流石に夜だからか,生徒達もほとんど帰っているからかまばらになった学校の最寄り駅まで俺達はやって来た。
「じゃあ,また学校で」
ファイトを終え,駅まで枳殻さんを送った俺は彼女のどこか吹っ切れたかのような声に安堵した。
「ああ,また。…あ,1つ忘れてた」
「…どうしたの?」
訝し気に俺の答えを待つ枳殻さんに,こう改めて言うのは恥ずかしいものがあると感じながら,俺は言った。
「文化祭期間中,何度も手伝ってくれてありがとう。これからも…友達でいてくれたら嬉しい」
「…っ,ふふっ,もう私達友達でしょ?園田君も神田さんも,クラスのみんな…最優秀賞を取れたのは誰かだけが頑張ったからじゃない。皆で同じものを作れたから。だから…1人で良いなんてもう言わないでね」
いろいろなものを飲み込んだかのような言葉,普通に正論過ぎて刺さって来た。
「ああ,もう懲りたよ。」
「あ…でも,友達って言うなら1つお願いがあるんだ」
「え,なに」
「私の事名前で呼んで?」
それは普通に予想外な言葉だった。
今までクラスの人達は名字呼びだったから気にしていなかったし,彼女も特に気にしていないのかと思っていたから現状維持だったんだが。
こう言う頼みをされるのはリサ先輩と香澄さん,まりなさん以外じゃ初めてだな。
「分かったよ,じゃあ気を付けて帰って…燈火さん」
「…うん,導志君も今日はお疲れ様!最高の舞台だったよ!」
そうして,枳殻さ…じゃなかった,燈火さんは改札へ入って言ったのを聴いた。
…ただ,やっぱり違和感が少しあった。
言葉には出来ない位小さな違和感,今まで当たり前だった感覚がほんの少し,抜けているような感覚。
今日照明にぶつけてしまった頭がチカチカと光ったような気がして…燈火さんがホームへ行った頃合いを見計らってため息をついた。
彼女の前でぼろを出さない事が出来た安堵のものだった。
「今日はまだやる事があるし…明日はモニカのPAだ。立ち止まるな,俺」
以前招待状を渡した時にモニカの2人から頼まれたPAが明日に控えている。
けど,これから行く場所も…俺にとっては転機になる気がしたから身体に鞭を打って俺は駅を出て,さっきまで燈火さんとファイトしていた公園へと戻った。
少し遅れてしまったが,園田なら許してくれるだろう。
「お,来たか導志。悪いな,あとは帰るだけなのに」
公園に恐らくついた所,俺を待ってくれていた園田が声をかけて来た。
その方向へと俺も歩いて行くと,…俺は別の気配を感じ取った。
園田じゃない,別の誰かの気配だ。
ただ,それは神田さんかなと思ったから特に気を付けることも無く彼の言葉に応えた。
「って,園田はどうせ俺と枳殻さんがファイトしてたところを見てただろ」
「あ,ばれたか」
「普通に声かけりゃいいものを」
「いやあの楽しそうな雰囲気に声かける程野暮じゃないんだが…,まあそれよりも…導志にあって欲しい人がいてさ。俺達のクラスのもう1人の影の立役者なんだが…」
どこか言いにくそうにする園田,俺はそうなる理由が何となく知っている。
となると,最初園田と一緒にいる人間は神田さんと思っていたが,どうやら違うみたいだ。
神田さんなら影じゃなくて真っ当な立役者,影って言う位なら俺はその姿を見ていない事になる。…こらそこ,元々見えないだろとか言わない。
俺はその答えを分かっているから…少しトラウマで心臓バクバク言っているが,それを飲み干して――
「高田か?」
「ああ,そうだ。今回の脚本を作ってくれたのは俺達と同じクラスだった高田…」
そこまで話した園田が固まってしまったかのように硬直をして…
「えっ?!なんで知ってんだよ?!」
「驚きすぎだろ,よくそんなので監督勤まったな」
そうして,園田の隣にいた人が声を出した。
ああ,やっぱりというか…過去俺に戦力外通告をした高田頼成だった。
声質からなにまであの時のままだ。
…だけど,不思議とあの時とは違い怖いとは思わなかった。
前までなら不安から過呼吸位にはなったはずなのに。
「いやだって,俺一度も高田が脚本したって言わなかっただろ?」
「ああ,まあ言ってはいなかったな。俺を気遣ったんだろうけど,それなら他のクラスメイト達の口も合わせておくべきだった。深川君が脚本を担当した第三者の存在を教えてくれたよ」
もとより…俺はあの台本が園田や神田さんが作ったものとはあまり考えられなかった。
いや失礼は承知だが,あの脚本は基本的に俺を中心としたもの。
家来役の名前とかもヴァンガードのユニットの名前だったし,園田がヴァンガードを始めたのがあのファイトの1カ月前ってのは教えてくれていた。
ただ,園田は俺と初めてファイトした時に脚本にもあるユニットの名前が分かっていなかった。
「だから深川君にさりげなく脚本は誰が書いたのかを聴いたら…俺と向き合いたい中学時代の3人の最後,園田と神田さん以外の人間がいる事を知った。あの中学のクラスの人間なんて殆ど忘れているが,高田の名前はずっと覚えていたし…脚本の癖があの時の高田のものに似ていたのを思い出した」
だから今回の脚本を作ってくれたのは高田なんじゃないかと,俺は思っていた。
それを確かめることはしなかった,それを園田達が教えようとしてくれないという事は隠しておきたいという事なんだし…あの脚本を何度も見続けて感じた事もあった。
感じた事が正しいかどうかは分からないけれど,それよりも今は舞台を成功させようと思っていたからな。
だけど,それもお終い。
俺は…本当の意味で過去と向き合う事にした。
「久しぶり…かな,高田」
「…ああ,久しぶりだな。市ヶ谷」
ああ,めっちゃ懐かしい。
最近皆下の名前で呼ぶから忘れがちだけど,名字単体で呼ぶ人は高田くらいしかいなかったなと思い出した。
…まあ,名前を呼ばれた記憶なんて殆どないんだが。
——そして,少し想像してみて欲しい。過去のトラウマの元とさらっと再会してしまった時,どう対応すればいいのだろうか考える必要があると思う。
それに…今回のことで分かった事がある。
もしかしてだけど…彼があの時に俺に”もう何もしなくても良い”と言ったのは譜面通りの意味じゃない,もっと別の何かがあるんじゃないかと思った。
だからお互い閉口して10秒くらい経った時,意を決して俺は
「「あの…なに(なんだ)?」」
考えている事は同じだったのか,見事に高田と声がはもってしまいめっちゃくちゃ気まずくなった。
隣で必死に笑い声を抑えている園田はまたファイトのサンドバ…練習相手になってもらうとして,俺は聞いた。
聞かなきゃいけないかもしれないと思った事をそのままに
「あの時高田が言った”もう何もしなくても良い”…あの言葉の真意を教えてくれ」
「…」
「別に怒りはしないからさ。…多分,お互い不器用だったってだけで」
それは本心だった。
脚本は只の文字列に過ぎないかもしれないけれど,少なくとも俺はヴァンガードと同じだと思っている。
どんな流れで進ませるかは人次第,寧ろファイトみたいに対戦相手の思惑が入らない分脚本の方が正直かもしれない。
それを踏まえたうえで,あの脚本を読み返してみると…視覚障害についてよく調べられているし,ヴァンガードのユニットを使う事も調べられていた。
とても物語で誠実で堅実,それでいて大胆な脚本。
そして…俺に対する罪悪感が込められていた。
だから…きっとあの時の言葉には別の意味があるんだと,何となく思っていたんだ。
「違うだろ,市ヶ谷には俺にぶちぎれる資格があるだろ!俺のせいでお前は…お前は…!」
壊れた…そう言葉を続けようとしているのは分かるが,それを口にするのも怖くて唇を震え指す事しか出来なくなっていた。
ああ,そうだな。
きっとあの時の文化祭がなけりゃ俺はいじめられる事も,中学時代孤立する事も無かったかもしれない。
ほどほどに良い点とって,ほどほどに良い高校へ行って…人様に迷惑をかけない範囲で生きる目立たない人生を歩いていただろう。
それを高田は分かっている,分かっているからこそこうして俺の目の前に現れてくれた。
ああ,だからこそ伝えないといけない事は確かにあるんだ。
「ああ,俺はあの時のお前を生涯許す事は無いだろう。どんな考えがあったにせよ,もっとマシな伝え方があったはずだ。あの時のクラスの連中も,盲目っていう大義名分が戦力外通告で更に加速したんだろうよ。」
園田が何か言ってくるかと思ったが,事前に何も口を挟まないと約束でもしていたのか黙ったままだった。
「普通に中学なんて行きたくなくなったし,成人式にもきっと行かないだろう。だけど…」
そこで言葉を区切る。
事実は淡々と告げるべきだから,…まあそう言う方が楽だというのも正直ある。
「知らないまま未来には行けない。今日ここで,俺は未熟だった自分と決別し明日にはそんな事があったなって笑っていたい。」
高田の持つ答えが俺に必要なのかは分からない,だが…今日まで舞台の為に1つになっていたクラスは楽しいものだった。
練習,映像,音響,照明,衣装,小道具,大道具…これまで体験したことのない連続で,その中で人と向き合うのが怖かった俺はもういない。
中学の時とは180度違って,楽しかったんだ。
なら俺はいつまでも過去の事を引きずるんじゃなくて,それを笑い話にしてこの未来を歩いていたい。
それが…今日まで至らない俺を支えてくれたクラスメイト達に対する,俺が出せる今回の文化祭のアンサーなのだから。
俺の言葉を聴いた高田は暫く沈黙し,やがて決めてくれたのか語りだした。
俺の知る彼と同じように,正直で真っすぐで…不器用な言葉の真実を。
「…俺は昔から舞台が好きでさ,中学に入った頃までは演劇をすれば皆が笑顔になれるんだって思ってた。」
そうして彼は語ってくれた,思考がぐちゃぐちゃしているのか,結論が最初に来ていないのはあれだったが…必死に言葉を繋いでくれているのだと分かるから口を挟む事はしなかった。
憧れの俳優がいる事,将来その人に自分の舞台を演じて欲しいこと,その為に幼少から舞台に関するあらゆることにハマった事。
その中の1つとして当然,脚本もあった。
自分が視る舞台では,見る人たちみんなが笑っていた事…そんな光景をいつか自分も作りたかったこと。
そして…中学最初の文化祭でその機会は訪れた。
意気揚々と監督と脚本係に立候補し,過去に作っていた題材でその役目を搔っ攫い…俺にあの言葉を向けた。
酷い言い訳のようだと,本人も思っているんだろう。
”観客席から見て,笑ってほしかっただけなんだ”…そんな綺麗ごとでしかないことを言い終えた時,ああやっぱりなって思った。
「その…導志…」
あまりにも重い空気に,園田も思わず口を挟みそうになっているが,それにかぶせるように俺は言った。
「そうか,それが知れただけで良かったよ。」
「…っ,良かったってお前は」
それでいいのかよ,そう続けようとしたのかもしれない彼の言葉を俺は遮った。
「勘違いすんな,納得はした。それがあの時の言葉の真意だと知った所で過去は変わらん。でも…言っただろ,俺は停滞する世界よりも1秒後の未来がみたいって。あれは俺の本心だ,この短い期間で,お前の台本を演じ切り,一度捨てたものをもう一度拾った俺の信念だ。」
1秒後の未来…俺は今日舞台のファイト中のアドリブの台詞,だけどあれは本心でもある。
口から勢いで出た言葉だけど存外気に入っている。
「俺はもう,あの時の事を後悔から振り返る事は無い。だから高田も気にするな。そもそもいじめ云々だってお前が扇動した訳でもないし,その選択をしたのは
だからいじめられたのは仕方がない…何ていうつもりもないが,正直今はもうどうでもよくなっていた。
いじめなんてした奴が悪いし,今そんな事をおもいだすよりも先に俺には目指すべき場所がある。
原因は高田かもしれないが,やると決めたのはやってきた奴らで高田は関係ない。
今,それに構っていられなかった。
「だから謝罪もいらない,俺はもう納得した。高田が自分で納得出来なくてもな。だから俺は次の明日に行く。これでこの話は終いだ。」
言葉は暫く帰って来なかった。
彼にとってはきっと俺が罵詈雑言を言ってくると身構えていたのかもしれないが,怒るのも体力が必要だ。
そして,今の俺はそんな事に体力を使うほど体力が残っている訳でもなかったんだ。
それに――
「高田がちゃんとあの時の事を覚えていた,俺にはそれだけで十分だよ」
「…っ」
そうだ,世界には自分がやらかしたことを忘れるような連中だっている。
自分がした事を罪だとも思わずにのうのうと生きる人間もいる。
きっと高田が気にしていたいじめ云々だって,それをした本人達は他の高校で俺の事はそんな奴がいたな程度にしか思っていないだろう。
それに比べたら高田はちゃんと,影からでも俺と向き合ってくれた。
エゴだと分かっているのに,俺が変わるためのきっかけをくれた。
そして俺自身は別に当時の事はどうでもいいと思っている。
ほら,別にこの件を引きずる必要はもうないんだと,俺は自分でも意外に思うほどあっさりとそう考えた。
「ただ反省はしろと普通に思うから赦さない,それだけだ。その苦しみを知ったお前は,もう同じ間違いをしないだろ」
「ああ…もう,同じ間違いはしない。赦さなくても良い,また…ちゃんと市ヶ谷と話せたことが一番良かった」
そうして彼は少しの笑みを浮かべた…気がした。
それでようやく,俺の胸を縛っていた何かから解放された気がする。
「ああ,そうだ。まだ言ってなかったから丁度いい」
しんみりとした空気になってしまい,どうしたものか,いつもなら率先して話題を広げる園田までそんな雰囲気になってしまったからな。
そう思っていた所,俺はまだ彼に言っていない事があるのを思い出して言葉を紡いだ。
「高田,脚本作ってくれてありがとな。神楽さんも良い台本だって言ってたよ」
そして,何故かそこで押し黙ってしまう高田。
俺はこの時知らなかったのだ,高田のもう1つの側面に。
…いや,別にそんな側面って言うほど大仰なものじゃないんだが,彼にも
憧れの存在がいることはさっき知ったばっかりで――
「神楽さんが?!」
「えっ?」
うん,端的に言って彼が最初に憧れたという舞台俳優は神楽夜翔その人だったらしい。
そして彼に憧れて演劇業界に入る位なのだからそのファンの純度とでもいうのか,つまり推しへの好感度的な奴が天元突破している訳で…
「言え市ヶ谷!神楽さんは俺の台本になんて言っていた!?いやそもそもなぜ市ヶ谷と神楽さんが知り合いなんだ!」
「うぉおわわあわあ」
肩をがっしりと掴まれて前後に揺らすくらい,彼は推しに対するファンのように…というかまさにそのように俺に早口で詰め寄って来た。
眼が視えないから平行感覚は俺にとって大事なファクターなのだからこんな頭を揺らされたら色んな意味で命の危機を感じた。
「頼成どーどー,そんなに揺らしたら答えられるものは答えられないだろ」
一瞬頭が揺れているせいか,園田のどーどーという高田をなだめる言葉が導志導志に聴こえてしまって大分末期だなと思った。
思ったよりも疲れているらしい。不意打ちで肩を掴まれ揺らされたから余計に。
園田の声によって高田は正気を取り戻したのか,”はっ!”と言って慌てて俺の肩から手を離した。
ただし興奮はまだ冷めていないようで
「す,すまない…それで神楽さんはどんな人だった?!」
ファンの鏡だなーと現実逃避を始めてしまったが,俺は自分でもビックリするほどに冷静に…
「じゃあ少しだけ話そうか」
そうして近くのベンチに座り,俺達は今回の舞台裏について語り合った。
園田とのファイトから今日までの事を,笑いながら。
明日からはまだ見ない未来が始まるんだと,胸を高鳴らせた。
一週間後,俺は無事プロ最終試験,1回戦と2回戦,更に翌週準決勝を勝ち抜き決勝戦へと駒を進めた。
そして,決勝戦の相手は柴咲悠馬,その人だった。
次の過去から続く宿命に,決着をつける時が来た。
ただ,その前に,俺にとって大事な話をしよう。
…は?
お疲れさまでした!
という訳で,導志と高田が相まみえてお話しする会でした!
お互いにわだかまりが無くなり,導志は本当の意味で過去を乗り越えました。
そして神楽のファンであるが故に彼の話になったらテンションが可笑しくなる高田はライカをイメージしてました()。
そしてさらっとプロ試験勝ち進んでます。
過去の憂いが無くなって,プロに勝ったことで自信を身に着けたが故の躍進です。
まあ,最後にその自信が吹っ飛びかねない問題が発生していますけれど!
では,次回!
香澄と導志,付き合った後のお話でどれがみたい?
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交際後,初デート
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2人がそれぞれリサに恋愛を相談する話
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2人の期間限定バンドのお話
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2人で海と夏祭りに行く話