毎日投稿とか言ってましたが,予約投稿せずにリモートでヴァンガードしていたらこんな時間になっちゃいました。
前回次々回とか言ってましたが,普通に繋げて良いやと思い繋げました。
文字数3万程度,盤面把握は定期的に行っていますがそれでも分かりにくかったら申し訳ないです。
では!
待ちに待ったプロ最終試験最終戦…ここまで長かった。
春に奨励会に入り,早くプロ試験を受けたいが為に勝ち続け…まあ,偶に負けてるんだがここまでやって来た。
その間にもバイトとか,色々あったけれど…やっと,ここまで来たんだ。
2年前プロになると決め,その理由は今日果たされる。
勝っても負けても,俺が悠馬と戦えることに変わりはない。
国俊さんへ託した伝言は恐らく伝えられたのか,悠馬は会場に来ているみたいだし…まあ,悠馬が棄権してしまったらこんな1試合の為に有明を貸し切った奨励会本部が大損になりかねないのが笑えるんだが。
『じゃあ…頑張って,どーくん』
そんな訳で,目覚めはよく元気に選手控室へとやって来た俺は香澄さんと電話をしていた。
香澄さんはポピパや一部のガールズバンドパーティーの面子と一緒に観戦しに来てるらしい。
姉ちゃんが来るのは予想の範疇だけれど,またなんか大げさになっちまったなと思った。
あの俺の誕生日以降,香澄さんは割とちょくちょく電話をしてくるようになっていた。
意外に思うかもしれないが,あの日よりも前,香澄さんが電話してくることは少なかったりする。
純粋に俺の方に用事がないというのと,まあ…普通に考えてバンドメンバーの弟と話す事って余りないからな。
だけど,今はこうして電話の頻度が増えて…それなりに嬉しいと思っている自分がいる事も分かっている。
香澄さんからの何度目かの激励に,小さく笑みを浮かべた。
「はい,行ってきます」
時刻は夕方,良くも悪くも1時間すれば結果が出るだろう。
俺と悠馬,どちらがプロになるにしても…俺の目的は果たされる。
だから明日からは違う目標を持って進んでいく,今日がその第一歩なんだと俺は自分に言い聞かせた。
『うん!』
香澄さんがどことなく嬉しそうにそう言って,俺達は電話を終えた。
…因みにだが,俺は1人で選手控室にいる訳ではない。
彼女との電話を終え,スマホを胸ポケットにしまった俺に待っていたのは…何故か呆れた声だった。
「導志…お前そんな幸せそうな顔してんのになんでまだ戸山さんと付き合ってねえんだよ」
「一言余計だ園田,応援してくれる人いたら喜ぶだろそりゃ。あと付き合うって,そう言う話は今やめてくれ」
「とか言ってめちゃ恥ずかしそうにしている導志だった」
「張った押すぞお前」
今週学校が始まった時に園田へ頼んだこと…大会決勝で,俺のサポート人員として決勝に一緒に行ってくれないかというものだった。
元から眼が視えない俺には1人,サポート人員として付けることが許されている。
ファイト中の助言じゃなく,相手の盤面が変わるたびに教えてくれる人だ。
文化祭での神楽さんとのファイトの時は,神楽さんが懇切丁寧に盤面に現れたカードを教えてくれたから必要なかった。
けど,多分悠馬にそんな余裕はない。
だから俺はある程度ヴァンガードを知っていて信用できる奴…って人選で園田にサポートを頼んだんだが…
「失敗だったか」
「いや正解だろ?!」
「…」
「なぜ無言?!」
けど,おかげで緊張は無くなったかな。
ていうか,よく考えたら見知らぬ誰かに対して緊張なんてしなくて良いし,俺が今日向き合うのは悠馬なんだからそれ以外視界に入れなければいいだけか。
…偶に園田の声聞かないと盤面把握を普通に忘れる可能性があるけれど。
そう思った直後,控室の扉が開かれ奨励会の人が声を出した。
「市ヶ谷選手,準備お願いします」
「はい,よいっしょ」
俺は立ち上がり,園田の袖を掴むと一緒に歩き出した。
会場が近づく度,歓声の圧が高まり園田の腕が強張るのを感じた。
努めて平然と,シニカルに言った。
「おいおい,お前が緊張してどうすんだよ」
「いやするだろこれは…一体何人客入っているんだよ」
「会場だけなら1000はいってるだろうな,配信含めたら数えるのは諦めろ」
「冷静だなおい」
「そりゃそうだ…この日を待ちわびたんだ,プロになると決めた日から今まで。
あえて挑戦的に,大胆に,ラスボスっぽくそんな事を言ってみる。
俺は園田に決勝の相手である悠馬と俺の事を教えている。
多分ファイトする事になった時,喧嘩するからその時に俺達の背景を知らなければ困らせる事になる。
だから園田は俺がここに立つ理由も,改めて分かってくれている。
分かっていてくれるからこんなラスボスっぽい発言も流してくれた。
まああとは…
「始まるぞ」
園田が言った直後,実況を務めている人の中々に腹から響かせた声がざわざわと波紋を呼んでいた会場へと広がった。
ロックな曲調のBGMと共に,開戦の狼煙が上がる。
「北の大地からやって来た凄腕ファイター,正確無比なカード捌きで数々のファイターを撃破してきた期待の新星…柴咲悠馬!」
選手の紹介…なんかプロレスみたいだなと思いながら俺は園田を伴って歩みを進めた。
…まあ,当たり前だが俺にも選手紹介はある。
「対するは,関東地区で突如として現れたダークホース!盲目でありながらも卓越した記憶力と戦略眼で勝利を重ねる新進気鋭のファイター…市ヶ谷導志!!」
うっわナニコレ恥ずかしいなおい。
なんだよダークホースって,無駄に期待値高めるの辞めてくれないかね。
…そんな事を思いながら,俺達はファイトテーブルへ辿り着くと感じる。
下火となった炎,それでも雨の中で何かに必死に縋るように弱く灯っている炎。
あの決別の日とある意味違うもの,気迫は最低限保っているだけのようだ。
そうだろう,唯一の原動力をお前はただ無くしてしまった。
お母さんの為にプロを目指し,お前は俺を切り捨て自分を磨きこのプロになれるかどうかの瀬戸際までやって来た。
優しいお前の事だ,きっと色々後悔したり,罪悪感を持っても我武者羅にやって来たんだろう。
だけど…その原動力が,お父さんの悪気の無いお母さんへの救済によって無くなった。
明確にあったプロになりたいという想いが,今のお前にはないのだから。
原動力が無ければ残るのはプロになる為に捨てて来た何かだけ,眼が視えなくても分かるよ。
お前は本当は俺に会いたくないし,出来るならきっと逃げたかったんだろう。
俺が悠馬の立場でもそう思う。
それでもここに来てくれたのは,根が真面目で良い奴で…人情に厚いからだ。
俺の言葉の意味を,勘違いは多分しているがそれなりに汲み取って…どうせ罪滅ぼしか何かだと思って来たんだろう。
でも,俺はこのためにここまで勝ち上がって来た。
あの冬の日の再現のように俺は自分のデッキを掲げた。
「悠馬,お前がなんで俺を置いて行ったのかもう言葉では問わない。だから…ファイトしよう,今日今ここで!」
口に出したら,これまで精一杯抑えていた炎が燃えるのを感じた。
悠馬じゃなく俺の炎,2年前から今日のファイトの為にやり続けたヴァンガード。
そして…きっと明日からは俺のヴァンガードは別の意味を持つようになる。
あの文化祭で見つけた…俺がプロになる理由,まだ誰にも話していないそれを俺はお前に一番に伝えたかった。
お前にはそれを聴く義務がある。
俺をヴァンガードに導き,目の前からいなくなったお前には
「ああ,それでお前の…いや,なんでもない。…やろう,ファイトを」
最期に覚悟を決めた悠馬の声…2年ぶりに聞く彼の声は酷く憔悴していて本当に同一人物なのかぱっと聞きでは分からなかった。
それでも確かに悠馬だと,俺はどこか安心した。
先攻後攻を決めるじゃんけん,デッキのセッティングにマリガン。
全ての準備を終わらせると実況の人が叫んだ。
俺達は,お互いのファーストヴァンガードに手を置いた。
「さあ,それでは今年度奨励会プロ試験グランドファイト…始め!!」
俺達は,2年前のあの日と同じように声を揃えた
「「スタンドアップ」」
「「THE」」
「「ヴァンガード!!」
俺のこれまでをかけた最後のファイト,その幕が上がった
☆
導志と深いつながりがあるPoppin`Party!のメンバーはこの最後の舞台を見守るように会場へ足を運んでいた。
最前列の真ん中を香澄,右には有咲におたえ,香澄の左には沙綾とりみが並んで会場へ現れた導志へ視線が注がれていた。
「ちょっと有咲緊張しすぎだよ」
そんな中,香澄は隣で手を握って導志を不安そうに見つめる有咲へそう言った。
「しゃあねえだろ?思ってたよりも人がいてビックリしたっていうか…導志今からあそこでファイトすんのかよ」
有咲の視線の先では導志,その対戦相手である…面影が確かに残っている柴咲悠馬が立っていた。
彼らは余り緊張する様子を見せず,寧ろ何事かを話していたのは分かっている。
ただ,まだ試合が始まっていないからかファイトテーブルのマイクはまだ2人の音声を拾ってはいなかった。
「でも本当に人多いよね」
「導志君大丈夫かな?」
「どーくんなら大丈夫。」
りみと沙綾も彼を心配したが,その心配を香澄は大丈夫と言った。
彼女の断言する言葉の強さはいつも通りだったのだが,メンバーはその中にどことなく色香のようなものを感じてしまい思わず揃ってリーダーを見る。
彼女の表情は信頼と確信を持ったもので,その視線は真っすぐ導志の後ろ姿へ注がれていた。
(ん~,この信頼し合っている感…香澄もしかしてもう)
いや,ポピパのメンバーは既に導志の突発性難聴の事は聞いている。
導志が隠す必要もなくなったから別に言って良いと言ったことで,有咲も隠す気が無くなり今ではガールズバンドパーティーの面々は全員が知っている。
当然と言っては何だが,知られた時には導志のスマホへ凄まじいまでの心配の着信がかかってきたり家にまでやってこられたりした。
導志は少し戸惑い,それでも嬉しそうに彼女達へ大丈夫という報告をして言った。
ただ,ポピパに関しては事情をもう一段階知っており…香澄が導志の部屋に突撃したこと,一緒に夜を超えた事…ここだけ聴くならいかがわしく聞こえるがそう言う事は無いと有咲が断言している。
でも…それ以外の事はしたのだろうか,と沙綾は思ってしまった。
…まあ,直ぐに意識は目の前のファイトへ移った。
「さあ,それでは今年度奨励会プロ試験グランドファイト…始め!!」
いつの間にか,導志も悠馬も準備を終わらせていて開戦の合図が鳴り響く。
ここからはファイトテーブルのマイクのスイッチも入り,2人の声が会場で響き渡る。
「「スタンドアップ」」
「「THE!」」
「「ヴァンガード!」」
開かれたお互いのファーストヴァンガード,ポピパの面々はモニターを見上げて…
「「え?」」
おたえ以外の4人の声が揃った。
なぜならば,モニターに映る2人のファーストヴァンガードが…先ずは導志のファーストヴァンガード。
「斗酒なお辞せず 忍鬼 猩々童子」
彼のファーストヴァンガードはいつも通りの物,彼のデッキは忍の名称が重要になるものだし,本人が言っている様に猩々童子は彼の分身だ。
例えスキルが殆どのファーストヴァンガードと同じでも,彼がこのファーストヴァンガード以外を選ぶことはない。
4人が戸惑ったのは悠馬のファーストヴァンガードだ。
「同じく,斗酒なお辞せず 忍鬼 猩々童子」
「導志君と」
「同じファーストヴァンガード…?」
ポピパの軽い動揺は,他の観客達にも波紋となって広がっていく。
しかし,当の本人達は特に気にも留めていないようでファイトが始まった。
先行は悠馬。
「俺のターン,1枚捨て,桜花爛漫 忍鬼 猩々童子にライド」
「ええ?」
そして,最初にライドしたのも導志と同じ猩々童子だった。
何が何だか分からないポピパのメンバー。
有咲が唯一考えたのは,もしかすると同じ猩々童子のデッキなのかということくらいだ。
だが,ヴァンガードのデッキは無数に存在している。
その中のエースカードが被ることなんてあるのだろうか,そもそも2年前は違うデッキを使っていた筈だと…意味のない思考を続けた。
けれど,相対している導志は至って普通だった。
「捨てられたのはフレアヴェイルドラゴンだ」
園田から聞いた情報を頷くことで了解を取り,悠馬が猩々童子にライドした時のスキルによってソウルとバインドゾーンを増やし,ターンを終了させる。
2人の会話は,ファイトテーブルのマイクを通して会場の観客にも聞こえるようになっていた。
「お前がそれを使っていたのは分かっていたが,外面だけとは言えそれと対峙するのは思う事があるな」
「俺が今一番使いこなせるデッキだ,あてつけのように見えるのは謝るが…」
「いや,ライドラインのカードが一部被ることなんてままあるだろ。オールデンのライドラインとか汎用的過ぎて良いなって普通に思う」
「…確かにな,でも…導志はこのライドラインしか使わねえだろ」
まるで昔ながらの友達のように,2人は軽い調子で会話を始めてしまった。
当然ながら,観客はヴァンガードをしている人が多いので2人の会話に同意するように首を縦に振る人が多くて少しシュールだった。
汎用的であるという事は,色々なデッキで使われるという事。
園田が使っていたオールデンのライドラインはその典型とも言えるものだろう。
だから導志は,ライドラインが被ったとしても余り気にしていないようだ。
「そりゃそうだ,このデッキにはこのライドラインしかあり得ないっていうのもあるが…何よりも俺の分身だ。他のに変えるなんてありえねえよ。俺のターン」
開始する導志のターン,手札を捨て悠馬と同じ猩々童子にライド。
続いて登場した時のスキルにより,山札から5枚を見て忍の名称を含むノーマルユニット2枚を公開する。
その時,導志の眉間が皺をよせ,一瞬何事かを考えたように沈黙し,やがて決めたのか宣言した。
「アンプレセデンと,忍竜ウツロイを公開。アンプレセデンをバインドし,ウツロイはソウルに置く」
「ウツロイ…?見たことないな…それに守護者だと?」
導志が見せた2枚の1枚,忍竜ウツロイは完全ガード能力を持つ守護者だ。
しかし,悠馬はそんなカードを見た覚えがなくて思わず疑問を呈する。
そんな悠馬へ導志はどことなく懐かしさを感じさせながら言った。
「俺達がたまり場にしていたショップがあるだろ。今週行った時に前祝だって店長さんがくれたんだよ。何でも昔のヴァンガードのビンテージものだとか」
「うっわなんだそれ,あの店長気前良すぎだろ」
「ほんとだよ,今度2号店も出来るってさ。後攻だから1枚ドロー」
観客置いてけぼりな会話をしながら導志はファイトを進める。
手札からアタッカーを出し,攻める。
悠馬はそれらを守れるときに守り,受けるべき時に受ける。
そして悠馬のターン,悠馬も迷いながらも導志と向き合う為に盤面を展開する。
お互い,最初からリアガードを展開しての殴り合いだ。
導志の2ターン目,更に激しく攻撃する導志。
やられたらやり返し,守るのなら守り返し,お互い,一歩も譲らないファイトが繰り広げられる。
そうして導志の2ターン目が終了した時,導志のダメージは2点,悠馬のダメージは3点とほぼ互角の展開を繰り広げている。
だが…有咲は内心ここからだと思った。
悠馬のグレード3の猩々童子が来る。
普段は導志が愛用している猩々童子が,今度は敵としてやって来るのだ。
導志の内心は複雑だろうなと有咲が思った時…ふと思い出した。
『外面だけとは言え…』
悠馬が最初にライドした時,そう言った外面とは何のことだろうかと。
「導志は…」
その時,悠馬の震えた声が会場へ伝搬する。
有咲は思考止めて2人へ視線を移すと,悠馬がどこか懺悔するかのように口を開いていた。
「ここまでやって来たんだな」
悠馬の言葉にはどこか感慨にも似た感情を感じる。
彼にとっての導志は,楽しむことを信条にしていると思ってるし実際それは導志のヴァンガードをする理由だ。
でも,だからこそ悠馬は分かっているつもりだ。
プロを目指すのは勝利を重ね続けなければならない事もあり,楽しむだなんて言える人がいつしかそれを言える人間が減っていく事を。
悠馬自身がそうだった,プロになる為に色んなものを捨てた。
そして導志だってきっとここに立っている以上,自分と同じように何かを捨ててきたんだろう。
そうに違いない…そんな考えを滲みだしていた問だった。
「ああ,2年前お前が俺の前から去って,ヴァンガードを辞めようと思った」
「…っ」
改めて聞かされたその言葉に,悠馬は眼を見開き苦しそうに心臓に手を当てた。
自分が導志を見捨てた後の話,悠馬が初めて聴く話で…自分がやって来たことの結果がこうやって明らかにされて行く。
それに口を挟む事は許されない。言い訳なんてもってのほか,悠馬には導志の言葉を聞く義務があったのだから。
「俺のなにがお前の考えに触れたのか,正直今だって分かっていない。月城さんと戦った事?それもあるかもしれない,でも多分あのフェスティバルでのファイトはきっかけに過ぎなかったんだろう」
淡々と言葉を並べる導志を,悠馬は眼を塞ぎたくなるのを必死に我慢して見つめていた。
「けど,俺にヴァンガードの楽しさを思い出させてくれた子供がいた」
始めたばかりでやって来たショップ大会に参加した少年ファイター翔君。
導志にとってあの出会いは再起するきっかけとなったファイト,ヴァンガードが楽しいものなんだと再確認したファイト…導志の忘れられないファイトの1つだった。
「俺がプロを目指したのは,プロの舞台で待っているであろう悠馬,お前と戦う為だった。もう一度お前と戦って,お前が俺を切り捨てたことを間違いだと証明する為だった。」
悠馬はその言葉が酷く重くのしかかった。
そうだ,プロになる為に自分は導志を切り捨てたのに…今の自分は,プロになる必要なんてなくなってしまった。
導志の言葉の1つ1つが刃となって悠馬の精神を抉りまくっていく。
自分とまた戦うために,こんな苦境の道を進んできた導志に尊敬の畏怖すらも感じた。
真っ当な理由で,真っ当に目の前に立った導志を…本当は,見つめていたくなんて無かった。
自分が酷く惨めに見えるから,自分が切り捨てたはずの導志がここまで来たのだから。
「けど…」
そこで言葉を区切った導志を悠馬は目線を上げて表情を見る。
導志は口の端を上げて心底…
(なんで,そんなに楽しそうなんだよ)
心からの笑みを浮かべ,視えない筈の瞳を悠馬へと向けていた。
「今は違う。俺にはプロになる理由が出来た。この道を進む理由が出来た。だからこそ俺は今日,過去を超える。」
そこには意思があった。
何にも譲らない導志がプロを目指す意志,悠馬が捨てざる負えなかった確かな意志を導志は手にいれていた。
自分を捨てたものを…彼は今手に入れていた。
ああ,これは…自分が彼に勝てる理由がないなと,悠馬は漠然と諦めを感じた。
もとより,プロなんてもう良いやと思ってしまっていたんだ。
このまま負けたって,誰にも文句なんて――
「悠馬,お前はどうだ?!」
導志の真正面からのシンプルな問が悠馬の心を貫いて来た。
「どうだって…俺はもう」
プロを目指す理由がない…そんな事を言いかけた時
「違う!」
「…っ?!」
「お前には,確かに今お母さん助けたいという目標は無くなったんだろう。だけどお前は今自由だ,自分の意志でなんにでもなれる筈だ!お母さんの為じゃない,自分の為に道を選んでみろよ!」
そんな事を言われても…そう思ってしまう悠馬。
自由…そうなのかもしれない。
だけどそれは沢山の犠牲があって,それを意味がなさなかったが故の自由だ。
なら…その贖いの為に,自分の道なんて…選べるわけなかった。
その微妙な意識の差が,悠馬には無性にムカついた。
自分自身への苛立ちを,良くないって分かっているのに叫ばずにはいられなかった。
「俺に選ぶ資格なんて…俺はお前を捨てたんだぞ!そんな資格ある訳ないだろ!」
「許す!」
「は…?」
ただの一言,許すなんて言われた悠馬は意味が分からなくて呆けた表情で導志を見る。
導志はなにが面白いのかクックと笑っていてどっかのラスボスみたいな悪い顔をしていた。
「いや,本音を言うと一発殴らせてほしいが…許すと言ったんだ。俺を捨てたことも,あの滅茶苦茶雪の中で眼が視えない俺を置いて行ったことも許すと言った。」
私怨が混じっているが,下手したら死んでいたのでこれくらいの言いぐさで許されるなら軽いものだろうと沙綾やりみは思った。
因みに,有咲は全く許さないのでこめかみに怒りマークが出ているが,今話しているのは導志なので口には出すまいと必死に我慢している。
「それでもお前が自分自身を許せないのなら,全力でファイトしろ!負ける事を考えるなんて俺が許さん,最後の最後まで全力でやると誓え!」
悠馬も”でも”と続けようとしたのを察知したのか,導志は言葉を重ねた。
導志とて見抜いていた,ファイトの途中で悠馬の覇気が欠けた事。
だから約束させた,過去の事を許す代わりにこのファイトを全力でやれと。
本来ならプロ最終試験最終戦で全力でやらないなんてありえない訳だが,それがあり得る状況だったのである。
「拒否するなんて許さん,お前は俺と全力でファイトする義務があるんだから!」
悠馬の罪悪感に付け込んでの詰将棋,導志はただ本気の悠馬と戦いたかった。
自分を捨ててまで強くなった悠馬のヴァンガード,それを真正面から凌駕し新しい明日へと行くために。
導志の熱烈な言葉に,悠馬は小さく苦しそうに頷いた。
「…分かった」
観念した言葉に,導志は口の端を上げ右手を悠馬へ翳した。
「ふっ…さあ,お前のターンだ!この俺を,あの時みたいに叩き潰して見せろ!」
「はぁ…ふぅ。俺のターン!」
悠馬は自身の手札を1枚捨て,ライドデッキ最後の1枚を掲げた。
香澄達が予想したのは導志と同じ猩々童子だろうと,このライドラインを見て予想していた。
けれど…
「大地に現れるわ偽りの大蛇,立ちはだかる戦士を我が峰内へ!ライド,幻魔忍妖 メガロノヅチ!」
「「ええっ?!」」
悠馬がライドしたのは赤い和風の鎧を着た鬼…ではなく,禍々しい姿の大蛇だった。
名前を幻魔忍妖メガロノヅチ,惑星クレイ物語において様々な戦士達を打倒し,猩々童子ですら勝てなかった強敵だ。
そして…香澄は映し出されたモニターで見たメガロノヅチのカードを見て…
「あ…あれって」
1週間前の土曜日に,導志の事で悩んでいた時に迷い込んだ路地裏で謎のおばあさんに見せられた占いで,猩々童子と戦っていた大蛇と姿が重なった。
(そうだ,あの時の大きい蛇だ)
まるで予知夢のように,香澄は今と同じ状況を見つめていたのだった。
「行くぞ,メガロノヅチのスキル発動!ソウルから1枚以上バインドする事で,メガロノヅチはこのターン中バインドゾーンにあるグレード1以上の忍の名前をすべて得る!」
「…え,それだけ?」
香澄はその一見するとよく分からないスキルに首を傾げた。
悠馬がバインドゾーンに送ったカードはグレード2の猩々童子,フォークテイル,デュアルウィーダーの3枚。
これで悠馬はバインドゾーンにある全ての忍の名前を得た事になる。
だが,それがどう繋がるのか香澄にはイマイチ分からなかった。
「有咲,あれって意味あるの?」
「意味はあるだろそりゃ,まあ見とけよ。すぐわかる」
そう言われ香澄は眼を導志達へ移す。
「メガロノヅチの更なるスキル発動!カウンターブラスト1と,リアガード2枚ソウルに置くことで自身と同名のカードを2枚までリアガードにコールし,それらのパワープラス5000!」
「そっか,ヴァンガードと同名って事は…!」
「忍妖フォークテイルと,デュアルウィードをコール!」
ヴァンガードと同名のカードをコールするという事は,バインドゾーンにあるカードをコールできるという事。
これで悠馬は疑似的に好きなユニットを呼べるという事だ。
そして導志は更なる考察を進めていた。
(アタッカーであるアンプレセデン,桜花爛漫の猩々童子はソウルに置いたままか。俺が次のターンバインドから山札に送ってしまえば攻め手がなくなってしまう。だからデュアルウィードとフォークテイルで無難に盤面を埋めて来た。次のターンで決める為の準備か)
そう,メガロノヅチは今猩々童子の名前を得ている事によって,猩々童子がヴァンガードじゃないと使えないスキルを持つユニット達を使う事が出来る。
すなわち,普段は導志と一緒に戦ってくれるユニット達が敵として立ちふさがっているのだ。
それを率いるのは猩々童子の名前をパクった大蛇であるが。
(それに,実際メガロノヅチは次のターンが本番だ。戦力を温存するのは道理か)
悠馬がフォークテイルのスキルでソウルに入れたカードを,園田から聞きながらこのターンをどうやって守るかを考える。
悠馬の盤面にはデッキ側前列にデュアルウィード,中央にはメガロノヅチとフォークテイル,ダメージ側にはグレード2の猩々童子とフォークテイル。
アタック回数は3回。
「バトルフェイズ,幻魔忍妖メガロノヅチでヴァンガードにアタック!」
「ノーガード」
「チェック・ザ・ドライブ…ファーストチェック,メガロノヅチ。セカンドチェック…ゲット,ドロートリガー。デュアルウィードのパワープラス1万!」
そしてドロートリガーの効果により手札が増える。
「チェック・ザ・ダメージ…ノートリガー」
これで導志のダメージは3点,追いつかれた。
「猩々童子でアタック!」
「マドワズでガード!」
「デュアルウィードでアタック!スキル発動,ヴァンガードが猩々童子ならカウンターブラスト1支払い,相手のバインドゾーンのカード1枚を山札の下に置く!アンプレセデン!」
導志が神楽とのファイトで使ったデュアルウィードのスキルによって,アタッカーでもあるアンプレセデンが山札へ帰ってしまった。
純粋にバインドゾーンが減ってしまっただけじゃなく,アタッカーが吹っ飛んでしまったのは結構いたい。
「流石だ,的確に痛い所をついてきやがる。ノーガードだ」
ダメージ4点目,トリガーは出なかった。
「次のターンに決めるために,次の俺のターンの攻め手を潰すか。割とマジにキツイな」
「アンプレセデンはお互いアタッカーだからな,その強さもお互い分かってるだろ」
「それはそうだ。けど…ああ,俄然燃えて来た。」
そうしてモニターが導志の表情を映すと…
「…っ」
香澄が息を飲む。
導志の表情はどこか嬉しそうで,楽しそうで…今を生きているんだと誰もが思うほど活き活きとしていた。
導志の言葉への誓を果たすための悠馬と違う,この瞬間を全力で生きている生者のみが許された顔だ。
自分と話している時でも,音楽をしている時にも見せないファイト中だからこそ見せてくれる導志の子の表情が香澄は好きだ。
状況はやや導志が劣勢,悠馬の手札は7枚と盤石。
普通なら導志もこのターンを次ターンの準備に使うべきなのだろう。
導志のこれまでのファイトから,彼が最大出来る攻撃回数は5回。それも全ての攻撃のパワーが高いわけではない。それに手札にはガード値がそれなりと,守護者も持っている。
それならこのターンを十分に耐えきり,次のターンで決められるはずだと悠馬は冷静に分析をしていた。
導志に次の次のターンを与えない,それが悠馬の戦略だった。
しかし――
「悠馬」
導志が名前を呼んだことで悠馬は自分の手札から導志へと目を向ける。
「お前がプロを目指すと決めて変わったように,俺も変わっている。1人で良いと思っていた俺に,沢山の人が俺にいて欲しいと言ってくれた。」
その言葉はマイクが拾い,なーんにも関係のない人が聞けば何のことだと思う事だが,それを実感している人間達も当然存在する。
配信や直接会場に来ているポピパも含めたガールズバンドパーティーのメンバー。
そして
「導志君…」
同じく,会場にやって来てこのファイトを見届けに来た導志のクラスメイト達。
その中の枳殻が,嬉しそうに言葉を漏らすのを神田は聞きはにかんだ。
彼らは導志を変えるために演劇をして,変わった導志がそれを認める。
導志のサポートとして彼の近くにいる園田は何故か少し泣きそうになってしまっている。
それがどれだけ嬉しい事なのか,あの文化祭を共に作り上げた彼らにしか分からない絆が確かにあった。
「だから覚悟しろ悠馬,今の俺はお前が知っている俺じゃない!その腐った性根,今叩きなおしてやる!俺のターン,スタンドアンドドロー!」
手札から1枚を捨て,導志はライドデッキ最後の1枚を手に取り掲げた。
そこに映し出されたカードは,悠馬が導志へあげた粋の極致 忍鬼 猩々童子…ではなかった。
「導くは志の焔,天上無双の刃で我らが行く道を切り拓け!ライド・THE・ヴァンガード!」
新たに現れた導志のヴァンガード,赤い和風の着物と鎧が合わさった装い。
しかし,以前と違うのは以前の物よりも金色の模様が増えた事,爽やかさの中に熱い炎を滾らせた凛とした表情。
導志のイメージする世界で,人どころか家すらも飲み込める大きさの大蛇…メガロノヅチに相対するように彼はやって来た。
香澄によって与えられ,導志を導いた新たな彼の名は――
「雲水飛動 忍鬼 猩々童子!」
その瞬間,この会場の驚愕が最高点に到達した。
それも当然だろう,先程のウツロイはビンテージものとしてそれなりに存在は知られていたが…導志が新たに出してきたこの猩々童子は誰もが初めて見た存在だ。
「なにあれ?」
「え…新しい猩々童子?」
「そんな情報あったか?」
「見た事ねえ…」
当然,悠馬もそれを初めてみた。
眼をこれでもかと大きく見開き,新たな装いの猩々童子を見つめていた。
「な,なんとなんと!この新たな局面において市ヶ谷選手が繰り出したのは新たな猩々童子!新たな猩々童子です!この新たなカードが一体どのような未来を導くのでしょうか?!」
実況の人が興奮したように叫ぶと,歓声が爆発的に広がった。
大体ここにいるのはヴァンガードファイターたち,ヴァンガードが好きな人達が集まっている。
そんな彼らが,新しいカードの出現に興奮をしない訳がなかったのだ。
「導志…それは…」
「俺の大切な人から貰った,俺の新しい分身だ!今までと同じだと思っていると痛い目見るぞ!」
そう言って会場の興奮を冷め止まらぬまま導志は手札の1枚を手に取った。
そんな導志の姿を香澄は微笑んで見ていた。
「忍竜オウギジシをコール!スキル発動,このカードが登場した時,ヴァンガードが猩々童子なら山札の上5枚見て忍を1枚ソウルに置く。ツクヨダチをソウルに置き,相手ヴァンガードがグレード3以上ならパワープラス5000。」
そして導志が出してきたのは新たな猩々童子の仲間,そのスキルによってソウルを増やしパワーも増やす。
「ツクヨダチのスキル,自身をバインドしソウルチャージ…猩々童子」
ツクヨダチのソウルチャージによって入ったカードはペルソナライド出来る猩々童子。
悠馬はそれを見て小さく息を吐いた。
これで導志はペルソナライドを出来る可能性が減った。
もとより次のターンで決める気だが,懸念点はない方が良いに決まっている。
だが,導志はニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「イザサオウをコール,スキルにより山札から5枚見てライドンクナイを手札に加える。」
そのライドンクナイをそのままの後ろへとコールした。
導志の盤面はこれでデッキ側にとライドンクナイ,中央にはヴァンガード,ダメージ側にはイザサオウとライドンクナイがいる。
だが導志の盤面はまだ変化する。
そして,ここからが導志の新たな力の見せどころだった。
「さあ行くぞ,猩々童子のスキル発動!エネルギーブラスト3,ソウルから3枚の忍をバインド!」
先ずはコストとしてエネルギーブラスト,ソウルのカード3枚をバインドする。
導志が選んだのはグレード1の猩々童子,アンプレセデン,そしてなんと1ターン目にソウルに入れていた守護者,忍竜ウツロイだった。
なぜだと悠馬が思ったのも束の間,それを覆す言葉が告げられた。
「相手のリアガードサークル2か所選び,相手はそこにあるカードを全てバインドする。俺が選ぶのは,ダメージ側前列とデッキ側後列!」
「インターセプトを潰しに来たか」
ダメージ側前列にはグレード2の猩々童子,デッキ側後列にリアガードは存在しない。
結果的に導志のそのスキルはインターセプトを潰した…だけである。
これだけなら以前の猩々童子でも同じことをしていた。これでは以前と変わっていない。
悠馬が何だと思った瞬間,背筋に悪寒が走った。
彼が導志を見ると,導志は自分の方を指指していた。正確には手札を持つ手だ。
「そして,更に相手は自分の手札から1枚を選び…バインドする!」
「はあっ?!」
手札をバインドする…バインドされた手札はそのターン中使う事は出来なくなる。
そもそもバインドが基本的に不可侵領域であり,自分からカードをバインドするのではなく相手にバインドされるのでは意味合いが全く違う。
俗にいうハンデスを,この新しい鬼はして来たのだ。
「くっ…カゲチカをバインド」
純粋に導志は1枚の手札を無条件で減らさせたと言えばどれだけ凄まじい事なのか分かるだろう。
これで悠馬の残り手札はバトルフェイズに入る前に6枚になった。
スキルの仕様上,今バインドされた2枚はターン終了時に手札に帰ってしまうが…悠馬はそんなことさせてくれないだろうなと導志を見やる。
バインドしたカゲチカは5000シールド値と決して数値として大きいわけではないが,そもそもで序盤の要求値が低い猩々童子にとっては5000シールド1枚で防がれる場面を,より大きな数値で守らざる負えないのは結構な痛手なのだ。
「桜花爛漫のスキル,ソウルブラスト支払う事で自身をスペリオルコール,イザサオウの後ろへ。ライドンクナイのスキル,自身をバインドする事で桜花爛漫にパワープラス5000し,カウンターチャージ。そして絢爛たる忍鬼 キンランと忍竜ドウジュンをコール!」
桜花爛漫のコストには,ソウルに入ってしまったヴァンガードと同名カードである雲水飛動がドロップに置かれる。
続いてコールされたのは2枚の新たな仲間,キンランはオウギジシ後ろ,ドウジュンはイザサオウの後ろへと現れる。
ドウジュンの登場時スキルによって,ソウルの忍1枚がバインドゾーンへと送られる。これはグレード2の猩々童子が送られた。
これで導志の手札は3枚,代わりに準備が整った。
「行くぞ悠馬!」
「…っ」
「キンランのブースト,のアタック!」
合計パワー2万3000のアタック。
未知のスキルに,未知のヴァンガード…だが大きく前の猩々童子から変わった訳ではないだろう…というかそうであって欲しいと思いながら悠馬は防げるときには防ぐことを選択した。
「ガード!」
1万5000シールドを使ってガードをする。
だが,導志の攻撃はここからが本番だった。
新しい猩々童子デッキの真髄が現れる。
「バトル終了時,キンランのスキル発動!自分と自分と同じ縦列の忍をソウルに置くことで,ドロップからグレード2以上の忍を手札に加えることが出来る」
「…って,まさか」
「ご明察,ドロップから雲水飛動を手札に加える!」
「ちょ,ずる過ぎんだろ!」
つまり,導志は次のターンにペルソナライドをする事が出来るという事だ。
これがどれだけ破格なスキルなのかは,悠馬が素でズルと言ってしまう事から察してもらえるだろう。
だが導志のスキルはこれだけではなかった。
「これだけで驚いてもらっちゃ困るな,まだあるぞ。のスキル。このカードがバトルフェイズ中にソウルに入った時,カウンターブラスト1支払う事でこのターン中,俺は前列の忍のパワーをプラス5000を得て,相手のバインドゾーンのカード2枚をドロップする!鬼も歩けばと斗酒なお辞せずをドロップ!」
これにより,現状では悠馬は次のターンに猩々童子の名前を得る事が出来ずデッキの本調子を引き出す事は出来ない。
的確に痛い所をついた形になる。
だが,悠馬はふと思った。
今導志はリアガードを2枚同時にソウルへ入れなかったかと?
それはつまり…
「バインドゾーンのツクヨダチのスキル発動!リアガード2枚同時にソウルに置かれた時,自身をバインドゾーンからスペリオルコール!」
「猩々童子のスキルを使わなくても攻撃回数を増やせるようになったのか?!」
「それだけじゃない,のスキルで前列はパワーを上げているぞ。ツクヨダチでアタック!」
パワーは1万5000と低いが,それでもインターセプトを潰しているが故に手札を1枚使わなければならない。
ここにさっきハンデスしたカゲチカがあればガードに回せたが,ハンデスされてしまっては意味がない。
悠馬はこの攻撃を受け,ダメージトリガーで次の攻撃を楽にする方に賭ける事にした。
「ノーガード,ダメージチェック…ノートリガー」
「出たのは,コーマアウンだ」
「イザサオウの単騎アタック!」
要求値は5000シールド,導志は敢えてブーストを付けずに攻撃をした。
なぜならばここでブーストを付けてしまえば,悠馬に綺麗な数字で守らせてしまう事になるからだ。
ならここは低い要求値で殴り,ヒットするならばそれで良し。そうじゃなくても大きなガード値を削ってくれるのならそれはそれで構わなかった。
だが,悠馬にとっては次にヴァンガードのアタックが控えている。ここでダメージトリガーを出さなければ…普通に敗北する。
「ガード!」
次のターンに使う筈だったイザサオウをガードに出した。
導志はそれを見届け,自分の分身に触れた。
「桜躍らせ参らせろ!雲水飛動 忍鬼 猩々童子でメガロノヅチにアタック!スキル発動!」
猛々しく言い放ちながら導志はアタックを終えたツクヨダチ,イザサオウをそれぞれソウルに置く。
「アタックした時,リアガード2枚をソウルに置くことでバインドゾーンから2体前列と後列にコールする!」
「なんだとっ?!」
前の猩々童子では,コストとしてカウンターブラスト1とソウルを2枚置くことで1体コールするというものだった。
だが雲水飛動は違う,前列と後列とは言え2体のユニットをコールできるのだ。
純粋にパワーラインを揃える事が出来るだけではなく,2体のスキルを使えると思えば強くなっているのがよく分かるだろう。
「コールするのはアンプレセデンとライドンクナイ!ソウルに入ったツクヨダチのスキル,自身をバインドしソウルチャージ。アンプレセデンのスキル,ソウルブラストし1枚ドロー。最初からバインドゾーンにいたツクヨダチのスキル,自身をスペリオルコール!」
これで導志の盤面にはまだアタックが出来るユニットが2体増えた。
今アタック中の猩々童子の攻撃を含めてあと3回,なんと導志は悠馬の予想を超える連続6回攻撃を繰り出しているのだ。
そして,それだけではない。
「イザサオウのスキル,ソウルに置かれた時相手バインドゾーン1枚を山札の下に置く,カゲチカ!」
これにより,導志のスキルによってバインドされたカードが悠馬の元へと戻って来ることが無くなった。
更にはヴァンガードのパワーもプラス5000され,合計パワーは3万6000。
悠馬の残り手札は4枚でダメージは4点。
アンプレセデンはスキルによってパワー2万8000,ツクヨダチのパワーは2万3000。
だが,猩々童子にはドライブチェックがある。それも,かなりトリガー以外のカードをデッキから抜いている状態でのドライブチェックだ。
ならここは…
「忍竜ハヤシカゼで完全ガード!」
これでトリガーさえ出なければと,ここで防がないと残りの攻撃を防げないという考えの元でのガード。
そしてこの選択はこの場面においては間違いがない物だった。
もしもここでノーガードをしてしまえば,トリガーが出てしまった時点でツクヨダチのパワーが上げられ,ダメージトリガーが乗らなければ防ぐことは出来ない。
ならここを防ぎ,トリガーが出たとしても1度は受けられる体勢を作るしか悠馬に勝ち筋は無かったのだ。
しかし,負け筋は3択…
「行くぞ,チェック・THE・ドライブ!ドライブ1,ゲットフロントトリガー!前列のパワープラス1万!」
「…っ」
「ドライブ2…ゲット,クリティカルトリガー!アンプレセデンのパワープラス1万,クリティカルプラス1!」
「なんとなんと市ヶ谷選手,渾身のダブルトリガーだぁああ!!」
ああ,これは無理だなと…悠馬は歓声が遠くなるのを感じながら思った。
悠馬の負け筋は3択,ダブルトリガーであること,フロントトリガーが出る事,そしてクリティカルトリガーが出る事の3択。
ダメージトリガーが出ていれば良かったかもしれないが,既に今からダメージトリガーを出した所でもうこの攻撃を防ぎきる事は出来ない。
1つの負け筋を踏むだけなら,5点目のトリガーで何とかなったかもしれないが,3つ踏んでしまっては無理だと…悠馬は本当に強く,気高く変わった導志を見つめた。
…彼の変わりようと変わった意味を無くした自分のギャップに苦しみ,いつしか悠馬は敗北が決定した盤面を導志から眼を背けるように見つめていた。
(本当に…お前は強くなったんだな)
だけど,盟約は果たした。
彼と全力でファイトするという約束は守れた。
少なくとも,デッキの最大値は引き出せていた。
ならこれで導志への贖罪も少しは出来ただろうか
「アンプレセデンでアタック!」
悠馬の残り手札は2枚,内1枚はメガロノヅチでもう1枚は1万5000シールド。
トリガーが出なければ防ぎきれたが,今の導志の攻撃を防ぐことは出来ない。
だからこれは諦めじゃない,純然たる事実として自分にはこの選択しかなかったと言い訳をして
「ノーガード…ダメージチェック」
このクリティカル2の攻撃を受けるしかなく,悠馬はダメージチェックを行うために山札へ手を伸ばす。
これで全部が終わる,プロになる戦いも,導志への罪滅ぼしの戦いも,自分はまたファイターじゃない誰かへ。
きっと自分はもうヴァンガードを手放すのだろう,だってもうする理由が無くなった。
プロになる理由も,導志への罪滅ぼしも無くなった。
なら…自分がヴァンガードをする意味はもう無いのだ。
そう思っていたのに…
(あれ…俺はなんで…)
手が…震えていた。
山札に伸ばし,一番上のカードに触れた手が小刻みに震えていた。
なんでと。自分自身に問いかける。
もうヴァンガードに未練なんて無い筈なのに,どうして自分は
こんな事は導志を捨てた自分には許されない,そう思った時
「顔を上げろ,柴咲悠馬!」
「——っ!」
ハッと悠馬が見上げた先,そこにいたのは敗者を憐れむような笑みでもなく,かと言って責めるような表情でもない。
ただ悠馬の諦めを感じ,その諦めを許せなかった1人のファイターがそこにはいた。
「まだファイトは終わっていないだろ!それまで約束は果たされていない,お前はまたそうやって諦めるのか?!たかが1回世界最強に負けたくらいで諦めた時のように,勝手に今の自分を決めつけるのか?」
フェスティバルでの月城プロとのファイト,2人の運命が別れたファイト。
導志は楽しさを得て,悠馬は強さを求めた。
だが悠馬のそれは今の自分ではいけないという諦めからの選択だ。
しかし…導志は自分を変えずにここまでやって来た。正確に言うならば変わってはいるが,それは導志という人間の正統進化だ。
なら…悠馬が悠馬のままならプロを目指せなかったなんて道理は存在しない。
「だけど…俺はもう」
「お前が諦めても,まだデッキは諦めていないだろ。…さあ,捲れ」
悠馬の何もかもを失ったような覇気を失った雰囲気を見て,導志はこれ以上自分から何も言うまい。
ここからは彼のデッキが答えを導いてくれるだろうと,不思議な予感を感じながらダメージチェックを促した。
彼の手は震えながらも,このプロを目指した生活から解放されるために1枚目のダメージをチェックする。
「ノートリガー」
これでダメージは5点,そして…次で敗北が決定する6点目のダメージ。
悠馬は,力なくそれを捲り…会場が一瞬で静まり返った。
まるでのどかな田舎が出現したように,誰もが言葉を発する事が出来なかった。
それを見た悠馬ですら眼を大きく見開き,「なんで」と思ってしまうほどのカード。
”まだ諦めるな”そう言ってくれている様に,そのカードは悠馬を見つめていた。
「オーバー…トリガー」
トリガーゾーンに現れたのは,”再起の竜神王 ドラグヴェーダ”…デッキに1枚しか入らない最強のトリガー。
オーバートリガーはダメージにならず除外され,更には好きなユニットにパワープラス1億するという…何が言いたいのかというと,滅茶苦茶に激つよなトリガーという事だ。
悠馬が呟いた瞬間,
——わぁああああああ!!
凄まじいまでの歓声が有明を包んだ。
その歓声など耳に入っていないように,悠馬はドラグヴェーダを見つめていた。
まるで,カードが諦めるなと言っているように感じて…意味が分からなくて見つめ続ける事しか出来なかった。
そしてそんな歓声が霞むような声が悠馬の前から聴こえた。
「ふふふ…はははははは!!」
「導志?」
導志は彼にしては珍しい高笑いをしていた。
本当に,心底楽しそうに彼は笑っていたのだ。
爆発していた歓声が霞むような高笑いで,会場は再び静かになってしまうほどに。
そして――
「ああ,そうだよ悠馬。ヴァンガードは最後の1枚を捲るまで未来は分からない,だから楽しんだ!」
「——っ」
「お前がそれを俺に教えてくれたんだ,柴咲悠馬。俺の初めての親友,そうだよ。お前とのファイトはいつも楽しいんだ,もっとファイトしたいって思えるんだ。」
悠馬の脳裏に蘇る導志とのファイト,お互いお世辞にも強いとは言えなかったけれど…強くなるために導志とファイトし続けたのかと言われると…違うと思った。
トリガーに一喜一憂し,意外なカードで驚いたり,予想外な動きでファイトをしていたあの日々。
「お前はどうだ悠馬,たった1枚の引きで全てがひっくり返るこのギリギリのファイト…お前だって燃えてるんだろ!」
静かに,悠馬はドラグヴェーダを胸に当てた。
——ドクンドクン
心臓が脈動を繰り返し,身体が思い出したように熱を帯び始めていた。
しばらく忘れていた感覚,勝つためだけにしていたファイトとは違う…楽しいからしていたあの頃の日々の感覚。
「お前は何でプロになれると思った,ヴァンガードしかないからじゃない筈だ。ヴァンガードが好きだから,ヴァンガードでならプロを目指せると思っていたからだった筈だ!」
「…あ」
ふと,悠馬は思い出した。
それは昔の話,悠馬が初めてヴァンガードに触れた時の日…思い出の中で,母親が誕生日プレゼントと言って渡してくれたのがヴァンガードのデッキだった。
母は笑顔で頭を撫でてくれ…
『それでお友達をいっぱい作りなさい…きっと楽しいわよ』
思い出の母の笑顔が,導志と決別すると決めてから見る事の無かった過去の残響が脳裏に響いた。
そうして出来た親友を捨ててから,思い出す事の無かった思い出だ。
「泣いてる…」
香澄は小さく涙を流している悠馬を見て呟いた。
彼の瞳から,ツーと流れて来た涙は頬を伝い,ファイトテーブルへと落ちる。
悠馬が忘れていた大切な事,自分が導志へ伝えたはずの事…ヴァンガードは楽しく,だから好きなんだと,悠馬は思い出した。
プロを目指す中で,好きという感情は錆つきいつしかヴァンガードが手段になってしまっていた。
違う,そうじゃない。
自分はヴァンガードが好きだからこそ,プロを目指せると思っていた筈なんだ。
好きじゃないもので,その道を切り開くことは出来ない筈なのだと。
忘れていた大事な事だった。
気がついたら悠馬は思いの丈を口に出していた。
涙声でありながらも,確かな意志を持った言葉を。
「俺も…俺も…導志とファイトするのが楽しかった。ヴァンガードが…好きだ!」
その瞳は,もう諦めと罪に苛まれた混濁としたものではない。
光が灯り,目の前の相手を見つめるファイターの物へと変わっていた。
導志はそれを見た訳じゃないが,視えていなくても分かっている。
なぜなら,導志にとって彼は初めて出来た親友なのだから。
ようやく,ようやく引き出せた誰かの本音にニヤリとした笑みを浮かべ彼は言った。
もうプロになれるかどうかの瀬戸際かどうかは2人にとってどうでもよかった。
2人にとって,今またこうしてファイトをしている事こそが導志の取り戻したかった世界なのだから。
「なら続けよう,俺達のファイトを!勝つのは俺だけどな」
「はっ,勝つのは俺だ!」
そう言い合って,2人は揃って笑みを浮かべた。
心底楽しそうに,何も縛られないファイトを出来る事が幸せに感じているように。
「オーバートリガーの効果により,ダメージにならず除外され1枚ドロー,そしてメガロノヅチのパワープラス1億!」
「ライドンクナイのブースト,ツクヨダチでデュアルウィードにアタック!」
「ノーガード」
そうして導志のターンが終わりを告げる。
状況は導志がダメージ4点の手札7枚,対する悠馬の手札は3枚にダメージ5点。
更に盤面にはフォークテイルが2体のみ,アタッカーがいないので普通ならばこのターンで決める事は難しい…が,あくまでも悠馬は全力でファイトしていた。
アタッカーの用意も,当然している。
「これで決める,ファイナルターン!」
悠馬のファイナルターン宣言,導志が普段しているあれは悠馬からの受け売りだ。
当然彼もそれを言う側の人間であり,不思議な圧力が会場を満たした。
その宣言だけで,会場の空気が一変する。
普段はその宣言を導志から聞く香澄も,思わず息を飲んでしまうほどに。
「スタンドアンドドロー,ペルソナライド!メガロノヅチ!」
前のターンのドライブで見えた同名カードによってペルソナライドが発生する。
それにより,前列のパワーがプラス1万され,更に1枚ドローする事が可能となる。
手札はこれで4枚,更にエネルギージェネレーターのスキルによりもう1枚ドローする事で手札が5枚に増える。
「メガロノヅチのスキル発動,ソウルから桜花爛漫の猩々童子と,アンプレセデンをバインドしバインドゾーンにある忍と同じ名前を得る。同じくメガロノヅチのスキル,フォークテイル2枚をソウルに入れることで,自身と同名のカードを山札からコールし,それらのパワープラス5000!アンプレセデンを2枚コール!」
普段は導志が使う頼れるアタッカーであるアンプレセデンが後列のリアガードに現れる。
そのシンプル故に強力なスキルも,メガロノヅチが猩々童子の名前を得ることによって当然発生する。
「カードの能力で登場した時,ヴァンガードが猩々童子ならソウルブラスト2支払い2枚ドロー!」
「いや普通にその連鎖強すぎるわ」
この動きだけで悠馬はアタッカーを2枚用意しただけじゃなく,手札を7枚まで増やしたのだ。
更に何度も導志が使っているから言うまでもないが,アンプレセデンはリアガードが2枚ソウルに吸われたターン中,パワーが1万上昇する。
「あれ,でもなんで後ろに出してるんだろう」
そこで沙綾はふと疑問に思った。
なぜなら2体のアンプレセデンたちは,どうしてかアタックが出来る前列ではなく後列にいる。
神楽と戦った時の導志のように,特殊なカードを使えば意味はあるのだろうがそれも今のところは出ていない。
なぜだと,ポピパが思うのも束の間悠馬は更に進めていく。
「イザサオウをコール,スキルにより山札から5枚見て…ハヤシカゼを手札に加える。桜花爛漫のスキル発動,ソウルブラスト1する事で自身をスペリオルコール!」
登場した場所はデッキ側前列とダメージ側前列。イザサオウによりさらっと守護者を手札に加える。
これにより,バインドゾーンに猩々童子がいなくなった事でメガロノヅチは猩々童子の名前を得ることは出来なくなった。
だが,アンプレセデンのパワー上昇スキルは猩々童子じゃなくても良い。
同じくイザサオウも登場時スキルが猩々童子であればいいだけであり,その後は猩々童子である必要がない。
「そしてもう1枚アンプレセデンをコール!」
「うっわマジかよ!引きエぐ過ぎんだろ!」
最期のアンプレセデンは中央後列にコールされる。
だけど香澄は導志の言葉の意味が分からなかった。
後列であれば別にアタックも出来ないし,グレード3だからブーストも出来ないんじゃないのと思ったのだ。
だが,そんな訳はなかった。
「メガロノヅチの真の力,刮目しろ!メガロノヅチの更なるスキル発動,俺のターン中,相手ヴァンガードがグレード3以上の時,このカードと同名のカードは後列からアタックが可能になる!」
「…えっと,つまり?」
「あの後ろにいるアンプレセデンも攻撃に参加できるって事だよ!6回攻撃だ!」
イマイチ分からなかった香澄が首をこてッと傾けたが,隣の有咲の焦りようからそれがどれだけエグイのか分かるだろう。
ペルソナライドのパワー,そしてアンプレセデンたちがもつ素のパワー。
全てが攻撃ライン2万越えの6回攻撃。
そして更にここからパワーラインがトリガーによって更に上昇する可能性がある。
…端的に言えば,絶体絶命って奴だ。
「行くぞ導志,弟子が師匠を超えるなんて100年早いって事教えてやる!」
「知らないのか?弟子は先陣を超えるものだぞ!」
「減らず口を,行くぞ…メガロノヅチで猩々童子にアタック!」
合計パワー2万3000,導志は手札の2枚を手に取った。
「バラマでガード,相手ヴァンガードがグレード3以上でシールドプラス5000,更にブリッツオーダー”咆え猛る防衛本能”をプレイ!バラマのシールドを1万プラスし,このバトル終了時,ガーティアンゾーンから退却する代わりに手札に加える!」
合計シールド値4万3000,これで悠馬がトリガーを2枚捲らないと突破できない。
これまで見えているトリガーの枚数から,無難とも言えるガード値だが…導志は一末の不安が宿りリアガードへ手を伸ばす。
「更に,ツクヨダチでインターセプト!」
「インターセプトした!」
「これで2枚トリガー出ても大丈夫だけど」
そこまでする必要があるのか?と有咲は導志を見やる。
「チェック・ザ・ドライブ!ファーストチェック,ゲットフロントトリガー,前列のパワープラス1万!」
「フロントトリガー?!」
「セカンドチェック…ゲット,クリティカルトリガー!」
「クリティカルトリガー?!」
香澄と有咲がそれぞれ出て来たトリガーに反応する。
奇しくもさっきの導志と同じトリガーが今度は導志へと牙を向く。
「よっしゃー!デッキ側後列のアンプレセデンのパワーをプラス1万し,更にクリティカルプラス1だ!」
「最高だぜ悠馬,防衛本能により,バラマは手札に返す。」
「危ねえ,下手したら今ので終わってたぞ」
もしも導志がバラマだけをガードに出していたら,今の攻撃で終わっていた。
フロントトリガーは前列のパワーを問答無用に上げる為,1枚目のチェックで見えてしまい,2枚目までトリガーであれば確実に抜かれてしまうのだ。
導志の嫌な予感が見事に的中した形になる。
「これでどうだ,デッキ側後列のアンプレセデンで猩々童子にアタック!」
だがまだ攻撃は続く,それも5回の攻撃だ。
そしてこの攻撃はクリティカルが2,受けてしまったら負けてしまう。
パワーは3万8000,必要シールド値は3万。
導志は2枚のカードを手に取り笑った。
「させるかよ,マドワズ,シキンタンでガード!」
合計シールド値3万でガード成功。
これで負けは回避したが,まだまだ攻撃が続く。
残り攻撃は4回。
「桜花爛漫の猩々童子でアタック!」
「ノーガード,チェック・THE・ダメージ…ノートリガー」
「ああっ!」
高パワーの連続攻撃に対抗するためにはダメージトリガーを出す事が一番楽になれる方法だが,導志はダメージトリガーを引くことはかなわなかった。
これでダメージは5点,残りアタックは3回。
導志の手札は4枚,内1枚はバラマなのは分かっている。
勝てる,そう悠馬は踏み込んだ。
「中央後列のアンプレセデンでアタック!」
「バラマでガード!」
「イザサオウのアタック!」
「フォークテイル,バーニングフレイルドラゴンでガード!」
「防いだ!」
「いや…ダメだ」
残りの導志の手札は1枚,残りアタックは1回。
パワー2万8000のアンプレセデンの攻撃が残っている。
だが,きっと大丈夫だと漠然に思っていた香澄は隣でダメだと言った有咲へ”え?”と眼を向けた。
「導志のあの最後の1枚のカード,あれは前のターンにキンランのスキルで手札に加えた猩々童子だ!ガード値にはならない!」
「そんな…じゃあ,導志君は最後の攻撃は」
「受けるしかない」
悔しそうに言う有咲の横顔を,香澄は見ていたが…
「大丈夫,どーくんは…負けないよ」
「お前,そんな事言ったって…」
そこまで言葉を続けた有咲は,香澄の横顔を見て言葉を止めた。
本当に,導志の事を心から信用している眼。
導志は負けないと確信している,そんな表情だ。
有咲が思わず見惚れてしまうその表情のまま香澄は導志を優しく見つめていた。
「後がないぞ,導志。その最後のカードは前のターンに回収した猩々童子。お前にこの攻撃を防ぐ術はない!」
そして,最後のアンプレセデンへ手を触れ勢いよくレストしながらアタックを宣言した。
「これで終わらせる,忍竜アンプレセデンで猩々童子にアタック!!」
これで導志は敗北する…悠馬の言うように,導志の手札にはこの攻撃を防ぐ術がない。
勝利へ王手にかけた悠馬のアンプレセデンの刃が猩々童子を打倒する…誰もがその光景をイメージするほどに劇的な瞬間だった。
だが,導志の
まだ終わっちゃいないと,導志は高らかに叫んだ!
「いいや,まだだ!まだ終わらせない!雲水飛動 忍鬼 猩々童子のスキル発動!」
「なにっ?!」
だが,まさかのここで新たな猩々童子のスキルが発動されるるという。
前の猩々童子ではあり得なかったスキルが,今露になる。
「このユニットがアタックされた時,リアガード2枚をソウルに置く。」
導志が選んだリアガードはドウジュンと桜花爛漫の猩々童子の2枚。
「ソウルに置いたら俺のバインドゾーンから2枚まで,忍を含むカードをガーディアンサークルにコールできる!」
「…おいまて,って事はまさか」
悠馬が嫌な予感を感じた直後,導志がバインドゾーンから手にしたのは忍竜ウツロイ,導志と悠馬の始まりの場所の店長から授かったというビンテージカード。
ウツロイのスキルはどんな攻撃も防ぐことが出来る守護者,つまり…
「バインドゾーンから,ウツロイで完全ガード!」
「はあっ?!」
そのスキルにより,アンプレセデンの攻撃を防ぎ…悠馬の,怒涛の連続6回攻撃を防ぎ切ったのだ。
「マジか,そんなのありかよ…ターンエンド」
「ありなんだよなそれが,ルールがカードを作ってんじゃない。カードこそがルールだ」
「それラスボスいうセリフだぞ」
「俺はラスボスだった?」
「俺にとってはラスボスだわ」
「俺にとってもお前はラスボスだわ。」
そうラスボス談義をした2人は一瞬静かになると,会話が可笑しかったのか一緒に笑い出した。
そして改めて盤面を見た悠馬はなるほどなと納得した。
あのウツロイは1ターン目に桜花爛漫の猩々童子によってソウルに置かれていたカード。
もしもあの時導志がウツロイをバインドしていればデュアルウィードやイザサオウで山札に返される危険があった。
あのアンプレセデンは囮だったのだと気がついた。
「先の先まで読みやがって…楽しけりゃいいって言ってたあの時には考えられないな」
「それは別に今も変わってはいないけれどな。けど,戦い方を知るたびに面白く感じるんだ。」
「同感だ…ああ,これがヴァンガードだったな。最高に…楽しい」
そう呟く悠馬の言葉を聞いて,導志は小さく笑みを浮かべる。
「そうだろ,やっと思い出したか。」
「…ああ。」
そして,次は導志のターン。
彼が自分のデッキに手を伸ばすのを見た悠馬はふと思い直したように問いかけた。
「導志,そう言えば聞いてなかったな。お前は…今,どうしてプロを目指すんだ?」
導志は新たにプロになる理由が出来たと言っていた。
だが,その理由を聞くのが怖くて…そう言う場合じゃなかったというのもある。
だけど今なら問える気がしたのだ。
悠馬の問を聞いた聞いた導志は一瞬目を丸くし,やがて穏やかに笑った。
「”誰かの志を導く”者だ。」
「志を導く…?」
「俺の事を憧れだと言ってくれた人がいた。俺が俺らしくある事で励みになったって言ってくれた人達がいた」
文化祭期間中,クラス一丸となったあの日々。
その中で,何人ものクラスメイト達が導志の背中にやる気を奮い立たせた。
導志自身にその自覚はない。
しかし,それこそが導志が自分ではわからなかった自分の事。
あの時のように,自分が自分らしくあり続ける姿を見せることで…誰かの志を導けるようになりたい。
自分にとっての香澄や,そして…
「お前のようにだ悠馬!」
「…俺?」
いきなり名指しされ,意味が分からないと言うように悠馬は眼を点にした。
「お前が俺を導いたように,今度は俺が誰かの志を導いていく。…それが,俺のプロを目指す理由だ」
ハッと眼を見開く。
導志は,今でも自分をヴァンガードに導いた先導者だと,そう言ってくれているのだと。
一度は見捨てた自分を,そう言ってくれているのだ。
(お前は…どんなに優しいんだよ)
普通なら罵詈雑言を言う所なのに,導志はそうしなかった。
それどころか,先導者と言ってくれる。
人間として,普通に自分は負けているなと悠馬は思った。
「そうか…お前は,自分の理由を見つけたんだな。」
正直,こうして正直になってみてもプロになる理由が悠馬には思いつかなかった。
それでも,今だけは――
「でも,やっぱり今お前には負けたくないな!」
「そいつはこっちの台詞だ,勝つのは俺だ」
「いや俺だ!」
「俺だ,俺だ,俺だ,俺だ!」
「俺だ,俺だ,俺だ,俺だ俺だ!」
「意見が真っ2つに割れたなら,やることなんて決まってるよな?」
「上等だこら!ここからは全身全霊!」
「遠慮なしの!」
「「殴り合いだ!」」
きっと,導志は目を細め叫んだ。
「ファイナルターン!」
——おおおおおお!!
悠馬のファイナルターン宣言を凌ぎ切った導志が反対にファイナルターン宣言を繰り出したことで観客のボルテージがさらに高まっていく。
だが,観客よりも今この瞬間を楽しんでいるのは…
(間違いなく,この2人だろうなぁ)
園田は,既にいらなくなったサポートの為に導志の後ろに控えながらクラスメイトといる時とは違う表情を見せている導志に安堵していた。
彼が言っていた悠馬との過去,その折り合いは付けられ残っているのは2人のファイターとしての矜持のみ。
園田もまた1人のファイターとして,導志の友達として最後まで見届けると改めて決めた。
「スタンドアンドドロー。さあ行こうか,俺の分身!ペルソナライド,猩々童子!」
ターン開始時のドロー,そして手札に残していた同名カードにライドする事によりペルソナライドを発生させる。
更に一枚ドローし,これで手札は2枚。
「猩々童子のスキル発動!ソウルからオウギジシ,キンラン,桜花爛漫の猩々童子をバインドし相手のリアガードサークルを二か所選ぶ。イザサオウ,桜花爛漫の猩々童子をバインド!更に相手は手札1枚選びバインドする!」
「ちょ,それやっぱずる過ぎんだろ!メガロノヅチをバインド!」
「お前こそちゃっかりガード値にもならねえ奴置きやがって!」
「聞くに堪えねえな…」
2人の喧嘩みたいなテンションの言葉の応酬を,有咲はさっきまでの心配が吹き飛んでしまったのか呆れたように2人を見つめていた。
お互い,過去からの枷が無くなったからなのか…有咲が視た覚えのある,馴染みのカードショップで陽が暮れるまでファイトを繰り返していたあの日々が今に重なった。
導志は自分の意志でこの道を歩み,その目的を達成した。
そして残るのはこのファイトの勝敗のみ,2人は心底楽しそうにファイトをしていて…
(良かったな,導志)
「どーくん!頑張れー!!」
有咲の情緒は,香澄の声援によって壊された。
「お前私の情緒返せ!」
「え…?どーくん頑張ってってこと?」
「そうじゃないけどそうだよもう!」
諦めたように言いながら,有咲は香澄の横顔を見る。
彼女の視線の先には導志しか入っていなくて,ふと先週の事を思い出した。
『どーくんのことが好き』
結局,香澄の距離感が戻ったくらいにしか分からないが…。
いや,今はそれよりもこのファイトだと有咲は視線を2人へ移した。
「鬼も歩けばと,桜花爛漫のスキル!それぞれソウルブラスト1して,バインドゾーンからスペリオルコール。ライドンクナイのスキル,自身をバインドしカウンターチャージ,鬼も歩けばの猩々童子のパワープラス5000!そしてキンラン,マドワズをコール!」
状況を整理しよう,導志の手札は0,盤面にはデッキ側前列にグレード2の猩々童子,後列にはキンラン。中央にはヴァンガード,マドワズ。ダメージ側前列にはアンプレセデン,後列には桜花爛漫の猩々童子。使えるカウンターブラストは4枚。
対する悠馬はダメージ5点,手札は1枚バインドされ7枚。その内分かっているカードは,前のターンで見えたバラマとバーニングフレイルドラゴン,そしてイザサオウによって手札に加えた守護者であるハヤシカゼ。
このターンで決められるかは微妙だなと導志は踏んだ…が,やることは変わらない。
「バトルフェイズ,耐えてみろ悠馬!キンランのブースト,鬼も歩けばでメガロノヅチにアタック!」
「フレアヴェイル,バーニングフレイルでガード!」
「キンランのスキル,鬼も歩けばと一緒にソウルに入り,ドロップから雲水飛動を手札に加える。」
「またペルソナ確定してんだが?」
「次のターンの心配してる場合じゃないぞ,リアガードが2枚同時に吸われた事でアンプレセデンはパワープラス1万。更にバインドゾーンからツクヨダチをコール!」
さらっと攻撃回数を増やした導志は,そのままツクヨダチに触れレストする。
「ツクヨダチのアタック!」
「アマヴィラでガード!」
「アンプレセデンでアタック!」
「ハヤシカゼで完全ガード!」
そして…導志は自分の分身に触れた。
「因果切り裂くは偽りの大蛇,その焔で我らの未来を切り拓け!雲水飛動 忍鬼 猩々童子で…幻魔忍妖メガロノヅチにアタック!」
導志のイメージする世界,惑星クレイで新たな装いを纏った猩々童子が凄まじいスピードで家をも喰らう大蛇目掛け突貫する。
大蛇はその体躯に似合わないスピードで,搦め手を使い猩々童子を捉えようとするが彼の方が早い。
「スキル発動!リアガード2枚ソウルに置き,バインドゾーンから前列と後列に1枚ずつコールする!,キンランをコール。オウギジシのスキル,山札から5枚見て…イザサオウをソウルに置く。続いてツクヨダチのスキル,自身をバインドしソウルチャージ!」
しかし,その眼前まで来た時メガロノヅチが起こした揺れによって倒された木が何本もメガロノヅチを守るように立ちはだかって――
「バラマでガード!」
「ガードしてきた!」
「猩々童子のパワーは2万8000」
「柴咲君の合計シールドは3万3000」
「つまり…」
「ドライブチェックでトリガーが出れば…」
導志の勝ち,出なければ…香澄には分からない。
それでも,香澄は無性に導志を応援したくなって…気がつけば席を立って観客席の1番前に踊り出た。
有咲が止める間もなく彼女は大きく息を吸い込み,この会場の歓声よりもずっとずっと大きな声で――
「どーくん!頑張れーーーっ!!」
その言葉を,誰よりも彼女の声を聴いた導志はちゃんと聴き取り…小さく笑った。
「チェック・THE・ドライブ!」
この会場にいる誰もが,配信で見ている誰もが,このドライブチェックを見つめていた。
「ドライブ1,ノートリガー」
「…」
悠馬の手札を握る手にも力が入る。
それと同じ位,香澄も両手を握りしめていていた。
そして…
「ドライブ2…」
2枚目を捲り,それを胸に抱えた導志は…獰猛な笑みを浮かべた。
「ゲット,クリティカルトリガー!猩々童子のパワープラス1万,クリティカルプラス1!さあ,これで終幕だ!」
それは勝負が決まった瞬間,その結果を見届けた悠馬は穏やかな笑みを浮かべ,彼に呼応するようにイメージ世界で猩々童子は障害物を仲間の助けを借りながら潜り抜け大蛇へと肉薄し交差…倒れたのは,大蛇だった。
「チェック・THE・ダメージ…ノートリガー」
ダメージ6点目,宿命のファイトの幕が閉じたのだった。
☆
決着は静かだった。
あれだけ1つのチェックに一喜一憂していた観客達も,俺のサポートをしてくれた園田も,そして悠馬自身も…静かにこの結果を見届けた。
俺のダメージは5点,悠馬のダメージは6点。
短いようで長く感じたこの2年間の総決算,その最後のファイトが…今終わった。
——勝者,市ヶ谷導志!
忘れたころに実況の人の声が轟き,世界は声を取り戻す。
ようやくマシになって来た耳がまた壊れてしまうんじゃないかって位の大歓声。
俺はその歓声の中に,愛しい人の声が混じった気がして…彼女の席がどこかは分からないけれど何となく,フィーリングでその場所へと目を向けた。
もちろん視線の先は暗闇,でも…確かに脈動する星の鼓動を感じた。
「勝てました…香澄さん」
誰にも聞こえない位の小さな声で呟いた俺は,また悠馬の方へ向く。
彼は感慨深そうに…
「長かったな」
「ああ,長かった。でも…楽しかったろ?」
お互い,残りの山札も少なくなっていた。
それがどれだけの長いファイトだったのかを表し,この旅路の果てを表しているようでもあった。
「そうだな…負けたのは普通に悔しいが,楽しかった」
これで奨励会プロ試験は全行程が終了した。
最後まで勝ち残った俺はプロ資格を内定で,トップの成績で受領する事が出来るだろう。
そこからの事はまた考えないといけないが…今は,そんな事よりも言うべき事があった。
「なら,またファイトしよう」
「またお前を傷つけるかもしれないぞ。」
「今更だろ,そも人を傷つけない人間なんていないしな」
「屁理屈を言うようになりやがって…変わったよ,お前は」
本当に,心底そう思っているのか言葉の中にはなつかしさすらもにじみ出ていた。
そうだよ,過去の俺達はそうだった。
元通りとは言わないかもしれない,それでも…また新しい関係を,俺達は築いていけるんだから。
俺は姿勢を正した。
「お互い様だそれは。…対戦,ありがとうございました」
「ああ,こちらこそ…対戦ありがとうございました…何だこの手は」
俺は彼が挨拶を終える前には右手を差し出していた。
それが彼には戸惑うものだったのだろうが…
「なんだって…俺,まだお前がそこにいるのか実感しにくいからな」
何でかって?眼が視えないから触れなければ本当にそこにあるものなのかが分からなくなる時がある。
だからこその…
「ほんと,図々しくもなりやがって」
そう言いながらどこか嬉しそうに,彼は俺の手を握って来た。
観客の声がさらに大きくなるのを聞きながら,この手を(気持ち的に)もう離さないと俺はまた決めたのだった。
…さて,ここまでやっていてファイトが終わってからずっと気になっている事がある。
握手を終え,視線を俺は俺達の横に視線を移すと…
「うぅ…うっ…良かったなぁ導志…良いファイトだったぞぉ」
「なんでお前はめちゃ泣いてるんだ園田」
なぜか,俺のサポートとして一緒にいてくれた園田が号泣していた。
お前確か文化祭グランプリ受賞した時も泣いてなかったか?この短い期間であなた泣き過ぎじゃないか?
「だって本当に良かったなぁ導志」
「語彙力無くしているぞ」
「導志の今の友達か…?」
「…クラスメイトだよ?」
「友達っていえーい!」
そこまで言った俺達は,決戦を終えたばかりなのに可笑しくて揃って笑った。
心からの,大事なものを取り戻した時にしか出ない笑いだった。
無事,俺達は奨励会会長さんからの表彰を受け
——これで,奨励会主催。プロファイター試験を全行程を終了いたします。ご来場の皆様,まことにありがとうございました
こうやって,俺の長かったプロになる為の戦いが幕下りたのだった。
お疲れさまでした!
以前問題で大蛇は誰でしょうとか出したと思いますが,正解はメガロノヅチでした!
このファイトを書くときには絶対メガロノヅチを最後の相手にしようと思っていました。
理由はいくつかありますが
①猩々童子と因縁あるやつにしたかった
②母親の為という大義名分で自分を偽ってファイトする悠馬が,自分じゃなくて猩々童子の名前をメインに戦うデッキにしたかった。
大きくこの2点で導志の最後の相手としてメガロノヅチにしました。
考えていたファイト展開で,導志が悠馬のバインドゾーンにある猩々童子を全部ドロップなり山下なり戻して「本当のお前で来い」とかみたいな展開したかったんですけど,普通にスペックの問題でそんな長期戦ならんだろという事で今の展開になりました…。
そう言う訳で,お互いに和解を果たして,導志のプロになる為の戦いは終わりました。
導志は誰かの志を導く者になる為に,プロになります。名前も回収出来てよかった!
では,次回からはお待ちかねの香澄とのお話です!
ではでは
香澄と導志,付き合った後のお話でどれがみたい?
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交際後,初デート
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2人がそれぞれリサに恋愛を相談する話
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2人の期間限定バンドのお話
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2人で海と夏祭りに行く話