自分でも思う,なんてハチャメチャな切り抜け方だと。
幕が静かに閉じるのを聴きながら,俺は相対したXさん…神楽夜翔さんに顔を向けながら思った。
幕が閉じると,俺は知らない内に強張っていた力を抜き…抱きしめたままだった枳殻さんを離した。
「あ…」
ようやく俺が離れたからか,安堵したような声を彼女が漏らすのを感じながら俺は1つため息をつくと,慌てたように園田や神田さんが走って来た。
「導志君大丈夫?!」
「救急箱持って来たぞ」
それを皮切りに,観客を煽る為に講堂にいたクラスメイトや家来役を務めてくれたクラスメイト達が集まって来た。
「大丈夫,多分左側の頭が掠っただけだ。それに,舞台続けるような事を言っちまったから絆創膏とかはまだやめた方が良い。」
「で,でも…血…」
「ガラスを真正面から弾き飛ばされた時よりはきっとマシだよ。それよりも確かめたいんだが…遺跡のオブジェどうなった?」
遺跡の仕掛けは,クラス全員が考えたこの舞台において衣装を除いた唯一のリアル道具。
仕掛けはぶっちゃけ俺はどうなのか知らないが,それでもこの遺跡が完成した時のクラスの盛り上がり方から見て相当なものだ。
けど,あの時俺が助けられる余裕があったのは枳殻さんだけ。
遺跡を背にした枳殻さんと,照明が落ちたのは多分その間。
否,遺跡の方が高さがあるしあの音の感じ,遺跡にぶつかって枳殻さんに落ちた感じだから…
俺の不安が外れることを祈ったが,どうやら意味のない事だった。
「その…壊れてる」
言いにくそうに,でも言わなければならない使命感のようなものを感じながら神田さんが口にした。
半ば予想通りだったけれど,改めて言われると現実を突きつけられる。
あの遺跡の仕掛けは,舞台のクライマックスに必要なものだった。
このクラスの技術系生徒が必死に作ってくれたもので,台本もそれを前提としたものであれがなければ破綻する。
「治せるか?」
俺は神田さんじゃなくて,これを作るのを任せた春賀をリーダーとした作成班に尋ねた。
彼らは既に検分した後なのか,微妙な言葉を続けた。
「治せるとは…思う。中とがわが損傷しただけだから,予備の素材を使えば治せるけど…最低でも20分は必要だ」
だけど,おれはその言葉を聴けただけで少し安心した。
最低20分,だったらおあつらえ向きの布石は既に打っていた。…いやまあ,事故みたいなものだけど。
ただ,ここから20分ともなればどうやっても俺達のクラスの持ち時間が消える。
「津島先生,いますか」
「いるぞ,市ヶ谷。」
本番前までには,どこかに行った気配がしていた津島先生の声が再び聴こえ取り合えず交渉は出来そうだ。
「落ちてきたのは学校が整備損ねた照明ですよね?」
「ちょっとずる賢くなったな。」
この問だけで,俺が何を期待しているのか察してくれる先生の観察眼にニヤリとする笑みを浮かべながら,あくまでもこっちは被害者面で言い切った。
「当然の権利ですよ,文化祭の実行委員,学校側にこの舞台の時間を延ばせって言うのは。」
「うわー…2カ月位前の導志君に聴かせてあげたいそのセリフ」
俺の図々しいお願いに,北村学級委員長が呆れているのか唖然としているのか分からないがそんな事を言ってくる。
正直俺も二カ月前の,舞台から全力逃避していた時にこんなセリフを未来で言ったと言ったらどんな反応するのか分からん。
けど,少なくともこれが今の俺の考えだ…この舞台を最後までやりきりたい。
誰かの為じゃない,自分の為に。
「分かった,ちょうどおいでなすったしな」
そう言って慌てて舞台裏に来たであろう学校側か文化祭実行委員の生徒達に向けて事情を説明する為に先生の気配が遠ざかった。
そこでようやく俺達は,この危機を脱する為に手を貸してくれた人に面を向ける事が出来た。
「えっと…神楽さん,あの時も…今も助けてくれてありがとうございます。」
「うん,アドリブ中々に良かったよ。」
「…って!え,導志なんで神楽夜翔さんと知り合いなんだよ?!」
俺も彼の名前を聴いた後から思い出したが,彼はこの学校の出身でありめちゃ有名人だ。
少なくとも,テレビを余り見ない人でも名前だけは知っているくらいのレア度だ。
まあ,俺は名前と彼の実績位しか知らなかったから声を聴いても誰なのか分からなかったのだが。
さて,園田の疑問にどう答えようかと思ったけれど…神楽さんが応えてくれた。
「以前,導志君が公園で演技の練習をしている時に手伝った事があるんだ。…まあ,元々頼まれて彼の演技を見る予定はあったのだけどね」
「え,それは初耳」
さらっと明かされた事実に少し呆然としたが…よく考えたらさっき津島先生,神楽さんがいることに驚いていなかったな。
先生確か10年以上はこの学校にいるって言っていたから…もしかしてだけど,頼んだっていうのは津島先生だったりするんだろうか。
だとしたらどんなに人が良いんだあの先生。
だけど,助けてくれたことに付け込んで俺は要求を少し重ねてみた。
「じゃあ…ここに来てくれたって事は,まだ手を貸してもらえるって事ですよね」
「ふっ,良いだろう。」
「あ,なんか悪役ムーヴになった」
神田さん辺りがなんか言っているが,この人自分で悪役選んだのだからある意味間違ってない。
俺は春賀達小道具班に聞いた。
「春賀達…出来るか?」
「この流れで出来ないなんて言えねえだろ…やると決めた以上やるぞ。な,お前ら」
春賀はそう言うと,待機していた他の小道具係の生徒達も”おう”と応える。
意見がまとまったのを感じた園田が,改めてと宣言した。
「よし,じゃあ小道具班と導志,枳殻さん以外の手が空いている人間は遺跡の修復をするぞ」
「うん!」
「予備の素材は教室だ,最低でも幕開けまでに誰かもって来てほしい!」
園田の一声によって生徒達が動き始めた。
津島先生も無事その後学校側への説得をこなし,神楽さんパワーもあって無事に舞台の延長が認められた。
延長したおかげで終わった瞬間に閉会式,後夜祭だが背に腹は代えられない。
俺は自分が使う小道具として持って来たデッキを手に取り,先に舞台裏から引っ張って来た机で待機した神楽さんの元へと歩いて行く。
神楽さんの所では,準備として深川君が即興で作った生中継装置…まあ,スマホとパソコンを繋いでプロジェクターに盤面を映すためのものをセッティングしてくれている。
…いや,こんな短い時間で,それも在り合わせの物だけでそれ作れるって器用ってレベルじゃないよな。
「はい,これで目の前のプロジェクターと講堂の他の所にもあるプロジェクターに連携出来たよ」
「ありがとう,深川君。こうしないと観客が何をやっているのか分からないからな」
「ううん,なんだかすごい事になったね。」
「俺にとっては園田に引きずりだされた時から凄い事だから,なんかもう驚かない。」
俺の言葉を聴いた深川君が”あはは”と,笑っているようで笑っていない笑みを浮かべているのが想像出来たが,俺にとっては真面目にそんな感じだ。
「でも,あんな状況になったのに…君は凄い冷静だったね。ていうか,君はどうして照明が落ちてきているって分かったんだい?」
それはさっきクラスメイトで集まっていた時にも聞かれなかった話題,さっきは純粋にこの後の事に手がいっぱいで俺がどうして照明落下に気がついたのかは二の次になっていたからだろう。
少し落ち着いたこの場で彼がそれを聴いてくることは,割と予想の範囲内だった。
「そりゃあ,これまでの練習やリハで一度も割り込んできたことがない音階の音が聴こえたら何かあると思うだろ。」
「…そんな些細な音の違いまで分かるの?」
「そりゃ俺には耳しかないからな,それ位出来ないと1人の時冗談じゃなく死んでる。」
あの時,不吉な音がした時に身体が動いたのはもう癖みたいなものだ。
ただし,あの時は枳殻さんを助ける為だったけどな。
ついでに言うと,演技中は全ての方向の音をあてにしないといけない俺が上からの音に気がつくのも,ある意味必然だったかもしれない。
――少し,耳に違和感は正直残っているけれど。
深川君が舞台裏に戻って,舞台上には俺と神楽さん…俺の背後に控えるように枳殻さんだけが残る。
もう直ぐ幕開け,幕の向こう側の観客の数は…どういう訳か増えている。
姉ちゃんや香澄さん達に心配をかけたままだけど,まあ元気な姿は今から見せられる。
デッキをシャッフルし,山札から5枚手札に取りお互いに手札を交換する作業をしながら,俺は彼に問いかけた。
「ファイトする前に聴いても良いですか?」
「なんだい?」
「…多分,津島先生に俺を見てくれって頼まれていたんですよね?」
「名探偵だな君は,その通りだよ。先生は俺の在学中の担任だったんだ。…俺が役者として道を進もうと決められたのは先生のおかげだ。」
「あの人何もんなんだよ。…じゃあ,俺達を助けてくれたのは津島先生の為ですか?」
別に彼を責める気はない微塵も無い,純粋に戸惑ったが故の言葉だ。
例え俺と彼に接点が,一時期な師弟関係とはいえ彼が俺達を助ける義理はない筈だ。
だけど,先生への恩返しともなればその理由としては何もなかったんだが…彼の返事は俺には意外でありながら,この文化祭期間中何度も聞いた言葉だった。
「ん?いや,先生への義理は君へのアドバイスで果たしたつもりだからそれはないよ。僕が君達の舞台に入ったのは,あのままじゃもったいないと思ったのと…眼が視えないながらもあそこまで演技きった君に敬意を表してだ」
「…おれ?」
「そう,君だ。以前私は君に言ったね。人の頼み,予想,期待を背負い続けたらそれは人形と一緒だと。」
確かに言われた,あの答えを俺は得た訳でもないけれど…でも,クラスの期待には応えたいと考えた。
だから慣れない演技なんて必死に練習し,舞台でのやり方まで確立しやって来た。
「前の君は他者の為に自己犠牲するきらいがあった。いや,それは多分今もそれほど変わっていないだろう。だけど同時に君は自分の思いを口に出せるようになった。誰かの期待からの言葉じゃない,自分の意志から出た言葉だ。」
そう正面切って言われると,”本当にそうなのか”と思ってしまって口ごもる。
自分が変わっているかなんて正直分からない,変わると一目で分かる訳でもないし自分の事は自分が一番分からない。
ただ,俺はこれだけ準備したのに結果を残せない事が嫌だと思っただけだから…その中に皆と過ごした時間もあるから。
たかが照明が落ちた程度で終わらせたくなかったんだ。
けれど彼はそれでいいという。
「自分の意志で誰かに応えたい,そう思えるのなら人形なんかじゃない。今回助けたのはそうだな…教えた生徒が世界に羽ばたく祝いのようなものだ」
そう言って,輝く笑顔で笑っているのがイメージ出来た。
先生も先生だが,生徒も生徒だな。
誰かが頑張っているのには応えられずにはいられない,人の好さがこれでもかと伝わって来る。
だから…誰かがついて行きたくなる,そう言う事なのかもな。
「準備出来た,幕開けます!」
そこまで話した時,園田の緊迫とした声が聴こえ俺は瞼を開けた。
当然,その先に光はない。
だけど灯はあった。
消させたくない灯が,だから…それを守るために俺は――
「神楽さん,対戦,よろしくお願いいたします」
そう言って幕が開けきらない内に一礼する。
「ああ,こちらこそよろしく。手加減はなしだ,舞台を成功させたいのなら勝ちに来い」
「当然,勝ちに行く」
舞台を成功云々も,確かにこのファイトの目的だ。
遺跡の聖遺物の修復までの時間稼ぎ,だけどファイトの勝敗によって展開変わるなんて全く考えていない。
ただ俺が勝った後の展開しか皆考えられていない。
だからここからは未知の領域,台本無しの出たとこ勝負。
例え相手が,現役のプロファイター,今の俺にとっての格上だったとしても…負ける気なんて微塵も無い。
幕が開けた瞬間,観客席からの圧と歓声が凄まじいものに変わっているのが分かったが…もう既に俺は神楽さんに意識を割いて半ば歓声を聴いていなかった。
今からの全身全霊,ファイターとして…勝つ。
「君が負けたら君が,私が負けたら私がこの世界から消える。さあ,君と私の因果は世界に繋がれた!この札遊び,既に遊びではない!刀に変わって行う命のやり取り…覚悟は良いか,猩々童子!」
「刀じゃなかろうが,この儂に”勝負”を挑んだ時点で貴様の敗北としれ,アンドロルド!」
既に,俺達が幕の内側でファイトの準備をしている間ナレーション役の北村さんが講堂の舞台以外のプロジェクターを使って簡単にヴァンガードの説明をしてくれたが,正直ついてくる人間がどれくらいいるのか分からない。
だから大事なのは,この勝負の決着の仕方。
あとはノリと勢いだけでヴァンガードが”楽しい”ものだと分からせるしかない。
演劇を混ぜたヴァンガードなんて初めてだが,でも…楽しみにしている自分もいた。
「それでは,始めようか。この物語の命運をかけた戦いを!」
「ああ。」
そうして,俺は自分のファーストヴァンガードに触れた。
向こうも自分のファーストヴァンガードに手を触れたのが聴こえた時…示し合わせた訳でもないのに一緒に叫んだ。
「「スタンドアップ」」
「THE!」
「「ヴァンガード!」」
俺と神楽さんによる,即興劇ヴァンガードファイトが始まったのだった。
お疲れさまでした!
前回予告したように,次回は導志VS神楽のファイト回です。神楽が何のデッキを使うのか,もう普通に名前を出してしまっていますが,それ含めてファイト展開がどうなるのかを楽しみにしてもらえたら嬉しいです。
現役プロに,導志はどのように挑んでいくのか。
では!
香澄と導志,付き合った後のお話でどれがみたい?
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交際後,初デート
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2人がそれぞれリサに恋愛を相談する話
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2人の期間限定バンドのお話
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2人で海と夏祭りに行く話