あと枳殻のお話。
レッツラゴー!
文化祭まで残り2日,準備をほぼ終えた園田と神田の2人は地元のファミレスで晩御飯を食べながら人を待っていた。
園田の前にはパスタ,神田の前にはハンバーグプレートが乗っている。
意外にも神田の方が肉食系だったようだ。
「導志君,休んだはずなのに何だかまた上手くなっている気がしたんだけど」
一切れ食べながら神田は,今日の練習の導志について報告した。
この前,導志が文化祭に近づく中で珍しく今日は出来ないという話をしてきたときはどうしたものかと思ったが…彼の努力の成果として舞台でやる分には問題がほぼないまでにレベルが高まっていたし,彼からそう言ってくるのが珍しくて園田も神田も休みを快諾した。
…のにも関わらず,何故か今日の練習では導志の気迫は以前よりも鬼気迫っていて活き活きと演じていた。
全体の確認という事で園田も見ていたが,本当に眼が視えていないのか分からない位に彼の演技は卓越していて枳殻も驚いていた。
「あいつ,眼が視えていた時なら何でもできそうなくらいに才能あるよな」
眼が視えていればもっと何でもできたんじゃないかと思う位には,導志は才能の塊だった。
その足を引っ張っている盲目の所も,彼は自分なりのやり方で克服できるようにしている。
寧ろ眼が視えない事をリミッターにしないとそのうち凄い事をやらかしそうじゃないかと思う位には。
「あと,声の伸びも良くなってた。表現力ってやつ?」
「あ,分かる。前のも良かったんだけど,なんか胸にスッと入って来るっていうか」
2人はデート…している訳ではない。
ある人物と落ち合う為にこうして早めにファミレスに来て,待ち人が来るまで晩御飯を先に食べているだけだ。
その証拠に2人の間には恋人らしい照れや間がない。
かと言って仲が悪いわけでもない。寧ろ,同じ罪悪感を抱え込んだものとしては同類なのだろう。
「お,お出ましか」
そうして残り半分くらいにまで食べた所,入り口の方に見知った影を見つけて手を挙げる。
その手を挙げられた男性は,店員に一言言うと真っすぐに園田達の方へと歩いて行く。
「よ,頼成。久しぶり…でもないな」
中肉中背,男性の平均的体躯でありシャープな顔立ちにどこかのエリートを思わせる眼鏡を付けているこの男性の名は高田頼成。
園田と神田,そして導志の同級生である。
彼は柔らかい笑みを浮かべ,園田の隣に座りながら口を開いた。
「ほんとだよ,1週間前に会ったろ」
演劇の監督は一応園田という事になっているが,元々この台本を用意したのはこの高田だ。
なので,園田は何度か練習の様子を録ってそれを高田に送っていたという話がある。
そうして高田が練習の様子を見て,思う所があればそれを園田の口を通してクラスに伝えるというやり方をやっていた。
だからその為に園田と高田が会う事の頻度は高いのである。
「これが最後の練習の奴だ」
そして今日も,明日1日は各々自由時間にすると園田は宣言し教室は開けているから練習したいものは練習を,小道具やイラストで冷たい所がある人は詰めて欲しい。
少なくとも,今日最後のリハーサルでは完璧だった。
園田はそう自負しているし,ここ最近皆根を詰めていたので最後に休暇を与えた方がパフォーマンスは高まるだろうと予想したのだ。
…そうはいっても,プレッシャーを感じるものは感じる。
なぜなら――
「それにしても,お前らのクラスが文化祭のトリを飾るとはな」
同じく晩御飯を注文した高田は,コートを脱ぎながらシニカルに笑い言った。
文化祭で講堂を使う順番のくじ引き,この学校は学年順とかではなく代表者によるくじ引きで順番を決めていた。
理由としては,講堂を使うのはクラスだけではなく演劇部とかもいるからで学年順でやると意味が分からない事になるからだ。
それは別に良い,良いのだが…園田が引き当てたのは文化祭の出来を左右する一端を担うであろう文化祭最後の順番だったのだ。
「いや俺もビックリしたけどさ…全部掻っ攫うには丁度いい場所だろ」
「…市ヶ谷はどうしてる?」
その言葉を意味する所はつまり,ただのツンデレである。
高田は…導志に文化祭での戦力外通告をした人間であり導志のトラウマの元である。
だから導志は彼の事をほとんど知ろうとしなかったし,高田の方も自分の言葉のせいでいじめにあってしまった導志に顔向けする事が出来ず会話がないままに2人は中学を卒業した。
だけど気になっていた。
自分が壊してしまった導志は,高校でどんな生活をしているのか。
ぶっちゃけて言えば高田は不器用なだけであり,自分が作る舞台で笑わない人間を作りたくなかった。
小道具を作ることができない導志が歯がゆい思いをしているのは見ていて知っているし,だからこそ導志には作り手としてじゃなく観客としてクラスを見てほしかった。
それ故の”もうやらなくても良い”発言である。
だが言葉足らずだ。
もとより高田自身,それほどコミュニケーション能力が高いわけでもない。
気がついた時には,既に導志は壊れていた。
おまけに,クラスの出し物が最下位を取ってしまった。
多大な時間と引き換えにしたものだったのが一番出来ていないと言われたクラスメイトの鬱憤の行先は,高田が途中離脱させた導志に向いた。
彼らにとって異常な導志は攻撃しやすい人間だったのだ。
そして高田は,自分の台本が発端であり最下位を取ったのは自分のせいなのに…その矛先が導志に向いた事が信じられなくて――高田も人間不信に陥っていた。
最下位を取った事に導志はそれ程関係ない。あるとすれば台本を設定し,演出を設定し,役者の監督を務めた自分のせいなのに…関係ない導志が攻撃をされているのを見て当時のクラスメイトを恐ろしく感じたのだ。
”自分のせいだからやめろ”という勇気も持てなくて,導志を気遣う勇気も持てなくて――せめて,来年以降の演劇を良いものにする事で導志のトラウマをどうにかしたかった。
——けど,1年の時の導志の様子を知らない人間は導志を文化祭準備に参加させなかった。
言葉は優しかったかもしれない,けどその裏にある”余計なことをするな”という考えは導志には透けて見えて準備には関わらなかった。
中途半端に1年の時の事を知っていたから,あることないことが勝手に広まり導志へのヘイトが凄まじい事になっていたのだ。
学年が上がるにつれて…高田には,もうどうしようもない位にあの中学は歪んでしまっていたのだ。
「そりゃ自分で見に来いよ」
高田の導志どうしている発言を,園田は肩を竦めながら答える。
「俺に今更会う資格なんてないだろ」
最後のリハを確認しながらぶっきらぼうに言い放つ。
「別に会わなくても良いだろ,見るだけならバチは当たらないさ」
そう返されると分かっていたのか,あらかじめ用意されていた言い返しをする事で高田は分が悪いと思い黙ってリハの様子を確認した。
様々な舞台があるだろう中で,園田達のクラスに注目を集める為には普通の台本ではダメだと考えた高田は導志の高い歌唱力に注目した。
高田の耳には,3年生の時にあった合唱コンクールで歌っていた導志の歌唱がこびりついて離れていなかった。
お題の曲自体は某有名な卒業シーズンの曲でシンプルなものだったけれど,だから偶々導志の隣で歌っていた高田には導志が小さいながらも理路整然として歌う導志が衝撃的だった。
クラスのほとんどの人達は気がついていないが,導志が高音部分をやってくれた事によって自然と歌の指向性が定まって演劇では録る事が出来なかった賞を取る事が出来た。
導志の事を軽んじる人間が多かったから,それは人知れずだったのだ。
でも――
「…凄い仕上がりだな」
普通のクラス発表では目立たないだろうという考えから,開演直後に導志の歌唱シーンを入れたのだが…去年よりも歌に迫力があった。
迫力というよりも気迫,去年の心細そうな…その癖技術は高いだけの元は違った。
声の迫力がそのまま衝撃波となって襲ってくるかのようなそんな感覚すらもあった。
間違いなく去年よりもレベルが高くなっていた。数値にするのは出来ないが,体感的に4倍以上胸の震えが違っていた。
「言う事は殆どない。高校の遊戯なら十分なレベルだろ」
高田は自分が食べたイカ墨パスタを食い終えながらリハの様子を一通り見て,スマホを園田に返した。
「そうか,色々サンキュな頼成。」
「ふんっ…行くぞ」
既に20時近くになっているので,高田は伝票を取り立ち上がる。
園田と神田も立ち上がり,3人はお会計を澄まして某ファミレスを出て駅に向かう。
中学の頃はこうして3人で良く帰っていたが,高田が別の専門高校に行く事でこうした光景も今は殆どない。
なつかしさすらも感じる中で,話題は文化祭の事に。
「当日席は早いもの順だから来るなら早めの方が良いぞ」
「…行くとは言ってねえだろ」
「いーやお前は来るね。なんだかんだ言って自分が作ったものに責任を持つのは頼成の良い所だ」
「てめえ張った押すぞ」
割とガチの棘がある声を出したが,園田は気を悪くした様子も無く2人とは反対方向の路線に向いた。
「じゃあまた明々後日な頼成,神田さんちゃんと送ってやれよ」
「行くとは言ってねえ!」
そう言っても,神田を送るという下りには何の反論もせず3人は別れた。
正確には高田と神田,園田って感じに別れた。神田はそんな男二人を苦笑いして見ていたが,やがて高田の隣に並ぶとそっと手を繋ぎ歩き始めた。
というのも,高田と神田は卒業シーズンの時に交際を始めたカップルである。
園田のあの言葉はからかいの意味が大いにあるのだ。
「ふふっ,頼成も園田君にはいまだにペース掴まれるよね」
「あいつは面白がってるだけだろ。」
高田は中学を卒業後,映画や舞台の技術を学ぶ専門高校へ進学した。
だから3人が同じ場所にいるという事はなくなり,今回の文化祭は懐かしい気持ちを3人で共有できる機会でもあった訳だ。
…まあ,あと主に高田が導志の事を気にしているのは知っていたからこそ園田と神田が巻き込んだと言った方が正しいのだが。
「ねえ頼成,市ヶ谷君に会うつもりはないの?」
「朋美もあいつと同じ事言うなよ…市ヶ谷が俺に会いたいわけねえだろ。朋美たちだって,脚本を誰が担当したのか話していないんだろ?」
「それは…そうだけど」
朋美,というのは神田の下の名前である。
神田と園田は脚本を誰が書いたのかを導志にはまだ伝えていなかった。
それには純粋に導志が高田の事をどう思っているのか分からないからであり,それを伝えて変な事になってしまったらまた振出しに戻ってしまう。
だから,もし伝えるとしても文化祭が終わった後だと2人は決めていた。
「なら朋美たちだって,どこかで市ヶ谷が俺に罵詈雑言を言ってしまうかもしれないって思ってるって事だろ。」
結局導志は他人であり,その胸の内を図ることは出来ない。
だからこそ恐れ,黙る選択をした訳だがそれを逆手に取られた論法で神田はぐうの音も出なかった。
…けれど,神田はそこまで悲嘆はしていなかった。
なぜならさっき,高田がスケジュールアプリを開いたのを隣から見たのだが文化祭と…その次週にあるプロ最終試験1回戦のスケジュールがしっかりと刻まれていたからだ。
きっと――その時が来たら,今度こそちゃんとした言葉を伝えられると神田は信じていたかったのだ。
☆
とうとう…この日が来たのかと,不思議な感慨を感じながら目覚めた朝は気持ちが良かった。
俺にとっては2カ月近く前から始まった練習の集大成が今日の演技に全て関わる事になる。
不安はあるし緊張もしているけれど,割と楽しみにしている自分もいる。
土曜授業がある姉ちゃんや香澄さん,他のガールズバンドパーティーの人達は授業が,或いは仕事が終わってからくると言ってくれている。それが無理な人は明日の2日目に来るそうだ。というかそっちの方が多いと思う。
幸い俺達の出し物は何故か明日の文化祭最後だから,パスパレの人達は分からないけれど他の人達は来てくれることだろう。
…まあ,観覧席は早いものがちだから全員同じところに座れるとは思えないが。
「おはよう」
そんな訳で,少し早めに学校へやって来ると…教室は,とゆうかデジタル組が最後の確認をしていたようで俺が教室に入った時には”おぉー!”とか感嘆とした声が響いた。
…貴方達,リハでもそれ見たんだよね?
「あ,おはよう導志君」
ドアの所でその感嘆の直撃を受けた俺は苦笑いを抑えられず立ち止まってしまった。
そんな俺に気がついたのか,枳殻さんが余りいつもと変わらないように挨拶をしてくれて俺は自分の机へと向かった。
枳殻さんにも挨拶をし返しながら少し探すと,枳殻さんが”ストップ”と言ってくれた。
右手で少し探りそこに点字シールが貼っている俺の席があった。
「皆背景イラストとかMVなら穴が開くほど見たんじゃないのか?」
「あはは,どれも凄い完成度だからね。深川君,入学してきたときよりもずっと明るくなって良かった」
「いや,深川君は多分押し黙っていただけで元からああいう人間だと思うぞ」
ある日の放課後の事を思い出し,自分が作ったものがクラスメイト達に賞賛される度に嬉しそうにする彼の反応と,それに伴ってどんどんと開放的になっていく彼を見ればそう思うだろう。
「導志君,深川君の事そう思う位には一緒にいるんだ?」
「一緒ていうか,まあMVの音で相談される事が多かったからな」
出来るだけ原曲に寄せつつも,空間の広がりが大きい講堂で流す事も考えた音の調整を俺が手伝っていたのだから自然一緒にいる時間は多かった。
枳殻さんとマンツーマンの練習が無くなった頃から,深川君とのすり合わせの時間が増えたから余計に感じる。
「それに,今回はCiRCLEの機材を貸してもらえるしそっち方面に知識が乏しい深川君を補助出来るのは俺だけだったからな」
深川君自身はライブハウスとかにあるアンプとかスピーカーを触った事がない。
だからどの程度の音が必要かを知らないのだから,それを知る人間が補助するのは当たり前だろう。
それが俺のバイト先からの機材なら尚更。
「そうそう,導志君が音響機材に詳しいの…ていうかライブハウスでバイトしてるの聞いた時ほんとにびっくりしたよ」
「殆ど姉ちゃんのコネみたいな所あるけど…まあ,役に立ったなら良かった」
どうして学校に既にある音響機材ではなく,CiRCLEの機材を借りる事になっているのかというと…端的に言えば学校のそれが余り上質な音を出力していた訳ではなかったからだ。
音は聴こえるし,変な音がしている訳でもないのだが…音量上げるとハウリングしてしまうとか言う末期の症状を抱えたものだった。
それを何度か講堂練習の時についでに確認した俺が,バイト先でまりなさんと機材の話になった時にぽろっと漏らしたら貸してもらえる事になった。
ただ,そうなるとそもそもスピーカーの音を前提とした音作りをしていなかった深川君のMVの音源を,俺が少し弄らせてもらったのだ。
イヤホンとかで聴く分にはあのMV今なんとなく違和感ある状態だけど,講堂で流せばさほど問題じゃない。
「役にたった所じゃないよ,バウンダリーマイク使う事もそうだけどハウリング起きない為の周波数のカットとか導志君じゃないと出来なかった」
「なんか改めて言われるの恥ずかしいな」
俺は見たことないし,音の反響を当てにしているだけだがこの学校の講堂の収容人数は大きいし広い。
曰く1900人は収容できるらしいからその広さは分かってもらえる事だろう。
だから舞台をする時に演者の声を後ろにまで届かせる為に,マイクを使うという案は出た。
出たのだけれど,そもそも舞台背景的にカラオケとかで使う手に持つマイクを演者が手に持つのは憚られる。
そこで枳殻さんが提案してくれたのが,バウンダリーマイクっていう床に置くタイプのマイクを使う事だった。
無指向性…つまりどんな所からの音も拾ってスピーカーから音を出すマイクであれば,演者の音も拾ってくれるだろうというもの。
ただ,問題があってハウリングが起きやすい点。
俺達の音響のスタッフは別にいるけれど,流石にスタンダードなものにしか触れない人が多かったので俺がイコライザーを弄らせてもらって,ハウリングが起きないように周波数をカットした。
その時何故か俺が救世主扱いされたから困ったものだった。
「まあ…それなら良かった。枳殻さんは緊張してないの?」
彼女はこの物語のヒロイン,台本上では最終的に猩々童子の事を好きになって終わり――よくある告白してカップルになって終了ではない――だけれど,女性的にはそれで良いのだろうかと思った。
でもいつかその事を本人に聞いた所,”付き合いそうで付き合えない距離感が高校生は好きなんだよ”と笑って肯定した。
そんなものだろうか,と思ったのも今では懐かしくすら感じている。
「えー,してるよ?だって私,演劇部での役を蹴ってもこのクラスに肩入れしたんだよ?生半端なもの見せたら先輩達に怒られちゃうし」
「…え?!」
なんか今,聞き捨てならない事を聞いた。
「え,枳殻さん演劇部の方で役貰う予定だったの?!」
言うまでも無く,彼女は1年生で演劇部だ。
今回の事をするにあたり,園田と神田さんに深川君っていう根幹を担う所をしてくれた3人以上にある意味核となってクラスを引っ張ってくれた存在だ。
本場の所からの知識は素人の俺達にとって凄く貴重で,俺も練習で何度彼女に助けられたか分からない。
だけど,彼女が滅茶苦茶クラスに時間を充ててくれているのを見て部活の方は良いのかなとか思っていたら…そもそも今はそんなに部活に顔を出していないという。
それどころか
「んー?そうだよ,私これでも中学から演技で結構有名だったからね。演劇部としては即戦力って感じだったんだけれど…導志君が主役を引き受けた時,私も役として本気でこの出し物に参加したいって…思ったんだよね」
”白鷺千聖ちゃんや瀬田薫さんを知っている導志君は知らなかったかもしれないけど”とどこかいじけた様子で言う彼女に,俺は絶句したままだった。
まあ,そもそもトラウマもあって舞台なんて見向きもしなかった俺は白鷺先輩や瀬田先輩と知り合った後もそのスタンスは変わらなかった。
だから彼女の事を知らなかったのも必然だが,1年の…それも文化祭の演劇部で役を貰えるくらいに凄い人で…何故か俺が理由である意味貴重な時間を捨てた彼女に絶句するのはビックリするほかないだろう。
「なんで…俺?」
「正確に言うなら,導志君が園田君とファイトした時かな。」
そう言って,枳殻さんがどこか恥ずかしそうに息を小さく吸い込んだのが聴こえ…理由を話してくれた。
「私ね,結構恵まれているんだ。パパもママも優しいし大企業の重鎮で裕福。頭も良い方だし,運動もそれなりに出来るし告白された事だって何度かあるし」
うん,最後の報告だけはどんな意味があるのか分からんかったからスルーした。そうしないと負けな気がしていた。
「だから不自由なんてした事なかった。でも…演技している人の性なのかな,余り自分を出せないんだよね」
あはは,と笑う彼女の言う事は何となく分かる。
白鷺先輩が言っていた事と似たような感じなんだろう。
瀬田先輩なんて全てがミュージカル状態だけれど,彼女の言うように演技をする人は偽ることに慣れてしまう事が多いのかもしれない。
「でも,それは人間なら皆そうじゃねえのか?」
そう,自分を偽ることは本来なら誰でも起こり得る事だ。
俺だってそうしていた。別に演技している人の専売特許という訳でもないだろうに,そんな事を言ってくることに首を傾げるしかなかった。
「なんていうんだろ,ふとした瞬間でも素を出せないって言った方が良いかも」
「あー,なるほど」
「だからね,あの時のファイトはビックリしたんだ」
…待て待て,どこにビックリする要素があった。
「導志君は気がついていないかもしれないけれど,自分の心をさらけ出している導志君は凄く人間らしかったんだ。」
それを言ってくれる彼女は,どこかいつもと雰囲気が違った。
これまで俺が勝手にかけていた膜が剥がれ落ちて…否,俺が視ようとしていなかった彼女本来の輝きに俺が遅れて気がついただけか。
…言われるまで彼女の変化に気がつかないってまあまあ最低だな俺。
「だからかな,あなたの相手になれば何かが変わる気がした。それは先輩達の舞台に参加するよりも…きっと価値があるものだと私は思った。気がついたら先輩達に断りのLINE入れちゃった」
てへ,とか言いそうなくらいあざとく言ったけれど,思っていたよりも芯が通っている理由で――原因が俺なのはどうかと思うが――ビックリしたけれど…どことなく清々しく感じたことは間違いじゃないと思う。
だから俺は――
「大丈夫だよ,枳殻さんは変われてる。」
変わりたいと願い,そう行動を起こした時点で何かは変わっているはずだ。
それは眼に視えて分かる事ではないかもしれない。
だけど,眼に視えるものがこの世の全てじゃないように…彼女も何かは変わっているはずだと俺は断言できる。
「――っ。…そういうところ」
「え,なにが?」
なぜか一瞬言葉を詰まらせた彼女から,責められるような声を出されたことに俺は疑問符を浮かべたが…俺達の会話に北村学級委員長が入ってきたことで有耶無耶になった。
「お,明日の主役たちがいつの間にか来てた」
「滅茶苦茶軽いな…おはよう」
「おはよう,優姫ちゃん」
「おはよう,2人ともちゃんと昨日は寝た?特に導志君,まさかと思うけどデッキの調整なんてしてないわよね?」
「昨日は晩飯前にしたから大丈夫。」
「したことは否定しないんだ」
なんか言われたが無視。
なぜなら,俺にとっては今日の文化祭と同じかそれ以上に来週の1回戦も大事な1戦だ。
今日や明日帰って最後のデッキ調整をする時間と気があるとは到底思えなかったから昨日の内にデッキを再確認してた。
そのデッキは舞台上で少し使う事もあってしっかりと持ってきている。あと俺のお守りみたいなものだし。
「でも顔色は凄く良いよ。」
「うん,導志君は調子よさそう」
「いや燈火ちゃんもだけどね?」
「…え,そうかな?」
「俺に振られても分かんねえけど…声はよく伸びてると思う。」
そう言うと,どこか照れたように枳殻さんは息を吸い込みはにかんだ。
「そっか…うん,調子いいかも」
「明日は2人とも頼んだよ」
「うん」
「ああ」
そんな枳殻さんを見届けた北村さんがそう言うのとほぼ同時,いつの間にか結構時間が経っていたのかがらりと教室の扉が開くと津島先生の声が響いた。
枳殻さんと話し込んでいて気がつかなかったけれど,結構時間が経っていたみたいでいつもより早い朝礼のようだった。
北村さんや,他のクラスメイト達が自分の席に向かうのを聞きながら――いよいよ,黎明祭1日目が幕上がる
お疲れさまでした!
導志のトラウマ,本当は誤解だったけど言葉足らずで当時のクラスメイト達が豹変してしまったという。
その事に高田自身が一番絶望していたのですが,卒業まで導志に声をかけることが出来ずにここまで来てしまったっていう。
真の敵は元クラスメイト達ってはっきりわかんだね。
では,明日は文化祭であれば当然あるあれのお話です。
香澄と導志,付き合った後のお話でどれがみたい?
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交際後,初デート
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2人がそれぞれリサに恋愛を相談する話
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2人の期間限定バンドのお話
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2人で海と夏祭りに行く話