黎明祭2日目,午前中にバンド練習をして午後からやって来たポピパは講堂での出し物を観覧していた。
1つ前のバンドが舞台裏に引っ込んでいき幕が閉まるのを見ながら香澄は満足そうに背を伸ばす。
「んーっ,良かったねあのバンド」
「うん,めーちゃ気持ちよさそうに歌ってた」
ポピパはお昼ごろから講堂の前列近くで講堂の出し物を見ていた。
香澄が導志を近くで見たいという提案の元だったが,実際はあまり焦らなくても席を取ることは無事に出来た。
その事に少し拍子抜けをしながらも,5人は各クラスや吹奏楽部の演奏など楽しむことが出来ていた。
…約1名を除いて
「有咲顔少し青いけど大丈夫?」
沙綾が隣に座っている有咲に目を向けると,あまり集中できていなかったのか有咲が不安を隠し切れないように唇を震わせていた。
それもその筈,10分の休憩後に導志たちのクラスが舞台を始めるのだから。
弟が頑張っているのは知っているが,知っているからこそ不安にもなるという訳だ。彼の抱えている数多くの制約がある事を知っているから余計に。
「だ,大丈夫。大丈夫。」
「有咲大丈夫じゃなさそう」
おたえの遠慮ない言葉が有咲にずしりと刺さる。
普段ならキレのあるツッコミの1つや2つするのだが,それすらもないので重症のようだ。
そんな有咲を心配するように見ていた香澄だったが,少しの異変に気がつき周りを見渡すと…
「あれ,皆どこいくんだろう?」
その言葉に他のメンバーも周りを見ると,ちらほらと見るものは見終わったとでもいうかのようにお客さん達が出ていくのが見えた。
それは言葉を出さずとも,導志たちのクラスは見るに値しないものだと言われているようで香澄は悲しく思った。
「まあ,何を見るかは自由だしな。」
有咲も思う事はあるが,彼ら彼女らの気持ちも分かるので苦言は言わない。
それに,何も悪い事ばかりじゃないのも確かだった。
それには寧ろ講堂に入ってくる人間もいるというのもあったし,その中に見知った人影が多数混ざっていたからだ。
「あ,おーい!」
「ちょ,香澄声でけえ!」
そしてその人影に気がついた香澄が大きく手を振ると,ポピパの周辺で空き始めた席へと人だかりがやって来た。
言うまでも無く,導志に招待状を送られたガールズバンドパーティーのメンバーだった。
流石に全員一緒くたに席に座れた訳ではなかったが,一部の人間が出て言ってくれたおかげで席に座れたとも言い換えられよう。
「香澄先輩こんにちは!」
「香澄さん!」
その中で真っ先に香澄の元にやって来たのは,香澄のファンであるましろと六花だ。
彼女達はメンバーに一言言うと,香澄達の後ろの席へと座ったのだ。
他のメンバーも,途中で合流したバンド仲間達と仲睦まじく会話をしながら席に座っていく。
「なぜあなたは私の隣に座るのかしら?」
ポピパとましろ,六花が話に花を咲かせているのを見ながら,同じく導志の舞台を見に来た白鷺千聖は…なぜか隣に座って来た瀬田薫を微妙な眼で見ていた。
しかし,そんな眼も薫には特に効果が無かった。
「ああ,ハロハピとは少し離れた場所になってしまったね。ここに座らせてもらうよ」
千聖は言われて彼女のバンドメンバーを探すと,少し前でハロハピのこころ,はぐみ,美咲の3人がいるのを確認した。
どうやら前者の2人がなりふり構わず前で席を取ってしまい,それに美咲が保護者として付いて行ったという事なのだろう。
いつもなら薫も混ざっているはずなのだが,どうやら彼女はもう1人のバンドメンバーである松原花音と共に千聖や彩がいる周辺の席に来たらしい。
千聖は薫に向けるものとは違う笑顔で,薫の1つ向こうに座っている花音に微笑みかけた。
「花音,薫と場所交代しない?」
「ふうぇえ,もう舞台始まっちゃうよ?!」
「ああ,儚い」
何だか凄い絵面だなと,それを遠目で見ている有咲は思った。
…けど,千聖と薫は舞台について導志に説いた事がある。
言わば期間限定の導志の師匠だ。
後輩思いのあの2人が,この舞台を見に来ないなんてある訳なかったか。
そうして有咲はぐるりと周囲を見渡し,他の人達がどれだけいてどんな人がいるのかを見て…
(すげーな,ガールズバンドパーティー殆ど集合してんじゃねえか?)
有咲が確認できただけでも,ほぼ揃っていた。
いないのはチュチュ位のもので…否,よく見たらRASのメンバーとは少し離れた所でどこか不機嫌そうに舞台の方を見つめていた。
その隣にはキーボードメイドのパレオがいて,他の所には和奏レイや佐藤ますきもいる。
Afterglowも,Roseliaもパスパレは仕事を終わらせてから来たのだろうか5人いるし,モニカも今か今かと舞台を待っていた。
それに…心なしか更に講堂に入ってきているのはこの学校の生徒だろうか,外からの来校者が減った代わりに元々の生徒が増えているようだ。
もとより文化祭講堂のラストを飾る時間,シフトが終わっている生徒たちなのだろうが…これも昨日導志が宣伝した効果なのだろうか。
「…頑張れよ導志」
これだけの知り合いが自分の弟が出る舞台を見に来るという事にそこはかとない感慨を持ちながら,有咲は小さく弟にエールを送ったのだった。
☆
開演まで残り5分程度,あらかた入場をし終わった観客の入りを見ながら高田は真ん中よりも少し左程度の席に座って舞台を見つめていた。
小さなころから,ある舞台俳優が好きで小学5年生になる頃には舞台について好きであれこれ調べ始めるくらいには,舞台というものが高田は好きだった。
ここであってここじゃない場所で紡がれる物語,フィクションだからこそいろいろできる面白さ…ただ魅せるだけに留まらない何かを自分も作りたくて色んな事に首を突っ込んだ。
その中の1つが中学での演劇だった。
あの時は自分の能力を確かめられる絶好のチャンスだと思っていた。
幼いころから舞台を見て来た自分ならば,たとえ素人集団でも凄い舞台が出来ると思いあがっていた。
だけど…それはたった1人の人間が抱える障害が…否,最終的には自分の愚かさがあの同級生達を狂わせた。
自分が作る舞台で,誰かを貶めるつもりなんて無くて…ただ一緒に舞台を作る人達が楽しいって笑って貰いたかったはずなのに,1人の人間を傷つけ,数多の人間の暴虐性を引き出してしまった。
『害児は来るんじゃねえよ!』
今でも,昨日のことのように思い出せる。
教室へ入った自分の眼に,ここじゃないどこかに眼を向けて本来なら言われる必要のない暴言を吐かれている導志の姿。
彼らの言い分は,導志がいたから自分達は賞を取れなかった。
どのクラスよりも良いものを作ったはずなのに,導志がいるせいで得られるものが得られなかったという。
彼らには導志が”普通”とは違うという偽りの正当性があったのだろう,そこを付けさえすればあとは鬱憤を晴らすだけ…とんでもなく反吐が出た。
(違う…違うんだよお前ら…あれは良い舞台なんかじゃなかったんだ)
本当は当時,そう言いたかった。
そう言って自分が導志の味方をしてあげられたら,きっと何かが変わっていたのかもしれない。
だって実際あの時の舞台は高田ですら認める程に…他のクラスに劣っていたのだ。
当時は自分だって納得出来なくて,両親に撮ってもらった自分達の舞台と他のクラスの舞台を見比べても最初は劣っている所なんてどこもない。
ジャッジである教師陣,そして生徒達の眼が腐っていると…舞台に本気だった高田は思っていた。
だけどある日,導志がクラスメイトにいじめられて,その理由を知った時…頭がスッと冷えて改めてその舞台を見直した。
そうしたらどうだろうか,自分達のクラスは小手先のプロ
そして何より…自分達のクラスはその小手先の技術だけに囚われて必死過ぎるのだ。
演技じゃなくて,ただなぞられたレールを走る事に必死だったんだ。
そんな舞台で…どうやって他の拙いながらも楽しそうに演技をする他クラスに勝てると思っていたのだろうか。
そうして,必死にやってきた事に対する結果が落選…クラスメイト達のほとんどが必死だったことをお互いに知っている。
ただ1人…高田が身を案じ舞台づくりから外された導志を除いて。
これが悪手だったと高田が気がついた時には,既に遅かった。
導志が壊れてしまっていたのを,近くにいながら手を差し出す事が出来ずに高田は見てしまった。
自分が好きだからこそ,良い舞台を作ろうとしたのに…自分が作ろうとした舞台で眼が視えない人の事を真剣に考えなかったからそのつけが回って来たのだと気がついてしまった。
「残り3分で,本日最後の演目。1年A組による舞台を開演いたします。」
高田は静かに目を開けた。
あの文化祭のあと,舞台づくりから離れようと思った。
だけど,小さなころから好きだったものを諦めきれず…自分が虐められるのが怖くて助けられなかった導志を助けるための手段になるかもしれない。
自分にはこれしかないのだとあれこれ言い訳をして,結局自分は専門学校にまで行って――結局導志への贖罪の機会なんて無いのだと諦めた時に今回の舞台が決まった。
滅茶苦茶最低なのは分かっている,彼のトラウマで,彼のトラウマを直そうだなんて虫が良いのは分かっている。
だけど高田には…これしか思いつかなかったのだ。
そしてそんな高田に,当時同じ思いを抱いてくれた神田と園田が動いてくれ…今日に繋がった。
結果はどうなるかなんて分からない。
それでも――彼と向き合う為に作った脚本を,彼が演じる事を楽しみにしている自分もいた。
☆
黎明高校の講堂,もう直ぐ始まる自分のクラスの生徒達が一丸となって作り上げた舞台を…彼らの担任である津島頼一は講堂の後方から見守っていた。
彼はこの学校に赴任し,もう直ぐ10年になる。
私立というのもあるし,彼の先生としての力量は学校側が認めている事もあって何もなければ定年まではいられるだろう。
ただしそのためには,教師としての自分をアップデートし続けなければならない。
今回の事は,津島にとってもいい経験になったと思っている。
もっとも,津島自身が生徒達の助けに慣れたかと言われたら否定はする。
彼がしたのは,練習場所と時間を他のクラスよりも多くとる事だけだったから。
そのための努力は生徒達の実力にほからない。
…しかし,導志たちが認める津島の寄り添いの他に,彼はもう1つ生徒に働きかけていた。
それは今のところ誰にも知る由もない事だが――クラスではなく,舞台後方で見守っている彼の元へ1人の爽やかな男が歩いて来た。
男を見つけると,津島は柔らかい笑みを浮かべ手を挙げる。
津島に会釈しながら近づいた男。
「お久しぶりです,先生」
「そうだな,神楽」
神楽と呼ばれた男はそのまま通路側の椅子へと座る。
後方なだけあって舞台が見えにくく,簡単に座れたのである。
「前はいきなり無理言って悪かったな」
津島が一見すると意味の分からない事を言うが,神楽は勿論何について言われたのか分かっているので聞き返す事も無く首を横に振った。
「いえ,彼は色々な意味で僕の後輩ですし…なによりお世話になった先生の頼みは断れませんよ」
先生と言っている様に,神楽は過去の津島の教え子である。
津島にとって初めての生徒の1人であり,恐らく大成という意味ではこの黎明学園でもかなりの有名人でもある。
少なくとも,最近のテレビや映画などには引っ張りだこで今の彼も素顔のままという訳ではなく一見すると怪しさしかない黒コートにサングラスをして変装している。というか,”やばい奴”と思われる事で変装していると言った方が良いかもしれない。
そして…神楽の言う”彼”とは,津島が演技を本業としている神楽に対してみてあげて欲しいと頼んだ今の生徒である。
もともと津島も,卒業生たちとは定期的に連絡を取っているので,神楽も津島から連絡が来ることは可笑しくないと思っていたが…まさかあんな頼みをされるとは思っていなかった。
『今度,今担当している眼が視えない生徒が舞台の主役をする事になった。今の君と同じプロファイターを目指している子だが,時間がある時に彼を見てあげてくれないか?』
それが津島が神楽に対して頼んだことであった。
大きな仕事が一段落した神楽は喜んでその他の身を快諾,そして…あの日公園で導志を見つけその約束を守ったのである。
元々導志の事を神楽は知っていた。
俳優であると同時に,プロファイターでもある彼は時々奨励会におけるファイトを目にする事があった。
その時,導志を見たのである。
導志は基本的に制服であるので,その制服がかつて自分が通っていた学校の物でもあったし,何より眼が視えないヴァンガードファイターなんて日本中探しても彼以外にいないだろう。
この学校の生徒としても,プロファイターとしても神楽は導志の先輩にあたるのである。
「どうですか導志君は?」
まあ,そうはいってもスケジュールの都合上導志の練習を見ることが出来たのはあの公園の日だけだったのだが,津島の報告によれば,その公園の日が導志にとって舞台の楽しさに気がつく第一歩になった。
それに,偶に津島経由で練習の模様を見ていたが…導志の成長速度は凄まじくそもそもこれ以上自分の助け入らないだろうというのもあったが。
「好調だろう,今朝も良い顔をしていた。寧ろ…ヒロイン役の生徒の方がメンタルに問題ありっぽかったが,市ヶ谷がなんとかしたようだ。」
この場所に来る前には,舞台裏でクラスを見ていたのだが誰もかれも緊張している中…導志は笑っていた。
彼の手を引いてやって来たであろう枳殻も,今朝は苦しそうな顔をしていたのが,何か吹っ切れたのかクラスメイト達を励ましまわっていた。
それを視た津島は,自分がいなくても大丈夫だろうと生徒達に一言言って神楽と待ち合わせたのだから。
「それは良かった。では…見させてもらいましょうか」
そう神楽が言った直後,講堂を照らしていた照明が暗転した
お疲れさまでした。
次回から舞台です!
そして,以前登場した謎の人物Xの正体が姿を現しました。
神楽:5年前から活動を開始した有名俳優。去年の東京国際映画祭俳優部門を受賞したガチの名俳優。そしてヴァンガードのプロ資格も取得しているプロファイターにして黎明学園の卒業生。導志から見れば色々な意味での先輩。津島の教え子である。
では,また次回!
香澄と導志,付き合った後のお話でどれがみたい?
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交際後,初デート
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2人がそれぞれリサに恋愛を相談する話
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2人の期間限定バンドのお話
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2人で海と夏祭りに行く話