海中に沈んでいくヒルドルブのコックピットの中で、ソンネンは計器を睨め付け、急ぎ砲撃諸元の補備修正を行っていた。
当たり前だが戦車で水中戦なんて、誰もやったことなんてなかった。未知の領域である。
「へっ、いいじゃねぇか。だろ?ヒルドルブ」
『少佐!機体が完全に沈みます!』
その言葉にモビル形態のヒルドルブのモノアイを動かし、敵の位置を探る。
艦のソナーで大体の位置は分かってはいるものの、ここ水中は宇宙と同じ3次元空間。しかも視界は宙よりも酷いときた。
「見えた……クソ、射程の減衰率が分からん!」
モノアイで捕らえた先にいたのはフィッシュアイ5機の群れ。恐らく少し前に撃破した輸送艦に積んであった物だろう。
スペースポッドを改造したそれは、頭頂部にスピアガンを装備している他、作業アームが巨大なクローへと置き換わっており、それなり以上の速度で進軍するそれらによってこの輸送艦がまだ沈められていなかったのは奇跡の領域と言わざるを得ない。
「試射してみないとなんとも言えん。まずはTYPE3で様子を見る!」
上半身を器用に動かし、砲身をフィッシュアイに向け砲撃を行うも、水中では弾速が低下しておりモビルポッドにすら容易に躱されたのを見たソンネンは、次弾に設定していたHE弾の装填をキャンセルし、
「とにかく掠らせる!」
今回放たれた砲弾は本来対空用に使われる散弾。弾速が落ちているのは先ほどと変わらないため、フィッシュアイは回避機動を取るが横への機動を取ろうとした瞬間、弾が炸裂。弾頭に搭載された小型の子弾が勢いよく飛び出した。
水中での弾速減衰と合わせて地上運用程の威力は無くなったそれは、しかしモビルポッドを改造したフィッシュアイの外殻を破損させるには十分であった。
装甲の一部が破壊されたフィッシュアイは、元々急造品で脆い機体である事も災いして推進剤に誘爆、爆発を起こした。
「クソッ、爆発で視界が!」
それに紛れた4機のフィッシュアイを見失ったソンネンは、上半身とモノアイを動かして索敵するが、見つからない。
「……!クソ、そこか!」
底部、そして右側面からの被弾。
フィッシュアイと異なり頑丈な装甲を持ったヒルドルブは、スピアガンの弾を装甲で受け止めるも異常は起こさなかった。
右側は手に持ったマシンガンで牽制するも、底部のフィッシュアイの迎撃が苦しい。
『陸じゃどうだか知らねぇが、
「舐めんな!」
ショベルアームから換装されたサブアームを展開し、真下への射撃を行う。モニターも視察装置も無いが、ソンネンは自らの直感だけを信じていた。
その直感は当たった。下には攻撃できないと思っていたフィッシュアイのパイロットは、完全に意表を突かれ、避ける間もなくマシンガンの雨を浴びたのだ。
「雑魚め!残りはどこだ!」
サブアームのマシンガンのリロードを行いながら、右のフィッシュアイを今度こそ撃ち落とす。
これで3機。残りの2機をどうにか落とせれば。そう考えたところで、背後から強い衝撃がヒルドルブを襲った。
『へへへ、組み付けば動けまい!』
その衝撃はフィッシュアイの大型クローがヒルドルブに背後から嚙みついたものだった。
急ぎサブアームを再展開しようとするソンネンだったが、それをもう一機のフィッシュアイが許さない。装甲で本体には効かなかったスピアガンも、マシンガンには有効だ。
片方を組み付いたフィッシュアイが、そしてもう片方をもう一機が撃つ事でサブアームとマシンガンを破壊する。
「どうにか、なんとかできないか!?」
更に残りの一機もスピアガンで射撃を始め、ヒルドルブの装甲とて長く持たない事は明白。
しかし腕をクローで封じられ、サブアームも破壊されたヒルドルブには背面の敵を撃破する武装は残っていない。
ショベルアームから換装しなければ。
「いや、待て」
ソンネンはある事を思いつくと、主砲である30サンチ砲にAPFSDSの装填キューを3つ設定。最大速度で3連射のプログラムを入れる。
「頼むヒルドルブ……意地を見せろ!」
トリガーを引き、主砲を放つ。もちろん、ロックしている敵などありはしない。前にあるのは水中だけだ。
しかし、ソンネンの狙いはそれではない。
モビル形態のヒルドルブには、とある欠点があった。それはモビル形態では車高が高くなり、重心が変化することで発砲時の反動を十分に抑えられなくなるというものだった。
そこでニューヤークで改修を受けた際、その欠点を克服すべく改造が加えられた。それは特殊な駐退復座装置を備える事で砲身を射撃時に後退させ、反動を打ち消すというもの。
30サンチ砲の反動を軽減するために後座させる砲身の勢いは凄まじい。モビルスーツの装甲であったとしてもひしゃげる事は避けられない。
「反動を堪能しやがれ!」
はたして水中だとてその威力は健在であった。
APFSDSを発砲した際の反動で下がった砲身は、がっちりと密着するようにして組み付いていたフィッシュアイの前面キャノピーにクリーンヒットし、それをかち割った。
それでも装甲に噛み付いたクローはヒルドルブの腕部を離さない。
死に体に動きを封じられたまま、最後の抵抗手段であった30サンチ砲に最後の一機となったフィッシュアイが噛みつき、30サンチ砲を根本から破壊する。
本来武装ですらなかったものまで使い、それすら使えなくなったヒルドルブに再び組み付く最後のフィッシュアイ。万事休すである。
「輸送艦もあいつらも無事なら、それでいい」
それでも後悔はなかった。
既にヒルドルブは量産が正式に決まった。
俺のような、モビルスーツに乗れずに腐っちまってたやつらにも、新しい居場所ができた。
充分じゃないか。あの日、あのアリゾナ砂漠で俺とヒルドルブに活躍するチャンスをくれた、灰色のヅダと
モノアイがコックピットに向けてスピアガンの砲身を向けるフィッシュアイを映すのを眺めながら、ソンネンは満足気な表情で、その砲身から自らを潰す砲弾の発射を待った。
そして、強い衝撃が再びコックピットを襲った。
「……っ!」
衝撃は、コックピットを襲っただけであった。
思わず瞑っていた目の奥で、ソンネンは疑問を抱いた。
ヤツの弾ではヒルドルブの装甲を破れなかったのか、と。では次に襲ってくるのはクローか、などと。
しかし
衝撃はフィッシュアイが攻撃したことによるものではなかった。
『少佐、無事か?』
艦上からの無線通信ではない。接触回線特有の、綺麗なノイズの無い通信。
目を開けたソンネンの前にいたのは、ヒルドルブを吊るしていたワイヤーを左手で握りつつ、右手に持ったヒートソードでフィッシュアイを突き刺している灰色のヅダだった。
「助けるつもりが助けられちまったな……」
ヅダの合図でワイヤーが巻き取られ始めると共に、ソンネンは陸地がすぐ近くなっている事に気が付いた。
どうやら、自分の部下は上手い事砲撃を成功させたらしい。
輸送艦が陸地へと接舷するのとほぼ同時に陸へと引き上げられると、ソンネンはコックピットハッチを開けて陸の空気を堪能すると共に、ホバー機能を使って陸地を駆けていく3機のヅダをそれが見えなくなるまで見つめていた。
突っ込みどころは宇宙世紀という未来が解決してくれた