後、第3バースは血の海と化していた。

 

 

横須賀校校長室。

「第3バースで発砲!? どういうこと!」

部下からの報告に校長の古庄は叫ぶ。

「詳細は不明! 先ほど入港した民間船に乗っていたと思われます! すでに死者も出ています!」

「なん……だと……」

教頭は激しく動揺する。古庄も歯軋りをするが、悔しんでいるばかりではいられなかった。

「全校に第一種戦闘配置! 夜会は直ちに中止し、警備第1、第2小隊は生徒の避難誘導に当たれ! 教官および隊員は全員武装し待機。警備隊を全区出動させ、侵入者の排除と急速探知を!」

古庄の指示により、全校の戦闘アラームが鳴り響く。普段の海洋実習でもよく聞くアラート音に、学生たちはただならぬ事態だと察する。

「な……に」

「戦闘アラーム……なんで!?」

「これって訓練?」

しかし生徒たちは突然の出来事に対応できなかった。普段は艦の上で堂々と指揮を執る彼女らも、夜会という社交の場で、しかも学校の中。誰も適切な行動を取るなど出来なかっただろう。

「学生は直ちに避難せよ! 繰り返す、学生は直ちに避難せよ!……」

アラームに次いで放送が入るが、それでも状況は何一つわからず生徒たちは混乱する。

「落ち着け諸君!」

大型艦の艦長たちはリーダーシップを取ろうとするが、混乱した現場は納められなかった。

教官たちは酒が入っていたのもあり普段の冷静さを失っていた。

だれも責められない状況だった。後に生き残りはそう振り返った。

大舞踏室の扉が勢いよく開いた。助けが来たのか、みんながそう思ったが現実は違った。

扉を開けたのは武装した海賊だった。黒いタクティカルベストにヘルメット、そして赤色の戦闘服を着ていた。

予想外の出来事に、だれも理解できなかった。

「お! いたぞ! ガキどもだ!」

そう言うと海賊は軍用小銃を学生たちに向けて、引き金を躊躇なく引いた。

 

大舞踏室には学生42人、教官18名、隊員8名に取材班18名の86名がいたが、この襲撃から生き残ったのは『伊吹』艦長ただ1人だった。

未来ある前途有望な学生たちは、理不尽に、そして瞬く間に血塗れの肉塊となってそこら中に転がった。

 

 

横須賀校司令室区画。

普段は平和なオフィスは激しい銃撃戦の真っ只中にあった。

突然の襲撃、前線から離れていた教官たちも事態に的確に対応することは出来なかった。

普段は同僚と共に仕事をし、笑いあったり怒ったり、学生たちと全力でぶつかり合っている教官たちもまた、血塗れで倒れていた。瞳孔は開き切り、胸に複数空いた銃創からは止めどなく血が溢れる。

これだけ殺しても、海賊たちは止まらない。

「第8区へ警備3班急行! 第6区は放棄し、作業員は第9区まで退避!」

「舞踏室で現在交戦中!」

「消火システム稼働しない!」

「電源室を占拠された、通信が維持できない」

「こちら第7班、増援求む……あぁ!?」

各所から上がる絶望的な報告。防戦でさえない一方的な殺戮だった。

「01甲板は全部やられた! 警備8室も応答なし!」

「田辺は……田辺は……!?」

「クソッ、なんなんだよ、なんで、なんで私らが……!」

デスクやコピー機やらで即席の遮蔽物を作って応戦するも、海賊たちは対人戦のプロだった。

まるで学校の内部構造をわかっているかのように、学校内を効率的に占拠していく。

「クソッ、クソックソックソッ!! せめて、学生たちだけでも……」

慣れない小銃の扱いに苦戦している教官の横で、また同僚が撃たれる。

「おい! 金島! 大丈夫か! かなじ……」

抱き起こそうとしたが、すでに彼女は事切れていた。眉間に空いた銃創と、彼女の苦悶の表情がそれを残酷に告げていた。

「ちくしょう……ちくしょう!」

悔しさで床を叩きつける。なぜ、今、自分達が……なにもわからないまま、今戦闘状態になっている。全く理解できなかった。信じたくなかった。

その時、嵐のような銃声が止み、ゴトリと音がする。音の方を見るとそこには手榴弾が転がっていた。

「あ……退避……!」

走り出したその瞬間、手榴弾は起爆し、交戦していた3人の教官は一瞬で制圧された。

血と硝煙の匂いが充満するオフィスを抜け、海賊たちは進攻をやめなかった。

「呆気ねぇなぁ、ブルーマーメイドも」

「こいつら、海の仲間は家族だとか言っといて、いざ戦いになればこれだ。まったくブルーマーメイドってのは……ん?」

爆発で吹き飛ばされた3人の内、2人は体の損傷が激しく、即死したように見えたが、1人は重傷を負いながらも即死は免れていたようだった。

「う……うぅ……あ……」

這いずりながら逃げようとする彼女の頭に海賊は無慈悲に銃弾を放った。

「えご」

短く声を上げた後、彼女は血だまりの中で動かなくなった。

 

 

横須賀校軍港エリア。艦に残っていた学生たちは緊急出航の準備をしていた。

「学校の至るところで爆発を確認! 艦長……」

「艦長は無事さ! ウチらの艦長なんだから! それより機関室!」

「釜が暖まらねぇ! 今すぐの出航はむりだ!」

「03甲板でも爆発! 銃声は鳴り止まない!」

「皆起こして、早く!」

艦に残っていた学生たちは各艦当直士官や副長指示の元、横須賀校からの離脱を図っていた。

しかし、海にも逃げ場はなかった。

『チャールストン』のエアロックから静かに出撃したのは米ホワイトドルフィン第3海兵団。潜水強襲に特化した彼らの襲撃に、生徒たちは気付けなかった。

もやいを解き、艦にロープを投げ込もうとした1人の生徒が射殺された。

「え……さや!?」

力なくその場に倒れ込んだ彼女の制服に血の染みが広がる。

「え、え、えぇげ!?」

甲板でその様子を目撃していた生徒も射殺される。甲板と岸壁は一瞬で死屍累々の地獄と化す。

「何が起こってるの!?」

教育艦『浜風』には次々に殺される同級生たちの姿に恐怖する艦橋生徒たちがいた。

恐怖のあまり座り込んで震えてしまう者もいた。

「なんで……どうしてみんなが殺されるの……いやだ、私も……私も…………!」

『浜風』艦橋のすぐ下で銃声がした。その後に誰かが倒れるような音も。

艦橋に上がってきた海兵隊は艦橋にいる生徒を確認する。

生徒たちは武装もなにもない。

小銃を構える海兵隊をただ恐ながら見つめるしか出来なかった。

「君たちに恨みはない。すまないが、これは大義だ」

海兵隊は1人ずつ、1発ずつ生徒を射殺していった。

その後も、水中工作員(フロッグマン)は次々と上陸し、出航準備にかかっていた学生艦を制圧していく。艦は破壊せず、乗員だけを狙った攻撃は執拗なまでに続けられた。

 

 

『チャールストン』発令所。

「……作戦は順調に進行中。現在、横須賀校の上部甲板を90%制圧。艦内も70%を掌握。我が方損害は至って軽微、停泊している教育艦は16隻を完全制圧しました」

「『雪風』、『比叡』、『晴風』は抵抗が激しく苦戦しています」

「無理に制圧しようとするな。教育艦は我々革命海軍の重要な戦力となるのだ。艦はなるべく破壊せず乗員のみ排除せよとの元帥の命令を忘れるな」

参謀たちの報告に副長が付け加える。

「多少は壊したって構わん。機関室さえ無事なら艦としては使えるからな」

作戦推移を示したモニターを見つめながら、1人の参謀が言う。

「……俺たちは、学生殺しになったな……」

後悔するように言う参謀に副長は苛立ちながら返す。

「大義のためだ。今の世界は人の死がないと動かない。いいか? これは外科手術なのだ。もはや生ぬるいことでは解決できない、社会の病気を我々が治療しているのだ。医療行為はなにも咎められることはない」

狂気じみた彼の笑顔に、他の参謀や発令所オペレーターたちも背筋が凍る。なにも言い返せない副長に参謀は震えた笑みを浮かべながら言い返す。

「……日本に"善きサマリア人の法"はありませんよ、副長」

参謀の冗談は副長には受け入れられなかった。

次の瞬間には副長は拳銃を引き抜き迷うことなくその参謀を射殺した。

発令所にの隊員たちは動揺し、副長の方へ視線を集中させる。

「……他にはいるまいな? 我々がまるで失敗するかのような、士気を下げる発言をする者は…………?」

オペレーターも参謀も、だれもなにも言えなかった。

もはや副長にまともな思考能力は残っていなかった。狂気的な彼の笑顔は何かにとりつかれたかのようだった。

そうして発令所の士気が実際下がる中、オペレーターの1人が生真面目に報告を上げる。

「き、急速接近する洋上目標確認……! 艦艇と思われます。数5!」

副長はすぐにオペレーターの元へ駆け寄り、ソナー探知結果を映すモニターを凝視する。

「ヒュウガ級……対潜教導団だ!」

副長の読み通り、横須賀基地で待機していた対潜教導団は非常事態を察知し、どの艦隊よりも早く、横須賀校への救援に向かっていた。

 

 

「状況は不明! しかし学校が襲撃されている模様! 軍港エリア他、上甲板では火災が発生し、銃撃戦の真っ只中と思われる! 立検隊は全員武装し突入準備! スキッパー部隊先行発進!」

対潜教導団旗艦『さつま』は艦長宗谷真冬の指揮下、急行していた。

「横須賀校が襲撃されるとは……まさかここまで悪いことになるとはな……」

初動が遅れたことを後悔するように拳を握りしめる真冬。その横ではチャームポイントのクマ耳ヘッドセットを使用する副長の福内が控える。

「すでに多数の死者が出ているはずよ……当然、学生にも……」

「クソッ!」

拳をコンソールに叩き付けるが、もはや後悔してもどうにもならない。彼女も歴戦のブルーマーメイド、目の前の最悪に対応するだけだった。

「ソナーに感! 潜水艦です! 我が艦隊の正面5000、深度20、大型です!」

報告を聞き、福内が言う。

「横須賀校を襲撃した母艦だわ! なぜこんな所まで素通りさせてしまったの……!」

「そんなの関係ねぇ! 噴進爆雷発射、沈めろ!」

「ハッ!」

真冬の命令により、『さつま』後部甲板VLSから噴進爆雷が発射される。しばらく空中を飛翔したロケットは目標の手前で着水する。潜水艦は水中を自由自在に移動することができる艦艇だが、水深が浅く、沈没都市のビルが乱立する東京湾海底では満足に動くこともできない。至近距離での噴進爆雷攻撃に『チャールストン』は成す術がなかった。

 

「噴進爆雷が本艦後方500に2本着水! 魚雷航走音!」

すかさず副長は指示を出す。

「デコイ射出! 最大戦速面舵、急速潜航!」

しかし、魚雷はすぐそこに迫っていた。

「マスカー放出!」

必死に指示を出すが、もはや手遅れだった。

「間に合いません! あと200……100……!」

「総員衝撃に備え!」

副長がそう命令した次の瞬間、艦尾と艦中央に2本の魚雷が命中した。大きな衝撃が『チャールストン』を襲い、閃光と衝撃波に包まれた発令所では、次の瞬間には浸水が始まる。副長は何が起こったのかよく理解する間も無く、爆発の閃光と大量の海水を浴びながら叫んだ。

「革命海軍万歳!!」

次の瞬間、発令所は大爆発を起こし、副長以下の乗員は全員が死亡した。爆発は艦を縦断し、16000トン級の水中排水量を誇る『チャールストン』は3つに艦体が分離し、即座に撃沈された。

 

 

「敵潜水艦撃沈!」

『さつま』オペレーターが叫ぶように報告する。福内は敵水艦を哀れむような目線を爆発による大きな水柱に向ける。そして、すぐに真冬を見やる。

「艦長!」

真冬は頷く。

「動ける者は全員ついてこい! 横須賀校を襲撃した海賊を制圧する!」

「ウス!!」

待機していた突入隊は各々の武器を構える。近接艦上戦闘に特化した装備は至近距離での敵兵力の殺傷に重きを置き、普段の逮捕前提の軽装備ではなく、正規戦を想定した重武装をしていた。当然のように真冬も自動小銃を構えて突撃準備をする。

全速力で走る対潜教導団は、軍港エリアの空いている岸壁目掛けて舵を切る。

「岸壁の敵が撃ってきた!」

「甲板およびウィングの隊員は艦内に退避! 20mm砲反撃!」

甲板に据え付けられている20mm機関砲が岸壁の敵海兵隊に向けて発射される。20mm弾を被弾し、即座に体がちぎれ飛ぶか、怯んで退避する海兵隊。

「突入ポイントクリア!」

『さつま』は13000トンの船体を最高速力のまま岸壁へ滑らせる。

「総員、衝撃に備え!」

真冬がそう命令した次の瞬間、減速することなく、岸壁にそのまま艦首を突っ込んだ『さつま』艦内は大きく動揺する。固定していなかった荷物は宙を舞い、コンソールや壁に体を激しく打ち付けた隊員もいた。

真冬は渾身の力で衝撃を耐え抜いた後、誰よりも先に艦橋を飛び出した。

「突撃隊、アタシに続けぇ!」

完全武装の立検隊1個中隊と戦意有り余る有志による臨時陸戦隊が強行接舷した『さつま』甲板から飛び出す。他の対潜教導団の艦も、『さつま』に続いて強行接舷し、白兵戦をそれぞれ開始した。

当然かのように最前線で撃ち合う真冬は白兵戦のプロである海兵隊相手にも臆することなく吶喊しては敵を次々に薙ぎ倒していった。

「さすが艦長、まるで鬼神だ」

副隊長が感心するように言うと、別の隊員が副隊長を呼び止めた。

「副隊長!」

駆け寄るとそこには生徒の死体があった。横須賀校指定セーラー服はべっとりと血に濡れて、彼女の瞳孔は見開き、涙と鼻水と血と汗で見る影もないほどに汚れてしまっていた。

恐怖に見開いた目を閉じさせ、副隊長は悔しさと怒りに震える。

「副隊長……?」

副隊長はなにも言わなかった。なにも言わず、ただ見たこともない顔があった。

「許せん…………!」

それだけ言うと、突出して攻撃を続ける真冬に加勢するため走り出した。

 

 

横須賀校司令塔。

守備していたブルーマーメイド隊員の死体を弄ぶ海賊たち。完全に占拠された司令塔はもはや正常な判断力を発揮できる場ではなかった。

「リーダー! マフユが来たぞ!」

リーダーと呼ばれる銀髪の男、ピースオブケイクは部下の声に猟奇的な笑みを浮かべる。

「やっときたか! 俺たちの因縁の相手……!」

弄んでいたブルーマーメイド隊員を飽きたおもちゃのように投げ捨て、愛用のライフルを構える。

「お前に屈辱を味わされたあの日を俺は忘れない……あの日以来、ムショにぶちこまれても消えないあの忌々しい記憶……。貴様ごときが、この俺を……」

スコープに映るのは小銃を振り回しながら海兵隊を次々に倒していく真冬。彼女の顔には怒りがはっきりと見えていた。

「怒るだろう。だが、あの日以来、この時を待ち望んだ俺の怒りを越えるものはない……。さぁ、死ね! 真冬!」

真冬の頭部に狙いを定める。そして、復讐を果たす喜びから笑みの止まらないピースオブケイクはそのまま引き金を引いた。

 

 

「……な……!」

被弾したのは副隊長だった。司令塔からの狙撃にぎりぎりで気付いた彼女は呼び掛けるよりも早く、確実な方法を選んだのだ。

防弾プレートを貫通し、胸の銃痕からは鮮血が吹き出す。明らかな致死量の血を吐き出しながら、副隊長は笑顔で言った。

「……スナイ……パー……が、いま……す…………逃げ…………」

そこまでしか聞こえなかった。副隊長は血だまりの中に倒れ込んだ。満足そうな彼女はもうピクリとも動かなくなった。

 

ピースオブケイクは一撃目が失敗したことを察して苛立つ。

「クソッ! 邪魔しやがって!」

すぐにリロードし、2発目を今度こそ真冬に向けて発射する。

 

「おい! しっかりし……ッ!?」

副隊長の死に気を取られた瞬間、真冬も被弾した。ピースオブケイクはそのまま2、3発目の狙撃を行った。肩と胸に被弾した真冬は被弾箇所が猛烈に熱くなり、頭に血が登る感覚がした。あふれでる血の量は、もはや自分の物とは思えないほどで、一瞬だけ気を失いかける。

「艦長!?」

「スナイパーだ! 一時退避! 遮蔽物の裏へ!」

その言葉でなんとか意識を取り戻した真冬はその場に倒れ込みそうになる。部下は負傷した真冬を引っ張り引きずりながら、桟橋に散乱する荷物の裏に隠れる隊員たち。

「何……人……やられた……?」

銃撃を受けた真冬だが、戦闘指揮だけは続行させようとしていた。

「5人です!」

部下の報告を受けながら、応急処置を受ける。

「幸い弾は貫通していますが、肩に被弾してます……この出血じゃ戦闘続行は不可能です!」

冷静に傷を分析する部下に続けて指示を出す。

「クッソ……やっぱ奴らプロだな……。アタシらだけ……じゃ……きついかもしれん……本部に………応援を……」

吐血しながらも途切れ途切れに言うが、ここで部下から悪い報告をさらに聞くことになる。

「それが……悪い報せで…………東京湾の管制艦、それに市ヶ谷、霞ヶ関も同時多発的に攻撃を受けているそうです! 中央指揮権が、機能してないんです!」

部下の報告に、血反吐を吐く真冬。

「やっぱりか……クソッ…………ここは……私らで持たせるしか…………」

 

 

 

同時刻、2棟ある市ヶ谷の海上安全整備局本庁舎はそれぞれ襲撃を受けて火事が発生していた。自爆ボートの攻撃を受け、霞ヶ関の官公庁フロートは大パニックに陥っていた。

そして、東京湾のブルーマーメイド中央管制艦。日本含む東太平洋全域のブルーマーメイド作戦指揮能力も持つ本部フロート艦にも襲撃が行われていた。

特別警備隊に偽装した彼らはなんなく管制艦に乗艦し、横須賀校と同じく成す術もなく制圧されていた。

抵抗を試みた隊員は全員射殺されるか半殺しにされ、大型モニターを備えた発令室も血の海と化していた。

床に制され、抵抗することも出来なくなっていたのはブルーマーメイド情報調査室室長の平賀倫子だ。

「抵抗するな。おとなしく降伏しろ。さもなくば平賀監督官の命はないぞ」

返り血に染まったタクティカルベストに身を包んだ男が言う。他の隊員たちも平賀が人質になり、手が出せなくなっていた。

「君たちの狙いは……なんだ!」

拘束されながらも戦意を失わない平賀は男を凄むが、男は関係ないとばかりに彼女の制する力を強める。

骨が軋む音に平賀はたまらず悲鳴を上げる。

「あ、あぁぁぁぁ!」

完全に制圧しようと力を強める男。

(まずい、本当に殺される……)

危機感を強く感じた次の瞬間、敵兵たちはとある人物に敬礼をしていた。

とある人物は聞き覚えのある声をしていた。

「よせ、エンドウ。平賀は殺すな、まだ利用価値がある」

彼女(・・)の命令を聞き、男はすぐに力を緩めた。

「ハッ、申し訳ありません!」

しかしがったりとホールドする力は緩めない。動けないままだ。

男の視線の先にいる人物を見て平賀は驚愕した。

そこにいたのはかつての後輩だったのだ。赤い腕章を付けてはいるものの、ブルーマーメイドの制服を着てはいる。しかし、紋章も部隊賞も階級章も褒賞さえ削り取られた異様な制服だった。よく見れば他の敵兵も同じような制服を着て赤い腕章を付けている。

 

抵抗する血からを振り絞り、彼女の顔を見る。間違いない。なぜ君がこんなことを?

その疑問が真っ先に浮かんだ。思考に留まらない疑問はすぐさま彼女にぶつけられる。

 

 

「蒼垣くん…………なぜ、なぜ君がこんなことを……」

 

蒼垣は昔の笑顔など微塵も感じさせない面を張り付けたかのような表情で、あの人懐っこい抑揚もない声で冷たく言い放った。

 

 

 

 

「革命ですよ、先輩」

 

 

 

 

血の東京湾事件と呼ばれる悲劇は、まだ始まったばかりだった。

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