翌日,中間考査のテスト返しが無事に終わるものは終わりテストの点数に一喜一憂したクラスメイト達。
しかし,彼等に安息の時はまだ少し先,なぜなら今日から約半月と少し先に迫った文化祭の準備期間が本格的に始まろうとしているからだ。
「じゃあ私達は先に行ってるね」
今日の最後の時間割は本来津島先生が担当する現代文だが,テストを返し終わった先生は有難い事にテストの解説はプリントにしてくれ(きちんと点字ついてた),余った時間と放課後少しの時間を文化祭スタートの為の時間にしてくれた。
その為,俺や枳殻さん,他の役者の生徒は一足先に本番の時踏みしめる事になる講堂の舞台へと下見に行く事になっていた。
他の生徒は,園田を中心にしてそれぞれがどの小道具,衣装を作るかを話し合うために残り俺達について来たのは神田さんだ。
元もと,役者勢には既に台本は貰っていて宿題として自分が演じる所は目を通すようにとお達しがあった。
今日はこれから初めての読み合わせをする予定だ。
「導志君,なにか良い事でもあった?」
大所帯で,静かに他のテスト返しをしている教室を通り抜けながら歩いていると隣で歩いていた枳殻さんがどことなく楽しそうに聞いてきた事に俺は一瞬反応が出来なかった。
いきなりそんな事を言われた事もそうだが,…大体的を射ているのもあったから驚いた。
「え…?なんで?」
「だって金曜別れた時よりずっといい顔してる。」
「あ,それ分かる。」
今度は前を歩いていた神田さんが枳殻さんの言葉を肯定する。
「金曜の時はまだ迷ったり,不安気な顔が目立ってたけど今は…なんだか早くやりたいって顔してるよ?」
「…俺はそんなに分かりやすいのか?」
似たことを昨日も言われたことに,俺はそんなに何を考えているのか分かりやすい人間なのだろうかと思ってしまう。
実際,神田さんの言葉は酷く的を射ていて…俺は早く演じたい気持ちがあるのは確かだった。
昨日のXさん…結局名前を聴くのは忘れていたのだが,彼との練習で俺は糸口を探し出せたかのような…そんな達成感があった。
最初は俳優とか疑っていた訳だが…あれは普通に俳優だった。疑ってすみません。
「うーん,前はそうでもなかったんだけどね?だけど最近は分かりやすいよ?」
「もちろん良い意味だよ?なんていうか,可愛くなった感じ?愛玩動物みたいな?」
「この面で愛玩はねえだろ…ていうか可愛いって何だよ」
「えー導志君顔整ってるし,笑ってるときはカッコイイより可愛いが先にきちゃうよ?」
「うそだろおい」
流石に…小学3年生の時の自分の面なんて殆ど覚えていないも同然だから,偶に知り合いに顔が整っているとか言われてもイマイチピンとこない。
面が視られない以上俺にとっては心の方がずっと大事だしな。
「良いじゃん良いじゃん,何があったかは知らないけど良い事なのは間違いないんだから」
「…まあ,色々あったからな」
結局,昨日は夕方に差し迫るまであのXさんには手ほどきを受けた。
眼が視えない人と共演したことがあるのか,はたまた純粋に俳優としての当たり目の知識なのかは知らないが彼は俺にも分かりやすい実戦的なやり方でいくつか視えなくても役に立つことを教えてくれた。
理論派と感覚派,2つの感性を持っている俺でもイメージがしやすかった。
読み合わせを終え,俺と枳殻さんは他の役の人よりも一足早く舞台に上がってみて2人だけで演技を始めた。
純粋に台詞に関しては元々お墨付きをもらっていたからで,枳殻さんもこの休みにしっかりと仕上げてきたから先に2人でやっておけば?という神田さんの計らいだ。
実の所,講堂で練習するのは初めてではない。津島先生の計らいで1度練習させてもらった事はあるが,その時は酷かった。
教室とは立つ感触が違くて慣れないというのもあったが,純粋に舞台上だと思うだけで何だか緊張してコケまくっていたからだ。
だけど――
「素敵な歌声」
枳殻さんが俺の反対側で,主人公がヒロインである枳殻さんの前で歌唱するというシーンが終わった所。
俺の役は基本的に忍の頭という事もあって,座る場面が多々用意されているなかで今はアクションシーン以外では一番動き回るシーンだった。
歌唱の場面では,俺はリズムを取るために動き回ってしまう事の方が多い。下手したら舞台から普通に落ちるのだが,今回は全く乱れずに出来た。
枳殻さんの台詞はどこかうっとりとしたような色香も感じさせる言い方で,大根の俺とは格が違うのが分かる位役に嵌っている。
けれど,彼女のその言葉は台詞以上のものを口に含んでいるようでもあった。
「こいつは異国を旅していた時に知った歌だ。英語…?はよく分からねえがかっこええだろ」
そして,俺も枳殻さんの演技に答えるように役になりきる。
今回俺が演じる役の名は…園田がイメージしやすいだろという事でそのまま猩々童子という名を貰った。
ただし物語自体は惑星クレイとは似ている所は少ない。
物語としては,忍の長である猩々童子に一国のお嬢様が一目惚れして,彼女と関わり病気を治そうとした所に悪魔?ヴィラン?がお嬢様を誘拐してそれが猩々童子を助けに行くって言うシンデレラストーリー。
猩々童子は,物語開始以前に異国を旅していたという設定がある。
これには訳があって,俺が歌う曲には英語の部分とかも普通にある。忍の長が英語の歌詞がある所をさらっと歌ったら違和感でしかないのでそう言う設定を加えたと聞いてる。
よく考えられてるなと思う。
閑話休題
一国のお嬢さまの目の前で自慢の歌唱力を披露するという場面まで終わると,読み合わせ組に付き合っていた神田さんが「カット!」って言ってきて俺達は演技を辞めた。
丁度一区切りつく場面だったからタイミングが良かった。
どうやら読み合わせの方も一段落したようで,クラスメイト達がわいわいと舞台下に集まって来るのが分かった。
「導志君どうしたの?!金曜日よりもずっと良くなっててビックリしちゃった!」
枳殻さんが演技していた時とは打って変わって本気で驚いたように声を弾ませるのを聴いて,俺は自分の演技が少なからずレベルアップしたのを実感し高揚感が身体を満たして来る。
…前の俺ならこの言葉すらも疑っていたんだろうけど,最近は落ち着きを取り戻していた。
「ほんっと,燈火ちゃんは演劇部だから流石だけど…導志君まで凄く上手になってて引き込まれたよ」
燈火…というのは枳殻さんの下の名前だ。
彼女と比較されるくらいになっているのなら,やっぱり練習の成果が表れていたという事だろう。
「導志君,前みたいにこけたりもしてなかったしセリフも感情が前よりも込められていて本当に舞台の世界に来たのかと思っちゃった」
「枳殻さん褒めても何にも出ねえぞ」
って言っても,純粋に彼女達の賛辞がむず痒くて俺は今にも教室に戻りたくなってしまっていた。
けどそうは問屋が卸さない。
俺は周りの足音的に他の生徒も何人かは俺達を囲むように来ている事を察しながら,このむず痒さをどうしようかと悩んでいたら――
「だって本当の事だもん。あ…でも,少し足音が大きかったのはきになったかも」
「ガチトーンに変わるの止めて?あれはわざとだし」
いきなり枳殻さんのトーンが弾む感じから評論する時の冷たい感じなるのが怖くて思わず苦言を呈しながら,それは俺がわざとやっている事だと説明する。
すると答えたのは枳殻さんではなく蒲田という,今回のヴィランである悪魔(名前は後日決める)を演じてくれる男子生徒だった。
「わざと…?なんでだ?」
俺は聞かれるだろうなと思っていた事だったから気にする事も無く返した。
「今まで周囲の音を当てにしていたけど,それじゃあ俺が1人で演じる時は勇み足になるか転んでしまうの二択だった。」
そう,金曜日までは俺の性質上仕方がないのだがどうしても周囲の音を当てにする事でタイミングや演技をやって来た。
だけどどうしても限界があった。俺が1人で演じる時に舞台上で鳴る音ってのは大体俺のものしかない。
だから周囲の音を当てに出来なくなったら色んな意味で俺に演技は出来なかった。
だけど――
「だから俺は,自分が鳴らした音の反響で周りの障害物とかを確認して演技した。」
「「…は?」」
すげー,全員の声が綺麗にハモる。今の感じでコーレスとかやってもらえたら歌唱場面盛り上がると思う。
…いやそう言うシーンはあるから別に良いんだけどさ?この気まずく感じる瞬間をどうにしかしたくてねつい。
「ごめん,導志君が何言ってるか分からない」
「あ,いやでも…前も音の反響だけでどうにかしてたから理に適ってる…かも?」
俺がドラゴン〇-ルの世界に生きていると言われる所以,微かな空気の振動や音の反響で周りの状況を把握する能力は俺が生きる上で無限とも思える時間を費やして習得した能力だ。
それでも正確性は8割位が限度だし,気がついた所でそれを神経パルスを通して肉体に命じるまではどうしてもタイムラグがあるが,生活
大体普通に生活していると誰かしらの声や音はあったからな。
けど,演技ではそういかなくなった俺が謎の人物Xに授けられた方法がこれだ。
『君,もしかして敏感な相対音感をもってるかい?』
その一言によって,彼はこの提案をして来た。
大体超人みたいな人じゃないとできない子の方法がさらりとやってみなさいという辺りあの人はスパルタだったが,ぶっ飛んでいるように見えて俺から見れば筋が通っている事だった。
「最初は周りの音を聞いてたし,枳殻さんが喋る時はそっちを当てにしてる。けど,1人で演じる時は俺が鳴らした足音の反響と歩数で正確な位置を割り出す。…それが今回の舞台で俺に必要なスキルだった。」
「さらっと言ってるけどそんな事出来る人間絶対導志君以外いないからね?!」
それはそうだと思う。
俺以外にこれが出来る人間は同じ眼が視えない人間,そしてそのスキルを極限まで鍛えた人だけだ。
…まあ,才能があるのならこんなことしなくてももしかしたら状況を把握する事が出来るのかもしれないけど。
「俺が年老いたらどうやっても手放さなければならないスキルだから期間限定だけどな」
「何年先だよ」
「さあな,でもまだ正確性に欠けるからまた後で見てもらっても良い枳殻さん?」
「え,あ…うん。私も少し気になった所あったから放課後しよっか」
「ん,バイトあるから長くは無理だけどそれでも良いなら」
どうやらもう少しで授業が終わるらしく,神田さんに頼まれて俺は舞台から降りて俺以外の人達が演技をするという事で椅子に座って観戦する事にした。
観戦と言っても,俺に出来るのは聞く位だが彼らの鳴らす音がどういう時になるのかを覚えるのは大事なことだ。
さっきは自分が鳴らした足音の反響を当てにしたって言ったが,他の音があるのならそっちを当てにするから俺がいない時も彼らの音は聞いている。
いよいよ本格的に始まった文化祭準備,また新しい始まりに俺は何かを予感したのだった。
お疲れさまでした!
てなわけで,導志の練習の成果お披露目です。
Xに授けられた常人には到底できないドラゴンボール的手法により安定的な演技が出来るようになりました。
普通は出来ないので真似しないでください。
では今日は3連続なので,次行きましょー!
香澄と導志,付き合った後のお話でどれがみたい?
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交際後,初デート
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2人がそれぞれリサに恋愛を相談する話
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2人の期間限定バンドのお話
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2人で海と夏祭りに行く話