Afterglowさんがスタジオに向かって少しした所,今日の予約的にもう一バンド来るのは分かっていたので俺は接客業務をこなしながらその人達を待った。
待ち人が来る間にも知り合いのバンドの人達はやって来る。
「あ,市ヶ谷くんこの前配信見たよ!二次試験突破おめでとう」
最近では割とこのカウンターに立つ姿が覚えられたのか,はたまた別の理由なのかは知らないが俺の事をディフォルトで知ってくれている人達も増えた。
大体が香澄さんや他のガールズバンドパーティーの人達が言いふらしたからでもある訳だが,捻くれを脱却し描けている今そんな言葉の1つも俺にはこしょばかった。
目の前のガールズバンドの人達も,この場所で働いて繋がった人達の1つだった。
「ありがとう,
さっき俺を祝ってくれた人の弟とはヴァンガード仲間で,偶に行きつけのショップでカードについて話す事がある。
最近は会えていないが,元気にしているのだろうかと会計中に問いかける。
「翔なら早く市ヶ谷くんに追いつくんだってショップ大会に今日も行ってますよ」
「追いつくって,俺だってまだまだなんですが…会計こちらです」
CiRCLEは割と緩い所で,地域密着のライブハウスって事もあって相手に邪険にされなければ普通に日常会話位しても良い。
だからまあこんな会話も日常茶飯事で,コミュ強のバンドウーマン達によって俺の会話力も一時的に増す。
目の前の人も他のメンバーと割り勘の話し合いを始めたので俺は4人分の値段を言う。
支払いは現金だったので,そのままレジに投入する。
流石に何度もやって来た作業ともなると点字で場所を確かめなくてもそれなりに入札場所とかは分かるものだ。
エラーも起きず,無事会計が終わる。
「市ヶ谷君がそう思っても,翔にとっては憧れなんですよ…きっと」
「…覚えておきます。またファイトしようって伝えておいてください」
「うん,じゃありがとうございました」
リーダーの彼女が言うと,他のメンバーもお礼を言いながら出入り口へと歩いて行った。
…にしても,憧れ…か。
そう言えば似たような事を深川君にも言われたな。
あの時はもう彼のテンションが高まって見逃していたが,彼が言ってくれた俺に憧れる理由もむず痒いものだった。
彼にMVで流す音源を確認して欲しいって言われて確認していた時にそんな話をした。
『めっちゃ今更だけど…何で俺に憧れたなんて言ってくれたんだ?』
そう聞いた時,彼は不思議そうな…どちらかというと恥ずかしそうな間の後に少し言葉をつっかえながら話してくれた。
『僕はさ,昔は本気でYouTuberになりたかったんだ。小学校の時にイラストとかに手を出して,動画編集の勉強をして…中学の時に両親にYouTuberになりたいって話した』
…結果は何となく分かっているが,それを遮ることなく聞き続けた。
深川君にとって黒歴史を言わせている自覚はあるから,せめて真剣に聞くのが俺が彼に出来る信頼の裏返しだった。
彼はどこか自嘲するように続けた。
『当然,両親には反対された。だから月に1万再生されたらこの夢を認めて欲しいって言ったんだけど…まあ,ボロボロだった』
YouTubeに動画を投稿すること自体は,保護者のアカウントで子供用アカウントを作れば出来る事になっている。
当時の無謀ぶりを思い出しているのか,彼からは当時の悲壮感よりも若さゆえの無鉄砲ぶりに自嘲しているように感じた。
けど,それは後悔しているという訳でもない。寧ろやり切ったから清々しいと思えるような感情を感じた。
そこで俺はふと思い聞いた。
『なんで深川君はYouTuberになりたいって思ったんだ?』
『え,だってたった1つの動画で画面の前の人達が笑顔になるって考えたら最高じゃない?』
…普段クラスの中では大人しい彼から,そんなエンターテイナーみたいな言葉が飛び出て絶句してしまった俺の心情を俳句で答えよう。
大人しい
誰が決めた
この野郎
ごめん全く上手くない。
『だからこその夢だったんだけど…現実に叩き潰されてさ。落ち込みながらこの学校に来たんだ。成績だけは良かったからね僕』
夢を諦めるしかなく,彼はどんぞこの気分のままこの高校へやって来て…
『でも,そこで君の存在が僕には驚くしかなかった!気分を悪くしないで欲しいんだけど,本当に君みたいな人間がいるんだってビックリしたんだ!』
前から少し思っていたが,もしかするとこれまで彼がクラスの中で大人しかったのは,夢破れたトラウマがあったからで本来彼は生粋のエンターテイナーだったのではないのだろうか。
落ち込みと盛り上がる時の緩急の付け方が無意識レベルで上手くてこの子も演技に引っ張った方が良い気がして来た。普通に上手い…いやマジでやっているだけなのは分かってんだけどね?
彼は口調を興奮させたまま矢継ぎ早に続ける。
『眼が視えなくても君はそれを言い訳にせず,学校生活に順応する為にあらゆる努力をしていた。そして…君はプロになる為,あの場所に立って勝ち進んだのを見た時…凄いと思った』
俺としてはまだ一次試験だったから,まさか園田だけではなくクラスの人達ほぼ全員が見ていたとか知らなかった。
当然彼も見ていたようで,その配信が憧れのきっかけだったらしい。
『プロファイターはとても狭い門で,なることもあり続けることも大変だと言われてる。そんな狭い門に君は挑んで…今はもうその王手にまでかけている。』
そうか,彼は自分の敵わなかった夢と俺が叶いそうな夢を対比させて憧れを持ってくれたのか。
ヴァンガードのプロ,もちろん優勝する事で賞金が貰えるケースとかはあるが対戦成績に応じてプロ資格の剥奪とかも割とある過酷な世界。
俺は中学2年生の時,プロになるという夢を抱いた。そして…俺は彼に共感できることがあった。
俺を褒めたたえて恥ずかしくなったのか無言になってしまった彼に,俺は自分の心の内を晒す事にした。
『…俺も深川君と同じさ。ヴァンガードのプロファイターになりたいって両親に話した時,反対された。ヴァンガード一本で生きていける人間は一握り。例えプロになれたとしても,生きていける保証はない。それなら専門の訓練を積んで視覚障害があっても生きていける職種に就くべきだって』
俺の両親は基本的に温厚な方だ。
それはあの祖母や姉を見ていたら分かると思うが,同時に俺に対しての心配性もあった。
両親にとって,姉ちゃんを守った事でなってしまった失明は誉としてくれたが,その影響で俺の将来の事を心配してくれている。
身体障碍があるというだけで邪険にされる世界,普段のクラスメイト達が良い奴ら過ぎて忘れがちだが両親の心配はもっともなものだった。
『それなら…君はどうして』
まるで自分の事のようだと思ったと思う深川君が,震える声で聴いて来た。
自分なら出来ると夢の端に手をかけて落第してしまった自分と,その夢を駆けている俺の違い。
それはそんなに大したものじゃない。
『簡単な話,例え両親の心配を無為にしても…プロの舞台で戦いたい人がいるからだ。』
それが,俺が深川君と話したことだった。
…忘れていた,今普通にバイト中だわ。
外からの肌寒い空気が入ってきたことで俺はそれを再確認し,その入って来た足音的に2人の1人が揚々と声をかけて来た。
「あ,今日は導志がカウンターなんだ!」
「…今日はPAもないので,いらっしゃいリサ先輩,湊先輩」
「私,なにか言ってたかしら?」
湊先輩が一言も発していないのに,なぜ自分がいる事が分かったのか不思議そうにする。
けど,俺に言わせればそこまで不思議じゃな事じゃない。
「足音がリサ先輩と比較した時に湊先輩のものだと分かったからですね」
「…」
「相変わらず凄いね,導志の相対音感。ていうかもう相対音感ってレベルじゃないよそれ?」
「無駄に耳だけ良いですからね」
この2人はガールズバンドパーティーの1つ,Roseliaのボーカルとベースの2人。
ボーカル湊友希那先輩,純粋な歌唱力だけにランキングを付けるのならガールズバンドパーティーの中でも一,二を争うほど美しくも激しい歌声を持つ。
幼少期からの練習の賜物で,彼女は作詞作曲もしているというのだから音楽に人生を捧げていると言っても驚かない。ていうか捧げてる。
ベースの今井リサ先輩。何ていうんだろ,周りの人のお母さん的存在?
弟とかいない筈なんだが,面倒見がよく俺も姉ちゃんと一緒に色々助けてもらった事がある。その際に名前で呼んでいいよーって事で香澄さん以外で唯一下の名前で呼んでる。
料理やお菓子作りも出来るという事で,偶にCiRCLEに差し入れとしてもって来てくれる菓子はスタッフの中でも評判が良い。
最近はRoseliaの事となると過保護である。…前からか。
「スタジオはCです。あ,それから…」
彼女達も今日はスタジオの予約が入っていたから来ることは分かっていた。
だから普通に手続きを踏み,受付表を発行し受け渡しながら俺は文化祭招待状も一緒に渡した。
「これって…」
「うちの高校でやる文化祭の招待状です。香澄さんからRoseliaの分もって言われたんで5枚あります」
「…私,そんな事言ったかしら?」
「え?」
湊先輩が本気で分からないようで首を傾げるのがありありと目に浮かぶ。
俺は香澄さんから言われた人達の分を取り寄せたのだから,枚数は間違いないんだが…一瞬固まった俺達。
そこでリサ先輩が思い出したかのように,苦笑い味を感じる口調で
「あ,もしかして私がこの前会った時香澄に勘違いさせちゃったかも」
曰く,以前あった時に俺の話をしたらしいのだが…その時に文化祭の流れでリサ先輩が『へー,導志のクラスが演劇するんだ。Roseliaの皆に言ったらビックリしそう』って話をしたらしい。
その会話が香澄さんの中でRoseliaの皆が来るに変換され俺に伝えられたのだと。
「…いやいや,その流れでいくらなんでも香澄さんでも勘違いします?!」
行くとは一言も言っていないのは本当のようだし,リサ先輩は元々行くつもりだったらしいがそれが香澄さんの勘違いに拍車をかけてしまったのか?
いやでも,それで勘違いするのか…?
普段のキャラ的に勘違い自体は…ありえなくもないのかもしれないけど去年に比べたら大人になっているのだから…
「あー,でも香澄。導志の事になるとあり得ると思うよ?」
そこで寝耳に水なリサ先輩の言葉,俺は本気で意味が分からず首を傾げる。
きっとリサ先輩はそんな俺を苦笑い気味に見ているのだろうが,生憎俺にはなぜ香澄さんがそう思うのか分からない。
「リサ,どういう事かしら?」
だけど,湊先輩も俺と同じみたいで安心した。
「んー,まあまあ。友希那,せっかく招待状用意してくれたんだから皆に聞こうよ。この日程ならライブも終わっているし,息抜きには丁度いいと思うんだ」
なぜか理由を省かれたが,リサ先輩は香澄さんに勘違いさせたことに思う事があるのか改めてバンドメンバーを誘おうとしてくれる。
確かに,黎明祭は2日あって俺達は2日目。1日目がRoseliaのライブの日だった。その息抜きには文化祭は恰好の催しだろう。
ただ,お祭り好きな宇田川とさんとリサ先輩は分かるんだが,他の3人は来てくれるのか微妙なラインだと思っていた。
白金先輩は多分宇田川さんが行くと言えば行くという可能性は高い。
残りの2人,目の前にいる湊先輩と氷川姉先輩は余りそう言うお祭りに自分から行くイメージは余り分からない。
だから香澄さんにRoseliaの招待状もって言われた時本気で驚いたんだから。
「それに導志が歌うんだよ?」
「なぜそこで俺?!」
「…それは見に行く価値があるわね」
「そしてなぜ行く気に?!」
俺自身は余り人前で歌う事はしないタイプだ。
練習はしているし,前みたいに俺の実力を確かめられるために歌う事はあるがあのカラオケ大会の前に大勢の前で歌ったのは確か…新年が明けてCiRCLEで新年会が行われた時の余興に,姉ちゃんの忘れ物を届けに来た俺が香澄さんに舞台に上げられた時。
ガールズバンドパーティーの面々を前に歌った時だったと思う。
俺の歌の価値なんてその時位しか測れないだろうし,俺の歌自体は湊先輩には及ばない。
当たり前で,精神的ショックで歌えなくなっていた俺と幼少期から歌い続けて来た湊先輩では例えミュージックスクールに通っていた頃は同等のレベルでも,差が出来てしまうのは当たり前なのだから。
「導志も,もう少し自分に自信持ちなよ。友希那にこれを言わせるって相当だよ?」
「別に私は…」
「はいはーい,じゃあ私達は行くね。」
「あ,はい。じゃあ頑張ってください」
友希那先輩が照れからくる発言をしようとしていたみたいだが,リサ先輩に先を打たれて彼女達はスタジオに向かった。
まるで嵐のようだった…主にリサ先輩だが,もう少し自信を持て…か。
いつまで経っても,そんな簡単なようで難しい事を出来るような気がしない。
自信家って意味なら,俺はミュージックスクールに通っていた頃が一番そうだったと思う。
他の子供達を凌駕し,姉ちゃんと星のシールをどっちが多く貰えるかを競争していた頃の俺なら…。
だけど,園田は今回の演劇で俺にそれを手に入れて欲しいと願ってきた。
今の所,そんな気配は俺自身が持てないが…文化祭が終わった頃,何か俺は変われているのだろうか?
…違うな,変わる為に今を必死に生きてるんだ
だからきっと,何かが変わっているはずだと俺は自分自身に言い聞かせたのだった
次はパスパレ編,千聖の場合です!
やっぱ全員出すのはやっぱ無理!となった結果ピックアップした人との関りです。
では
香澄と導志,付き合った後のお話でどれがみたい?
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交際後,初デート
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2人がそれぞれリサに恋愛を相談する話
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2人の期間限定バンドのお話
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2人で海と夏祭りに行く話