星の鼓動に闇は閃く   作:レオ2

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という訳で,フルファイト回です!
あらすじの所でも書いていたと思いますがめっちゃ長いです。
分割しようか悩みましたが,1話でやろうと思いますので3万字位あります。自分でキリの良い所で休憩しながら見てくれたら嬉しいです。

では,開演前の有咲たちの様子からです!


理想の刃

 あれはどう見ても事故だと,有咲は思いながら幕を閉じた後の舞台へ目を向けながら今にも導志の安否を確かめようと飛び出ようとする香澄を抑えていた。

 台詞の途中で,何かに気がついた導志…最初観た時は台本を忘れてしまったのかと思ったが彼はヒロイン役の生徒に向けて駆け出し落下する照明から守り…額に怪我をした。

 その時の有咲も大概だったが,香澄の悲鳴も痛々しくて逆に有咲は冷静になれた。

 

「どーくん…大丈夫かな」

 

 押さえつけ幕が閉まる事数分,ようやく香澄は落ち着きを取り戻し不安気に呟いた。

 

「分かんねえけど,今はクラスの人達に任せよう。それに…舞台は何とか続けられそうだしな」

 

 幕が閉まる前の乱入者,アンドロルドを名乗る男によって物語は急展開を迎えていた。

 2人のアドリブによって一応幕が閉まるまでの時間を稼いで,幕が閉まってしまったが…この後どうするのだろうかと考える。

 この舞台で唯一凝っていると思った遺跡の聖遺物のセットが破損していた事が,この物語にどれほどの影響を与えるのか分からないが…それでも間違いなく窮地だろう。

 

「ねえ,なんか人増えていない?」

 

 そこで沙綾が気がついたように,講堂に来ている人間の数が増えていると言うと…確かに講堂の出入り口には舞台が始まる前の観客の数よりも多い人影が存在した。

 その中の声を探ると

 

「神楽様が来てるってホント?!」

「神楽様~!」

 

 どうやら,導志達の舞台に乱入…ではなく助けに入った神楽夜翔のファンたちだ。

 神楽は元々この学校の出身であり,肩書としては超人気俳優でもあるので彼のファンが沢山校内にいるのは分かるが…元々いた観客10とすると15位に増えていて有名人パワー凄いと思っていたらたえがメンバーに聞いた。

 

「さっきの人,誰?」

「おたえちゃん知らないの?去年の東京国際映画祭主演男優賞に選ばれた神楽夜翔さん,元々舞台俳優だったんだけれど今は色んな映画やドラマに引っ張りだこの俳優さんなんだよ」

「ついでに言うなら,数多の大会で優勝を果たしている人形師って言われているプロヴァンガードファイターだ。俳優業を通してヴァンガードの広報活動もしている…今の導志には格上の相手だ」

 

 たえは有咲の憂いた表情を見ながら舞台へと目を向ける。

 本当は有咲も舞台の方に駆け寄りたいと,沙綾やりみも分かっているがここは黎明学園だ。

 自分達はお客さんで,今導志に何か出来るのは彼等のクラスメイトだけ…ここで自分達が出来るのは彼が無事であることを祈る事だけだろう。

 

「大丈夫かな,導志君」

 

 別の場所ではリサが心配気に舞台を見つめていた。

 彼女にとって導志は有咲と一緒に面倒を見たこともある弟のような存在,心配になるのも無理はなかった。ここまでが絶好調だったのだから…唐突に降って来た神様の悪戯に思う事もあった。

 

「彼なら大丈夫でしょう,上手くアドリブも利かせていたのだから」

 

 そんなリサを元気づかせるように…という訳ではないが,友希那は導志が無事であることを確信していた。

 それは純粋に導志という人間性を考え,さっきのアドリブも即興だった割にはきちんと話として繋がれていたからだ。

 導志がこの舞台を終わらせたくないが故の,気概の演技だと彼女には分かっていたからだ。

 

「そうだけど…」

「私達がここで何を言っても始まりません,今は彼を信じておきましょう」

 

 普段は元気づかせる側のリサが不安になってしまうほど,先程の事故は凄まじい衝撃であり,不安気にしているリサを見る方が却って紗夜や友希那は冷静になったのである。

 紗夜の言葉に,リサも友希那も,キーボードの白金燐子とドラムの宇田川あこも舞台に眼を向ける。

 

 また別の場所では千聖が厳し気な表情を見せながら舞台へ目を向けていた。一緒にいる彩や花音は顔を青くして千聖と薫を挟んで心配している。

 

「導志君,大丈夫だよね?」

「ふええ,頭にぶつけてたよね?」

「ええ,遠目からでは詳しく分からないけど…動けなくなるほどのものじゃないみたいね。」

 

 言いながら千聖は隣の薫を見ると,彼女も流石に照明が落ちてくるアクシデントは経験したことがない。

 いつもならシェイクスピアから何か言っている頃合いにも拘らず,心配気に幕が閉じた舞台を見つめていた。

 千聖も普段ならそんな薫を見たらなにか一言言うのだが,彼女が心配している事は自分とて同じ。

 口には出さず,前の席にいるハロハピを見ると今にも舞台に行きそうなこころとはぐみを美咲が必死に抑えている様子を見て苦笑した。

 

(それにしても,神楽夜翔が来ていたなんて…導志君が以前言っていたのは彼の事だったのね)

 

 以前,導志へ演技の指導をした時に彼の足運びに疑問を抱いた千聖は,彼に尋ねた。

 不自然じゃないし,寧ろキャラクター的にはピッタリな足運びだが自分で気がついたのかと。

 しかし,導志はそれに首を横に振り以前自分が舞台で状況把握をする為にどうすればいいのかを教えてくれた人がいたと。

 

(なるほど,確かに彼なら導志君にやり方を教えられたかもしれないわね)

 

 以前,神楽は連続ドラマで目の見えない主人公役を演じていた事がある。

 別にそれだけなら見えていても出来るのだが,彼の役は特殊で普段から眼を隠しているという謎のキャラクターとして成立させていた。

 その時の経験がそのまま導志へと受け継がれたのだろう。最も,それも導志の超人じみた聴覚と状況判断能力がなせる業だが。

 

 しかし,ここからどう場を持たせるのだろうか。

 ぶっちゃけて言うと,千聖は台本を見たからこの後どうなるのか自体は覚えている。

 そして,クライマックスではあの遺跡のセットが真価を発揮する予定だったが…どう見ても外面は破損してしまっていた。

 当然だ,自由落下する照明に対する頑丈さなんて計算できないだろう。

 

「…!」

 

 そこで動きがあった。

 沈黙を貫いていた幕の中から,1人の女生徒が出てきた。

 彼女はナレーションを務めている生徒で,物語序盤にも出て来た。

 いよいよ舞台が再開する,どうやって物語を進めるのか疑問を感じていた千聖は舞台へと目を向ける。

 

「猩々童子の目の前に現れた真の敵,人形師アンドロルドは自らと猩々童子の魂を賭けた札遊びを用いた儀式を行う事になりました。お互いに物理的に倒せない者同士,彼らは自らの一札に全てを託すのです。」

 

 そうすると,舞台以外に存在したプロジェクターが起動し始め後方の観客達にも見えるようにヴァンガードの基本的なルール…すなわち,ダメージが6点になると敗北するというシンプルなルールを伝えるものだ。

 本当は細かいルールも存在するが,それをここで一気に伝えてしまったらお客さんがパンクするだけだと思ったのだろう。

 

 それに,ヴァンガードはプロの世界も存在する大人気カードゲームだ。

 神楽もプロファイターであり,その彼のファンであれば多少はルールを知っているだろうという希望的観測も入っている。

 だが,これが彼等に出来る精一杯…あとは

 

(彼ら次第,ということね)

 

 ナレーターが一礼し,幕の中へ入るとけたたましいブザーと共に幕が開けた。

 その瞬間,プロジェクターの映像が変わり映ったのは幕が開けた先にある2人の間にあるテーブルの映像…ヴァンガードファイトの盤面だった。

 導志の後ろには,タマユラ役の枳殻も猩々童子を見守るように立っていた。

 

「…っ」

 

 香澄は導志の姿を見て,息を小さく吸い込み,次第に安堵したように息を吐いた。

 彼は無事だった事に,ちゃんと自分の足で立って目の前の相手を見据えている事に心底安心したのである。

 

「ほんとにヴァンガードに繋げてきやがった…」

 

 その隣では,香澄と同じように安堵した有咲が幕が閉まる前のアドリブでヴァンガードを絡めたことを思い出し…本当に繋げてくることに唖然としてしまっていた。

 しかし,ある意味これで良かったのかもしれないと…”ファイター”の顔になっている導志を見て思った。

 神楽も導志も,いわゆる悪い顔をして見合ってお互いのファーストヴァンガードに手を触れていた。

 

 「君が負けたら君が,私が負けたら私がこの世界から消える。さあ,君と私の因果は世界に繋がれた!この札遊び,既に遊びではない!刀に変わって行う命のやり取り…覚悟は良いか,猩々童子!」

「刀じゃなかろうが,この儂に”勝負”を挑んだ時点で貴様の敗北としれ,アンドロルド!」

 

 ここも当然アドリブなのだろうが,2人の熱量によりアドリブだなんて思えない位の臨場感が存在した。

 

「それでは,始めようか。この物語の命運をかけた戦いを!」

「ああ。」

 

 開戦の合図は――

 

「「スタンドアップ」」

 

「THE!」

 

「「ヴァンガード!」」

 

 お互いのファーストヴァンガードが開かれた。

 それにより,映像もリアルタイムで進んで香澄達も盤面を見る事が出来た。

 

「ダイアフルドール とにあ」

「吐酒なお辞せず 忍鬼 猩々童子」

 

 いきなりの展開に観客たちは戸惑いの声があがるが,導志はここで自分達がその声を聴いてはダメだと,この勢いのまま観客をこのファイトに釘付けにする…そう言う気概で神楽を見据える。

 神楽はそんな導志をにっと見つめ,ファイトの口火を切った。

 

「私のターン,手札よりダイアフルドールぷろゔぃでんつぁを捨て,ダイアフルドールせれねらへライド。エネルギージェネレーターをセットし,ターンエンド」

 

 ——本当に神楽様よ

 ——美しい

 

 幕が閉まっている間に学校の情報網に神楽の出演が拡散され,途中でやって来た生徒達はどこかうっとりしたかのように舞台を見つめていた。

 そんな彼女達の声が聴こえたのかは定かではないが,神楽はその観客達へ小さくウインクしてみせた。

 

 ——きゃああああ!!

 

 一瞬,導志は真面目に耳がぶっ壊れるかと思う位に黄色い悲鳴が講堂へ響き渡った。

 完全にアウェーな雰囲気になってしまったが,導志は1つ深呼吸をして…

 

「儂のターン。手札から一枚捨て,桜花爛漫 忍鬼 猩々童子にライド。エネルギージェネレーターをセットし,エネルギーチャージ。」

 

 そして後攻によるスキルで一枚手札に加えた導志は,ライドした猩々童子のスキルにより山札から1枚をソウルに,1枚をバインドゾーンへと置く。

 山札から5枚触れた導志は,その中の2枚のカードを触って小さく頷く。

 

「よし,忍鬼アンプレセデンをバインドし,忍竜ツクヨダチをソウルに入れる。ツクヨダチのスキル,このカードが山札かリアガードからソウルに置かれた時,自身をバインドしソウルチャージ」

 

 この2枚は,導志のデッキのアタッカーを担っている。この2枚が盤面に出ているというだけでこれからの動きも大分楽になるというもの。

 しかし,相手はプロファイター。そうできなければあっと言う間に劣性を強いられてしまう。

 

(どうする…)

 

 導志はスリーブに貼っているシールの手触りからカードを判別し一瞬思考した。

 ここは手札を温存し,攻勢に転じる時までため込むか,それとも…

 そして決めたのか,カードを2枚手に取りリアガードへコールする。

 ダメージ側前列に忍妖フォークテイル,デッキ側前列に鎖道の忍鬼カゲチカ。

 カゲチカの登場時スキルによってソウルを増やしながら,導志は攻撃をする。

 

「フォークテイルでアタック!」

「ノーガード,ダメージチェック…スチームスカラーサルゴン。」

「ヴァンガードでアタック!」

「ダイアフルドールあれっさんどらでガード。」

「チェックザドライブ,ノートリガー。まだだ,カゲチカのアタック!」

「ノーガード,…リキューザルヘイトドラゴン」

 

 神楽はチェックで出たカードを口に出す事で,導志へ盤面の情報を与えると同時に観客への状況説明も同時に行っていた。

 導志のターンを終え,帰って来たターンを前に神楽は不敵に笑う。

 

「良いのか,そんなに手札を使って。」

「はっ,6点先に与えたら勝ちなんだ。先手必勝だろ」

「それは確かに,しかし…それが功を奏るのかは別問題だ。私のターン,ドロー」

 

 そして手札を1枚捨て,新たなヴァンガードへとライドする。

 目まぐるしく変化するファイトを,香澄は不安気に見つめていた。

 正確に言うなら導志をだ。

 

「今,どーくんが勝ってるよね?」

 

 導志の2ターン目が終わり,次は神楽のターンを前に香澄は有咲へ現在の優勢を問いかける。

 有咲はプロジェクターに映る盤面を見ながら渋い顔をしていていた。

 ダメージは導志が1点,神楽も導志のターンにヒールトリガーを引いた事で3点に抑えている。

 

「ダメージではな,けれど」

「そう…だよね,最初に攻めたから手札が薄い。」

 

 有咲の懸念点を沙綾が引き継ぎ言った。

 沙綾の言うように,導志が速攻を仕掛けダメ―ジ自体は彼の優勢だ。

 しかし,その代償に導志の手札は薄い。

 それでもスキルによって4枚はあるが,これからのターンで更に削られるかもしれない。

 

「それに,次は相手のエースカードだ。まだどうなるか分かんねえ」

 

 香澄はそう聞いて,再び舞台へと目を向ける。

 彼らはファイトしているが,同時に舞台に役者である。

 淡々とファイトをしているだけでは,演劇として成り立たない…それを感じたのかは分からないが神楽は悪役ムーヴを噛ましながら導志へと問いかけた。

 

「君は人間が永遠の存在になる事をどう思っている?」

「邪神が降臨した後の話かそれは」

 

 言われて香澄は思い出す,当初は確かに邪神の復活は世界を永遠の存在として昇華し支配する事だった筈だ。

 この問は,物語の話を広げると同時にさらっと導志のアドリブ力が試されている。

 

「そう,邪神様が降臨すれば世界が終わる…と君は思っているかもしれない。しかし,逆なのだよ。」

「なに…?」

「邪神様の言う永遠はある意味恒久的な平和だ,怪我はせず,病気にはかからず夢の中で君達は平和に過ごす事が出来るというのが真実だ。」

 

 否,導志はこの問をされた時点で彼の問の真意に気がついていた。

 もちろんこれが神楽のアドリブで,そんな設定が当初からあった訳じゃないからというのもある。

 しかし,それ以外の設定も無かったので神楽も遠慮なく使ったのだろう。

 そして,彼の言葉は――猩々童子じゃない,導志自身に向けられているものだ理解した。

 

 確かに,そう言う設定の元であれば…もしもそんな事が可能であるならば,導志は自分の眼が視えないなんてハンデを背負う事も無く生きて行けるのだろう。

 これまでの苦労や苦しみ,悲しみが全てなかったことになる世界なのだから…もしもそんな世界が本当にあるならば,導志はどうするのだと聞いて来たのだ。

 

「私はこれでも人間愛者でね,一目置く人間達には幸せになってもらいたいと思っている」

「…それで,貴様にとってのその方法はまさか自分のように人形にすること…とか言わないよな?」

 

 だが,導志は敢えて気がつかないふりをしてそんな事を言ってみる。

 

「そうだとも,老いることなく,常に全盛期でありながら死ぬことも無い。死を怯えて待つ脆弱な存在を遥かに超越した存在だ。そう言う存在になれるのであれば,それは幸せなことだと思わないか?」

 

 有咲は…何となくこの問の意味が演技じゃなく,本気で導志へ問いかけられているように感じていた。

 これが演技だと分かっている筈なのに,どうしてか有咲は眼を背ける事が出来なかった。

 だって,もしも導志がそんな世界があればいいなんて言ったら――それは,導志自身があの日有咲を助けたことを後悔していることの表れなのだから。

 だが――

 

「幸せだと?それはない。」

 

 導志は…猩々童子の仮面を被った導志は神楽の問へ迷う事も無く力強く即答した。

 ハッと有咲が彼を見ると,眉間に皺を寄せながら神楽へ向いていて,神楽も即答されるとは思っていなかったのか目を丸くして彼を見返していた。

 この問いかけも舞台の1つ,相手の言い分を認める事は物語的に論外だが…神楽側の世界図も人形にして永遠の存在にするという1点を除けば理想郷のそれだ。

 ましてや,導志自身は眼が視えないハンデでこれまで様々な被害を受けてきたはずだ。

 それなのに…眼が視えくなるどころか健康体で過ごせる世界の存在を…彼はきっぱりと否定したのだ。

 

「ほう,なぜだ?」

「貴様の言う永遠の世界,それは幸福でもなんでもない。ただ人々の歩みを止め,成長する事をさせない独裁国家だ。」

「しかし,成長と引き換えに苦しまずに済むのであればそちらの方がよっぽど優れている世界とは思わないかな」

 

 香澄は,このある意味哲学らしい問いかけに真っ先に嫌だと感じた。

 だって何も変わらない世界…なんてつまらない。

 

「苦しんで悩み,自らの枷を自覚しても尚自らの思い通りにならない世界。それは息苦しいだろう?」

 

 努力する事の全てが報われるわけじゃない,どんなに頑張ったこと自体が偉いとか言われても結局欲しかったものが手に入らないのであればそれは息苦しいのだろう。

 導志も,そんなことなんていくらでもあった。

 眼が視えなくなってからの日々,全てが自分の思い通りになった事なんて一度も無い。

 それでも…

 

「かもしれない。だけど,その息苦しさこそが本当に”生きている”証でもある。」

「…。」

「頑張った事の全てが報われるわけじゃない,時には自分の力だけじゃどうしようもない理不尽によって膝を折ってしまうかもしれない。それでも…儂は変わらない事よりも変わる世界にいたい。」

 

 そう言いながら,彼は自分のヴァンガードに触れる。

 何も変わらない世界で,きっと自分はヴァンガードに出会わなかった。

 悠馬と出会う事も無く,ただ平穏にいきていただろう。

 自分の目標を,今胸張ることが出来る夢を持てたのは…眼が視えなくなったからこそのものだった。

 例え”永遠”の世界があるのだとして,その世界に変わる事があるのだとしても――

 

「もしもの話なんて儂には必要ない,今この瞬間,血肉が躍る魂こそが儂の生きる世界だ!」

 

 それは自分のこれまでを否定しない言葉,眼が視えなくなり色々なことが出来なくなった。

 まともに歩けなくなったし,障害物をよける事も出来ないし,挙句の果てに人に迷惑をかけてしまう事だってざらにある。

 それでも…こうなってしまったからこそ得たものがあった。

 ヴァンガード,クラスメイト達,ガールズバンドパーティーの人達…そして香澄。

 もしかしたらいくらかは眼が視えなくても得たかもしれない。

 だけど,それこそもしもの話だ。

 今,この瞬間こそが自分の生きる世界であり,故に自分はこの世界を守るという。

 

 神楽はそんな導志の答えを,小さく嬉しそうに笑い口の端をつりあげた。

 

「ならばこの命運を賭けたファイトで君に絶望を与えてあげよう。君が泣いて永遠を望むほどの絶望を!私のターン!」

 

 神楽は手札から1枚捨て,ライドデッキ最後の1枚へ手を伸ばす。

 彼の空気が変わった事を感じ取った導志は,手札を握りしめる。

 

「静寂よ、喝采の幕を引け。舞台の主役はただ一人――ライド!ダイアフルドール・マスター アンドロルド!」

 

 導志のイメージする世界,自らに相対するように現れた1人の男,黒と深緑を基調とした紳士服でありながらも,纏う雰囲気は冷たくそれが却って美しさを際立たせる。

 その左手には異様な形のステッキが握られていて,彼の背後には控えるように女性が…否,女性の人形たちがいた。

 

(来た,神楽夜翔のエースカード。)

「さあ,めくるめく人形劇の開演だ。絶望の世界を演じようじゃないか!」

(っ,当たり前だが展開してきた)

 

 神楽はライドラインのスキルと,アンドロルドのスキルにより場面を全面展開を繰り広げる。

 アンドルドのスキルは,相手のヴァンガードのグレード枚数によりソウルからコールできるという極めてシンプルなもの。

 だが,ソウルからのコールにより序盤のガードで失った手札をほぼ使わずに盤面を揃えるというものだ。

 更に,それぞれのダイアフルドールのスキルを使い手札の枚数を使わずに準備を整えた。

 

「行くぞ,ぷろゔぃでんつぁでアタック!」

「インターセプト!」

「ぷろゔぃでんつぁのスキル,アタック終了時自身をソウルに入れソウルから別のワーカロイドをコール。りべらーたをコール,スキルによりドロップからソウルに!」

 

 さらっと次のターンの準備を進めながら,本命の攻撃へと移る。

 

「作り上げるは混沌の舞台,悲鳴響かせ膝を折るが良い。アンドロルドで猩々童子にアタック!」

「ノーガード!」

「ドライブチェック,アンドロルド,セカンドチェック…ゲット,フロントトリガー!前列のパワープラス1万!」

「くっ,チェックザダメージ…ノートリガー」

 

 導志のダメージゾーンに2点目が置かれる。

 

「りべらーたのアタック!」

(フロントで前列のパワーラインが上がっている。これ以上,手札を削る訳にはいかない。)

 

 残り5枚の手札を握りしめる。手札にあるカードはこの後の攻撃,そして本当に大事な時の為に取っておきたいカードだ。

 

「ノーガード,チェックザダメージ…ノートリガー」

「りべらーたのスキル,自身をバインドし1枚ドロー。ブーストを付けたたるくうぃにあでアタック,スキルによりパワープラス1万!」

「…っ,ノーガード!」

 

 そうして導志に4点目のダメージが置かれる。

 神楽はその後スキルの使用によりたるくうぃにあと,ブーストをしたぺらぎあをバインドゾーンへ飛ばし盤面を開けた。

 一見すると自分で作った盤面を自分で潰したわけだが,彼のデッキはこれこそが伏線である。

 

「ターンエンド」

(…強い,無駄のないカード回しで手札をほとんど使わず,むしろ増やしながら連続4回攻撃。フロントを捲るタイミングも上手い)

 

 そのおかげで1点だったダメージは4点に,自分が速攻をしかけたおかげで神楽はコストを使う事が出来てここまで追い詰めることになったとも言い換えられる訳だ。

 だが,導志は速攻を仕掛けたこと自体は後悔していない。

 それには色々理由があるが…その理由が意味を持つのかはこのターンにかかっている。

 

「追い詰められているね,これでもまだ戦うというのかい?」

 

 盤面に眼を向けていた導志はかけられた声に顔を上げる。

 それはどこか嘲笑的で,挑戦的な声でもあった。

 確かに,場面だけを見るのなら導志は追い詰められているのだろう。あと2点受ければ敗北,別にマジな魂を賭けている訳でもないから敗北する事自体にはデメリットはない。せいぜいがこの後の舞台進行に難がある事くらいだろう。

 だが,それは大団円ではない。

 そして何より,ヴァンガードで負ける事なんて考えることすらもしていない。

 

「愚問だな,ようやく身体があったまってきた所だ!あんたの無駄に高説たれたセリフも聞き飽きた,故に儂は理想の刃を持って貴様を切り捨てる!儂のターン!」

 

 ターン開始時,1枚ドローする。

 その引いたカードをそのままドロップし,ライドデッキ最後の1枚を手に取る。

 

「志すは頂の(しるべ),天下無双の刃で我が行く道を切り拓け!ライド・ザ・ヴァンガード!粋の極致 忍鬼 猩々童子!」

「来た,どーくんのエースカード!」

 

 アンドロルドが神楽にとっての分身ならば,この猩々童子が成長した姿こそが導志の分身の姿。

 後攻であるから当然だが,これでようやく盤面に互いのエースユニットが出て来た形になる。

 お互いに見やり,導志は進めた。

 

「今捨てたファルハートのスキル,エネルギーブラスト3を支払い1枚ドロー。イザサオウをコール,スキルにより,山札から5枚を見て…ライドンクナイを手札に加える。」

 

 山札をシャッフルし,デッキを神楽にも渡すと彼はデッキを3分割し元の場所に戻す。

 因みに,この2人しっかりとシャッフルする時は相手にもシャッフルをさせているので少しシュールな絵面となっている。

 自分のデッキが元の場所に戻った事を感じた導志はスキルの発動を宣言する。

 

「猩々童子のスキル発動,ソウルから忍含むカードを2枚バインドし,相手のリアガードサークルを2か所選ぶ。相手はそこにあるカードを全てバインドする。俺が選ぶ場所は…ダメージ側前列とデッキ側前列!」

「えっ?!どうして?」

 

 香澄の後ろの席からましろが導志の意味の分からないプレイングに疑問を呈した。

 なぜなら,神楽の盤面にはダイアフルドールばるどめあというカードがある。

 他のカードは全てバインドゾーンに行ってしまったが,基本的にバインドゾーンというのは不可侵領域。相手の戦力を削ることが出来る所だったのに,導志が選んだリアガードサークルはどちらもリアガードがいない。

 

「どーくん…」

 

 香澄もそんな導志のプレイングを不安気に見ていたが,導志は敢えて気丈に声をあげた。

 もとより,このスキルの今の意味は相手のリアガードを除去することじゃない。

 

「バインドするのは,それぞれグレード1と2の猩々童子!続いて,鬼も歩けば世に憚る 忍鬼 猩々童子のスキル。バインドゾーンから自身をスペリオルコール!」

 

 そう言いながら導志はバインドしたばかりのグレード2の猩々童子をデッキ側前列へコールする。

 

「忍の連携はまだ続く,カゲチカのスキル,他のカードがバインドゾーンから登場した時,自身をソウルに入れることで1枚ドロー。続いてライドンクナイのスキル,こいつも他のカードがバインドゾーンから登場した時,自身をバインドし登場したユニットのパワーを5000上げカウンターチャージ!」

 

 スキルとスキルの連携により,導志は手札の補充とコストの回復,アタッカーを用意するということを続けた。

 次に導志は2枚のカードを盤面へコールする。

 ライドンクナイとカゲチカだ。

 

「カゲチカのスキル,ドロップからツクヨダチをソウルに。」

「準備は万端と言った所か」

「行くぞアンドロルド,フォークテイルのブースト,イザサオウのアタック!」

 

 盤面を整えた導志は,バトルフェイズへ突入しイザサオウのアタックによって攻勢に出た。

 導志が与えるべきはあと3点,このターンでも決めることのできるラインだが…神楽はそう甘い人間ではなかった。

 導志のアタック宣言に,一層ニヤリと笑うとまるでステッキを掲げるように手札を掲げて宣言した。

 

「アンドロルドがアタックされた時,アンドロルドのスキル発動!」

「…っ!」

「アタックされたバトル中,バインドゾーンからダイアフルドールを含むワーカロイドをガーディアンサークルにコールし,そのカードのシールドをプラス5000!」

「ええっ?!」

 

 香澄が驚愕の声をあげたのを,導志は超人じみた聴覚で聴いて思わず笑みを浮かべそうになったがなんとか自重した。

 神楽は自身のバインドゾーンから,自分が前のターンに使ったぷれゔぃでんつぁでガードした。

 元々ぷれゔぃでんつぁのシールド値は5000,アンドロルドのスキルによって更にシールドが上がることでイザサオウのアタックは防がれる。

 この場合,防がれたこと自体が驚くことではない。

 

「そうか,そう言う事か」

「え,なにがですか?」

 

 有咲が何か納得したような声をあげたことに,六花が反応すると有咲は解説するように語った。

 

「導志が猩々童子のスキルで相手のリアガードをバインドして除去しなかったのは,相手がそのカードを使ってガードするって分かっていたからだ」

「あ…なるほど。バインドゾーンにいれば,アンドロルドのスキルでガード値として使われる。」

「だから,相手のガード値を補給する位なら盤面に残しておこうってことなんだね」

 

 有咲の解説を聴いて,沙綾とりみが納得の声をあげた。

 一見すると意味がないように思われた導志のプレイングも,ファイトが進んで行けば意味が分かるようになっている。

 まあ,ただそれにどれだけの人間が気が付けているかは別であるが…千聖や彩の眼の前の席に座っているパスパレのギター,氷川日菜は面白そうに彼らのファイトを観戦していた。

 

「あはは,導志君って突っ走る性格してるって思ってたけど意外に戦略家なんだね!」

 

 日菜はぶっちゃけて言えば万能の天才である。

 故に,導志が取った戦略についてもこの時点でそれなりに分析をしていた。

 眼をキラキラと輝かせ,本当に面白いと思っているのか彼女の視線は導志へ釘付けである。

 しかし,日菜のように分かる人間だけではない。彼女の隣に座っているパスパレのキーボード,若宮イブは首を傾げていた。

 

「どういうことですか,日菜さん?」

「導志君が速攻を仕掛けた理由だよ」

 

 ヴァンガードでは後攻から攻撃が可能となる関係で,どれだけ戦力を温存しておくか,それとも速攻を仕掛けていくのかが人によって別れる所がある。

 どちらも一長一短であるが,戦力の温存であれば相手に余計なコストを与えることなく,解き放ちたいときに爆発させることが出来る。ある意味安全な戦略の取り方とも言える。

 反対に,速攻をすればダメージを与える反面相手に強力な攻撃を仕掛けることが出来るコストを与える事になる。

 それに,ダメージトリガーが出たら相手のパワーに届かなくなり無駄にリアガードを出しただけになる可能性もある。

 日菜の言葉の意味を,イヴは導志自身が言った言葉で聞き返した。

 

「それは…導志君が言うように先に6点にしたら勝ちだからではないのですか?」

「うん,それもあると思うけどもっと根本的な所だよ。」

 

 良いから見てなって,日菜に言われイヴは舞台へと眼を移す。

 

「リアガードの猩々童子単騎でアタック!」

「再び,アンドロルドのスキル発動!バインドゾーンのりべらーたでガード!スキルにより,ドロップのぷろゔぃでんつぁをソウルに置く!」

 

 アンドロルドのスキルによって,これまでの攻撃を2回とも手札を使わずに防がれた。

 しかし,ブシドーの精神を大切にしているイヴにとってある意味それは許せない光景でもあった。

 

「ああ,また!まるで人形を盾にしているみたいで私嫌です!」

 

 日菜は内心”そう言う観方もあるか”と思った。

 言われてみれば,確かにアンドロルドのスキルは使い古した人形を自らの盾にしているようにも見える。

 おまけに,盾にされた人形は休むことを許されず再び開演の準備を待つかのようにソウルへ行く。

 なるほど,イヴが嫌がるのも納得だと日菜は思った。

 

「イヴちゃん,カードゲームのスキルなのだからそれは仕方がないわ」

「うぅ…分かってはいますが…」

 

 イヴの芸能界の先輩がとる戦略をはっきりと拒絶したことを,千聖はさらりと窘めた。

 千聖の言うように,これ自体はカードゲームのスキルの1つであり,そう言うスキルだから神楽も使っている。

 しかし,だからと言って同一視をしていいわけではないのである。

 渋々納得したイヴを見た彩は,日菜へ問いかけた。

 

「それで日菜ちゃん,さっきの導志君が速攻した理由って?」

「ん?ああ,導志君のデッキはね,見ていたら分かると思うけど基本的にパワーが低いんだよね」

 

 日菜にそう言われても,彩はいまいちピンと来ていないようで首を傾げる。

 確かに,導志のデッキのこれまでのアタックは手札1枚で凌げるようなものだった。

 だけど,それと速攻になんの関係があるのだろうかと彩もイヴも思ったのだ。

 しかし,千聖はその一言で速攻の理由を察する事が出来た。

 

「なるほど…確かに導志君は速攻をしないと…勝ち筋を見つけられなかった訳ね」

「流石千聖ちゃん,わかっちゃった?」

 

 我が意を得たりと言ったように日菜が千聖へ微笑みかける。

 千聖は小さく頷き解説した。

 

「この2回のアタック,神楽さんはアンドロルドのスキルを使って手札を使わずにガードした。彼のバインドゾーンは,いわば第2の手札。」

「今みたいにパワーが低い攻撃じゃバインドゾーンを使ったガードで簡単に防がれる。」

「導志君は知っていたのでしょうね,アンドロルドのスキルを。第2の手札が現れる前に速攻を仕掛けて少しでもダメージを与えるために。」

 

 本来,猩々童子のデッキは低い要求値で相手を攻撃し戦力を削ぐという戦い方が基本となる。

 しかし,アンドロルドとのスキルの相性は決定的に悪い。

 なぜなら,低い要求値の攻撃はバインドゾーンからのガードにより簡単に防げるのだから。

 だから導志はダメージが与えにくくなる前に,ダメージを出来るだけ多く与えたかった。

 

 もしも,導志が戦力を出し渋っていたらアンドロイドの堅牢な守りの布陣が完成し勝ち筋が限りなく細くなってしまっていたのだと千聖は思った。

 なるほど,確かに戦略家だと日菜の評価を確かめた。

 そして導志はそれが分かったうえで速攻を仕掛けたのならば…まだ何か対策をしている筈だとも思った。

 

「智勇一閃,煌めく刃で因果を断ち切れ!ヴァンガードの猩々童子でアンドロルドにアタック!スキル発動!グレード2の猩々童子とイザサオウをソウルに入れることでバインドゾーンから忍を一枚スペリオルコール,アンプレセデンをコール!相手のヴァンガードがグレード3以上の場合コールしたユニットのパワープラス1万!」

「だけじゃないだろ?」

「ああ,刮目しろ!アンプレセデンのスキル,カードの能力で自身が登場した時一枚ドロー。」

 

 瞬間,導志が引いたカードに対してなのかぴくりと整ったまつ毛を動かした。

 しかし何事も無かったかのように宣言を続けた。

 

「続いてツクヨダチのスキル,リアガードが2枚一緒にソウルに置かれた際,カウンターブラスト1支払いスペリオルコール。最後に,イザサオウがリアガードからソウルに置かれた時,ヴァンガードのパワーをプラス5000し相手のバインドゾーン1枚を山札の下におく!ぺらぎあ!」

 

 選んだのはぺらぎあ,ガーディアンサークルでシールドがプラスされるガードの要。

 これで神楽のバインドゾーンにはダイアフルドールが存在しない,よってアンドロルドのスキルを使う事が出来ない。

 普段は自分でバインドしたカードを山札に返すためのものだが,対アンドロルドではこのように相手のガードの妨害も出来る。

 

「これで…!」

 

 香澄は相手の防御を破ったと思い,喜色の声をあげたが…当の本人である導志は喜ぶ暇がなかった。

 例え相手のバインドゾーンのガードを封じたとしても,相手にはまだ手札でのガードが可能なのだから。

 

「してやったりと言った所だろうが,甘い!完全ガード!」

「ああっ」

 

 神楽は手札から守護者を切る事で猩々童子の攻撃を防ぐことに成功した。

 ましろの小さな悲鳴が空気に溶ける中で,導志は唇を噛みしめ山札に手を伸ばした。

 

「まだだ!チェックザドライブ!ドライブ1…ドライブ2,ゲット,クリティカルトリガー!アンプレセデンのパワー+1万,クリティカルプラス1!。」

「クリティカルトリガー!」

「行けるか?!」

 

 導志の残る攻撃は2回,パワー1万8000のツクヨダチと,4万3000のアンプレセデンのみ。

 バインドゾーンでのガードが出来ない以上,神楽は残りの手札4枚で防がなければならない。

 

「ツクヨダチでアタック!」

「ノーガード,ダメージチェック。アルメジス,ノートリガー」

「アンプレセデンの攻撃が届けば!」

「どーくんの勝ち!」

 

 有咲はアンプレセデンよりも低い攻撃力のツクヨダチをガードしなかった時点で,神楽の手札にはガード値が無いと思った。

 それはある意味正解であり,神楽にとってはここで1点貰わなければならない理由があった。

 

「これで決める,アンプレセデンでアンドロルドにアタック!!」

「決まった!」

 

 香澄が歓喜の声をあげ,アンプレセデンの攻撃はアンドロルドに――届かなかった

 

「もう一度,完全ガード!」

 

 ガーディアンサークルに現れたのはリキューザルヘイトドラゴン,ダークステイツの完全ガードだった。

 このターン2枚目の完全ガードにより,導志の攻撃は阻まれたのだった。

 

「…ターンエンド」

「どーくん…」

 

 無念そうに眉間に皺をよせ,導志は自分のターンを神楽へと返した。

 神楽の残りの手札は2枚,1枚は先程ドライブチェックで見せたアンドロルドなのは分かっている。

 だが,もう1枚が何なのかが分からない。

 導志の表情は険しいものへ変わり,手札を握る手に力が入る。

 一瞬今が舞台という事も忘れる程に。

 

「見事なり,猩々童子。」

 

 神楽の言葉に,導志はハッと眼を見開き彼の方へ顔を向けた。

 

「バインドゾーンを駆使した連続5回攻撃,まさに任務を達成するまでやってくる忍のようだ。しかし…我が人形劇団には一歩届かなかった!」

 

 本当に悪役に徹しているのか,それとも元々神楽がそう言う性格だったのかは全く分からないが…香澄は彼の言葉に言葉に出来ない心理的圧迫感を感じた。

 神楽の表情も,演技だと分かっているのに真に迫っていて…怖いと思った。

 演技だと分かっているからこそ,神楽の表情が人形じみたものに感じたのだ。

 

 神楽のファンの女生徒からは黄色い声があがっているが,ファンでもない香澄にはそう思うほど…彼の言葉は重かった。

 

「永遠を拒む愚か者よ,今こそ我らの神の裁定を下してやろう!絶望し地にひれ伏すが良い!私のターン,ペルソナライド!」

 

 帰って来た神楽のターン,彼はペルソナライドにより全体的な攻撃力を確保しつつ,更にはアンドロルドのスキルによって,手札を使わずにソウルからリアガードを3枚コールした。

 そして,先程とは一味違うのはアンドロルドとて同じだった。

 

「このスキルでソウルから3枚コールした時,更にアンドロルドのドライブをプラス1する!」

 

 ドライブチェックの回数が増えれば,純粋にトリガーを引くことが出来る可能性を更に高めることが出来るシンプルながら強力なスキルだ。

 ペルソナライドにより,全体的なパワーも上昇している中,ここにトリガーも重なればそれは凄まじいパワーへと変貌する。

 導志の手札は7枚,ここからの連撃を防ぎきれるか…香澄には全く分からなかった。

 

 だから…不安気に彼を見ると――

 

「え…?」

 

 香澄は素っ頓狂な声をあげたのだ。

 それは意外だったからかもしれない,残り2点受けたら敗北だというのに…導志は――

 

「笑ってる…」

 

 舞台上で,導志は小さく笑っていた。

 恐怖するでもなく,壊れた訳でもなく,ただ純粋に楽しそうに。

 その変化に気がついた人間は,それほど多くない。

 プロジェクターに映っているのは盤面であって導志本人ではないからだ。

 

 彼は小さく深呼吸し,高らかに叫んだ。

 

「来い,アンドロルド!」

「ぷろゔぃでんつぁでアタック!」

 

 ぷろゔぃでんつぁはアタック時パワープラス1万されるユニット,そしてさらには連続攻撃するためのユニットでもある。

 ぷろゔぃでんつぁの次の攻撃の為,神楽はブーストをすることがなかったのでパワーは3万。

 恐らく,VG以外で一番パワーが低い攻撃だ。

 だから基本ならばここでガードするのがセオリーとも言える。

 

(…)

 

 だが,導志は数瞬考え…

 

「ノーガード!」

「なんで?!」

 

 一番低い攻撃をガードしない事の意味を,彼の事を知りたくてヴァンガードを勉強した有咲とて分かっている。

 ダメージトリガーにかけたのかもしれないが,この後にパワーが高い攻撃がまだやって来るというのに不確定なダメージトリガーに賭けるべきタイミングではないと,有咲は思ったのだ。

 

「チェックザダメージ,ノートリガー」

「ああ」

 

 案の定というか,ダメージトリガーは出ず導志は5点目のダメージを受けた。

 それもトリガーではないカード,これで導志はこの後のフルパワーの攻撃を受ける余裕なく受けきらなければならない。

 しかし,もう受けてしまったものは覆らない。ぷろゔぃでんつぁのスキルにより,自身をバインドする事によりソウルから別名のダイアフルドールが現れ攻撃回数が増やされる。

 神楽はニヤリと口の端を歪め,叫んだ。

 

「後がないぞ猩々童子,さあさあさあ!どこまで耐えられるかな!アンドロルドで,猩々童子にアタック!」

「どーくん!」

「完全ガード!」

 

 導志が出したのは忍竜ハヤシカゼ,守護者でありこれでアンドロルドの攻撃は防げる。

 だが,残り2回のアタック。そしてその前にトリプルドライブがある。

 このドライブによれば…さらに絶望的な展開へと変わる。

 

「トリプルドライブ!!ファーストチェック,ゲットクリティカルトリガー!効果は全てりべらーたへ,セカンドチェック…アンドロルド…サードチェック」

「——っ!」

「ゲット,クリティカルトリガー!効果は全てしぇるびぃへ!」

「どーくん…」

 

 トリガー,それもダブルクリティカルトリガー。

 純粋にパワーを上げるだけなら兎も角,更に与えるダメージを1つ増やすクリティカル効果により,ダメージトリガーによる回復はほぼ無い。 

 故に導志は,残り2回の攻撃を完璧に防がなければ――敗北する。

 

「物語の終幕を飾ろうか,りべらーたでアタック!スキルにより,パワープラス1万!」

 

 合計パワー5万1000,出すべきガード値は4万だ。

 手札は残り5枚,どれだけ導志がガード値を抱えているのかにかかっているが――

 

「終幕を飾るのはあんたじゃねえ!バインドゾーンのライドンクナイのスキル発動!グレード3以上の猩々童子がアタックされた時,自身をバインドゾーンからガーディアンサークルにコールし,シールドプラス5000!」

「…っ」

「バインドゾーンからガードがあんたの専売特許とは思うな,更に――頼む,皆!」

 

 更に,導志は手札から1万5000シールド1枚と5000シールドを2枚,そして――

 

 「ツクヨダチでインターセプト!」

 

 合計5枚のカードを使って,導志は強烈な攻撃を防いだ。

 

「あと一回!」

「終わりだ!しぇるびぃのアタック,スキルによりドロップのりべらーたをソウルに入れることでパワープラス1万5000!」

 

 合計パワー5万3000,要求されるシールド値は4万5000。

 だが導志の手札は残り2枚,純粋なシールド値では防ぐことは出来ない。

 しかし,それは純粋なシールド値であればだ。

 牙を向きだしにした導志は,最後の1枚を手に取り高らかに叫んだ!

 

 「まだだ,まだ終わらせない!スパークルリジェクタードラゴンで,完全ガード!」

 

 現れたのは2枚目の守護者,その1枚により神楽の連続4回攻撃を見事に防ぎ切ったのだ。

 

「…しぇるびぃはスキルでバインド,ターンエンドだ。」

「あっぶね,滅茶苦茶ギリギリで切り抜けたじゃねえか」

 

 神楽のターンが終了し,導志へターンが帰ってきたことに安堵した有咲は思わず息をするのも忘れていこたことに気がつき深く椅子に座りなおした。

 そして盤面をよく見ると…どうして導志が初撃をノーガードしたのかを理解した。

 

「そうか…だから導志の奴,最初の攻撃を受けたのか」

「…?どういうこと有咲?」

 

 有咲の隣でも安堵した香澄が有咲の言葉に問いかける。

 香澄の声にひかれたのか,沙綾やりみ,六花もましろも有咲へと聞き耳を立てた。

 

「もしも最初の攻撃を防いだとしても,今みたいにダブルクリティカルトリガーが出て,左右のリアガードにクリティカルを振れば導志のさっきの手札じゃガード値が足りなかったんだ」

 

 最初のぷれゔぃでんつぁのパワーは3万で要求シールド値2万,もしも導志が初撃をガードしてしまった場合,その後のクリティカル2の左右の攻撃を,どちらか受けるしかなかったのだ。

 そうしたら導志のダメージは6点で敗北が確定するところだった。

 実際,さっきの攻撃を防ぎ切った導志の残り手札は1枚。少なくとも守護者ではない,守護者なら普通に初撃をガードしても良かったはずだからだ。

 

「だから導志の最後の1枚はシールド値じゃない,なにかだと思う。」

「で,でも有咲の言う通りなら導志君は神楽さんがダブルクリティカルを引くって気がついてたみたいだよね?」

 

 有咲の予測ではダブルクリティカルを引かれた際の敗北ルートについて語られた訳だが,そもそもそれはダブルクリティカルを引かれる事を前提に導志があの選択肢を取ったという事になる。

 しかし,トリガーチェックは完全に運だと思っている沙綾は,そこまで読めるものなのと唖然として有咲に問いかけた。

 だが,有咲がそれに答える前に舞台でそのくだりが話された。

 

「猩々童子よ,なぜ最初の攻撃を受けた?防いでいれば私の勝利だったというのに」

 

 神楽の問によって,一部の人間は今の攻防は勝つか負けるかの生命線だったと気がついた。

 彼らも,もしも初撃をガードすれば,今のターンで終わっていたと理解したのだ。

 カードゲームは運,そう思う人間も少なからずいる中で導志は口の端を吊り上げながら答えた。

 

「あんたの見えているクリティカルの枚数だよ」

「…っ」

「あんたの残りのデッキの枚数は数え間違いが無ければドライブチェックの前で30枚。その内見えたトリガーはフロントが2枚,ヒールが2枚だけ。ガードにもクリティカルが使われていなくて,あんたが初期手札から後生大事に持っている最後の1枚は少なくともクリティカルじゃない。」

 

 確かに,神楽には今だにドライブチェックでも公開していないカードが1枚ある。

 それを導志はクリティカルじゃないと断言した。

 

「それはなぜだ?」

「簡単だ。もしもクリティカルなら俺の速攻を遅らせるために早々にガードに使っている筈だ。少なくとも,1万5000シールドで足りる所を2万シールドになるフロントで防ぐ意味がない。それでだ,あの時のデッキにクリティカルトリガーが最大数入っていると仮定した場合,あんたがあそこでクリティカルを2枚引く可能性の方が高かった。それだけの事だ」

 

 そう言い切る導志の横顔を,頬に熱を溜めてみる人影があった。

 

 ☆

 

 なんて凄いファイトなんだろう…私は,導志君のファイトを一番近い場所で,彼の背を見ながら観戦していた。

 プロジェクターに映る盤面が,これまで導志君と神楽さんの手によって紡がれた軌跡となって映る。

 1つ1つのカードに戦略があって,時に賭ける運もあって…私はこのファイトに引き込まれていた。

 

 今が舞台が成功するかどうかの瀬戸際だって分かっているけど,そんな事を忘れてしまう位激しい攻防でありながら芸術でもあるようで…惹かれていた。

 園田君とのファイトの時も思った,ファイトを通じて感じる導志君の人間性。

 自分の分身と,デッキの特性を理解しつくしたファイト…それでありながら相手の盤面も把握して出来る中での最大値を取り続けてる。

 でもそれは…とても勇気のいる事だと思う。

 

 導志君は気丈に今笑っているけど,だってあれはクリティカルトリガーが2枚出ないと破綻する戦略だった。

 もしも1枚でもフロントトリガーか…オーバートリガーでも引かれていたら導志君の手札が足りずに負けていた。

 もちろん導志君だって,神楽さんのデッキに残っているフロントトリガーがあと1枚だけだって分かっていたからだろうけど…それでも,出るかもしれない賭けにレイズするのは凄く覚悟がいる。

 

 

 ああ…でも,そうだね。

 私はそう言う所に惹かれたんだ,大胆で臆病者で,でもいざとなったら自分を信じて貫き通す芯を持った君が…好きなんだ。

 

 

「枳殻,修理が終わった!導志に知らせてやってくれ。」

 

 

 そこで春賀君達修理班からインカムを通してそんな事を言われる,もしも導志君達の決着が早くついてしまった場合,私も含めた即興劇で乗り切るつもりだった。

 だから導志君に遺跡のセットの修理を終えたか,誰かが知らせる必要がある。その知らせによってこの後の流れを決めるから報せる事は必須だった。

 そしてそれは私の役目,今この舞台にいて一番不自然じゃないのは私だから。

 

 でも…ここで導志君に修理完了を伝えて,遅かれ早く決着が付いたらこの舞台も終わり。

 私は,今度こそ導志君を諦めなければならない。

 そう何度も,泣きたくなるほどに言い聞かせて決めたことを…

 

 ——そんな顔…しないでよ,好きが…止まらなくなっちゃう

 

 彼の横顔は,教室の中では余り見せない凛としたファイターとしての顔。

 私に向けられている訳じゃない,私には向けられない顔…好きになった男の子のそんな姿を見たらどうして選ばれたのが私じゃないんだろうって悔しくなる。

 いつ君が誰かの彼氏になると想像しただけで,吐き気が襲ってくる。自己嫌悪の吐き気,彼ともっと話しておけば良かったって言うどうしようもない話。

 

 ――ああ,本当に…”永遠”があればいいのに。

 

 そう…導志君の言葉を否定するような事を浮かべながら,自分の盤面を俯瞰している導志君へ一歩近づいた。

 せめて,今だけは私に向いてほしかったから――

 

「どうか…負けないでください,猩々童子様」

 

 言葉を1つ絞り出すだけでも…私は1粒涙が頬を浸ったと自覚した。

 

 

 ☆

 

 

 なんとかしのげた…かな。

 残った最後の1枚,前のターンにアンプレセデンのドローでやって来た凡そこのデッキには入る事がないカードを握りしめながら俺は内心で安堵の息を吐いていた。

 神楽さんにはクリティカルの枚数がデッキの枚数に対してまだ見えていなさすぎるから,ダブルクリティカルをされる方が却って負けると思ったからと言った。

 ただ,結構な賭けだった。

 

 普通なら,パワーが低い方を防ぐのがセオリーだし普段の俺ならそうしただろう。

 それをただ,クリティカルが全く見えていないからって理由でダメージを受けた。

 もしも神楽さんのトリガーがどちらかがフロントトリガーだったりしたら…いやそれもあと入っていても1枚しかないと分かっていたけれど防ぐことは出来なかった。

 

 「…ふぅ」

 

 本当に小さく…マイクにも拾われない位の小さな息を吐く。

 心臓が止まるかってくらいの攻防で…血の流れが早くなり,心臓が高鳴りアドレナリンが俺の身体を満たしていくのを感じる。

 戦略を読み切ったからこその高揚感と,ここからあと2点取らないといけない軽い絶望感。

 

 神楽さんの手札は5枚,2枚が1万5000シールド,1枚がアンドロルド,残り2枚は分からないが内1枚は神楽さんがここまで取ってきたカード…オーバートリガーか完全ガードだ。

 少なくともアタッカーじゃない,アタッカーならさっきのターンにコールしたはずだ。

 それに,彼のバインドゾーンには4枚のダイアフルドール。今の俺に,相手のバインドゾーンに干渉する方法がない以上彼の守りは盤石。

 

 反対に俺は前列も1つ欠けていてアタッカーがいない。

 仮にアタッカーが存在していたとしても,絶対的にあのガードラインを突破するパワーが足りない。

 流石現役プロファイター,完璧な試合運びでよく俺は生き残っているなって自分でも思う。

 普通に笑いたくなってしまうのを何とか耐えていると,彼の演技が再開した。

 

「しかし,小癪に生き残ったとしてもこの状況が絶望であることに変わりはない!貴様の手札はたった1枚,アタッカーも欠けている。対して私の手札は5枚,そしてバインドゾーンには我が傀儡が4枚でダメージは4点。ここから勝つのは不可能だ。」

 

 うっわ,この人めっちゃ悪役楽しんでるよ。

 普通悪役ってあまりやりたくないもんだろ,なんでこの人こんなノリノリなの?

 普段あまり悪役やらないからか?知らんけど。

 

 …ただ,彼も当然だがこの場面を俯瞰し状況を分かっている。

 じゃないとプロになんてなれないのだから当たり前だが…状況は最悪だ。

 この手札1枚自体には特別な力がない,ぶっちゃけ他のカードを残した方がマシだった。

 だからこの逆境を超えるには最初のドローで何かを引かなければならない。

 ここで無様に負けたら,ただ神楽さんにこの舞台の主役を取られた負け犬になるだけだな俺が。

 

 ——んなものお断りだ,この舞台は俺達のものだ

 

 俺は内心でそう叫び,カード達をスタンドさせていく。

 そして…

 

「あんたはさっき言ったな,俺に泣いて永遠を望むほどの絶望を教えてやるって。」

「ああ,そして君はこのファイトが終われば邪神様の永遠を望むだろう。」

 

 これが演技だなんてことは分かっている,だけど…彼は何となくだが本心で言っているような気もしていた。

 そんな世界があるとしたら,俺はその世界に行きたいはずだと。

 永遠が故に健康障害などなく,誰もが平和で悠久の時を生きられる世界。

 ファンタジー世界じゃ偶にあるが…生憎と俺はそれに魅力は感じなかった。

 だからこれは俺の本音,猩々童子のペルソナを被っている今だからこそ言える言葉だ。

 

「はっ,儂の答えは変わらねえ。断固お断りだ。」

「お情際が悪い,この状況でそんな事が言えるかね?」

「どんな状況だろうが変わらねえつってんだ!貴様の言う永遠が平和だろうが,”選べない未来”であることは変わらねえ」

「未来を選ぶのは誰もが疲労するものだ,この世界でも選んだからこそ傷ついた人間は多い。期待,予想,想像に押しつぶされた人間達。君はそんな人間達の最後の希望を摘み取るのかい?」

 

 うん,話の持って行き方としては良い意味で最低だわこの人。

 普通にそういう人がいる事はこの人自身が見て来たから言えるものなんだろう。

 俺も…選ぶ先に傷つく未来が多くあったのも事実だ。

 けど俺には姉ちゃんがいた,香澄さんがいた,ポピパの人達がいた。

 お祖母ちゃんや両親がいた…他にも色んな年上の友達がいた。

 

 だからこそ――

 

「希望はある!」

「…っ」

「越えられないのは挑まないから,選べないのは選ばないから!例え道の先に傷つくことがあったとしても,誰かがきっといてくれる。例え視えなくても,見守ってくれる人がいる!」

 

 そうだ,俺だって最初は無理だと思っていた。

 眼が視えないの演技するなんて愚の骨頂すぎるだろって。

 だけど…今出来ているんだ。

 歓声が物語っている,俺の今日の演技は最高値に近いんだと。

 あれだけ出来ないと何度も挫折を仕掛けた。

 その度に,園田が,神田さんが,白鷺先輩が,瀬田先輩が,クラスの人達が…枳殻さんが出来るって見守ってくれていた。

 自分すらも信じられなかった俺の後ろを支えてくれた。

 そう…

 

 「だから儂はここにいる!次の誰かの未来を見守る為に,停滞する世界なんて必要ない!見たいのは1秒後の未来,故に儂は未来を阻む貴様を倒す!」

 「ふっ…ならば貴様の言う希望がこの牙城を覆せるか,試してみるが良い」

 

 神楽さんにとって満足なセリフだったのか,さっきよりも数段楽しそうに強キャラムーヴを噛ましてくれた。

 俺も余りに楽しい演技とファイトに口の端をあげるのを自覚して言葉を続けようとした時,しんとした空気を切裂くような…何とも悲しそうな声で背中から声がかかった。

 

「どうか……負けないでください,猩々童子様」

 

 俺と枳殻さんの間で取り決めていた,舞台セットの修理が完了した合図だった。

 危ない,普通に倒して尺が余ったら即興劇で切り抜ける算段だったがその必要もなくなった。

 だから俺は安心して――このファイトに勝てる

 

「お任せくださいタマユラ様,どんな絶望の中でも心から希望は消える事は無い。儂の正しさを証明してみせましょう!」

 

 そして息を吸い込んで,意味ないが眼を見開き叫んだ

 

「ファイナルターン!」

 

 このターンで終わらせる,その宣誓布告を解き放つ。

 瞬間に会場がざわついた,”この状況で?”という名のざわめきだ。

 だが関係ない,ファイトは終わっていないのだから

 

 「スタンドアンド…」

 

 デッキの1番上のカードに触れるその瞬間,俺の意識が違う世界へと降り立った。

 いつかみた,どこかの春景色の中にいる鬼の姿。

 あの時は聴こえなかった彼の言葉が,今なら聴こえる気がした。

 

 ——仲間を信じろ,自分を信じろ,そうすれば行く道が見えていく

 

 ああ,本当にそうだったよ。

 本当に自棄だったのは俺の方だった,俺が信じるべきだったのは俺を構成してくれた人達の繋がりだった,自分自身だった。

 だからこそここまでこれた。

 この舞台を成功させる為だけじゃない,この物語をハッピーエンドで完結させるために…力を貸してくれ猩々童子!

 

「ドロー!」

 

 引いた1枚,そのスリーブに付けているシールに触れなくても分かった。

 何でかって?

 声が聴こえたからだ――ああ,共に参る――。

 口元の笑みを抑えきれず,俺は引いたカードを掲げた。

 

「守るは義理人情,悪鬼羅刹を討ち果たす焔の刃,いざ抜刀!儂の分身!ペルソナ…ライド,猩々童子!」

 

 引いたのは俺の分身,ヴァンガードと同名のカードにライドする事で発生するペルソナライド…考え得る限り最高のカードだった。

 ペルソナライドにより,前列のパワーがプラス1万され,更に一枚ドローできる。

 

「更に,エネルギージェネレーターのスキルにより1枚ドロー」

 

 これで手札は3枚,その3枚目はデッキに残っている最後の1枚だった。

 

「よく来てくれた!忍妖イザサオウをフォークテイルを退却させコール,スキル発動,山札の上5枚を見て忍を一枚手札に加える。儂が手札に加えるのは」

 

 ああ,お前も来てくれた。

 このファイトに勝つために,お前の力も必要だ。

 いや,今このデッキにいる全てのカード達が必要だ。

 全ての力を結集させないと,勝てないんだから。

 

「忍竜デュアルウィーダー!続いて,バインドゾーンにある桜花爛漫の猩々童子のスキル,ソウルブラスト1支払う事で自身をスペリオルコール。ライドンクナイのスキル,自身をバインドし猩々童子のパワープラス5000しカウンターチャージ,カゲチカのスキルで自身をソウルに入れることで1枚ドロー。」

 

 目まぐるしく盤面が入れ替わる,イザサオウは前列のパワーを上げることの出来るブーストを持っていないにも関わらずアンプレセデンの後ろに出たあたりからどよめきが起きたが知った事ではない。

 これが今の俺が出せる最大値なのだから。

 

「忍竜デュアルウィード,忍竜マドワズをコール!」

「クリティカルトリガーまでコールか,必死だな」

「当たり前だ,儂は今ここに生きている!死があるからこそ,今この瞬間を必死に生きられるんだ!」

 

 俺の盤面は,ダメージ側前列にアンプレセデン,後列にイザサオウ。

 中央後列にマドワズ,デッキ側前列にデュアルウィード,後列に桜花爛漫の猩々童子。

 アタッカーの不足からここまでの展開で攻撃態勢はほぼ完成だ,だが一点無駄が存在する。

 それはイザサオウの場所。ブーストしてアンプレセデンを支援出来ないイザサオウは端的に言えば邪魔な存在に見えるだろう。

 恐らく普通のファイターならイザサオウの場所にマドワズを出してパワーラインを取っただろう。

 当然,それは神楽さんも気がつくことだ。

 

「しかし,事を急いだな猩々童子。イザサオウが無駄にそこにいるおかげでパワーがいくらか減少しているではないか。生き者同士の足の引っ張り合い,一笑に値する愚行よ」

 

 これ演技だって知ってなかったら普通にぶん殴りたくなるくらい悪役が上手すぎるだろこの人。

 それで言っている事は普通なら正論なのだから笑えない。

 ああ,そうさ。普通ならパワーラインを下げてまでイザサオウをここにコールする意味は殆どない。

 せいぜいが猩々童子のスキルのコストなのだろうが,それにしても中途半端な使い方だ。

 それでも――

 

「そいつはちがう,必要だからここにいてくれるんだ!猩々童子のスキル発動!!」

 

 ソウルからツクヨダチ,グレード2の猩々童子をバインドし相手のリアガードサークルを選ぶ。

 

「中央後列とダメージ側前列を選択!」

 

 まだリアガードは1体いるが,今回もスルーして除去はしない。

 ここでガード値を増やすわけにいかないからな。

 

 メインフェイズにやるべき事は,最後の1枚を除いて全てやり切った。

 そして…この凡庸な最後の1枚こそが,この状況を切り拓くことのできるラストカードに変貌する。

 このカードを見た神楽さんが,外野がどんな反応をするのかが楽しみだと思いながら――最後の1枚を掲げた。

 

 

「無駄なものと言った物の力を知るが良い!セットオーダー,砂塵舞う灼熱の大地(サンダーストーム・キリングフィールド)をセット!」

「はあっ?!」

 

 

 1ターンに1度,プレイが可能となるオーダーカード…その中でも盤面に残り続けるカードこそがセットオーダー。

 砂塵舞う灼熱の大地…名前は凄いカッコいいんだが,猩々童子のデッキにこのカードが入る事は基本的にない。

 理由は基本的に忍の名称を持つカードが無いとヴァンガードや他のカードのスキルが使えないからだし,何よりセットオーダーなんて相性が悪いからだ。

 だけど――何10回に1回今みたいな盤面になることがある。グレード2のカードが後列にいることは,偶にだがあるんだ。

 だからこそ入れてみたハチャメチャな1手,だけど…故に今こそ輝く。

 

 これがどれだけはちゃめちゃで意味分からない一手なのかは,演技じゃなくて素で俳優にあるまじき「はあっ?!」って叫んだ神楽さんが全てを物語っている。

 うん,この反応したの観客の誰でもなく神楽さんだ。

 これまで悪役ムーヴを噛ましていた神楽さんが一瞬でも素に戻る時点で察してもらえるだろう。

 

「さあ行こうか我が精鋭達,偽りを打ち砕き果て無き血路を切り拓け!バトルフェイズ開始時, オーダーゾーンにある砂塵舞う灼熱の大地のスキル発動!」

 

 その効果自体は至ってシンプル,効力が発揮される場面が限られるのも問題なスキルだ。

 このカードは,それこそグレード1が少ないデッキに入る事が前提になるスキル。

 だからグレードのバランスが良い猩々童子には基本的に入らない,でも今必要なんだ。

 

「バトルフェイズ開始時,儂の後列のイザサオウを選択しこのターン中そのユニットに”ブースト”を与える!」

 

 ブーストを得たイザサオウは,自身のパワーを前のアンプレセデンに託せるようになった。

 これはかなり流れが変わる,単純に攻撃を防ぐ要求値が上昇するのだから当然だ。

 アンプレセデンだけでは,バインドゾーンのぺらぎあ1枚で手札を使わずに防げるものが,そうできなくなったんだから。

 

「無茶苦茶だ!」

 

 かろうじて悪役臭を戻しながらも,驚嘆は止むことがない神楽さんの演技により観客の中でも風向きが変わったのか段々と盛り上がりを見せているのを肌で感じていた。

 そうだ,ルールなんて分からなくてもやっている本人達が驚き楽しむ事が出来ればそれは伝搬する。

 姉ちゃん達,ガールズバンドパーティーがそれを証明し続けて来た。

 それに,ヴァンガードは楽しものだ。

 それが伝わらないなんて事は無い。

 ああ――めっちゃ楽しい

 

「お利口な人生なんざ笑止千万!道なき道を切り開いてこその人生だ!イザサオウのブースト,アンプレセデンのアタック!」

「…ノーガード!ダメージチェック…ゲット,クリティカルトリガー!アンドロルドのパワープラス1万!どうやら天は私に味方をしているようだ。君はどうだ,祝福されているか?」

 

 初撃,パワーがセットオーダーによって想定外に上がった一撃をノーガード…俺にとっては良くないが,見事なダメージトリガーだ。

 これにより,アンドロルドのパワーは2万3000。元々守備が売りのデッキにトリガーまで乗ったら気分の1つは憂鬱になるものだが――寧ろ楽しいと思ってしまうのは,俺が生粋のファイターだからだと信じたい。

 寧ろ,バインドゾーンでのガードを勿体ないと無理にでもガードしてくると思っていたがここで勇気を出してのノーガードは驚嘆に値する。

 彼は1つ目の賭けに勝った,だけど俺はその更に先に行く!

 

「天の祝福なんて必要ない!デュアルウィードでアタック,スキル発動!カウンターブラスト1支払い,アンプレセデンをバインドし,相手のバインドゾーンの1枚を山札の下へ置く!ぺらぎあ!」

「…っ!」

 

 これで1万5000シールドになるカードはバインドゾーンから消え去った。

 大きなガード値を削りながら5000要求の攻撃,手札を無駄に使いたくない神楽さんがするのは当然

 

「アンドロルドのスキル発動!バインドゾーンから,りべらーたでガード!」

 

 そのスキルにより,ドロップから1枚ソウルへ行く。

 そうだ,計算通りだ,あんたの今の手札じゃそうするしかないんだからな。

 そしてここが分水嶺,このファイトの明暗を分ける最後の1撃!

 ヴァンガードに手を触れ

 

「桜花万象,天元超克!因果切り裂き拓くは未踏の彼方!猩々童子でダイアフルドールマスター・アンドロルドにアタック!」

 

 宣戦布告を表すように,勢い載せてレストしアタックを宣言。

 

「スキル発動,カウンターブラスト1支払い,デュアルウィードとイザサオウをソウルに置くことでバインドゾーンからアンプレセデンをスペリオルコール!」

 

 スキルにより,1枚ドローしアンプレセデンのパワープラス1万。更にアンプレセデンは自身のスキルで更にパワープラス1万。合計パワー4万3000。

 そして,だけじゃない。

 

「更にツクヨダチのスキル!リアガードが同時に2枚ソウルに移動した時,自身をバインドゾーンからスペリオルコール!」

 

 これで俺の盤面にはまだアタックが出来るユニットがヴァンガード含めて3体。

 相手のダメ―ジは5点,どれか1つでも通ったら勝ち…そして,きっとこのアタックに全てがかかっている。

 だから全部を出し切る!

 

「最後にイザサオウのスキル発動!リアガードからソウルに置かれた時,猩々童子のパワーを5000上げ,相手のバインドゾーンの1枚を山札の下に置く!ぷれゔぃでんつぁ!合計パワー3万3000!」

 

 デュアルウィードとイザサオウ,2枚のスキルで神楽さんのバインドゾーンには1万シールドになる残り1枚。

 神楽さんの手札には1万5000シールド2枚にペルソナ,恐らく1枚の完全ガードかオーバートリガーに正体不明の一枚。

 ただし,正体不明の1枚はトリガーじゃないだろう。トリガーなら初撃をぺらぎあと防いだはずだからな。

 

 さて,そこまで考えれば神楽さんが取るべき手は1つだけだ。

 ここで完全ガードを出したとしても,パワー4万3000のアンプレセデンと3万3000のツクヨダチ,どっちかの攻撃は防げない。

 もしも1万5000シールドを2枚出したとしても同じ,どっちかの攻撃は防げない。

 バインドゾーンの1万シールドと,1万5000シールドで2枚貫通を張った所でトリガーが1枚出ればガード値が足りない。

 なら彼がここでするべきは――

 

「ステムディヴィエイト・ドラゴンでガード!」

 

 出してきたのはクリティカルトリガー,合計シールド値3万8000。

 そうだ,彼がこのターンを防ぎきるには俺がトリガーを出さないことに賭けるしかない。

 だからこその1枚貫通でのガード。

 ヴァンガードの醍醐味--たった一枚のトリガーに決着が左右される状況だ。

 

「もう言葉は問わない,私の掲げる永遠か,君の言う希望のどちらがこの世界に必要か…試してみるが良い!」

「言われなくとも,いざ尋常に――」

 

「「勝負!!」」

 

 俺の中でのイメージで,夜空に佇む人形師へ1人の忍が突貫する。

 現れるのは人形師の傀儡たち,それを忍の仲間が迎撃し人形師へと肉薄する。

 人形師は自分が持つステッキを振りかぶり――

 

「チェック・ザ・ドライブ!ファーストチェック…ノートリガー」

 

 次の瞬間,忍は人形師のステッキを刀の柄を使い弾き飛ばす。

 カッと眼を見開く人形師,そのがら空きの胴へ――

 

「ゲット…ヒールトリガー!ダメージ1点回復し,猩々童子のパワープラス1万だ!」

「ば,馬鹿な?!」

「さあ,これで終幕だ!」

 

 合計パワー4万3000,ガード値3万8000を上回る。

 故に人形師の胴を一閃--

 

「ダメージチェック…これが,希望の力だと言うのか…こんなものが…ノートリガー」

 

 そして――勝負は決した

 

 

 ☆

 

 

 ――アンドロルドのダメージが6点,勝者…猩々童子!

 

 そのナレーションと共に,中途半端に開いていた幕が完全に開き始めた。

 香澄は決着した導志のファイトを,熱に犯されたような眼で見つめていた。

 眼が視えていないと思えない位の迷いがない動作,何度も繰り返したと分かる一手一手の流れ。

 

 そして,ファイトしている時にだけ見せてくれる導志の楽しそうな笑顔を見て,香澄も嬉しくなった。

 だからこれはほぼ無意識な行動だ,香澄はパチパチと手を鳴らす。

 それに伝搬されたように,他の観客達からも拍手が起きる。

 まさに大喝采,たった1つのファイトが人の心に残ったと証明するものだった。

 

 しかし,まだ舞台は終わっていない。

 喝采止まぬ内に,アンドロルドこと神楽は狼狽えたように後ずさりを始める。

 猩々童子こと導志は,そっと寄り添うように隣に来たタマユラの肩を支えながら呟く。

 

「感じる,貴様の魂がこの世に留まっていられなくなるのを。」

「はい…これは」

 

 次の瞬間,修理を終えた遺跡のオブジェの仕掛けが作動した。

 それに連動するようにプログラミングされていたプロジェクターの映像も切り替わる。

 その瞬間、遺跡の映像が震え、深く低い音が空間に広がった。まるで地の底から響く龍の咆哮のようなその音は、静寂を切り裂き、空気を震わせる。

 次の瞬間、オブジェの中心部が輝き出した。ぼんやりとした淡い光から始まり、徐々に強さを増していく。青、金、そして深紅――光は万華鏡のように色を変えながら、遺跡全体を彩っていく。

 その光が強くなるほど,神楽のもがき苦しむ演技が炸裂する。

 

「ぐっ…我が魂が消えて行く…消えて行く!邪神様…お気を確かに!うおおお…邪神様ぁああ!!」

 

 光が強さを増すと同時に、オブジェの周囲から白銀の煙が立ち昇り始めた。最初は細い糸のように静かだったそれが、次第に激しさを増し、まるで嵐のように渦を巻き出した。

 煙は光を反射し、虹色の筋を描きながら空間を満たしていく。視界は徐々に霞んでいき、まるで別の次元へと誘われているかのような錯覚を覚える。

 そして、煙の渦が完全に広がりきったその瞬間、光が頂点に達し――音と共に大爆発を起こした。煙は一気に消え去り、輝く残光だけが空間を満たしていた。

 

 その空間を縫うように聴こえていた神楽の断末魔が聴こえなくなった時,舞台上には猩々童子とタマユラだけが残っていたのだった。

 そして,猩々童子はタマユラを支えながら神楽がいなくなった場所を見つめながら呟いた。

 その声を,しっかりとマイクは拾っていた。

 

「生きる事を諦めて,魂だけになった者よ…この世の行く末を見守るが良い。その時こそ,どちらが正しかったのかが分かるのだから」

「猩々童子様…」

 

 タマユラは猩々童子を見上げ,名を呟く。

 余韻に浸るように神楽がいた場所を見つめていた猩々童子は,舞台袖から自らを呼びに来る家来役の生徒…イザサオウの声によって振り返る。

 

「猩々童子様!タマユラ様!ご無事ですか?!」

「ああ,今行く!…ともに帰りましょう,タマユラ様。邪神が再び封印された今,貴殿の病気もなり潜めるでしょう。」

 

 そう言って猩々童子はタマユラに手を差し出す。

 その手をタマユラは見つめ,そっと握る。

 優しい笑みを浮かべ

 

「はい,帰りましょう…私達の国へ」

 

 その一言と共に,舞台が暗転する。

 暗転と同時に,和楽器の壮大な音が鳴り響いた。

 暗転してから3秒後,再び舞台に光が灯ると同時に背後のプロジェクターの映像が瞬く間に変わる。

 舞台に残っていたのは猩々童子ただ1人,彼は素面の表情で,これまでの歌唱シーンで使っていなかったマイクを手にしていた。

 

「皆様,ご来場ご歓談まことにありがとうございました!」

 

 大仰に一礼をする導志に,拍手が送られる。

 

「沢山の人に支えられ,この舞台をやりきる事が出来ました。この舞台の最後に,その軌跡を見てください!」

 

 その声と共に,背後の音楽の音量が上がった。

 壮大な音と,これからの世界の広がりを表すかのように音が攪拌する。

 その曲の名は――

 

「これが最後,エンディングテーマ…情ノ華!!」

 

 その歌は,これまで3回の歌唱とは趣が違っていた。

 それを言葉に出来る人間は少なかったが,全員が分かる位に違ったのだ。

 理由の1つには導志の背後に流れているMV…ではない。

 

 今回はMVではなく,スタッフロールに加えこの舞台が出来上がるまでの記録映像だったのだ。

 導志の歌声を乗せながら,観客たちはこの舞台が出来上がるまでの軌跡を見せられている。

 だが,注目されるのはなにもエンディング映像だけではない。

 

「市ヶ谷歌上手すぎだろ…」

「待って,なんか最初よりも凄いんだけど」

 

 一部の観客からそんな声が漏れるくらい,導志の歌声が演技中とは全く違うのだ。

 それも当然であろう,なぜなら導志は演技中は”猩々童子”として歌っていたのだから。

 演技の中で歌っていたと言っても過言ではない。

 なら,その演技の枷から外れればどうなるか?

 

 当然,導志の偽りのない素の歌唱力が講堂を支配する。

 

 ——夕凪の中揺れる心を見透かすかのように 指先に触れたこの一片が今背を押した

 

 サビ前のフレーズ,一片とはカードの事でありながらも,それに気が付けた人間がどれだけいるのかは分からない。

 分かるのはただ,サビ前からサビにかけての盛り上がりが最高潮へと変貌するという事だ。

 

 香澄はそんな導志の歌を,ワンフレーズたりとも聞き逃さないように見つめていた。

 

「すごい…どーくん」

 

 香澄とて,昨日一緒に歌ったのだから彼の歌唱力については分かっている。

 分かっていても…導志の歌から感じる彼の人間性が溜まらなく好きだった。

 激しいながらも繊細であり,音程の1つをとってもバンドを組んでいないのがもったいないと感じるくらい惹かれる。

 

 ——陽が透けるほどの淡い命 巡り廻る情ノ華 ああ 声を上げて咽び泣くように 鼓動はまだ脈を打つ枯れる事なかれ

 

 あっと言う間にラスサビを歌い切り…背後の映像も,事前に撮影していたクラスの集合写真で幕を閉じる。

 写真の中で,誰一人もかけることなく笑顔を見せる。当然その中に導志もいて…香澄は嬉しくなって小さく拳を握った。

 舞台は再び暗転し,大喝采が再び巻き起こる。

 

 講堂にこだまする喝采が…この舞台の成功をなによりも示していた。

 

 しかし,観客側に消化不良があるとすれば1つだけ。

 タマユラと猩々童子が,果たしてその後どうなったのかだ。

 多感な女子高生が多いので気になるものは気になる,しかし…大団円で舞台は終わってしまった…筈だった。

 

「え…?」

 

 呆然と呟く香澄,その視線の先では再びプロジェクターに光が灯り,どこかのどかな草原を映していたのだ。

 そして現れたのは,イザサオウと呼ばれる家来数人と,猩々童子,そしてタマユラが下座から現れた。

 てっきり導志の歌唱で終わりだと思っていた観客は疑問符を浮かべまくるが,それを無視して彼らは再び演技を始めた。

 

「猩々童子様…少し,お待ちをしてください」

 

 タマユラがそう声をかけると,イザサオウ達には聴こえない体だったのか,彼らはそのまま舞台裏へと歩いて行った。

 猩々童子は訝し気に振り返ると,首を傾げ彼女の言葉を待った。

 タマユラは恥ずかしそうに頬を染めながらも――どこか悲しそうにも見え――静かに猩々童子の前へ歩いて行く。

 

「国へ帰る前に…大切なことを伝えないといけません」

 

 そうしてタマユラは猩々童子の手を両手で握り,花が開くような笑顔で

 

 

 ——私は,貴方に恋をしてます

 

 

 瞬間,講堂中に黄色い悲鳴が響き渡った

 その悲鳴の中を,呆然と,苦しそうに見ている香澄を有咲は見逃さなかった

 

 

 

  https://decklog.bushiroad.com/view/4MQR0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お疲れさまでした!

ファイト展開考えるのむずすぎるなと思いながら書いてました。
という訳で,神楽の使用デッキはダイアフルドールデッキでした!
本来なら寧ろタマユラデッキの方がストーリー的にはまだ接点があるような気もしますが,このSSでは猩々童子の敵として立ちふさがりました。

――追記――

導志の使用デッキ
https://decklog.bushiroad.com/view/4MQR0

神楽の使用デッキ
https://decklog.bushiroad.com/view/4RRT4
 

いつもと同じ展開(いつも言うほどファイトしていないけど)では飽きるので,セットオーダーが入った童子を使いました。
本番の試験じゃないのでまた超トリガーなしデッキです。
セットオーダーを童子に入れる人は少数派だと思いますが,僕自身は一時期入れていた事あるという。
香澄とデートする前夜のお話で導志が入れようか悩んでいたのはこのカードを入れるかどうかです。


さて,いよいよ明日は文化祭編のエピローグを2話連続投稿します。

ではでは!

香澄と導志,付き合った後のお話でどれがみたい?

  • 交際後,初デート
  • 2人がそれぞれリサに恋愛を相談する話
  • 2人の期間限定バンドのお話
  • 2人で海と夏祭りに行く話
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