めーっちゃ情けねえな…なんだって好きな人に抱きしめられて,突き放そうとしたのに丸め込まれてそのまま一緒に寝てるんだろうか俺は。
「ん…どーくん」
目を覚ましてもやっぱり視界は暗いまま,だけど耳は今それなりに聴こえていた。
流石に一挙手一投足聴こえるとは言い難いが,普通程度の声ならまだ何とか…本音を言うと,香澄さんにビンタされた時から割と聞こえていた。
だから,彼女が俺を抱きしめながら言う寝言も聞こえていた。
それがどんだけ嬉しいのか,言葉では言い表せない程に。
「んんっ…どーくん…起きた?」
そうこうしていると,香澄さんがどうやら起きたらしい。
少し名残惜しく身体を離されるが,それを惜しむのは何だか負けな気がするから言葉には出さず頷いた。
「はい…今は,少しなら聞こえます」
「そっか…って,わあ,もう外真っ暗だ。何時だろう」
そう言ってゴソゴソと何かをして,スマホかなにかを見て香澄さんが”あ”と言葉を飲み込んだのが聴こえた。
俺も身体を起こし,彼女の言葉を待った。
「あはは…もうちょっとで日付超えちゃう…」
「それはまあ,ごめんな」
さい,と続けようとしたら口を優しく抑えられて言葉を繋げられなかった。
「謝るの禁止,私がしたくてしたんだから。」
「…はい」
その時,部屋の中にグウという音が鳴った。
俺が返事した直後,香澄さんの腹の虫が鳴り響いたんだ。
「うっ」
香澄さんは恥ずかしそうに言葉を詰まらせ,あははと笑う。
だけど,まあ香澄さんがお腹すくのも分かる。
夕飯の前に一緒に寝てしまって,そのまま夕ご飯は食べていないんだ。
俺は俺で食欲なんてしばらくないから,身体が欲するように空腹が感じられる。
「あ,そうだ。さーやからパン貰ったんだ,一緒に食べよ?」
「じゃあ,お言葉に甘えて」
「うん,はい,手出して」
そう言われて手を差し出すと,香澄さんは俺の手を握って立ち上がらせて俺達はリビングへと向かった。
流石に日付を超える前と言うだけあって,姉ちゃんもおばあちゃんも既に眠りについたのだろうか,リビングに人の気配はなかった。
香澄さんは俺を机に連れて行くと…
「あ,手紙だ…有咲から?」
どうやら姉ちゃんの置手紙のようで,香澄さん曰く。
「わぁ!シチュー残してくれてるって!」
そう言って香澄さんは机に俺を座らせた後,るんるんとキッチンの方へ行くとシチューを見つけたらしく
「火使うね」
と言って熱し始めた。
シチューがまた温まるのを待つ間,彼女は山吹先輩のお店のパンを取り出した。
「流石に冷たくなってるんじゃないですか?」
「ふっふっふっ,実はさーやから冷たくなったパンをカリカリふわふわにする方法を教えてもらってます!」
そう言って香澄さんは自慢げに解説をし始めた。
曰く,先ずはパンを電子レンジで10秒から20秒くらい温め,次にオーブントースターで30秒から1分加熱するとお店に出たてみたいなパンになるのだそうだ。
流石にパン屋の娘さん,そんな事で良いのか。
閑話休題
シチューも温めなおした香澄さんは,温めなおしたパンとシチューをテーブルへと持って来た。
2つのメニューは温かさと香りを取り戻し,ここ最近あまり食べ物を入れてなかった腹がなってしまう。
「ふふっ,どーくんもお腹空いてるんだ」
「…しばらく食べてなかったので」
「そっか,パンいっぱい貰ってるから食べよ!」
そう言って俺達は手を合わせて”いただきます”と呪文を唱える。
香澄さんはそう言うと,多分パンを手に取って,シチューに付けて
「はい,手出してどーくん」
「はい」
言われるがままに手を差し出すと,俺の手の中に暖かいパンを掴まされる。
俺が掴んだのを確認すると,香澄さんは手を離した。
香澄さんも自分の分を持つと,ほとんど意識しないまま俺達は揃って噛り付く。
「ん~!さくふわーってしてだわーんとして美味しいね~」
多分さくさくふわふわって言いたいんだろうな,でついでにほっぺが落ちそうなほど美味しいとも言っている。
だけど,彼女の言う事も分かる。
山吹先輩の家のパンと,多分おばあちゃんが作ってくれたシチュー,とっても合っていて俺達は”美味しいね”と他愛のない感想を言い合いながら食べ続ける。
それはそれとして,俺は気になってる事を聞いた。
「香澄さん,その…お家には連絡しなくていいんですか?」
だってきっと香澄さんが帰って来なくて心配してるんじゃないかと思うから,彼女が怒られないようにどう言い訳しようと思っての事だった。
だけどいらない心配だったみたいで…
「あ,それなら大丈夫。有咲が私の家に連絡してくれてたみたい」
香澄さんのスマホにお母さんから”迷惑かけないようにね”という文言と一緒に了解のメッセージが来てたらしい。
それを聴いて安心して,後で姉ちゃんにもお礼言っておこうと思った。
「そっか,良かったです。」
「どーくんはまた病院行くの?」
「またというか…明日定期健診です。薬も切れちゃいましたし」
明日というか,もう直ぐ今日というか…まあ,あまりいい結果ではないだろうなとは思ってる。
ここ最近ストレスで眠りと起きている時の狭間が曖昧過ぎて,元から眼が視えないのもあって正直不健康な生活を送っているからな。
ただ,それはそれとして聞こえなくなるかもしれない耳への抵抗として,薬は貰っておきたい。
「私も行って良い?」
「え」
明日は日曜日で,だから香澄さんがここにいられること自体はまあ可笑しくない。
けど,それを言ってくるのは意外で…もないな。
香澄さんは俺のパンを食べ終わった手を握って,囁くように言った。
「一緒に背負うって言ったでしょ」
…この人,ヒロイン属性半端ないよなとか思ってしまった。
「はい…一緒に行ってくれますか?」
「うん!」
俺と香澄さんはそんな何気ない会話が少し可笑しくて,揃ってくすっと笑った。
俺達はそうして食べ終わったパンと,シチューを片付ける。
と言っても,俺が出来る事なんてたかが知れている。
俺が出来るのは香澄さんが洗ってくれた食器を拭くだけの簡単な作業。
それでも俺は何となく,嬉しく思った。
「あ,そうだ。どーくん,もう少し待ってて」
そんな皿洗いも終わると,香澄さんは思い出したかのように言って俺を机に座らせると何かゴソゴソとする。
なんだろうかと思うのも束の間,どうやら彼女はスマホを見ているようで
「5…4…」
俺からすれば謎のカウントダウンを始めた。
何のカウントダウンだろうか,俺は自分の頭超高速回転させてみた。
一番あり得るのは…それこそ日付を超えるカウントダウンだろうか。さっき詳しい時間を聞いていなかったが,もしかしたら0時になるのが近づいているのかもしれない。
だけど,果たしてそれにカウントダウンをする程のものはあっただろうか?
「3…2…」
いや待て,明日は確か11月の27日。
あれ…なんか大事な日があったような気がする。
「1…」
姉ちゃんの誕生日…ではないな。
ていうか今姉ちゃんいないし…あ。
その答えに辿り着いたのと同時,香澄さんによる答え合わせが発表された。
本当に嬉しそうに,愛おしそうに,彼女は声を張り上げた。
「どーくん,お誕生日おめでとう!!」
ああ…文化祭だったりプロ試験だったり,終いには耳が聴こえなくなったりで普通に忘れてた。
今日俺の誕生日だ。
「えへへ,一番にお祝い出来た。」
俺今きっと意味不明な事を聞いた時みたいな呆けた表情をしている筈だけど,香澄さんはそんな事お構いなしに俺の誕生日を一番に祝えたことを嬉しそうに微笑んでいた。
自分自身ですら忘れてた事を,香澄さんは覚えてくれていたらしい。
「えへへ,あ…どーくんに渡したいものがあるんだった」
「え,なんですか?」
「それはね…誕生日プレゼントは別にあるんだけどこれ」
手を出してという香澄さんの言うように手を出すと,薄いなにかが俺の掌に乗った。
この感触‥‥それに――
「…っ!」
その瞬間,俺の眼前にまた桜舞い散るどこかの和風なお城が一夜城っかって位いきなり現れた。
そう,現れただ。
眼が視えない筈の俺が,そんな世界を見る事は夢以外ではありえない。
だからここは…
「——」
この場所を察した時,背後から声をかけられる。
そこにいたのは,新たな装いを纏った鬼の姿。
彼はどこか清々しそうに笑みを浮かべ,俺へ手を差し出してきた。
前にも似たことがあったなって,苦笑いを抑えられないけれど
「ああ…待っててくれたんだな,お前も」
ならば答えるしかないだろう,どうやら俺に諦める選択肢は許されないようだし。
それになにより…お前がいるのなら,諦める気もなくなった。
次が最後になってしまうかもしれない,それでも俺達は――
「勝ちに行こう,俺の分身」
その手を取ると,再び視界が光に包まれ,俺の中に何かが入るような感覚が伝わって…
「”雲水飛動 忍鬼 猩々童子"」
「え…どーくん見えるの?!」
気がつけば呟いていた,このカードのユニットの名前。
新しい彼のカードが出た情報なんて聞いた事も無かったけれど,それでも…このカードを手に取った瞬間に頭にこのカードの情報が勝手に流れて来た。
名前,フレーバーテキスト,スキル…それらの知らなかった筈の情報が刷り込まれるように流れてきたんだ。
「いえ…見えていませんけど,なんとなく,分かったんです。」
不思議な事もあるものだ…って言うのは簡単だけれど,ああ…何となく感じた。
きっとお前はこのカードの向こうの世界にいる,俺を待っててくれていたんだと分かる
物語上ヴァンガードの舞台となっている惑星クレイ,きっとお前はそこにいるんだと。
だって,このカードを手にした瞬間に感じたあの何かが始まる予感,俺の何かが変わった感じは…そうじゃないと説明できないんだから。
「香澄さん,ありがとうございます。これ,大事にします」
「あはは,私も気がついたら持ってただけなんだけどね」
どういう事?という疑問は彼女が直ぐに説明してくれた。
商店街の見覚えのない通り,そこにいた謎のおばあさんの存在,そして…夢かどうか分からないけど見たという猩々童子と狐みたいな女性の話。
多分,その狐みたいな女性っていうのはタマユラだろう。
そうして,猩々童子から自分のヴァンガードを頼むと言われ迷いが無くなった時,このカードが手にあったのだとか。
「そうです…か。」
あ,ちょっとヤバいかも。
…滅茶苦茶デッキを弄りたくなって来た。
この新しいカードを,最近出た新弾のカードと組み合わせたい。
けど香澄さんを待たせてしまう事になるから俺はグッとその欲を堪えた。
「むぅ…どーくんがカードに釘付け」
「えっ!?いやそんなこと…ありますけど」
「ふふっ,冗談だよ。スキルの読み合わせ,手伝うよ?」
俺がデッキを作る際,新しく触れるカードは当然スキルの内容が分からない。
だから人に頼むか,ネットのスクリーンリーダーの読み上げで新しいカードの内容を把握する。
香澄さんは多分姉ちゃんからその事を聞いていたんだろう,そう言ってくれて嬉しく思った。
「はい,じゃあ…お願いします」
「うん!」
そう言って香澄さんと俺はもう一度自分の部屋に戻って,香澄さんがまた寝てしまうまで俺は新たな分身を使ったデッキを作り上げた。
きっと,朝日に照らされて俺の肩で眠ってしまった香澄さんは幸せそうに寝ている事を信じて。
☆
——一体なにがあったんですか?この1週間で快復に向かってます…はっきり言って異常な程に
心底驚いたのだろうか,俺の担当医は俺の診断結果と睨めっこの末にそんな割と失礼とも言える事を交えながら言われて…姉ちゃんの代理で一緒に聞いていた香澄さんと喜びを分かち合った。
まだ薬はいるそうだけど,このまま適切に過ごしていけばまた補聴器なしでも大丈夫でしょうとの事。
「ほんとうに良かった!良かったよ~!」
処方箋を貰って薬を貰って病院から出た帰り道で,香澄さんが何度目かも分からない喜色の声を上げていた。
本当に嬉しそうで,同じことを何度も言い続けているけれどきっと今日はずっと言ってくれそうで…俺も心から嬉しく思っていた。
元から,昨夜香澄さんと寝た後から調子はそれなりに良かったけれど半日でそんなに調子が良くなるわけないよなって思ってたところにこの診断。
だけど,余り声を大きく言う訳にはいかないけれど予感は何となくあった。
香澄さんから,謎のおばあさんと出会ったことによって手に入れた猩々童子を手にした瞬間に…何言ってんだお前って思われるかもだけど不思議な力を感じていた。
もしかすると,お前のお前のおかげでもあるのかなと,胸のポケットにしまったデッキに手を触れて思った。
さて,そう言う訳で考えられる最高の結果を伴って姉ちゃんに報告できると喜んで病院から帰っていた所…見知らぬ人に声をかけられた。
「君!」
最初は自分が呼ばれたのかが分からなかった。
いやだって,俺の事を君って呼ぶ人間に心当たりないし,そもそも病院で声かけられるような知り合いはいない筈だからだ。
だから俺も香澄さんもスルーしたが,どうやらその誰かは俺に声をかけてきたみたいだった。
「市ヶ谷導志君!」
「え?」
「どーくん?」
流石に名前まで呼ばれてしまえばスルーなんて出来るはずも無く,俺達は呼ばれた方へと振り返る。
と言っても,俺は眼が視えないからどんな人間がいるのかは分からない。
分かるのは…どこか声質が誰かに似ていると感じるくらいか。
まあ,容姿に関してはあとで香澄さんに聞くとして…
「ああ,やっぱり市ヶ谷君だ!良かった。」
「あの…申し訳ないんです。眼が視えないので分からないのですがどこかでお会いしましたか?」
俺を見つけて急いで走って来たのだろうか,彼は少し息を乱していた。
その息を整えた後,彼は俺の問を否定し…予想外の事を口にした。
「いや,私とは初対面だが…私の名前は柴咲国俊。君が行く次のプロ試験最終戦,柴咲悠馬の父親です」
「…え,ええ?!」
俺が余りに意外な名前を唐突に浴びせられて固まってしまったら,俺が本当はしたかった反応を香澄さんがやってくれた。
この意外な出会いが,プロ試験へと挑む理由を1つ増やす事になった。
生きてる意味を見出せず…苦しみの底に沈んだ悠馬を,また俺の目の前へと引きずり出す為に。
はい,そう言う訳でなんか導志の難聴は回復の兆しを見せました。
なんででしょう,不思議な事もあるものですね(おい)。
そして,導志の手に入れたカードはオリカではなく普通に雲水飛動です。この世界では導志だけがもつカードということでよろしくお願いします。
最後に登場したのは悠馬の父親で,次回からプロ最終試験編です!
では!
…こんなにイチャコラしてるのにこの2人付き合っていないってマジ?
香澄と導志,付き合った後のお話でどれがみたい?
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交際後,初デート
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2人がそれぞれリサに恋愛を相談する話
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2人の期間限定バンドのお話
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2人で海と夏祭りに行く話