星の鼓動に闇は閃く   作:レオ2

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序章
挑戦


 俺には――市ヶ谷導志には好意を持っている人がいる。

 いや,こんな言い方はずるいな,好きな人がいる。

 その人の顔を俺は見たことがない。俺が彼女の事を知るのは決まって彼女の声が,俺の耳に入ってからが本番とも言える。

 どんな顔をしているのか,背丈はどの位なのか,普段どんな顔で笑っているのか…彼女と出会って,半年くらい経つ頃にはそんな事を考えるようになっていた。

 傍から見たらきもいのは重々承知しているから声に出したことは無いし,俺は誰にも自分の恋心の事を話していない。というか話す意味が無いし,もし姉ちゃんに伝わったなら多分もう穴に入りたくなるくらい恥ずかしい話だ。

 あの姉ちゃん,普段バンド内ではいじられる立場のせいか偶に家では発散するようにおれを辱める事があるからな。…まあ,俺が傷つかない範囲っていうあれはあるが。

 

(俺がお前にシンパシーを抱いたのも…そう言う所なのかなー)

 

 私立黎明学園,花咲川の隣の市にある高校で俺は自分の席に座りながらカードを…猩々童子のカードを握って物思いにふけっていた。

 …なんか,どっかの世界から教室でカードを持って物思いにふけってるとか中二病みたいって言われそうな気がするが俺にとっては既に何度もやっている事というのもあって教室内では特に気に留める人間は殆どいない。

 それどころか,ありがたいことに…

 

「あ,導志君プロテスト1次試験通ったんだよね」

「え,マジか導志!おめでとさん!」

 

 プロ試験自体は,ヴァンガードの界隈では注目の試験なだけあって配信されている事が多い。

 今回の1次試験も配信されていたらしく,彼女…?は多分それを見てくれたのだろう。俺がヴァンガードのプロになりたいって目標自体は隠してもいなかったから,興味があったら見るだろ。知らんけど。

 

 閑話休題

 

 そんな訳で,ありがたいことにクラスの中で俺がカードに触れていたとしても,皆にとっては「ああ,いつもの事か」ともなるしこうして目標に近づいたとなれば興味を持って話しかけてくれる人がいる。

 元もと眼が視えないってこと自体は,隠しようがないから既にクラスの皆には教えてるしなんなら多分同学年であれば大概の人間が俺の事を良い意味でも悪い意味でも知っている事だろう。

 眼が視えない人間が身近にいるというのは,それ位インパクトがあるって言うお話だ。

 

「ありがとう,まだまだこれからだけどな」

「プロって幾つ試験あるの?」

「3次までだな。今回と同じで試験の対戦成績での合否なのは同じ」

 

 素朴な疑問として,割と運も絡むヴァンガードでプロというのは曖昧なものである。

 もちろんプレイングで差が出るのは当然なんだが,そのプレイングの差もトリガーや引き運によってはまあまあひっくり返される事もある。

 そんな訳で,プロの試験は基本的に段階に分かれている。と言っても内容自体にそれほど差はない。

 

「どの試験も,それぞれの予選の参加者との対戦成績で決まるからな。」

 

 より正確に言うのなら,1次試験は俺なら都内の奨励会の支部で予選,2次試験は関東全体での予選,そして便宜上3次試験と言ったが最終試験ではそれぞれの地区…関東,近畿,東北,中部,中国,九州沖縄,北海道に四国,それぞれの場所で2次試験を取った1名ずつのトーナメント形式の戦いが待っている。

 俺はまだ自分が所属している奨励会の支部での予選を通ったに過ぎない。

 

「そうなんだ…頑張ってね」

「ん,ありがと。神田さんも今度の発表会頑張って」

 

 俺はそう言って神田…もとい,最初に話しかけてくれた女子にエールを送る。

 神田さんはどこか弾んだ声で返事をして,自分の席に戻って行った…のを足音から察した。俺は残った男子の方…残念ながら,彼の姿を俺は見たことがないので本人の言葉を借りるが,とっても理知的な顔をしているであろう園田と少し話していると…胸のポケットに入っているスマホがバイブレーションを鳴らし始めた。

 

「ん?園田ごめん,電話だ」

「お,そうか。じゃあまたな」

「うん,またお話しようね」

 

 何だかんだ,稀有な存在である俺をクラスメイト達はそれなりに受け入れてくれて1人浮くという事は無くこの教室は俺にとっても居心地のいい場所だった。

 …それはそれとして,俺は学校にいる時はマナーモードにしているから着信音によって誰から電話が来たのかを察する事が出来ない。

 なんだか不安に思いながら電話に出ると――向こうからはどこか焦燥した,あまり余裕のない女性の声が聞こえた。

 

『あ,導志君。月島だけど今大丈夫かな?』

 

 これは俺と連絡先を交換した人達が,俺と電話する時の癖みたいなものだが皆基本的に最初名乗ってくれる。

 普通なら着信した段階で画面に誰が電話してきたのかくらいは分かるようになっている…らしいのだが,生憎俺はそれが見えないし判断材料にしている着信音も今は役に立たないのを彼女も知っているからこその名乗りだろう。

 俺の知り合いで月島さんは当然1人だけ…

 

「まりなさん…?どうされました?」

 

 遠回しに大丈夫と伝えてそのまま電話の要件を問いかけると,少し彼女は間を置いた。まるで言っても大丈夫かどうか悩んでいるようにも感じる間だ。

 月島まりなさん…俺のバイト先,ライブハウスCiRCLEの従業員で俺の先輩にあたる女性だ。ついでに俺の教育係も務めていた。

 そんな彼女が少し申し訳なさそうに,言ってきた

 

『今日って出勤出来るかな?』

 

 それは…まあ,予想の範囲内の言葉だった。

 いきなり電話が着ていきなり出勤要請なんてとんだブラック企業に思うかもしれないが,これ自体は本当に珍しかった。

 というか,中3の時のを除けば初めてじゃないか?

 基本的にCiRCLEのシフト周りはしっかりとしているし,俺も奨励会の活動と試験に勝ち合わないようにシフトを組んでもらっている。寧ろ凄く善良な人達の集まりなのだが,だからこそまりなさんが申し訳なさそうにしまくるのも理由としては分かるつもりだった。

 だから,そんな彼女の不安を無くしたいので沈む彼女とは反対に俺は努めて明るく言った。

 

「別に行けますけど…どうせ姉ちゃん達のライブに行くつもりでしたから」

 

 嘘じゃない。シフトは元々入っていなかったが,今日に関しては姉ちゃん達の…Poppin'Partyのライブへ初めて行くつもりだった。

 厳密には俺の好きな人…戸山香澄さんから滅茶苦茶に誘われて彼女に対する耐性が全くない俺は素直に頷いてしまったのだ。

 一応,姉ちゃんは俺が1人であの人が沢山いる場所に俺を放り込むのは思う事があったのか,香澄さんの妹の明日香ちゃんが俺のサポートとして一緒に来る事になっていた。

 出勤で,接客となると明日香ちゃんに会う時間があるか分からないから後で連絡しとかないとなと思っていると…あまりにも予想出来なかった事を言われた。

 

『あ,うん。来てくれるのは凄く有難いんだけど,導志君には今日接客じゃなくて…PAをしてもらいたいの』

 

 俺は頭が真っ白になった

 

 

 ☆

 

 

 どうして視覚障害を持っている俺が,ライブハウスCiRCLEでアルバイトをする経緯となったのかというと…身も蓋もない言い方をすれば金の為だ。

 うん,俺にはお客さんが喜んでいる顔がみたいだとか,バンドのサポートをしたいだなんていう高尚な考えは無くただただ金が欲しかったって理由だ。

 もちろん余り家に顔を出さない両親から,或いはお祖母ちゃんからお小遣いと称して直接渡されるにせよ口座に振り込まれるにせよお金は貰っている。

 でも,カードを買う為のお金やスリーブや奨励会の在籍費…それに人づきあいにもそれなりにお金は必要だ。ヴァンガードは誰がどう見ても娯楽の内の1つ,プロとしての概念があっても両親はそこまで俺の可能性にかける事はしなかった。

 だからヴァンガードの事において俺は自分で支払う義務が当然発生した。そこで問題になるのは金であって,ヴァンガードを続けること自体に金が必要なわけじゃない。

 ファイトならカードショップに行けば知り合いが何人もいるし出来るだろう。けれどプロを目指すとなればよっぽど特殊ルートを踏まない限り奨励会に所属する必要があるしその在籍費も…まあ,到底”お小遣い”の範囲では足りない訳だ。

 

 閑話休題

 

 つらづらと俺の金が必要な理由について話してきたわけだが,CiRCLEをバイト先として選んだ理由はそれなりに存在する。

 1つは…違法だとか叫ばないで欲しいんだが,俺が中学3年生の時から姉ちゃんの都合で何度も足を運んだ場所であること,そして…ほんの数日だが臨時の従業員として働いたことがあったからだ。

 中学3年生の時なのだから,当然法律に照らし合わせればアウトなのだが当時はインフルエンザが例年よりも強力で,なんとビックリしたことに従業員の9割位が激減してしまったんだ。

 それで,偶々まりなさんに会った俺が”お手伝い”と称して接客だけだけどやった過去がある。

 

 その時はお金ではなく…というかお金を渡したら本当に労働基準法に引っかかるので,現物として俺が欲しいなーと言っていたカードをまりなさんがくれたのだ。

 因みに接客と言っても,俺はドリンクの勘定をしていただけでドリンクを作る人はインフルエンザを逃れた人がしてくれていたし,俺はその場をほぼ動かないで勘定だけをひたすらにしていた。

 元々,眼が視えなくなってからは他人から伝えられる景色をイメージして過ごす事には慣れていたから,レジの扱い自体は少し練習したらすぐにコツを掴めた。眼が視えなくても,ああいうレジの機械って健常者には余り馴染みがないが点字もあるからな。

 

 それに,あの時主にスタジオを使ったりライブをしてくれたのは姉ちゃん達と知り合いのバンドの人達…ガールズバンドパーティーの人達が多くて俺の事情も知っている人が多かったから多少遅くなっても暖かく見守ってくれたというのもある。

 そんな訳で,俺が初めてのバイト先でCiRCLEを選んだ理由も分かってもらえたと思う。

 経験していたからこそ,バイトを応募するのもためらいがなかったしスタッフもほぼ顔見知り…面を拝んだことない人達だが知っている人達なので寧ろそこじゃないと姉ちゃんからの許可が下りなかった感じだな。

 

 でも,だからこそ俺はまりなさんの言葉に大いに戸惑っていたんだ。俺はこれまで,基本的に接客をする事の方が多くて,ましてやPA…つまり音響アシスタントとなると偶に本業スタッフの横であれ持ってきてとか,そう言う雑務を手伝っていただけだ。

 俺自身は音響機器の操作をした事は無い。リハーサルに立ち会った事なら何度もあるから手順は分かるが操作ともなると話が全く違う。

 CiRCLEに到着した俺は,真っ先にまりなさんへ問い詰めた。

 

「PAは,ライブの成功には欠かせないピースなのはまりなさんが一番分かってるでしょう?」

 

 ライブハウスは,当たり前だがバンドの技術や雰囲気以外の所ではライブを成功するための支援をするのは当然の事だ。技術や雰囲気はバンドが作り上げるものだが,ライブ中の”音”に関して重要となるのはPAの腕次第だというのは俺じゃなくても分かる話だ。

 それを,一番ライブハウスで知っているはずのまりなさんがどうして俺にPAを頼むことにしたのか,俺は問い詰めた。

 俺はPAの作業をした事は無い素人だ。いくら姉ちゃんのバンドのライブだからと言って,俺がそれをしていい理由には全くならない。

 最悪意味不明な調整してライブを台無しにしてしまう可能性だってある。その可能性が怖いからこそ,俺はまりなさんを問い詰めるしかないんだ。

 

 まりなさんは,声色としてはしっかりと申し訳なさを感じるが…どこか挑戦的にも似た不敵な声で口にした。

 

「もちろん分かってるよ?だけど,オーナーとも相談して…導志君にはこれからPAも出来るようになってほしいってなったんだ」

「…オーナーと?」

 

 オーナー…本名は知らないが,当然このCiRCLEにもオーナーは存在する。大分大らかな人で,心も広く度量も深い人なのは知っている。

 なんせ,俺がアルバイトすると決まった時にスタジオの鍵とか,おおよそ接客する時に必要な物に点字シールを張って置いてくれる位には良い人だ。だって普通ただ1人の眼が視えない小僧の為にそこまでしねえだろ。

 そのオーナーが,俺にPAまで出来るようになってほしい?

 

「導志君は気がついていないかもしれないけど,音に対して凄く敏感だよね」

 

 そうして,まりなさんは続けた

 

「導志君の相対音感が普通の人よりもずば抜けているのは,スタッフの皆が知ってるよ」

 

 絶対音感…そんな言葉を聞いた事がある人間は多い。

 絶対音感は1つの音の高さを正確に測る事が出来るっていう能力だ。ドの音ならド,レの音ならレという事が出来るもの。アニメやドラマの設定で取り上げられるのはこの絶対音感の方が多い。

 対して,相対音感は2つの音を比べた時の高低差を測る事が出来る能力の事だ。例えば,ドを基準としたこの音はドの3つ上の音だ…とかそんな音の把握をする能力だ。

 絶対音感が有名過ぎて相対音感が霞んでいるが,幼少期からトレーニングが必要な絶対音感に比べて相対音感はある程度トレーニングを積めば大人になってからも習得可能だ。

 

「…もしかして」

 

 俺はまりなさんの言葉を聴いて,彼女が俺に対して何を見出したのか察した。

 彼女は,新しい挑戦としてPAを勧めてくれたんだ。

 

「うん…あ,もちろん今日本当はPAをしてくれるはずだったスタッフが急に来られなくなったていうのもあるよ?けど,丁度いい機会だと思ったんだ。君の能力を,接客以上に生かせるかもってね」

 

 絶対音感が名前の響き的に相対音感の上位互換に思われがちだが,実際どちらが良いとかは余りない。どちらにも利点があるし,出来る事も違う。

 実際ライブのPAにおいて重要なのは,実は絶対ではなく相対だったりする。

 バンド内の楽器の音を,調整する際には他の楽器やマイクの音がかき消さないようにする必要がある。それをないがしろにしたら音量の秩序を乱した意味不明な音が飛び散るだけだからだ。

 その時に役に立つのは,1つの音を確定する絶対音感じゃなくて2つ以上の音を比較して音を確定する相対音感なのは考えてみればわかる事だろう。

 

 「スタッフとしては,やっぱりPA作業も出来てもらえると今日みたいな日は凄く助かるの」

 

 ああ…まあ,そうだよな。普段は接客ばかりの俺だけど,ライブハウスは当然それ以外の仕事も存在する。PAなんてその確固たるもので,給料もらっているのにPAだけはしないって…普通に考えたらとんでもない自分勝手だな。

 ぶっちゃけ,視覚障害を持っている俺を雇ってくれているだけ凄い良い人達なのに…俺を信じてPAを教えようとしてくれているのに,俺がその信用を壊すわけにはいかないよな…不安がないわけじゃない。

 だけど,ただ一歩を踏み出す時が今日なだけだ。

 

 「…分かりました,PAやってみます」

 

 そうして,まりなさんの嬉しそうな声が俺の耳にこだました。

 

 

 




お疲れさまです。
という訳で,オリキャラもの定番。CiRCLEでバイトしています。というか,導志の境遇的に知り合いしかいないCiRCLEでしか働けなかった。
今回はそこでPAスタッフとしてのお話です。ヴァンガード関係ないね。

導志は基本的に自分に自信はありません!
これから明かされる過去に色々こうあって,”信じる”って行為が凄まじく苦手。
ヴァンガードの時だけ色々性格が変わるタイプ。

では第3話は明後日23:10にでます!
2話連続で駆け抜けましたが,これからも何卒よろしくお願いします!


香澄と導志,付き合った後のお話でどれがみたい?

  • 交際後,初デート
  • 2人がそれぞれリサに恋愛を相談する話
  • 2人の期間限定バンドのお話
  • 2人で海と夏祭りに行く話
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