秘めた心
大好きな人に気持ちを伝える事って,こんなに難しかったかな…?
いつもポピパの皆や家族の皆にはいっぱい伝えられる事,口を開けばその気持ちを伝える事が当たり前なのに…彼の前だとどうしてか言う事が恥ずかしかった。
私のお父さん以外で唯一身近な男の子,さーやの弟のじゅんじゅんも男の子だけどまだ子供で…年が近いって意味ならどーくん以上に身近な男の子はいなかった。
だからなのかな…?
「香澄さん,音お願いします」
「…」
「香澄さん?」
「え…,あ,ごめんどーくん!音出すね」
有咲に言ったどーくんが好きって言葉,あれを言った日からまた私はどーくんに振り向いてほしくていつも以上に身体に触れたり言葉を交わしたりしているけどどーくんがそれに気がついてくれる事は無い。
私は結局どーくん本人に好きって伝えてない…言わないといけないのに,私はまだ彼との今の関係が変わるのが怖かった。
今日はクリスマスライブのリハ,どーくんがPAするところに立って音の出を確かめてくれている。
そんな彼の声が,色々頭がごちゃごちゃして聞こえなかったことを申し訳なく思いながら彼の言う通りにギターを鳴らす。
それを聴いてどーくんが調整してくれるのを見ていると,彼は少し顔を傾けた。
「ど,どーくんどうしたの?もしかして耳…」
私はその傾きが,また難聴の症状なのかと思ってつい焦って聞く。
どーくんは放っておいたらまた1人で色々抱え込んじゃうから,思った時に言わないと…そう思っての言葉。
けどどーくんは私の方向を見て,少し眼を細めて首を横に振った。
「いえ,耳は割と平常です。」
本当に?
そう聞こうとしたらそれを阻むようにどーくんが言った。
「じゃあ,次全員合わせましょう。何で試します?」
どーくんにそう遮られて,結局私は聞けずじまいだった。
その後私達はクリパのラスト曲をリハでして,無事にリハーサルは無事に終了する。
どーくんはヘッドホンを取ってため息を1つついて
「皆さん,お疲れさまでした。明日はよろしくお願いします。」
「うん,導志君もお疲れ様」
「こちらこそ明日はよろしくね」
さーやとりみりんが笑ってお礼を言う隣で,私はいつもみたいに笑って
「うん!こちらこそ明日はよろしく,どーくん!」
そうやって私達は控室へ戻り,家に帰る準備をする。
明日のクリスマスライブは去年よりもずっと凄いものにする為にあれこれと皆の協力でやって来た。
今から楽しみで寝られない。
他の皆も一緒みたいで,言葉が1つ出れば皆で”楽しみだね”って伝え合う。
すっごく幸せな時間,明日の今頃はクリスマスパーティーもやって居る頃かな…そう思った時,前の打ち合わせでどーくんに断られた時の事を思い出す。
「香澄?どうしたの」
「おたえ…?ううん,なんでもないよ?」
「で,香澄。」
「どうしたの,有咲?」
「お前,導志にはちゃんと私に言ったことを言ったのか?」
有咲に言ったどーくんのこと…,そんなのは1つしか思い浮かばない。
夕日の下で,有咲とどーくんの家の庭で有咲と向き合った時の言葉。
私がどれだけどーくんの事を大切に思っているか,助けたいかを伝える為の言葉。
『どーくんのことが好き』
今にして思えば,どーくんのお姉ちゃんでもある有咲に言ったことが凄い恥ずかしいけれど結果的に有咲は私をどーくんの部屋に生かせてくれた。
だけど,その時の言葉を私はまだ…
「え…う,ううん。…まだ,言えてない」
告白しようとはすっごく思ってるんだよ?
だけど…彼を目の前にしたらふと怖くなって口が違う事を言っちゃう。
今までずっとやりたい事,伝えたい事を言葉にしてきたはずなのに…彼にそれを伝える事だけは怖かった。
それを聴いた有咲は少しむぅって顔をして言って来た
「ふーん,そうか。」
「有咲,香澄が言ったことって?」
「ん?ああ,ほら,導志の誕生日前日に…」
「わぁー!有咲待って待って!」
口にするだけで身体が熱くなって,恥ずかしさで焼け死んでしまいそうな羞恥を感じながら私は慌てて有咲の口を防ぐ。
「あ,有咲ちゃんとどーくんには伝えるから!伝えるからまだ内緒にして!」
もう…きっと顔は真っ赤になって鋭いさーやを誤魔化せる自信なんて無いけど,それでも伝えるなら自分でって決めてる。
その事をさーやたちに教えるのは…凄く恥ずかしかった。
有咲は私に抑えられた口を少し恨めしそうに見ながら無理やり口を開いた。
「分かったから手をどけろ」
「うぅ…うん」
手をどけたら有咲は少し深呼吸して,荷物を持ちながら言った。
「じゃあ私は先帰るわ,今日ばあちゃんがいないから店番しないといけないし」
「うん,分かった。じゃあまた明日ね有咲」
「またね有咲ちゃん」
「ばいばーい」
「う,うん…また明日ね,有咲」
控室を出る間際,有咲は一瞬私の方を見て出て行った。
☆
香澄が有咲に言ったという導志に関する事,そして今の香澄の反応を見れば彼女が有咲になんて言ったのかは大体察しが付くというのは年頃の女の子である。
おたえに関しては気がついていないが,沙綾とりみに関しては今の2人の反応から察してしまった。
2人が前々から思っていた事だが,普段は猪突猛進有言実行を地で行っている香澄が恋愛ごとになるとここまで奥ゆかしくなってしまうのかというものだった。
導志の誕生日の前日というのは,導志がCiRCLEに辞表を出したと知らされたあの日の事。
さーやは当時の導志の事で悩んでいた香澄が吹っ切れた場面を見て,彼の部屋に突撃しに行く場面を見ていたから…正直に言ってしまうと既に香澄と導志はそう言う関係なのかなと思っていた。
有咲が言うには香澄は有咲の部屋ではなく,導志の部屋で一夜を過ごしたというし,香澄の事だから勢いのままもう好意を伝えているのかと思っていた。
それにきっと導志が断る事は無いだろうし…いや難聴が勃発中の時に告白されれば自己嫌悪から拒絶してしまうかもしれないが,一夜を過ごしたのなら導志を丸め込めていたと思うし…意外だなと思う。
彼女の意外な一面である。
そして更に意外なのは,香澄が自分の好意を自分達に知らせたくないという事。
普通に反応が分かりやすすぎて言われなくても分かるが,これまで自分の気持ちを自分に言って来た香澄にしては珍しい。
「はぁ…」
こんな愁いを帯びたため息も,沙綾達が見たのは初めてに近いのではないかと思う。
だけど,背中を押すのは友達の役目。
沙綾は自分のリュックを背負いながら香澄の前にやって来ると
「じゃあ私もお店があるから先帰るね。…香澄」
「なに,さーや?」
「気持ちはちゃんと伝えるべきだよ」
香澄はその言葉にハッとしたように眼を見開き,沙綾は小さくウインクをして踵を返し手を振る。
「じゃあまた明日」
「う,うん。また明日ね」
「私達も先に帰るね香澄ちゃん」
「香澄,また明日。最高のライブにしようね」
その後,りみとおたえも早々に控室を出て行ってしまった。
一人残された控室,香澄は自分の荷物を纏め,ギターをバッグに入れながら色々と考えた。
気持ちはちゃんと伝えるべき…それは分かっている。
ちゃんとわかってはいるのだ。この気持ちをちゃんと伝えるべきなのは…友達以上の関係になりたいと思うのなら,伝えなければならない。
だけど今までに無かった感情が,その思考をする度に阻んでくる。
『あ…えっと,すいません。俺は香澄さんをそう言う眼で見た事は無いです』
これは香澄の想像が過分に含まれているが,要は彼女は怖いのだ。
この気持ちを伝えることで,もしも断られたらもう自分達は友達ですらなくなる。
それが普段考えるよりも行動してしまう香澄が唯一行動する前に考えてしまった事だ。
1人の事を好きでたまらないから故の,女の子らしい悩みなのだ。
「…どーくんの様子見てから帰ろ」
一人悩んだ香澄は,最後になった控室を出る事にした。
導志はまだ仕事があるし,香澄も母からお使いを頼まれたからもう帰らなければならない。
だけどその前に,彼の様子を見ておきたいと漠然と思った。
ギターバッグを背負い,控室を出て受付に行くと導志の姿はなく,いたのはまりなだった。
彼女は受付でパソコンと睨めっこしていたが,香澄に気がつくと微笑んだ。
「あ,香澄ちゃん。まだ残ってたんだ」
「はい!…あの,どーくんは?」
「導志君なら今はPA機器のチェックじゃないかな?まだ勘が取り戻せていないってさ」
本当は少し休んで欲しいんだけどねと苦笑いするまりなに全力で同意しながら,香澄は導志の居場所を教えてもらい踵を返してそのまま彼の元へと向かう。
そんな香澄の背中をまりなは青春ドラマを見ているかのような微笑ましい笑顔で見送る。
明日香澄達がライブをする会場に彼はいた。
さっきまで香澄達がリハをしていた場所で,さっきまで彼がいた場所のまま彼は機器を操っていた。
とはいっても,彼にとってはこれはスイッチやイコライザーの場所を再確認するための作業であり,実際に音の違いについてあれこれ考えている訳ではない。
そもそもそれはもう終わった。
今は明日の導志にとっても復帰戦になる,ポピパはライブごとに何かしらのアドリブがあるのはもう定番だからこうやって当日色々対処する為に勘を取り戻すのは彼にとっては急務だった。
そんな色々操作している導志を,香澄は熱の灯る瞳で見上げていた。
彼が真剣な表情で触るたび,胸の鼓動が脈動する。
好きな人のそんな表情を,ずっと見ていたいと香澄は思った。
…まあ,そうは問屋が卸さない。
一通り満足したのか,導志は小さく息を吐いて香澄が思わず拍手しようとする中で,彼は平然と言ってのけた。
「で,香澄さんなんでまだ残ってるんですか?」
「気づいてたの?!」
ギョッとしたように香澄は反応してしまい,思わず大声を出してしまったことが恥ずかしく思い思わず口を押える。
だけど香澄は彼の耳が元に戻りつつあることに気がついた。
いや診断上ではちゃんと元に戻り始めているのは分かっているのだが,こうやって改めて導志が自力で自分に気がついてくれた事に…そこはかとなく嬉しさを感じた。
導志は香澄の反応が面白かったのか,それとも思う事があったのか小さな笑みを浮かべ――
「そりゃまあ…前みたいに緊張してる訳じゃないですから」
その言葉を聞いて,香澄は彼が初めてPAに挑戦した時の事を思い出した。
あの時の導志は初めてのPAに対して責任を感じすぎて呼吸困難になるほどになってしまっていた。
それ故に,今みたいに普段なら香澄がいる事に気がついたのに気が付けなかったという過去がある。
しかし,現在はこうして彼女の存在に気がつく位に平常心…慣れたのだと,導志は言う。
「…っ」
だけど香澄にとっては少し違う意味を見出す。
導志の表情は,あの日のような自信のない力のない笑みではない。
自信を身に着けたが故の,大胆な笑み。
あの時から変わり続け,自らの夢と目標を叶えた男だった。
(ああ…そうだ,私どーくんのこの顔を見てもっと)
——好きになったんだ
という訳で,ヒロインとのお話です。
以前の導志は香澄が自分の近くにいる事に気がつきませんでしたが,色々な事を乗り越えて心の余裕が出来ました。
変わっている導志を見せれていたら幸いです。
アンケートでは,ネタバレも何もないので2人が付き合った後の短編の募集です。
リクエストあれば可能な限りは答えるつもりですが,取り合えず作者の中で思いついているお話です。時間の優先順位つけるために聞きたいです。
ではでは!
香澄と導志,付き合った後のお話でどれがみたい?
-
交際後,初デート
-
2人がそれぞれリサに恋愛を相談する話
-
2人の期間限定バンドのお話
-
2人で海と夏祭りに行く話