星の鼓動に闇は閃く   作:レオ2

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こんばんわ,第3話です。
前回と今回は導志と香澄の物語開始時点の関係性を知ってもらう為のお話です。
ネットとかkindleの音楽の本を浅く読んでの話なので,エアプ噛ましていたら申し訳ないです。

ではレッツラゴー!

因みに,タイトルの導の読み方は「しるべ」です。


導の星

 俺はこのCiRCLEでバイトする事が決まった3月の折り,それまでは中途半端だった楽器の知識を再学習し,その際PA機器も念のためと学習はしておいた。

 紙ベースの参考書とかは俺にはまるで役に立たないが,現代では有難い事に視覚だけじゃなく聴覚でも勉強したいという人の為に参考書の文言を声にしてくれるというサービスがある。

 そして,今までのPA補助の経験として携わって来た経験からPA機器に触れるというのは初めての事ではない。

 

 だけど,バンドのライブの出来栄えを左右する一端を担うこの作業にプレッシャーがないわけじゃない。というかプレッシャーしか感じてない。

 なぜなら,俺が姉ちゃん達の要望に応えることが出来ないなら,或いは姉ちゃん達の音楽を最高の形でお客さん達に届ける事が出来なかったら…今現在において意味もない弱音が,俺の中に蠢いていた。

 まるで心の底の恐怖が,俺を嘲笑うかのような下賤な眼が…深淵から俺を覗くようだった。

 

 今日,ポピパがライブする場所に立って俺は音の響き方を肌の感覚と耳だけで感じ取りながら,心のそこから湧き上がって来る吐き気と必死に戦っていた。

 まりなさんは最悪手を貸してくれるとは言ったが,今日はただでさえスタッフが少ない。だから出来ることなら彼女の手を借りずに出来るのがベストなのは理性では分かっている。

 けれど,”俺に出来るのか?”…眼が視えない俺が,ただ音だけを頼りに作業出来るのか?

 作業の仕方自体は分かってる,分かっているけれど…これはヴァンガードファイトとは違う。

 ヴァンガードも…1つ1つの選択がファイトの結果へと繋がっていく。音の選択がライブの結果の一端に繋がるのと同じだ。

 だけど,ヴァンガードとPAは全く違う。例えヴァンガードでその選択をミスしたとしても,その責任を取るのは俺自身でしかない。

 ライブとは違う,ライブではステージに立つバンドこそが主役なんだ。俺の調整が,主役の結果に繋がってしまう。

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

 

 気がついたら余りのプレッシャーに息をするのを忘れていて,俺は思い出したかのように呼吸をする。

 俺の悪い癖だ,考え始めたらとことん沼に嵌って呼吸を忘れる。ヴァンガードも始めたころは,様々な思考をする必要があるせいで対戦相手に迷惑をかけたこともあった。

 

「俺に…出来るかな」

 

 そうして,誰もいない筈のステージで呟いてPA機器の場所へと向かう。

 不安で今にも溶けて消えてしまいたいが,”はい”と答えてしまった以上は仕事をやり切るしかない。

 そうやって己の矜持でなんとか意識を目の前にあるはずのPA機器に伸ばして,スイッチにダイヤルの場所を確かめる。音声学習でPA機器にどんなスイッチがあるのかは知ってはいるが,当たり前のように俺の知識と実際のスイッチは乖離している。

 ある場所もそうだが,俺はそれらのスイッチやダイヤルの役割を手と耳,それに肌から感じる感触だけで確かめなければならない。

 そうやってイメージしていたPA機器との乖離を徐々に埋めていく。本当なら音の出とかを見なければならないんだけど,それをする余裕が今の俺にはなかった。

 イヤーモニターを装着して――予めまりなさんに渡されてた――,イコライザーや音の調整をする。ぶっつけ本番とか俺が一番やりたくない事なんだが時間は無情にも過ぎていく。

 ライブは今夜で,今は放課後の時間。時間は余りないのに,本当にこれが正しいのかと胸の内と葛藤しながら俺は確かめる。

 

 …どれくらい,そうしていたのだろう。体感では2分位だったかもしれないが実は10分位経っていたのかもしれない。それとも30分は経っていたかもしれない。

 普段はスマホの自動音声で時間を聞いているが,調整中にそんなことをすれば集中が切れるんじゃないかって怖くて出来なかった。

 だからと言ってはなんだが…俺はその足音に気がつかなかった。

 

「はぁ…これで…場所は大丈夫かな」

 

 一通り,確認出来たはずのスイッチやダイヤルの場所を手に馴染ませてイメージ記憶として取り込むことが出来たはずだと自分に言い聞かせる。

 本当はなにか見逃している事もあったりするかもしれないが,俺が触れる範囲のスイッチやダイヤルは全て触れたはずだ。姉ちゃん達からどんな要望が来るのか分からない以上全部の場所と音の役割を把握する必要がある。

 まりなさんに言わせれば,いきなり頼んでそれが出来る時点で天才らしいが俺自身にそれを言われて喜ぶ気力はこの時点ではなかった。

 ていうか,今にも押しつぶされてしまいそうだった。

 

 そんな時…パチパチと乾いた手の反響が俺の混沌と沈もうとした意識を現実に引き戻した。

 

「どーくん!凄いね!」

 

 無邪気,天真爛漫の具現化みたいな溌剌とした美しい声が俺の耳にこだまして脳に届いた瞬間,俺は柄にもなく心臓がぶわっと熱を伴って震えたのを感じた。

 プレッシャーで開かなかった喉が,彼女に応えるために懸命に動くのを感じながら俺は彼女の名前を呟いた。

 

「香澄…さん?」

 

 香澄さんがいたことに,まるで気がつかなかった。改めて周囲の音を聞くが…香澄さんの息遣いと足音しか感じられなくてつい問いかける。

 

「あれ,今香澄さんだけですか?」

 

 5人ともいれば足音も呼吸の音もそれなりにこだまする筈だけれど,今は香澄さんのものしか感じられない。

 それにPA機器があるのはステージの反対だから,香澄さんの声がする場所との相対距離として彼女はステージから降りてわざわざ観客がいるところにいる筈だ。

 彼女は俺の答えを合わせるようにこともなく頷いた…ように感じた。

 

「うん!有咲たちは今準備してるよ。私はライブが楽しみで早めに来たんだ~えへへ」

 

 子供っぽいと自分でも思ったのか,はたまた素なのかは分からないけれど香澄さんがとびきりの笑顔なのは察する事が出来た。

 彼女の顔を,姿を見たことがない俺にはそれをイメージする手がかりは殆どないが…彼女が笑ってくれている。その事実だけで,少しだけ胸の不安が霞んだのを感じていた。

 

「どーくん,今日PAしてくれるんだよね。ありがとう」

「あ…いや,仕事なので…」

「それでもだよ。まりなさんから聞いたけど,いつもの人がいきなり体調崩しちゃったからのどーくんでしょ?どーくんがいないと,私達ライブ出来なかったよ」

 

 それは全く的を射ていないのだが,俺がいなくてもPAを出来るスタッフ自体はまりなさんとかはいる。だから,恐らく最悪俺が断っても今日のライブ自体は大丈夫だったはずだ。

 もちろんその場合はただでさえ忙しいのに目が回るようにヤバくなるだけなのだが。

 けれど,純粋にそう言ってくれる香澄さんに申し訳なくてそんな野暮なことは言えなかった。だけど,全くの素人の俺がPAをする,この事実だけで俺は香澄さんに申し訳なく思ってしまった。

 スタッフとしては失格なんて分かってる。けれど…零さずにはいられなかった。香澄さんの期待が,俺を苦しめる。

 彼女にそんな気はないと分かっているのに…俺は

 

「…良いんですか,PAが…俺なんかで」

 

 ああ,最悪だ。

 ライブハウスのスタッフとしても,信じてくれた人に対しても最低最悪な言葉だ。

 胸の内でこんな事を言っている俺は悲劇の主人公ぶってんのか?ああ,最低だ…最低すぎる。

 

 はらわたが煮えくり返りそうになって,呟いたこと言葉を自分の中で凄まじい自己嫌悪で身体が満たし始める。まるで呪縛されるように,俺は…それ以上言葉が出せなかった。

 こんなことを…ライブでも重要な役割を担う俺がそんな事を言って良いはずないのに,俺は初めての事や,自分の眼の事を理由にしていってはいけない台詞を吐いてしまった。

 逃げたい,いっそのこと死んでしまいたいと思ってしまう位…本当は数秒の間も無かったはずだけれども俺にとっての体感無限の間で…俺は窒息してしまいたかった。

 

 どの位…時間が過ぎたんだろう。いや多分そんなに経っていないな…けれど,次の瞬間俯いていた筈の俺の頬に…暖かくて柔らかい何かが添えられて俺は思わずビクッと震えた。

 

「か,香澄…さん?」

「どーくんなら,大丈夫だよ」

 

 その声はどこまでも優しくて,慈愛に満ちていた。

 俺の暗闇の先で,彼女が微笑んでいるのがありありとイメージできる。

 

「どーくんが頑張ってる事,私は知ってるよ?」

「——っ」

「例えば…1週間前も楽器のお勉強してたし,PAのことも勉強してたよね」

「…いや,なんで知ってるんですか」

 

 基本的にそう言う類の勉強は自室でしているし,自室は鍵はかけてはいないが閉じている事の方が多い。

 音声学習自体はイヤホンを探す手間があるからむき出しで聴いているけれど,それでも少なくともドアを開けないと聞こえない筈だ。

 だから…つまり,香澄さんは俺が勉強している時に部屋に来た事に…

 

「ごめんね,ご飯で呼びに行った時に見ちゃった」

 

 そう言っていても全く申し訳なさを感じないのは気のせいだろうか…,いやまあ良いんだけど。

 確かに1週間前どこかのタイミングで香澄さんが俺の部屋に晩御飯に呼びに来た事があったのを思い出して…あの時かと納得すると同時に無性に恥ずかしくなった。

 俺自身は,努力するのは当たり前だと思ってるから自分からあれやったこれやったとか言いふらす趣味はない。大事なのは結果であって,そこに至るまでの経緯なんて重要じゃないと思ってるから。

 俺の場合は…”視えない”という一点で他の人と違くて,でもそれは大きな違いでただ何も視えない事で努力すらも視えないものになるんじゃないかって怖いって感情もある。

 ”出来る”,”出来ない”の二択しか俺の世界にはなくて…”努力した”結果はそれに付随するものでしかない。

 …だから,自分が隠れてやった事に気がつかれていたと知って背中がむず痒くなってしまった。

 

「実はね。今日のお昼にまりなさんからPAの人が体調崩しちゃったって聞いた時に,どーくんにPAして欲しいって頼んだの私なんだ」

「…えっ?」

 

 それは,霹靂だった。まるでそんな事を予想しなかった俺はただただ唖然とする外なくて思わず呆然とした声を出した。

 香澄さんは優しい声色のまま,その理由を語ってくれた。

 

「どーくんなら…きっと大丈夫だと思ったから」

 

 それは…戸山香澄という人間を表すほど,純粋無垢な言葉で,1つの陰りもない心の底から思ったであろう言葉。

 ただ”大丈夫”だからとか言う,普段の俺なら一笑してしまう位の…この眼が視えなくなって,異界の存在でも見られるかのように切歯られたことがある俺には到底信じられない言葉だった。

 

 けれど,香澄さんはまるでそんな呆然とした俺を包み込むように…両手で俺の頬に優しく触れていった。

 

「ほんとはね,どーくんにも一緒に私達のステージを作って欲しかったんだ」

「…っ」

 

 俺は普段,接客が主な仕事として与えられている。機器の調整も,出来なくはないがそれでも経験豊富なスタッフが多いから俺がすること自体はこのハンディキャップも合わさって任せられる事は少なかった。

 別に蔑まされていたからじゃない。ただ仕事の効率としてそうした方が良いって言う俺の言葉をまりなさん達が尊重してくれたからだ。

 だから夏も終わりかというこの時期になっても,俺がライブを作ることに関わる事は余りなかった。

 

 そして…それが香澄さんは不満だったのだとその言葉で気がついた。

 

「受付からじゃなくて,ステージに立ってる私や有咲を聴いてほしかった。」

「ははっ」

 

 なんて無理やりなやり方だ。

 別に俺をステージに関わらせるならPAじゃなくても色々な手があったろうに,ていうか今日だって本当は戸山明日香さんに付き添ってもらってみる筈だったのに。

 きっと…まりなさんから連絡が来た時に俺を関わらせようと思ったのも咄嗟の事なんだろう。

 

「なんで…俺なんですか」

 

 だから,そんな事を問いかける。

 俺は香澄さんや,姉ちゃんのバンド活動に殆ど関わっている訳じゃない。

 俺が音楽に縁がないから…って言う訳じゃない。俺がそもそも眼の光を失うきっかけになった宇宙開発研究所ツアーも,元はと言えば俺と姉ちゃんがミュージックスクールで,姉ちゃんはピアノコース,俺はボーカルコースで優秀な成績を収めたと表彰されたのを祝う為に両親が応募してくれたものだ。

 俺は元々,歌う事が好きだった。それこそ,今はRAISE A SUIRENってバンドでベースボーカルをしている和奏レイよりも多くの☆のシールを貰っているくらいには上手かったと思う。

 

 けれど,俺は滑落した。

 言うまでも無く眼の光を失って,自分自身に絶望したからだ。精神的不調から歌う事が出来なくなって,俺はなし崩し的にミュージックスクールを退会してしばらくしたら姉ちゃんも辞めた。

 俺は続けたら良いと言ったが,姉ちゃんは中学受験の為だって言って頑なに聞かなかった。…それが本当は俺の介護の為だなんて日を見るよりも明らかなのに,俺は姉ちゃんの優しさに甘えた。

 嬉しかったと同時に苦しかった。日に日に姉ちゃんが俺に対して過保護になるのを感じながら,俺は姉ちゃんの助けがないと何もできないように感じて…姉ちゃんの時間を奪っていた。

 

 姉ちゃんはスクールを退会する時の言い訳である受験をしっかりとやって,私立の中学…花咲川女子学園に入学したけれど不登校気味になったのも…姉ちゃんが元々人づきあいが苦手だからなのもあるけれど一番の理由が俺の為だったなんて分かりきっている事だった。

 その優しさが苦しかった時,俺はヴァンガードに…猩々童子に出会った。まあ,その話はまたややこしいから割愛するけど,そうやって俺が出来る事を増やしていた頃…香澄さんと出会った。

 彼女が姉ちゃんをバンドに誘っているのを聞いた時,そして姉ちゃんがきっと俺の事で躊躇っていた時に入れって言ったのが俺がポピパに関わった初めてだったと思う。

 だけど,それ以外は殆ど関わっていないと思う。

 

 だからこそ,香澄さんがどうして俺にステージに関わって欲しいと思ったのかが分からない。

 

「ん~,どーくんは覚えてる?私が…歌えなくなっちゃったときの事」

「SPACEの時ですか…?」

 

 うん!と香澄さんはどことなく懐かしそうに頷いたのを感じた。実際,あれは1年前なのだから悠久の時を生きるヴァンパイアやエルフじゃない限りはもう懐かしいと言っても良い時期だろう。

 

 1年前,香澄さんと姉ちゃんのバンドのポピパはSPACEってライブハウスのオーディションに受けて落ちた時らへんの話かな。

 俺は自認したように基本的に香澄さんや姉ちゃんのバンド活動に関わって来なかった。眼が視えない俺がライブハウスに行くのを,姉ちゃんは不安がっていたからっていうのもあるんだろう。

 それに,俺自身も音楽と向き合う事は少し…いや結構怖くなっていたのもある。だから彼女達のライブに行った事は無く,蔵でのライブであるクライブも俺は当日お店の大会があったから行けなかった。

 

 香澄さんが歌えなくなったのはSPACEのオーディションに落ちて,そこのオーナーに言われたことが原因で喉が開かなくなった時の事だ。

 俺はたまたま家の近くの公園で,その日やったファイトについてボーっと考えていた時の事だったと思う。

 

「どーくん,私の事励ましてくれたでしょ?」

「…そんな事もありましたね」

 

 俺は中3にもなると聴覚や肌の感覚に嗅覚がやたらと発達した。元々成長途中だったからそれも当然なんだろうが,俺は人の気配がない筈の公園で1つの足音があわただしく…まるで何かから逃げて来た感じにやって来たのを感じていた。

 普段なら何も気にしないんだが,その日はやたらとその音と乱れた息遣いに心当たりがあった。

 

『戸山…さん?』

 

 まだ彼女と出会って2カ月位しか経っていないから自信なく問いかけたが,どうやらあっていたみたいで目の前の彼女がビクッとしたのを肌で感じた。

 それで,香澄さんの声が昔の俺みたいに出したいけど出せないもどかしさのようなものを感じて…つい過去の歌えなくなって,そのまま歌えなくなった俺に似たものを感じて当たり障りない励まし方をした。

 直後に姉ちゃん達も香澄さんを追いかけてきて,俺はバンドに不干渉を決めていたから入れ替わりに家に帰って…数日後,香澄さん達は無事にSPACEのオーディションに合格した。

 

「けど,どーくんはライブに来てくれなかったの少し寂しかったんだ」

 

 それを言われて,俺は意外に思ったと同時にそれが理由なのかと驚きを隠せなかった。

 俺はライブハウスって場所の性質上よっぽど特別な場所を用意されない限り,他のお客さんにしっちゃかめっちゃかにされてライブどころじゃないのを知っていたからこそ,あとついでに過保護の姉ちゃんに心配をかけてライブ所じゃないにするのは忍びなかったから行かなかった。

 その後のライブも,同じ理由で俺がポピパのライブを知るのは決まって香澄さん達が録画したものを聴くことくらいだった。

 そして,それは俺がこのCiRCLEで働き始めてからも変わらなかった。

 

「PAなら,どーくんは安全な場所で私達のライブを聴けるでしょ?」

 

 PAは当然指定の場所で,観客の波に入ることなくライブを聴くことが出来るという俺にとってはこれまでライブハウスに行く事が出来なかった理由を解消出来ると香澄さんは言ってるんだ。

 俺がライブに行けない理由を知っていても,俺がライブを聴くことが出来る理由を。

 マジか…その理由で俺に,そのライブを失敗してしまうかもしれない調整をしてしまうかもしれない俺に立たせるって正気の沙汰じゃないだろ。

 

「それにどーくんと一緒にライブを作って欲しいと思ったのもほんとだよ?」

 

 それでも,香澄さんが俺にPAして欲しい理由は多分これに集約されている。

 姉ちゃんや,他の人達をバンドに巻き込んだ香澄さんの真骨頂を見た気がする。誰かの手を常に引っ張って,自分のやりたい事を貫く香澄さんはリーダーとして理想なんだろうなと思った。

 

「だから今日の事は私のわがまま。それでもどーくんが一緒にライブを作ってくれたら嬉しい」

 

 嘘の欠片もない心からの言葉,どうして香澄さんが俺をPAにしたがったのか分かるようでわからない言葉だったけど…いきなり何かを思い立つのは香澄さんのいつも通りだ。

 俺にライブを聴いてほしいっていうのも本音なんだろう。その本音が…胸にスッと入ってきて安心を覚えてしまう位…

 

(ああ,俺は心底惚れてるんだなぁ)

 

 視覚障害者の分際で何を言ってるんだと言いたくなったけれど,俺の暗闇の世界を星のように煌めかせてくれる香澄さんの事が…どうしようもなく愛おしいと思うし彼女が笑ってくれないのが俺にとっては嫌すぎる事だった。

 ああくそ,視えないって本当に不便すぎる。香澄さんが今どんな顔をしてるのか見たいのに…見られない。

 こんなにもどかしくて苦しいこと他にない。

 

 けど,1つだけ確かな事がある。

 俺は香澄さんが俺の頬に添えた手を極力優しく包んで,俺が答えるべき事を答えた。

 

「分かり…ました。やってみます」

 

 成功するかは分からない,迷惑をかけてしまうかもしれない。

 だけど,まりなさんも香澄さんも俺が”大丈夫”だと思ったからこそこの役割を任せてくれた。

 それに眼を背ける事の方がよっぽどダサいって当たり前の結論にようやくたどり着いたんだ。

 

「うん!信じてるよ,どーくん!」

 

 俺の視えない世界の先で,香澄さんが闇をも払う眩い笑顔をしているのが…何となく伝わって来た。

 きっと素敵な笑顔を見られない事を歯がゆく思いながらも,俺は知らず知らずに口元を緩めてた…気がする。

 

「香澄ー!どこ行った?」

「あ,有咲今行くー!」

 

 そうしていたら,ステージ裏から姉ちゃんが呼ぶ声が聞こえて香澄さんの手が俺の頬から離れた。ほんの数秒しか触れられなかった手だけど,不思議とまだ頬には香澄さんの温もりを感じられて俺は勇気を貰った。

 

「じゃあ,よろしくねどーくん」

「はい,任せてください」

 

 もう,胸を締め付けるような圧迫感はどこかへと消えた。

 不安はある,緊張はする。だけど,それだけだ。それだけならいつものファイトと変わらない。

 変わらないなら俺がやることは変わらない。俺が持ち得る全ての手札を使って目の前の盤面(ステージ)を,理想の盤面へと変貌させるだけだ。

 

 香澄さん達が改めてステージに立つのを声と肌で感じながら,余計な挨拶をする時間はないので空気の微かな変化で各々楽器を携えたのを確認するとPA機器に手を伸ばしドラマーである山吹先輩に言った。

 

 

「じゃあ,ドラム音をください!」

 

 

 俺の…長いライブが始まった

 

 

 ☆

 

 キラキラドキドキ…私が普段大事にしているもので,それを求めて私は有咲に出会って…バンドを始めた。

 有咲,りみりんにおたえとさーやの5人で始めたバンド活動,苦しい事も悲しい事もあったけれど楽しい思い出の方が沢山あった。

 だけど,バンドの皆と奏でる時間以外に…私はもう1つのキラキラドキドキに出会った。

 

「…花園さん,ゲインこれでどうですか?」

 

 ステージに反対側,PAスタッフさんがいる場所で有咲の弟のどーくんがイヤモニに触れながらおたえに聴くのをライブの前のワクワクと違う感情を感じながら聞いてた。

 どーくんはさっきまでの不安そうな表情から一転して,真剣な表情で…初めて見た時見惚れてたんだ。あの時はヴァンガードをしてる時のどーくんだったけど…今こうしてPA作業にも同じ表情でやってくれてる事が,どれだけ私達に向き合ってくれてるのか伝わってきて嬉しさで一杯になった。

 

「うーん,もう少し高音寄りに出来る?」

「…これでどうですか?」

 

 おたえの言葉に,どーくんは私達に視線を向けたまま手元の手だけ動かして聞いて来る。

 おたえはギターを1弦,2弦鳴らして音を出したらさっきよりも少し高音になった音が響く。それに満足そうにおたえは笑った。

 

「うん,大丈夫!導志はどう思う?」

 

 時間がないからって,どーくんは手元を忙しなく動かして調整してくれてる。初めてこの作業をやったとは思えない位滑らかで,自分の耳に自信があるからこその調整。

 おたえは納得していても,どーくんの耳の良さをあてにしてるからこそPAスタッフとして聞いたんだと思う。

 

「…少し,ハイを削りましょう。姉ちゃんと似た高音被っている。」

 

 どーくんの能力…相対音感は私達もそれなりに身に着けてるって思うけど,どーくんのそれは私達よりもずっと正確でおたえもきっと頼りにしてるんだと思う。

 どーくん自身はそれが凄いって思っていないけれど,私も有咲も…それに他の皆もどーくんが感じる音の正確性は信頼してる。

 だからどーくんにPAをしてもらいたいって言った時,誰からも反論されなかった。

 

(どーくん,気がついてる?きっと,どーくんが自分で思うよりも私は…私達は君の事を必要としてるよ)

 

 いつか,ふらっと消えてしまうんじゃないかって位自信がなさげな小さな炎。

 私が初めて出会った時のどーくんは,きっとそんな感じだったと思う。今をただ何となく生きてるって言うか…そんな感じだった。

 そんな彼の事が気になりはじめたのは,さっきどーくんに話した私が歌えなくなってた時のこと。

 私が歌えなくなって,皆を巻き込んでまでバンドをした私が一番足を引っ張ってるって思い詰めていた時に…彼はこんな事を話してくれた。

 

『人間なんて元からそんな生き物でしょ』

『え…?』

 

 過去の…あの公園の夕日に横顔を照らしたどーくんがそんな事を言ったのを昨日のことのように思い出せる。

 どーくんの手にはヴァンガードのデッキが握られていて,彼はその手にあるものを大事そうに見つめながら――視えていないって分かってるけれど――私に言った。

 

『出来ない事があるなんて誰しもあって,誰もが乗り越えるべき壁がある。誰かの足を引っ張っていない人間なんていない。そんな人間がいるなら拝んで見たい。俺だって,姉ちゃんの人生の足を引っ張っているようなもんだしな』

『それ…は…』

 

 違う,って私は言いたかった。有咲は,どーくんの事が大事だから世話を焼く,大事だから…有咲はきっとそんな事思ってないって私は伝えたかった。

 きっとそれが,有咲が自分のせいでどーくんの眼が視えなくなったって自分を責めるからこその過保護だとしても。

 けれど…どーくんはきっとそんな事に気がついてた。

 

『戸山さんは違うって言うだろそりゃ。俺もそう思うよ。姉ちゃんは罪悪感で俺に過保護になってんだろうなって言うのは。』

 

 ドキって心臓が震えた。私が考えてる事をそのまま当てて来たんだからビックリしちゃうよね。

 

『でも,だから戸山さんはそれと同じであんまり深く考えない方が良いよ』

『どういう…こと…?』

 

 余り動かない喉を必死に動かして,私は彼にその意味を聞いた。

 どーくんは,もう光を失った眼を開けて私の方に向いた。有咲と同じ橙色の瞳…けれど,焦点がまるで合ってない眼に私は不思議と引き付けられた。

 そして,どーくんは凄く優しい表情で言ってくれた。

 

『別に,戸山さんが姉ちゃんや他の皆さんに迷惑かけてるんじゃないかって心配するのが今更だって話だよ。』

『…え?』

 

 その時の優しい顔は,今でも私の瞼に焼き付いて離れない。まるで,私の心に口づけでもされてしまったかのように彼の痕が私の中から消えてくれなかった。

 ドキドキして…キラキラしてた。

 当時はただ茫然としていただけど…彼はこう言ってくれた。

 

『間違っても良い,迷惑だってかけていい。自分に足りないものがあるのは当たり前だ。だけど,それを補い合うのが”仲間”ってものじゃないんですか?』

『なか…ま』

 

 真っ暗だった目の前が,少しだけ開かれたような気持ちだった。

 オーナーに私が一番出来ていなかったって言われて,我武者羅に練習しても不安は消えなくて…2回目のオーディションで私は歌えなくなった。

 私が一番にバンドをしようって言って…りみりんを,おたえを,有咲を,さーやも巻き込んで始めたバンドなのに…私が一番出来ていない現実に胸が張り裂けそうになって,苦しくてたまらなくて逃げ出してきた。

 

 ——怖かったんだと…今では分かる

 

 私が巻き込んで始めた事なのに,そうなってしまった私を皆がどう思っているのか分からなくて,分かりたくなくて逃げ出した。

 どーくんはそんな事情知らない筈なのに,私とそんなに話したことない筈なのに寄り添ってくれることが嬉しかった。

 

『…ほら来た』

 

 なんだかニヤリとしたどーくんが,公園の入り口の方へ目を向けると4人の人影が走って来ていて…

 

『みん…な』

『俺の好きな言葉だけど…』

 

 そう言ってどーくんは私の隣から立ち上がってこちらに向いた。

 夕日に照らされた彼の顔が瞼の裏に焼き付いて――ああ,恋しちゃった――って,そう思ったんだ。

 

 ——立ち上がれ 諦めを知らぬが故に拓ける道がある

 

 どーくんはそう言って,有咲たちとすれ違いざまに何かを話して公園を出て行った。

 

 そんな1年前の事を思い出して,私の意識はこっちに戻って来た。

 おたえの調整を終えて,彼は視えていない筈なのに,あの日と変わらない橙色の瞳を真っすぐに私に向けて来た。

 

「次——香澄さん音ください」

「うん!」

 

 どーくんが私達の音を支えてくれることに,胸が跳ねそうなほど感情を感じながら私はギターの弦に手をかけた

 

 

 ☆

 

 

 ライブ前特有の,期待と不安が織り交ざった人々の吐息や小さな声を聴いていよいよだなとどこか不思議な気持ちになりながらイヤモニに触れる。

 そこから音が出る訳じゃない。ましてや香澄さんの声が聴こえる訳じゃない。だけど彼女の温もりはまだ俺の頬に残っていた。

 そうやって俺は自分激励して――目の前のステージを見つめた。

 きっと俺の目の前にはペンライトを抱えている多くのお客さんがいて,一種の聖域になってるんだろうなと思いながらも今日の俺がするべきなのはその聖域を守り抜くことだ。

 そして,その時は来た。箱の空気が変わったのを肌の感覚を通じて知った俺は,そっとPA機器に手を伸ばして――ステージのライトが点灯する音が聴こえると同時に観客が湧いた。

 

「こんばんわーっ!私たち」

「「Poppin'Partyです!」」

 

 簡単な耳に残るメロディーで,全ての視線をきっとステージに集めた5人は今この瞬間誰よりも輝いてるんだろう。

 

「聴いてください,”Happy Happy Party!"」

 

 そうして,香澄さんのはじける声に答えるようにギター組とリズム隊,そして姉ちゃんのキーボードが重なって――ライブが始まった。

 俺はその1音1音,5人の旋律を耳に刻みながら…香澄さんが望んでくれたように彼女達の音楽を真正面から受ける。全部の音がこの会場に駆け巡り,彼女達のハーモニーがこの場にいる人間を包んでいく。

 

 彼女達は…技術的にはまだまだなのかもしれない。けれど,彼女達の真骨頂は技術じゃなくて伝える気持ちにある。

 ただ”楽しい”を伝えるライブは,きっと他のどのバンドにも真似ができない唯一無二だ。

 そして…今それを裏方で支えているのが俺だという事実が,確かな自信に繋がっていくのを感じる。

 

 ——ああ,楽しそうだな

 

 そんな事を,俺は香澄さんの歌声を聴きながら感じて…ライブは大盛況で幕を閉じた




お疲れさまでした!

という訳で,本作品では開始時点から2人は両片思いです。

ヴァンガードを知ってる人なら分かるかもしれない小ネタ,再起の竜神王ドラグヴェーダのフレーバーテキストはポピパにピッタリだと思い導志の口から香澄に送られました。

では,また明日です。大体22時位に出します!

香澄と導志,付き合った後のお話でどれがみたい?

  • 交際後,初デート
  • 2人がそれぞれリサに恋愛を相談する話
  • 2人の期間限定バンドのお話
  • 2人で海と夏祭りに行く話
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