星の鼓動に闇は閃く   作:レオ2

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エピローグ前半 燻る恋の行く先を

 一時はどうなるかと思った俺達の舞台『猩々童子忍伝帳』,神楽さんの助けを借りて何とか無事にやりきる事が出来た。

 遺跡のオブジェの仕掛けの時,歓声が凄かったがほんとどんな仕掛けしたんだろうな。

 こういう時…まあ,ほぼ常になんだが眼が視えないって不便だと思う。

 

 「はい,導志君良いよ」

 

 それはそれとして,俺達役者組は来校者たちが去った講堂で行われる閉会式を欠席して教室と,講堂の控室に別れて衣装から着替えていた。

 枳殻さん含む女性陣は講堂側,男子勢は教室だ。

 普通の私服なら助けも借りることなく着替えられるんだが,衣装係の子が懲りに凝り作った猩々童子の衣装は流石に1人で着替えられなかったため,こうやって深川君に手伝って貰っていた。

 着物と鎧の要素が混じっているんだから,俺が1人で着替えるにはまだ時間がかかるという訳だ。

 

「ありがとう,深川君」

「うん!…導志君,今日の舞台…どうだった?」

 

 俺へ服を渡してくれた深川君の問い,彼も俺も,今回の文化祭で東奔西走動き回り,何だかんだ俺は役者班,彼はデザイン班の中心として動いていた。

 これまでクラスで陽が当たる事の無かった俺達がだ。

 彼は自分が感じたことが俺と同じなのか,確かめたかったのかもしれない。

 だから感じたことはきっと同じだと信じて…

 

「ああ…楽しかったな」

「…!うん!」

 

 嬉しそうに頷くのを,眼が視えなくても感じ取れた。

 

「ん…?」

 

 2人して舞台の余韻に浸っていた所,俺は教室の外から1つの足音がドタバタと走ってきているのを感じていた。

 この羽のような走り方は…神田さんか?

 俺がそう予想した時,男子役者メンバーがいる教室の中へ神田さんが突撃してきた。

 それはもう,ドアを吹き飛ばしてしまうんじゃないかってくらいの大きな音を立ててだ。

 …あれ,でも確か神田さんはクラスの代表の1人として園田と一緒に閉会式に参加していなかったか?

 

「皆!聞いて聞いて!」

「聴いてるよ,落ち着いて神田さん」

 

 座っていた椅子から立ち上がりながらそう言うと,いつもの神田さんなら落ち着いてくれるところを…そうはならなかった。

 

「落ち着いていられないよ,だって…最優秀賞貰ったんだよ?!グランプリだよ?!」

「おう,そうかグランプリ取れたか…ん?」

 

 俺は基本的に慌てている人を見ると逆に冷静になるタイプなんだが,なるほど…これは確かにあのおっとり系キャラの神田さんも取り乱すわけだ。

 その証明するかのように,驚愕は伝搬し――

 

「「マジで?!」」

 

 一瞬静まりがえった教室,その中で男子役者メンバーと手伝いの生徒達の声が重なった。

 

 丁度良く着替えが終わった俺達は,皆して授賞式が始まる講堂へと移動する事になった。

 学内ネットワークにより,既に結果は出ているらしく途中の廊下で他のクラスからの声がかかる。

 それはもう,これまでの学校生活で感じたことのない浮ついた空気と,感嘆な空気が混じっているかのようだった。

 

「市ヶ谷君,すっごいかっこよかったよ!」

「ヴァンガードってあんなに面白いんだな,俺もやってみようかな」

「あのMV凄かった,あれ誰が作ったの?クオリティ高すぎでしょ!」

 

 他にも道すがら,これまであまり関わった事のない人達からの賛辞を受けながら俺達は講堂へ行く。

 ただ,声をかけてくれる人たちの相手をしていたら当然遅くもなる。

 これ,俺達が講堂に着くころには授賞式終わって閉会式が終わっている可能性が高いな…まあ,急な舞台時間延長によって着替えの時間を閉会式に合わせた俺達だから文句は言えないんだが。

 そうして神田さんや深川君にガードされながら歩いていた中——俺は自分を呼ぶように打ち鳴らされた特徴的な壁の音を聞いて立ち止まる。

 

「導志君?」

「ごめん皆,野暮用を思い出したから先に行っておいてくれ。」

「え…でも主役がいないと…」

「…もう1人のヴィランを背負ってくれた人に,挨拶しないとな」

 

 その言葉で神田さんはハッとし,多分周囲を見渡して納得するかのように”分かった,遅れても来てね”と言って男子役者たちを引き連れて講堂へと向かった。

 俺は見送り…は表現的に可笑しいが,彼女らが行ったのを感じ取れば中庭へと出た。

 今の時間帯,中庭は暗くなり始めているかもしれないが生憎と俺には関係ない。

 けど,彼にとっては目立たない所にいないとファンの人達に追いかけられるからな。

 

「神楽さん,すみません。あの後挨拶も出来なくて」

 

 俺がそう言うと,気配が変わった。

 ヴィラン役をしていた時の冷たい雰囲気はどこへやら,すっかり気のいいお兄さんへと戻った神楽さんがそこにはいた。

 

「僕もあの後は逃げたから仕方がないさ」

 

 そう,俺達が全員舞台裏へと帰った時,神楽さんは既に舞台の付近にはいなくて舞台裏の生徒によるといつの間にかいなくなっていたそうだ。

 だけど考えてみれば当然か,有名人だし待ち伏せなんてされたらプライベートもあったものじゃないからな。

 

「改めて,今日も…前もありがとうございました。神楽さんのおかげで,俺達はやりきる事が出来ました。」

「ああ,恩に着てくれ。事務所からもさっき怒られてしまったからな」

「え?!」

 

 …確かに,言われてみればあの時の神楽さんの乱入は予定にない物で滅茶苦茶サービスしてくれている。

 当たり前だが,あっさりとし過ぎて忘れていた。

 そうだ,神楽さん事務所を通さずに舞台に参加してくれたんだ。

 

 情報化社会で彼の舞台参加がネットに拡散されない筈がない。

 

「めっちゃごめんなさい!!」

 

 俺はあの乱入が本当はよくないものだと気づきながらも,俺達を助けてくれた神楽さんへと直角に腰を追って謝礼をした。

 

「ああ,謝罪を受け入れよう。ぶっちゃけて言えば照明の老朽化を見抜けなかった学校が悪いし,なによりも…あのファイトは滅茶苦茶楽しかった」

「…はい,俺も楽しかったです!」

 

 神楽さんとのファイト,演劇の中でという制約はあったけれど…それも含めて凄く楽しかった。

 現役のプロファイターと戦える機会が余りないって言うのもあるけど…,神楽さんのセリフ回しに乗せられた台詞の数々,普段の俺なら言わない言の葉はまだ知らない自分を教えてくれた気がするんだ。

 正直に言うと,あのセリフの数々はほぼ無意識に近い。

 自分が猩々童子だと認識してたから出た言葉でしかない。

 

 俺の感想に,満足そうに頷いてくれた神楽さんは思い出したかのように言った。

 

「導志君,君はプロになった後の事を考えているのかい?」

 

 プロになった後…プロ資格を得たからと言って=就職した訳ではない。

 なにもしなければ当然賞金は出ないし,普通ならどこかのチームに所属してそこの広報や会社員として働くのが普通だ。

 そう,プロ資格を得ただけでは生計を立てることは出来ない。

 その将来の不安定さが,去年俺と両親が大喧嘩した一端を担っている。

 

「…プロになる在り方については,今回の文化祭でどうしたいのかを決めました。だけど,現実的な話なら未定としか言いようがないですね。…ていうか,まだプロになれるかすら分からないんですが」

 

 うん,普通にプロになれなければこの話自体意味がない事だ。

 だけど――

 

 「君ならなれるさ,この僕を真っ向勝負で下したんだから」

 

 その影を,神楽さんは遠慮なくぶち抜いた。

 

「もっと自信を持て,君は君の戦略で僕のファイトを上回った。1ターン目からの速攻,猩々童子のスキルの使い方,そして何よりあのセットオーダーは僕の予想を上回る一手だった。君は間違いなくプロになれる。この僕が保証する。寧ろ早くプロになってリベンジをさせてくれ」

「なんか最後は悔しさが滲んでいるんですが?!」

「滅茶苦茶悔しいからね!本当は今にもファイトをしたい所さ。」

 

 あ,これめちゃガチで言っているわ。本気で悔しがってるぞこの大人。

 さっきまでの中の良い近所のおにいちゃんみたいな雰囲気どこに行った。

 

「まあ,それはそれとして…プロに上がってこい,市ヶ谷導志。」

「…はい。プロに上がった後の事はまだぼんやりですが,必ずまたあなたとファイトします」

「ああ,約束だ。握手しよう」

「ん?あ,はい」

 

 そう言えば見えないから手を差し出されているだけじゃわかんないよね,ってそんな事を思い出して俺は前に手を差し出すとごつごつとした手が握られた。

 今更だが,これ彼のファンが視たら発狂すんじゃねえの?

 知らんけど

 

「ああ,そうだ。聞いておきたい事があるんだが」

 

 握手を終えて離されたと同時に,本当に今思い出したのか

 

「導志君,今バンドとか事務所に入っている訳じゃないよね?」

「寧ろ未知数の世界すぎますが。俺はライブハウスのCiRCLEって所でバイトしてるだけですよ」

 

 だからプロになった後も取り合えずCiRCLEでバイトを続ける事は確定していた。

 

「そうかそうか,なるほどね」

「…?」

 

 何その意味深な頷き。

 その事について問いかけようとした所

 

「取り合えず,先ずは来週のプロ最終試験1,2回戦を突破しないとね。ここまで勝ち上がって来たつわもの達だ,ただプロになりたいって理由じゃ足元を掬われる…って言おうとしたんだけど,どうやら君には心配いらないようだ」

「分かっています,ただなりたいからって理由だけでここまで勝ち上がって来た連中はいない。」

 

 そうだ,悠馬だってお母さんの治療費の為にプロを目指している。

 突き詰めれば金の為だが,ある意味それ以上に強い想いを見つけるのは難しい事もよく知っている。

 前の俺がそうだった,また悠馬と戦いたいから,日が暮れるまでファイトしていた俺達の日々が無駄なものじゃない事を証明したいからこそ戦って来た。

 だけど,最終試験決勝でぶつかるかもしれないと気がついた時…漠然とプロになった後の事が考えられなかった。

 

 でも…分かったんだ。

 俺がプロになりたい理由を,だからこそ――

 

「大丈夫です,俺は貴方と同じところに正々堂々と立ってみせますから」

「…ああ,待っているよ」

 

 俺の視線の先に,朗らかに笑う神楽さんがいる気がした。

 俺も笑みを浮かべ,改めて姿勢を正す。

 舞台の上では出来なかった事を今やろうと思ったんだ。

 

「神楽さん,対戦,ありがとうございました」

 

 斜め45度のお辞儀をして,舞台でのファイトのお礼も込めて挨拶をする。

 対人戦なんだから,対戦相手への礼儀は当然だ。

 

「ああ,こちらこそ…対戦ありがとうございました」

 

 そして神楽さんがそう言う事で,俺達の今日のファイトは本当の意味で幕を閉じたのだった。

 

 ☆

 

 後夜祭のキャンプファイヤーの火,その周りを囲む男女を見ながら私はクラスメイト達と離れた所で遠目に見ていた。

 キャンプファイヤーの周りにいる男女は,ダンスを一緒に踊ったり,楽しそうにお話をしたり…男の子が女の子を誘ったりしている。

 いつの世界も,祭りは男女の仲を発展させることを身をもって体験した。

 

 だけど――

 

「はぁ…」

 

 私は,そんな彼ら彼女達を見れば見る程鬱屈とした気持ちが襲ってくる。

 今でも思い出せる,導志君と神楽さんのファイト終盤で――導志君を心配気に見つめる戸山さんの姿。

 彼女を舞台の上から見つけたのは偶々だった,見覚えのある猫耳みたいなヘアスタイルを見つけて時折彼女の反応を見てしまっていた。

 直接見て,確信した。

 彼女は導志君の事が好きだって。

 

 そして,導志君もきっと…。

 

『私は貴方に…恋をしています』

 

 舞台の最後の台詞,これからの猩々童子とタマユラを想像させるための台詞…だけど,私と導志君には当てはまらないや。

 舞台の前に決めたから,あのセリフで私は私の恋を終わらせるって。

 だけど直ぐにその気持ちが無くなる事なんて無くて…きっと私はこれからも導志君を見るたびに泣きたくなるかもしれない。

 

「でも…言えてよかった。貴方達は…どうなるんだろうね」

 

 そう言って私は,また自分に嘘をついて――自分のタマユラのデッキを見つめた。

 惑星クレイ物語じゃまだ猩々童子と貴方は恋人になっている訳ではないけれど…私は無理だったから,せめて貴方は幸せになって欲しい…なんてね。

 

 導志君の事が気になり始めた時に始めたヴァンガード,私は猩々童子との関係からこのデッキを選んだ。

 けど,ファイトはまだ怖くて出来なくて…導志君に言えばきっとやってくれるって分かっているけれど,なんだかそれは本気でヴァンガードに向き合っている導志君に失礼な気がして黙っていたこと。

 私は…きっと,これからもそれを教える機会はないと思った。

 

「あ…」

 

 そして,見つめていたデッキに一粒の涙が流れていくのを見て…自分が泣いている事に気がついた。

 

「…っ!」

 

 唇を噛みしめて,私は急いで校舎裏へと向かった。

 生徒達は皆後夜祭に参加しているか,家に帰っている。今更校舎裏にいる生徒なんていないはず。

 そんな予想を裏切らず,校舎裏には誰一人もいなくて私は壁に背を預けてうずくまった。

 そうしたら,ようやく何かが決壊したのか…涙が止まらなかった。

 

「あ…うああ…」

 

 頭がぐちゃぐちゃになって,何も考えられなくなって…私は時間の感覚が無くなるほどに泣き続けた。

 眼が晴れて化粧が落ちるのなんてどうでもよかった。

 

 彼と初めて出会った日から,高校での再会,一緒に演技の練習をした日々の事を思い出しても――届かないって分かっているから。

 

 …どの位泣いたんだろう,私はいつの間にかかけられている何かに気がついて…そっと隣を見上げた。

 本当に気がつかなくて,足音も何も聞こえなかったのに…彼はそこにいた。

 私と同じように壁に背を預けて,ブレザーじゃなくてベストだけになっている導志君がそこにはいた。

 月に照らされて,端正な横顔にドキッとしながら私は…

 

「な…んで」

 

 彼は見えていない筈の眼をゆっくりと開けて,満月が出ている方向を見上げた。

 だけど耳は少し紅くて,それがどうしようもなく嬉しく思った。

 だって,それは私に恥ずかしく思ってくれているって事だから。

 

「なんでって,園田が最優秀賞受賞記念兼,文化祭の打ち上げの日程を決めたいって言っているのに誰かさんがいないからだろ。枳殻さんメインヒロインなのに無しなんて考えられないだろ」

「そっちじゃなくて…どうやって場所」

 

 だって…導志君眼が視えないんだから,私がいる所なんて分かるはずもないのに。

 

「…他クラスの人が,枳殻さんが泣いてどっかに行くを見たって教えてくれた。自分が頑張っている姿を他人に余り見せたくない枳殻さんなら教室に戻るとは考えづらい。いつ誰が来るか分かったものではないからな。なら考えられるのは体育館と講堂か校舎裏。前者2つは今実行委員会の人達が片付けをしているから除外。消去法で校舎裏だろうとは思った。」

 

 ”まあ,あまり自分で来る事は無いけどな”って言った導志君は…前とはどこかが違っていた。

 雰囲気もそうなんだけど…何となく,違っていた。

 この推理をする時だって,前までなら最後に”多分”って付けただろうに…自信が感じられる。

 

 …そこで私は気がついた,彼のブレザーが私にかけられていた。

 ほんとう…優しすぎるのも悪いと思う。

 

「皆は…?」

「園田とは後で約束があるが,他の皆は打ち上げは後日って事で先に帰ってくれたよ。」

「そっか,悪いことしちゃった」

 

 本当ならこの後,園田君も神田さんも打ち上げをしたかったはずなのに…私がいないから気を利かせてくれたんだと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

「別に悪くはないだろ,皆家で家族に話したい事は色々あるだろうさ。…まあ,一部は仲良くなった人と一緒に帰りたいっていうのもあったかもしれんが。」

 

 仲良く…男女の仲の話を導志君がするのは珍しいな。

 基本的に彼,余り恋バナをしたがらないから。

 …まあ,私が知るのが怖くてしていなかったって言うのもあるんだけど。

 

「そっ…か。」

「ああ,とはいえもう直ぐ完全下校時刻だから…駅までは送ってくよ。流石にもう辺りは暗いだろ。」

 

 きっと…私がみっともなく泣いていた事に気がついている筈なのに,その事については触れないでいてくれる。

 触れられたら私はきっと壊れてしまうって分かっているのかは分からないけど…彼の優しさの本懐に私は感謝した。

 彼は見えていない筈の視線の先で手を差し出して…私はそれを握り立ち上がる。

 

「なんだか手慣れている感があるのがムカつくけど…お言葉に甘えようかな」

 

 そう,今日が最後。

 私が彼に持つ恋心との決別は今日で終わらせる。

 彼と接点を持つきっかけになった主人公とヒロインの関係も…今日で終わる。

 私は演劇部の1人として,彼はプロを目指すヴァンガードファイターへと戻る。

 

 

 だから…今日くらいは,あなたと隣で歩きたい

 

 

「手慣れてるって…ああ,でもこの間白鷺先輩に男避けとして使われたからな」

「ふふっ,なにそれ。その話聞かせてよ」

 

 そうやって私はまた笑えているかな…ううん,笑えてない。

 苦しくて苦しくてたまらない。

 このままあなたとどこかへ行ってしまいたい。

 だけど,それはあなたの夢を邪魔する事になるから出来ない。

 だからせめて貴方の友達として,今日だけはあなたのヒロインでありたい。

 

「良いけどあの人有名人だから余り言いふらさないでくれよ。」

「分かってる分かってる,2人だけの秘密ね」

 

 そうして私達は手を繋いだまま,歩き始めた。

 他愛のない話,何でもないような話,どんな有名人の話が出ても私は彼から意識が話せなかった。

 学校を出て,駅へ歩く中にある公園へ私達はやって来た。

 本当ならここを通って駅へと行くのだけど…彼は唐突に足を止めた。

 

「導志君?」

 

 彼は少し気まずげに明後日の方を見た後,私の方に目を向けていた。

 それはどこか戸惑いも含んでいて,どうしてそんな顔をするのかが…心当たりがあり過ぎてどれかに絞れない。

 

「あー…その,さっき他クラスの人に枳殻さんの事を聞いたって言ったよね。」

「うん…きっとその人困っただろうね。」

 

 だっていきなり泣き始めるんだもん。

 どうしたらいいのか分からなくて,導志君へと教えてくれたのかもしれない。

 彼,盲目って事もあるけど容姿は凄く目立つし,昨日と今日で学校で凄く有名になったしね。

 

「困ったかは知らない。けどもう1つその人から聞いたんだが…デッキ持ってる?」

 

 …私は余りの事に口を閉じてしまった。

 そうだった,私あの時一度も使った事も無いデッキを持って想い馳せていたからその人がデッキを持っている私を見てもなんら不思議がない。

 導志君に近づきたいが為に始めたヴァンガード…結局そんな勇気も無かったけれど。

 

 文化祭期間中,色んな時間を一緒にいたのにそんな話を一度もしていなかったんだから彼が怪訝になるのも無理はない話なんだ。

 

「ああいや,その人が遠目で見ただけだから見間違いかもしれないけど…もしもヴァンガードなら,1戦やらないか?」

 

 だけど,彼は私が黙っていた事なんて大して気にせずそう言ってくれた。

 それがどれだけ嬉しかったか,表すのは凄く難しいけど…彼とまだ一緒にいたかった私は――

 

「良いけど…私凄く弱いよ?」

 

 それはファイトの腕って意味じゃない。

 いやそれもあるけど,心は弱い。

 彼が望むファイトは,きっと強い人達とのファイト。

 なら私は彼の眼鏡には適わない。

 けど…

 

「…?別に弱いとか強いとかどうでもいいんだが…俺にとって大事なファイトは”楽しかったかどうか”なんだから」

「…っ。」

「園田とファイトした日からよくファイトしていると思うが,あいつとのファイトは楽しいからやってるんだ。強くなるためじゃない,楽しむためのファイトだ。弱かろうが強かろうが,”楽しい”と思う事は誰でも出来るんだから」

 

 だから気にする事ない,そう言ってくれた。

 私はそう言って貰えたことで,これまで言えなかったことを言える気がした。

 

「そっか…じゃあ,1度だけお願いしようかな」

 

 そうして私達は公園のベンチでカードを広げた。

 ルールは分かっているけど,実際にやるの初めてで緊張して指が震えながらも,導志君は優しく待ってくれた。

 それだけじゃなくて,封が開いて既にあったかくなっているカイロを貸してくれた。

 

「で,でも導志君の分が…」

「いや,俺のは姉ちゃんにめちゃ持たされているから大丈夫。」

 

 そう言って導志君は通学鞄からもう1つカイロを出して封を切った。

 …前から思ってたけど,導志君のお姉さんは本当に過保護だね。

 導志君自身が今日教えてくれたことだけど,改めてそう思った。

 

「準備…出来たよ」

「ん,じゃあ気楽にやろう。」

 

 お互いのファーストヴァンガードをセットし,山札から5枚とって対戦準備は大丈夫。

 あとは開戦の合図だけ

 

「対戦,おねがいします」

「あ…はい,お願いします」

 

 導志君のその言葉に私も慌ててそう言って,今度こそファーストヴァンガードに手を触れた。

 …舞台で,どうして導志君と神楽さんは打ち合わせもせずに開戦の合図を合わせられたのだろうと思ったけど…自分がその立場になって分かった気がする。

 何となく,そんな雰囲気が感じられるんだ…ゲーム開始の合図がのタイミングが――無意識に私は,私達は声を揃えた

 

「「スタンドアップ」」

 

「THE!」

 

「「ヴァンガード」」

 

 このファイトが,私達の新しい始まりでありますように…そう願いながら,私は彼と同じことをしていることを嬉しく思った。




お疲れさまでした!

自分達を助けてくれた神楽とのお話と枳殻のお話でした。
失恋して泣いて,優しすぎる導志に苦悩しながらもファイトを通じて諦めることの背を押した感じです。
枳殻の使用デッキはタマユラです。流石にファイト回連続だと僕の頭がパンクするので描写なしでした。2人とも楽しくファイト出来たとだけ。


では次回エピローグ後半戦,文化祭の総決算。
導志にとって過去との対峙です。

次!

香澄と導志,付き合った後のお話でどれがみたい?

  • 交際後,初デート
  • 2人がそれぞれリサに恋愛を相談する話
  • 2人の期間限定バンドのお話
  • 2人で海と夏祭りに行く話
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